7話 ハーフエルフを狩る者たち 冒険者生け花化事件1
共和歴75年10月5日
この章を執筆するにあたり、どうしても現在も残るハーフエルフの諸問題に関して触れないわけにはいかなかった。
検閲的な多様性の中でこの章を書くのに関して多少ではない勇気を必要としたが、この物語を歴史の中の勇者、タオ・メイメイと私の長年の友人であるマクナイト・オルフに捧ぐ事とする。
クルツカ・ハイド
◆
バルティゴ連邦歴18年10月10日大地の日。
インダスバウムの某所。
暗く湿り気を感じる部屋でハーフエルフの冒険者である、アリス・ヨルゲンは目を覚ました。
彼女は54歳と数字だけで見れば高齢であるが、ハーフエルフは他の種族に比べて成長に3倍の時間を要する。故に実質的には18歳程の年齢であったと考えるべきであろう。
「……まずった」
アリスはどうやら自分が両手首を手錠で繋がれ、縄で雑にパイプに縛り付けられているのに気がついた。縛られ方のせいで中くらいの胸が強調され、やや緑がかった短いクリーム色の癖毛が乱れていた。
身体に特別痛みはないが、頭が酷く鈍い。
方法はわからぬが、どうやら毒か何かで意識を奪われたらしい。
アリスは冒険者協会の仕事で、ここ数年連邦を騒がせている『耳派』と呼ばれる暴力集団の実態調査の為にインダスバウムと呼ばれる日雇い労働者の町で調査活動を行っていた。
これは耳派の動向について有力な情報を冒険者ギルドに渡すだけで一定の報酬を得られるギルド公式の依頼で、他者とパーティを組まず単独で受けられる依頼としては報酬と危険度のバランスが悪くはなかった。
そして調査を進めていくうちにインダスバウムに潜伏している耳派のとある一派が容易ならざる計画を立てている事を掴み調査を進めていたのだが、不覚を取り囚われてしまったのであろう。
しばらくなんとか縄を外せないか身体をよじり、四苦八苦していたアリスであったがふいに部屋の扉を開け入ってくる者達があった。
「目覚めたわね。冒険者共に手を貸す一族の面汚し」
それはハーフエルフの若者達であった。30歳から40歳前後の少年少女が3名。60歳程の青年が1名。
アリスに声をかけたのはその中で長い銀髪のまだ幼い少女であった。
「待って、待ってよ。私が何したの?意味わかんない。何かの間違いでしょ?工場に行かないと家賃が払えないじゃない。帰してちょうだいよ」
アリスは単なる日雇い労働者を装った。事実、彼女は身体を敢えて不潔に汚し日雇い労働者が着ているみすぼらしい格好であったため知らぬものが見れば冒険者には見えなかっただろう。
「犬。私たちの街で誤魔化しきれると思ったの?」
銀髪の少女はアリスの作業シャツのボタンを乱暴に毟って深紅色の下着を露わにさせると、ブラジャーの中に手を突っ込んだ。
「あっ!ちょっと、なにすんのよ!!男もいるじゃない!!止めてよあんたたち!!同じハーフエルフ同士で!!」
アリスが叫んで身をよじったのは何も羞恥心からではない。
「犬はこんな時も犬の証を手放せないものね」
少女はアリスが下着の中に隠し持っていた山猫をモチーフにした胴のバッチを取り出し見せつけた。
アリスの表情は一気に青ざめる。
これは当時、バルティゴ都市国家連邦の冒険者が己の階級を示す為に衣服のどこかに留めていたバッチで、公式には最上級を黒い大烏のバッチとし、準じて銀の狼、アリスのそれは下級の山猫であった。最下級はバッチを支給されず、名前を名簿に登録されるだけの「駆け出し」と呼ばれる階級であるが、駆け出しと山猫階級との間には雲泥の差がある。
そしてアリスが冒険者のバッチを隠し持っていたのは何も冒険者ギルドへの忠誠や冒険者としてのプライドからではない。
山猫階級のバッチは一種の信用証明になる。
真っ当な冒険者としての身分証はハーフエルフのアリスにとって何をするにしても重宝した。このバッチがなければ酒場など町の盛り場で情報収集に入っても追い返される事すらある。
しかし、今回はその冒険者である証明書が彼女の冒険を終わらせる一因となった。
「名前。目的。仲間の情報。全て吐いて貰うわ」
アリスはどうやら自分がこれから拷問にかけられるらしい事を受け入れ始めた。彼女は元々気丈な性質だったのであろう。目の前の銀髪の同族を前にこの時は怯まなかった。
声色を一変させると気高い冒険者として敵対者と対峙した。
「子供が、革命家ごっこか何かのつもり?馬鹿な事はやめなさい」
「なんですって?」
銀髪の少女を30歳半ばとするのであれば、アリスは50歳を超えている。ハーフエルフとはいえ20歳の年齢差はそう少ないものでもない。アリスから見たら目の前の少女は子供とまではいかなくとも同じ扱いではある。
「何が耳派よ。単なる冒険者ギルドへの逆恨みじゃない。頭悪すぎ」
