巫女の役割

  ワイワイタウンの中心部に建てられたレシラム教の教会、その壁にはレシラムを模った彫刻があり、天から人民を見下ろしている。その彫刻と同じ高さにある窓から、教会にひれ伏す人民を見下ろしたリザードン、レシラム教教皇のオズボーンは身につけている白衣を翻させ、室内へと戻った。

  室内の中央には円卓があり、窓を背にした椅子に腰掛けたオズボーンは円卓に座る面々を見渡した。そこにはレシラムの眷属とされる炎ポケモン、いわゆる華族と呼ばれる種族のポケモンが座っており、いずれも首から白い装飾品を下げていた。

  レシラム教の最高権力者である牡のリザードン、教皇オズボーン。

  宣伝やプロパガンダ、アジテーター、事務方のトップとして活動する牡のバクフーン、司祭カウフマン。

  異教徒狩りを専門とした牝のバシャーモ、異端審問官。

  異教徒狩りと暴力装置の役割を兼ねた牡のゴウカザル、司祭ヴィレム。

  資産管理に長けた牡のエンブオー、大司祭アイザックスの空白の席。

  同じく資産管理を任されていたマフォクシー、サリバン家の空白の席。

  レシラム教を守る親衛隊を指揮する牡のガオガエン、司祭ルドルフ。

  レシラム教の医療部門を管理する牝のエースバーン、女司祭エリース。

  レシラム教の慈善事業を管理する牡のラウドボーン、司祭ルール。

  レシラム教や公的機関の重要ポストを占める炎タイプの中でも火族改め華族と呼ばれる高貴なポケモン達がいた。

  オズボーンは室内の面々を見渡すと、低く通りの良い声で話した。

  「皆も知っていると思うが、アイザックス大司祭が殺された。下手人は不明、おかげで街は異教徒狩りが広がっていたがな」

  オズボーンはそう話しながら事態を悪化させた異端審問官を睨みつけるが、彼女は悪びれもせずに涼しい表情で紅茶を飲んでいた。一方、エリースとルールは胸の前で手を組み、アイザックスの冥福を祈り、ルドルフは黙祷を捧げた。

  対するカウフマンは涼しい表情のまま円卓を眺め、ヴィレムは挑発的な笑みでオズボーンを見ていた。

  それぞれの反応を見たオズボーンは溜息をこぼすと、紅茶を一口飲んだ。

  「既に潰えたサリバン家だけならまだしも、アイザックス大司祭を失った事で、我々の資産管理も非常に難しくなっている。それに加えて信者による異教徒狩り…問題は少しでも減らしていきたいがね」

  アイザックスはそう話すとマフォクシーの空白の席、サリバン家の席を見た。サリバン家とアイザックス大司祭はレシラム教の資産管理を一任されており、金庫番を続けて亡くしたオズボーンは冷たげな口調で話した。

  そんな彼の言葉を聞いた牝のバシャーモ、異端審問官は鼻で笑った。

  「お言葉ですがオズボーン様、アイザックス大司祭を襲った者を教会の地下で見ましたが、見覚えのない黒狐と青い犬でした。どちらもレシラム様の加護を身につけていないため、異教徒である事は明白です」

  脚を組み、太々しい態度で異端審問官は反論した。彼女の言葉にオズボーンは苦い表情を浮かべ、反論しようとしたが先にヴィレムが口を挟んだ。

  「異端審問官殿の仰る通りです。私も風の大陸を調査しましたが、異教徒だらけでした。この世界は異教徒で溢れている、今こそレシラム様の教えに従い、世界を統一すべきです」

  暴力的な思想の異端審問官とヴィレム、武力派の言葉にオズボーンは口を閉じた。

  「レシラム様は異教徒を支配しろとは仰っておりません。個より全体を優先し真実を重んずるべきです」

  鈴の音のような耳触りの良い女性の声が聞こえた。それはレシラム教で医療部門を管轄している牝のエースバーン、エリースの声であった。レシラム教徒でありながら、エリースの思想は柔軟であり、他の教会がシャーマニズム的な治療に頼る中、エリースは異教徒の使う薬や治療法も取り入れる医療者でもあった。

