いじめられっ子が異世界転移して魔王である竜人に悪堕ちTFさせられて復讐したりする話 前編
進学校、私立白聖高校特進コース3年A組は笑い声の絶えないクラスだった。
そう言うと聞こえがいいかもしれない。
だけれど、ただそれは、僕という犠牲のもとに成り立っていたもので。
きっかけはわからない。何もこちらはしていないのだから。最初はものがなくなる程度の些細なものだった。どこかで落としたのかな、僕はそそっかしいから、と自分を納得させる日々。周囲の笑みの意味に気が付かず。
それがいつしか、目の前で物を壊されたり捨てられたりするようになって。
今、僕は涙目になりながらゴミ箱を漁っている。そこには、ずたずたに破かれた教科書類が。クスクスと笑う声が教室中に響いていて、その嘲笑する音は僕の耳へも届く。数多の双眸が、僕の苦しむさまを見て楽しんでいた。
始業のベルが鳴り、担任の教師が入ってくる。
最初のうちは彼に相談もしていた。だけど……。
「トワ君、お前なぁ、みんなの気を引きたいからって、そういうこと自分でするのは、先生、感心しないな。」
そう言って、担任教師は笑った。嫌な笑みだった。奴らがいやがらせをしていたのをこの教師は目の当たりにしていたというのに。学年主任にして、生徒指導も担当するこの教師は、自分の責任となるのを嫌って無視することにしたのか、いまやまるで僕が苦しんでいるのを見て楽しむ始末。さらに……。
「授業始めるぞー。クラス委員、号令。それにしても今日も害獣がゴミ箱を漁っているな~。」
どっと沸く教室内。惨めだった。単位を盾にされ、教室から逃げることも許されない。憎しみと怒りと悲しみではらわたが煮えくり返る思いだった。
授業が終わって、教師が教室から外にでると、さらなる悪意が僕を襲う。教室のカギを誰かがかけた音がして、僕の座っていた椅子が蹴り倒され、地面に引きずり倒された。とっさに頭をかばうが、そこで僕のお腹に飛んできたのは上履きの履いた足。うめき声が漏れる。
そして、このクラスのボス格の奴が言うのだ。
「全員こいつを蹴れ。蹴らなかった奴は、明日から、こいつと同じ目に会わせてやる。」
と。
最初の内は恐る恐る足をぶつける程度だった人も、いつしか日頃のうっ憤を晴らすかのように強く蹴りつけるようになり、今や嬉々として蹴りつけている。苦痛に身体が震えてはいるけれど、負けるものか。負けてなるものかと、彼らの方をにらみ返す。窓の外、担任が廊下からじっと、見世物でも見ているかのように、嗤っていた。
両親に相談することもしたかった。けれど、公立高校よりも学費の高い私立高校に入れてもらった手前、言う事がはばかられる。両親ともに海外に赴任していることもあって心配もかけたくなかった。
そうして、僕の高校生活は過ぎ去っていく。僕の心と体に深い爪痕を残して。
あれは暑い日だった。夏期講習の真っただ中、教室内のエアコンが壊れたとかで、開けた窓から夏の暑い日差しが教室内を照り付ける。
あまりの暑さでだらけている生徒たちも、さすがに僕にいやがらせをする気も起きないといった具合で、不快なこの暑さが、まるで僕を祝福しているかのように錯覚させられる。
担任のアイツが汗だくで教室に入ってきて、夏期講習用の大学過去問集のプリントを配る。いつもなら僕の分を配らず、取りに来させるのだが、この暑さのせいか、そこまで気が回らなかったらしい。
問題を解きながら、息を殺してひっそりと生きるのも苦しくなってきたと感じたころ、急に教室の気温が下がった。
教室の窓の外、すぐそこの空間に突然黒い穴が開いていた。その漆黒の穴が熱さえも吸い込んでいるかのようで、室内の気温が真冬の外気のように下がる。
徐々に穴は大きくなり、周囲の物を吸い込み始めた。初めに教室の窓がガタガタと揺れて割れ、破片が吸い込まれていくのが見えた。次は教室内の小物、筆記具やプリントなど、黒板消しや筆箱、椅子と机、徐々に大きいものが吸い込まれていく。
パニックに陥る教室内。悲鳴と怒号。教師は呆然としていてその職務を果たさない。その様子を僕は冷めた目で見ていた、今日が僕の命の終わりなのかな、なんて。
急にクラスのボス格の男子が僕の襟首をつかんだ。
