霧の流刑地

  霧の大陸、ノエタウン。

  吹雪に覆われた街にも暴動の余波は広がっており、街のあちこちに破壊された建築物や乾いた血痕がみられる。それでも吹雪の冷たさが暴徒の熱を奪い、他の大陸や街に比べて、被害は少ない方である。

  街外れにあるレシラム教の教会。

  通常なら駐屯騎士団が警備し、街の治安維持を努めているが、ノエタウンの騎士団は本国である水の大陸から離れている事もあり、練度や士気が低い状態であった。そこに旅人に偽装したディアルガ教徒、時の守護者達が強襲した。

  過去の世界へ渡り、オズボーン殺害の前に、時の守護者達は吹雪に乗じて騎士団や教会関係者に襲いかかった。彼らは建物の中で暖を取る騎士団の騎士達や教会関係者に向けて、塩素ガスを使用した。密閉された建物内に塩素ガスの瓶を投げ入れ、ガスに耐えきれずに屋外へ出てきた者を殺害した。中には無抵抗の者もいたが、その多くは教会内の地下倉庫に監禁し、他の死体は氷山の中にある谷へと遺棄した。

  そうして教会と駐屯地は制圧され、吹雪が止んだ頃には時の守護者達の拠点として機能していた。

  その後も暴動の扇動や各地への破壊工作の拠点として教会は使われており、現在も時の守護者達が建物を警備している。ノエタウンもまた、吹雪に覆われており、通りを歩く人影は一つも見当たらない。

  教会の鐘楼の傍にある塔の上方、ノエタウンを見下ろせる高さにある部屋の窓から外を見ている人影がいる。人影、時の守護者であるブーピッグはマスケット銃を肩に担ぎ、辺りを警戒している。もっとも、街や教会周囲は吹雪に覆われており、動く人影は一切見当たらない。

  ブーピッグはタバコの煙を吐き出し、側にあるテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。

  グラスの中には蒸留酒が注がれており、ブーピッグはそれに口をつけ、高濃度のアルコールを体内に取り込む。

  寒さが厳しい霧の大陸、ノエタウンに住む者の多くはアルコールなどで暖をとる事で有名である。

  ブーピッグもまた、街で手に入れた蒸留酒に口をつけ、暖をとり、タバコの味を楽しんでいる。

  彼の後方から声が聞こえる。

  ブーピッグが肩越しに視線を向けた先には、別の守護者の姿があり、深く椅子に座っている彼もまた蒸留酒の風味を楽しんでいる。未来の世界では味わえない嗜好品の数々に時の守護者達の気は緩み、暖炉の火もあり、彼らは油断している。

  「おい、煙たいぞ」

  別の守護者に指摘されたブーピッグは舌打ちをし、窓を開ける。冷たい外気が室内に入るが蒸留酒のアルコールと暖炉の火で十分に身体を暖めているブーピッグにとって、それは熱冷ましの風である。冷たい風が身体を掠め、彼は心地よさそうに目を細める。

  窓から影が室内に飛び込む。

  ブーピッグがそれに反応する前に室内に飛び込んだ影、ルカリオのオズワルドは手に持つ斧を守護者に向かって投げつける。オズワルド自身が飛び込んだ勢いが重なり、斧は凄まじい速度で飛ぶ。椅子に深く座っている守護者は飛んでくる斧を避けようとするが、座り心地の良い椅子から素早く立ち上がる事は叶わず、回転する斧が守護者の首に直撃する。

  その光景を見たブーピッグもまた、マスケット銃をかまえようとするが、それよりも速くオズワルドは腕を動かし、刀身の短い剣でブーピッグの腹を浅く切る。その痛みにより、ブーピッグの動きは鈍くなり、その間にオズワルドはブーピッグの首筋を剣で切り裂く。

  椅子に座る守護者の身体とブーピッグの身体が床に倒れ込むのは、ほぼ同時であった。

  室内の床に大量の血が飛び散るが、オズワルドは意に介さずに室内を移動し、彼らに止めを刺す。その頃になり、開け放たれた窓から室内に入ってきた牡のジュプトル、カフカと牡のヨノワール、フランツは辺りの光景を見渡し、呆然とした表情をみせる。