  「レシラム様は全体を優先すべきと言っています。それは異教徒とも対立せずに共存の道を探すべきということです」

  エリースの背中を押すように牡のラウドボーン、ルールが発言した。慈善事業を受け持つルールにとっても、異教徒狩りを看過する事はできなかった。

  穏健派の意見を聞いた武力派、ヴィレムと異端審問官は鼻で笑った。

  「異教徒など…レシラム様を信仰しない時点で真実を見誤っている」

  「レシラム様こそ真実をもたらす存在、至高神だ」

  異端審問官とヴィレムの返事にエリースとルール、穏健派の2人は辛そうな表情を浮かべた。そのやり取りを見ていたルドルフは静かに話し出した。

  「…レシラム様の教えもゼクロムの教えもこの世には存在する。ならば、我々はレシラム様の教えを守り、異教徒に余計な干渉をせず、互いに一線を引くべきではないか?」

  ルドルフの言葉を聞いた牡のバクフーン、カウフマンは頷いた。保守派の言葉に穏健派の2人は首肯したが、武力派の2人は首を左右に振った。

  「話が逸れているぞ」

  オズボーンが言った。

  彼の指摘に一同は黙り込むと、円卓は沈黙が支配した。それを見渡したオズボーンは指を組んで溜息をこぼすと、話を続けた。

  「今後の議題についてだが、まずはアイザックス大司祭とサリバン家の椅子…金庫番を誰が担うかだ。もっとも…この面子では自ずと答えが決まっているが…」

  そう話すと、オズボーンはカウフマンを見た。武力派でも穏健派でもない、中間に位置する現状維持の保守派はオズボーンの思考ともマッチしており、かつ親衛隊指揮官のルドルフは事務方や会計処理を苦手としている。それ故に、保守派かつ事務方のトップでもあるカウフマン、いや将校は次の金庫番にはうってつけであった。

  オズボーンの視線にカウフマンは柔和な笑みで頷くと、右手を胸に当てて小さくお辞儀した。

  「レシラム様の財産を管理する役割とは…卑小な私には重すぎる任ですが、謹んでお受け致します」

  カウフマンの返答に円卓の一同は拍手で応えた。それを見渡したオズボーンは息を吐くと、次の議題へと移った。

  「続けてだが、これを見てくれ」

  オズボーンは円卓の上に鉄製の筒、マスケット銃を置いた。カウフマンとヴィレム以外は初めて見るマスケット銃の存在に目を丸くさせたが、カウフマンは柔和な笑みのまま、マスケット銃を見ており、ヴィレムは目を逸らした。

  ヴィレムの反応を見逃さなかったオズボーンは円卓の面々を見渡すと、口を開いた。

  「私の手の者が他大陸を調査した際に、暴徒に襲われてな…その暴徒が持っていた物だ。鉄製の筒の中に鉄球と火薬を入れて、火薬の爆発で鉄球を飛ばす装置だ」

  「…これは、初めて見ますな」

  武器に長けた親衛隊指揮官であるルドルフの言葉にオズボーンは頷くと、マスケット銃を指で撫でた。

  「親衛隊も知らない装備だとすると、少なくともレシラム教の支配地域では見ない物だ。そうすると…考えられるのはゼクロム教の支配する砂の大陸か…或いはゼクロム教以外の異教徒が運用している物かもしれない」

  「ゼクロム教以外の異教徒、ですか?」

  オズボーンの言葉を聞いたエリースが尋ねた。彼女の質問にオズボーンは頷くと、ゆっくりと口を開いた。

  「ディアルガ教、とかな」

  オズボーンが話した直後、カウフマンの目が僅かに細められた。それはオズボーンの視界に留まらず、ヴィレム以外の円卓の面々は気づきもしなかった。

  オズボーンは円卓を見渡すと口を開いた。

  オズボーンの瞳は自身から目を逸らすヴィレムの瞳孔の動きを見逃しておらず、先のマスケット銃を提示した際の反応と合わせて、ヴィレムに対する不信感をオズボーンに抱かせた。

  「…ディアルガ教の大多数は異端審問官達により摘発されたが、一部は逃走している。残党はディアルガの至宝も持ち出したらしいが…」

  「ディアルガの至宝?」

  ルールは疑問の言葉を出した。彼の呟きにオズボーンは頷くと、話を続けた。

  「私も詳しくはないが、ディアルガの至宝があれば時を超える力を得られるとか…ディアルガ教徒の大多数はその存在すら知らないようだが」

  オズボーンの説明を聞いたエリースとルール、ルドルフは不思議そうな顔を浮かべ、カウフマンと異端審問官は無表情のまま、座っていた。

  唯一、ヴィレムのみが目を伏せた。

  オズボーンは横目でヴィレムを見ると、口を開いた。

  「…この筒の威力は凄まじく、レシラム教の装備では鉄球を防げる物は存在しない」

  

