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師匠系ショタと幼馴染系ガチムチ虎獣人がひたすらラブラブ修行して悪落ち再開系幼馴染熊獣人の脳を破壊する話

  .1

  「弓吾くんは拳道の大会、断ったんだよね?」

  サンドバッグに横蹴りを叩き込んでいた颯太が、隣で同じようにしている弓吾に尋ねると、弓吾は耳をぴくぴく動かしてから応えた。

  「……なんでだよ」

  虎の頭部と肌を持つ虎の獣人である網垂弓吾は、黄色と黒の縞模様の毛皮に覆われた筋骨隆々の大柄な肉体を捻って声のほうを向くと、白の道着の臀部あたりから突き出した尻尾をくゆらせながら怪訝な表情をする。

  対して人間の少年である無明颯太は鍛錬を止め、誰もがたじろぐであろう彼の恐ろしい表情に柔和な笑みを向けた。

  「勧められたんでしょ?」

  淡い栗色の頭髪と、それと同系色の柔らかいカーブを描く可愛らしい瞳。あどけなさの残る童顔の少年である颯太がそう言うと、弓吾は一層眉根を寄せる。

  「なんでお前がそれを知ってるんだ?」

  「お前からも説得してくれって暮崖先生が。どうして断ったの?」

  すると弓吾も動きを止め、道義の袖で額の汗をぬぐう。

  「人を殴りたくて鍛錬しているわけではないからだ」

  がっしりとした輪郭、太い鼻筋、野性味のある鋭いまなざしに岩のごとき無表情の、まさに男らしさの塊のような彼が言うと、素人なら黙り込んでしまいそうだ。でも、そう言った弓吾を、颯太は不満そうに見上げた。

  幼馴染は、虎の青いまなざしに自身のそれをまっすぐ合わせて言う。

  「そういうこと、一人で決めちゃうのだめだと思う。道場のためにもさ!」

  彼が周りを見渡したのに合わせて、弓吾も同じようにする。

  だだっ広い畳張りの道場には、颯太と弓吾以外の人間はいない。一通り見終わってから視線を戻すと、幼馴染が頬を膨らませてこちらを見つめていた。

  「……何か問題あるのか?」

  「問題しかないよね!? 門下生が居ないと僕たちの道場回ってかないんだよ!?」

  高校生にしてこの道場を切り盛りする師範代である彼は頭を抱える。

  「実績か人数がないと流派お取り潰しになっちゃうんだよ!? それでいいの?」

  半ば悲鳴のような声を聴いて、弓吾はぽりぽりと頬を掻いた。

  「……問題ないな」

  「なんでぇー!?」

  ついに少年は道場の床に崩れ落ち、壁に掛けられた「衣食住」の文字が書かれた書道額が斜めにズレる。

  弓吾は死んだ目をした友人に声をかけようとしたが、彼の立ち直りは早かった。すっくと立ち上がると、再び無心にサンドバックに蹴りを叩き込みはじめた。

  「ソウ、その……」

  「ふん、知らないよーだ」

  不機嫌そうな様子を装って鍛錬を続ける幼馴染を見た虎の眉が、次第に頼りなくなる。その様子をちらりと見た颯太は、ため息をついて弓吾に向き直った。

  「キューちゃんがしたくないんだったら、しなくていいよ。道場はどうとでもなるしね」

  師範代としての仮面を脱いで、幼馴染としての一面を見せてくれた彼を見て、弓吾はほっとすると同時に申し訳なくなる。

  「ごめんソウ、お前の負担になると思って……」

  大会に出る場合、複数の盆雑な処理を師範代の資格を持つ彼がやらなければならなくなる。流浪の拳法家である両親をもち、さらに高校生と師範代の二足の草鞋を履いている彼にこれ以上負担をかけたくないという気持ちも、申し出を断った理由の一つだ。

  「何が負担だよってね。ししょーなんだから、どかっと頼りなさいよ」

  胸をどんと叩いたかわいらしい幼馴染から、嘘のにおいはない。申し訳なさそうに頭を下げた弓吾に、颯太は肩をすくめた。

  「ただ、もったいないって思っただけだよ。キューちゃん強いのに、全然公式戦出ないんだもの。部活にも入ってないし。助っ人とかしてあげたらいいのに」

  「それは……」

  かすかな声で言いかけた時に、自分たちの足元に置いていたスマートフォンがアラームの音を鳴らす。今日の鍛錬が終了したことを告げるそれをきいて、颯太は体の緊張をほぐした。

  「あっ、今日はここまでだね」

  「そうだな」

  言葉を遮られたことに若干歯噛みしつつも、二人はサンドバッグを片づけ着替えに更衣室へ向かう。廊下を先導する幼馴染の自分よりはるかに小さな背中を、じっと弓吾はみつめる。

  人型の獣ともいうべき、獣の特徴を持つ獣人と、そうではない『獣でも、獣人でもない』種族である人間、二つの似て非なる者たちは、太古の昔よりなんとなく、「嫌いではないけどこいつなんか気に食わねえな」と思ってやってきた。

  そんな自分たちが共存のために作り出した武術が、『拳道』だ。

  更衣室に入ったふたりは道着を脱ぎ、それぞれ着替え始める。華奢で滑らかな体に浮かんだ汗をタオルで拭っている颯太が、同じように着替えていたトランクス一枚の弓吾に驚いた視線を向ける。

  「キューちゃん、また大きくなってない?」

  「そうか?」

  まじまじと近づいて、自分の筋肉を見つめてくる幼馴染に若干驚きながらも、その視線からは逃げない。好きなようにさせてやる。

  どこか不満げな視線を向けながら、颯太が口を開く。

  「腕周りは?」

  「最近四五超えた」

  「……胸は」

  無言で胸元を彼の前にさらすと、以前は隠れなかった颯太が完全に自分の大胸筋で隠れた。真正面からそれを見せつけられた颯太は、叱るような声を上げた。

  「足!」

  「最近制服のケツが破けた」

  「ざっけ……!」

  足元で何かが崩れ落ちる音。胸が邪魔で見えない。

  「どうした、何かあったか」

  「喧嘩売ってる?」

  まさか。

  死んだ目で立ち上がった颯太を見ながら、もう破けそうなほど張り詰めたシャツに袖を通すと、それを見ていた少年が泣きそうな声で言った。

  「なぜ人はこんなにも優劣があるのだろう……」

  自分のすとーんとした胸に沈んだ視線を向けながら緩慢に着替え始める颯太に、弓吾はなぜか申し訳なさを覚えた。自分としては、あんなにも華奢なのに自分と渡り合う颯太のほうがおかしいと常々思っているが、言わないほうがいい気がしたので黙っておく。

  人間と獣人が安心して戦うことのできる競技、それが『拳道』だ。二つの種族が持つ『獣性』を制御しこぶしで語り合うこの競技は、古くから種族間の問題解決に用いられてきたと同時に、現代まで続く大人気スポーツだ。

  目の前にいるこの華奢な少年は、その拳道の流派の一つである『無明平仁流』の師範代、つまりは弓吾の師匠に当たる。

  ころころと表情を変える相変わらずの幼馴染は、別のことに意識を向けたからかさっそく立ち直り、学生服に身を通した弓吾にぱあっとした笑みを向けた。

  「鍛錬ついでに食べてきなよ。おばさんたち、今日仕事?」

  共働きの両親とも、彼は仲がいい。一言連絡を入れれば、簡単に外泊許可が降りる。だが、今日の弓吾はいつもと違い、幼馴染の言葉に首を振った。

  「今日はからあげなんだ」

  「うわー負けたぁー」

  着替え終わった颯太はにこやかな表情で頷くと、道着と鞄を持って道場を後にする弓吾を玄関まで見送る。

  靴を履いてから、弓吾は振り返って顔を下に向けた。

  「大会のことだが……」

  「うん」

  玄関の光に当てられて、シルエットに覆われた少年は、外の闇にも負けないくらいの優しい静寂を纏ってじっと答えを待つ。外の闇と家のなかの光の中間に立つ弓吾は、深呼吸をするみたいにゆっくりと声を出した。

  「お前のためなら、出てもいい」

  それを聞いた颯太の闇に覆われた瞳が、そよ風に揺れる湖面のように潤む。

  「ありがと」

  それから二人は余韻を転がすように無言で離れた。家路につきながらも、ふと振り返って自分の背中に手を振る颯太の様子を見ながら弓吾はぼそりと呟く。

  「変な奴」

  小さいくせに人懐っこい大型犬みたいな振る舞いをする。こっちの気持ちも知らないで。自分で言っておかしくなって、弓吾はクスリと噴き出す。

  同時に、自分の胸に刺さる小さな薔薇の棘を握りつぶすように手のひらに力を込めると、ある決意を固めた。

  本質的に戦うことが好きな種族に合法的に殴り合える機会を与えるとどうなるか? 答えはこうだ。

  「網垂ェ! 覚悟ォ!」

  颯太と並んで登校していると、何度もぶちのめしている犬獣人の不良がまた立ちふさがってきた。彼は下劣に歪んだ瞳でこちらを見ながら、ナイフをなめるようにこぶしに舌を這わしている。

  他校の生徒だが、カツアゲをしているところに弓吾が割り込んで以来、週二の割合で絡んできている。うんざりした表情を浮かべた虎に不良がまなざしの奥に怪しい光を灯しながら口を開く。

  「ここで会ったが百年目ェ!」

  「あはは……」

  戸惑いぎこちなく笑う幼馴染に向かって、不良がきれいに頭を下げた。

  「あ、おはようございます先生! 今日も決闘の許可お願いします!」

  態度の違いにも内心苛立ちながら、弓吾は鞄を地面に下ろし、構えを取る。

  拳道が普及して以来、物理的に意見をぶつけ合えるようになった両種族の間で私戦が頻発した。これを重く見た世界拳道協会は、師範代の資格をもつ者の立ち合いなしに戦いを始めることを禁止した。

