インターミッション9 イチ、ダンスに目覚める

  歴史的インターミッション9

  ※初めに断らなければならないが、毎章ごとのインターミッションは冒険の合間でイチが経験した面白い話を元に執筆し、なるべく彼女の時系列に沿うように書いているが今回はイチがバルティゴ国防軍に逮捕されてしまっている為に過去のエピソードから選ぶことにした。

  また、今回のインターミッションで取り上げるエピソードは出典や資料に信憑性がなく、誰かの完全な創作である可能性が濃くある。それを承知で筆者も題材に選んだのだが、ご了承いただきたい。

  バルティゴ都市国家連邦歴18年。具体的に何月何日に起きた出来事かは知らない。だって記録に残ってないんだもん。

  ともかく、冒険者の為の国家などという馬鹿げた理想を掲げ生まれた連邦が崩壊する10年前のことであったらしい。

  イチはダンスに目覚めていた。

  …………もしかしたら多くの読者は既にイチという冒険少女のことについて知っていて、どういう人物であったかイメージできているのかも知れない。

  そういう読者諸氏であれば、不屈の冒険者であり後には髑髏割り、スカルブレイカーとまで呼ばれる少女がまさかダンスなどという軟派なものに憧れていた時期があったなどとは夢にも思わないかもしれない。

  だが一時期彼女はダンサーに憧れていたようだ。

  それは当時イチと同じ寮に住んでいたシーナの日記に書き残されているし、当時のバルティゴ都市国家連邦内で見つかった日記にもイチらしき少女がダンスを覚えようとしていたという記録がある。

  これはいったいどういう事であろうか。

  筆者としても吃驚であるが、推察も交えるとこういうことである。

  まず、この時代に伝説的なとあるダンサーがいたという事から始めないとならないだろう。

  ◆

  その男は名をマイケルと名乗った。

  歴史上、最高のダンサーと呼ばれる男である。

  肌の浅黒い長身の男で、儚さを感じさせる優しい目をしていて、人と話す時は必ず囁くような小声で話したと言われている。

  彼の踊りと歌は空間を支配し人を狂わす。

  まるで月を歩くように前に歩きながら後ろに移動し、帽子を投げながら「POOOOOW!」と叫び、死者か地球そのものが憑依したかのように歌って踊った。

  彼が腕をふり脚を捌き踊るたびに感極まった観客が失神して運ばれた。いや、彼が現れ聳え立っているだけで気を失ったファンもいたと聞いている。

  後にも先にも暴力を使わず数多くの人間を倒したのはマイケルだけではないか。

  とにかく歌とダンスにかけては逸脱した才能を持つ人物であったことは間違いない。

  ある時期からバルティゴ都市国家連邦に突如として現れ、瞬く間に名声を広げ、そしていつしか初めから世界からいなかったかのように消え去った。

  そんな男にイチはある日出会った。

  都市マドナルクでの依頼を終え、せっかくなので体を休めるために逗留した町で、偶然であるがあのマイケルが現れ町で公演をしたのである。

  イチも連邦内で旅をしながら行く先々で公演をしているマイケルなる人物がいるらしいとの噂は聞いていたが、その時は大した興味もなかった。

  その時一緒に依頼をこなしていたシーナ・アハトゼヘルがいつもの調子で口やかましく公演を見に行こうと騒いだので渋々イチはついていく事にした。

  そこでイチは泣いた。

  感動に打ち震えて涙を流した。

  あまりの衝撃的なダンスに正直ちょっとだけおしっこ漏らした。

  イチほどの冒険者でさえ危うく失神してタンカで運ばれそうになった。

  マイケルの公演が終わった後もイチはすっかり心を奪われ、歌とダンスを極めた者が生み出す力を認めないわけにはいかなかったのである。

  ◆

  ちなみにイチは連邦歴18年では推定で18歳だったと言われている。

  推定、と言うのは彼女が記憶喪失のまま発見されたので外見から判断しただけなので実際はもっと幼かったのかも知れない。

  何が言いたいかと言うと、マイケルのダンスに感化されたイチが彼女も同じようにダンスをしたい……というよりもマイケルのような動きがしたいと思いこっそり練習していた時期があったようなのである。

