とある老人の夢

  「今日こそ、今日こそ変身じゃー!」

  昼下がりの公園に1人の老人が居た。

  彼の名前は良晴(よしはる)。75歳。

  良晴は毎日、公園で遊ぶ子供達に馬鹿にされている。

  何故なら良晴は子供の頃憧れた強くて正義の味方のヒーロー、ではなく。

  ドラゴンになる為に、毎日公園で修行をしていたからだ。

  幼い頃からドラゴンになりたくて、ドラゴンについて必死に調べ、怪しい宗教に入ったり、謎の商品を買ったり、毎日神頼みしたり、肉体改造手術を懇願して拒否されたり、出来そうなことは何でもした。だがどれも成果は出ず、挙句に馬鹿にされて終わる。

  なので今はいきなりドラゴンになっても平気なように公園を選び、独学で変身ポーズを決めたり、火を吐く練習をしたりしていた。当然、良晴の行動は誰にも理解されなかった。不審者扱いされ、冷ややかな目で見られていた。

  だが良晴は誰かに迷惑をかけているわけではないので、近所ではいつもの頭のおかしいお爺さんで放置されていた。

  群がる子供。みんな指を指して今日も嘲っている。

  「ジジイ!今日もヘンシンゴッコしてんの?ばっかでー!」

  「ドラゴンになんかなれるわけねーじゃん!」

  「むう!聞くがよい子供達よ!ワシは今日こそ!必ず正義の味方、ドラゴンになるぞい!」

  しかし彼は気にしない。

  元々底抜けに明るい性格をしており、頑固であった。

  根拠の無い頓狂な行動だとしても、いつかドラゴンになれると心から信じている。

  「ぎゃはははは!」

  「無理無理!」

  小学生でも無理なのは分かる。なのに毎日諦めない良晴が、子供達にとっては面白おかしかった。

  だが、笑う子供達から少し離れた場所に居た1人の少年がゆっくり近付き、良晴に言った。

  「あの…ぼ、僕は…」

  「僕は、おじいちゃんはドラゴンになれると思う…!」

  「!!おお、おお、嬉しいのう、ありがとうのう!」

  口角が上がる。応援してくれる少年の言葉に心打たれて、良晴は一層励んだ。

  ただ、今日も体にはなんの変化も無く、動き続けている為体力が無くなり、代わりに足腰が少し鍛えられる程度だった。

  翌日

  「さーて!今日も修行じゃ!」

  良晴はいつもの様に意気揚々と公園に来た。

  「あ、ジジイだ!」

  「懲りないな!いつドラゴンになるんだよ!ぎゃはははは!」

  子供達は良晴を見るなり大声を上げた。いつもの様に良晴は構わずに変身ポーズをとり始めた。

  ヒソヒソ話や大声で悪口を言う子供の輪に入らず、昨日の少年が良晴に近付く。

  「お爺ちゃん!こんにちは!」

  「おお、昨日の…こんにちは!」

  「頑張ってね。僕、応援してるからね!」

  「ありがとうのう!頑張るぞい!」

  良晴は笑う少年の頭を撫でて、今日こそはドラゴンになると意気込み、修行を開始した。

  ー瞬間

  「うわああああああああああああ!!」

  「!?」

  突如公園内に響く叫び声。

  驚いて声の方に目を向けると、そこには包丁を持った黒ずくめの男が居た。

  男は包丁を向け、一人の子供の首を腕で掴み抑え、人質にとった。

  「なっ…!何をしておる!」

  「動くな!動いたらこのガキを殺す!」

  「ひっ…ひいい!」

  公園内には良晴と子供達以外には居なかった。他の子供も足がすくみ、震えて混乱している。

  男は包丁を見せながら話した。

  「俺は強盗でサツに追われてる。だからここでガキを人質にして、逃走経路を確保してもらう!」

  「なっ!ば、馬鹿なことはやめるんじゃ!その子を離せ!わ、わしが人質になる!」

  「うるせークソジジイ!黙ってろ!サツが来るまで大人しくしてろ!!」

  大変なことになった。

  助けなければ。

  助けなければ。

  良晴は混乱していた。

  現実でこんな目に遭うのは初めてだった。

  兎に角子供を助けて避難させなければ。

  だが今は男の言うことに従うしかない。

  男は良晴と子供達を目の前に集めて、逃げないように指示した。少しでも怪しい動きをしたら殺すと付け加えたら、子供達の震えは増した。

  「うああああ…うあああああ…!」

  人質にされた子供は恐怖で泣き続けている。他の子供も涙を流し、震え、絶望に顔を歪ませていた。

  良晴を慕う少年も、良晴の服を掴み怯えていた。

  ー嗚呼くそ、今ドラゴンになれたらいいのに!