  「…マジかよ」

  油断しているとはいえ、武装した2人の牡を悲鳴をあげる隙も与えずに、瞬く間に始末するオズワルドの手腕にカフカは驚き、フランツも背筋を震わせる。

  「敵に回さなくて良かったな…ほんとうに良かった…」

  フランツもまた、オズワルドが記憶を無くし、ニコルやカフカに協力する立場となった事を素直に喜んでいる。オズワルドの手腕なら、カフカやフランツを始末するのは造作でもない。

  カフカはフランツの言葉に首肯し、プクリンのヘンデルから託された依頼の内容を脳裏に思い出す。

  ヘンデル、そしてレシラム教騎士団の遊撃隊のモローからオズワルド達に託された依頼、それはノエタウンにあるレシラム教教会の攻城作戦に関する物であった。

  フルトや捕虜から情報を得た騎士団は、彼らが教会を包囲し、攻城する前段階としてオズワルド、カフカ、フランツに捕虜の救出と教会の正面扉の開錠、そして武器庫や火薬類の制圧を依頼した。敵地に侵入するという非常に危険な依頼であり、加えて時の守護者達の思考や行動、武装に精通し腕の立つ者しか務まらない依頼である。

  それはオズワルドやカフカ、フランツにうってつけの依頼であり、吹雪の中、レシラム教騎士団の助力もあり、教会の屋上から侵入したオズワルドとカフカ、フランツは手始めに見張り役を続々と始末していった。

  教会の四方にある塔の中にいた見張り役は、全員オズワルドが仕留めており、その死体は室内のクローゼットやベッド下などに隠した。

  その間、わずか10分程度の事である。

  最後の見張り役であるブーピッグ達を始末したオズワルドは扉を僅かに開き、通路の様子を盗み見る。通路に人影は一切なく、オズワルドは複数のナイフを手にしたまま、辺りを警戒する。

  その間にカフカとフランツは室内を探索し、使える情報や物がないか探している。元々は教会関係者が私室として使っていたであろう、室内には品の良い調度品や絵が飾られているが、カフカとフランツはそれらに目を向けず、時にはブーピッグ達の死体を調べ、情報を得ようとする。

  その間、オズワルドは通路を監視し、辺りを警戒する。

  やがて、ブーピッグの死体を調べていたカフカは何かを見つけ、小声でオズワルド達を呼ぶ。オズワルドとフランツが視線を向けた先には、金属製の鍵が見えた。

  カフカは静かに脚を動かし、部屋の扉の鍵穴と鍵を比べる。

  「それは…この部屋の鍵か?」

  フランツの問いにカフカは首を振る。他の見張り役は携行しておらず、このブーピッグのみが持つ鍵の存在が何を意味するのか、オズワルド達は静かに考えている。カフカは鍵を回収し、腰に下げたポーチに入れる。その間、フランツは窓からランプを外に出し、布を使い光を明滅させる。

  フランツから送られた光を合図に、教会の周囲に潜んでいるレシラム教騎士団の遊撃隊が動き出す。牡のコジョンド、モローが率いる遊撃隊は教会の四方にある見張り小屋に接近し、瞬く間に室内を制圧する。本来ならば、高所にいる塔の見張り役が事前に察知して、教会周囲の見張り小屋にいる見張り役に合図する事になっているが、塔の見張り役は全員殺されている。そのため、見張り小屋にいる守護者達は油断しきっており、モロー達の接近に気がつき、慌てて応戦しようとするが武装した騎士達の攻撃の方が早かった。

  フランツの眼下にある見張り小屋、その窓から見える室内には騎士に斬られる守護者の姿があった。

  高所と地上の見張り役を排除した騎士団、そしてオズワルド達は本攻撃に向けて、再び行動に移る。オズワルドは音を立てずに扉を開け、通路に出る。通路の奥には時の守護者の一員であるドレディアの姿がある。その脇にはバオッキーの姿もあり、彼らはマスケット銃を手に持ち、辺りを警戒している。

  それを見たオズワルドは、彼らが気づく前に始末する事にした。身体中に力を込め、物陰から飛び出す準備をする。

  だが、オズワルドは動きを止めた。

  通路の奥から別の守護者が姿を現し、ドレディアとバオッキーに合流した。

  「…」

  物陰から彼らを見ていたオズワルドは、自身の気配を消し、息を顰める。さすがのオズワルドとはいえ、3人を相手に声を出さずに仕留める事は難しい。潜入と工作が目的である以上、露呈するリスクを回避すべきと判断し、オズワルドは静かに室内へと戻る。