  思春期の少年少女は常に自分が何者かになろうと思うものだし、そのため色々と可能性を試してみたくなるのは常であるし、健全な少年少女はいくら恥をかこうがその気持ちは持っていて欲しいと筆者は思う。

  ある晩の事である。マドナルクでの依頼を終わらせた後の事だろう。

  イチはルーナハイムという寮に住んでおり、そこは当時珍しい女子寮であった。彼女の仲間もそこを拠点としており、イチを含めて7人の冒険者が住んでいる。

  その日、ミノタウロス族であり治癒魔法使いを志すミュルガルデ・レーリッヒは月夜の中屋上への梯子を上ってゆくイチに気が付いた。

  屋上には物干し竿があって洗濯物を干してあるくらいである。

  何しに行くのだろうと不思議に思いこっそり後をつけたミュルガルデはそこで奇妙な物を見た。

  部屋着のイチが真剣な顔つきで奇妙珍妙な動きをしているのである。

  腕をやたらめったらにピシピシと振り回し、珍妙な姿勢で後ろ歩きをし、ドタドタと回って被っているベレー帽を投げる。

  ミュルガルデは恐ろしくなってしまった。

  何かイチに奇妙な悪霊に取りつかれたのかと思ったのである。

  思わずまだ起きているエルビアニカとイルハに声をかけた。

  「イチさんが?」

  「悪霊に憑りつかれたんじゃないかって?」

  エルビアニカもイルハも顔を見合わせた。

  イルハは部屋着、エルビアニカはショーツにタオルで乳房を隠しているだけである。

  3人は揃ってイチに気づかれぬようそれぞれ交代しながらイチの様子を見ることにした。

  相変わらずイチは月に照らされながら腰を腰痛老人の交尾のように突き出し引いたりしてみたり、ギリギリまで身体を傾けて遂にバランスを崩して倒れたりしている。

  「武術の訓練をしているにしては動きがまるでなっていない……まさか本当に悪霊に」

  少女騎士のイルハは険しい顔をした。彼女もまた迷信深いので悪霊や呪いの類を信じている。

  「なにか変な薬に手を出したんじゃないだろうね」

  斥候のエルビアニカも怪訝な顔をした。彼女は裏社会に詳しく、知っていた薬物の症状に似たものがあったのだろう。

  

  「なんにしろ、声をかけていいものか……」

  3人でコソコソ話しているうちに他の仲間が何事かと様子を見に来た。

  ヘルヒャン、シーナ、メイメイである。

  仲間たちは代わる代わる梯子からイチの様子を覗いた。

  「気味悪いぜ。やめさせたほうがいいんじゃないか」

  ハーフコボルトでクラフターのヘルヒャンがイチの様子を見た時、イチは亡者のように手を構えバタバタと右に左に動いていた。そのあまりの不気味さにヘルヒャンは毛を逆立たせ「クゥーン」と鳴いた。

  「まさか、踊ってるつもりなのかしら」

  ハーフエルフで銃使いのメイメイが不機嫌そうに梯子から覗いた時、イチはハァハァ息を切らせながらただの喧嘩キックを繰り出していた。

  「ははぁ、あれはマイケルのダンスを真似ているんですよ」

  魔法使いのシーナが梯子かた覗いた時、イチはベレー帽を手で押さえてビシッと肘を伸ばし出来の悪い彫像のようになっていた。

  これらはイチがマドナルクで見たマイケルのダンスの真似事のつもりである。

  結局、シーナがイチが急に踊りの練習などを始めた理由とマイケルのダンスがいかに素晴らしいかを語り始め喋りが止まらなくなったので辟易した皆はそれぞれ部屋に戻っていった。