  良晴は緊張の最中、淡い期待と願いを抱いていた。自分がドラゴンになれれば、こんな男はすぐにやっつけることが出来る。

  だが今はそれどころではない。

  「ううっ…ひぐっ…」

  「怖いよ…!怖いよ…!」

  「だ、大丈夫、大丈夫じゃ。わしが必ずみんなを守るぞい。」

  小声で言い、怯える子供達の頭を撫でて、寄り添う。口では言ったが策など無い。老体で挑んだところで返り討ちにあう確率は高いし、素直に警察の到着を待つのが安全であろう。

  ファンファンファンファン!

  「来やがったか!」

  「ひっ!」

  ガチャ!

  やがてパトカーが公園を囲み、警察官が降りて出て来る。男は公園の壁を背にして人質の子供の首に包丁を押し当て、警察に向かい合う。

  「近付くんじゃねえぞ!近付いたら殺す!」

  「くっ!」

  けたたましいサイレンの音と緊迫した空気。警察を脅し、男は息を荒くする。

  警察は動けず、男を睨む。

  「たっ…助けて!助けて!うああああん!!」

  「!」

  包丁の感触に身の危機を感じたのか、人質の子供が恐怖で泣き叫び始めた。

  男は患わしそうに眉をひそめ、焦ったのか子供を掴む腕に力を入れた。

  ぎゅう!

  「うるせえ!喚くな!殺すぞ!」

  「うあああああ!!うああああああ!!」

  子供が暴れ出す。男の腕に両手をかけ、足をバタバタと揺らした。

  再三の抑制にも聞く耳を持たず、子供は必死に抵抗し続けた。

  「!ッ暴れんじゃねえこのガキ!…ッこの!」

  「!!!」

  男は血管を浮かせ、パニックになったのか包丁を持つ手を振りかざした。

  バッ!!

  刹那、良晴は体が動いていた。

  警察よりも、思考よりも、風よりも早く。

  「だりゃあああああ!」

  「!?ぐあ!」

  ドン!!

  良晴は男に駆け寄り、必死にタックルをした。男はよろける程度だったが、衝撃に怯み、なんと子供から手を離した。

  その隙に子供は逃げ出し、警察はその好機を見逃さず、全員男に駆け寄った。

  やった!!

  地面に勢いよく倒れながら、良晴は男から子供を引き離したのに成功したことに喜んだ。これでみんな助かる!

  「お爺ちゃん大丈夫!?」

  良晴を応援している少年がいち早く倒れ込んだ良晴の元に駆けつけた。

  ーだが

  「くっそ野郎があああああああああ!!」

  逆上した男は叫び、体制を持ち直したところであと少し、警察の手が届く前に握っていた包丁を

  その少年に向かい振り下ろした。

  「!!!」

  やめろ。

  やめてくれ。

  頼むよ。

  頼むから。

  その子を傷付けないでくれ。

  走れ。

  助けるんだ。

  わしは。

  わしは。

  ドラゴンだろ!!

  「止めろおおおおおおおおおお!!」

  バッ!!

  良晴は叫び、渾身の力を入れて子供を突き飛ばした。

  「うあ!お、お爺ちゃん!!」

  「ぐはっ!!」

  グサ!

  背中に鈍い痛みが走る。

  少年を庇った良晴の背中に、深々と包丁が突き刺さっていた。

  悲鳴と砂埃があがる。

  良晴の後ろで、叫ぶ男が警察官に確保され取り押さえられた。

  良晴は地面に倒れ込み、突っ伏した。

  「お爺ちゃん!お爺ちゃん!嫌だ!死なないで!お爺ちゃあああん!」

  少年の声が聞こえる。

  だが体に力は入らず、答える気力も無かった。生暖かい血が地面に拡がり、痛みさえ徐々に感じなくなっていった。

  ーああ…わしは、死ぬんだな。

  ー結局、ドラゴンには、なれなかった。

  薄れ行く意識の中で、良晴は子供達の無事に安心したと同時に、ドラゴンになれなかったことを悔やむ。

  霞んだ視界に入る、相変わらず皺だらけの人間の手を見つめ、目に涙を溜めた。

  みんなはヒーローに憧れていたが、自分だけドラゴンに憧れていた。

  ドラゴンは正義の味方であり、自分のなりたい姿そのものだった。

  もう体は動かないのに、涙だけは流れて、止まらない。

  いつかドラゴンになれたら、子供達を背中に乗せて空を羽ばたき、火を吐いて驚かせたかった。

  きっとみんな喜んで、今度は仲良くしてくれる。

  きっと…

  来世は…せめて…

  そこで、良晴の生涯は幕を閉じた。

  ー数ヶ月後

  良晴が亡くなってから月日が経ち、少年は公園を訪れていた。

  もう良晴を罵倒したり蔑む者は居ない。

  良晴を応援していた少年は、公園の中央に建てられた銅像を見上げた。

  翼が生えて、牙があり、尻尾がある。

  その銅像はドラゴンの姿をしていた。

  銅像には名前が彫ってある。

  老人の夢は、叶っていた。

  終