第8話 「私が行こう」 触手なんて怖くない! 4

  「さぁ、なにがあったか聞かせてくれ」

  いつの間にか休憩所のテーブルに少年は座り、ある冒険者たちに囲まれることになった。

  この時代の冒険者は子供に優しい。

  しかも今この冒険者ギルドにいる者は暇を持て余しているものが多く、多少の荒事なら力を貸してやるつもりだったのだろう。

  少年は誰かが奢ってくれた紅茶を飲み、多少落ち着きを取り戻したようだった。

  「すみません。実は……」

  ……少年の名はアニスと言い、父のダディス、妹のシスタ、末妹のスエッタの4人家族で各地を旅する薬の行商人であった。

  母は既に亡くなってしまい、ダディスは生家で作られる秘伝の丸薬を将来的に連邦中で売れる商品にしようと宣伝を兼ねて売り歩いているという事であった。

  ダディスは元々冒険者をやっていた男で、今は引退して薬売りに専念しているが彼の3人の子供にも冒険の経験を積ませ、将来的に子供らにも薬を全国で売り歩かせてゆくゆくは商売を連邦各地に広げる青写真を描いていたようである。

  事実、彼の調合した丸薬は頭痛、特に二日酔いに大変効いた。

  ともかく家族はスウィートバウムから遠くないドラゴンズテイル丘陵地帯にキャンプを張った。主な目的は薬草採集のためであろう。

  昼間、ダディスとアニスが捕らえた鹿を解体してる間、シスタが洞窟を見つけた。洞窟と言っても未踏破の洞窟というわけではない。

  古くから冒険者の習わしとして洞窟を調査した先人は危険度を知らせるために入口に色付きの布を貼り付ける。その洞窟には入口に危険度が低い事を表す緑の布が貼り付けられていた。

  緑、黄色、赤の順に危険度は上がっていくが、緑の布は地形的にも安全で危険生物もなく、未調査の場所がない事を表している。

  シスタとスエッタは洞窟探検に出たがり、ダディスはアニスを見守り役につけて行かせる事を認めた。

  現代では子供だけで洞窟に行かせるなど言語道断と思われるかも知れないが、今より子供の生命が軽かった上に、男女共に冒険者として生きる事が良しとされていた時代だったためであろう。

  洞窟は既に調査済みなのは確かで危険生物や罠などの存在もないはずなので、ダディスとしては長男のアニスがいれば危険な目に遭う前に察知できると考えていたのだろう。

  アニスは将来冒険者になるのだが観察眼に優れ危機察知能力の優れた男に成長したと記録が残っており、ダディスもアニスが付いていれば危険は少ないと考えたのだろう。

  しかしこの時アニス少年はまだ10歳の少年である。

  洞窟にとある魔物が住み着いてしまっている事など気が付かなかった。

  子供たちが松明を片手に洞窟に入ると、なるほど、そこは足場も先人によって固められた安全な洞窟で、スエッタもシスタもちょっとした冒険気分に喜んだ。

  しかし突然スエッタが一瞬で何かの生物に捕まり、消え去るように洞窟の奥深くに引きずり込まれてしまう。

  驚いたアニスとシスタは急いで父に助けを求め、父は急いで装備を整えスエッタを助け出すために単身洞窟へ潜り、応援を呼ぶためにアニスを冒険者ギルドに向かわせたのである。

  「なるほど。それじゃあすぐにでも助けに向かったほうがいいな」

  少年の話を聞いていた冒険者のひとりが腕をまくって言った。

  ライフルを背負った若い人族の男で、見るからに体力がありあまっていそうである。

  「他に身体の空いてる人はいるかしら? 私も行くわ」

  若い猫族の女冒険者が他の者に問いかける。彼女は装備から斥候の能力があると見て取れる。

  彼女以外にも時間のあるものはアニスを助けてやるつもりでいるようだった。

  この時代の若い冒険者には義侠心のある者が少なくない。

  ちなみに主人公のイチは遠巻きに様子を伺っていた。

  斜に構えているわけでなく、単純に彼女は人見知りするタイプだったので話に入りたいのに入れないでモジモジしていた。

  自分も会話に参加しようと一瞬口を開くのだが、上手く入れるタイミングが見つからずモジモジしていた。

  「ほんとうですか。みなさん、ありがとうございます! ほんとうに、なんとお礼を言ったら……そうだ。父から簡単な手紙と冒険者手帳を預かっています。報酬に関する事だと思いますが……」

  そういってアニスは服のポケットから四つ折りにされた紙とダディスの冒険者手帳を取り出してみせた。冒険者手帳はダディスの身分を証明するために渡したのだろう。

  「見せて頂戴」

  猫族の女冒険者がアニスから手紙を受け取り中身を確認した。たいした報酬は期待していないのだが、報酬額によっては適切な人数というものを考えなければならない。取り分が減るからだ。

