7話 「……友達なの」 ハーフエルフを狩る者たち9

  バルティゴ連邦歴18年10月17日大地の日。

  冷たく強い雨が降る夜であった。

  インダスバウムの下水処理能力は高くない。

  少しでも雨脚が強まれば汚水が溢れ、汚れた街が一層ばば色に染まってゆく。

  イチとイルハも流石にこんな夜に調査を進める気になれず、ホテル・オツカの部屋で無為な時間を過ごした。

  「21時か……」

  イチは瑠璃色のコートにしまった懐中時計を取り出して時間を見た。

  特に意味のある行動ではない。

  日中は雨でも外に出て情報を求めたが、特別進展はなくもどかしさだけが溜まって行った。

  「メイメイは、どうしているでしょうか……?」

  朝、互いの生存確認の為にメイメイがいるはずの公園にふたりで足を運んだがメイメイはいなかった。

  ブンタイムシに反応がない以上、よほどの事がなければ無事だろうがそれでもネガティブなイメージは拭えない。

  イルハだけでなく、イチも気がかりだった。

  気がかりといえば翌日に開かれる激励祭の事もそうである。

  激励祭は18日の太陽の日にスウィートバウムの中央広場を借りて開かれるのだが、イチがモーリンと会った時、モーリンは耳派がそのタイミングで何かテロ行為を働く可能性を示唆しているように感じた。

  激励祭に出席する者でイチの知り合いは冒険者ギルド某支部の数名しかいないのだが、同じ冒険者として冒険者に対するテロ行為は見過ごす訳にはいかないと思っている。

  「こうしてインダスバウムを回っているだけで何かにはなるさ」

  イチは中身のない事を答えた。

  その表情がどこか気だるげに感じられてイルハも釣られて気分が沈むような気がしてきた。

  とは言え仕方がない事である。

  「待つのも冒険者の仕事」とは彼女らの仲間であるエルビアニカという人族の女が良く口にする言葉である。

  だが、一体何をどれだけ待てばいい?

  ______ああ、エルビアニカがいたらもっと効率的な調査ができたのに……。

  イチはため息をひとつ吐いてから口を開いた。

  「今日はもう寝よう。明日、またメイメイのいた公園に行こう。メイメイが何か情報を得たかもしれん」

  そう言って部屋の灯りを消そうとした時である。

  イチは部屋の外に誰かの足音を感じた。

  隣は空き部屋のはずである。

  人数はひとりで敵対する意図は感じられないが、念のため身構えた。

  が、ややあってイチ達の部屋の戸を叩いたのはある意味意外な人物であった。

  「メイメイ!」

  ドアの覗き窓からずぶ濡れのタオ・メイメイを見たイチは思わず叫んだ。

  メイメイの表情は憔悴した様子でとても弱っているように見えた。

  引っ張るようにして部屋に入れるとイルハが毛布を渡してからタオルでメイメイの濡れた髪や身体を拭いてやった。

  「何をやっていたんだメイメイ!心配したじゃないか!」

  イチは語気を強めメイメイに問いただした。

  アリス・ヨルゲンも単独行動中に拉致され命を落としたのだ。

  定期的な連絡がなくなれば最悪の事態を想像してしまう。

  「まぁまぁ、イチさん。こうして無事だったんだから良いじゃないですか。さあ、メイメイ。何があったか話してくれるね?」

  イルハはメイメイの髪を拭いてやりながら優しく問いかけた。

  メイメイにはその優しさがむしろ痛い。

  しばらく口を開こうか迷っていた様子を見せたメイメイだったが、意を決して小さな口を開いた。

  「耳派のアジトがわかったわ」

  イチもイルハも驚いた。

  「ほんとか!?いったいどこだ?」

  「アリスを殺した連中もわかったんですか?」

  メイメイは二人同時にかかってきた質問に少し間をおいてから答えた。

  「アジトの場所はあの公園から少し離れた孤児院の跡地。アリスを殺したかどうかまではわからないわ」

  イチはすぐさま地図を開いて場所を確認した。

  「ここだな?」とメイメイに念を押すと鉛筆でアジトの場所に丸をつける。

  「すごいじゃないかメイメイ!これで調査は一気に進みますよ!我々だけでなんとかできるでしょうか……?」

  興奮した様子のイチとイルハの様子に反してメイメイは酷く辛そうな顔をしていた。

  ふと、部屋の片隅に彼女が愛用している魔道ショットガンのバレア2と自分の赤い冒険者装束が目に入った。有事の際に備えてイルハが運んできてくれていたものだった。

  「いや。功を焦って危険を冒す必要もないだろう。明日の激励会までまだ時間がある。今すぐにスウィートバウムに戻って、某支部に報告しよう」

  流石、イチの判断は妥当である。

  敵の戦力もわからない以上、たとい制圧力に優れたメイメイと強襲に手練れたイルハがいたとしても不安は拭えない。

  「しかし、いったいどうやって情報を入手したんだメイメイ。報告を頼む」

  イチの疑問は当然である。情報の精度は客観的な視点で精査しなければならない。

  メイメイを疑ってはいないが、それでもメイメイが偽の情報を掴まされている可能性は捨てられない。

  「……」

  しかしメイメイは唇を噛んで黙ったままだった。

  イチは流石にメイメイの様子がおかしい事に気が付いた。

  精神的に酷くすり減っているように見える。

  「メイメイ。何があったんだ?」

  イルハも不安そうな顔をしている。

  メイメイがこうも意気消沈した様子を見せるのは彼女たちの付き合いでははじめての事だった。

  いつもの勝気で年相応の反骨心に溢れるツンツンとした少女の姿はそこにはない。

  「メイメイ。何かあったんだな?話せるか?メイメイ」

  イチはメイメイの肩を強く、しかし優しく掴んだ。

  人は、人に優しく触れられれば心が落ち着くものである。

  しばし口ごもった後にメイメイは小さな口を開いた。

  メイメイは大切な冒険者の仲間の為にすべてを話さないわけにはいかなかった。

  「……耳派の人間と、会ったの」

  イチとイルハの二人は改めて驚いた。

  耳派の人間と接触し、尚且つアジトの場所まで聞き出すなどメイメイひとりにできるだろうか?

  「メイメイ、どういう事なんだ?耳派の人間に接触したのか?」

  メイメイはイチの質問に泣き出しそうな顔になってしまった。

  そして、絞り出すような苦し気な声で口を開くのである。

  「……友達なの」

  「なんだって?」

  メイメイは悲痛な声で叫んだ。

  「友達が、耳派のテロリストだったのよ!」