第6話 エピローグ 丸吞みシーサーペント大量発生事件16

  さて、もうそろそろ章を閉じなければならないだろう。

  今回の題材に関しては数多くの冒険者が関り、それこそ前に述べたスピナルドットのパーティのその後や、本物の命知らずが集まったカールス・バスターズの死闘、リャン・ハックマンの暴虐など書きごたえのあるエピソードは数々あるのだが、今回はイチという冒険者の少女を主人公とした物語であるのでそれは別の機会に任せる事にする。

  まずイチがミュルガルデと命を賭して放った烏賊キャノンの弾頭であるが、僅かに山なりの軌道を描いて標的の漁船に吸い込まれ炸裂した。

  これはイチの射撃術というよりも、多分に幸運が助けたと考えたほうが良いだろう。

  現代でも携行ロケット砲の類はあるが、1000先の目標を狙うような代物ではない。

  更に、炸薬を積んだ弾頭が黒幕がいたと思われるキャビンに着弾したのも幸運であろう。

  もし僅かに弾道が逸れて甲板や船べりに着弾していたら結果は幾分か変わっていたはずである。

  着弾した弾頭は烏賊釣り漁船のキャビンを吹き飛ばし、やはり魔術をかけられていたシーサーペント達はその瞬間から単なる愚鈍な海の獣となり、冒険者達は手にした銃火器により彼らを容易に退ける事が可能となった。

  元来、勇気のない生き物である。少しでも痛みを覚えれば怯えて海中に潜って逃げていくのだ。

  冒険者達の船は既に8隻も沈められてしまっていたが、それ以降沈んだ船はなく、海に連れ去られた者も出ていない。

  イチ達もガンバリ―ニャ号が沈没してしまったため海に身を浮かべるしかなかったが、溺れる者が出る前にモーリンの組織した救助隊が到着し全員無事に助けられた。

  冒険者達をひとつの部隊とするならば、彼らは既の所で壊滅を免れたのである。

  しかしながら当然シーサーペント討伐大会は途中で中止となり、夜に準備されていたコンサートや花火などのプログラムも無しになってしまった。

  更に、今回の件に関して冒険者ギルドとシーリーフ地元民との間で多少の摩擦が生じてしまう。

  それと言うのも、シーリーフで冒険者達に船を貸した者のうち船を沈められたり破損させられた者が個々の冒険者達、或いはギルドに対し補償を求めたのである。

  これは彼らの立場に立って考えるのであれば当然とも言えるが、これが冒険者達の多くを憤慨させた。

  シーサーペント討伐大会は元々、海水浴場を安全に開く為に企画された物であり、依頼と言う形で冒険者達が参加しているわけではないものの、害獣を駆除する事でシーリーフの町に貢献しているのは事実であり、仲間を失いながら多くのシーサペントを駆除したのだからその分の報酬を求めてもいいはずだが冒険者達は請求していないではないか。と言うのが冒険者達の言い分である。

  そこで冒険者達と地元民との衝突の間にギルドが割って入った。

  冒険者達ギルドは冒険者と依頼者の間で問題が起きた際、当事者間での解決を促すのが基本的な方針であるが、依頼者か冒険者に重大な過失がある場合と冒険者全体に不利益が生じる場合は介入して折衝を代行する。

  今回は参加した冒険者側の立場に立って戦わなければ登録されている冒険者達からの信頼を損なうと判断したのだろう。

  とは言っても船を借りた際に契約を結んでいる観点から冒険者達は不利な交渉を強いられていたため連邦裁判所での裁判に持ち込まれれば船の権利者達が勝訴する可能性は高いと見られていたがそれに待ったをかけた人物がいた。

  冒頭で名前を出した蛙人のサカイである。

  彼は冒険者達が長きにわたり地元経済の活性化を助けていた事を理解していたので、シーサーペント討伐大会を開催する度に留保していた余剰金を船を失った地元民の補償に充てる事を申し出て、冒険者個別に損失の補償を求めず、冒険者ギルドという組織に一部補償を求めた。

  これは折衝に長けたサカイの知恵で、地元民組合は単に船の原状復帰を求めているのに対し、冒険者ギルド側は冒険者達からの信頼を失う事を恐れて紛議している事を見抜いていたので、ギルドに対し支払っても痛くない金額を提示する事で場を丸く収めたのである。

  因みにこのサカイが現代で世界的に名を知られた大企業であるイサカ・コンサルティングの創始者であるのは有名な話である。

  今回討伐されたシーサーペントは、当然名簿などがあるわけもないので正確な数はわからないが、80頭から100頭が駆除されたとされている。

  対して冒険者側は無事に帰って来た者は参加者162名のうち115名。

  実に47名の冒険者が行方不明者となり、遺体が見つかる事もなかった。

  多くの冒険者は生死を賭ける覚悟もないまま海獣と戦い、そして冒険をシーリーフの海で終えたのである。

  この大惨事を引き起こした者は魔王大戦を生き延びた十大魔術師の一人である『物憂うメアリカミラ』という女である事は間違いない。

  この女は動物の群れを己の意志のままに統率し率いる強大な魔術を操ったとされている。

  そのメアリカミラだが、今回破壊されたキャビンの中に死骸はおろか血痕なども残っておらず、どのようにしてかは判明していないが海中に逃げたと考えられている。

  メアリカミラは驚異的な魔術師であったが、300頭ほどいるシーサーペントの群れを統率する為には船上でマナの集中を要したのであろう。

  発生した事象から冒険者ギルドは今回の事態を十大魔術師が一人・物憂うメアリカミラの犯行と断定。

  しかし事態がバルティゴ連邦全体に波紋を広げる事を恐れ、形だけの調査隊を組織し「海面温度上昇が引き起こしたシーサーペントの大量発生」と偽りの調査結果を公表した。

  しかしながらこの時代にも存在したジャーナリズムは冒険者ギルドの発表に納得せず、大衆紙の多くがテロの可能性を報じ、同時に冒険者ギルドの体制を糾弾した。

  後の歴史を考えれば、この事件をバルティゴ連邦の崩壊に繋がる最初の一幕と考える歴史学者は少なくない。

  事実、この件を境に冒険者ギルドと冒険者を標的としたテロ行為が発生し始める事となる。

  バルティゴ都市国家連邦歴18年7月2日黄金の日。

  イチは重傷を負ったが、彼女の冒険はまだ終わらない。

  『丸呑みシーサーペント大量発生事件・完』