  しかし、猫族の女冒険者は手紙を読み終えると表情を曇らせ、喘ぐように口に出した。

  「……ダンジョンスクイ」

  ダンジョンスクイ、という言葉を聞いた瞬間に他の冒険者達の顔色があからさまに変わったのを見てアニスは唐突に不安を感じた。

  「……坊主。悪いが諦めたほうがいい」

  最初威勢の良かった人族の男冒険者もアニスの肩に手を置くと首を横に振った。

  「え……、いったいどうして? なんでなんですか!?」

  アニスがダディスから預かった手紙には確かに報酬に関する事が書かれており、他には洞窟の場所とダディスの装備、そして予想される敵が書かれていた。

  その、予想される敵の名前に冒険者達は勇気を挫かれてしまったようだった。

  「すみませんが、ダンジョンスクイに対抗できる冒険者はそう多くないんです。少なくとも私が知っている限り、この場にはいません」

  集まっていた冒険者の中で、一番年配に見える人族の男冒険者が残念そうに言った。彼は魔法使い風の恰好をしており、危険生物に関する知識も豊富だったと思われる。

  「それでも、みなさんが力を貸してくれれば……」

  「人数の問題ではないのです」

  そう言うと魔法使いの男冒険者はダンジョンスクイについて話しはじめた。

  ダンジョンスクイという危険生物は触手類の生物で、1体の女王と複数の雄で群れを作る。

  この触手類の特徴は、洞窟や遺跡、廃墟など、他の先住者が知らぬ間に奥深くに女王が住み着き、洞窟全体に兵隊として雄の触手類を散らばらせる。

  この雄が洞窟に棲むコウモリや入ってきた動物を捕らえ、女王の餌や子供を増やすための苗床として利用する。

  このダンジョンスクイの厄介なところは、暗く隠れる場所が多い洞窟にまるでゲリラ兵のように住み着き、しかも触手類が他の生物を捕らえる事に特化し進化した生き物なので、たとい安全な洞窟だったとしてもその洞窟は一気に危険地帯と化すのである。

  「ダンジョンスクイを本気でなんとかするなら、魔法使いを含めた最低でも7人のパーティが必要です。しかも、相当に経験を積んだ」

  更に魔法使いの男冒険者は口には出さなかったが報酬額が低すぎる事もひっかかっていた。

  手紙には確かに報酬について書かれていたが、その額はダンジョンスクイを相手にするには相場よりも低すぎた。

  無論、ダディスも元冒険者だけあって報酬額の不釣り合いは百も承知で、不足している分は将来必ず返済するとも書いてあったのだが、今のダディスには信用がない。

  こう書くとこの魔法使いの男冒険者が薄情に見えてしまうかもしれないが、たとい他の冒険者に頼み込んだとしても常識内で冒険者をしているものならば誰も首を縦にはふらないだろう。

  命を賭けてまで見ず知らずの者を助ける決心をする為には報酬額と戦う相手が釣り合っていない。

  「そ、そしたら僕はどうしたら……」

  アニスは泣き出しそうな顔をしていた。

  「ギルドに正式に依頼として出して、誰かが受けてくれるのを待つしか……」

  猫族の女冒険者もアニスの顔を見ると酷く辛い気持ちになったが、そう言う他できなかった。

  なにより、口には出せないがホラアナスクイのいる洞窟に先に入ったダディスとスエッタは、アニスがここにたどり着くまでにもう取り返しのつかない状況になっていたとしても不思議ではない。

  「こんなことしかできませんが、手紙の内容に合わせて依頼書は私が書いておきます。これを持ってカウンターで手続きをするといいでしょう」

  魔法使いの男冒険者が懐から鉛筆を取り出し、少年の代わりに依頼書を書いてやると一緒にカウンターまで行ってやった。

  行ってやったのだが……、

  「気の毒ですが、この依頼は掲載できません」

  「なんでですか!?」

  依頼書を受け取ったアルバートは先ほどまでイチの拠点登録を担当していた男だが、彼も気の毒そうな顔をして少年に告げた。

  「危険度に対する報酬額が安すぎて相場に合ってないので、誰もこの依頼を受けはしないでしょう。そういう依頼は受け付けない規則でして……」

  「そんな……」

  実はアルバートはもっと残酷な事情を知っていた。

  ホラアナスクイの存在を確認した冒険者ギルドの一般的な方針としては、捕らえられている者の存在の有無に関わらず中~上級の魔法使いを中心とした駆逐隊を組織し派遣、安全圏から火炎魔法で洞窟ごと焼き払う事になっている。

  非情ではあるが、今この瞬間に捕らえられた者がいるのならばともかく、捕らえられ時間が経っている者の為に人員を派遣するほどの義侠心はこの時代の冒険者ギルドにはない。

  「申し訳ありませんが、私にできるのはここまでのようです……」

  申し訳なさそうな顔をして付き添ってくれた魔法使いの男冒険者は少年から離れていった。

  「僕は……僕はいったいどうすれば」

  アニスは涙をこらえられず泣き出してしまった。

  無理もない。一瞬差し伸べられた救いの手が次の瞬間には引っ込んでしまったのだ。

  その失意と落胆は少年の幼い心には重すぎる。

  

  「軍に、相談してみる他ないでしょう」

  そう言うアルバートだったが軍がこのような市民の助けにならない事などわかりきっている事だった。基本的に冒険者に対し事務的な態度をとる彼も流石に辛そうな顔をしている。

  だが、他にしようがないのだ。

  こうして連邦を旅する一家はアニスとシスタのふたりを残して離散の運命を辿る事になる…………はずだった。

  「私が行こう」

  絶望の中小さく響いた救いの声。

  アニス少年の先には青い瞳に不屈の冒険心を宿した少女冒険者、さきほどまで人見知りの為声をかけられなかったイチが立っていたのである。