  つまり、颯太と共にいると合法的にこぶしを振るえるということだ。立ち合いを求められた颯太は、不安げに弓吾を見上げた。

  「何度も殴るのかわいそうだし、一緒に登校するのやめたほうがいいって前から――」

  「一緒に登校してくれないなら、道場にも来ない」

  彼の肩に手を置いて言うと、颯太の瞳が遠慮がちに伏せられる。言葉を嚥下するようにゆっくり頷いた少年は、すっと瞳を細める。

  弓吾が離れて不良と向き合うと、颯太は手刀を頭上に構えた。自分たちの周りには、やわやわと見物人が集まり始めている。雑音の中で、静謐な光を湛えた栗色の瞳が戦いを見据え、言った。

  「双方、所属を」

  「無明平仁流、網垂弓吾」

  「柴村無双流、灰噛京太郎」

  深呼吸ののち、颯太が声を張り上げる。

  「それでは、無明平仁流師範、無明颯太の名のもとに、いざ尋常に――」

  空を切る音とともに、合図が発せられる。

  「始め!」

  合図とともに灰噛が走り出し、距離を詰めながら拳を大きく振りかぶった。

  「喰らいやが――」

  だが、それよりも早く、射程内に入った灰噛の顔面に弓吾のこぶしが突き刺さっていた。

  「うわあ……」

  疾風のような一撃に正面衝突した犬獣人に気の毒そうに見る颯太のつぶやきが耳に掠ると同時に、風を切る音とともに灰噛が吹き飛ばされる。一撃のもとに敗北を喫した彼を気にも留めず、弓吾は振りぬいた拳から力を抜いてだらんと垂れさせた。

  「大丈夫!? 灰噛くんっ!」

  軽い音を立てながら駆け寄る颯太を尻目に鞄を背負いなおしていると、ふと強烈な気配を背中に感じる。不思議に思って周りを見回しても何もない。視線を遊ばせていると、灰噛の体についた砂埃を払う颯太の姿が目に入った。

  灰噛は頭の上に星を飛ばしながらも苦し気に呟く。

  「す、すみません先生。この程度……」

  だが、その言葉を颯太は彼の唇に人差し指を添えることで遮る。

  「駄目だよこんな風にめちゃくちゃな戦い方しちゃ、もっと足に力を込めて跳躍しないと」

  「は、はい……」

  颯太は師範代だけあって、技の完成度を見極める目は確かで、ストイックだ。颯太はダメ出しを受けてしぼむ灰噛の頭についた砂埃を払いながら、にっこり笑いながら言う、

  「柴村先生によろしくね」

  それを見た灰噛の表情が変わる前に、弓吾は颯太の肩をつかんで立ち上がらせる。おどろいた瞳の少年を視線の端にとらえながら、弓吾は言った。

  「早くしろ。学校に遅れる」

  「え、でも……」

  言い終わる前に腕を引いて走り出すと、後ろで挨拶を交わす颯太と灰噛の声が聞こえてくる。

  「ちょっと、キューちゃん?」

  「急ぐぞ」

  身を焦がす焦燥感に背中を押されながら、周りの目も気にせず通学路を走る。近道になる裏路地に足を踏み入れようとしたとき、再び後ろから声がかかる。

  「ちょっと待ってもらえないかしら、そこのお二人さん」

  それを聞いて振り返ると、背後にセーラー服を着た、褐色の肌と背中の中ごろまで伸びた金色の髪を持つ美しい顔立ちの少女がいた。二人して彼女をみてから、お互い顔を見合わせる。

  「僕たちですか?」

  すると少女はにっこり笑って頷いた。

  「ええ、網垂弓吾くんと、無明颯太くん……だったわよね?」

  オレンジの瞳を細め妖艶にほほ笑む少女に、得体のしれない警戒心を抱く。横目で見ると、颯太は戸惑いつつも笑顔をつくっていた。

  「はい。えっと、何のご用件で?」

  口調が固くなっている。気づいているのだ、違和感に。それを知ってか知らずか、少女は肩をすくめてからすらすらと言葉を紡いだ。

  「ちょっと、そこの弓吾くんと手合わせしたいって人がいるの。良ければついて来てほしいのだけれど……」

  それを聞いて、颯太が少し表情を強張らせた。

  「すみません。今日はもう試合は――」

  「わかった」

  「キューちゃん!?」

  驚いた颯太がこちらを見上げる。その瞳に自分の青いまなざしをまっすぐ合わせながら言った。

  「わかっているだろう。こいつは強い」

  この少女は、自分と颯太に全く気付かれず背後に立って見せた。姿勢やわずかな仕草から垣間見えるバランス感覚。すべてが高レベルの拳道家であることを証明していた。そんな相手の言葉、断れば逆に厄介ごとを引き寄せそうだ。

  さっさと終わらせて、ソウに迷惑をかけないようにする。弓吾の意思はそこにしかなかった。

  少女は弓吾の言葉に微笑むと、手を叩く。すると、少女の後ろに黒のBMWが止まった。彼女は先んじて車の助手席に乗り込むと、窓から顔を出して言う。

  「行きましょうか。私たちの道場へ」

  二人して乗り込むと、少女がこちらに体を翻す。

  「私はアーシャ。流派は……まあ来てもらったらわかるわ」

  はっきりとした抑揚の付いた、なんとなく芝居がかったような声で言われて、弓吾は顔をしかめた。

  「さっさと出してくれ」

  「ふふ、わかった。出して」

  同年代であるだろうに、とてもそう思えない妖艶さでほほ笑んだアーシャは、隣の運転手の肩を叩き車を発進した。学校とは正反対の方向へ向かう車の中で、弓吾は並んで座っている颯太の手をつかむ。

  「ソウ」

  「キューちゃん……」

  ゆっくりと、けれどもしっかりと握り返された手は楔のように二人をつなぎ止め、目的地までの不安な気持ちをしっかりと地面につなぎとめていた。

  車に乗り、高速道路を走って二〇分ほど。弓吾たちの暮らす県の中心部に、目的の建物があった。

  降車し目の前にそびえる巨大なビルを目の前にし、颯太は息をのむ。

  「ここが……?」

  するとアーシャが踊るように前に出る。背中まで伸びた金の髪をベールのようにたなびかせた彼女は、ビルに向かって手を伸ばした。

  「これが私たち、六処開闢流の道場よ」

  「六処開闢流?」

  聞いたことがない。最近できた流派なのだろうか? でも、新興の流派がこんな一等地に巨大なビルなど建てられるはずがない。疑問に思っていると、アーシャがビルの中に手招きしてきた。

  「ほら、早く。彼が待ってる」

  うきうきした彼女とは対照的にもやもやした気持ちを抱えたまま建物に入り、導かれるままエレベーターに乗る。隣にいる颯太は、相変わらず暗い表情をしている。

  「大丈夫か?」

  すると彼は、頼りなく笑った。

  「ごめん、僕のせいで……」

  「何を言うかと思ったら」

  否定しようとすると、彼は緩慢に首を振った。

  「きっと僕が決闘を軽い気持ちで受け続けたから、噂が立っちゃったんだと思う」

  ごめん、と加えて謝る颯太に、弓吾は向き直った。そして、うつむく颯太の頭をつかみ上を向かせると、自分の額にぶつけた。

  「あいたっ!」

  目を閉じて後ずさりをした少年が涙目でこちらを見つめてくるまで、弓吾は待ってから口を開く。

  「オレはお前の前で戦うことは好きだ。それに、迷惑だなんて思ってない」

  ソウには返しきれない恩も、それ以外の気持ちもある。素直な気持ちを込めて言うと、颯太の柔らかい頬がほんのりと朱に染まった。

  「キューちゃん……」

  「ソウ……」

  見つめ合う二人。が、その時間はあっさりと終わりを告げる。甲高い音を立てて、エレベーターが止まった。

  弓吾と颯太は名残惜しそうに体を放す。残り火を守るように下ろした右手をつかんだ颯太の左手が持つ、華奢で、柔らかな肉体のぬくもりを逃さぬよう、弓吾が手のひらを握った。

  開いた扉の向こうから、無人の空気が流れてくる。

  「着きましたよ。更衣室フロアです。道着は専用のものがあるので、それを。颯太さんは、私と一緒に道場フロアへ」

  「わかりました」

  少女の背中を一歩踏み出し通り過ぎた弓吾は男子更衣室に向かう。決意を新たにした虎の鋭敏な聴覚に、少女の不穏な声が響いてきた。

  「彼が満足できるといいのだけれど……」

  相手の言葉に多少の対抗心を燃やしながら部屋の中に入ると、服を青色の道着に着替えて道場フロアへ向かった。

  颯太の道場の倍ほどの広さがある道場フロアでは、多数の六処開闢流の門下生たちが集まっていた。全員が壁際に固まって、この戦いを見届けようとしている。颯太は道場フロアの入り口のトンネル付近に設置された横長のテーブル席に、アーシャとともに並んで座っていた。

  床に敷かれた畳を踏みしめながら中央に進む。対戦相手はまだ来ていなかった。

  「相手は来ていないのか」

  「ごめんなさい、連絡はしたからもうすぐ来るはずよ」

  アーシャの言葉通り、しばらくしてから対戦相手はやってきた。まず最初に反応したのは、門下生たちだった。

  彼らは弓吾の反対側にある入り口からやってくる相手の気配を感じると立ち上がり、折り目正しく頭を下げる。軍隊のようなしぐさにぎょっとするが、すぐにそうする理由が理解できた。

  近づくほどに増す威圧感、遠くからでもわかる圧倒的な肉の鎧。強者だと一瞬で確信した。

  フロアに続く薄暗いトンネルを抜けて現れた対戦相手をみて、弓吾は生唾を飲む。

  相手は、見たことがないほど大柄な熊の獣人だった。こげ茶の体毛に覆われた、弓吾を越す高さの山のように大きな体躯はしっかりと筋肉の溝が付いていて、稠密。体裁きはちらりと見ただけで隙がないとわかる。

  だが、その野性味あふれる顔立ちには相手を煽るような嗜虐的な笑みが張り付いていて、別の意味で警戒を煽られる。

  切れ長の目をぎらつかせ、口元に牙を覗かせた男は、影から出て光の下に姿を表す。はっきりと相手の顔を目にした瞬間、頭の奥のほうにむずむずとした違和感を抱く。まるで、何かが顔を覗かせようとしているみたいに。

