第6話 肉の中にいる 丸吞みシーサペント大量発生事件6

  肉の中にいる。

  そう表現すべきであろうか?

  シーサペントの肉柱に丸吞みされたイチは事態を把握する前にあらゆる自由を奪われた。

  まず、粘膜が滴る膜が身体中にビッタリと吸い付き、髪から爪先まで全てを包み込んでしまった。

  身体中に嫌な粘つきと不快な滑りを感じたが、何かを考えるよりも先に身体中が強烈な勢いで締め付けられたのである。

  「かはッ________げ、ぐ____え________」

  その尋常ならざる締め付けはイチの身体を四方から押し潰すかのように圧迫し、骨を軋ませ胸の中から呼吸の為の空気を絞り出すように吐き出させた。

  _____息が……、息ができない……

  一切の呼吸の自由を奪われたイチは流石にパニックを起こし、全身を緊張させ状況から脱出する為に四肢をバタバタと動かすがビクともしない。

  更に悪い事にイチは飲み込まれた時、綺麗な姿勢では飲み込まれず左腕を背の方で折り曲げられた窮屈な姿勢になってしまった。

  シーサーペントは獲物を肉柱に捕らえると、ギュウギュウと犠牲者を締め付け、骨を砕いて完全に抵抗力を奪ってから胃袋に収めようとする。

  イチはその不自然な姿勢のまま身体を締め付けられ、やがて身体からミシミシと危険な音がしたかと思うと骨へのプレッシャーが限界を越えたのか「ビキ」という嫌な響きと共に肉柱の中で骨を圧し折られてしまった。

  _____痛ッ…………ッッッッッッぅぅぅうう!!

  どうやら左半身は肩と肘を、右半身は肘から上腕、そして足首を折られてしまったらしい。

  イチは視力、聴力、呼吸に四肢の自由までを奪われて恐慌状態のまま徐々に飲み込まれてゆく。

  それはまるで赤子が産道から子宮に戻っていくような悍ましい感覚であった。

  もっとも、このままだとイチが辿り着く先は子宮ではなく胃袋であり、出生とは逆の冒険の終焉という結末が待っているだろうが。

  _____嫌だ。こんなの嫌だ。こんな終わり方、酷すぎる……。

  否が応でもイチは自身の生命の終焉を察し、暗闇の中で泣いた。

  ただし顔面にへばりつく粘膜で目鼻も圧迫され、本来流れるはずの涙は失われてしまったが。

  ついさっきまで仲間たちに囲まれていたのである。

  こんな一瞬の出来事で、このまま化け物の胃袋でドロドロに溶かされ、自分の身体が最後は魚の餌に成り果てるなどあまりにも悲惨な最後ではないか。

  _____こんな死に方、嫌だよ。誰か助けて。助けてよ……

  イチが絶望し自身の存在の終わりを受け入れ、彼女の冒険心が闇の中で消えてしまいそうになった時、突然水中の中で凄まじい衝撃波が発生し、イチは肉柱の中でその圧力を感じながら意識を失った。

  烏賊キャノンの弾頭がシーサペントの胴体を破砕したのである。

  ◆

  ミュルガルデはフックのついた鎖を身体に巻きつけ海に飛び込むとそのままの勢いで沈みゆく肉柱を目指して潜水した。

  イチが包まれた肉柱は浮力がまだ失われておらず、ゆっくりと沈んで行くのでミュルガルデは身体に繋げた鎖の重さと優れた潜水能力によってどうにか抱くようにして掴む事に成功した。

  あとはなんとか仲間にウィンチで引き上げてもらうだけだが、音のない世界で自身より更に深いところから泡を立ててなにかが急速に接近してくる気配を感じミュルガルデは怖気だった。

  彼女が視線を更なる深みに向けると、新たな丸吞みシーサペントがミュルガルデを喰らおうと海を切り裂いて向かってくるではないか。

  ____なんでまた丸呑みシーサーペントが……!?

  ミュルガルデは恐怖した。

  通常、空手で海中のシーサーペントに挑んで生還できる陸上生物は存在しない。いかにミュルガルデが膂力に優れようと、このまま戦えば奇跡が起きない限り撃退する事は叶わず、そしてなにより奇跡が起きてもイチを守りながら戦う事は不可能だろう。

  海獣がその首をミュルガルデに伸ばした瞬間、魔導ウィンチが駆動し肉柱を抱えたミュルガルデを海面に引っ張り上げ始めた。

  ____妖精さん、どうか御加護を……

  ミュルガルデにとれる手段は自分が信仰する妖精に祈りを捧げる事のみであった。

  その祈りが届いたのかは妖精信仰(※1)を持たない筆者には解らない。

  (余談ながら筆者は神を信仰している)

  が、どうやらミュルガルデは幸運にもウィンチの引き上げで最初の攻撃から逃れる事ができたようだ。

  だがしかし幸運はその一度きりで、ミュルガルデがなんとか海面に出ようという瞬間だった。

  ____くっ……ぅぁっ…………!

  丸呑みシーサーペントの口吻がパクリと開き、ミュルガルデの下半身を丸々飲み込んでこんでしまったのである。

  ____くぁっ………苦し……………息、できな………

  ミュルガルデを呑み尽くそうとシーサーペントは肉の膜をミュルガルデの腹から豊満な乳房まで伸ばし、骨を砕こうと万力のような力で締め付けた。

  人族より骨格が頑丈なミノタウルス族のミュルガルデは筋肉を緊張させ強烈な締め付けに抵抗するが、筋肉の抵抗以上にシーサペントの締め付けは強烈でミュルガルデは骨が軋むような激痛を感じた。

  ____絶対………離してなる………ものですか………!

  しかしミュルガルデはその激痛の中でも、イチを離すまいと更に全身の筋肉に力を込めた。

  既に腕の付け根から下を肉柱に呑み込まれ、外から見ればミュルガルデの豊満な巨躯に貼り付くようにシーサーペントの肉柱が形を変えているのがわかるだろう。

  シーサペントは捕えたミュルガルデの抵抗力を骨ごと砕こうと締め付けを緩める事はない。

  ミュルガルデがもし腕の力を緩めれば、その瞬間にイチは肉柱ごと海中に沈みもう二度と戻らない。

  ____早く、早く…………も、げん…………かい…………!!

  ビキビキと筋肉を引き裂くような痛みと徐々に失われてゆく酸素に、ミュルガルデは遂に限界を迎えようとしていた。

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  (※1)妖精信仰

  現代より遙か昔、バルティゴ王国以前のカンティノア帝国では神を信仰していたがカンティノア帝国を打ち倒したバルティゴ王国では神の存在を否定し国民に信仰を認めなかった。

  その代わりに生み出されたのが妖精の存在である。

  かつて神が担っていた役割を、妖精という存在に任せたのだ。

  現代でも少数ながら妖精を信仰している者は存在している。