11話 イチ、顔出し着ぐるみに入る(1) よせあつめ外伝1

  連邦歴14年4月。

  少女冒険者イチが修行のために連邦各地を旅していた時のことである。

  連邦歴12年の1月に都市モルカルの北東で彷徨っているところをリャン・ハックマンに発見され、そのまま従者として2年間ほど付き従い、リャンが身籠った後のことである。

  リャンから戦闘技術、銃器の扱い、生存術など冒険者のイロハを叩き込まれたイチではあるが当時推定14歳と幼い。

  圧倒的に冒険者としての経験が浅く、まだ階級章さえもらえていない。

  その為であろうか。

  ____くそ! 迂闊だった! まさか尾行に気づかれるなんて!

  馬上でイチは下唇を吸った。憤りや動揺を感じているときの彼女の癖は昔も変わらない。

  サンモル街道、揺れる鞍にまたがるイチの視線の先には鳥人族の男。

  駝鳥にも似た顔をしている賞金首、ソニー・オストリッグは盗賊としてマドナルクの冒険者ギルドから賞金をかけられた賞金首である。

  イチはガスモンの町中でこの賞金首を捕える想定でいたが、気が付けば馬を駆り彼を追いかける羽目になっている。

  4年後のイチであればオストリッグごときの賞金首、このような大捕り物などせず単身でも容易く捕縛したであろう。

  ____それにしてもなんて早さだ! こっちは馬に乗ってるんだぞ!?

  オストリッグはどういう鍛え方をしたのか、或いは何かの魔法か、生身であっても馬より早く駆け抜けることができたという。駝鳥の化身とでも言うべきか。盗賊としての彼はこの脚力で今まで逃げおおせたのだろう。

  ____だが、この距離なら狙えるんだよ。悪いが、脚を壊させてもらうぞ!

  イチは上下に揺れる鞍の上で銃を構えた。

  アブバ試作自動拳銃である。

  銃器開発者のアブバ・アグネタの「常に、先鋭たれ」のポリシーのもと開発された世界初のセミオートピストルである。

  拳銃と言えばリボルバー式が常識であったこの時代に生み出されたこの奇妙な銃は巻貝にグリップと銃身をとりつけたような形をしており、グリップ内部に銃弾を込めるという現代に通ずるオートピストルの始祖である。

  この時代のシングルアクションリボルバーのように発砲毎に撃鉄を起こす必要がなく、一度撃発すれば引き金を引けば連続で発砲できるという画期的なものだった。

  イチはそのアブバピストルの照星でオストリッグの脚を狙った。

  精度はイマイチながら、確実に敵を撃ち抜ける距離は試射で既に掴んでいる。

  しかし、

  「しつこいんだよぉ!! クエェエエッ!!」

  オストリッグはただ逃げるだけではなかった。

  駝鳥に似た頭をもつため彼の視野は360度に近く、イチが銃を構えたのを察知したのだろう。

  腰のベルトにぶら下げた『く』の字の投擲武器、スライサーブーメランを振り向きざまに投擲した。

  直撃すれば肉を裂き骨を割る凶悪な武器だ!

