僕、魔術師フィロスはその日、森の中をさまよっていました。
アストラネア王国の、国家に仕える宮廷魔術師の一員として、薬の調合に使う薬草を探してこいと筆頭魔術士のショーターからの命で国境付近の森にやってきました。
傷の治りをよくする効能を持つ植物を丁寧に採取しようとして、一息つき、取るのをやめて、その後、帰路に就こうとしました。
この植物たちも、戦争の前線に送られる薬品の素材になるよりは、僕がお叱りを受けた方がいいだろう。そう思って、僕はため息をついたのです。
この国は7つの国に囲まれていたのですが、当時、周囲の4つの国々と戦時中でした。僕は戦争ばかり起こしているこの国を強く憎んでいたのですが、そのことについて話すには、僕の生まれの事を話さなければなりません。
僕はこの国の国境の、小さな村の生まれで、幼いころに、僕の中に眠る大きな魔力を認められて、王都の魔術研究所に引き取られ、研鑽を積んでいました。僕の頑張りに応じて、故郷の村に支援が行われると、そう言われて。
のちに気が付くのですが、僕はその言葉に惑わされていました。僕が成長していくにつれて、月に1回故郷から届いていた文が二月に1回になり、半年に1回になり、そしてついに届かなくなったとき、王都に来た時10歳だった僕は18歳になっていました。
ある程度の自由を与えられるようになっていた僕は、少しの休暇をいただいて、こっそりと故郷に戻りました。
しかしそこで僕を待ち受けていたのは灰塵と化した村の残骸だけでした。両親や、他の村民などの姿などなく、灰と炭以外何も残っていなかった村について、僕は早急に調べなくてはと、そう考えました。きっと大規模な移動でもあったに違いない、などと、自分を落ち着かせるために、都合のいい事ばかり考えようとしていたことを覚えています。
国に戻り、魔術研究所の筆頭魔術師を問い詰めようとしました。必死な様子の僕を見て、彼は嗤って言いました。
「お前のようなカスの為に、小さな村を支援するのは無駄だと、陛下のお達しでな。騎士達に命じられて陛下直々に滅ぼされたぞ。まぁあんな小さな村など、すぐに戦禍で滅ぶだろうから、お前だけでも生き残れてよかったじゃないか。」
そう言い放たれ、僕は両手を強く握りしめ、歯を食いしばりました。涙で目の前が歪み、少し血が口の端から垂れましたが、気にならないほどの憎悪に、僕は支配されそうになりました。
ですが冷静に僕は心の中で振り上げた拳をおろしました。彼に逆らったらこの国で生きていくことは困難なくらい、彼は政治の表と裏の多くを占めていたのですから。
しかし、絶望に身をゆだねて、自ら死ぬような行動をとる勇気なども持てるはずもなく、空虚に、命令されるがまま、生きてきたのです。
森での採取を行っていたその日は、ふと、このまま隣の国にでも逃げ出してしまおうか、そう思いたちました。
幸い故郷近くのこの森は戦時中でない3つの国との国境の近くです。もはや疲れ切っていた僕は、ふらふらと国境のほうへと歩みを進めていました。
しかしさらなる絶望が僕を待っていました。国境で待っていたのは筆頭魔術師、その人だったのです。
「そろそろ、裏切るころだと思っていたよ。お前の行動は部下に逐一報告させていたからね。わざわざ転移魔法陣でお前の死に顔を見るために飛んできてあげたんだ。かわいそうに、お前の選択で、あの村の最後の生き残りであるお前も死ぬってわけだ。」
彼の手から放たれる魔法の矢を辛うじて避けて、僕は森の奥へと逃げ込みました。必死に森の中を走っていくうちに断崖へと追い込まれてしまいます。
僕は絶望の表情をしていたのでしょう、その僕を見て嬉しそうに彼は言いました。
「冥土の土産に教えてやろう。あの村を焼くように陛下に進言したのは私だ。魔力が高いってだけで、王都までノコノコやって来たお前が気に入らなくてね。それじゃあ、さようなら。」
彼の手によってだけは死にたくない、そう思った僕は、崖下に流れる川に身を投げました。
とっさに使った風の魔法で衝撃をやわらげることはできましたが、それでも衝撃が強く、全身の骨が悲鳴をあげ、水を飲みこみ、僕の意識が遠のいていくのを感じたのでした。