  ルドルフの目が見開かれた。オズボーンの言葉の意味を理解できたレシラム教の親衛隊指揮官は、驚いた表情をオズボーンに向けた。ルドルフの目がマスケット銃の恐ろしさを意味していたが、状況を理解できないルールとエリースは戸惑いの表情をみせた。

  「えと…つまり?」

  エリースの戸惑いの声を聞いたオズボーンとルドルフは小さく息を吐いた。穏健派で医療が専門の彼女に、マスケット銃の存在とその意味を理解しろというのは酷であった。

  オズボーンは小さく息を吸うと、諭すような調で話し出した。

  「…異教徒がレシラム教を凌ぐ力を持つ可能性がある、という事だ」

  エリースはオズボーンの言葉を聞いたが、小首を傾げていた。穏健派の彼女は「異教徒とも理解し合えるので、異教徒が凄まじい武力を持つ事は何ら影響もない」と認識しているのだ。それを見抜いているオズボーンとルドルフは互いの目を見ると、ルドルフが話を引き継いだ。

  「レシラム教の敵がこの筒を使い襲ってきたとしても、我々が守る術がないという事だ」

  「…それこそ、異教徒とも対話し理解し合えば良いのでは」

  ルドルフの言葉を聞いてもなお、エリースは呑気な事を言っていた。オズボーンは組織の長としての目でエリースをみるが、穏健派の彼女は不思議そうな顔でオズボーンとルドルフを見ていた。

  「…この筒に関する対応は後々話し合おう」

  オズボーンはそう話すと「本日の会議はここまでだ」と言い、円卓の面々へ離席を促した。1人、また1人と離席していく中で、オズボーンは最後まで席に座り、円卓の面々を見ていた。

  離席する際、ヴィレムのみがオズボーンと目を合わせずにお辞儀した。他の面々は目を合わせてお辞儀する中で、彼だけが目を合わせなかった。

  「…隠し事が下手だな」

  献金や性的な接待など、オズボーンは個人としては腐っていても、巨大組織の長として人の根幹を見る目はあった。会議中にみせたヴィレムの反応と活動を強めている異教徒の存在、それらを安易に結びつけるのは愚直であったが、オズボーンは自身の勘を信じてみることにした。

  (穏健派の2人は白…異端審問官は異教徒狩りに狂喜している…ルドルフは己の職務に忠実な性格だ)

  

  円卓の面々の事を考えながらオズボーンは紅茶を飲んだ。

  (ヴィレムは黒…異教徒や筒のことを知っている…)

  ある程度の白黒を見出せたオズボーンは、カウフマンの存在を思い出し、苦虫を噛んだ表情をした。事務方のトップであり、会計処理や宣伝も行えるアジテーターとして有能な牡のバクフーンは、非常に頼りになる存在である。しかもオズボーンの嗜好も把握しており、牡のエンペルト、フルトを通してゼクロム教のゼラオラの巫女を連れてきたのも彼だ。

  レシラム教の裏の部分にも精通している紳士然としたバクフーンは、果たして心の底から味方と言えるのか。

  「…」

  敵か味方かはっきりとしない、非常に有能かつ組織の暗部に精通し上司のスキャンダルネタを握っているカウフマンの存在は、もしかするとレシラム教そのものを脅かす者かもしれない。そのことに気がついたオズボーンは震える指で紅茶のカップを持つと、それに口をつけた。

  本当の敵は敵意や悪意を示さずに、ジワジワと攻めてくるものである。

  組織の長であるオズボーンはそのことを再認識すると、恐怖と苛立ちを覚えた。それを誤魔化すかのように紅茶を飲み干したオズボーンは円卓を離れて、通路を挟み隣接する待機室へと入った。

  レシラム教最高権力者であるオズボーンには豪華な自室があり、その前には待機室もある。

  待機室を通り、鍵をかけるとオズボーンは自室へと入った。広い室内には豪華な寝台が置かれており、天蓋とカーテンにより、外界と隔離されている。オズボーンがカーテンを捲ると、寝台の上にはゼクロム教の巫女の姿があった。

