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脱出

  ガチャン

  重々しそうな扉の開くような音が耳に飛び込んできて、ふと目が覚める。

  ギギギギ

  なかなか動かない物体を無理に引きずるみたいな響きに、僕は意識を喪失した瞬間をゆっくり思い出す。ここはどこで今は何時なのだろう。なんらかの機械が稼働している音と水のニオイが近くに漂っている。

  「お目覚めかい? 黒猫くん」

  光を当てられている事実に気がついたとき、僕は反射的にハッと身を起こしていた。毛を逆[[rb:撫 > な]]でするふうな高い声をかけてきた相手は懐中電灯を左右に揺らしながらなにかを確認しているみたいだ。暗闇に慣れた瞳で相手を[[rb:睨 > ね]]めつけるも覆面をつけたイヌ科の男であること以外はわからない。

  ピチョン ピチョン

  「お前、ザッパと[[rb:余市 > よいち]]……[[rb:陸斗 > りくと]]と[[rb:那仂 > なりき]]をどこにやった!?」

  今にも跳びかからんとする僕を男は手で制止してみせる。

  「まあ待て。我々二人は不要な争いを避ける主義でねぇ、君ら四人だってそうだろう?」

  “我々二人”の言葉に、思わず足を止めた。男の他にもう一人いるのか? おそらく[[rb:三八 > さんぱち]]と余市はこの覆面たちに奇襲をしかけられてあの場から姿を消したのかもしれない。二人が[[rb:敵 > かな]]わないということは僕一人がここで歯向かったところで勝機がないのは明白だった。

  「開いたぞ」

  覆面の仲間とおぼしき、うなるようなくぐもった声の男が空間の奥より明かりもつけずこちらへと戻ってくる。同じくイヌ科なのはわかるものの、例によってマスクで顔は覆われておりその容貌は把握できない。

  「おう、感謝する。さてと。まさか君らみたいな若い、しかも中学生がここを訪れるとは予想だにしなかったよ。それを加味したうえで解放の条件を提示したい。聞いてもらえるかな?」

  「条件なんて聞いていない。自分以外をどこにやった? そもそもお前たちは何者だ?!」

  僕が声をはり上げるともう一人の男は覆面越しでも心底イヤそうに、そしてしぶしぶと右と左を指さす。

  「白いオオカミとレッサーパンダならそこにいる。どちらも無事だから安心しろ」

  懐中電灯の光が向けられたほうを振り返ると左にやっこさん、右には余市が倒れていた。

  「ザッパ、ザッパ!! しっかりしてよ!!」

  慌ててヤツのもとに駆けよりいつかあったときのごとくゆり起こす。

  「ん……んぅ。ッ!! てめぇさっきはよくも——」

  目覚めた三八は僕のことなんてお構いなく膝立ちして[[rb:五寸釘 > ごすんくぎ]]ナイフを取り出し、男に向けて射出する。けれど、もう一人の男が前に立ちふさがりナイフは足蹴りにはじき飛ばされてしまった。

  「もう一度気絶させられたいか、小僧? これだからガキは嫌いなんだ」

  「けっ!! ……殺そうと思えば殺せるくせして、なにぬかしやがる」

  ヤツは姿勢を崩したかと思えばとたんに僕の腕に寄りかかってきてぜぇぜぇと荒く呼吸をする。どうやらそうとう体力を消耗しているみたいだ。

  「ザッパ、大丈夫なの?」

  「ああイッサか。なんもないようでなによりだ……助けられなくてゴメン。オレは別に平気だから心配すんな」

  「三八の言うとおりだ」

  くぐもった声のした右側を向くと余市がうつ伏せの体勢から立ちあがろうとしていた。フラフラとしている様子だけれど目立った創傷はうかがえず、どうやら二人ともみね打ちで気絶させられただけで済まされたみたいだ。

  「ヨイチ……お前、大丈夫なのか?」

  「ああ。すこし肩の関節が外れかけたが自力で治した、問題はない。それよりも[[rb:一朔 > いっさ]]には申し訳の立たないことをした。俺たち二人が守らねばならないのに……この有り様で情けないかぎりだ」

  二人の言葉には己の落ち度を感じさせるものがあった。いつも守られてばかりの僕のほうこそ、情けなくて仕方がない。もし爪を繰り出せる勇気と覚悟があったならばこんな事態は防げたのではなかったのか? もしテープレコーダーを見つけた段階で妙な予兆に勘づき[[rb:躊躇 > ちゅうちょ]]なく皆と一緒に逃げ帰っていればこうはならなかったのではないか? 自分の判断におけるあやまちが重くのしかかる。