  だが、顔をしかめかけた弓吾のもとに、答えはすぐにやってきた。

  対戦相手の熊獣人は弓吾をみるなり、その暴力的な口元を半月状に裂き、嬉しそうに言った。

  「久しぶりじゃねえか。弓吾」

  熊獣人の声に、何かが重なっている。それが耳の中ではがれ、脳に被さる。

  不可解な感覚が気持ち悪くて、苦しげな声が出た。

  「誰だ」

  「あちゃあ、やっぱりわからねえか」

  すると相手はおもむろに道着の胸元を開き、左胸をこちらにさらした。そして、そこにあるものを目にした瞬間、弓吾は青い瞳を見開く。

  それに熊獣人は頷き、過去を懐かしむように呼び掛けてきた。そう、彼は――

  「よお。弓吾。俺だよ。小学校以来か」

  「舞原……!」

  彼は舞原匠海、かつて弓吾の一番の親友だった男。

  匠海が師範代として颯太に立ち合いを求めると、動揺した瞳で彼をみていた颯太が近づいてきた。

  「舞原くん……」

  傍まで来て苦し気な表情のまま言う颯太に向けて、匠海はにこやかな表情を浮かべる。

  「こっちも久しぶりだなあ、無明」

  だが、瞳に宿る光は笑顔に不釣り合いなほどギラギラと嫌らしく光り輝いている。口調も穏やかだが、嫌味さがあった。

  「師範代になったんだっけ? 祝ってやるよ」

  「あ、ありがとう……」

  会話する間も、彼は悪辣な笑みを崩さない。それを受けた少年の声には明らかな怯えが混ざっていた。匠海はぎらつく瞳を下品にカーブさせ、颯太を見下ろす。

  「さぞ気持ちがいいんだろうなァ? 俺から奪っておいて」

  胸元に手を当ててうつむいていた颯太が勢いよく顔を上げた。

  「そ、そんなことっ!」

  が、すぐに顔を俯かせ、言葉をかみ砕く。二人の様子をみていた弓吾は、たまらず匠海を睨みつけた。

  「いい加減にしろ。文句があるなら拳で語れ」

  「おお、怖いねえ。彼氏を侮辱されてキレたってか」

  「黙れ」

  おどけた匠海は二人から距離を取ると、態度を豹変させた。

  「さっさと合図してもらおうか! てめえらの顔を見てたらイライラしてきちまったんだよォ!」

  「匠海ィ!」

  「この時をずっと待ってたんだ! こいつの流派をぶっ潰せる時を!」

  腰を深く落とし、左手を前に、右手を後ろに構えて臨戦態勢をとった弓吾は顔色を青くした颯太を落ち着かせるように頷く。すると彼は怯えたように頭上に手刀を掲げ、輪郭を震わせながらも声を張り上げた。

  「双方、所属を!」

  敵につかみかかるように前傾姿勢をとった匠海が、荒々しく宣言した。

  「六処開闢流筆頭! 舞原匠海!」

  大切なものを傷つけられた虎が、吐き捨てるように宣言する。

  「無明平仁流、網垂弓吾!」

  「いざ尋常に――」

  掲げられた手刀が、戦いの火ぶたを斬るために振り下ろされる。

  「始め!」

  号令とともに、双方風のような速さで距離を詰める。最初に仕掛けたのは弓吾のほうだった。匠海に向けて切り裂くような鋭さの前蹴りを繰り出す。だが、彼の一撃は相手の残像をかすめただけだった。

  (な……!)

  驚愕するも一瞬で思考を立て直し次の手を考えようとするが、その巨体からは想像もつかないスピードで縦横無尽に動き続けている匠海に意識を持っていかれる。

  腰に組み付こうとしてくる匠海を何とかさばくが、相手はこちらを弄ぶように舌戦を仕掛けてきた。

  「ははは! 当たらねぇなあ! なんだよその遅い拳は! 蹴りは!」

  「ッ!? クソッ!」

  こちらの射程圏内にたびたび入ってくる彼を迎撃しようと体を動かすが、獣のように四肢を用いて柔軟に会場を動き回る匠海の反射速度は弓吾の速さを超えている。

  全身の体毛を逆立てて相手の行動に注意を向けていると、背後でささやく声が聞こえた。

  「――弱っちい流派でいつまでも遊んでるからそんなことになるんだよ」

  「黙れ!」

  反射的に、頭に血が上る。感情に任せて全身をひねった裏拳を背後に放つが、それがいけなかった。しゃがみ込んだ匠海と視線が合う。背中を駆け抜ける悪寒。すべてを自覚したころには弓吾の腹に匠海の拳が突き刺さり、天高く殴り飛ばされていた。

  「キューちゃんっ!?」

  颯太の悲鳴を聞きながら、弓吾は背中をしたたかに会場の畳に打ち付けた。全身を苛む痛みに呻きながら、持ち前のフィジカルで何とか立ち上がるも、その時には目の前に匠海が立っていた。彼はもうろうとした瞳の虎にぎらぎらした笑みを向けた後、その胸倉をつかんで放り投げた。

  衝撃にシェイクされ、立ち上がることもままならなくなる。そんな弓吾に、獲物を前にした獣じみた足取りで走ってくる匠海の影がかかる。

  意識の外側で何か声が聞こえるが、今の虎にはその輪郭をつかむことができない。

  だが、捕食者と被食者になった二者の間に小さな人影が滑り込む。

  「そう……た……」

  弓吾と匠海の間に割り込んだのは、立会人として試合を観戦していた颯太だった。

  少年が断固とした口調で言う。

  「ここまでです。もう彼に戦う力は残っていない!」

  表情は見えないが、声色から察することができる。必死に立ち上がって継続の意思を伝えようとするもうまくいかない弓吾は、歯を食いしばって唸った。

  「ぐっ……ぐううっ!」

  その様子を見下ろしていた匠海は、勝ち誇ったような声色で言う。

  「……ふん、颯太『先生』がそういうのならしょうがねえなぁ?」

  体に突き刺さる敵意に睨み返すことすらできない。体を起き上がらせようとしてうごめくと、それを助けに颯太がしゃがみ込んできた。

  「キューちゃん、大丈夫!?」

  背中に手を添えてくる彼を振り払うように、体を震わせた。

  「離せよ……俺はまだ……!」

  「キューちゃん!」

  彼にしては珍しい、咎めるような声。立ち上がった弓吾に背を向けていた匠海が、横目でこちらをひっかけるように見た。

  「へっ、期待外れだったぜ。あれからどんな風になってるのか楽しみにしてたんだけどな」

  「なんだと……俺は……!」

  何とか立ち上がって距離を詰めようとした弓吾の前に、今度はアーシャが割って入った。

  「はいはい。二人ともそこまでよ」

  「……邪魔すんなよアーシャ」

  「どけ! 俺は匠海と――!」

  だが、アーシャは動じることもなく、弓吾の顔面に手を伸ばし、人差し指を一本立てた。

  「もう勝負はついた。これ以上はあなたの流派を、ひいてはそこにいる颯太くんに泥を塗ることになる。それでもいいの?」

  「それは……!」

  ちらりと後ろを振り返る。心配そうに顔を伏せている幼馴染をみて、自分のなかで急速に怒りの感情が静まっていくのが分かる。

  それを見たアーシャが、納得したように表情をにっこりとさせた。

  「元気があるなら結構、一つ聞きたいんだけど、あなたたちって全国高校生拳道大会に出場する予定とかある?」

  それは、暮崖に出場を打診された大会の名だった。

  「大会?」

  「そう。一週間後のね。私たち六処開闢流は匠海を選手として大会に出場させるつもり。あなたのところは?」

  最後のあたりは虎の肩越しに見える颯太に向けてアーシャが言うと、後ろで表情を沈ませていた少年はおずおずと口に出した。

  「僕たちは……「出るつもりだ」」

  「キューちゃん!?」と言いながら驚いている颯太を尻目に、弓吾は勝手にアーシャを見据えながら言った。

  「道場の門下生はオレ一人だ。だから大会には俺が出る」

  それを聞いて、アーシャが両手を右側の頬の近くでパンと合わせる。

  「よかったぁ。正式な記録の残る試合であなたたちの流派と戦いたかったの。今日はどうしても、彼が戦ってみたいっていうから」

  「何を――」

  そして彼女は、自分たちの敵となる二人に向かって会場出口を指し示す。

  「今日はありがとう。今の実力を測れたし、送らせてもらうわ。あ、道着は適当に更衣室に脱ぎ捨ててもらって構わないから」

  勝手に話が進んでいって困惑していると、弓吾の隣に颯太が並び、彼女らに訊ねた。

  「あ、あの、どうして僕たちとそんなに戦いたがっているんですか?」

  するとアーシャは、今まで喜びで光っていた瞳からふいに輝きを消すと、静かな口調で言った。

  「それは、私たちの流派が最強だと証明するため。由緒正しい天下六拳の数少ない生き残りですもの、仲良くしましょ?」

  ぞっとするような言葉と微笑みの後、彼女は颯太たち二人に案内役を一人つけた。会場を後にする弓吾の背中に、ぎらついた声がかけられる。

  「お前も、流派も、全部奪ってやる。首を洗って待ってな」

  それを聞いた弓吾は怒りのあまり相手に掴みかかりかけたが、となりにいる颯太のことを思いぐっとこらえ、代わりに彼の手を握る。すると、控えめにつながった手を、颯太が強く握り返した。

  光を背に進みながら、颯太が呟く。

  「ねえキューちゃん……」

  「後で話そう」

  「……うん」

  無言で肩を寄せてきた颯太を、つないだ手を解いた弓吾は緩く抱き寄せる。

  それから二人は無言で車に乗せられ学校まで送られると、お互いにあえて会話することなく授業を受け、昼休みに弓吾は職員室にいる拳道部の顧問である暮崖に会いに行った。

  人間である暮崖は無造作な頭髪と無精ひげがトレードマークな痩躯の男教師で、美術を担当している。職員室の中に入り相手の座る机までくると、教材を探していた暮崖に弓吾は話しかけた。

