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一線を越えた夏

  今、目の前に迫っている幼なじみの顔つきは真剣なようでどこか辛そうに見えた。なにがそんなに苦しいのだろう。思いの丈をぶつけようにもそうはしてなるまいと必死に抗い葛藤に[[rb:苛 > さいな]]まれてもなお心をこちらに向け返事を待っているのが、その力強い眼差しから伝わってくる。

  正直なにを期待しているのかはわからない。それに、同性でキスするなんて御免だ。だけど僕にしか三八は救えないという、ある種[[rb:呪 > まじな]]いじみた確信が胸のうちに降りてくるのを感じていた。

  覚悟ができたことを示すためにすこしだけほほ笑んでからヤツを見つめ直して、混じりけのない言葉を、ただ一つ差し出す。

  「キスしても……いいよ」

  「えぇっ、本当にいいのか……?!!」

  「うん。だから、そんな切ない顔しないでよ」

  三八は目をしばたたかせ、未だ信じられないというふうな態度で驚きを露わにしていた。次第に全身を幸せに打ち震わせているみたいなうっとりとした表情を浮かべて、尻尾をブンブンと揺らし始める。ヤツの屈託のない笑顔が、そこにはあった。これから行われようとしていることに僕までドキドキしてしまう。

  「ホントありがとな……。じゃあ、するぞ?」

  「うん、来て」

  合図とともに三八は目を閉じ口を半開きにさせて、そのまま正面から重なってきた。唇の端からまだまだ発達途上の牙がギラリと姿を覗かせて、ああ僕は食べられてしまうんだと、ありもしない想像をしつつ受け入れようと体勢を整える。

  いや、待ち構えるなんてしていられない。ここは僕の方から攻めてやろう。強引に背中へと腕を回して、抱き締めるようにヤツを引き寄せる。目を見開いてビックリした様子も束の間、とうとうマズルがくっつき大きさの違う[[rb:口唇 > こうしん]]が文字通り、チュッと触れあった。

  (んっ……)

  口を重ねたことで視線がロックされ、目をそらそうにもそれは叶わない。恥ずかしさでお互いが真っ赤っ赤になっているのが、否でも応でもわかる。息をしようとするたびに濃いツバのにおいがツンとして、それが嫌なはずなのに頭がふわふわしてもっと欲しいとばかりに舌をねじ込む。三八も同じだったのかツルツルした舌を僕に挿入してきて口腔をまさぐられる。やたらくすぐったくてこちらもやり返そうと持ち前の猫舌を活かしザリザリかます。

  ヤツは何度も何度も身体を小刻みにピクピクさせ、なんだかとてもかわいいと思ってしまった。

  ピチャ、ピチャピチャ

  [[rb:艶 > なま]]めかしい水音が静寂に響きわたり、僕たち若い獣二匹の[[rb:饐 > す]]えたような体臭が辺りに充満する。

  「……ッ、……ッ!!!」

  もうどれくらい口づけをしているのだろう。最終的には長い舌と短い舌をトコトン絡めあって、どちらが先に音を上げるのかという不毛極まるいたちごっこにまで至っていた。三八が上に乗っているせいで大量の唾液が流れてきて、端的にいえば飲み込まないと非常に苦しい。しかしそれ以上にヤツは僕の技にもてあそばれているようで、ときおり声にならない喘ぎを漏らしていた。限界が近づいている。このまま攻め立てれば負かせられるに違いない。そう思った矢先、三八は急に手足をバタつかせもう勘弁して欲しいとその瞳で訴えかけてきた。ふとキスをゆるめたところでカハッと舌を僕から引き抜き、呼吸困難になったんじゃないかと思うほどにえらく荒い呼吸をし始める。名残惜しむかのように二人が出して交わった液がたわわで透明な糸をなして、体温が徐々に離れてゆく。向かいあったヤツのただならぬ様子に気を取られて垂れ落ちてきたそれを口に含め、ゴクリと喉を鳴らし全てを飲み込んでしまう。やっこさんの味が僕の舌に残って、なんとなく甘酸っぱい気がした。

  「ハぁー、ハぁー……スゴかったな」

  「ふぅ……自分も、楽しかったよ」

  (へへ、勝っちゃった)