  (二人とも……こちらこそ本当にごめん)

  トポン トポン

  そして僕は思い出した。無責任に置き去りにしてしまった陸斗と那仂はどこへ消えたのだろう? [[rb:叶 > かな]]うならば洞窟を脱出してヤゲンさんを呼ぶなり警察を呼ぶなりして無事である状況を願いたいものの男たちにそんな抜け目があるとは考えられず、僕たちと同様に気絶させられているケースが容易に想像できた。

  「ザッパ、余市。陸斗と那仂がどうなったのかわからないよね?」

  「オレもイッサが起こしてくれるまで気を失っていたからわかんねぇ。けど、距離があっても異変には気づいたろうからどうにか脱出できてんと思うぞ」

  「しかしどこか妙だ……この場所には六人の息づかいを感じられる。俺たちが三人と男たちが二人と、これで五人目視できる範囲にいることになるが一人まだ足りない。気をつけろ。連中はさらに一人を目的があって忍ばせている」

  「さすがの空間把握能力だレッサーパンダくん。君らもずいぶん回復しただろうしそろそろ本日の主役を紹介するとしよう」

  男はそういいもう一人の男に指示をうながす。とたんに僕たちは眼前にありありと示された光景に目を疑った。悪い予感とはおうおうにして的中してしまうものだ、奥より陸斗が運ばれてきたのである。手足は縄で拘束されており口にはテープが幾重にも貼りつけられていた。その瞳はかたく閉ざされていて意識があるのかここからでは判然としない。

  「てめぇらよくもリクトを、なにが目的だ!!」

  「ほうこのネズミくんは“りくと”というのかい? 彼は重要なターゲットでねぇ、まあ我々の正体も含めて語らせていただこう」

  「たかがガキ相手になにも話す必要はないんじゃないか?」

  「そういってくれるな。たとえ大人相手に告げ口したところで信じてもらえやしないだろう」

  男たちが説明した内容は以下のとおりだった。

  男たちの正体とは、人身取引を専門とする運び屋なのだという。その母体は裏社会ではいわずと名の知れたマフィアであり、男たちも法的にグレーな領域からアウトな部類まで幅広くこなす末端の構成員であるうちの一組だと話す。ここへはとある筋より依頼を受けつけてわざわざやってきたとのことだ。そして今回の目標なる人物が陸斗本人だと続ける。[[rb:曰 > いわ]]く先日あった一連の奇怪な事件における生き残りであると同時にアストラル・アークマトンを[[rb:牽制 > けんせい]]するうえで組において重要な手札として取引に用いられるらしい。現に陸斗の捕縛には[[rb:莫大 > ばくだい]]な懸賞金があちこちでかけられており、このように生かしたまま捕らえられればそれ相応の報酬と組にとっての大きなメリットが見込めると男は締めくくった。

  「しかしあらためて思うけれどよもや中学生の集団がここを訪れてくるとはまったく想定の範囲外だったよ。先方もむごい行いをするねぇ、いったいどうやって来たんだい?」

  「俺たちは暗号を解いて表示された宝の地図に従って[[rb:鍾乳洞 > しょうにゅうどう]]までたどり着いた、それだけだ」

  余市は研究所の名前を警戒してなのか端的に要点を告げるのみにとどめたみたいだ。

  「ほほう、 “謎の暗号”と“宝の地図”か。いいね! 中学生の好奇心をもてあそぶにはもってこいの題材だ。こうなった理由にもやっと納得がいくよ」

  「バカにすんじゃねぇぞ!! 取引とやらで人をだましてなにが楽しいってんだ、この……」

  ヤツは男のひどくなめ腐った口ぶりに[[rb:激昂 > げっこう]]して拳を地面に強く[[rb:叩 > たた]]きつける。一方で僕はといえば説明された経緯を通していくつか合点のゆくものがあった。