「まだ、あの穴は生物を吸い込んでねぇ。もしかしたら生物を投げ込めば止まるかも……。」
「それはちょっとまずくない!?ケンジ君、そんなところ外の人に見られたら……。」
さすがに4階の教室の窓から外に放り出すなんて、はた目からみられると殺人未遂ととられそうな行為はまずいとでも思ったのか、取り巻きが止めようとする、だけど。
「じゃあ、お前が犠牲になるか?」
悪鬼の如き顔で凄まれると、そそくさと彼らは退散してしまった。自分の身より僕なんかを優先なんかできないって彼らの顔に書いてるように見えた。
「俺たちはエリートなんだ、だからこいつみたいなクズを犠牲にしてもいいんだ!」
自己正当化の叫びを皮切りに、一斉にクラス中から僕へと浴びせられる、僕の死を望む言葉たち。
「俺たちの為に死ね!ゴミムシ!」
そう言って彼は僕を窓から突き落とそうとする。死にたくないと、暴れて必死の抵抗。けれど、僕に伸びた手が二本、四本、六本……と増え、数多の手が僕を窓の外に押し出していく。
外に飛び出すと感じるのは浮遊感、自由落下の後に地面に赤い花を咲かせる、なんてことが無くて安堵するのも束の間、重力が反転したかのように宙に浮いた穴の中へと僕は吸い込まれていく。
何も写さない漆黒の闇が、星一つ映らない夜闇のようで、きれいだなと、意識を失う前に、そう思った。
[newpage]
鼻腔をくすぐる草の匂い、瞼の裏にうっすらと光を感じて目を開けると、そこは見知らぬ森の中だった。
「ここ……どこ……?」
体を起こして、学生服に付いた土と木の葉を払う。ポケットの中の携帯電話を確認するが、案の定圏外。ここから先どうしていいか見当もつかない。
覚えている限りの最後の記憶、宙に浮かんだ穴の中に吸い込まれるなんて、そんな出来事はまるで夢の中で起きたかのようで、現実味がなかった。けれど、奴らに4階の教室の窓から押し出されたことは忘れられそうにない。いじめられていることも含めて、全部、夢ならよかったのに。
雑念を振り払い、現実を直視する。迷ったときは動かないのが鉄則、というのは救助を呼べた時だ。それに人間は水なしでは3日しか生きられない。仕方なく周囲を探索することにした。
足元が不安定な森の中を進む。不気味な鳥の声と、虫の羽音。まるでさざ波のような音をたてて木々がこすれあう。
野生動物にでも出会ってしまったらどうしようか、この状況、軽い怪我でさえ命取りになりそうだ。水が見つからなかったら、食料が手に入らなかったら……。頭の中に浮かぶのはネガティブな想像だらけ。でも僕は死にたくなかった。だってあんなひどい目に会い続けて、それで何処とも知れないところで人生終わりだなんて嫌だ。だから、足を止めるわけにはいかないと自らを心の中で叱咤する。
何時間歩いただろうか、携帯電話の電力はいつの間にか切れ、服は木々の枝に何度も引っ掛かり幾分かぼろぼろに。疲労と熱で汗が垂れる。そんな折。
ガサリと草を分ける音。そして何かの話し声。
人がいる……!
その時の僕の感情は一言では言い表せそうにない。喜びとうれしさと、その後の落差の事を考慮すると余計に。
そこに居たのは革鎧を身につけた獣頭の人型生物。虎と狼。全身毛皮に包まれて筋骨隆々なその姿は神話や幻想の世界のよう。僕はそんな世界に迷い込んでしまったのだろうか。そう考えると少し気分が高揚する。しかし……。
彼らはこちらに気が付くと、顔を見合わせて何かを話し出す。知らない言語のはずなのに、なぜか耳に入ってくると意味を理解することができた。
「こんなところに人間が、いつの間に入り込んだんだ?」
「人間に侵入されたなんて、魔王様にばれたらお叱りを受けちまう。ばれないうちに殺っちまおうぜ。」
彼らから感じたのは殺気。逃げなければと本能が叫ぶ。踵を返して道なき道を僕は走り出した。
どうして、どうして、どうして。頭の中の疑問があふれ出す。
どうして、こんな世界に来てしまったのか。
(黒い闇のような空間に引きずり込まれたからだ。)
どうして、あんな空間に引きずり込まれてしまったのか。
(あいつらに窓から投げ捨てられたからだ。)
どうして、僕がこんな目にあってしまったのか。
(……わからない。あいつらのせい?それとも僕の運が悪いだけ?)