  「暮崖先生、頼みがある」

  「なんだいきなり。おごれってんなら無理だぞ」

  「そうじゃない。オレを大会に出してくれ」

  する暮崖は眠そうだった目を開いて、ぽかんと口を開けた。

  「そりゃどういう風の吹き回しで? やる気ないんじゃなかったのか?」

  「少し事情が変わったんだ。頼む、オレを大会の出場選手として登録してくれ」

  すると彼は、面倒なことに巻き込まれていると察しているような顔になってから渋々それを了承し、机の引き出しから一枚の書類を取り出した。

  「じゃあこのプリントに、親と流派の師範代の同意を示す印鑑をもらってきてくれ」

  それを聞いて、弓吾は面食らった。

  「ちょっと待ってくれ。親はともかく、師範代からも?」

  すると彼は、ぼさぼさ頭をボールペンの尻で掻きながら言った。

  「当たり前だろう。これは記録にも残る公式な試合なんだ。もしかしたら命に関わる怪我をする可能性もある。同意のもと送り出したという証明が必要なんだ」

  それとも何か都合の悪いことでもあるのか? と続けた暮崖に、弓吾は歯をかみしめた。

  ――オレの問題に、アイツを付き合わせることになる。

  八年前の匠海との因縁に、これ以上颯太を巻き込みたくはなかった。渋い顔をしていた虎は、表情を取り繕うと教師から書類に手を伸ばす。

  「わかった。同意を貰ってくればいいんだな?」

  「できるなら」

  ひったくるようにしてプリントをとった弓吾は教室を後にしようとするが、廊下と室内の敷居をまたぐとき、暮崖の声が聞こえた。

  「申請まで時間はあるからまだ大丈夫だが、喧嘩してるのならさっさと仲直りしておけよ。無明のやつ、一度決めたらてこでも動かないからな」

  「知ってるよ」

  教室を出て、颯太にこのことを話そうと思った弓吾がスマホに手をやったとき、ちょうどポケットの中のそれが振動した。

  液晶画面を見ると、颯太からのメッセージが通知に表示されていた。

  『今日は道場の用事があって早退することになっちゃった。キューちゃんごめん』

  胸の中に黒い靄がかかる。天井を見上げながら、虎はこれから大変になりそうだとぼんやり考える。

  学校を終えて道場に直行した弓吾が道場に入ると、いつもは整理整頓されている室内に、大量の古ぼけた木箱や本が山積していた。

  「うわっ」

  もうもうと立ち上る砂埃に顔をしかめながら颯太を探そうとしたとき、ちょうど道場と自宅をつなぐ通路から彼が顔を出したのが見えた。

  「ソウ!」

  「あ、キューちゃん!」

  山盛りの荷物をもってふらふらとやってきた彼に駆け寄り、持っているものを半分くらい奪い取る。

  「ありがとう。ちょっと掃除しててさ」

  「なんだってこんな時に?」

  ため息交じりに荷物を床に置くと、もわんと埃が舞い上がった。手でそれを振り払いながら、颯太に向き直る。

  彼は割烹着を身に着け、頭に三角巾、口元にマスクの昔懐かしい掃除夫スタイルで片づけに臨んでいた。

  「どこを掃除してるんだ?」

  「ちょっと屋根裏を。どうしても必要なものがあるのを思い出して」

  必要なもの? 尋ねようとしたが、言葉を表情で察した少年は口元に人差し指を添えて言った。

  「ひみつ! っていうかさ、今日はいろいろあったんだから鍛錬は休みね! あと、少しの間道場の運営はお休みするから!」

  「な――!」

  それを聞いて、弓吾は一瞬絶句してからまくしたてた。

  「ど、どういうことだよ!」

  「どうもこうも、今日はけちょんけちょんにやられちゃったんだから休みだよ!」

  「な、なんで――」

  いうよりも早く、後ろに回った彼に背中を押される。

  「僕はこれからインポッシブルなミッションに挑戦しないといけないから、帰った帰った!」

  「ま、待ってくれ! オレはまだ――!」

  恋人の道場の名を背負った戦いで負けたままだなんて、弓吾にとっては耐えがたい屈辱だ。絶対に晴らさなければならない。だが背後の幼馴染の言葉は、行動は、うわべの柔らかさとは裏腹に岩のように硬い。

  動揺するままに外に追いやられるも、弓吾は振り向いて扉を閉めようとする颯太に縋る。

  「もっと強くならないと――」

  だが、自分を見つめる颯太の瞳をみて、またも現実に呼び戻される。

  彼は雨の日みたいに悲しみに潤んだ瞳で、弓吾を見つめていた。

  「ごめん」

  言葉を詰まらせている間に道場への扉を閉められ、閂までかけられる。固く閉ざされた扉を前にだらんと手を垂れさせた弓吾は、数秒後そこを一回だけ叩いていた。

  そのあと扉に頭を当ててから、絞り出すような声で鳴く。

  「強くならないと俺は……!」

  ――お前を守れない……!

  その言葉が彼に届いたのかどうか、弓吾はわからなかった。

  .2

  颯太から追い返された次の日の朝道場に向かうと、扉の前に人だかりができていた。

  集まっていたのは道場が土日の早朝に開いている健康体操教室によく来ている老人たちだった。彼らは弓吾の姿を見つけると、口々に訊いてきた。

  「旦那さん! ちょっとこれどういうこと? 臨時休業って」

  「網垂です。臨時休業?」

  いやな予感がして扉の前に行き、張り紙の内容を確認する。中身を読んだ弓吾は、頭をガツンとなくられたような衝撃に襲われる。

  『都合により道場の業務を一時休業します。いきなりこんなことになってすみません。近いうちに再開できると思います。 無明平仁流師範代、無明颯太』

  呆然とした弓吾のもとに、よく颯太と話していた人間のおばあさんが話しかけてくる。

  「ちょっと旦那さん、ソウちゃんと喧嘩でもしたのかい? いきなりこんな……」

  「網垂です。少し待ってください」

  一連の出来事をうけて、弓吾は以前から考えていた計画を実行に移すことにする。虎は静かに門の脇にあるインターフォンを押してから門を叩く。するとしばらくしてから颯太の声がスピーカーから聞こえてきた。

  「はい。無明です」

  「ソウ、開けてくれ」

  すると、少し焦ったような足音が聞こえて、それからしばらくして閂が動き、門が開け放たれた。ワイシャツと黒のスラックスの制服を着た颯太は、老人たちに見守られながら自分の前に立つ弓吾に怪訝な瞳を向けた。

  「キューちゃん? どうしたの?」

  弓吾は門の扉に張られていた紙を顎でしゃくった。

  「この張り紙についてだ」

  すると少年は、驚いた表情になったあと、虎に向かって謝る。

  「あ、ごめんキューちゃん。ちょっとどうしても外せない用事が出来ちゃって――」

  だが、彼の言葉の途中で弓吾は前に踏み出し、迷いなく颯太を抱きしめる。

  オーディエンスが感心したような声を上げる中、抱きしめられた颯太は顔をリンゴのように真っ赤に染め、次に彼を突き飛ばした。

  「いいいいいいきなり何を!?」

  「旦那さんがんばれー!」

  「ファイト―!」

  「応援してるぞ旦那ー!」

  「あ、網垂です! ってこれどっちの!?」

  どこかで聞いたようなやり取りの後、弓吾の手を引いて強引に敷地内に引っ張り込んだ颯太は門を素早く閉じると、閂をかけなおしてこちらを振り返る。颯太は肩で息をしながら虎に詰め寄った。

  「ななななな何を考えているのかな弓吾くん!!!??!!?」

  それを聞いた弓吾は、しばらく思考を宙に走らせてから言った。

  「何も?」

  「何も!?」

  しいて言うなら、こうすれば中に入れてくれると思った。反省はしていない。そう伝えると、幼馴染は青筋を立てながら頷いた。

  「そうだね。入れざるを得ないね!」

  「そんなことより、なんで休業なんかしようとしたんだ?」

  すると、一転して幼馴染は言葉を詰まらせた。

  「それは……」

  彼の言葉をじっと待っていると、弓吾は彼の姿に違和感を抱く。昨日はなかった所に包帯が巻かれていたり、湿布の匂いを纏っている。荷物を運んで筋肉痛になったのかと思ったが、いくら貧弱とはいえ毎日修行している彼がその程度の負荷でこんなことになるとは思えない。

  それに――

  「この傷の付きかた……」

  「え、あ、ひゃうっ!」

  颯太の頬に手を添え、絆創膏を撫でる。まるで無秩序に暴れまわったあとみたいな傷に、微かに聞こえる疲労をにじませた呼吸音、これは――

  ばつが悪そうに視線を逸らしていた少年に、弓吾は訊ねた。

  「ソウお前、獣性を使った修行をしてるな?」

  獣性とは文字通り獣の性、自分の裡に眠る感覚を研ぎ澄ますことで潜在能力を開放する拳道の極意。すべての拳道の基本でもあると同時に、修行に最も危険が付きまとう部分でもある。

  ――そんなものを一人で鍛えようとしていただなんて……。

  「ソウ、お前、バレないと思ったのか」

  無言を貫き、無駄な抵抗を試みる幼馴染をみて、虎の青年は異常なほどのもの悲しさを覚える。この傷がすべて、自分のふがいなさから生まれたような気がして。

  弓吾はすでに理解していた。彼がどうしてこんな無茶をいきなり始めたのか、火を見るより明らかだった。

  真摯なまなざしで見つめていると、少年は観念したのか瞳を伏せうつむき、こぼすように呟いた。

  「僕が弱いせいだ。キューちゃんが負けたのは、拳を教えた僕がふがいないから……だからっ!」

  だが、そう言って顔を上げた颯太の唇に、姿勢を落とした弓吾は自分のそれを重ねた。

  「!?」

  驚いたのもつかの間、少年は自分を貪る虎の唇の動きに、自らも合わせ始める。

  影が重なり粘性のある水音を響かせた後、吸い付いたものが離れる音とともに影がふたつになる。

  頬を染め、瞳を閉じていた颯太が、とろけるような吐息を漏らしながらそっと目を開ける。かわいらしい顔立ちが熱を帯び、劣情を刺激する妖艶さを漂わせていた。

  「きゅ、キューちゃん……いきなり……」

  弓吾はそれを見ただけで、胸の内にある炎が燃え上がるのを感じる。虎は少年の両肩に手を添えて言った。

  「一緒に強くなろう。師匠」

  潤む少年の瞳に、弓吾は笑いかける。

  彼に助けられてから、弓吾の世界は色づき続けている。彼なしで戦うなんてこと、ありえない。ためらいがちにこちらを見かえしてきた少年は、目じりを赤くしながら虎のたくましい胸板に顔をうずめた。

