第8話 「少年。君は、女性の胸が好きなんだな?」 触手なんて怖くない!10
ダディスは仰向けになりながらイチに教わった仰向け匍匐で洞窟を出口に向かい進んでいた。
_____なるほど、これは合理的だな。
仰向けのに進めば思った以上に視界が確保でき、前方への攻撃を考慮しなければ状況に適した姿勢だった。
イチの時と違うのは、彼は超低速では動かずそれなりの速度を保っているという点である。
_____しかし、これは何かの冗談だろうか?
ダディスは洞窟の奥から軽快な銃声がタタン、タタン、と響くたびにダディスに伸ばされて暗闇から飛来する触手が撃ち抜かれて弾け飛ぶ。
触手から溢れた体液で顔を濡らしながらダディスは自分の目を疑っていた。
_____どういう銃捌きをすればこんな芸当ができるんだ?
ダディスは自分に狙って伸ばされる触手が悉く撃ち抜かれて無力化されるたびに思わず笑ってしまいそうになる自分に気が付いた。
それほどまでにイチの銃捌きは異常であったのだろう。
◆
「次!」
「はい!」
イチの「次!」という掛け声と同時にアニスは銃弾を装填した回転式拳銃を後ろから渡す。
受け取るとイチは指折り数える間さえないほどの高速で両手に握ったカーペイトの撃鉄を上げて引き金を引く。
そして放たれた弾丸は全てまるで初めから運命が決まっていたかのように少し先の前方を這うダディスを襲う触手に吸い込まれるように命中するのだ。
「次!」
イチの考えた作戦は単純だった。
まずダディスを囮役に選び、予備のマナライトを持たせて背面匍匐で先を進ませる。
イチは両手にカーペイトを構えてダディスを狙って伸ばされる触手を悉く撃ち落とす。
イチの背後にはアニスがおり、背中でスエッタを守りながら二丁拳銃で両手が塞がったイチの代わりに弾薬をリロードする。
この体制を取ることでイチは銃撃だけに集中でき、二丁のカーペイトはまるで短機関銃のような制圧火力を発揮できるのである。
文章にすれば簡単だが、こんな芸当は神業のような射撃術と常人離れした集中力がなければ出来ない芸当である。
もちろんイチは先ほど自分がやったような動きで全員洞窟から脱出する手段も考えなかったわけではない。
しかし、あの動きは習得するのにそれなりの努力を要する。
なにしろ「なめくじよりも遅く」と言われるほどの動きで動かなければ意味がないのだ。4人のうち誰かでもしくじればそれだけで全滅する可能性がある。
また、ダディスの体力が続く保証もなかった。
客観的に見ればより良い方法もあったかも知れないが、この時まだ若いイチにはこれが最良の方法に思えたのだろう。
「次! 遅い!」
「はい!」
しかし、百発百中というわけではない。
特にダディスのカーペイト5式を撃つときは銃の癖に慣れず、外してしまい一瞬ダディスに触手が絡みつくタイミングもあった。
だがその場合もダディスは片手に握った鉈で辛うじて身を守ることもできた。
また、イチはさっき通った時に触手が伸びてきた方角を大雑把に覚えていたとは言え、意識していない方向から触手が伸ばされ腕などに絡まれる事もあった。
しかし、
「煙幕!」
「はい!」
イチの号令と共にアニスはズボンのポケットにしまっていた煙幕弾を取り出し宙で炸裂させる。
そうすると瞬間的に触手が弱体化され、その隙にイチはほとんど標的も見ず触手が伸ばされた方向から本体の場所を判断し銃弾を叩き込むのである。
煙幕、とは言うが実際は薬剤をばらまく際に一瞬煙が出るだけで言葉通りに煙が充満するわけではない。
ダンジョンスクイには一応臭いを感じる機関が触手の先端にあり、嗅覚はそれほど鋭くないものの煙幕弾で散布された臭気を感じると僅かな時間だが攻撃行動を止める。
その僅かな瞬間があればイチならば確実に触手を無力化できるのである。
_____すごい。
アニスはイチのインチキめいた射撃術に高揚さえ覚えていた。
それ以上に自分がイチの役に立てている事が嬉しかったのだろう。
「次!」
「はいっ!」
しかし、空間の出口に差し掛かったところでイチたちに危機が訪れる。
「_____しまった!」
ちょうど弾が切れてアニスと銃を交換するタイミングでイチの左腕に触手が絡みついた。
イチの戦い方は前方範囲への触手には対処できるが、左右から伸ばされる触手には対処しづらい。
さっきまでは危うい瞬間もあったが持ち前の集中力と反射神経で辛うじて対処できたが、タイミングが悪かった。
「_____!?」
イチは自分の腕が強い力で引っ張られる瞬間を感じた。
右手のカーペイトに辛うじて残っている1発はあるが、たといイチの腕前を以てしても2アクションは必要だろう。
「ダメか!?」
イチが身体が浮くような引力を感じた瞬間、
「イチさん!」
アニスが咄嗟にイチにしがみつきイチを触手の引力から守ったのである。
イチは左腕に肩が抜けるほどの痛みを感じたが、辛うじて触手に捕らわれるのを免れた。
「アニス! でかした!」
そのチャンスを逃すイチではない。
正確に絡みついた触手を撃ち抜き、バランスを崩し背中から倒れた所を下敷きになったアニスに抱えられながら叫んだ。
アニスはイチの身体を支えた時に右手に偶然イチの乳房を包んでしまったが、その感触を噛みしめる間もなく新たな煙幕弾を宙に投げ炸裂させた。
「銃!」
その瞬間イチはアニスの左手から銃をもぎ取り、6連射でダディスに絡みつこうとしていた触手を全て迎撃した。
どうやら辺り一帯の触手は最後の6連射で殲滅したらしい。
「やった! やりましたよイチさん!」
アニスの喜びの声を聞いたイチは、一瞬緊張の切れ目を感じつつ、偶然ではあるがアニスが自分の乳房にしっかり手を食い込ませていることに気が付いた。
「少年。君は、女性の胸が好きなんだな? 結構痛いんだが」
「わぁっ! すみません!」
「まあいい! 最後まで油断は出来んぞ!」
「はい!」
イチは立ち上がるとズレた帽子を被り直し、周囲を警戒しながらアニスたち一家と洞窟の出口を目指して進むのであった。