頭には意味のない疑問がぐるぐると巡る。後ろを振り向くと距離をあっという間に詰められていて、このままでは捕まってしまう。
「こ、”来ないで”!」
そんなこと言っても意味はないのに、そう思ったけれど。この場所は、この世界は、まさしく幻想の世界だったのだ。思わず叫んだ言葉が、未知の力を持ち、強い風を吹かせる。
どこからともなく吹いた突風の激しさに、彼らは思わず足を止めた。
「こいつ!魔法使いか!?」
「くそっ、魔法使いなら俺たち二人じゃ分が悪いぜ、どうする?」
彼らが足を止めている間に、距離を離さなければ。そう思っていたら、突然全身に衝撃が走り、思いっきり後ろに吹き飛んだ。後ろばかり気にしていたから、木にぶつかってしまったのだろうか。
上を見上げると、そこにあったのは、竜の顔。全身が鮮血のように真っ赤なウロコの竜人が、見ていると吸い込まれるような輝きをもった金色の瞳で、こちらを見下ろしていた。
金色の光沢を放つ、よく磨かれていそうな胸当てが、彼の身分は高いのだろうな、という感想を抱かせる。しかし胸当てこそ身に着けているものの、彼の下半身は褌のような腰布だけ、あの胸当てに防具としての意味はないのかもしれない。彼は何かを思案するかのように顎に手を当て、尻尾がゆらりと揺れていた。
「魔王様!」「イ、イクサ様……!も、申し訳ございません。」
後ろから追いかけてきていた二人が跪き、頭を垂れた。その大きな身体が怯えた子供ように震えている。それだけこのイクサという名前の竜人の事が恐ろしいのだろう、なんて僕はもう半ば自分の命をあきらめたかのように頭の中は冷静だった。
「良い、こいつは俺が預かろう。」
竜人がそう言うと、まるで羽のように軽いとでも言わんばかりに僕を軽々と担ぎあげた。
「言葉はわかるな?抵抗はするなよ。抵抗するなら少し痛い目にあってもらうぞ。」
そう言われて抵抗するなんて、僕にはできない。僕に……そんな勇気はなかった。僕は彼のなすがまま、肩に担ぎあげられて運ばれていく。その先にはどこかおどろおどろしい雰囲気の石造りの城がそびえたっていた。
ペタペタと石造りの床の上を竜人が裸足で歩いている音が響く。今、彼は、僕を抱えたまま、城の正門をくぐって、脇にあった地下への階段をゆっくりと歩いていた。ろうそくの火がゆらゆらと揺れ、羽虫が炎に惹かれて飛んでいる。地下への階段が終わり、木でできたおんぼろな扉を開くと、そこには真っ赤な染料で描かれた魔法陣があった。鉄の臭いがあたりに漂い、いやな想像が頭の中に広がる。
「さて、お前で515人目になるか……。今までの人間では全くもってうまくいかなかったが、異界の者を実験体にするのは初めてだ。どうなるかな?」
異界の者。そう、彼は言った。つまり僕は別の世界から来たということ、そして彼はそれを知っている。……もしかしたら元の世界に戻る方法も知っているのかも、そう思って勇気を出して口を開いた。
「あ、あの……質問があります。」
「いいだろう、術式が起動するまで少し時間がかかる。特別に、それまでお前の問いに答えてやろう。しかし、先にお前の名前を聞いておこうか?」
何故かこちらの言葉も、この世界の言葉に変換されているみたい。絞り出すように自分の名前を告げる。
「……トワです。」
「トワ……か、洒落た名前だな。」
どことなく上機嫌な様子の彼に、いろいろと問いかけた。この世界のこと。どうして別の世界から呼ばれたのか。そして、これから僕に何をする気なのか……。
彼が言うには、この世界では人間とそれ以外の知的生命体、人間は彼らを魔族と呼ぶ、が存在し、その両者で争いの絶えない世界らしい。最初はお互いに自らの領域だけで生活していたらしいが、時の権力者たちの欲が出たのだろう、互いに領土を求めて争い始めた。どちらが戦端を開いたのか、わからないくらいの時が流れ、今に至るまで争いが続いている。
最初は身体能力や魔法の力に優れる魔族が優勢だったらしいが、人間はある日、どこからともなく現れたとある技術を使いだした。それが、異界召喚の儀。別の世界から戦力になりそうな人間を召喚し、彼らを魔族と戦う戦士として仕立て上げ、魔族を圧倒したようだ。どうも別の世界の人間はこの世界の人間に比べ、魔法を扱う力、魔力が強いらしかった。今では人間の生活圏が世界の8割を占めるくらいになっていると彼は語った。
……この世界の人間によって別の世界から呼ばれたのなら、僕はどうしてここにいるのだろう。その問を聞いて、彼は大口を開けて笑った。
「それはな、今回の召喚の儀の魔力の流れに細工してな、一部をこちら側にずれるようにした。まぁ拾えたのはお前のような、ちんちくりんだけだが、まぁ実験材料くらいにはなるだろう。」
不穏だ。実験材料なんて言葉。聞きたくはないが、聞かないままなのも恐ろしい。緊張で喉が渇く。かすれた声で僕は言った。