  「あ…ん…」

  巫女の両手首は頭上で拘束され、仰向けで両膝を曲げていた。足首と太腿がロープで固定され、股間を左右に開いた姿勢で巫女は拘束されている。剥き出しになった巫女の性器と肛門には発条仕掛けの張子が入れられており、細かく振動と反復運動を続けており、巫女に刺激を与え続けていた。カーテンが捲られ、オズボーンに露わな姿を見せてしまった巫女は恥ずかしそうに顔を背けるが、その姿がオズボーンの欲情を刺激してしまう結果となった。

  オズボーンは着ていた白衣を脱ぎ捨てると寝台に登り、巫女の性器から張子を引き抜いた。

  突然の刺激に巫女は嬌声をあげるが、オズボーンは遠慮せずに自身の性器を押し込んだ。そのまま巫女の両膝を持ち、オズボーンは自身のペースで腰を動かし出した。

  「全く…なにが【巫女】だ。淫らに牡を誘っているのにな…」

  ニヤリと笑うオズボーンの言葉を聞き、巫女は羞恥の表情で顔を背けた。その姿を見たオズボーンは巫女の胎内で自身をより硬くさせると、遠慮せずに腰を振り続けた。

  「どうだ?尻穴も気持ち良いだろう?」

  腰を振りながらオズボーンは尋ねると、巫女は目を逸らしたまま嬌声を上げた。巫女の反応にオズボーンは舌打ちすると、彼女の顎を掴み、強引に目を合わせた。

  巫女の大きな瞳にオズボーンの顔が反射する。

  「尻穴で感じながら、異教徒の子を孕む…ゼクロム教の信者がお前を見たらどう思うかな?」

  オズボーンの問いに巫女は唇を噛み締めるが、次の瞬間には腹部を微振動させた。

  「あ…あ…!」

  目を大きく見開き、瞳孔を小さくさせながら、身体を僅かに弓反りさせた巫女は、絶頂に達した。胎内が激しく振動し、それにオズボーンは顔を歪めると、巫女の1番奥で果てた。

  数秒後、息を乱した巫女の身体から自身を引き抜くと、それを巫女の口に近づけた。

  「綺麗にしろ」

  オズボーンの命令に巫女は黙って頷くと、性器から白い液体を垂らしたまま、オズボーンの性器を口に含み、それを舐めた。ネコ科特有のザラザラとした舌の感覚にオズボーンは目元を緩めると、巫女の頭を掴んでより奥に自身を押し込んだ。

  数秒後、オズボーンは再度果てた。

  巫女の喉奥に精液に流し込むと、彼女の口から自身を引き抜いた。咽せる巫女を見下ろすと、オズボーンは別の張子を取り出し、巫女の性器に押し込み、固定した。

  室内に巫女の悲鳴が響く。

  オズボーンは巫女の悲鳴など意に介さず、寝台から降りると椅子に腰掛けてワインに手を伸ばした。ワインをグラスに注ぎ、それに口をつけたオズボーンは改めて寝台に横たわる巫女を見ると、カウフマンの顔を思い出した。

  オズボーンの好みに合った巫女は、まさに御馳走である。

  キザキの森の暴動における和解の証として差し出されたゼラオラの巫女は、まさにゼクロム教のシンボルであった。その様な立場の巫女をレシラム教のトップが娶り、子を孕ませ、産ませる事でレシラム教とゼクロム教の関係改善の鍵となる。

  明らかに政略的な意味合いのある巫女の献上にオズボーンはニヤリと笑うと、ワインの入ったグラスを傾けた。

  「…さてと、レシラム教のトップとしての責任を果たすかな」

  レシラム教の最高権力者かつ華族であるオズボーンには、子を残す義務がある。それを体裁の良い言い訳としたオズボーンはグラスに入ったワインを飲み干すと、先ほどの会議での憂さ晴らしのためにも寝台に戻った。

  この短時間で復活したオズボーン自身は、刃の様に首を上げ、剃り立っていた。

  その姿にゼラオラの巫女は悲鳴をあげて逃げようとするが、手足を拘束されており、それも叶わなかった。くねくねと身体を捻らせる巫女の姿にオズボーンはニヤリと笑うと、寝台のカーテンの中へと消えた。