  一連の流れを見ていたカフカとフランツは声を顰め、オズワルドに尋ねる。

  「…どうする?始末するか?」

  「いや、撃ち漏らした場合…笛を鳴らして周りの連中に知らせるはずだ」

  カフカとフランツの話を聞き、オズワルドは頷く。

  「…今は人質の救出と武器庫と火薬類の制圧、正面扉の開錠が優先です」

  冷静なオズワルドの言葉を聞き、カフカ達は頷く。彼らの目標はモロー率いる騎士団の本攻撃前の下準備であり、戦闘は避けるべきである。

  彼らは室内で息を殺し、ドレディア達が歩き去るのを待つ。やがて、廊下の気配が無くなり、オズワルド達は静かに話し出す。

  「…では、予定通りに動きましょう。私は武器庫を制圧します」

  「人質の救出は俺だな」

  「…正面扉の開錠は任せろ」

  オズワルドに続き、カフカとフランツも呟く。彼らは各々の任務を全うすべく、互いに拳を打ち合い、気配を殺したまま行動を開始した。

  *

  ノエタウンのレシラム教教会の四方にある見張り小屋、その内の一つに牡のコジョンド、モローの姿があった。見張り小屋の中には時の守護者の死体があり、モローの部下達がそれを屋外へと運んでいた。床に残る血の染みを一瞥し、モローは窓から教会に目を向ける。

  フルトや捕虜から手に入れた情報を元に、ランプの灯りを明滅させ、『異常なし』という合図を教会内部の時の守護者へと送る。少し間を置き、教会の窓からランプの光が見えた。その意味を理解しているモローは、声を抑えながら部下に指示を出す。

  「…敵は我々に気づいていない。このまま、オズワルド殿達の合図を待つ」

  モローの指示に部下達は頷き、伝令の騎士が他の見張り小屋に潜む騎士達へ命令を伝えに行く。吹雪に溶け込み、雪の合間を駆ける伝令の騎士の姿は見えづらく、教会内の守護者達も気づかずにいる。

  モロー達騎士団は時の守護者に勘付かれぬように行動し、オズワルド達の合図を待つ。

  モローの隣に遊撃隊の一員である牡のマニューラが立つ。革と鎖の軽量の鎧を纏うマニューラは、声を抑えながらモローに報告する。

  「付近の街道は制圧済みです。街と教会の出入りは、吹雪もあり、見張り小屋の周りの道を通るルートしかありません」

  マニューラの報告を聞き、モローは頷く。彼は手元の地図に目を向け、赤色の鉛筆で地図にマークをつける。街道の複数箇所に×マークをつけたモローは、マニューラに視線を向け、口を開く。

  「時の守護者達が逃げ出せるルートは…これで潰せましたな…あとは海岸線と氷山へ続く道だが…ここは教会から丸見えになる。今は街へのルートのみを抑えておこう」

  モローの指示を聞き、マニューラは頷く。モローは続けて口を開き、話を進める。

  「だが、最悪なパターンも想定し…我々はオズワルド殿の合図を待つ」

  マニューラは「最悪なパターン?」と疑問の言葉を口に出す。モローは頷き、視線を窓の外にある教会へと向ける。吹雪の中に鎮座する教会の黒い影は、まるで巨大な怪物のようである。その腹の中に潜入しているオズワルド達の事を考え、モローは口を開く。

  「時の守護者達が人質諸共、自爆するパターンだ」

  モローの推測を聞き、マニューラは「まさか、そんな事は」と笑い飛ばそうとした。だが、これまでの時の守護者の行動や新兵器、そして彼らの狂気の事を考えたマニューラは、モローの推測があながち否定すべきではない事に気がついた。

  マニューラの表情が凍りつき、それを見たモローは声を抑え、呟く。

  「連中の目標は過去の世界への復讐…レシラム教とゼクロム教に対するディアルガ教からの復讐…最悪を想定しておきなさい」

  モローの言葉を聞いた部下達は、静かに頷いた。

  *

  教会内部の上層階の通路の窓際に立つ牡のガラガラは、手に持つマスケット銃を構えようとした。だが、それよりも速くオズワルドは接近し、ガラガラがマスケット銃の引き金に指をかける前に銃身を殴り、床に叩き落とす。