「僕を……どうするつもりですか……?」
「人間を魔族に変化させる魔術の実験体になってもらう。人間と魔族が相争うというのなら、全ての人間を魔族に変えてしまえれば、それで終いよ。」
どこか嬉しそうな彼に告げられたのは、そんな冷酷なこと。頭の中が真っ白になる。そんなことできるのか。違う世界なのだから常識は通用しない。人間じゃなくなるなんて。どうしたら。どうしたら。
「今までの実験では、物言わぬ獣にしか変化しなかったが。まぁ、期待はするまい。それでは、変化し終わったらまた会おう。」
そう言って、彼は扉の外へ出ていった。魔法陣が妖しく光り僕を照らす。せめて魔法陣の外に逃げ出そうと、立って足を踏み出そうとすると、見えない壁に阻まれて外には出られない。
身体の奥底から感じる違和感。全身を襲う寒気に腕を抱く。ふと感じた痒みに、腕をさするとべりべりとはがれる人の皮膚。そして下から現れたのはキラキラと輝く緑色のウロコ。
「ヒッ……。」
思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。でも止まらない肉体の変化。いつの間にか爪は鋭く伸びていた。背中とお尻に異変を感じ、手を伸ばすと、そこにあったのは、新しい器官を生み出そうと作られていく突起。見る見るうちに突起は大きくなって、大きくなる違和感と共に背中には皮膜のついた翼が、お尻にはまるで蜥蜴の尻尾。少しずつ人間のフォルムからかけ離れていく自分の姿に、僕は気が狂いそうだった。
変化がそれで終わるはずもなく、広がっていく鱗が顔に到達すると、ついに頭蓋まで変化が訪れた。頭を覆う激痛と、鼻先が伸びていくのが瞳に映る。歯が抜け落ち、新たに生えてきたのは、舌で確認すると鋭い牙。額にも、新たな突起が生まれ、角が生えているのだろうな、と半ばあきらめたように思う。もはや、自分の身体は人間ではなくなってしまったのだろう。でも、物言わぬ獣なんかには“なりたくない”。それが意識を失う前の最後の記憶だった。
[newpage]
ボクが目を覚ますと、輝きを失った魔法陣の真ん中で寝そべっていた。ゆっくりと立ち上がり、自分の身体を見回す。変化の余波に耐えられなかったのか服はズタボロで一糸もまとわぬ姿だけれど、不思議と恥ずかしくはなかった。……性器が体の、スリットの中に収納されているからって、あとで気が付いたのだけれど。全身は緑のウロコに包まれていて、生えてきた長い尻尾と翼は自分の意思で動かせるようだった。
ふと気が付くと部屋の隅に、姿見が立てかけられているのに気が付いた。ペタペタと足音を立てて近づくと、緑のウロコの、先ほどの彼に比べると幾分華奢な体をした竜人が、その深紅の瞳でこちらを見つめていた。そっと鏡に手を伸ばすと、鏡の中の竜人もこちらに手を伸ばす。自らの顔にペタペタと手で触れると、鏡の中の竜人もそれに倣った。つまり……。
「これが……ボクなの……?」
そう認めると、自分の認識が歪んでいくのを感じる。自分という存在が、人間ではなく目の前の化け物だと、アイデンティティーが揺らいでいく。
「やだ……やだよ……。」
こんな姿では、元の世界になんて戻れない。仮に戻れたとしても、良くて見世物。最悪、解剖だろう。どうしてこんなことに、そう考えると、沸々と湧いてくるのは憎悪。しかし、その憎悪の矛先は、僕をこんな身体にした竜人ではなく、僕をあの穴へと放り込んだアイツらへと向かっていた。
「あいつらさえ、あいつらさえいなければ……!」
ギリギリと歯を食いしばるとダラダラと口から流れ落ちてくるのは血、ではなかった。紫色の液体が地面に落ち、石畳に染みを作る。どうやら口の中に毒腺までできているらしい、ますます化け物染みてきたようだ。
軋んだ音と共に、入り口の扉が開く。鏡の前に立つボクの姿を見て、彼は一瞬、固まったかと思うと嬉しそうにほほ笑んだ。ボクは、思わず彼に飛びつき縋りつく。だって、元に戻れる方法を知っているとしたら、僕の知る限り、彼だけだったから。
「戻して、僕を……元に戻してよぉ……!」
懇願。だけど聞き入れられるはずもなく。彼は何が不服なのかと、ボクの事なんて理解できないと言わんばかりに続けた。
「戻すだと?何を戻す必要がある?しかし、また物言わぬ獣になるのであれば調教師に任せようとおもっていたが、まさかこんな……かわいらしい姿に変化するとはな……。」
彼がいともたやすく縋りついていたボクを抱きかかえる。顔が近い。狂暴そうな顔なのに、その目はなにか愛おしいものを見ているようで、胸がドキドキと、ときめいてしまう。……いったい何をボクは考えているのだろうか。僕は……人間のはずなのに。僕は男のはずなのに。
