「まったく・・・」
コーヒーの香りが漂う高校の科学部室。学ランを上だけ脱いだ小柄な[[rb:鷲 > わし]]獣人は腕組みしながら目を細めた。
「ごめんて」
その視線の先に居るのは自分より大柄な虎獣人。“ごめん”の言葉とは裏腹に頭の後ろで手を組み、悪びれる様子もない。
「一応洗ったけど、匂いは多少あるかも」
そう言いながら学ランの上に白衣を着た狼獣人は、片腕がしっとり濡れた小さめの学ランを干していた。その学ランには“風紀”と書かれた赤い腕章がついていた。
[chapter:小さい鳥さんの脱がし方]
数分前───会話の流れで頭の上にマズルを乗せてきた狼に小柄な鷲が抗議し、じゃあ“高い高い”をしてやろうとふざけて近寄った虎が狼の持っていたコーヒー入りビーカーにぶつかって零してしまったのだ。
コーヒーをぶっかけられた小柄な鷲獣人の名前は“[[rb:鷲己 > しゅうき]]”という。堅物で責任感の強い[[rb:鷲己 > しゅうき]]は、風紀委員として学ランを着用せずに歩くわけにはいかないと、この科学部室に留まっている。
元々、この腐れ縁3人のたまり場になっている場所ではあるが・・・。
「寝てりゃそのうち乾くって。一緒に寝るか?」
「いらん!」
[[rb:鷲己 > しゅうき]]は虎の提案を一蹴し、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
事の元凶となった虎の名前は“[[rb:寝虎 > ねこ]]”という。堅物の[[rb:鷲己 > しゅうき]]とは正反対のお調子者だ。
「ふざけている暇があるなら、床にぶちまけたコーヒーを拭いておいて欲しかったんだが」
「へーい」
そして、[[rb:寝虎 > ねこ]]に声をかけた白衣の狼が“[[rb:一狼 > いちろう]]”だ。
[[rb:寝虎 > ねこ]]は[[rb:一狼 > いちろう]]の言葉に生返事を返すと、濡らした雑巾を持って床を拭き始めた。
[[rb:一狼 > いちろう]]は飲みそびれたコーヒーを淹れるため、再び洗ったビーカーを手に取り、水を入れてガスバーナーで炙った。
彼は半分この科学部室に住んでいる。
[[rb:鷲己 > しゅうき]]はふたりの様子を見て鼻で小さく溜息をついた。
彼も元々科学部室には何をするというわけでもなく立ち寄ったため、学ランが乾くまでは暇を持て余していた。
そして、とりあえず人心地つこうと壁にもたれた瞬間だった。
グシャッ───。
背中で小さな甲虫を潰すような音が響いたかと思うと、途端に強烈な悪臭が[[rb:鷲己 > しゅうき]]を襲った。
◆◆◇◇◆◆
「うわっ! くっせぇー!」
「言うなよ。たぶん僕はその倍きつい」
本気で臭そうに顔を歪める[[rb:寝虎 > ねこ]]に、[[rb:一狼 > いちろう]]は[[rb:鷲己 > しゅうき]]のワイシャツを学ランの隣に干しながら言った。
[[rb:鷲己 > しゅうき]]が壁にもたれた瞬間に潰したのはカメムシだった。一発かまされるだけで服を着ていられないほどの悪臭を付けられてしまうのに、潰したとなればその服を着るのは不可能だ。
「悪臭の元になっているのはアルデヒド類だから、洗剤で洗ってみた。マシになったとは思うけど」
「手間を・・・かける・・・」
上裸になった[[rb:鷲己 > しゅうき]]は両手の拳を握りしめながら[[rb:一狼 > いちろう]]への返事を絞り出した。今度は自分の失態でこんな姿になってしまったため、悪態をつくことも出来なかった。
羞恥に震える[[rb:鷲己 > しゅうき]]に[[rb:一狼 > いちろう]]はタオルケットを貸そうかと声をかけたが、意地になってしまったのか、[[rb:鷲己 > しゅうき]]はその提案を断り腕組みをしてそっぽを向いてしまった。
「ちょっと俺新鮮な空気吸ってくる」
[[rb:寝虎 > ねこ]]はそう言って科学部室を出ていった。多少鼻が利く種族には潰されたカメムシの残り香も耐え難いだろう。
「[[rb:鷲己 > しゅうき]]の分のコーヒーも淹れよう。部屋の匂いも少しは誤魔化せるだろうし」
そう言って[[rb:一狼 > いちろう]]は[[rb:鷲己 > しゅうき]]の返事を待つことなくコーヒーを淹れ始めた。
◆◆◇◇◆◆
「ふー。ちょっとスッキリ」
[[rb:寝虎 > ねこ]]が科学部室に戻ると、[[rb:一狼 > いちろう]]もちょうど[[rb:鷲己 > しゅうき]]のコーヒーを淹れたところだった。
[[rb:一狼 > いちろう]]はコーヒーを片手に、[[rb:鷲己 > しゅうき]]に声をかけた。
そっぽを向いていた[[rb:鷲己 > しゅうき]]もそれに振り返り、お互いに歩み寄ろうとしたその時だった。
「あっ」