  喋り相手がいなくなったシーナも渋々部屋に戻った。

  とにかく、この時のイチはダンスにハマっていた。

  翌朝、他の仲間より遅く目覚めたイチが朝食を取ろうと1階の居間に降りた時、メイメイは不機嫌そうに固いチーズを齧っていたがイチを見るなり開口一番で、

  「やめなさいよ。下手なダンス。不気味よ」

  と言った。

  ____下手なんて酷い!

  酷く傷つき気分を損ねたイチ。

  いつもであれば少しでも美味しい朝食にしようと茶を沸かしたり簡単な調理をするのだが、顔を真っ赤にしながら戸棚から自分のパンをとると憤慨して部屋に引っ込んでしまったのである。

  ◆

  タオ・メイメイ(と他の仲間)の評価は散々であったが、それでもイチは諦められなかった。ダンサーとしての才能を。

  正直、書いている筆者も後年は髑髏割り、スカルブレイカーと呼ばれ常に冷静であった彼女にこんな時期があったなどと信じられず、それこそやはる創作ではないかと思っているのだが面白いのでこのまま書く。

  ある晩、イチはスウィートバウムの冒険者通りにある噴水広場に来ていた。

  というのも冒険者通りには踊り子志望の少女も多く、夜になると路上で踊り投げ銭を集めたり、そこまでいかなくともダンスの練習をしている若者が多かったのである。

  練習するにはもってこいだと思ったのだろう。

  イチは根本的に恥ずかしがり屋でもあったので薄紫のスカーフで口元を隠し、夏用の動きやすいスカートの冒険者装束を着てなるべく目立たないところを選んで練習する事にした。

  ____ふむん、あの動きは参考になるな。私だって身のこなしは素早いんだぞ。ちゃんと練習すれば、マイケルのダンスに遠く及ばなくてもメイメイをアッと言わせる事くらいできるさ。

  イチは他の踊り子志望の動きを参考にしつつ、マイケルのダンスをイメージしながら踊り始めた。

  その動きは奇妙奇天烈ヘンテコ摩訶不思議で、焼けた鉄板の上を裸足で歩かされた受刑者のように奇妙なステップを踏んだり、無様に自分の股間を叩いてみたり、へっぴり腰で下半身を落としたりしている。酷いダンスと言わざるを得ない。

  ____ふむん、なんだかコツを掴んできたような気がするぞ!

  イチは得意になってその場でクルクル回転してみせた。

  だが根本的に重心を意識していないのか神経症を患った酔っ払いか、戦闘ストレス反応でまともに歩けなくなった敗残兵のように見える。まるでセンスがない。

  ____おや、どうやら辺りがざわざわしてるぞ。もしかして、私の踊りに感心してるのかも。いや、だけど無心だ。邪念がダンスの切れを悪くさせるからな。

  どうやらイチと言う少女はこの時随分お目出たい思考回路をしていたようである。確かに冒険に出ていない時のイチなどこんなものなのだが、あまりにも普段のイメージとかけ離れていると言わざるを得ない。