  分厚い胸板がふにんとひしゃげ、颯太の頭を覆い隠す。

  「……うん」

  ゆっくりと自分の背中に腕が回される感触に微笑みながら、弓吾も彼と同じようにする。

  「師匠、今日はどんな修行をする?」

  みぞおちの辺りに熱い吐息を漏らしていた少年が、ばつの悪そうな声で言った。

  「書類、判子押すから」

  「婚姻届けのか?」

  ドグ、という音とともに弓吾のみぞおちに颯太の拳が突き刺さった。鋭い一撃に絶句する虎に、震える声で少年が言った。

  「そうじゃなくて……まだ、そうじゃなくて……大会の書類だよ……」

  ばか、と小さく付け加えた後、颯太は弓吾から離れてすたすたと歩きだす。腹を抑えていた弓吾が振り返ると、彼は目のあたりに制服の袖を押し当てていた。

  「寒いし、キューちゃんも入って」

  残り香として感じ取れる涙のにおい。でも、そう言って振り返った颯太の顔は、いつも通りの、かわいらしい笑顔だった。

  彼の言葉に、弓吾はしっかりと頷く。

  「ああ。だな」

  だって――

  「抱けーっ! 抱けーっ! 婿入りしろーっ!」

  「旦那頑張れーっ! 告白しろーっ!」

  「子供の名前はいくらでも考えてやるから行っちまえーッ!」

  外野がうるさすぎてまじめな話をしている余裕がない。

  表情を苦笑に変えた颯太は、額に汗を滲ませながら言った。

  「なんかおかしくない……?」

  「ソウ、お前は何人ほしい? オレは一〇人は欲しい」

  「何の話!? 無理でしょ!?」

  「がんばろうと思う」

  「ヴェッ!? きみが産むの!?」

  数には疑問を挟まないんだなと言うと、彼は顔を真っ赤にして中に入っていってしまった。追いかけて中に入り、室内を締め切り道場の真ん中あたりで書類を鞄から取り出す。床にそれを置くと、道場の壁際にある棚から判子を取り出してきた颯太が、所定の欄に判を押した。

  「はい、これでキューちゃんは大会に出られるよ」

  「ありがとう」

  書類を挟み、向かい合って二人正座する。いまだ顔の赤い少年は、気持ちを落ち着けるようにコホンと咳ばらいをした。

  「で、今後きみをどう鍛えていくかだけど……きみの獣性制御に力を注ごうと思う」

  「それについてなんだが、俺から一つ提案がある」

  いきなり彼が自身の怪我も顧みず無茶な修行を始めた理由を考えた時には、もうこれしかないと思っていた。

  颯太は珍しく修行内容に意見した虎に微笑む。

  「うん。キューちゃんの意見も聞きたかったんだ」

  それを聞いて、弓吾は胸いっぱいに息を吸い込んでから、胸の鼓動で熱くなった空気を吐き出し、言った。

  「房中術の修業がしたい」

  「……は?」

  言った瞬間、空気が凍り付く。目を点にした颯太は、だんだん言われた言葉の意味を理解するにつれ、またも顔を赤くし、しまいには顔面から湯気を出さんばかりになり、そして――

  「ソウッ!?」

  キャパシティをオーバーし気絶した。ある程度予想はしていたがいざ目の前にすると焦らざるを得なかった弓吾は、慌てて颯太に駆け寄り、抱きあげた。

  

  気絶した颯太を道場からつながっている彼の自宅の自分の部屋まで運んだ弓吾は、敷布団をしいてそこに彼を寝かせた。

  悪夢にうなされている彼の顔をじっと正座して観察しつつ裏工作に勤しみはじめ四時間ほどしてから、颯太がゆっくりと目を開けた。

  「う、う~ん……」

  声を聴いた弓吾が、そっと少年の寝顔を覗き込む。

  「ソウ、起きたのか」

  「え……キュウ……ちゃん?」

  意識が覚醒し始めた颯太は、弓吾の顔を最初はぼんやりと見つめていたが、やがて記憶が思い出されるとともに表情をこわばらせていった。

  目覚めてからほどなくして完全に意識を失う前の記憶を思い出した彼は、恥ずかしさのあまり布団を頭からかぶる。

  「ななななんであんな恥ずかしいことを……! キューちゃんのバカぁ!」

  「それは……ってそんなことよりお前、メシは?」

  「そんなことって――! あ……」

  自分の苦悩をそんなことと言い現わされた颯太が羞恥のあまり布団から勢いよく起き上がるが、そうした瞬間腹の虫が音を立てた。

  地の底から響いてくる男の子の音で一瞬意識が逸れた隙に、弓吾は自分の脇に置いたお盆の上に乗せた土鍋の蓋を開ける。すると、鍋の中からおかゆが顔を覗かせた。それに視線が吸い寄せられた颯太に向けて、弓吾は小皿に取ったそれを差し出す。

  蓮華の上に乗せたおかゆを息で冷ましてから、颯太の目の前まで持っていく。

  「あーんだ。あーん」

  「……あーん」

  師匠としての仮面がはがれた、年相応の恥ずかし気な表情で、颯太は弓吾を受け入れる。

  むぐむぐと咀嚼する颯太を物静かな青色のまなざしで見つめて言った。

  「ソウ、愛してる」

  「ん゛んっ!?」

  いきなりの告白に喉を詰まらせた颯太にコップに入った水を差しだしながらつづけた。

  「初めてお前とあった日から、こんな風にお前を助けられることを夢見てた。冗談じゃない。オレはお前とずっと一緒に居たい。よぼよぼの爺さんになっても、オレはお前に愛を捧げていたい」

  渡された水を一気飲みして息を整えた颯太は、恥ずかし気に顔を伏せる。

  「それは……僕も……」

  その答えだけで十分だった。颯太からコップを受け取り盆に置いた弓吾は、またおかゆを差し出す。

  「オレはいつでもお前を受け入れる準備はできてる。だから、無理なら無理と、そう言ってくれ」

  無言で蓮華にかぶりつく颯太は、赤く染まった頬を隠すように顔を背けて、そして言葉をこぼした。

  「僕も……大好きだから。だからちょっとだけ時間ちょうだい。絶対に、答えは出すから」

  「分かった」

  今まで散々彼に教えられ、助けられてきた。少し待つくらいどうってことない。水差しを持ってくるのを忘れていたことに気付いた弓吾は、小皿を盆の上に戻し、キッチンに向かう旨を颯太に伝える。

  「水差しを持ってくる」

  「あ、ありがと、キューちゃん」

  その時、弓吾は言い忘れていたことを思い出す。立ち上がり、部屋の敷居をまたぎながら虎は幼馴染に言った。

  「あ、そうだ。今日は一日、修行のため休みますと学校には伝えておいた」

  「……ゑ?」

  「それと、今日はここに泊まることになったからよろしくな」

  相手の顔を見ずに外に出ようとすると、焦った颯太に呼び止められた。

  「ちょちょちょっと! それってどういうこと!? 休み? 同居!? 周りはなんて!?」

  そういえば何か言われたような気がする。なんでそんなことを聞くのだろう? どうでもいいことだったので隅に放り込んでいた記憶を呼び起こした弓吾は、手を伸ばしてこちらを見ている幼馴染に振り向いてから淡々と告げた。

  「先生と親からは『避妊はするように』と」

  「そういう話じゃないってぇー!?」

  そうだ。そういう話ではない。思いが通じ合っているのだから、そんなこと言われるまでもない。

  頭を抱える颯太に向かって、弓吾は右腕を折り曲げて力こぶを作った。

  「大丈夫だ。一日五発までなら一週間持つ。あと、体力には自信がある」

  「何が!?」

  弓吾は自信満々に頷くと敷居を跨ぎ、襖を閉めてキッチンに向かう。だが水差しをもって戻ると、なぜか颯太が起き上がって服を道着に着替えていた。

  彼は部屋の外で不思議そうに自分をみていた弓吾をみつけると、光を失った昏い瞳になりながら言った。

  「キューちゃん、ちょっと修行に付き合ってくれない?」

  「いいが、怪我は大丈夫「なんだか楽になったみたい」」

  食い気味に発言した彼はうつむいて道場に向かう。それをみた弓吾は、幼馴染の実直さに胸を高鳴らせた。

  無明颯太には拳道の才能がない。それは本人が一番よくわかっている、と常日頃から弓吾は聞かされていた。生来気性が穏やかで、拳道の上達に必須な才能である獣性が薄く、足りない分を努力と知恵で補ってきた。

  優秀な拳道家である両親と比べられ、周りからいつもため息をつかれていた。でも弓吾は知っている。彼が本当にすごいということを。

  隣で一心不乱に正拳突きを繰り返している幼馴染を横目で見ながら、弓吾も同じように動く。師範代に認められるには、同じ流派の師範代から課され、政府の立会人が判定する実技試験と、辞書クラスの分厚さを誇る拳闘法の把握、社会貢献実績など、様々な壁が存在する。

  それらを高校二年の時点でクリアしているということは、司法試験に合格するくらい、本当にすごいことなのだ。汗を飛ばす幼馴染の姿を目に焼き付けていると、ふと颯太がこちらに鋭い回し蹴りを放ってきた。

