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研究所の敷地内に点在する各施設はそれぞれ、いくつか異なった特徴を有している。さっきまで説明会が行われていたいわゆる中央棟は七階建てかつ地下に実験場があるのに対して、他のものは石造りの三階建てだったり熱反射ガラスが壁面に張り巡らされた五階建てだったり、はたまた屋上に巨大なアンテナが設置された電波塔だったりと様々だ。このコンパクトな用地においてよく密集していると感じさせないよう複数の建造物をキレイに分散して配置できるなと素人目ながら不思議に感じたことも事実といえば事実だった。
「お、アレだあれ。おーいナリキ! イッサを連れてきたぜ」
中央をグルリと反時計方向に回り、敷地右端に位置する平べったくだだっ広い建屋が目に映る。そこの入り口付近で[[rb:那仂 > なりき]]が[[rb:余市 > よいち]]と[[rb:陸斗 > りくと]]へなにか話している様子が見てとれて、ヤツの声に反応した白衣のキツネはこちらをふり向いた。
「[[rb:骨躙 > ほねにじり]][[rb:一朔 > いっさ]]と[[rb:人行潟 > にんぎょうがた]][[rb:三八 > さんぱち]]、遅かったではないか。既に研究所案内ツアーは解説へと入っているぞ」
「いやワリぃワリぃ。これが工作場なんだろ? イッサにも教えてやってくれ」
すこしムッとしていた表情はその言葉に余裕そうなものへコロッと変わり、仕方ないとばかりに芝居がかったため息をついていつもの体勢をとる。
「ふむ……まあよかろう。人行潟三八が今いった通り、ここは工作場と呼ばれる施設である」
中二病じみた口ぶりからは想像できないほど那仂の説明はわかりやすかった。
工作場という建物は主に機械の組み立てを行うための専用施設であり、大型実験器具の加工から微細な電子部品の製造までのほとんどを可能にする機材がところ狭しと備わっている。研究所内の設備事情を一手に担うこともあって民間の業者が訪問することも多く、日によっては昼夜を問わずトラックによる搬入作業が行われているらしい。また設計したシステムが正常に稼働するかテストできる環境も整っており、防爆措置や[[rb:耐蝕 > たいしょく]]性能が施されたクリーンルームでは精密機器の動作確認がされるなど活用の幅はかなり広いとのことだ。実際、サブリミナルを刷り込み陸斗の能力を暴走させたあの装置もこの場所で開発されたという。
「あんな悪夢みたいな機械を作れるなんて、ここの技術力はどうなっているんですか……」
「いい質問だな[[rb:乎弥擅 > をみゆずり]]陸斗。以前述べたように[[rb:片南 > ひらみなみ]]研究所とはこの世界にとって最後の希望というべき存在であって、表沙汰にはできないオーバーテクノロジーの宝庫なのだ! もちろん、いくら研究員になった諸君とはいえ内部で見聞きしたものに関して口外しないことを約束してもらう責務がある。外部の連中など気にせずつとめて自身の研究に励みたまえ、ハハハ!」
「そう大仰におっしゃらずとも口外なんてそもそもしませんよ、こんなこと誰かに言ったところで信じる人はいないというのがオチでしょうし」
相変わらずウソなのかホントなのかわからないことを平然とのたまう那仂のペースに、僕たちはややゲッソリし始めていた。と、思いきや余市がおもむろに動き出す。懐のICカードを取り出しカードリーダーにかざして、ピピピピと暗証番号を一切迷いのない手つきで入力する。
ビー
『認証を確認中——はじめましてミスター余市、こちらは第一工作場です。ただいま開錠します』
明瞭な人工音声がそう発するなりプシューと圧が抜ける音を立てて、ブ厚い扉が開け放たれる。フラフラとした足取りで余市は工作場の中に足を踏み入れた。
「おいヨイチ、大丈夫か?」
「余市さーん、一体どうしちゃったんですかー」
「…………」
三八と陸斗が呼びかけるも返答はなく、まるでなにかに取り憑かれたかのごとく[[rb:仄暗 > ほのぐら]]い廊下の奥へとバンカラ姿は見る間に吸い込まれていく。