[newpage]
ふと、僕は小屋の中の粗末なベッドの上で目を覚ましました。どうやら誰かが僕の命を救ってくれたようです。まだ見ぬ誰かに心の中で感謝の言葉を告げ、起き上がろうとしたときに妙なことに気が付きます。
まず一つ目に、僕の体は治療の為でしょうか、包帯が全身に巻かれており、皮膚が一切見えないほどに隙間なく、巻かれています。そんなに傷がひどかったのでしょうか。ですが、痛みはあまり残ってはおらず、ここまで巻くほどの大けがだったのか疑問に思いました。顔のほうも包帯に覆われており、包帯を強く巻かれた手ではうまくほどくことができず、結局ほどくのを諦めました。
さらに一点、足に鎖がつながれています。僕を監禁するつもりなのかと、少し慌てましたが、殺すつもりなら治療はしないだろうと、心を何とか落ち着けました。鎖はベッドにつながれており、重くて動かすことができませんでした。鎖の長さを考えると、この部屋の中は自由に歩くことができそうでしたが、外に出ることは不可能に思われました。仕方なく僕は部屋の中を調べてみることにしたのです。
部屋の内装は簡素なもので小さなベッドのほかには、小さな木のテーブルに椅子が二つ。明り取り用の窓からは日光が差し込んでいて、おそらくお昼頃だろうと予想がつきました。テーブルの上には羊皮紙があり、すこし、たどたどしい文字で書置きがされてありました。
”フィーへ。訳あって拘束させてもらっている。君を傷つけるつもりはないことを、どうか理解してもらいたい。”
いったいどういうことなのでしょう。僕は自分の子供のころの愛称が書かれていることを、疑問に思いつつ、羊皮紙の横に置かれていた羽ペンとインク壺で、羊皮紙の隅にお礼の言葉を書きました。部屋にはほかに特筆すべきものはなく、これまでの事と、これからどうしたらいいのかを思案しているうちに、いままでの出来事による疲れか、僕は深い眠りに落ちてしまいました。
まぶしい月明りで、目が覚めました。黒いローブに、細長い、顔をすべて覆うマスクをつけた人影が、僕の包帯を替えています。薬を塗って全身の包帯を替えていくのを、僕はじっと見つめていました。
「……起こしてしまったか?」
僕を助けてくれたであろう彼の声を聞いて、僕は少し固まってしまいました。どうしたらいいのかわからなくて、黙っていたら、彼は言葉をつづけます。
「不便だと思うが、少しの間だけ我慢していてくれ。明日になれば、傷も完全に治るはずだ。そうしたら……フィー、君に全部話そう。」
「僕の名前を……。なんで知っているの……?」
僕の名前を、なぜか彼は知っていました。僕の口から出た疑問に、少し彼は微笑んだような息遣いが聞こえてきました。
「俺は、あの幼き日の約束を、一日たりとも忘れたことはなかったぞ?お前が忘れたとしても、ずっと……」
「約束……?」
何も思い出せません。あの村は燃えてしまって、僕にはもう何も残ってないと思っていたけれど、何かあったでしょうか。幼いころの記憶はもはや陽炎の向こうのようで、彼には申し訳ないけれど、思い出すことはできませんでした。
「ふふ、また明日……フィー。」
彼は明日のお楽しみだといわんばかりに、そう言い残して部屋から出ていきました。あとに残された僕は、眠るまでずっと、その約束を思い出そうとしていましたが、結局、眠気に負けてしまい、ベッドの上で眠りに落ちてしまいました。
翌日の日中は暇なもので、誰も部屋を訪れることはありませんでした。テーブルの上には瑞々しそうな木の実が置かれ、僕に用意された食事だという旨が羊皮紙に書かれていました。ちょうど空腹だったので、軽く木の実を口にしたのですが、なんだか口の中に違和感を覚えます。どうも、口が開きにくいというか、この口は、僕の口ではないような。なんとも言えないような感覚が僕に不安を与えていました。
[newpage]
その晩は満月の夜でした。僕はなんだか心がざわついて、目を覚ましました。目を覚ますと同時に、ちょうどローブの彼が部屋へと入ってきました。彼は部屋に入り、僕が目を覚ましたのを確認したのと同時に、マスクを頭から外し、僕にその顔を見せてくれます。狼の顔がそこにありました。