  鈍い音を立ててそれを受け止めると、蹴りを放った颯太がはっとした表情で足を降ろした。

  「ご、ごめんキューちゃん、なんか見られてる気がして無意識に……」

  「いや、こっちこそすまない。無遠慮だった」

  ただ一心不乱に鍛錬を続ける少年の姿は、手段として拳道を習っている自分や匠海とは違う、純粋な色をはらんでいるような気がして。だから弓吾は颯太の拳が好きだ。

  道着の袖で汗をぬぐった幼馴染が、道場の壁に掛けられた時計を見て一息つく。鍛錬をはじめて二時間くらい経っているが、すでに少年の体は汗にまみれていた。

  「ソウ、大丈夫か」

  「……え? キューちゃんなんか言った?」

  ふらふらの颯太の肩に手をやると少年がふらりと体勢を崩したので、弓吾は彼を優しく抱き留めた。

  「無茶をするな」

  「……誰のせいでこんなことになったと思ってるのさ」

  拗ねたようにつぶやく颯太にしゃがみ込み、腕を使って両足をすくうと、弓吾はそのままもう片方の腕を使って颯太の背中を支え、お姫様だっこする。

  「きゅ、キューちゃん?」

  「風呂に入れてやる。今日はもう終わりだ」

  「……いじわる」

  疲れすぎてボーっとしているのか、甘えるように胸に顔をうずめた幼馴染は、両腕を弓吾の首に回して体を強く密着させてくる。

  弓吾は颯太とともに、自宅にある大浴場へと足を運ぶ。江戸時代から続く古い流派でもある無明の拳道は、かつてはもっと弟子が大勢いたのですべての設備が大型のものになっている。だが、現在の弟子は一人だけ。手伝いはできるが大きすぎる敷地を管理するのは、颯太だ。

  道場の管理、学生生活、家事、勉強、鍛錬やそれに付随する計画立案。それらすべてをほぼ一人で担い続けている。本当ならもっと早くこうするべきだったのだ。

  脱衣所に彼を下ろし、一緒に服を脱ぐ。浴室に続く扉をあけ、銭湯のような内装のそこを進み巨大な湯船に備え付けられた湯口についたボタンを押した。動作した湯口から大量の薬湯が吐き出されるのを確認してから、弓吾は颯太に近づく。

  風呂場用の椅子を持ってきて彼の後ろに腰かけると、腕を伸ばしてシャワーノズルを取り、彼の背中にかけてやった。

  「傷は痛くないか?」

  「大丈夫だよ、キューちゃん」

  体全体を濡らしたところで、弓吾も全身の汗を軽く流し、ボディソープを手に取って体にまぶす。

  突き出した胸のあたりに泡が立ったあたりで、颯太の背中越しに抱き着いた。

  柔らかい肉の触感と高鳴る鼓動を感じ取った颯太が、疲労がにじんではいるが焦った声を上げる。

  「だ、駄目だよ……こんなことしちゃ……」

  「言ったはずだ。オレはお前が好きだって」

  「答えを待ってって、言ったじゃん……っく」

  少年の柔肌を、獣の肌が泡と共に撫ぜる。後ろから抱き着き、劣情を煽るように体を上下させる。柔らかな大胸筋が背中でこすれ、自然と声が漏れた。

  同時に颯太の桜色の突起をくりくりと肉球でこねくり回しながら、耳元でささやく。

  「ソウの苦しみを、オレほとんど知らないんだ……だから」

  「そんな……こと……っ!」

  背中に自分のそれを擦り付け、お互いの気持ちを高ぶらせながらおなかの辺りの肌をさする。柱頭に近い部分を触られ、颯太が体を痺れさせた。

  「あ……ふっ……!」

  次に俺のせいで余計なものを背負わせてしまった幼馴染のそこへ、ゆっくりと手を伸ばす。

  だが――

  「……ソウ?」

  自分のそこに伸ばされた快楽を、颯太は自分の両手を使って止めていた。彼はつかんだ両腕を自分の外側に持っていくと、そのまま泡に任せてグリンと体を回し、弓吾と対面する。

  彼は快楽にとろけながらも、少し怒ったような、いやかなり怒っている瞳で虎を見上げていた。そして不意に、瞳を潤ませ涙をこぼした。

  何がいけなかったのか理解できない弓吾は、予想外の事態にしどろもどろになりながら言う。

  「そ、ソウ……?」

  「キューちゃんのバカ! ところかまわず抱き着くわ告白するわ、勝手に大会に出るとかいうし!」

  ぐずぐずと鼻をすすった少年は、今度は真正面から涙を流しながら、虎の胸を叩いた。

  「八年前のことだって! 僕は!」

  そして顔を伏せた少年は、涙とともに言葉をこぼす。

  「キューちゃんの負担なんかになりたくないよ……」

  泣きながら告白する颯太をみて、弓吾の胸の奥がきゅうっと締め付けられる。気付けば、虎は少年を抱きしめていた。

  すすり泣く颯太を胸に抱きながら、罪悪感を吐露する。

  「ソウ、オレはお前を泣かせてばかりだな……」

  「ぐすっ……ほんとだよ……っ!」

  肌から伝わる思いが静まっていくのが分かる。自分の浅はかさを恥じた虎は、彼の体についた泡を洗い流してやろうと後ろにあるシャワーノズルに手を伸ばす。

  ――その時だった。

  さっきまですすり泣いていた颯太の全身から、異様な雰囲気が立ち上り始める。今まで感じたことのない感覚。匠海のものとも違うこれは――

  (殺気――!?)

  感じたことのない気配に総毛立っていると、少年の両腕ががっしりと弓吾の両肩をつかんだ。そして、今まで聞いたことのない、底冷えのするような声色で言葉を紡ぐ。

  「それに房中術房中術って……!」

  「え、と……ソウ?」

  「キミねえ!?」

  突如として胸元で膨れ上がる敵意。気が付いたときには大浴場内に甲高い音が響き、弓吾は颯太に正常位の体勢で見下ろされていた。背中をタイルに打ち付けた弓吾が目を開けると、頭上には瞳に怪しい光を灯した幼馴染の少年の姿が。

  彼は明らかに興奮した吐息を漏らしながら、恨めし気に言葉をつづけた。

  「僕がどれだけ我慢してきたか――!」

  これ以上進んだら戻れない気がする。そう思った虎の口から、今まで聞いたことがないくらい焦りで震えた声が出る。

  「そ、ソウ、落ち着け。オレが悪かった。だから……」

  「房中術がどれだけ危険か、キューちゃんはわかってるの!?」

  「ごめ――ひゃあっ!?」

  颯太が叫ぶと同時に、彼が片手でつかみきれないほど太く長い虎の花茎を力任せに鷲掴みにする。予想外の衝撃に生娘のような声を上げた弓吾は、さっきとは打って変わって震える瞳で颯太を見かえす。

  颯太は怒りと興奮にまみれた表情で、力任せにそれを持つ手を上下させる。

  「ねえ! 分かってる!?」

  泡で滑りがよくなった人間の手のひらが、極太の茎に容赦なく快感を叩き込んでくる。立ち上ってくる光の奔流に目をちかちかさせながら、弓吾は助けを求める。燃えるような快楽にあえぎ、体をくねらせながら。

  「ひゃ……もう、わかったから! やめ――」

  「わかってない!!!」

  脈打つ茎を握る力がより一層強くなり、無理やり絶頂に導かれる。愛撫というよりは排出と言ったほうが正しい手際でもたらされた白い波に脳を押し流された弓吾は、体を痙攣させたあとぐったりと床に横たわった。

  ……が、

  「ぜんっぜん終わってない!」

  またぐらでぐったりとしているそれを、自分の手が汚れるのも構わず鷲掴みにした颯太は、改めて力を失ったそれをこすり上げる。まるで、機械のスターターを引くように。

  「あぎっ!?」

  逃れようとするが。抵抗すれば男としての大切なものを握りつぶさんばかりに勢いに心臓が縮んでしまっていた。

  今まで見たことがないほどにキレながら弓吾を攻め続けている颯太が、怒りを滲ませて言う。

  「キューちゃんは房中術をただエッチするだけだと思ってるでしょ!? 違うんだからね!?」

  空いている手で敏感になった胸のつぼみをつねられた弓吾は、もうろうとしながらも彼の説明を聞く。

  曰く、房中術の本質は陰と陽の融合。確かにそれは拳道の極意のうちの一つでもある。人間と獣人の融合、獣性制御の極限。共存の到達点。獣が人を、人が獣を受け入れることで調和する。

  だがそれは、受ける側が出してしまえば意味がない。高ぶる獣性を制御し、押しとどめ相手のものを受け入れてこそ意味がある。よって必然的に、確実に効果を得る場合、相手の精を干からびさせるか、出さずに絶頂させて、攻める側が精を送り込まなければならなくなる。

  「ちゃんと考えてたのに! 本当はもっと優しくしたかったのに! きみが! 誘惑ばっかりしてくるから……っ!」

  「そ、うっ!?」

  ぼんやりとした視界の中で颯太を見ると、彼の栗色の瞳の瞳孔が縦に割れていた。それは獣性の発露を意味している。自分に対して、本当に自分のことを大切にしてくれているという事実に幸せを感じるとともに、弓吾は今日初めて、恵まれた己の体を恨めしく思った。

  ひりつく痛みとともに襲い掛かる快楽。荒波を巻き起こす少年の手つきに、再び虎はそれをほとばしらせる。

  「んぐぁッ……! はあっ……はあぁっ……! もう――」

  「もうこれで終わり? 練習するんじゃなかったの?」

  ふつふつと湧きあがる感情のこもった声に肌を焼かれた弓吾は、いったん白旗を上げようとする。

  「ごめ……ソウ……っ! また、考えな――」

  「キューちゃんの意気地なし!」

  しかし、颯太は自分を今まで散々誘惑してきた虎を許すつもりなど、毛頭ないようだった。

  少年は自分の両肩に添えられている弓吾の両足をつかんで中を開くと、泡の付いた右手の指を二本立て、幼馴染のそこに添えた。

  それをされた瞬間、虎の背筋に冷たいものが走り抜ける。焦った弓吾は、開かれた足をぐぐぐと元に戻そうとした。

  「ま、待ってくれ……! まだ心の準備が……ぁっ!」

  言葉の途中で、つぼみの中に少年の細く白い指が押し入る。瞬間訪れる多幸感と、こんな形で大切なものを失いたくないという気持ちが頭の中でぶつかりあった。

  恋人の中を探るようにかき回しながら、少年が言う。

  「ばか、ばか、バカぁっ! 本当は食事だって管理したり、もっと体を整えてから臨まないといけないのに! 僕にだってどういう雰囲気でしたいかとか、どんなふうにしたいかとかいろいろ計画あったのに! 秘伝書だって大急ぎで探したんだよ!? でも、こんな風に迫られたら止められないよ!」