彼はそっと再び石畳の上にボクを横たえ、少し離れると、彼は胸当ての留め金を外し、地面へと落とした。金属音が部屋に響き、ボクの目に彼の鍛え上げられた胸板が見えた。腰布も乱暴に取り払うと彼の逞しい全身が露わになる。そして、その股座のスリットからは狂暴そうな見た目の巨木がそびえたち、ビクビクと脈動していた。
「変化した姿とはいえ、同じ種を見たのは何年振りか……。お前を見ていると滾ってきたぞ、トワよ。」
一歩、二歩。しっかりとした足取りで近づいてくる。恐怖で体が動かせない。彼がボクに覆いかぶさり、両手をつかんだ。身体を石畳に押し付けられて、顔が近い。耳元に荒い息がかかる。恐怖か、何かわからないけれど、胸がドキドキして、何だかそれに……良い匂いがする。
「さぁ、そんなに戻りたいと言うのであらば、二度と人間に戻りたいと思えなくなるほどの快楽をくれてやるぞ。覚悟するがいい。」
彼が首を傾げ、大きく口を開くと、太く長い舌が視界に見えた。ボクの口をこじ開けるように、力強く中へと入ってこようとする。ボクは抵抗……しなかった。できなかったわけではない。ただ、竜人と化した身体の奥から発せられる本能が、彼に、強い雄に従うようにと告げている。おかしい、と人間の心がそう言っているけれど、その理性の声はどんどんと小さくなっていき、ボクは彼の深い、深い口づけをゆっくりと受け入れた。
ドロリと、互いの唾液が混じる。甘くて、蕩けそうで、もっと欲しくなっていく。舌を絡めていくうちに、ボクが抵抗しなくなったのがわかったのだろう。そっとボクの両腕から手を離すと口をつけたまま、そっとボクの身体を起こすと抱きしめた。
「んっ♡ぁっ♡んっ♡ぁぅ♡」
口をふさがれたまま、気持ちが良くて、喉奥から声が漏れる。それを見て、目の前の雄は嬉しそうにほほ笑んだ。唾液ではない味が、口の中に広がる。お互いの毒腺から毒が漏れ出て混じっているのだと直感的に理解した。混ざった毒が、媚毒と化し、ボクの体内に流し込まれ、身体が火照っていくのがわかる。彼自身も楽しみたいのだろうか、混ざった毒の一部をボクの口から吸い上げると、彼の喉が大きく上下した。
息継ぎをするかのように互いの口を離す。彼の黄金の瞳がボクに熱っぽい視線を送る。その輝く瞳の中に、惚けたような目をしたボクの顔が映っていた。
「ククッ、さて、次はどうしてくれようか。」
少し思案したかのような素振りをすると、ニィッと牙を剥いて笑うと、ボクの目の前にずいっと彼の股座を近づけた。
ピクリ、ピクリと先走りを垂れ流し、辺りに性の香りが立ち込める。無意識にゴクリと喉が鳴った。そっと両手をその太い幹に添え、感触を確かめる。熱い。その熱を手の平に感じ、ゆっくりとさする。存分に全体に先走りを塗りたくり、雄の匂いが強くなると、堪らずソレを口に優しく含んだ。
「んんぅ♡じゅっ♡んむぅ♡あうっ♡はむっ♡」
「ククッ……。どうした?随分積極的ではないか。もうずいぶん頭が熱にやられたか?では、褒美をやろうか……。」
彼が強く頭をつかむ。乱暴に口内に突き入れられて、ガツンガツンと頭を揺らされて、喉奥を突かれ、でもそれが気持ちよくて、思いっきり押し込まれたかと思うと、口内に大量の白濁がぶちまけられた。一滴たりともこぼさぬよう、そっと手を添えて、ゴクリゴクリと喉を精が通るたびに、身体が疼いてくる。これを、下から体内に注がれたら、どれだけ気持ちいいのだろう、と。
ずるりとボクの口から、彼が出て行くのを、名残を惜しみつつ、荒い息を整える。僕という存在が、彼との行為を通じて歪んでいく。僕が僕じゃなくなり、新しい自己が自分の中で生まれていく。僕は……ボクは……誰だろう。
「さぁ、そろそろ仕上げといこうか?」
再び彼がボクを床に組み敷く。背中に触れる石畳が冷たい。翼が押しつぶされ軽い痛みを発したかと思うと、大きく足を広げられ、スリットと下の穴が露わになって、目の前の彼から舌なめずりの音が耳に届いた。
ズンと、身体が裂けるかと思うほどの衝撃が下半身を襲った。太く、大きく、長い、彼の剛直が、貫いているということが、見えなくてもわかる。身体を押さえつけるようにして、何度も何度も抽送を繰り返し、そのたびにじっとりとした快感が体の奥底から湧き上がってくる。
「ぁ゛っ♡これ゛っ♡や゛っ゛♡すきっ゛♡ぁあ゛っ♡」
「ふっ……ふっ……。気持ちいいか?さぁ、もっと壊してやろう。人間だったという過去を捨て去れるように……な。」
腰の動きが激しくなる。何度も何度も奥を抉られて、目の前が真っ白に染まる。そのたびに甘い声が漏れた。あと少し、あと少しで、イってしまいそう。もっともっと快感が欲しい。そう思っていると、ふと彼が動きを止めた。突然止められた快感の供給が、この身体に更なる疼きを与え、さらなる快感を求めて身体を動かそうとする。
でも、彼がしっかりとボクの身体を固定して、動こうにも動けない。彼も動かないから焦らされて、焦らされて、もう気が狂いそう。