[[rb:一狼 > いちろう]]の声だった。
その声と同時に彼の体勢は崩れ、ビーカーの中のコーヒーは柔らかな弧を描いて飛び出した。
コーヒーの架け橋は[[rb:鷲己 > しゅうき]]の身体の中央へ架かり、彼らを繋いだ。しかし、それはほんの一瞬で、消えた架け橋は鷲己の股にコーヒーの染みを残し、一狼は受け身を取ることなくベタンと床に倒れ伏した。
◆◆◇◇◆◆
「・・・えーっと、これ俺のせい?」
誰に宛てたものかも分からない寝虎の問いに答える者はなく、[[rb:一狼 > いちろう]]は[[rb:鷲己 > しゅうき]]の学ランズボンを干し、パンツ一枚の姿になってしまった鷲己は半べそかきながら全身を震わせていた。
転倒事故の原因は[[rb:寝虎 > ねこ]]が床に放置していった濡れ雑巾だった。[[rb:一狼 > いちろう]]が不注意でそれに足を滑らせて、[[rb:鷲己 > しゅうき]]の股にコーヒーをぶっかけてしまったのだった。
「俺、あんなキレイにこける狼初めて見た」
「種族で運動神経が決まるわけじゃないという1つの証明だよ」
そんなやり取りをするふたりに背を向けて、鷲己はうつむきながら拳を握りしめていた。ツッコミを入れるべき相手も分からず、学校でパンツ一枚の姿を曝し、羞恥でいっぱいになった胸は言葉を喉に詰まらせた。
そんな[[rb:鷲己 > しゅうき]]のお尻では黄色いゆるキャラが微笑んでいる。まだそんなキャラ物のトランクスを履いているのかなどとツッコミを入れる者はいない。
「よーっす! イチロウいるー?」
形式だけ取り繕ったようなノックの後に科学部室に飛び込んで来たのは“[[rb:葉介 > ようすけ]]”という名のコヨーテの獣人だった。彼は明るい性格で、それに似合う桜色の眉が特徴的だ。大体の場合において彼の明るさは受け入れられるのだが、時期的にも春風は今お呼びでない。
[[rb:葉介 > ようすけ]]は空気を察したかのように首を傾げたが、目に飛び込んで来た光景に再び勢いづいた。
「え! なんで一人だけ裸なの! あとこの部屋ちょっと臭いね。てか、なにそのキャラ物トランクス! なっつ(懐かしい)!」
とりあえず地雷っぽいものを全部踏み抜き、トランクス見せてーと言いながら[[rb:葉介 > ようすけ]]は[[rb:鷲己 > しゅうき]]に駆け寄っていった。
「く、くるな!」
[[rb:鷲己 > しゅうき]]も突如迫り来る春のあらしに対処出来ず、咄嗟に拒絶の言葉を口にしたが無駄だった。
そして───
「あっ」
「うわっ」
[[rb:一狼 > いちろう]]が一瞬早く声を上げたかと思った時には既に[[rb:葉介 > ようすけ]]の声がして、彼は先ほど[[rb:一狼 > いちろう]]がぶちまけた床のコーヒーに足を滑らせた。
「わっととととっ! はっ!」
[[rb:一狼 > いちろう]]と違い、[[rb:葉介 > ようすけ]]は足を何度かバタつかせて、なんとか床にひざまずく形で転倒を免れた。
しかし、[[rb:葉介 > ようすけ]]がホッとしたのも束の間、彼の目に映っていたのは鳥獣人の足と先ほど目にしたトランクスだった。そして、そのトランクスを何故か鳥の足元で掴んでいる。
[[rb:葉介 > ようすけ]]がゆっくり顔を上げると、一糸まとわぬ姿の小さい鳥さんが棒立ちしていた。
「ふ・・・うっ・・・・・・ふえぇ───」
「あーあ泣かした」
ついに学校で全裸を曝し、感情がパンクした[[rb:鷲己 > しゅうき]]は迷子の恐怖に耐えられなくなった子供のように泣き出してしまった。
当事者の[[rb:寝虎 > ねこ]]はまるで人ごとのようなセリフを吐いている。
「え、え、ゴメン! おれのせい? おれのせいだよね!? ゴメンよぉ!」
全裸の[[rb:鷲己 > しゅうき]]を見上げながら必死に謝る[[rb:葉介 > ようすけ]]に[[rb:一狼 > いちろう]]はとりあえずパンツを上げてやれと声をかけた。
[chapter:小さい鳥さんの脱がし方]
緑青まとい([[jumpuri:@rokusyouM11 > https://x.com/rokusyouM11?t=dXP6hLRgDSycceTEqSJl5Q&s=09]])さんのお誕生日に裏で捧げさせて頂いたFA小説を誰でも読めるようにリメイクしたものになります!
原作 → [[jumpuri:光なき途 > https://www.pixiv.net/novel/series/10395745]]
当方、#鷲己くんを泣かせ隊 最前線でヤらせて頂いておりますので、何をとは申しませんがよろしくお願いいたします。
9/20 鷲己くん Happy Birthday!
いつもありがとうございます
蒼空ゆうぎ