「そう心配することはない。おそらく[[rb:筒木府 > つつきくら]]余市は火をつけられて、この工作場を自分の[[rb:塒 > ねぐら]]とするつもりなのだろう。つかみかかってきたときは[[rb:何奴 > なにやつ]]だと思ったものだが胸に熱い志を携えたいい男ではないか」
それでいいのかと表向きツッコミを入れたくなる内心と裏腹に、なぜだかうらやましいと感じてしまう僕がいた。そういえば、カメラを自作するくらいに余市は機械工作が好きだったことをふと思い出す。だとすれば工作場はさながら宝の山、楽園そのものに見えたはずだ。少なくとも夏休みの[[rb:間中 > あいだじゅう]]ずっと引きこもって外に出てこないことは容易に想像がついた。
「では次の施設に向かうとしよう。このペースだと日が暮れてしまう、すこし駆け足となるが私に付いてこれるかな?」
工作場とは対称に、敷地左端にある二階建ての棟は通称“情報センター”の名前で呼ばれている。旧式のスパコンが複数台地下に設置されているその手の研究にはまさに打ってつけの場所ではあるものの、ヤゲンさんが[[rb:普段 > ふだん]]あまり利用しないこともあって定期メンテナンス以外にほとんど出入りはなく半ば物置と化しているとのことだった。
『ピピピ……認証を確認——お久しぶりですチーフ那仂、情報センターただいま開錠します』
ウィーン
回転ドアの電源が作動し僕らは情報センターの入り口をくぐる。中はホコリこそ舞ってはいないけれど段ボールや破損した機器がやたらめったらに散乱していて、お世辞にもしっかり管理されているようには思えないというのが率直な印象だ。
「なんか、宝の持ち腐れってことわざをまんま表したふうな建物なこった」
「安心したまえ諸君。情報センターの中枢機能は一階ではなく二階のデスクトップフロアにある。エレベーターがないのがいささか難儀ではあるがここは階段を使って上がるとしよう」
「ナリキ……お前ってさ、その口調ずっと続けていて疲れないのか?」
[[rb:呆 > あき]]れきったヤツの苦言もそこそこに四人[[rb:揃 > そろ]]って手前右から伸びる階段を足元に注意しつつ上る。ちなみに情報センターは研究所のデータベースとしての役割も務めており、カードに記載されたIDと暗証番号さえあればどの端末からでも欲しい情報にアクセスできるらしい。それがなおさらこの施設が放置される理由になってしまっていることは言うまでもなかった。
「着いたぞ、ここがデスクトップフロアだ」
ブゥーン
おびただしいファンの稼働する音が暗闇の部屋一帯を包み込んでいる。那仂が照明のスイッチをパチッとオンにするなり目に飛び込んできたのは三十数台はあるであろうパソコンの行列。そしてメインマシンとでも呼称すべき存在感を放つ複数のモニターとキーボードに取り囲まれた一体型のPCとデスクチェアが、空間最奥の中央に鎮座ましましていた。
「す、すげー。こんなのアニメか映画でしか見たことねーぞ……」
「スゴいです那仂さん! このレベルの設備を僕たちは自由に使っていいのですか?」
驚きの色を隠せない三八と大はしゃぎする陸斗に那仂は満足げな面持ちを見せ高らかに告げる。
「無論だとも、諸君にはストレスなく思うがまま研究に明け暮れてもらいたい。そのため私たちは惜しまず環境を整えているのだ。早速だが浮き足立っているのではないかな、乎弥擅陸斗?」
「えへへ、バレちゃいましたか……はやる気持ちがつい抑えきれなくて。実はあの一件以来情報系の勉強をしたいなと思い立ちまして、ちょうど大きなパソコンが欲しかったんです」
スマホをハッキングされたことがきっかけで情報技術に興味を持った……なんだか理屈が通っているんだかいないんだか。でも本人が幸せならそれもまた良しかと無理やり自分を納得させる。
「それじゃ僕はここにしばらく居座らせていただきますね。那仂さん、ありがとうございます!」