  まず暗号と地図の正体は間違いなく[[rb:罠 > わな]]だったのだろう。なぜあのメールが研究所に送られてきたのかに関しては不明な点が多いけれど僕たちを標的としていた事実はもはや疑いようがない。その前後における出来事についても多くの不可解が残されている。情報センターに急行するまえ、僕とヤツが中央棟のエントランスにて[[rb:喋 > しゃべ]]っているとき強烈な眠気が前ぶれもなく襲ってきた。もし陸斗から着信がなければ僕たちは暗号の解読に手を貸すこともできず眠りこけていたに違いない。また暗号のくだりとは時間内に解かれなければ対象を拘束し、解かれた場合であっても“宝の地図”なる代物を持ちだして対象を目的地へと誘導する、といった俗にいう二段構えだったのだと予想する。それから暗号を解いて目的の場所に向かう相手へ本来の出入り口を使わせず公衆トイレ裏の用水路に見せかけた点検口を指示してきたのも奇妙だ。表入り口は完全に封鎖されていたわけではなく、うっかり対象と男たちが出くわさぬようにあえて分かれさせたのかもしれない。現に僕たちが入洞した地点に久しく人が侵入したとおぼしき痕跡はどこにも見受けられなかった。すべては陸斗一人を捕らえるための準備だったのだ。

  くわえて陸斗自身にも少なからずこの状況を作り上げるであろう要素の断片が認められた。父親の蒸発、母親の変死、これらの事案にあの企業国家がどんなふうに関わっているのか定かではないもののなにかしらの巨大な陰謀に巻き込まれているのはどうにもたしからしい。さらにいえば怨霊の存在と陸斗を介し発せられた言葉も気がかりだ。現在においてあれが本当の出来事であったのか確証が持てないけれど、 『どうか陸斗を守ってやってくれ』 『この力が原因でどこの誰とも知らぬ集団につけ狙われている』といった忠告はイヤでもいまだ耳にこびりついていた。あのときは解釈に困っていた言い回しも今なら理解できる、怨霊はこうなる事態を危惧していたのだろう。つまり怪しい集団とは男たち二人を鍾乳洞にさし向けた元締めの組織であり、陸斗本人のみならず怨霊が持つ能力もまた同じくして牽制するための取引材料に含まれている可能性が高い。事件とその背景における情報をなにかしらにぎっていると推測され、なおかつ怨霊の力により周囲に集団幻覚を引き起こしかねない陸斗は、一般社会には決して出てこないならず者たちの[[rb:餌食 > えじき]]にされないほうがおかしいといって差し支えないのかもしれなかった。

  このようにあらためて整理してみるとおもむろにとある人物の影が脳裏をかすめてくる。それは考えれば考えるほど輪郭を鮮明にしてゆき、とうとうその像をあらわにした。——ヤゲンさんだ。暗号の出題者であるのかはわからない、怨霊の存在に気づいているのかもわからない。けれどここ鍾乳洞を調査したのがヤゲンさんである情報は、先に那仂より聞かされたとおりだった。男たちに本人の身柄を引き渡す提案をしてから研究所にて陸斗が一人になり誰の助けもこないタイミングを作りだして狙っていたという計画の憶測が去来する。ヤゲンさんが本件に関して裏より手を引いていると仮定した場合わざわざ研究所と鍾乳洞なる舞台装置を用意してまでターゲットを捕縛したい目的については理解が及ばないものの、それ相応のリターンがあると見込んでの行動であったのは確実だろう。猛烈な睡魔も難解な暗号も突破した僕たちとて、次に用意された布石に引っかかってしまったのだからその念入れようにはしたたかな悪意のあることが容易にうかがい知れた。

  けど、そんな[[rb:猜疑 > さいぎ]]と疑心暗鬼すらひっくり返す、真心より[[rb:出 > いで]]し言葉があるのも僕は知っている。

  『要するに友だちになってくださいってことなんで、所長を[[rb:何卒 > なにとぞ]]よろしくお願いしやす』

  あのときヤゲンさんはたしかに本気のお願いをしていた。向こうが害意を持っているのはもはや言うまでもない、しかし“彼”がそれとは無関係だとしたら?

  …………。

  「イッサ、なにずっと考え込んでいるんだ?」

  「ううん。大丈夫、どうやって現状を打破するかすこし作戦を練っていただけ」

  作戦もなにも関係がない推理ごっこをしていたとは幼なじみの手前であっても言い出せる勇気はなかった。こんな状況でよく物思いにふけるな、と意外にも余裕のある自分に驚かされると同時に一抹の期待が心をよぎる。その予感はあとひとカケラさえあれば確信へと転ずるだろう。なにか、なにか変化があれば——。

  ポタン ポタン …………

  水の音が、止まった?