  「わかったか……ぐっ!?」

  弓吾の中を探っていた颯太の指が、ある場所を探し当てる。内側にある、なにかこりこりした丸い膨らみを指が押した瞬間、虎の臀部に甘い電流が駆け抜け、足を痺れさせた。

  「見つけた……!」

  変化に気付いた颯太は、指の本数を増やしつつ、激しく出し入れしながらそこを責め立てる。泡が明らかな粘性を含んだ音が混じり、責め立てられ続けた弓吾は腰を浮かし、刺激を求めるようにタイルの床に腰を当て始める。

  何かがおかしい。そこを触られてから、全身が過剰なほど敏感になっている。弓吾は自らの肌感覚の変化から、自身の獣性が暴走していることを感じ取った。颯太に出会ってからは久しく感じていなかった、忌々しくも懐かしい感覚。

  「あっ……! あっああっ!? そこは……ああっ!?」

  「気持ちいいなら気持ちいいって言いなよ! 師匠命令!」

  「そ、それは――」

  束ねられた指が固く閉ざされていたつぼみに無理やり押し入り、ほじくるように中をえぐる。さっきまでとは比べ物にならない快感とともに、思い人に乱暴にされているという現実が弓吾の脳を焼いた。

  「き、きもちい……やめ……そこ、だめぇっ!?」

  それを受けて、少年の指はひときわ大きく中のふくらみをついた。すると、臀部の中で凝り固まりながらもじんじんとうずいていた電流の塊が弾け、弓吾の全身に広がっていく。

  肩に乗せていた足を下ろした颯太は、涙目で嗚咽を漏らす弓吾に覆いかぶさり、そっと抱き寄せた。

  「ひ……これ……むり……ぃ」

  彼は、よしよしと弓吾の頭を撫でながら、虎の首筋に顎を乗せる。

  「キューちゃん、よしよし。よく頑張ったね」

  「うう……ソウ……っ……ソウ……っ!」

  愛情たっぷりの抱擁でいくらかの冷静さを取り戻した虎は、弱弱しく喉を鳴らしながら颯太に縋る。だが、抱擁を終えて体を持ち上げた幼馴染の瞳を見た瞬間、弓吾はさあっと顔を青ざめさせた。

  相手の瞳から、今だ獣性が消えていなかったから。そして彼は、とんでもないことを言った。

  「ここからが本番だから。覚悟してね?」

  言われた瞬間、体が竦む。少年が再び足を広げてきたが、全身が弛緩しているから抵抗することができない。それでも弓吾は、精いっぱいの抵抗を試みる。

  「ダメだソウッ! 無理無理無理絶対無理! 許してくれお願いだからお願いしますこれ以上は死んでしま――」

  が、言っている最中に、ついにあれが、颯太のあれが、弓吾のそこにあてがわれた。

  夢にまで見たそれが、鉄のような硬さと灼熱を以って、自分を貫こうとしている。でも、この状況で一瞬それを考えてしまったのが運の尽き。

  「ほらっ! ラストスパートっ!」

  声とともに中に入ってきたそれを感じとった瞬間、指とは比べ物にならないほど強烈な白い波と、命の危機を告げる赤い光が弓吾の中で暴れまわった。

  「あ……ああぁああああっ!!!」

  脳が鳴らす警鐘のままに体をうねらせ逃れようとするが、自身を貫くおしべから逃れることができない。夢にまで見たことが現実になっているのだ。弓吾の体内は、彼を逃さんとうねり続けていた。

  熱い。少年がそれを抽送するたび、さんざん苛め抜かれたそこの敏感な部分に当たって、股間の裏側で何かが弾けようとする。

  獣の本能が告げていた。やばいと。だが体は裏腹に少年の動きに合わせ、快感を貪っている。そして、それを受けて少年の動きが際限なく速さを上げていく。

  「キューちゃんッ! キューちゃんッ!!!」

  「ソウッ!? それやば……死……!」

  そして抽送の動きが叩きつけるようなものに変わってしばらくしてから、それは訪れた。ひときわそこに強く押し当てられた颯太のそれが、中でどくどくと脈打ち、膨れ上がる。

  そして――

  「う――うわああああっ!!?」

  マグマのように熱された精を、弓吾の中に放った。弓吾も内側の膨れた部分にそれが吹きかけられた瞬間、自分の中で大きくなり続けていたなにかが体の中で爆発する。

  「が……! ぐあああああっ!!!」

  下腹部から爆発的な勢いで広がった泡のような快感が、さざ波のように全身を覆いつくし、今度こそ虎の理性も野性も、意識そのものを吹き飛ばした。

  だが意識を完全に手放す瞬間、弓吾は確かに感じ取る。空になった自分の器の中に、確かに少年の力が宿ったような感覚を。

  弓吾が再び目を覚ますと、襖越しの月上りが顔に少しだけかかっていた。服は寝間着に変えられていて、荷物を置かせてもらった空き部屋の中で布団とともにむくりと起き上がった彼の顔面に、ナイトキャップのボンボンが当たる。

  ぼんやりとしていた虎の耳に、聞きなれた声が入る。

  「ん、む……キューちゃん? 起きたんだ?」

  みると、彼の隣には自分と同じく寝間着を身に着けた颯太が眠い目を擦っていた。起こしてしまったことを申し訳なく思いながらも、弓吾は並ぶようにして起き上がってきた颯太に感謝の気持ちを口にする。

  「ソウ、今日はありがとう。オレの願いを叶えてくれて」

  すると少年は、恥ずかしそうに目を伏せた。

  「そ、そんなこと言わないでよ……僕のほうこそ……今日は……ごめん」

  でも、と続けた颯太は、今度はまっすぐ弓吾のほうを見て言った。

  「キューちゃんとずっとつながりたかったのは本当だから。だから僕も……うれしかった」

  言葉をこぼす颯太がたまらなく愛おしくて、弓吾は自分の胸が高鳴ると同時に、下腹部にある力の塊から発せられる暖かいぬくもりに微笑んでから、幼馴染をみる。

  「ソウは楽しめたか?」

  「……周五で五回戦はしたい」

  「……すまん」

  本気で引かないで。と呟いた颯太に胸をとん、と叩かれる。真実味がありすぎて一瞬引いてしまったが、それもまた可愛らしいと思い直した弓吾は腕を回して緩く颯太を抱き寄せる。肩に寄りかかった颯太は、小さく「キューちゃん」と呟き、そして――

  「舞原くんのこと、僕は助けたい」

  と続けた。匠海と戦って以降、なんとなくそれを感じていた弓吾は、少年を見ながらゆっくりと頷く。

  「ああ。わかってる」

  「キューちゃんはきっと、納得してくれないと思うけど、ごめん」

  だが、それに弓吾は首を振る。

  師匠がそうしたいと言っているのだ。弟子である自分が従わなくて、だれが従うというのだ。それに、颯太がそういう人間だということを弓吾は知っている。闇が瞼に乗ってきて、まどろみに引きずり込まれそうになった弓吾は、颯太とともに布団に倒れ込む。

  弓吾は、青白い光に背を向けた颯太の唇がかすかにほほ笑みながらささやいた。

  「きっとキューちゃんは、これからもっと強くなるよ」

  「オウ」

  虎の答えに満足げに瞳を細めた少年、まどろみに揺れながら不確かなことを呟いた。

  「ねえ、初めて会った時のこと、覚えてる?」

  言いながら、彼は額をこちらのそれにぶつけてきた。そうして額を合わせてから瞳を閉じるとき、なぜか弓吾には颯太が悲しそうな顔をしていたような気がしたが、疑問はまどろみとともに闇に溶けていった。

  .3

  弓吾は、自分の体に違和感を覚えていた。

  不思議そうに手のひらを握ったり開いたりしている幼馴染をみた颯太が、不思議そうに尋ねる。

  「どうしたの?」

  「いや……力が……」

  あれ以来、弓吾の体を満たす力には明らかな変化が訪れていた。颯太の精を取り込んだおかげか、動きがよりしなやかに、そして同時に力強くなったと感じている。下腹部の太陽もそのままだ。颯太に聞くと今は体の慣らし運転のようなものだから、多少の違和感は気にしないほうがいいらしいのだが……

  弓吾の不調を気遣っているのか、颯太が優しげな声で言う。

  「大丈夫だよ。きっとそのうち……」

  「だが、そのうちではだめだ」

  今は新しい力に体を慣らすため、基礎の基礎から学びなおしている。正直大会まで時間がないのでもどかしい気持ちがある。そのうえで体の不調だ。どうしても気にかかる。

  学校を休んでここ二日鍛錬に打ち込んでいるが、なぜかくすぶっている気がする。馴染んでいるというよりは、蓋をされているような……。

  その時、なぜか脳裏に体を重ねた夜にみた悲し気な颯太の顔が思い浮かんだ。薄い膜のような違和感が重なりつづけ、やがて大きな白い塊になる。

  弓吾は颯太に走ってくる旨を伝えると、道場の外に走り出した。時刻はいつも登校している時間帯。まだ空気が涼しく、疑問を洗い流してくれるような気がした。だが気持ちよくいつもの道を走っていると、どこかで聞いたような声が聞こえてくる。

  意識を集中させ耳を澄ませた弓吾は、岩のような無表情を少しだけしかめた。

  何せ後ろのほうから……

  「ここで会ったが百年目ぇええっ!!!」

  灰噛が走ってきていた。彼はどこからか自分の気配を察知した様子で、一心不乱に走ってくると、足を突き出して飛び蹴りを放ってきた。

  反射的に振り向いて避ける。だが、いつもは余裕をもって避けられるはずの一撃に反応が遅れ、体すれすれを掠る。明確な違和感。着地しこちらを振り向いた灰噛にそれなりに力を込められた一撃を放つ。いつもなら顔面にクリーンヒットするはずだが――

  「うわっとぉ!?」

  灰噛は難なく、どこかふざけてさえある様子で避けて見せた。それをみて、弓吾の疑問は確信に変わる。虎は颯太を探して視線をさまよわせる灰噛の胸倉をつかむと、道のブロック塀に体を押し当てた。

  「教えろ!」

  「何の何の何!? 私闘は禁止されて――」

  焦る犬獣人を、両腕を使って持ち上げる。

  「今日の俺の動きと、今までの俺の動き! どちらが強かった!?」

  「え!? えーっと……」

  目を白黒させていた灰噛は、足をプラプラ遊ばせたまま考え、やがて答えを出した。

  「今までのほうっすね。なんか今日のは遅くて、よゆーって感じでした」

  それを聞いた瞬間、弓吾は自覚する。自分が優しくなっていたことを。

  「アイツは……!」

  彼がこれに気付いていないはずがない。師範代として房中術の知識を備えている彼が、このことを知らないはずがないのだ。

  獣性についての知識が豊富な彼が――!