  通路を警備していたガラガラとグランブルは、背後から飛びかかってきたオズワルドに襲われた。教会内に潜入したオズワルドの存在に気づいた頃には、グランブルの喉が剣により切り裂かれており、大量の血を撒き散らし、床に倒れ込む。それに気づいたガラガラはオズワルドの振り上げた剣をマスケット銃の銃身で受け止めるが、オズワルドの凄まじい腕力により、ガラガラは体勢を崩してしまう。

  その隙を見逃さなかったオズワルドは窓際に追い込まれたガラガラに向かって肉薄し、彼の持つマスケット銃を床に叩き落とす。

  「この…クソがぁ…‼︎」

  ガラガラは殺意の籠った目でオズワルドを睨みつけ、マスケット銃の代わりにナイフを取り出し、その刃先でオズワルドに斬りかかる。だが、オズワルドは鋼の力を宿した拳でナイフの刃を受け止め、反対の手をガラガラの胴体に当てる。

  「はぁっ…‼︎」

  オズワルドの手に宿した波導の力が放たれ、ガラガラの胴体に凄まじい衝撃を与える。波導の衝撃が皮膚と筋肉を介して、ガラガラの内臓にダメージを与える。

  ガラガラの口から大量の血が溢れ、身体を大きく仰け反らせる。

  その隙を見逃さなかったオズワルドは剣を構え、ガラガラの首に突き刺す。

  オズワルドの手に肉と骨を断つ鈍い感触が広がり、ガラガラの震える振動が剣を通じてオズワルドの手に広がる。

  数秒後、息絶えたガラガラの首から剣を抜き、オズワルドは喉を斬られたグランブルの首を掴み、反対方向へと回す。

  2人の息の根を確実に止めたオズワルドは、浅く息を吐き、彼らの死体を空き部屋へと引き摺り入れる。その際、オズワルドは彼らの死体を漁り、何か情報が無いか確認する。

  オズワルドの手に硬い物体が触れる。

  「…」

  オズワルドの視界に、見張り役のブーピッグから回収した鍵と似た鍵が映り込む。それらを見比べたオズワルドの目に、鍵に掘られた同じ番号が反射する。それを視認したオズワルドは気配を殺したまま、空き部屋を後にする。

  通路を歩くオズワルドは所々にある扉を見比べ、そこに書かれている数字を調べる。

  やがて、鍵の数字と同じ番号が刻まれた扉を見つけ、オズワルドは慎重に鍵を開ける。オズワルドは音を立てずに鍵を回し、ゆっくりと扉を開く。狭い室内には複数のラックや保管棚があり、そこには数々のマスケット銃や火薬の入った瓶、薬品らしき瓶が置かれている。それらを見渡したオズワルドは、辺りを警戒し、室内へと入る。

  室内を見渡したオズワルドは、そこに保管されている武器や火薬類が少ない事に気がついた。

  「…分散して保管しているのか」

  かつて、共に行動した将校の思考を見抜いたオズワルドは、教会内のあちこちに武器や火薬類が保管されている事を理解した。加えてオズワルドの手元の鍵も複製品である事を考えても、各エリアの武器庫の鍵は共通している事が窺い知れる。

  その事を理解したオズワルドは、手始めに武器庫内のマスケット銃を分解し、火薬類を湿らせる事にした。時の守護者の一員であるKとして、マスケット銃を扱った経験のあるオズワルドにとって、マスケット銃を分解する事など造作のない事である。武器庫内に保管してあるマスケット銃を続々と分解し、中の金属パーツを破壊したオズワルドは、続けて火薬の瓶に水を注ぎ、使えなくしていった。

  オズワルドの視界に、ある銃の銃身内に彫られた螺旋の溝が映り込む。この世界に住む者にとっては特に気にならない加工であるが、×××と共に人間の世界を生きてきたオズワルドにとっては、見覚えのある加工である。

  螺旋の溝を見たオズワルドは、×××と同じ研究チームの男性研究員が話していた事を思い出す。

  「…ライフリング」

  射撃好きな男性研究員は銃の仕組みについて、熱く語る事が度々あった。その光景を思い出したオズワルドは眼前の螺旋の溝の意味を、誰がそのような加工をしたのかも、理解した。