  この現象に戸惑っていると、ふと視線が送られている事実に気がつく。僕の腕に体重をあずけている三八はもうわかっているといったふうな笑顔を浮かべていた。

  「そりゃいい。オレもやっとこさっとこギアが回ってきた、いつでも動けるぜ」

  「作戦会議は終わりかい? 我々にも“すこし”、悪くない交渉ごとがあるのだが」

  男の発した言葉にヤツは体勢をひるがえし真正面に向きなおる。臨戦態勢だ。ここより先男たちがどうしかけてきたとしても陸斗の安全を確保しつつ迎撃しなければならない。

  「交渉とはなにが目的だ?」

  余市が先陣をきって“交渉”の二文字にくらいついた。男たちに勘づかれまいとして声のトーンで示しあわせる。

  「簡単な話さ、そう見えすいた警戒をしてもらわなくとも構わない。我々のターゲットであり君らの仲間である“りくと”くんを見捨てて置き去りにしてもらえないかな?」

  「オレたちがそれをしてなんのメリットがあるっていうんだ?」

  今度は三八が男の要求に受け応えをする。陸斗はいまだ目を覚まさない、されど時間稼ぎは十分にできていた。

  「言ったはずだ。標的のためには手段を選ばない俺らだが中学生を手にかけるようなマネはしたくはない。死にたくなければコイツの要求を素直に聞け」

  「幸いにもここ[[rb:月原 > つきはら]]鍾乳洞には過去に天然の[[rb:水牢 > みずろう]]として使用されていたものが存在していてねぇ、この門をすこし進んだ先に“りくと”くんを下ろして水位制御装置を稼働させてしまえばそれまでなんだ」

  男たちはいかにも余裕そうに扉の奥に向け懐中電灯の光を集中させてみせる。朱色の古めかしいお札に覆い尽くされた錆[[rb:錆 > さび]]だらけの鉄柵と水牢には似つかわしくない制御盤と目される金属製の箱がそこにはあった。なるほど、男たちを派遣した人物とやらは怨霊も含めて水牢に閉じ込め封印する腹づもりらしい。

  「どうかな? 君らを見逃してあげるというのは悪い話ではないと思うのだけど……もしイヤだというのなら殺すしかなくなっちゃうね〜、アハハ!」

  男は相も変わらずなめ腐った態度で、もうこちらになんの手札もないかのごとく嘲笑を浴びせてくる。——その[[rb:驕 > おご]]りが命取りとも知らずに。

  「わかった。取引に応じよう、陸斗はここに置いていく」

  「いいねいいね、やはり自分の命は惜しいよね! お友だちの分まで生きなきゃねぇ」

  男のあおりを気にせず余市は交渉をのんだふうにみせる。

  「代わりとして一つ謝らなければならないことがある、聞いてもらいたい」

  「なんだねなんだね。ターゲットが無事なのだからなんでも聞こう」

  僕は忘れないだろう。油断しきっていた男たち二人の表情が、覆面越しでも判然とするくらいに真っ青へと変わってゆくのを。

  「俺はこの空間に六人いるといった、でもあれは[[rb:嘘 > うそ]]だ。本当は七人いる」

  「……どういうつもりだ? おい!! 我々に把握できていない部外者がいるぞ!!」

  「落ち着け。どうせハッタリだろう、たとえもう一人いたとしても戦力は俺らのほうが上だ」

  「吐けぇソイツの居場所を!! さもなくばぶっ殺すぞ!!」

  怒りにまみれた男は、ナイフを取り出して余市の首筋に当てる。しかし血がにじむのにもお構いなしに、いたって冷静にこう返答した。

  「俺にも正確な場所は判然としないんだ。けど、そうだな……力自慢が売りらしいお前の相方さんの背後なんかにいるんじゃないのか?」

  バシュッ

  「カッ、ぐぁ——!!」

  なにかを射出した音がして、もう一人の男が突然正面に倒れ震えだす。[[rb:呆然 > ぼうぜん]]とそちらに懐中電灯を向ける男とはうらはらに、僕たちには確信があった。モザイクが剥がれ落ち、とうに見慣れた姿をあらわにする。