「ウェア……ウルフ……!」
「そう、そしてフィー、君とは幼いころあったことがあるだろう?」
確かに僕のいた村は、近くに森があり、大人たちは口を酸っぱくして、森の奥、爪痕が付いた木よりも奥に言ってはいけないよ、と言われていたものでした。
森の奥は彼らの縄張りだから、帰ってこられなくなるよ、などといわれて、好奇心旺盛な子供たちが大人たちの注意を聞くはずもなく。僕が忘れていた、度胸試しのつもりで森に入ったことがあった記憶がよみがえってきます。
「ルカ……?」
「そうだよ、フィー。小さいころ、君と一緒に遊んだルカだよ……。ずっと会いたかった。」
どうして忘れていたのでしょう。おそらく立て続けに起きた悲劇が、僕の記憶に蓋をしてしまったのでしょうか。あんなに一緒に遊んでいた、村の大人たちには秘密だった友人を。彼の大きな腕が、僕を包み込みました。
「あの村が燃やされたと知った時、お前も死んでしまったかと思っていた……。川へ流れついてきた人間がお前だったとわかった時の俺の気持ちは、簡単には言い表せそうにない……。」
彼は少し申し訳なさそうな表情をして続けました。
「すまない。お前を助けるために、仕方がなかった……許してくれ……。」
「え……?」
するすると、彼が僕に巻かれていた全身の包帯を解き、僕を部屋の窓辺に立たせます。明り取りの窓から差し込む月明りが、僕の体を照らし、ほどなくして変化が訪れました。
全身の骨が悲鳴を上げるかのように音を出して変形していきます。それに伴って、痛みと快感が全身を襲いました。
目から見える鼻の位置が前のほうに伸びていき、耳の位置が顔の横から頭の上部へと移動するように変形したのがわかります。指先から毛が少しずつ生えそろっていき、全身があっという間に毛皮に覆われていきます。
尾てい骨の先から、何かが伸びていく感覚があったかと思うと、未知の器官が自分の意思に応じて、後ろで揺れるのがわかりました。
手指の先からは刃物のような爪が伸び、口の中を舌が触れると、僕の歯は、鋭い牙へと生え変わっていました。ほんのりと筋肉が盛り上がり、以前の肉体とは比べ物にならない体躯がそこにありました。
そう、僕は彼と同じ、ウェアウルフになってしまったのです。
僕は変化した自分の姿を、最初は認めることができませんでした。だって、もう、知人が僕を見たとしても、僕だとわかることはないでしょうから。自らの存在を証明するものの一つである姿を失った僕は、自らの顔を両の手で触れ、そしてひどく取り乱してしまいました。
「どうして、なんで……?」
「すまない……お前の同意を得なかったのは悪かったと思っている。ただ瀕死のお前を助けるには、こうするしか……なかったんだ……。」
そう言って彼はローブを脱ぎすて、彼の逞しい肉体が露わになったかと思うと、僕の背後に回り抱きしめてくれました。
ほんのりと漂う彼の香り、そしてそれに加えて、森の中にいるような、あるいは花のような香り。この姿になって鼻がよく利くようになったのか、以前は感じ取れなかった匂いもわかるようになってきたのでしょう。今思えば、あれはフェロモンというものだったのかもしれません。
僕の混乱は落ち着きましたが、違う意味で落ち着きがなくなっていきました。僕の股座の欲望が目に見えて大きくなっていたのです。
[newpage]
荒い息を吐いた僕と、僕の欲望が大きくなるのを見た彼はそっと僕をベッドの上で四つん這いにさせました。
「フィー……。あの時の約束通り、俺とツガイになってくれるか……?」
「ぐるる……。やくそく……?」
頭の中が蕩けるように熱くなった僕の口から、獣のような唸り声が無意識に漏れ出ています。薄れていた昔の記憶、確かに何か約束をしたような気がします、ただあれは、大人になったらずっと一緒にいようというものだったような……。遠い昔の記憶が、惚けた僕の頭の中でははっきりとせず、僕はコクリと彼の問いに頷いてしまいました。