  「…グレーテと将校、か…」

  人間の知識と技術を伝えた者と伝えられた者の顔を思い出し、オズワルドは小さな声で呟く。同時に、オズワルドはライフル銃の近くに保管してある弾丸と雷管にも目が向く。

  ライフル銃と弾丸、そして雷管が製造され、相当数が保管されている。

  「…雪、教会の塔の高さ…」

  時の守護者の装備と現在の環境が意味する事、それを理解したオズワルドは音を立てずに駆ける。彼は武器庫の窓を開け、テーブルに置かれたランプに火を灯す。オズワルドはランプに布を掛け、窓際でランプの光を明滅させる。

  「気づいてくれ…」

  辺り一面は積雪があり、移動速度や経路が限られてくる。加えて、レシラム教の教会の建物は高く、塔も複数ある。このまま騎士団が教会に突撃しても、足取りの遅い騎士達が教会内部からライフルで狙撃される危険性がある。

  その事を見抜いたオズワルドはモロー達に危険性を知らせるべく、ランプによるモールス信号をひたすらに送り続けた。

  そのため、オズワルドは背後に近づく影に気づくのが遅れた。

  *

  教会の上層階から降りてきたフランツは、ゴーストタイプである事を活かし、壁や鍵のかかった扉をすり抜け、巡回している見張り役に気づかれぬように移動していた。時には同じゴーストタイプの守護者を見つけ、気づかれぬ内に密裏に処分していった。

  また1人、ムウマージの守護者の首にナイフを突き立て、息の根を止めたフランツは、その死体を空き部屋に隠した。彼は何食わぬ顔で廊下を移動し、迅速かつ確実に正面扉へと近づく。

  教会の一階には大聖堂と礼拝室がある。

  かつては熱心な信徒に溢れていた空間も、今では守護者達による虐殺の跡が刻まれている。床と壁には大量の血痕があり、殺害された騎士や教会関係者、旅人、村民の死体は既に片付けられている。血生臭い空間を移動するフランツは思わず顔を顰めてしまい、自ずと大聖堂の端へと向かい、比較的汚れていない空間で脚を止める。

  「…狂っている」

  かつて、未来の世界では時の守護者の一員としてガルム鉱山での宝石採掘を指導していたフランツであるが、過去の世界へと渡り、様々な価値観や文化に触れるにつれて、自らの過ちに気づいた。

  それを意識したフランツは、グレーテや将校、ヴィレムの狂気と暴力を止めるべく、脚を進める。大聖堂や礼拝室の中にも酔い潰れた時の守護者達の姿があり、彼らは寝息を立てている。相手が複数人であるため、フランツは気配を殺して移動し、やがて正面扉へと辿り着いた。

  フランツの背丈より大きな扉には、太い木の棒で関(かんぬき)が掛けられている。重たげな関は、一目で頑丈なものだとわかる。フランツは辺りを見渡し、時の守護者がいない事を確認し、関に細工を施す。

  フランツはカバンの中から瓶を取り出し、その中身を関にかける。それは薬剤師である牝のマフォクシー、ヘレンが精製した高濃度の硫酸であり、フランツはそれを関へと垂らす。辺りに特異臭が微かに広がるが、血の生臭さが硫酸の特異臭を誤魔化し、巡回中の守護者に気づかれずに作業する。

  やがて、関の一部分に硫酸を垂らし、炭化が進んでいるのを確認したフランツは、巡回の守護者が来る前に移動した。正面扉の付近は薄暗く、また血の臭いが濃い影響もあり、守護者は関の炭化に気が付かずに歩き去った。

  その背中を見送ったフランツは、気配を殺し、再び移動する。

  「…次は裏口の館内だな」

  騎士団が突撃できるように鍵を破壊するため、フランツは裏口へと静かに移動した。

  *

  暗黒に支配されたオズワルドの視界が、少しずつ開けてくる。

  後頭部に走る痛みがオズワルドの頭蓋内に反響し、彼は不愉快そうに眉を顰めながら目を開く。オズワルドの視界には血塗れの床が映り込み、彼は何かの台の上でうつ伏せになっている。

  冷たい木製の台はオズワルドの身体から体温を奪い、オズワルドは微かに身体を震わせ、辺りを見渡す。薄暗い室内の床には乾いた血痕が広がり、部屋の隅には椅子に座る人影が見える。