  室内に巫女の悲鳴が木霊した。

  *

  円卓を離れた穏健派の牝のエースバーン、エリースと牡のラウドボーン、ルールは電気タイプの信者が動かすエレベーターのゴンドラに乗ると、乗降係の信者が網戸を閉めた。数秒後、ゴンドラはゆっくりと動き出し、階下へと降りて行った。

  窓の外にはワイワイタウンが広がっており、それを見渡したエリースは溜息を溢した。

  「…皆が互いに手を取り合えたら良いのですが…」

  ポツリと呟いたエリースの言葉にルールは頷くと、外を見ながら口を開いた。

  「目に見える敵の存在は組織を束ねる側としてはありがたいですよね…民の不平不満を敵に向ければ良いだけですから」

  「レシラム教の内部崩壊を防ぐための異教徒、ですね」

  ルールの言葉にエリースは応えると、悲しそうな目で教会入り口でひれ伏すレシラム教徒を見下ろした。

  エリースとルールも穏健派であるが、無能という訳ではない。組織の長としてのオズボーンの対応は評価できるし、現状でもレシラム教はつつがなく回っている。

  「わざわざ異教徒を排しても、民の怒りを向ける先が無くなる…かといってレシラム教が力をつけ過ぎると暴走した教徒が異教徒を襲い、同じ様な結果になる…」

  ルールの言葉を聞いたエリースは溜息を溢しながら自身の頬に手を当てた。

  「オズボーン様としては、現状維持での酒や食事、異性を望まれている…」

  つつがなく回っているからこそ、オズボーンは現状を維持し、美味しい立場を守りたいと考えている。オズボーンの保守的な思考の根源など、エリースとルールに既に見抜かれていた。

  エレベーターはゆっくりと降りていく。

  「オズボーン様もアイザックス様も根幹は同じでしょう…今の椅子に座り甘い蜜を吸う事が目的です」

  

  「信徒や異教徒の事はどうでもいいのでしょう」と呟くと、ルールは小さく息を吐いた。彼の言葉にエリースも頷くと、ゴンドラの窓から教会上部を見上げた。

  そこにはオズボーンの私室があり、彼がそこで何をしているかは、表向き不明である。しかし、末端の教会関係者とも親しくしているエリースの下には自ずと様々な情報が舞い込み、その中にはゼクロム教の巫女がこの教会に連れてこられたという情報もあった。

  異教徒の巫女に対して、オズボーンが手を出さないとは考えにくい。

  「…アイザックス様が亡くなっていて良かったわ」

  ポツリと呟くと、エリースはオズボーンの私室に居るであろう巫女の無事を祈った。彼女の言葉はルールの耳にも届いていた。だが、私欲を満たし異教徒を乱暴に扱うアイザックスと相容れない事もあり、ルールは閉口したままであった。

  「…わからないのはカウフマン様の思考ですね」

  エリースの呟きを誤魔化すかの様にルールは話し出した。彼の言う通り、武力派の異端審問官とヴィレムの思考は読みやすく、穏健派のアイザックスや職務に忠実なルドルフの思考も比較的読みやすい。しかし、カウフマンのみが白黒はっきりせず、ルールとエリースも彼の内面を読めずにいた。

  ルールの呟きを聞いたエリースは頷くと、声を低くして話した。

  「…先ほど、オズボーン様が鉄製の筒を出した際に、ヴィレム様は目を逸らし、ルール様やルドルフ様、異端審問官様は目を丸くさせましたが…カウフマン様だけが何も変わらずに見ていました」

  ルールは横目でエリースを見て、彼女の言葉の意図を読み取った。

  「…つまり、ヴィレム様にとって見たくない物…カウフマン様にとっては見た事がある物、ということですか?」

  「あり得ない話ではないですが…証拠がありません」

  エリースの言葉を聞いたルールは、その話を打ち明けてきた事で彼女がルールを信頼していると暗に示している事も理解した。ルールは視線を外に向けると、声をより低くさせた。