「礼には及ばない、ぜひともそのPCを使い倒してやってくれ」
陸斗はそのままメインマシンに歩み寄り、カチッと電源ボタンを押してモニターを起動させた。
「ねぇザッパ。やっぱりこの研究所ってなんか変じゃない?」
「ん、イッサがなにをいうかと思えば今更そんなことか」
僕たち二人は今、研究所案内ツアーなるものを終え中央棟のエントランスに備えつけられているロビーチェアにてくつろいでいる。工作場に情報センターと続いて色んな施設を紹介されたけれど腰を落ち着けるアテはこれといって見当たらず、それはヤツとて同じみたいでリアクションの薄さにふてくされた那仂が研究室に引っ込んでいってしまったところまでが先ほどの出来事だった。
「今更って……むしろこの手の話はザッパが得意とすることじゃないの?」
「ああ。いつもならな、オレもこの研究所の怪しさに関してはかなり[[rb:睨 > にら]]んでいる。あの相変わらず本当の身分がわからない所長を称するナリキとやら、ケンタ・フラダイトの研究員ってだけで奇妙なのにどう見ても種族が変化しているヤゲンというヤツ。少なくともアイツらは信用ならねぇ」
「ザッパもヤゲンさんの耳がネコからイヌへ変わっていることに気づいていたんだ」
いつの間に小声になっていた僕と三八はジッと視線を交わらせそれぞれの思う部分を話し合う。
「そりゃあからさまに入れ替わっていりゃ気が付かないほうがおかしいってもんだ。だが、それを口にしたらタダじゃ済まねぇことはすぐわかった」
「実は自分それとなく耳のことを聞いちゃったんだよね、そしたら殺気がゾゾゾって襲ってきて」
「まさか聞いたのか……? ここで話せているってことはどうにか無事だったんだろうが、なにがあったんだ?」
ヤツはギョッと目をしきりにまたたかせて椅子に座る僕を心配そうに見つめてきた。
「強烈な殺気は、ほんの一瞬だったよ。その後なぜか照れ臭そうな表情になって『一朔さんは[[rb:特別 > ・・]]っすから』といい[[rb:淀 > よど]]んで、それっきり」
「……やはりな。オレの勘が正しければ連中はイッサのことをマークしている。たぶん研究員って建前もイッサを引き留めたいがためだと思う」
三八はどこか[[rb:腑 > ふ]]に落ちたかのような顔つきで神妙に語りかけてくる。
「自分のことをマークしている? それって陸斗の件みたいに実験対象として見ているだけじゃ」
「いやリクトよりヤツらはイッサのことを狙っているに違いない。向こうはオレたちが知っている以上の情報を握っているはずだ。たとえばそのヘッドフォン、以前のヤゲンの反応から推察するになにか重大な秘密が隠されているのは確実じゃないのか」
突然飛び出してきた“ヘッドフォン”の単語に、反射的に身がすくむ。
先刻エントランスで聞こえた謎の声やヘッドフォンからしたヤツの気配について明かせるほど、僕の肝は据わっていなかった。前者はともかく後者を話してしまったらいくら幼なじみの三八でも動揺せずにはいられないだろうと思ったからだ。それよりこの流れでどうしても聞きたかったことを思い出して話題に上げてみる。
「ところでどうしてそんな危険があるとわかっていたのに、あえて余市や陸斗を巻き込んだの?」
その一言は、ヤツの態度を真剣なものからむず[[rb:痒 > がゆ]]そうなものへと変えるのに十分な威力を持っていた。尻尾と耳があらゆる感情を経た後、どこか朗らかに感じられる面持ちで三八は話し出す。
「ぶっちゃけいうとな、ヨイチとリクトには居場所が必要だと考えていたんだ。二人ともなーんか思い詰めているというか寂しそうにしていて、オレも気が気じゃなくてな。最初スマホに研究所の連絡が届いたときふざけんな、と思ったのと同時にこれはチャンスなんじゃないかって感じてさ」
ふと、[[rb:一行 > いっこう]]に乗り遅れた僕へヤゲンさんが投げかけた『出会いの形はどうあれあの歳で私以外に話す相手がいないと中々寂しいものがあるわけっすね』というセリフが頭の中で呼び起こされる。ヤツもヤゲンさんと似たようなことを考えていたなんて意外だ。否、二人は実際に似ているのかもしれない。