  見覚えのあるシルエットを目の当たりにして、オズワルドの目が見開く。

  「…久しぶりですね、K」

  人影、いや時の守護者の一員であり、幹部でもある牡のバクフーン、カウフマンまたは将校。かつての直属のボスであり、オズワルドを言葉巧みに操っていた将校の姿を見たオズワルドは、驚きのあまりに身体を動かそうとした。だが、台にうつ伏せになるオズワルドの身体は革製のベルトで固定されており、オズワルドの反抗は無意味に終わった。

  反抗的なオズワルドの反応を見た将校は、タバコの煙を吐き出し、満足そうな顔で微笑む。将校は椅子に腰掛けたまま、オズワルドに目を向けている。

  「連絡を絶ったと思っていたら…まさか此処に戻り、同士を殺害しているとは…」

  穏やかな表情ではあるが、その口から出る言葉には棘が含まれている。オズワルドはその事を理解し、顔を横に向けたまま、将校を睨みつける。

  「黙れ、私はKではない。オズ…オズワルドだ」

  オズワルドの言葉を聞き、将校は驚いたように目を見開く。かつてのオズワルドは事故の衝撃で×××と共に人格を破壊され、Kとして将校に付き従い、時には身体すらも許していた。だが、今のオズワルドは記憶が戻り、Kではなくオズとして行動している。

  その事を理解した将校は「そうですか」と声を漏らし、残念そうに溜息を吐く。

  「…武器庫から物音がすると思い、覗いてみたら…まさかキミが居るとは思わなかったですよ…あれほど愛し合った私の事も忘れたのですか?」

  将校の言葉を聞いたオズワルドの脳裏に、彼の太く大きな一物で肛門を貫かれた時の光景が過ぎる。人格を破壊されていた頃のオズワルドは、将校に与えられる快楽を楽しみ、素直に付き従っていた。獣のように抱かれる己の姿にオズワルドは嫌悪感を露わにした。

  「…あの時の私は、私ではない。今の私はニコルを助け、お前達の狂気を止めるために此処に来た」

  はっきりとした口調でオズワルドは話す。その姿を見た将校は悲しそうに顔を曇らせ、オズワルドから目を逸らす。彼は窓から外を見下ろし、吹雪に包まれた教会周囲を見渡す。

  室内に将校の声が広がる。

  「残念です…同士の殺害に外部へのモールス信号…おそらく、教会の周囲に騎士団が潜んでいるのでしょう…」

  オズワルドの目的を見抜いている将校の指摘に、彼は歯軋りをする。対する将校は涼しい表情のまま、外に目を向け、肩越しにオズワルドを見る。

  「ライフル銃を見たキミは…教会内からの狙撃を警戒しているはずです…しかし、考えが甘いですね」

  将校が呟いた直後、オズワルドは轟音と衝撃、火薬の臭いを感じ取った。記憶の奥底に眠るそれらは教会の内部から響いており、オズワルドは顔を強張らせながら将校を見る。

  オズワルドと目が合った将校はクスクスと笑い声を漏らし、台にうつ伏せになるオズワルドを見る。

  「私がキミと同士の死体を見つけた時点で、キミの目的は予想できていましたよ…私は、それを打ち砕くように部下に命じましたが…」

  将校の言葉、聞き覚えのある音と衝撃、そして火薬の臭い、それらが意味する事を理解できたオズワルドは、驚愕の表情を浮かべ、将校の顔を見る。

  オズワルドと目が合った将校は、ニヤリと笑い、タバコの煙を吐き出す。

  「…まさか、大砲を⁉︎」

  オズワルドが声を張り上げた直後、凄まじい振動と轟音が響き、台にうつ伏せにさせられたオズワルドの腹にそれらが伝わる。将校の言動と大砲の音から、彼らが何を狙っているのかは明らかである。

  オズワルドの耳に、爆音が広がる。

  その音にオズワルドは目を瞑り、将校は心地良さそうに目を細める。

  「…あぁ、言い忘れていましたが…教会周囲の見張り小屋に害虫が沸いたようなので、追い払っているところです」

  教会の四方にある見張り小屋に潜んでいるモロー達に向かって砲撃している事を暗に示した将校は、タバコの煙を吐き出し、オズワルドを見つめる。将校の目に宿る狂気の色を感じ取ったオズワルドは、歯軋りをした。

  「この…クソ野郎がぁ‼︎」

  悪態を漏らし、憎悪の眼差しを向けてくるオズワルドの姿を見た将校はクスクスと笑い声を漏らし、やがて息を吐き出す。タバコを灰皿に押し当て、火を消した将校は脚を動かし、オズワルドがうつ伏せにさせられている台に近づいてくる。