  「…あんまり声高に話すべき事ではありませんね」

  ルールの警告にエリースは頷くと、停止したゴンドラから降りた。通路にはレシラム教徒が控えており、華族であるエリースとルールに対して誰もがお辞儀をした。

  通路の奥から細身の影が走ってきた。

  影、エリースの付き人である牡のインテレオンはルールに対してお辞儀をすると、2人にのみ聞こえる声量で口を開いた。

  「調査団から団長と参謀がお二人と面会したいと…ゼクロムの呪いの治療法を見つけたそうです」

  付き人であるインテレオンの報告にエリースは目を丸くさせると、ルールと顔を見合わせた。そしてインテレオンの先導に従い、通路の一角にある個室に入ると、室内の椅子に座っているデンリュウの団長とクチートのウルスラに目を向けた。

  団長とウルスラは室内に入ってきたエリースとルールに向かって椅子から立ち上がり、お辞儀をした。

  「お久しぶりです、先日のチャリティイベント以来ですね」

  「イベントの時は会場警備をしていただき、ありがとうございました」

  団長の挨拶に慈善事業を管理しているルールが即答すると、互いに握手を交わした。続けてエリースも団長とウルスラの前に立つと、鈴の音の様な声で言った。

  「我々からも礼を申し上げます。あなた方が会場を警備していただけたら事で、無事に医療班を派遣する事ができました」

  「いえいえ、互いに持ちつ持たれつと言いますし、仲良くやっていきましょう」

  レシラム教の最高位である円卓のメンバーを相手にしても、団長はマイペースを貫き、エリースとルールの2人もレシラム教徒ではない団長に対しても至極丁寧に接していた。

  彼らはそれぞれの椅子に腰掛けると、インテレオンの運んできた紅茶のカップとお茶請けの焼き菓子に手を付けた。しばらくの間は世間話や互いの近況報告に徹していたが、紅茶の底が見えてきた頃になり、エリースが切り出した。

  「ところで、ゼクロムの呪いに対する治療法を見つけたと聞きましたが…」

  探る様なエリースの言葉に団長は笑顔で頷くと、続けてウルスラが机上に小さなケースを置いた。ウルスラはケースの蓋を開けると、中に入っている小瓶を2人に見せた。

  「これは…」

  不思議そうな表情で首を傾げるルールに対して、団長が説明を始めた。

  「ゼクロムの呪い…ペストに対する治療薬であるペニシリンという抗生物質です。私も詳しくは知りませんが、これの投与と清潔な環境の保持、感染者の隔離と栄養を与える事がペスト対策で必要な事らしいです」

  団長の言葉を聞いたエリースとルールは小瓶を手に取り、不思議そうな目で見ていた。

  「薬の投与と隔離による感染予防をすれば、2-3週間以内に回復するとの事です」

  続けてウルスラが補足し、それを聞いたエリースは小瓶をケースに戻し、拍手した。

  「これは素晴らしい発見です。早速、レシラム教の医療班で診ているペストの隔離地域があるので、実証実験を兼ねて薬と治療法を広めたいと思います」

  ニコニコと笑うエリースの言葉に団長はにこりと笑顔を返すと、紅茶を飲みながら話を続けた。

  「ペニシリンの効率的かつ大量生産のノウハウは私の友人が取得済みです。治療法と合わせて、各大陸で広める予定です」

  「これでゼクロムの呪いにも対策できますね…」

  ルールは団長の言葉を聞き、嬉しそうに口角を上げた。穏健派の2人にとっても、ニコルとオズワルド、ライラがカルマンから得たノウハウは非常に価値ある物であった。

  2人の言葉を聞いた団長は満足そうに笑みを浮かべた。

  「ところで…薬と治療法の発見者は誰ですか?」

  エリースの問いにウルスラの笑みが固まり、団長はにこにこと笑いながら言った。

  「リラの親友…ライラの紹介です」

  リラ、その名前を聞いた瞬間、エリースとルールの表情が固まった。対する団長はにこにことした表情のまま、口を動かした。

  「…リラはお元気ですか?」

  団長の質問にエリースは目を逸らし、ルールは弱々しい口調で「はい」と返した。

  「元気…ですが…止める事は難しいでしょう」

  「…」

  ルールの一言に団長は困ったように眉根を寄せた。ルールに続き、エリースも口を開いた。

  「…今のリラを止めてしまうと…彼女は壊れてしまいます。なにより、止まった瞬間に襲われます」

  エリースの説明を聞いた団長は悲しそうに眉根を寄せると、「そうですよね」と返した。

  「…既に壊れているかもしれないな」

  

  ポツリとウルスラが呟いた。

  彼女の一言は教会内に微かに広がったが、すぐに消えてしまった。