「さて、ここで一つ聞こうか。お前は……誰だ?」
正しい答えを言えば、快感をやろうと、彼の目が言っていた。僕は。ボクは。
「ぼ、ボクは……。」
言ってはいけないと、誰かの声が頭の中に響く。それを口にしてしまえば、もう戻ることはできないと。ただ熱に浮かされたボクの頭はその忠告を聞くなんて余裕はなくて。
「ボクはぁ……イクサ様のしもべ……♡竜人のトワですぅ……♡」
言ってしまった。そう宣言すると、ボクの頭の中でグチャグチャに溶けていたアイデンティティーが固まる。もう、ボクは人間じゃないと、僕の頭の中で認めてしまった。でも、それがとてもボクの身体に快感をもたらしてくれる。
「よく言った。」
嬉しそうにイクサが喉を鳴らした。抽送も再開され、快感が再び供給されていく。
「あ゛っ♡あはっ……♡あ゛ははっ……♡あはははははっ……♡」
ボクは喜びに満ちていた。なんだかとても嬉しくて、口が裂けるほどの笑顔を作る。そのさまを雄の赤竜人は嬉しそうに見つめていた。
[newpage]
数か月ほどの時が経ち、今、ボクはイクサの命令で魔族と人間の領域の境の最前線、人間の砦に単独で威力偵察に来ていた。
ぽっと出のボクが魔族の王、魔王であるイクサの寵愛を受けているのが気に食わない派閥があるらしく、それを黙らせるためにもボクに手柄が必要みたい。ボクのことが心配なのかイクサは何人か護衛を付けるって言っていたけれど、護衛の彼らを振り切ってボクは今、真夜中の砦の上空を飛行している。
ボクだって一人で、いろいろできるもん、イクサにいろいろと手ほどきもしてもらったし。それに護衛が居たら、きっと護衛が居たからって言われるにきまっている。ボクが着ている黒いローブがひらひらと風にはためいていた。
それにしても、竜人の翼って不思議。軽く羽ばたいただけで人間大の生物が宙に浮かべるのだもの。これは揚力というよりは、魔法的な力が働いていそうだなぁ、なんてのんきなことを考えながら、月のない真っ暗な夜の空、砦の様子をうかがう。
歩哨が見張り塔の上であくびをかみ殺している姿が暗闇の中、はっきりと見えた。最初は彼にしようか、そう考えて笑ったボクの顔は、きっと邪悪で、あまりイクサには見せたくないな。
あの日から、人間という種が、ボクにとって、まるでどうでもいいもののように感じてしまう。例えば道を往く蟻のような、周囲を飛ぶ羽虫のような、そんな存在。だから、どんなに酷なことをしても、なんとも思わない。幼子が虫の脚をちぎって放置しても何も思わないのと一緒。
そっと見張り塔に降り立つと、その兵士の後ろから音もなく近づき、彼の首筋に鋭い爪を突きつけて僕は言った。
「喋らないで。声を出したらどうなるか……、わかるよね?」
コクコクと恐怖で汗を垂らす彼の首筋にボクはそっと牙を突き立てる。毒のカクテルがじんわりと彼の体内に注がれていく。ボクの体内で生成される毒は、魔力を付与することで様々な効果に変化させることができるってイクサに教わったから、色々と実戦で試してみることにしたんだ。
今、彼の体内に注入した毒は、全身に耐えられないほどの痒みを感じる毒。そして、その痒みを軽減するには、人間の血を浴びる必要があるような毒。
ちゃんとそのことが本能的に理解できるように、そして、彼の体液が同じ毒の成分になるように、極めつけは頭をつぶされない限り”死なない”ようにと魔力を込めた。
「その毒は”治らない”から、せいぜい頑張ってね。」
「あア゛ああ゛あァあぁ゛ああ゛あ!!!!!!」
奇声をあげ見張り塔から駆け下りていく彼を、僕は笑顔で見送る。きっと彼はいい感じに砦の中を荒らしてくれるだろう。砦の各所から響く悲鳴と金属音。仲間同士で争いあってくれているうちに、僕は砦の中を悠々と散策しようっと。
「どうして治療魔法が効かないの!?」
女の子の声がする。どこかで聞いたことあるような気がするけれど、覚えてないや。でも、この砦に居るってことは、敵ってことだよね。そっと魔封じの魔法をかけておく。“魔法が使えない”状態で、狂った兵士の相手を存分にするといい。
彼女の悲鳴をバックに、鼻歌交じりでこの砦の指揮官を探していると、突然砦の中で火柱が上がり一瞬で消えた。
「イチロ様!イチロ様が来てくれたぞ!」「どうか我らに知恵をお貸しください!」
兵士が誰かの名前を呼んでいるのが聞こえる。敬称が付いているからこの砦の指揮官だろうか。どこかで聞いた名前。そいつが、せっかく毒を入れた兵士の内の一体を焼き尽くしてしまったみたい。
「兵士諸君、私が来たからには、もう大丈夫だ!」
どこかで聞いた声だった。そいつの顔をそっと物陰から除くと、髭こそ増え、豪華そうな服に身を包んでいるものの、見たことのある顔だ。