嬉しそうに彼から笑みが漏れた音が後ろから聞こえ、彼は僕の背中に覆いかぶさりました。背中に彼の毛皮の感覚と逞しい胸板を感じます。
「わぅ……♡」
喋り慣れない狼の口で、僕の喉から甘えたような鳴き声が自然に出てしまいました。僕の声を準備ができたと判断したのでしょう、僕の下半身に彼の存在が力強く主張しました。ゆっくりと彼が僕の穴に触れます。多少の抵抗はあったのでしょうが、力強く彼の肉棒が僕を貫き、僕はもたらされた快感に思わず歓喜の声をあげました。
「んっ……♡きもちぃ……♡るかぁっ……♡ぐるぅ……♡」
「お前と一緒になれるなんて、夢みたいだ。フィー……♡」
彼は僕の愛称を口にし、うなじを甘噛みします。そしてさらに抽送を繰り返しました。時には激しく、時には優しく、リズムを変えては僕の体内の敏感なところを攻め立てます。二頭の獣の甘い鳴き声が、ずっとずっと部屋に響いていました。
「わぅぅ……♡がぅぅ……♡ぐるぅ……♡わぅ……♡」
「グルルルっ♡グルルッ♡グルゥ……♡ガゥ……♡」
そしてついに彼の根元が膨らみ、僕の穴に栓をしていきました。ふと彼が姿勢を変えて、僕の上から離れ僕とつながった状態で、お尻を向かい合わせた姿勢へと移りました。ゆっくりと時間をかけて、僕の身体の中に彼の精液が流し込まれていきます。その間、僕は流し込まれる液体がもたらす快感に、ただただ、溺れていました。
1時間ほどその姿勢のままだったでしょうか、彼が少しずつ小さくなっていき、僕の身体から離れていく頃には、僕も幾分、冷静になれたように思いました。快感の余韻が残る中、僕は彼に疑問をぶつけることにしたのです。
「ルカ、僕が……どうしてウェアウルフになったのか、教えてくれる?」
「それは……。」
ルカの仲間のウェアウルフが僕を見つけた時、僕は瀕死の重傷だったそうです。もはや助かる見込みもないならいっそ食料にしてしまおう、という群れの皆の意見を、無理を言って保護したようでした。そしてルカは僕の命を保たせるために、一族に伝わる[[rb:呪 > まじな]]いに頼ることにしたようでした。人間をウェアウルフとして生まれ変わらせる秘術、その影響を受け、僕の傷はふさがりました。少しあった体の違和感はこのためだったようです。
「でも俺は、フィーに死んでほしくなかった……から。」
そういう彼はとても申し訳なさそうで、先ほどまで愛を交わしたとは思えない表情でした。
「……ごめん、ありがとう、ルカ。僕が助かったのはルカのおかげなんだね……」
そう言って、僕はルカに抱き着きました。彼の僕への愛情に報いたい、そして僕もきっと彼のことを愛しているのだと、そう思って。
「僕、この場所でルカと一緒に生きたい。大丈夫かな……?」
「俺が皆を説得するさ。お前を守れるように、俺ももっと強くなるから……。」
そして、僕たちはお互いに抱きしめ合って、一夜を過ごしました。
[newpage]
彼は集落のみんなに僕の事を紹介しました。ですが、僕が彼らの仲間として受け入れられるには時間が必要でした。なにせ元人間なのですから。
人間とウェアウルフは特別敵対しているというわけではありませんが、生活圏が重なるとトラブルも多い間柄でした。森の恵みは取り合いですし、人間の好事家の中にはウェアウルフの毛皮を求めてハンターに依頼するものもいるほどです。
この群れは友好的とも敵対的ともいえない、適度な距離を保つタイプの群れだったため、僕を受け入れるのに完全に否定的ではなかったのが幸いでしょうか。人間とのかかわりは、物好きな行商が森の恵みを求めてきて取引するか、群れを襲撃してきた人間と争うくらいでした。
僕は皆から認められるように、率先して働きました。とはいうものの、身体能力が比較的低い僕にできることといえば、雑用が主でしたが。
ですがただ一つ、群れの想定になかったのは、僕が魔法を使えるということと、教えることで群れの中でも簡単な魔法を使えるようになった仲間が出始めたことでした。
風を起こすことで、臭いをごまかして狩りの成功率をあげる者や、火種がなくても火をつけることができる者、ついには傷の治癒ができる者などが現れ、次第に僕の存在も認められていくことになりました。