  ____よし、ここでオリジナルの空中回転だ!

  そしてイチは大技に出た。

  これは彼女のオリジナルの動きなのだが、センスのない者のオリジナルほど始末に負えないものはない。

  奇妙に空中で角度をつけて回転してみせたイチだったが、結局着地に失敗してずっこけオレンジ色の下着を公開するという大恥をかいた。

  しかもそれだけで済まなかった。

  「あの……、ちょっと良いですか?」

  「へ?」

  気が付くと踊り子らしき兎人族の少女が困ったような顔をしてイチに声をかけてきた。

  「よそでやってもらっていいですか? その、お客さんが不気味がっちゃって」

  「!!!」

  どうやら兎人族の少女を目当てに集まっていた観客がイチの悍ましいダンスを見て気分を悪くし帰ってしまったようである。

  それだけでなく、他の踊りを練習していた少年少女も困ったような怯えたような表情でイチを遠巻きに見ている。

  「____っ、ひゃあああああぁぁぁ」

  イチは堪らず消えるような嗚咽の声を漏らし真っ赤にした顔を手で隠しながら逃げ出した。実際消えたかったのだろう。

  ◆

  イチは走った。

  走って全てを忘れたかった。

  走って走って身体が疲れて息が出来なくなってそのまま意識が無くなってしまえばいいと本気で感じていた。

  しかし、どんな時にも奇跡は起こり得る。

  「____あっ!?」

  羞恥心とショックで正気を失ったイチは満月の冒険者通りで何者かにぶつかり、そのまま受け止められた。

  「す、すまない、少し、ショックな事があっ…….........ああ!?」

  イチが自分の瑕疵を詫びようと顔をあげると、そこには彼女が憧れ小水が染み出るような衝撃を受けたあの人物がいた。

  「大丈夫かい?」

  「あ、あな、あなあああ、あなたは、まま、ま、ま、マイケル!!???」

  そこにいたのは紛れもなくあの日マドナルクの公演で見たマイケルその人だった。

  「僕の事を知ってくれてるの? ありがとう」

  正真正銘、伝説のダンサーであるマイケルである。

  彼の笑顔は月夜の中天使のように輝き、彼の声は魂を浄化する優しい音色で囁くようにしてイチの心に響いた。

  「ほ、本当にマイケルなんですか!?」

  イチは冒険者なので限られた相手にしか敬語を使わない。

  しかし自然に敬う気持ちが彼女の言葉遣いを変えさせた。

  マイケルは「しー」と唇に指をあて、

  「静かに、マネージャーにばれてしまうからね」

  「マネージャー?」

  「付き人みたいなものかな」

  「なるほどです! ほ、ほんとうにマイケルなんですね。ほんとうに囁くように小さな声で喋るんですね!」

  「僕はシンガーだからね。喉は命と同じくらい大切だから」

  そういうと彼はおどけるように完璧なムーンウォークを決め、華麗に回転し帽子に手を当てて微笑んで見せる。それだけでイチは思わず失神しそうになった。

  少しでも善性が残ってさえいる者なら、殺し屋でさえ彼のダンスを見れば銃を捨てると言われている。

  「マイケル、お願いです! ダンスを、ダンスを私に教えてください!」

  気が付けばイチは感極まって涙を流しながらマイケルに頼んでいた。もしかしたらこの時、冒険者を止めていいとさえ思っていたかもしれないと書いている歴史家もいるくらいだ。

  (余談ながらそれは私の立場では解釈不一致である)

  しかしマイケルはやはり天使のように優しい微笑みを浮かべて思わずイチの口元から外れかけたスカーフをそっと巻き直してやると、

  「ダンスを誰かに教えられるほど僕のダンスはまだ完成されていないんだ。けど大丈夫。諦めなければきっと夢は叶うから」

  マイケルはそう言い残すと「おっと、マネージャーが追いかけてきてるみたいだ。じゃあね」と子供のように無邪気な笑顔を浮かべて去って行った。

  マイケルが消えた後、彼の付き人を名乗る女性にマイケルの行方を尋ねられたがイチは腰を抜かしてぽうっとしたまま石像のようになっていた。

  ____諦めなければ、夢は叶う……。

  イチは冒険者通りの石畳の上にへたりこみ涙を流しながら決意した。必ずマイケルのように歌って踊れる冒険者になってやる、と。

  [newpage]

  ちなみにその後のイチだがダンスの練習中に無理な姿勢で踊ったために足を酷く痛めダンスはおろかちょっとした間冒険に出れなくなってしまったらしい。

  それ以来、イチがダンスの練習に励んでいたという話は聞いていない。

  きっと自分が根っからの冒険者である事を思い出したのだろう。

  繰り返すが、このエピソードは歴史的信憑性が薄く創作である疑いが濃い。

  濃いと断ったまま今回のインターミッションを閉じる事にする。

  次回、10話 『イチ捕縛! 女囚イチ救出作戦』