『トワ君。わかってるよね。単位が欲しかったら、どうすればいいのか、ね?誰かに言っても構わないよ、誰も君の事なんか信じない。私がすでに君の事をうそつきの問題児だって皆に報告しているからね。』
記憶の中の僕があいつ、担任教師からどれだけひどいことをされたかが蘇る。人間だったころの憎悪で飛び出しそうになるけれど、でも、今のボクは、イクサのものだから。激情に駆られそうになるのを抑え、機会を待った。
毒に侵された兵士が一人、また一人と焼き尽くされていく。でも、その対処法では後手後手で、砦に居る兵士はあっという間に両手で数えられるほどになっちゃった。
「い、遺憾ながら、この砦は放棄する!こんな奇病が流行るなど、何かの呪いか?殿は君達に任せる!わ、私は先に王に報告に行くから……。」
先生が他の人を見捨てて、砦を一人で走って出ていくのを見て、僕は翼を羽ばたかせた。これだけ我慢したんだから、そろそろ……手を出してもいいよね。
深い森の中。先生はあの日のように汗だくで、森の中をさまよっていた。そっと先生の進路上に降り立ち、彼の方をじっと見据える。
「ま、魔族!こんなところに……!だが、私の前に現れたのが運の尽きだ!くらえ”燃え盛る焔”!」
先手必勝と言わんばかりに彼はこちらに攻撃魔法を仕掛けてくる。彼の手から炎の線がこちらに伸びてきて、そして、ボクの目の前で消えた。その魔法は、僕には”届かない”。信じられないという、彼の表情に、思わず笑みが漏れる。
ゆっくりと先生の方に近づきながら言った。
「先生、お久しぶりです。」
「だ、誰だ!?わ、私はお前など、薄汚い魔族に知り合いなどおらんわ!」
何度も炎をこちらに放つけれど、全部ボクの目の前で消える。ボクにかかっている防御の魔法なんて気が付いていないみたい。必死に何度も火を飛ばす。一歩一歩近づくボクが怖いのか、じりじりと後ずさり、そして彼はしりもちをついた。
「ひっ……私を誰だと思っている!王国の英雄、イチロ様だぞ!お、お前のような薄汚い魔族が触れていい存在ではないのだ!」
「トワです。ボクの名前。」
そう言うと、彼の表情が驚愕のまま固まる。その名前をこんなところで聞くなんて思ってもいなかったのだろう。ダラダラと彼の顔から脂汗が大量に流れていた。
「ト、トワ、君……そ、その姿は……?」
「先生とみんなのおかげで、僕は魔族になってしまいました。もうボクは人間じゃないんです。」
顔面が蒼白になっていく先生。それがちょっと出来の悪い玩具みたいで面白い。もっと意地悪なことを言いたくなって、僕はつづけた。
「ねぇ、先生。教えてください。どうして僕はあんな目に会わないといけなかったんですか。」
「だ、誰でもよかったんだ。ク、クラスがまとまるなら。お前が犠牲になってクラスが一丸になる。そして私の評価も上がる!何も悪いことはないじゃないか!少ない犠牲で最大の結果を出す!私は間違っていない!」
誰でもよかったという言葉。肩の力が抜ける。なんだ、僕が悪いんじゃなかったんだ。渇いた笑いが漏れる。
「あはは。そうだったんだ。まぁ……、もう……関係ないです。ボクはもう人間じゃないから……、魔族だから。人間の指揮官であるだろう貴方を……殺します。」
あ、でもただ殺すのは面白くないなぁ。そう思ったからとっさに思いついた毒を噛み傷から流し込んであげた。死ぬまでずっと死なないギリギリくらいの酸欠になり続ける毒。そしてその毒は人間にだけ飛沫感染するように、魔族には決して”感染しない”ように魔力を込めて。
「先生、どうか末永くお元気で。せいぜい人間どもにその毒を広めてくださいね。」
ボクはそう言い残して、人間がよく使う合図の魔法を模した魔法を空中に打ち上げた。この色は救助求む、だったはず。これで彼を助けに来る部隊も来るだろう。
「と……トワ……た、たす、け……。」
ボクは振り向かなかった。彼が助けを求めているのは人間のトワに対して。ここにいるのは、魔王イクサ様のしもべ、竜人のトワ、だから。竜人の証である背中の翼を広げ、ボクはこの場を後にした。他の皆もこの世界に来ているのかな、とボクの中の残滓が言った気がした。
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こっぴどく怒られた。何のための護衛だ、って。だけど。
「無事なら、それでいい。」
そう言われて抱きしめられた。彼の体温が、とても、とても暖かかった。
さすがに一人で砦を落としたなんて、荒唐無稽すぎて最初はほとんど信じてもらえなかったけれど、あの後、もぬけの殻になった砦を占領したことでようやく信じてもらえて、ボクは魔王軍の中でも一目置かれる存在になった。
反面、無茶ばかりするからと、イクサのそばから離れないようにって命令されて、ちょっと退屈。