ただ、まだ元人間という壁が存在しているのを感じてはいましたが。
そんなある日、僕がみんなに真に認められるようになる転機が訪れました。僕は集落の子供たちにも魔法を教えるようになっていました。好奇心旺盛な子供たちの興味を引くことも多く、徐々に慕われるようになったのです。
その日は、新しく魔法を教わった子供たちが、いろいろと試してみようと集落の外の森の中に走っていった時の事でした。無茶をしないか、僕は心配になって後をつけていったのです。
子供たちは目をキラキラと輝かせながら、僕が教えた簡単な魔法で、地面に生えていた草をちぎって風に飛ばして遊んでいました。
ふと、森の中できらりと何かが光った気がして、そちらに僕は目を向けました。金属製の矢じりが、矢をつがえた狩人が子供たちを狙っていたのです。僕は無我夢中で駆けました。自分でも信じられないくらいの速度でとびかかり、狩人を草むらの上に押し倒すと、彼のおびえた顔が目に映りました。ですが、群れの子供たちを守るためです、僕は気にしませんでした。僕が彼の筋張った喉笛に、おもいっきり鋭い牙を突き立てると、断末魔の叫びをあげる間もなく彼は絶命しました。
僕は荒く呼吸をしていましたが、そのとき様々な思考が頭の中を駆け巡っていました。人間を殺してしまった……。でも、子供たちを守ることができてよかったという想いの方が強かったように思います。そして……口に広がった血肉の味を、僕は未だ忘れることができないでいます。
異変を感じて、ルカが僕のもとへといち早く駆けつけてくれて、そっと肩を抱いてくれました。子供たち全員の無事を確かめ、僕たちは一緒に生活していた彼の家へと向かいました。僕は人間を殺してしまったことの衝撃よりも、その血の、肉の味に魅せられている自分にゾッとしていたのです。そのことをルカに伝えると、ルカは僕に優しく、軽い放心状態の僕を励ましてくれました。
「気にしなくていい。お前はもう人間ではない。俺たちと同じウェアウルフだから……。」
ルカの言葉が、僕にはとてもやさしくて、僕はもはや、人間だったころの未練などほとんどなくなっていったように思えます。
そして、同胞を守るために、かつて同じ種だった人間を躊躇なく殺すことができた僕は、群れの一員として迎え入れることが完全に認められたのでした。
[newpage]
群れの食料となった狩人の遺品から、彼にウェアウルフの毛皮を所望し、依頼した人間がわかりました。丁寧にも彼は依頼主の名前がわかる依頼書を荷物袋に入れていたのです。そこには、僕にとって忌まわしい名前が記されていたのでした。魔術士ショーター・デズモンドと。
それを知った僕の瞳に、憎しみの炎が燃え上がったのは言うまでもないでしょう。人間だったころの想いなど、もうほとんど残っていないけれど、また、僕の居場所を奪うのかと、そう思って。そんな僕のことをなだめるかのように、ルカは僕を優しく抱きしめ、しきりに優しく舐めて毛繕いしてくれました。
「フィー、そんなに怖い顔しないでくれ。お前にそんな顔は似合わない……。」
「ルカ……。」
そう彼に言われて、少し落ち着きを取り戻しましたが、それでも奴の脅威が消えたわけではありません。全身の毛が逆立つほど、緊張と警戒している僕の元へと新たな情報が舞い込んできました。この森の外に住まう、別の群れのウェアウルフ達がこの森の中に逃げ込んできたのです。僕がかつて所属していた国が、宣戦布告していた周囲の国々から同時に攻め込まれ、彼らは広がった戦火によって森を追われたようでした。
今、僕たちが生活しているこの森は、国境の近くではありますが、幸いなことに戦時中の国々との国境から大きく外れており、また森林の中の国境の境目は曖昧で、きっと戦火はここまで広がらず、大丈夫だろうと、僕とルカはそう、自分たちに言い聞かせました。
ピリピリとした空気が、森の中や群れ中を包んでいる中、それでも僕たちの生活は続いていきます。狩猟と採集が生活の中心ですが、たまに物好きな人間の行商が、商売のために接触を図ってきたりします。そのうちの一人を僕とルカが相手をすることになり、行商がにわかには信じられないという口調で話しかけてきました。
