7話  浮浪者タオ・メイメイ ハーフエルフを狩る者たち6

  陽が落ちた。

  空に闇が広がったとて、この街は大きくは変わらない。

  何を作っているのか得体の知れない小さな工場からは絶えず汚れた蒸気が排気され、通りには様々な種族が行き交っている。

  イチとイルハのふたりはメイメイが先に潜伏しているはずの公園に向かった。

  そこは公園とは名ばかりで、路上生活者の吹き溜まりと化しており、特に新参の浮浪者が目立った。

  昔からの浮浪者や力のある者は下水道の中で雨風を凌ぐ。

  公園に住まう者は、ゴミ捨て場から集めてきた廃材で住処を建てられる者はまだ幸運で、多くは途方に暮れた顔をしながらぼうっと座っているか、横たわっているだけであった。

  「吹き溜まりだな……」

  イチは公園の中を漂っている浮浪者の臭いに顔をしかめざるを得なかった。

  この場には既に物乞いさえ諦めた者が多く、イチ達の姿を見つけても無気力に横目で見ているだけだった。

  「本当にメイメイはこんなところにいるんですか?」

  イルハはこういったスラムのどん底のような場所に足を踏み入れた事がないのだろう。自分の知らない世界にショックを受けているようだった。

  そして、浮浪者の中にハーフエルフの孤児が少なくない事に嫌でも気が付いた。

  「おい、あれ……」

  イチが指さす方向にメイメイはいた。

  しかしそこにいたメイメイはとてもではないがイチ達が良く知る冒険者のメイメイではなかった。

  いつも大事にしている縦に巻いた金髪は解けて乱雑に広がっており、顔は薄汚れ瞳に光はない。

  この街に無数に存在するハーフエルフの孤児が、ぼろ布を身体に巻いて夜の冷気から身を守っているようにしか見えなかった。

  「メイメイ!」

  イルハが駆け寄っても目を伏せたままメイメイは答えず、その為一瞬イルハは他人と勘違いしたのかと思ってしまった。

  「おい、メイメイ!どうしたんだよメイメイ!」

  イチもメイメイの様子に驚き、彼女の目線の高さに合わせてしゃがみ込み彼女の肩を揺さぶった。

  単純に、何か事件に巻き込まれて心身を喪失してしまったのではないかと思ったのだろう。

  しかし、それはイチの杞憂だった。

  「うるさいわね。ここじゃ目立つわ。どこか別のところに引っ張ってって」

  メイメイはイチとイルハにだけ聞こえるように小声で言った。

  その声にはいつもの負けん気の強さが確かにあった。

  「そ、そうか。そうだな」

  なるほど、メイメイの言う通りここで目立てばメイメイの偽装が無駄になる。

  イチはまるで人攫いが無気力な孤児を連れ去るように腕を引っ掴んで無理やり立たせると公園から引きずるように連れ出した。

  どうやらこういう事は日常茶飯事なのか、他の浮浪者はイチ達の様子を一瞥すると、すぐに興味を失ったのか時間が過ぎるのを待つために目をつむった。

  ◆

  イチ達3人はひとまず場所を変え、公園から少し離れた一角に出た。

  そこは街のゴミだまりで、地区で集められ行き場を失ったゴミが山のように積もっている。

  生ごみから汚物、有毒物質や何かの死体までが積み重なっているのでこの世のものとは思えない悪臭が漂い、イルハはおろか流石のイチでさえも吐き気を催した。

  夜になると流石に浮浪者といえどこの劣悪な環境の中に横たわるのは嫌がり、ほとんど人がよりつかない。

  ここは日中、他に仕事のない浮浪者がわずかな収入を得るためにまだ再利用可能なゴミを漁りに来る。

  再利用できないゴミはいずれ焼かれて空気中に汚染物質をまき散らす。

  「どう?大したものでしょ?」

  そんなゴミの掃き溜めの中でメイメイは笑って見せた。

  メイメイはどのように入手したのか完璧に浮浪者が着ているような粗末な服を身に着け、まるで生まれてこの方一度も風呂に入っていないかのような悪臭を漂わせていた。

  「むぅ……」

  イチは現地民に扮するとしても、いくらなんでもやりすぎではないかと思ったが、そもそもメイメイはこの街の出身だった。

  彼女にとっては扮装というより、昔の生活を再現するだけで良かったのだろう。

  イルハなどはメイメイの笑顔にどこか悲壮を感じて胸が痛んだが、メイメイとしては実はそう悪い気分ではなかった。

  「なによ。少しは褒めてもいいんじゃない?」

  そう言って口を尖らせている。

  メイメイとしては普段与えられない現地に潜入しての調査活動という事で、仲間により認められるチャンスだと考えていたのだろう。

  そして、アリス・ヨルゲンの仇討のために一役買いたいという気持ちもあったのだろう。

  「あそこで寝てたのかい?」

  イルハはメイメイの身を案じて不安そうに聞いた。

  「そうよ。雨が降らなくてよかったわ」

  「そういう事じゃない。危ないじゃないか!」

  「いざとなったらこれもあるわ」

  メイメイはそう言うとズボンの中に手をつっこみ護身用に隠し持ったファンクル2式護身拳銃を取り出して見せた。

  1号拳銃弾がたった2発込められているだけの脆弱な銃だが、こんなものでも心臓や頭に押し付けるようにして撃てば敵対者を無力化できる。

  「なんにせよ、出来るだけ早く依頼を遂行したほうが良さそうだな。メイメイ、何かわかったことがったら聞かせてくれ」

  イチはメイメイに促した。人目につかないとはいえ、ここでいつまでも話しているとトラブルに巻き込まれるリスクが出てくる。

  そしてなにより、服に臭いが移って落ちなくなる前に一度この場を離れたかったのだろう。

  ◆

  さて、読者の中には気づいた方もおられるかも知れない。

  今回のもうひとりの主役はこのインダスバウムで生まれ育ったハーフエルフの冒険者、タオ・メイメイである。

  彼女は36年前の旧バルティゴ王国歴576年にインダスバウムの孤児院で生まれ、6年前の30歳に奇妙な縁から冒険者の世界に足を踏み入れた。

  タオ・メイメイ、そして当時からバルティゴ都市国家連邦に存在するハーフエルフの物語に少しだけ付き合っていただきたい。