  オズワルドの目に、将校の下半身が映る。

  「…そんな格好で哀れな声をあげるとは…私を誘っているのですかね」

  そこには剃り立つ一物があり、将校はうつ伏せにさせられたオズワルドの尻の肉を掴み、強引に左右に開く。冷たい空気が肛門に当たり、オズワルドは悲鳴を漏らす。

  ピンク色の花が姿を現し、将校は舌舐めずりをした。

  「…あぁ、懐かしい麗しの花ですね」

  証拠が呟いた直後、彼は自身の一物をオズワルドの肛門に押し当て、そのまま挿れた。愛撫もなしに挿入されたオズワルドは悲鳴をあげるが、将校は意に介さずに腰を動かし、自身の欲望のままにオズワルドを弄ぶ。

  「…貴方と遊ぶのは、ガルム鉱山以来ですね…やはり硬く狭くなってますね」

  将校は力任せにオズワルドの直腸に一物を押し込み、「せっかく調教したのに…」と呟きを漏らす。摩擦と力技によりオズワルドの肛門は出血しており、将校の一物に鮮血がこびりつく。

  痛みと屈辱によりオズワルドは悲鳴をあげるが、将校は気にせずに腰を動かし続ける。

  「や、やめて…」

  オズワルドは悲鳴と共に懇願するが、将校はオズワルドの後頭部を掴み、台に叩きつける。オズワルドの鼻から血が流れ、彼は悲鳴を漏らす。将校はオズワルドの悲鳴を聞き、口角を歪めたまま、腰を振り続ける。やがて、オズワルドの肛門から出た鮮血が潤滑油となり、将校の動きを加速させる。

  「あぁ、可愛い私の狗め…」

  将校は呟き、やがて一物を一番奥深くまで挿し込む。直後、将校はオズワルドの直腸に精液を放ち、彼はゆっくりと一物を引き抜く。

  オズワルドの肛門は将校の一物により開き切っており、白と赤の混じった体液がオズワルドの肛門から垂れ落ちる。その痛みと屈辱でオズワルドは目尻から涙を溢し、うつ伏せのまま肩越しに将校を睨み付ける。

  大砲の轟音と衝撃が広がる中、将校はオズワルドの姿を見て、再び口角を歪める。

  「可愛い私の狗…また私のモノになりませんか?」

  将校はオズワルドの背中を舐めながら尋ねる。その感触と肛門の痛みにオズワルドは悲鳴をあげるが、力強い眼差しで将校を睨み、はっきりとした口調で「断る」と言い放った。

  「お前達の狂気を止めるために私は来た…お前の物になるわけがないだろう‼︎」

  オズワルドの言葉を聞き、将校は「そうですか」と残念そうな声色で呟いた。彼は身体を起こし、オズワルドの傍を離れる。うつ伏せのまま、拘束されているオズワルドは将校の動きを肩越しに見ていたが、彼が手に持つ物体を見て、身体を硬直させた。

  見覚えのある機械、拘束されている台、将校。

  それらから導き出される答えを理解し、オズワルドは小さな声を漏らした。

  「…まさか」

  オズワルドの声を聞き、将校は薄ら笑いを浮かべたまま、台と天井の間にある機械を調整する。ガチャガチャと金属音が聞こえ、オズワルドの視界に将校の手にある工具が映り込む。

  それはオズワルド自身がよく使っていた工具であり、ある機械を調整するための物である。それが何のために使われるのか、機械の目的が何であるかを理解しているオズワルドの顔色が、段々と青白くなっていく。

  その姿を見た将校は、クスリと笑い、落ち着いた声でオズワルドに尋ねる。

  「…キミの犯した罪をキミの身体に刻んであげます。しっかりと贖罪するように、ね…」

  そう話し、将校はニコリと笑う。

  オズワルドが何かを言う前に将校はレバーを動かし、機械が作動した。

  かつて、未来の世界で使われていた処刑台は将校の手により過去の世界へと持ち込まれ、そして精確に作動した。装置の上部に付けられた馬鍬の針が動き、位置を調整する。

  装置の馬鍬が上下に動き、剥き出しになったオズワルドの背中に突き刺さる。

  室内にオズワルドの悲鳴が響いた。