「いやぁ……本当に商売に応じてくれるウェアウルフがいるなんてね。ははっ、故郷に面白い土産話ができるというものだ。でも、まさか、あの強国アストラネアが滅亡するとはね。王家の人間はほぼ皆殺し、王女とそのお付きの何人かが城を脱出したって噂があるけれど、もうあの国の土地は戦勝国によって分割されるだろうなぁ。」
「その話は本当ですか?」
僕は信じられませんでした。4か国を同時に相手にしてなお、余力を持っていたあの国が、そう簡単に敗戦するなどと思えなかったからです。僕はさらに行商から話を伺いました。
彼から聞いた話をまとめると、かつての僕のように故郷を滅ぼされた人たちが集まった反抗組織が国の中枢にまで入り込み、一斉に内応したことが原因により、国境の護りが破られ一気に王都まで攻め込まれたということでした。
彼を森の入り口まで見送ったのち、僕とルカは家で一息つきました。心配していたことが、おそらくもう問題ではなさそうだと、そう感じて、張りつめていた力が抜けていくのを感じていたからです。ただ本当はまだ完全に終わりではありませんでした。そのことについてお話するのは、すこし僕の残酷な面を話さなければならないので、少し話しづらいのですが。
[newpage]
その日の夜は、僕の耳にも虫の声が聞こえないくらい静かな夜でした。ルカが僕の横で安らかに眠っている中、トントンと家の玄関の扉を控えめにたたく音が聞こえ、こんな時間に誰だろう、と僕は扉を開けました。扉を開けると、そこにいたのは一人の人間でした。僕の顔を見た瞬間、彼の息をのむ音さえ聞こえるくらい、外は静寂に包まれていました。
「ひっ……。ちっ、ケダモノ共の村か……、だが背に腹は代えられない、すまないが一夜の宿を借りられないだろうか?」
そこに立っていたのは、かの筆頭魔術士、ショーターでした。おそらく彼は、王女と共に逃げることに成功したのでしょう。僕の心の中で消えてしまったと思っていた、人間だった時の憎しみが沸々とよみがえってきました。そして、彼が群れに害を成すものだと認定し、僕は彼を始末することにしました。ですが、怯えた態度の彼に対して、嗜虐心のようなものが、僕の心の中で芽生えたのも事実でした。そこで僕は彼を、村の屠殺場へ案内したのです。
「なんだ、客人をこんなところに寝かせるつもりか?やはり所詮ケダモノか。」
入り口の前に立った彼は、以前のように、尊大な態度をとっていましたが、僕は気になりませんでした。獲物が何を言おうと、狩猟者がなんとも思わないように。
扉を開けて中に入った彼が、こちらを振り向き、僕にその引きつった顔を見せた時は、思わず笑いそうになったのを覚えています。
「……な、何をするつもりだ!?私をアストラネアの筆頭魔術士と知っての……!?」
「……宮廷魔術士のフィロスを……彼を覚えていますか?」
僕は彼に問いかけてみました。彼が僕のことを覚えていて、後悔しているのなら、森から追い出すだけで許そうと。ただ、彼が後悔するなんてことはあり得ないと、僕は知っていました、知っていて意地の悪い質問をしたのです。
「あ?突然何を言っている?誰だ、それは。そんな奴いたか……?」
その言葉を聞いて、僕は嬉しくなりました。これで心置きなく、彼を殺しても、胸を痛めずに済む。僕は大きな狼の口を開けて笑みを浮かべました。その時、彼の瞳に映った僕の顔は、とてもルカには見せられないな、と今でも思っています。
彼は危険を感じたのでしょう、僕に魔法の矢を放とうとしました。ですがウェアウルフと化した僕は、彼の魔法を避けることができるほどの身体能力を得ていました。彼の放った矢をかわして、狼狽した彼の脚をまだ走ることができる程度に鋭い爪で切りつけると、彼は声を押し殺して森の中に逃げ込みました。声を出せば、他のウェアウルフに気が付かれると思ったのでしょう。僕にとって楽しい、独りの狩りが始まりました。
