1.事故

  あの日、俺と千秋さんはいつも通り街に出掛けた。

  買い物をして、美味しいお昼を食べて、2人で笑い合った。

  何も変わらない休日。

  幸せな時間。

  それが、いつまでも続くと思っていた。

  続いて欲しいと、願っていた。

  [newpage]

  沢山買い物もしたし、夕飯は家で食べようかと話しながら歩いていた。

  その時だった。

  「………?」

  「── 貴和っ!」

  なにか胸騒ぎがして、千秋さんを仰いだ瞬間、千秋さんに突き飛ばされた。

  勢いで尻もちをつく。

  耳が割れるような音。

  カランカランと転がるのは…

  「…パイプ…、?」

  そんなものがどうしてここに?

  パイプから自分の目の前に視線を戻して、ゆっくりと膝を着く。

  「……ちあ、きさん、?」

  沢山のパイプの隙間から見えた細く綺麗な指には、今日お揃いで買った指輪が付けられていた。

  「ち、ちあきさ、ちあきさんっ」

  こういう時って、どうしたらいいんだっけ?

  まずパイプをどかすべきなのか?

  パイプどかしてそれで…

  「っっ!!」

  一先ずいくつかのパイプをどかした俺の目に飛び込んできたのは、頭から出血する千秋さんだった。

  「ちあ、き…さ……」

  どうしたらいいか分からず、千秋さんの手を握る。

  冷たい……とても…

  ねぇ…どうして、?

  フラフラとパイプが倒れてきた方へ視線を向ければ、そこは資材置き場のようだった。

  きつく唇を噛み締める。

  視線を逸らそうとした時、隅で動く人影に気が付いた。

  俺は硬直してその人影を見つめる。

  やがてその人影は、夜の闇に身を翻して行った。

  普通に考えて、資材置き場に身を潜める人間はそういないだろう。

  あの人影が犯人と考えるのが妥当なのか…。

  俺は、すぐに救急車を呼んだ。

  『─こちら119番です。

  火事ですか、救急ですか。』

  「あの、……っぁの!」

  冷静に考えられていた気がして、もう落ち着いてると思ってた。

  だけどこんなにも声が震える。

  『落ち着いてください。』

  「……っふう…」

  小さく息を吐いて、意識を集中させた。

  「…救急です、新宿48番街より1本入った脇道で、その、恋人が…」

  『はい、どのような状況でしょうか』

  「資材置き場の鉄パイプの下敷きに…

  頭から出血しています、!

  お願いします、急いでください!」

  『分かりました、至急救急車を向かわせます。

  警察とも連携を取ります。

  患者をなるべく動かさず、そのまま待機していてください。』

  「っはぃ!」

  『お名前だけお願いします』

  「っ黒木…黒木貴和です、」

  『分かりました

  ではそのまま患者のそばにいてください。』

  「……はい…」

  スマホをしまって、祈るように千秋さんの手を握る。

  そうして10分もしないうちに、救急車のサイレンが近付いてきた。

  大通りの端で止まった救急車から、数人が走って来る。

  「お電話して頂いた黒木さんで間違いありませんか?」

  「はぃ…」

  「南総合病院の雨宮と言います。

  これからこちらの方の応急処置を済ませて、1番近い総合病院まで搬送します。

  こちらの方のお名前を教えてください。

  それから関係性もお願いします。」

  「っ…神代 千秋…

  俺の……恋人です…」

  言葉と共に涙が頬を濡らす。

  俺が泣いてもこの状況は変わらない。

  分かっているのに、涙が止まらなかった。

  「っぅう……」

  俺はただ見ていることしか出来ない。

  自分の無力さに嫌気がさした。

  「…処置は終わりました。

  病院に移動するのでご同乗ください。」

  「っはい…」

  救急車で移動する間も、ずっと千秋さんの手を握っていた。

  脱力した、冷たい手を。

  どうか大事にはなりませんようにと祈りながら……

  続く