  だがこの時代でもイチの戦闘センスは卓越しており、高速で飛来するブーメランの軌道を見切り、銃の底部で弾くなど容易である。

  「____ッ!?」

  しかしイチは予想外の事に驚き目を見開いた。

  銃の底部で鉄のブーメランを弾いた瞬間、銃口から発火炎が光る。

  ____引き金は引いてないぞ!?

  アバブ試作自動拳銃はプロトタイプの常として多数の欠陥を抱えていた。

  リボルバーより遙かに複雑な内部構造が邪魔をし、信頼性、安全性共に不確かである。

  特に撃発可能状態において、衝撃を受けると暴発しやすいという欠陥を抱えていた。

  イチが「冒険者の銃は信頼性が第一」という思想に辿り着くのはまだ先のことである。

  実はこのアブバを携行しているのもアブバ銃工房の依頼を受けてのことなのだが、今はその事は置いておこう。

  「このやろう!」

  だがイチは瞬時に戦闘意識を取り戻すとオストリッグの脚を狙い3度引き金を引いた。

  「クワアアアアアアアアアッ!!」

  一発の銃弾がオストリッグのブーツを貫き、鳥人族の男は勢いの為かもんどりうって地面に転がった。

  「妙な動きをするなよ。大人しくしていればこれ以上の事はしない」

  「クアアアアアッ!! こ、こんな小娘にこの俺が……」

  馬から降りて銃口を向けたまま己に近づいてくるイチを視界に入れた時、オストリッグは悔しさと足の痛みに喘いだ。

  だがそれ以上の抵抗は諦めたのか、後は捕縛されるがままになった。

  猿轡を噛まされ、羽根の突いた腕をがんじがらめにされたその姿はまるで龍華帝国の料理にある鴨の丸焼き一歩手前の姿だ。

  「ふふふ。悪いが、お前のおかげでしばらく宿に困らんな」

  この時まだイチは無駄口が多い。

  オストリッグを無力化した安心からか気を抜いている。

  後年のイチに比べ無駄が目立つ。

  その為、背後から気が付いてくる者の存在に気が付かなかった。

  「もし、お嬢さん」

  「おんっ?」

  意識がまったく外に向いていなかったのだろう。

  素っ頓狂な声で振り向いた先にはフードを被った小柄な誰かがいた。

  背の低い人物で、声は少年のようにも少女のようにも聞こえる。ハーフエルフではなさそうだが、恐らくは人族であろう。

  「大捕り物、お疲れ様なことです。しかしですねえ、引き金を引く時は周りを気にしてもらいたいものですねえ」

  そう言ってフードで顔を隠したルーミー・キッグルーはイチの目の前にワンドをつきつけた。

  「あんた、魔法使いか!?」

  イチは思わず腰のホルスターに収めたアブバピストルに再び手を伸ばそうとした。

  まだ魔法使いが当たり前にいたころ、味方でない魔法使いを警戒するのは冒険者でなくても当たり前である。

  しかしルーミーに害意はないようで、

  「これ、高いんですよ。特注品でねえ」

  ワンドの先にあるドラゴンの装飾を見るように促した。

  その装飾は立派なものだったのであろうが、見れば頭の部分が砕けてしまっている。

  「か、変わったデザインだな。頽廃的な趣味ってやつか? いいと思うぞ」

  誤魔化すように笑うイチ。

  「そんなわけないでしょう」

  つまり、こういうことである。

  オストリッグのブーメランを受けた際にイチのアブバピストルが暴発した。

  その暴弾の行きついた先がルーミーのワンドの頭であった。

  「まったく、少し検討が違っていたらわたしも危なかった。それにこれ、高かったんですよねぇ」

  フードで出来た陰でルーミーがどのような顔をしていたか、それはわからない。

  ◆

  「で、これはなんなんだ?」

  「なんなんだって、ドラゴンの着ぐるみですよ」

  「だ~か~ら~、そういうことじゃないって!」

  後日、イチは西の都市マドナルクの街のひとつ、ガスモンの行楽広場にいる。

  広場にいると言っても何も吹きさらしの野外にいるわけじゃない。

  仮設で建てられたテントの中にいる。

  そのイチの目の前には立派に拵えられた赤い竜がいる。

  と、言っても着ぐるみのドラゴンだが。

  「あなたが演者として入るための着ぐるみですよ。かっこいいでしょう?」

  「冗談きついって!」

  さてと、場面をかなり端折ったので経緯を書かねばならないだろう。

  オストリッグを冒険者ギルドのガスモン支部に連行し報酬を受け取ったイチであったが、新たな問題が起きた。

  ルーミーの杖の弁償である。

  イチが壊したルーミーのマジックワンドは確かに高額な品だったようで、賠償金を払うとせっかく受け取ったオストリッグの報酬は全て吹き飛びイチの財布の中身を全部さらけ出しても足りるものではない。