  外気よりホカホカになって蒸気を放つ僕と三八は投げ足を絡めて、互いに息を弾ませつつキスの余韻に浸っていた。予想していたよりもずっと面白かったというのが率直な感想だ。実は三八が舌に敏感だというのがすごく印象的で、本人の前ではいえないけれど本当ならもっともっといじってやりたかったと内心感じたことも確からしかった。機会があるのならもう一回やってやってもいいとすら思える。こんな暑い中でやるのは流石にコリゴリだけども。

  フー、と空気の流れる音が同調する。僕らの息が整うタイミングはほとんど同じだった。

  おもむろにヤツは口を開く。

  「なあイッサ。お前のこと、やっぱ大好きだわ」

  「そんなこと知ってるよ、さっきも言ってたじゃん」

  「いや、“そういう”のじゃないんだ。……大事な話がある」

  三八は突然、神妙な面持ちで語りかけてきた。なんでだろう、まるでさっきあったことみたいに感じてしまう。

  「そのさ……オレらって知り合ってずいぶん経つよな? いつも一緒にいてバカやってて、腐れ縁でもないけど一度離れてもまた出会ってさ。だから、これからもずっとそばにいさせて欲しい」

  “一緒”という単語が出てきたことに、先ほどまで邪な考えを抱いていたことが脳裏をかすめた。まさか動揺させるために絶交するタイミングをうかがっていたことがバレたのか。もしかしてキスをねだってきたのはこれが最後だからとせめてもの気持ちの表れだったのか。ひょっとしたらヤツはそれが悲しいのだろうか。勝手な憶測ばかりが頭に浮かんでくる。

  「な……、なんだと思えばそんなこと? 言われなくたって自分はザッパについてくよ」

  どうにかこの場をしのごうとしてか、思ってもないことが口をついて出てしまった。その反動で罪悪感に押し潰されそうになる。

  「そういってくれてスゲー嬉しい。前々から、オレはイッサとの関係を改めたいと思ってたんだ」

  「関係を改めるもなにも、ザッパとはとうに親友じゃんか」

  「親友……か。それじゃとっくに、オレは満足できないな。イッサ、オレと、オレと……」

  三八はなにかを言い切ることができないまま、沈むようにうつむいてしまった。心配になって僕は肩に手をかけようとする。

  そんな時だった。

  ガタガタ、ミシミシミシ

  下の階から突如として轟音が響いてくる。それと同時に建物全体が強く揺れ出して、軋んだ音を立てた。

  地震だ。しかも、デカい。

  「伏せろ!!!!」

  反射的に頭を抱え身を低くして、揺れが終わるのを待つ。本棚などの調度品が倒れ部屋中に物が散乱する。いつの間にかヤツは僕に覆いかぶさっていた。

  カタカタカタ

  「……収まったかな」

  「たぶん、もう大丈夫だろう」

  まだグラグラとした感覚が残っていながらも、僕らは立ち上がって周囲の安全を確認する。

  「もしかして守ってくれたの?」

  「ああ。天井から何か落ちてきたら危ないしな」

  三八は身を[[rb:挺 > てい]]して僕をかばおうとしてくれたのだった。ありがとうと声をかけようとする前に、頬を朱に染めてこう返される。

  「あ、あんま気にすんなって。万一ケガでもしたら治療費くらいは請求するから、覚悟しとけよ」

  「あはは。自分もザッパも無事で良かった」

  「しっかし地震が起こったとなれば親も心配してるだろうな。ここで探検は中止して撤収すんぞ」

  「うんわかった、カバンとリュックを持ってくるね」

  机に置いていたカバンは変わらないままの状態なのに対し、リュックサックは揺れで部屋の隅にまで寄せられていた。それを取りに足を向けた瞬間、再び揺れが襲ってくる。

  「クソッ、余震か!!」

  ゴゴゴゴゴゴゴゴ

  僕らはその場に伏せて収まるのを待っていたものの、揺れは明らかにさっきとは異なっていた。断続的な轟音だけではなくなにか機械の作動音らしきものが、段々と階をせり上がってきている。

  そのことがはっきりとわかったときには、すぐ真下に音の主が接近していた。唐突に部屋中央がひび割れ、太いアーム状のものが複数本入り込んでくる。

  呆気に取られている僕たちが目撃した“それ”は、床石をぶち破って登場した巨大なロボットなのだった。

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