彼は森の中、道なき道を走って逃げだします。それを見失わないように木々の間を抜けて追いかけます。確実に狩りを成功させるために、じっくりと獲物が疲れるのを待ちました。出血と疲労で彼の動きが徐々に鈍くなっていき、ついに彼は地面に倒れ伏してしまいました。
「~~!~~?~~~~~~!~~~~~~!」
獲物が何か言っています。その雑音を気にせず僕は大きく口を開け、彼の首に口をつけました。彼の断末魔の声が、僕の耳にはまるで美しい歌声のように響きました。彼の生命が終わりを告げるのと同時に、僕はようやく、かつて人間であったということを、完全に捨てることができたのだと、そう実感しました。復讐の味は、とても……甘美でした。
その後、日の出ごろに、一人の人間の死体を、屠殺場に並べ、仲間にその報告をしたのち、僕は川で水浴びをして返り血を落としました。ルカに、怖い顔は似合わないと言われたばかりだったのに、僕は憎しみに駆られてしまって反省することしきりでした。
[newpage]
水浴びを終えて、家に帰ると、今にも泣きそうな顔をしたルカに怒られてしまいました。寝ている間に、僕が消えてしまって、今までのことが夢や幻か何かだったのではないかと思ったそうです。
「フィー、お前を失ってしまったら……俺は……!」
「ごめん、ルカ。僕はもう、どこにもいかないよ。ルカの隣が僕の生きる場所……だから。」
そう僕と彼が家の中で抱き合っていると、家の中に群れの中でも年老いたウェアウルフ達が入ってきました。僕は少し恥ずかしくてとっさに彼から離れると、古老は二言三言、ルカと言葉を交わし、こちらに微笑みかけ、彼に一枚の巻物を渡して帰っていきました。
「ルカ、それはなに?おじいちゃんたちから何をもらったの?」
「これは、そのだな……。」
ルカは少し恥ずかしそうに下を向いて、要領の得ない言葉を並べていきます。これからの生活に必要、だとか、お前との関係を進めたい、とか、ルカにしては珍しいなと思ったものです。
「とにかく、これは、フィーのために用意してもらったんだ。よかったら読んでみてくれないか?」
そう言われて、僕は巻物を紐解きました。巻物に書かれた呪文が、僕に放たれピンク色の光に体が包まれました。下腹部に歪な心臓を模した印が刻まれると、身体の中に何か、新しい臓器が生まれていくのを感じました。本能的に、僕に子を孕む能力が備わったことを理解し、身体がうずきます。僕のそんな様子をみて、ルカは嬉しそうにほほ笑み、意を決したように言いました。
「フィー……。俺の子供を、産んでくれないか……!」
「わぅ……♡」
僕は、まるで雌犬のように鳴いて、彼の問いに肯定したのでした。
服を脱ぎ去り、ベッドの上で彼と抱き合って横になってお互いの毛皮を舐めあいました。舌で毛皮をしっとりと湿らせ、優しく噛んで形を整える。そんな行為をお互いにしあって、それと同時に体へ優しく触れていきました。お腹や背中、腰、太腿、優しくなでては、なぞられて、お互いに気持ちが高ぶっていくのを感じていました。
「フィー……かわいい♡」
「わぅ……ルカ……僕……一応、男なんだけど……。でも……ルカに言われると……うれしい……♡」
ふと、ルカの舌が、僕の胸をなぞりました。いままでも何度か彼に刺激されてはいたのですが、今日は、妙に痺れるような感覚が先端を包み込み、思わず媚びたような鳴き声を上げてしまいました。その僕の嬌声を聞いて、彼は嬉しそうな唸り声をあげています。
「わぅ……♡ゎん……♡ぅぅう……♡わぅぅぅぅ……♡」
「グルルルっ……♡」
興奮した彼の股座で、肉棒が太く大きくなっていくのが触れていてわかりました。僕自身も、彼よりは小さいですが、脚の間でさらなる快感をもとめて、ピクピクと反応しています。僕は率先して彼から離れ、彼にお尻を向けました。もはや自分の一部と化した尻尾を左右に振って、彼を誘います。
僕の望み通りに、彼は覆いかぶさってきました。力強い彼の身体と触れあうと、僕の身体の小ささが顕著になります。逞しい彼の身体に包まれて、僕の胸は高鳴り、気分が高揚していくのを感じました。彼もきっと同じ気持ちだったと、信じています。