最前線の人間の砦が落ちたという報は、人間の国々にもあっという間に広がった。魔族誅伐するべしという思想が人間たちの間で広がるけれど、広がった奇病によってそれどころではないみたい。異界から召喚された戦士たちというのも別の戦線で戦っていたのを呼び戻し、再びあの砦を奪おうと作戦を立てているというのが、魔法による諜報活動で伝えられた。
そんなこんなでゴタゴタしている城の中。玉座の間でボクは座っているイクサの膝の上で、彼にしなだれかかっていた。
「トワ、どうした。今日はずいぶん甘えたがりだな。」
「だって、魔王様は忙しいのか、最近ずっとボクに構ってくれなかったから……。」
甘えるように首筋に口をつけると、嬉しそうに彼が喉を鳴らすのが聞こえた。
「二人きりの時くらい、イクサと呼べ。他人行儀で呼ばれると、俺は寂しい。」
「ふふっ。イクサ……。」
彼の名前を呼ぶと、彼は少しばつが悪そうな表情をし、口を開く。
「俺は、最初、お前のことは、何かに利用できればいい、位に考えていた。」
まるで自らの罪を告白するかのような彼の言葉を、僕は彼の太い腕に抱きしめられながら、黙って聞いていた。
「父である先代の魔王が死に、竜人は俺ただ一人になり、これから先、ずっと独りだと。孤独なのだと思っていたのに、お前は竜人へと変化した。その時の気持ちは……言葉で言い表せそうにない……。」
彼の腕の力が強くなる。どこにもいかないようにと、もう離したくないと、彼の想いが伝わる。
「トワ。お前は、俺のことを恨んでいないか?人間でなくなることを強制し、無理やり犯した俺のことを。」
無骨なイクサが、意外にもそんなことを気にしてるなんて、思っていたよりも繊細なんだなぁ、という驚きと、ボクにそんな弱みまで見せてくれるなんて、という喜び。ボクは彼に今の気持ちを伝えることにした。
「僕もずっと独りだった。親は遠く離れた地で、友と言える存在もなく、周りは敵だらけ。イクサとは状況が違うけれど、それでも、僕は独りぼっちだった。この世界に来てから、ボクを愛してくれたのはイクサだけ。ボクに愛を教えてくれたのもイクサだけ。そして……ボクが愛しているのも……イクサだけ……。」
ボクはそう言って彼の首筋に口をつけた。どうか、彼の孤独が癒えますように、彼の孤独が消えて“なくなり”ますようにと。
その言葉を聞いて、彼は嬉しそうに唸り声をあげた。
「フッ……。嬉しいことを言ってくれる。そんな風に言われると、もう一度お前とまぐわいたくなってきたぞ。……よいか?」
「はい……」
ボクは肯定の意を伝えて、彼に身体を預けた。ボクの身体はイクサのもの。ボクの心もイクサのもの。ボクの魂も……イクサのもの……。
「今は無理だが、いつかお前を、子を孕める身体にしてやるからな。楽しみにしておけ……。」
にっこりと笑って、ボクは頷いた。
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荘厳な雰囲気の謁見の間。玉座に座るのは、人間の王。そしてその前にひざまずくのは異界から召喚されたとされる戦士たちの中から選りすぐりの者たち。鎧に身を包んだもの。ローブに身を包んだもの。普段着のままのもの。など様々。王が重々しく口を開く。
「……そなたたちに集まってもらったのは他でもない、魔族たちの侵攻についてだ。」
王の眉間には深い皺が刻まれており、これから話すことが悪い知らせであるということが見て取れる。
「魔族との最前線、クルカ砦が……落ちた。」
戦士たちがざわつく。無理もない、なぜなら彼らの中でも優秀な者たちが数人詰めていたのだ。中でもイチロという名前の魔法使いはとびぬけた実力で有名であった。
「不幸中の幸いか、イチロ殿は瀕死の状態ではあるが生きていた……しかし。」
王は忌々しげに続ける。
「彼はすでに呪いで体を蝕まれており、さらにその呪いを周囲に拡散してしまう始末、故に彼は自ら命を絶ってしまった。」
王のこの言葉をそのまま信じる者はいないだろう。おそらく秘密裏に処刑されたのだろうという事は、勘の良いものならだれでも気が付いたはずだ。
異界の戦士の一人、ケンジは舌打ちをした。生きるためなら他者を犠牲にするのを厭わない、あの教師が自ら命を絶つはずないだろう、ということを彼は知っているからだ。
優れた戦士だとちやほやされてはいるが、役に立たなければ用無しと捨てられるという、この状況に彼は心の中で舌打ちした。しかし、王の庇護が無ければ、この世界で生きていくことは大変だろう。この状況を何とか打破しなければ。
「王、俺が行きます。砦を落とした程度で我らに勝利したと驕るやつらに、目に物を見せてやりましょう!」
ケンジは高らかに王に宣言する。不穏分子は自らの手で取り除く。今までずっとそうしてきた。きっとこれからも。
「そうか、そなたが行くのならば百人力じゃ。頼んだぞ……。」
新たなる戦いの火ぶたが切られようとしていた……。
後編に続く……