  「ずいぶんと遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぜ、 “所長さん”よぉ」

  暗視ゴーグルを外し、右手にはなんらかの武器をたずさえ、光学迷彩の服を身にまとったキツネ獣人の少年——那仂が不敵な笑みを浮かべ立っていた。

  「諸君、お待たせした。ここまで持ちこたえてくれてなによりだ。——これより[[rb:乎弥擅 > をみゆずり]]陸斗奪還と月原鍾乳洞脱出を開始する、私に続きたまえ」

  「姿を現したな小僧!! だが一足遅かったな。ターゲットは俺の手柄だ!!」

  一人きりになってしまった男は気を失っている陸斗を抱えて、こりもせずナイフをこちらに振りかざして脅しをかける。けどそんな抵抗はとっくに意味をなしていなかった。

  カチッ

  ピンをくわえ抜かれた爆弾らしきものが鍾乳洞の天井へと投げつけられる。

  「“研究員は誰一人とて欠けてはならぬ”、ならば私が皆の背中を押そう」

  頭上でまたたく間にその物体は[[rb:爆 > は]]ぜて、空間全体に[[rb:閃光 > せんこう]]と[[rb:炸裂音 > さくれつおん]]をまき散らした。

  「諸君! 作戦開始だ!!!」

  那仂の鋭い号令によって僕たちは動きだす。コンマ数秒もしないうちに一つの考えが頭をよぎり脳内を支配する。もっとも効率のいい脱出経路はどこなのだろう? 答えは見上げた先、たしかに存在していた。天井だ。鍾乳洞の天井を[[rb:穿 > うが]]ってやればいい。そうしたら男どもを出し抜いてここをあとにできる。己に浮かんだ発想に爪がうずき血が騒ぐ。自分ならできるはずだ、やってやろう。

  閃光が消えるまえに放心状態で立ち尽くしている男を踏み台にして大きく跳躍する。せまりくる壁面に足を着地させて僕は宙ぶらりんになった。すぐさま天井に爪を打ち込み重力を味方にして回転しようと足を軸に身をよじる。引っかかりを感じたのは一瞬だけだった。暗くなった全体に、散った火花の明滅と岩を切り刻む[[rb:轟 > とどろ]]きが[[rb:刹那 > せつな]]こだまして、まるで獲物を[[rb:屠 > ほふ]]るかのごとき感覚に思わず血が沸き立ち毛が逆立って全身がゾクゾクとする。

  ズギャギャギャギャギャギャギャ

  とたんに天井は崩落して外の光が差し込んできた。

  「ザッパ、今だ!」

  「あいよ、イッサ!」

  逆さまの視点で三八が制御盤に五寸釘ナイフを命中させて破壊した様子を見て捉える。岩壁ごと頭から落っこちる僕をやっこさんはすんでのところでスライディングして受け止めた。もうすでに脚が[[rb:浸 > つ]]かってしまうほどにまで水位は上昇し始めていて、ほとんど猶予はなくせっぱ詰まっている。

  「ヨイチ! リクトを頼んだ!」

  「了解」

  いまだ[[rb:呆 > ほう]]けたままの男を余市は拳でねじ伏せてついぞ目覚めなかった陸斗を回収した。腰丈ほど水がせまってきた状況で那仂に陸斗を抱えさせて余市は二人を持ち上げる。

  「那仂、陸斗を任せた」

  「案ずるな[[rb:筒木府 > つつきくら]]余市。ここを出てふたたび相まみえよう!」

  一言交わしたあと余市は[[rb:渾身 > こんしん]]の力を込めて那仂と陸斗を開いた風穴に向け放り投げた。二人の姿が脱出できたのを確認して、もう立っていられないくらい水に満たされた空間に浮かぶ岩のガレキを足がかりにして穴のふちに手をかける。

  「一朔と三八、早くしろ!!」

  残されたのは僕たち二人だった。まず三八が余市の腕をつかみ余市は三八を引き上げて穴の外に押し出させる。僕もそれに続こうとしたとき足をある違和感が襲う。見れば覆面の脱げたボロボロの男がしがみついていた。

  「ハハハ……、君らだけ幸せになろうとするなよ?」

  イヤな予感がする。必死にバタついて抵抗しても男は離れようとする[[rb:気配 > けはい]]がない。

  「これでも食らえ!! クソガキはここで殺す!!」

  そういって男は僕を水中へと引きずり込んだ。みるみるうちに外の世界は遠くなっていき視界は闇に[[rb:呑 > の]]まれて肺に水が浸入してくる。まだだ——僕はまだ生きたい。

  (誰か……助けて)

  薄れ閉じてゆく意識のなかでそんなことを考えていると、水を介して誰かの話しているような声が聞こえてくる。そしてその誰かのチャポンと飛び込んだような音がしたあとに何者かすらわからない手が、僕を水面から光のほうへと引き上げた。

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