彼の狼のペニスが、僕の下の穴に触れると、先ほどの印の効き目でしょうか、濡れているのを感じました。ゆっくりと彼が僕の中へと抵抗なく入っていき、気持ちが良くて唸り声をあげてしまいます。もう我慢ができないと言わんばかりに、彼の身体が前後しました。その動きに合わせて、僕の気持ちよさが高まっていきます。彼に甘えるように甘い鳴き声をあげました。
彼の抽送が強く激しくなったのちに、彼の牙が僕の首に優しく食い込みます。お前は俺のツガイだ、と彼が言っているような気がして、その痛みを僕はうっとりとした表情で受け止めました。そしてついに終わりの時が訪れます。彼の根元が膨らみ、僕の中にゆっくりと時間をかけて、精液を注ぎ込んでいきました。確実に、僕を孕ませるために。
時間が経ち、彼が僕から抜け出て、お互いに大きく息を吐きました。体内に注がれた彼の子種をできるだけこぼさないように姿勢を変え、彼とキスをしました。顔を傾けて、舌を絡ませる濃厚な口づけを。ずっと、この時が続けばいいのに、ずっと幸せな時間が続きますように、そう願って。
[newpage]
「その後、僕は6人の赤ちゃん狼を生みました。ルカと一緒に泣いて、笑って、子供の名前を付けるのに悩んで……。ふふ……ルカは自分が3人に名づけるって言って、ずっと迷っていました。結局6人とも僕が考えることになったんですよ。」
僕はそう、村に歴史の研究にきたという学者さんに話をしていました。あの国が滅んで50年、当時のことを知るものがほとんどいなくなり、その時の話を僕が少し知っているという情報を頼りに、一人で森の中にまでやってきたようでした。僕の知る限りを話しましたが、途中からルカとの惚気話みたいになってしまって、学者さんの眉毛をひそめる回数が増えてきたような気がしましたが、老人の思い出話なんてそんなものですよね。
彼は、必要な情報を羊皮紙にメモし、伝書鳩に結び付け、どこかへと飛ばしました。これで少しは歴史書の空白期間が埋まるだろう。そう彼は独り言ちて、感謝を僕に告げ、村からお暇しようとしていました。
「そうそう、帰り道には気を付けてくださいね。血に飢えた狼が出てこないとも限りませんから……」
すこし意地悪なことをいったら、彼は凍り付いたかのように固まって、その顔が面白くてクスリと笑いました。パタパタと、孫の誰かでしょう、足音が聞こえ、部屋の扉が開かれました。
「フィーおじいちゃん、また、お客さんをそうやってからかって!ルカおじいちゃんに怒られたばっかりでしょ!?」
年若い狼が部屋に入ってきて、僕をたしなめましてきました。僕は頬をかきながら、ばつが悪そうに笑い、答えます。
「フフフ、いいじゃない。お客さんの怖がった顔を見るのが楽しいんだもの。ごめんなさいね、学者さん。」
そう言って、僕は疲れやすくなってしまった、衰えた体をベッドへと横たえました。おびえた表情の学者さんが逃げるように出て言って、悪いことをしたなと、ちょっとだけ思いました。
「少し、話しすぎたみたい。ちょっと休むね。」
僕はそう言うと、横になったまま家の外へと耳を傾けました。外からは僕たちより後の世代のウェアウルフ達の生活音が聞こえてきます。ルカも今では先導は後進に譲り、補助に徹することが多くなりました。そっと家の中の家族に気取られぬよう外に抜け出し、ルカに声をかけて、僕たちは二人で森の奥へと向かいました。
「フィーも……なのか?」
ルカが悲しそうな、嬉しそうな、複雑な表情で笑いました。
「うん……そうみたい。」
僕の身体のことは、僕が一番わかっています。そろそろ限界が近いということが。
僕たちは森の奥の切り株の上に二人で腰かけて、優しく抱きしめ合って、ゆっくりと目を閉じました。
「ルカ……僕は、貴方と一緒でずっとずっと、幸せでした……。」
「俺もだよ……。フィー……。」
そうして二人で永い、永い眠りについたのでした。
ウェアウルフの集落の外れに、花畑があるという。死期を悟った狼はそこで眠りにつき森へと還っていく。その花畑の中央にある、切り株の横に、二輪の花が寄り添うように並んで、風に揺られていた。
ある人間の魔術士の命が終わるまで 完