10話 エピローグ 虜囚イチ救出作戦(完)

  さて、その後の事も書かないわけにはいかぬだろう。

  まずイチだが、尋問で受けた心身のダメージ、最後にこめかみを掠った銃弾のダメージもありしばらく目を覚まさなかった。

  だいたい9話のセダッセン号強奪事件の時からすでに体力の限界を超えて動いていたのだ。そこに来て今回の尋問。

  本来であれば医療機関で安静にしているべきなのだろうが、なんとイチはたったの1日で目を覚ました。

  これは当時の医学の観点から見ても異常である。

  彼女らの住処であるルーナハイムで目覚めたイチを見て仲間たちは喜びよりも先に戸惑いを感じた。

  あまりにもイチがピンピンしていたからである。

  クロヌマーブ駐屯地で受けた尋問は現代の軍事組織でも採用されている洗練された尋問方法で、いかに過酷であるかは十分に伝わったかと思っている。

  現代でもこの尋問にかけられた者の多くはPTSDの後遺症に苦しめられているという。

  10代の少女に到底耐えられるものではない。

  しかしイチはまるでその事をちょっと石に躓いて膝を擦りむいたくらいにしか感じていないように見えた。

  エルビアニカやイルハ、特にミュルガルデはイチの異常とも言える頑強さに恐れにも似た戸惑いを感じた。

  まあ、エルビアニカなどは「やっぱり、あんたは本物の冒険者だよ」などと呆れ笑いをしていたようだが。

  リャン……、というより冒険者ギルドと国防軍の関係について書く事にする。

  大問題である。

  あれだけの事が起きたのだ。大問題にならないわけがない。

  軍は当然、大激怒した。

  もともと両者の関係が険悪だったところにこれである。

  実際、軍の一部ではこの事件を切っ掛けに冒険者ギルドに対し武力行使を計画していたらしい。

  リャンの言い分を借りれば、死傷者を可能な限り抑え、不当に処刑されようとしている冒険者を救出したのだから正義はリャンの側にある。

  それはそうなのかもしれないが、いくらなんでも非常識である。

  髑髏階級を相手にしたとはいえ、12人相手に手も足も出せず1個中隊がいいようにやられ泣き寝入りでは軍の沽券に関わるではないか。

  軍の要求は以下である。

  ・冒険者ギルドからクロヌマーブ駐屯地への損害賠償。

  ・リャン・ハックマンの身柄差し出し。

  ・弁務委員会の設置。

  弁務委員会とは、単純に言えば軍から冒険者ギルドを監査・監督するための機関である。

  頭を抱えたのは冒険者ギルドである。

  イチや仲間たちから聞いた事情を鑑みても、軍の行いはどう考えても不合理である。

  しかしながら、リャンはやりすぎた。

  多少は軍の面子も保たなければ冒険者ギルドと軍で本当に内戦になり得る。

  かといって下手に折れれば所属している冒険者からの信用を失い離脱者を出しかねない。

  冒険者ギルドにとって抱えている冒険者の数は重要である事は否めない。

  連邦裁判所に泣きつくしかなかった。

  しかし連邦裁判所も頭を抱えた。

  軍の要求を退ければ内戦が勃発しかねない。道理から言えば冒険者ギルドを守ってやらねばならない。

  連邦裁判所はなんとか両者間で解決させる道がないか考え、パイプ役としてチョウ・テイカンを派遣することにした。

  この龍華帝国人の男は示談交渉の達人で、故郷で紛争の為に家族を失ったので争いを嫌っている。

  冒険者ギルドとも軍ともしがらみがないので、調整役としてうってつけだった。

  どのような席であったか記録には残されていないが、チョウはその役割を十分にまっとうし、最悪の事態は免れた。

  会談の結果以下の事が約束された。

  ・冒険者ギルドから軍への賠償金支払い。

  ・リャン・ハックマンの罷免。

  ・冒険者ギルドは有事の際に限り、軍の必要に応じて臨時弁務官の受け入れを許すこと。