  旅する者にとり、冒険者でなくても路銀の不足は死活問題である。

  イチ自身、他に手が無ければ野宿をしたこともあるが女の一人旅である。危険な目に遭った事も一度や二度でない。

  イチは冒険での苦難はむしろあればあるほど燃えるのだが、それ以外の苦難は極力無しにしたい。当然だろう。

  金が無くて良い事などあまりない。

  イチは青ざめた。

  そこでルーミーが奇妙な提案をした。

  それは「興業の演者が逃げてしまったので代役で出て欲しい」というものであった。

  イチは渋々承諾した。するしかなかった。

  その舞台がどういう舞台であるか知りもせずに。

  「どういう舞台なんだよ!?」

  場面は戻り、イチはルーミーが建てさせた仮説テントの楽屋で吠えた。

  「説明していなかったですか? ドラゴンが街に現れて暴れ回るという内容ですよ」

  「そんな舞台あるか!?」

  しかし、あったのである。

  バルティゴ西の都市マドナルクでは祭りやイベント事が盛んで、ショービジネスも歴史と共に発展していった。

  連邦時代以前からこの地では様々な大衆演劇や音楽が生まれている。

  史実や空想の英雄を題材とした所謂ヒーローショー的なものの前身もこの時代からあった。

  ルーミーが企画しているものもそこから発展したものと言えるのかもしれない。

  ともかく、ルーミーが語るにはこのドラゴン演劇はその趣味の大人客を相手にそこそこウケているとのことだった。

  「舞台の経験はないとおっしゃっていましたが、なに、簡単なことです。イチさんはドラゴンの中に入って舞台の上でドラゴンになりきってくださればよいのです」

  「ドラゴンになりきるったってなぁ……」

  「それよりリハーサルです。時間がないのですからね。さ、ドラゴンになってください」

  「むぅん……」

  「さ、わたしは楽屋を離れますので、服を脱いで、裸になってお入りください」

  「下着もか!? 裸になる必要がどこにある!?」

  ルーミーの言葉にイチは吠える。

  「着ぐるみの操演には肌の感覚が大切なのです。それに申し訳ございませんが着ぐるみの中で動くと多量の汗が出ます。裸になるのが丁度よいのですよ」

  「むぅん……」

  イチはルーミーが楽屋を後にして暫く着ぐるみドラゴンの背中に開いた割れ目をしばらく見つめると、ため息をつく。

  アバブピストルを挿したガンベルトを外し、緑の冒険者コートを脱ぎブラウスも外すと下着姿になった。

  「…………覗いてないだろうな」

  木綿でできた質の悪いグレーの下着上下を脱ぎ、白いソックスを雑に丸めて脱ぎ捨てると白い爪先を着ぐるみの中にくぐらせた。

  「うわっ________思ったよりザラザラしてるんだな」

  腰から下を完全に着ぐるみの中に埋め込むと、つま先から太もも、尻や下腹部にガーゼの肌触りを特別心地よくしたような繊維の肌ざりにイチは驚いた。

  「しかも…………」

  腕と頭をしっかり入れ込み完全にドラゴンの中に入ったイチであったが、

  「なんだ、こりゃ?」

  ドラゴンの着ぐるみは顔にあたる部分から顔を出す形になっている顔出し着ぐるみだった。

  そのためいつも通りの視界があるため、楽屋にあった姿見に映る自分の姿を見てイチは困惑するような表情になった。

  試しに手足を動かしてみると鏡の中のイチドラゴンが同じように動く。

  「これじゃあいい見世物だよ。とほほ」

  イチが情けなく呟くと、楽屋の扉がノックされルーミーが戻って来た。イチの顔出し着ぐるみ姿を見にきたのだろう。

  「これはこれは。思った通りよく似合いますよ」

  ルーミーはやはりフードを目深に被っているので表情は良く見えないがどうやら満足している様子だ。

  「恥ずかしいんだが、これでいいのか?」

  別に裸体を見られているわけではないのだが、また質の違う恥ずかしさからかイチドラゴンはもじもじと脚で表現している。

  「最初はそういうものです。慣れれば中々楽しくなってきますよ」

  「そんなわけないだろ」

  「さて、リハーサルです。お手洗いは済ませましたね? 背中を閉じますから、」

  ルーミーはそう言ってイチに背中を向けるように促すと、背中の割れ目を留め金で塞いだ。

  「________ん……っ」

  背中の割れ目が閉じた瞬間、イチは全身に妙な感覚を感じ吐息を漏らした。

  内部の繊維が身体を擦った為か、或いは全身に感じた締め付けのためか。

  「それでは、行ってみましょうか。大丈夫。立派なドラゴンになれるよう演技指導して差し上げますから」

  「立派なドラゴンになんかなりたくないんだがな」

  苦い表情をしながらリハーサルの為にステージに向かうイチ。

  しかし、おかしくはないだろうか?

  何故着ぐるみの中に入るのにわざわざ全裸にならなければならないのか?

  そして何故イチはそのあからさまな不自然を感じつつもルーミーの言葉に従ったのか?

  そこには恐ろしいルーミーの企みがあったのだが、今のイチはその思惑に気が付く気配もない。

  この時代、イチは迂闊すぎる。