「オレの予想した通りヨイチは工作場に、リクトは情報センターに居ついて生き生きとしている。これで夏休みの間くらいは暇を持て余すこともない上に、四人でつるむことだってできるわけだ。でも一応ナリキは別にしておく。アイツ、オレ以上になに考えているかわからないし疑惑が晴れたわけじゃないからな。まあ輪の中に入れてやってもいいけどさ」
「それでも二人……いやザッパも自分なんか放って絶対に逃げたほうがいいって。安全じゃないとわかっているなら別の場所を探せばいいんじゃ?」
椅子の上にあぐらを組み、[[rb:頬杖 > ほおづえ]]をつくような姿勢で三八はあっけらかんと言ってのけた。
「なにいってんだ? イッサがここに残るならオレが全力でアイツらの尻尾をつかむ。あとイッサを必ず守ってみせる。というかイッサはすんげー強いんだから、ささいなこと心配するなって」
ドヤ顔をキメてニカッと爽やかに笑ってみせる白いやっこさん。
あー……これは完全にこの状況を享受してやがる。とどのつまり難解な謎解きと程よいスリルが楽しめる、ついでに仲間の居場所も与えられてなおかつ欲しいものが大体手に入るとなれば極端な合理主義に基づく発想の持ち主にとってこの研究所は最適解にあたるのだろう。約束されない安心と、いつ[[rb:何時 > いつなんどき]]トラブルに巻き込まれても自分たちで解決する他ないリスクを呑まされる代わりに。
「まーた渋い顔してんなぁ。もっと肩の力を抜いてリラックスしようぜ?」
そういいヤツは頭を机の上に乗っけてゴロゴロ……ゴロゴロと身じろぎをとる。いくらなんでもくつろぎ過ぎだろとは思いつつ三八の姿を見ているとだんだん眠気がぶり返してきて、僕も思わずロビーチェアに突っ伏す。やはりこの研究所はなにかおかしい。ここで寝たらおしまいだ、必死に念じるも[[rb:虚 > むな]]しくまぶたがじりじりと閉じてゆくのを感じる。ああ……ダメだ、ダメだ。
意識が今しがた身体を抜け出さんとしたそのとき、それは起こった。
ズギャーン!! ドキューン!!
発砲音に類するであろう[[rb:轟音 > ごうおん]]、それが耳をつんざいて意識を取り戻す。
「はい、もしもし……」
横を見ればヤツが眠たそうな目をこすって電話に応対していた。……今の音って、まさか三八のスマホの着信音なのか? どんだけ前衛的なんだというツッコミはさておき、途端に眠たくなった現象について回らない脳ミソで考え始めていた。
「あーリクトか。うん、うんうん……なんだって!?」
情報のまとまりができないうちにヤツが僕の腕をグイッとたぐり寄せる。
「わかった、今すぐ向かう」
「……ッ」
ピッ ツー ツー
「イッサ。緊急事態だ、今すぐ情報センターに向かうぞ」
「えっ——ああちょっと」
思考もなにも追いつかないまま腕ごと抱えられてエントランスを飛び出す。左方向に急旋回して三半規管が悲鳴を上げる[[rb:最中 > さなか]]、[[rb:千切 > ちぎ]]れそうな意識の渦になにやらキナ臭いものが顔を[[rb:覗 > のぞ]]かせているのを垣間見る。
「リクト、大丈夫か!?」
上り階段を引きずられ[[rb:満身創痍 > まんしんそうい]]となった黒猫の[[rb:網膜 > もうまく]]に赤い光が流れ込んできた。ボロボロの身体をゆっくり起こしながらボヤけた視界をパンフォーカスに調整する。そして、目の前に広がる光景に僕と三八は立ち尽くすしかなかった。
数十台のパソコンが一斉に表示する赤のカウントダウン。それが進むにつれてピッ、ピッと規則正しく時間を刻み空間へかすかに反響を残す電子音。中央奥に構えるメインマシンのモニターには黒の背景と白の英文が出力され、その下部に映し出されるはカブトムシを模したマーク。
そこにネズミの少年がうずくまって震えている、そんな有様ができ上がっていたのだった。
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