耳派はハーフエルフの単一民族国家の樹立を大願とする暴力的改革派組織であるが、その活動の多くが冒険者ギルドへのテロ行為に終始していた。
これにはある歴史的な理由もあるのだが、耳派に参加していたハーフエルフの多くが愚かな陰謀論を信じ込み浅はかな義憤に駆られていたのは事実である。
故にアリスは耳派の人間を軽蔑しきっていた。
「単なる努力不足でダメになったのを、人のせいにして頭の悪い連中ね!」
「貴様……!」
銀髪の少女はすぐ感情的になる性質らしい。年齢を考えれば仕方ないとも言えるが、この単純さと成長速度の遅さがハーフエルフの人種問題の根底ではあるのだろうが。
単なる舌戦では20年の歳の差は覆せそうになかった。
「ハインリッヒ・ディレルオスカーを知っているか?」
ふと、アリスを尋問しようとしている一団の中で一番の年長者と見られる赤毛の青年ハーフエルフが口を開いた。
「知っているけど、それが?」
ハインリッヒ・ディレルオスカー。魔王大戦で南軍の将校を担い、南部戦線の維持に大きく貢献した英雄でバルティゴ連邦南部の都市ジギンの冒険者ギルド副支部長を担っていた男である。
その名は後の世に生まれた私たちであれば多少なりとも彼が実際は何をした人物かを知っていてもおかしくない。
しかし、この当時を生きた冒険者の多くは彼の実態を知らないか、知っていても彼を正当化しその負の歴史に目を瞑るか、そうでなければいつしか彼に正当な裁きを与えようと胸中の刃を研ぐかしていたであろう。
「知っていれば、冒険者の犬になどならんだろうな」
赤毛の青年は酷薄な笑みを浮かべた。
アリスの返答がどうであれ、手心を加えるつもりは最初からなかったのだろう。
銀髪の少女に目線で何かを支持すると、先に一人部屋を後にした。
「さてと。そろそろ始めましょうか。早めに吐けば、楽に死ねるわよ」
銀髪の少女は縛られたアリスを見てサディスティックに歪んだ笑顔を浮かべた。その目の中にアリスに対する、いや、冒険者のハーフエルフに対する侮蔑の表情が浮かんでいる。
彼女は自身の大義を理由として敵対者を拷問する快感に溺れつつあったのかも知れない。
「あまり時間をかけない事ね。長引けば、ギルドの仲間が助けにくるわよ」
アリスも傑物である。今回、彼女が捕えられた事を知る仲間はいない。彼女は特定の交友関係を持つことに恵まれず、彼女が言伝なしに行方をくらましたとしても気が付くのは冒険者ギルドで彼女のに依頼を流した職員だけであり、その職員も彼女の行方が消えた事に気が付くのは早くても7日程の時間を要すだろう。それを知っていてこう啖呵を切るのは肝の座りようが尋常ではない。
「そうね。私もあなたみたいな雑魚に時間を使いたくないわ」
銀髪の少女、プルシェニカは口元を歪めると己のマナを集中させた。
______なにをする気なの?
アリスは身構えた。
______なにかしら。身体の中が……
急激に胸の肉の中を何かが這う感覚を感じアリスはゾッとした。
それは痒みに似て、まるで何かが根を張るようにその悍ましい感覚は広がって行き、やがてそれは肉を内側から何かに荒らされる耐えがたい痛みに変わって行った。
「痛ッ______痛、たっ、あ______あ______きゃあああああああああああああああ!!!」
そしてその痛みが最高潮に達した瞬間、アリスの右乳房の皮膚を食い破って真っ赤な薔薇が咲いたではないか。その花弁はアリスの血を吸って悍ましい深紅に染まっていた。
「色々、仕込ませてもらったわ。吐けば楽にしてあげるから、せいぜい頑張りなさい」
涙で歪んだアリスの視界の先でプルシェニカが楽しそうに笑っていた。
「餓鬼がッッッッ!!____________ひぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」
アリスの背中の皮膚を突き破り、今度は花弁を持たず草色の茨が羽根のように数本咲いた。その様は痛々しいが、どこか美しさも感じさせる人間で作る生け花のようであった。
「アハハハハハ!!妖精みたいじゃない!!冒険者の犬にしては可愛らしい姿じゃないのさ。さあ、次は爪から咲かせてあげる!!アハハハハハハハハハハ!!」
………………………………その後。アリスは花を用いた拷問と、私的な欲望の処理の為にその身体を弄ばれ苦痛と恥辱の中で冒険の歴史を終えた。
その遺体は耳派の示威目的の為に街に晒される事になる。
54年の時を生きたハーフエルフの最期としてはあまりにも無残な最期と言わざるを得ない。
そして彼女の死がバルティゴ都市国家連邦外伝の主人公であるイチ。そしてその仲間であるタオ・メイメイの冒険に新たな項を綴らせる事になるのだった。