  どれも軍の要求を削ぎ落して効力を薄めたかたちにはなるが、特筆すべきは臨時弁務官の受け入れに関してである。

  軍としては冒険者ギルドに常時弁務官を置きゆくゆくは支配下に置こうと言う目論見があったのだろうが、それを「有事の際に」「臨時弁務官」という形で納得させた。

  この有事とは、連邦が戦争状態に突入した際は勿論、今回のように冒険者ギルドと国防軍の衝突が予見される際である。

  これにより冒険者ギルドは軍に対し挑発行為を含む武力的行動が大きく制限されるが、そもそも軍に対し攻撃を加える想定などもともと冒険者ギルドにはない。

  万一どうしようもなく軍と衝突するならば、その場合臨時弁務官などという肩書は単なる紙屑に過ぎないので何も困らない。

  それよりも頭を抱えたのはリャン・ハックマンの罷免についてである。

  冒険者の英雄である髑髏のバッチを授けられたものを追放するなど、中々受け入れられることではない。

  そして何より、罷免を言い渡されたリャンがどのような暴走をするかわかったものではない。

  冒険者ギルドにとって確かにリャンは英雄であったが、それと同時に一度暴走すれば今回のように大波乱を齎す原子爆弾のような危険物でもあった。

  リャンが本気で戦えば下手をすれば冒険者ギルドの上層部が軒並み病院か土の下に送られる。

  しかし、冒険者ギルドの懸念は意外にも杞憂で終わった。

  リャン・ハックマンは失踪した。

  これはなにもそういう扱いにしたわけではなく、本当に失踪してしまったのだ。

  その場に居ない者に罷免を言い渡すことなどできない。

  ひとまず冒険者ギルドは失踪したリャンの処分をこのようにすることにした。

  ・冒険者ギルドスウィートバウム支部長代理の解任。(これにより、モーリン・アッテナが支部長代理に就任する)

  ・冒険者ギルドからの追放。

  ・階級章の剥奪。

  冒険者ギルドは上の方針を公式に発表した。

  リャンを単なる英雄だと思っている者はこの処分に憤慨したが、リャンという女の人間性を知っている者はみな納得した。意外なことに軍もリャンの失踪を疑うことなく受け止めた。

  軍にとってもリャンなどを無理に処分しようとすればどのような被害が起きるか予想不可能だったので臭い物に蓋をする形で一旦それで良しとしたのだろう。

  尚、今回の件で国防軍が要求の大部分を譲歩したのは連邦市民新聞社の力が大きい。

  連邦市民新聞社はバルティゴジャーナルと並ぶマスメディアの大手で、彼らは市民の側に立った報道を矜持としている。

  チョウ・テイカンは彼らにも太いパイプを持ち、もし軍と冒険者ギルドの平和的解決が難しそうであれば、今回のセダッセン号強奪事件かたイチが不当に処刑されそうになるまでの真実を大々的に報道するよう要請したのだ。

  これが交渉のカードとして軍に効いた。

  道理的には軍に正義はないのだ。

  万一今回の事件が報道され、それが真実であると広く受け入れられれば軍は連邦市民と冒険者すべてを敵に回すことになる。

  最終的に軍が譲歩するのに出した条件は、報道の規制であった。

  こうして9話から続くセダッセン号強奪事件、今回のイチ拘束事件についての真実は公にされず、秘密文章としてのみ記録されることになったのである。

  ジハックはしばし入院した後、何事もなかったかのように復帰した。

  部下であるザイエン、ケパック、ジムツらも命に別状なく、負傷した多くの兵卒も誰一人鬼籍に入る事なく済んだという。

  だが彼らの多くが受けた傷の深さと同じ深度で冒険者に対する怒りを募らせたであろうことは間違いない。

  バルティゴ都市国家連邦歴11月26日黄金の日。

  北東部では既に雪が舞い始めている。

  冒険者の国家などという愛すべき馬鹿げた理念のもとに成立した国家が崩壊するまで、もうすぐ10年を切る。

  『虜囚イチ救出作戦・完』