  灰噛を解放した弓吾は、自分の手のひらを見つめる。体の内側にある力を開放する器官を。それを握りしめた彼は、一つの決断に至る。

  ――ねえ、初めて会った日のこと、覚えてる?

  無明颯太は、網垂弓吾を負かそうとしている。

  夜、完全に日が暮れたころに道場に戻ってきた弓吾に、颯太は駆け寄ろうとして立ち止まった。

  「……ッ!? キューちゃん!?」

  体中に砂埃をつけ、唇から出血した虎を前に、颯太はあたふたする。だが、そんな少年の肩を虎は掴み、固定した。

  「ソウ……」

  「キューちゃ……」

  「オレに、隠していることはないか?」

  それを聞いた少年の肩がはねた。冷たい青い瞳でそれを見下ろしていた虎は、自分の懸念が的中したことに内心こぶしを握った。

  彼は、全身から薄く発汗しながら応える。

  「な、なんのこと……?」

  あくまで取り繕うとする幼馴染に、虎は縋った。

  「お願いだ……嘘をつかないでくれ……!」

  やがて、汗の乾いた颯太が、緩やかに注ぐような調子で言った。

  「ごめん……」

  すべて、弓吾の予想通りだった。疑問が氷解した弓吾は、泣きそうになりながら颯太に懇願する。

  「お願いだ……俺にもう一度、術を施してくれ……」

  「それは……」

  「未完成なんだろ……オレの術は……っ」

  意味深に黙り込んだ颯太の肩を、弓吾は強く握る。ふがいない選択をさせてしまった自分への怒りと、信じてくれない幼馴染への怒りを込めて。

  少年は、夜気を震わせ言葉を紡いだ。

  「いやだ……嫌なんだよキューちゃん……」

  「なんで……!」

  すると颯太は、その伏せた瞳から一筋の、雨粒のように静かな涙をこぼす。

  「ふたりが戦うなんて……僕が引き裂いたのに……!」

  彼が考えたことは手に取るように分かった。不完全な房中術を施すことで弓吾の獣としての性を人の精で上書きし、弓吾の力をうまく発揮できないようにしたのだ。そうした理由はただ一つ。純粋な願い。

  それが分かっているからこそ、弓吾は理解してほしかった。

  「あいつは止まらない。きっとオレたちを死ぬまで追ってくる……! だったら……!」

  「それだけじゃないよ!」

  叫び声とともに、初めて颯太から本気で拒絶される。肌が床板に当たる音が響き、ふたりが離れる。驚いた顔で見るしかできない弓吾に、颯太は言った。

  「術が完成したら、きっともう僕じゃきみの師匠じゃいられない……キューちゃんはきっともっと、高いところに飛んで行っちゃう」

  そして彼は、しがみつくように抱き着いた。

  「きっとキューちゃんについていけるのは、舞原くんになっちゃう……そんなの嫌だ……! だってキューちゃんの拳道は……!」

  恐怖にふるえる少年の背に、弓吾は触れられない。

  「ソウ、お前……!」

  「拳道部の先生にも、舞原君にも――誰にも渡すもんか……! キューちゃんは僕のものだ……!」

  強烈な独占欲。それを感じ取った弓吾は、自分の胸の深いところが揺れる感覚がする。その衝動のままに、虎は幼馴染を抱きしめた。

  こんなに自分が愛されていることがうれしくて、弓吾は感謝を伝えるために颯太に話しかける。

  「ありがとう、颯太」

  そして、背中に回した腕に力を籠める。目的を達成するために。

  彼相手ならば、この技を使ってもいいと確信した弓吾は、八年ぶりに記憶を呼び起こし、『自らの獣性を暴走させる』

  気配を感じ取った颯太が顔を上げるが、もうすべてが遅い。

  「……っ!? キューちゃんっ!」

  縦に割れた瞳孔で幼馴染を見た弓吾は、腕の中にいる彼を素早く突き飛ばし、しりもちをつかせた。

  曇った音を立てて、少年が床に倒れる。

  「いっ……!」

  痛みに目を閉じてから、こちらを見上げようとした少年の両腕を掴んで床に縫い留める。颯太に覆いかぶさった虎は、荒い息を吐きながら顔を近づけた。

  瞳に怯えを宿した幼馴染に、ずっと抱えていた思いをぶつける。

  「オレは、お前に会ってからずっと、お前の弟子だ」

  鼻息荒く、颯太の茶色の瞳の奥底を見つめる。自分を導き続けてくれた瞳の奥底を。そこには変わらない、彼の優しさがあった。

  熱い息をはいて、弓吾は言う。

  「ソウがやってくれないなら、オレが勝手にやる」

  そういうと、彼が着ている服を感情のまま引き裂く。あらわになった滑らかな、温かい色合いの素肌に、弓吾は生唾を飲み込んだ。やられた本人はとっさに両腕で上半身を覆い隠すが、そのすきに弓吾は颯太のズボンのファスナーに手をかけ、同じように下着ごと破り捨てる。

  彼の一糸まとわぬ姿を瞳に収めた瞬間から、弓吾の中の雄が今までとは比べ物にならないほどの雄たけびを上げ、自身を突き動かした。

  「ウ、グ……グルォァアアアアアアッ!!!」

  弓吾は自らが求めるまま上半身をのけぞらせると、自らの服に手をかけ、欲望のままに引き裂いた。

  どくんどくんと高鳴る脈動に目を血走らせた幼馴染をみて、颯太は足を動かして距離を取ろうとする。だが、伸ばされた弓吾の手ががっしりと颯太の肩をつかみ、それを錨にして弓吾は再び颯太に近づいた。

  「確か勝手にすると危険だったんだよな……?」

  「や、やめてよキューちゃんっ!? 無理やりなんて僕……っ!」

  怯えた瞳の少年に向かって、ずいと顔を寄せ、片手で颯太のそれを握りしめた。

  「無理やり? こんなにしてるのにか?」

  「っ!」

  顔を赤くして背ける幼馴染の頬に無理やり口づけ、キスをねだる。虎の手の中で脈動する熱を持ったそれが、応えるようにヒクついた。

  「くっ……はっ……!」

  快感に腰を浮かせた颯太の行動を合図と受け取った弓吾は、相手のそこを持ったまま体勢を変えて颯太の腰に跨る。

  少年の腰と自分の割れ目の位置を合わせ、ゆっくりと降ろしていく。

  顔に手を当てながらも、恥ずかし気に指の間からこちらをちらちら見つめてくる颯太の顔をみると、自らの裡に抗いがたい欲望がむくむくと鎌首をもたげるのが分かる。

  欲望をひっかけて吊り上げるようなまなざしに当てられた虎は、彼と心の底からつながりたいという思いに純粋に従い、それで割れ目を引き裂いた。

  ぐぐ……とそこを進む感触は、以前とは違い緩慢だが、それゆえに心を愛慕の感情が満たしていく。黄色と黒の毛皮に覆われた秘裂は受け入れるように少年のそれを包み込み、ふたたび邂逅したおしべとめしべをしっかりと支える。

  「ふっ……!」

  颯太のそれが自分のそこに押しとおろうとする圧力を感じ取って、弓吾は呻く。一気に突っ込まれた前回とは違い、今回は動きが緩慢な分より深く彼の存在を感じる。

  「これ……すごい……っ!」

  頬を朱に染め、熱に浮かされた瞳で颯太を見る。かわいい顔をして、とんでもない欲望を抱えているものだ。内側に彼が食い込んでくると、幼馴染も耐えられなくなったのか、弓吾を求めだした。

  内側を削る雄の圧迫感に空気を押し出されながら、少しずつ体を密着させていく。それと同時に、離れていた心も重なっていく。

  そして、それを表すように、ふいに少年のそれが一層深く虎の中に食い込んだ。

  「ぁ……っ!」

  予想外の動きに、虎の体勢が崩れ、少年にまたがったまま前に崩れる。颯太に上半身が重なる直前で床に手をつくと、乱れた息を颯太の顔に当てながらさらに腰を落としていく。

  そして、楔のように幼馴染のそれが体内に食い込み終わった後で、弓吾は息も絶え絶えに颯太に言った。

  「ここから……動くぞ……!」

  泣きそうな顔でそれを聞いていた颯太は一言、小さく「うん」と答えた。そして示し合わせたように二人は両手をつなぎ、上下に動き始める。

  つながっている部分から水音が滴り、次第にそこに嬌声が混ざり始める。快感に身をのけぞらせた颯太が、口の端から言葉を漏らす。

  「きゅーちゃ……きもち……いっ」

  内側で磨かれるように刺激される颯太のそれが苦しそうにうごめいているのを直に感じ取っている弓吾は、どう猛な笑みを浮かべながら動きを止める。すると、送られていた快感が止まったことに気付いた颯太が、瞳を伏せ少し恨めし気な雰囲気を醸し出す。

  それがおかしくて、弓吾は困ったように笑う。

  「無理やりは嫌なんだろ? それに、オレは正しいやり方なんて知らないからなァ?」

  「……もう」

  悔しくて顔をそむけた彼を、弓吾は静かな瞳で見下ろした。

  「なあ、いいだろ?」

  彼は唇をかみしめただけだった。でも続ける。

  「オレ、うれしかったんだ。お前が術をかけることを選択肢に入れてくれてたことが」

  それを聞いて、少年の体が震える。弓吾は、押さえつけるように手を強く握った。そして、愛おし気に自分の下腹部に視線を落とす。

  「感じるんだ。お前の力を。太陽みたいにあったかい、お前の気を」

  そして、つないでいた颯太の右手を、見つめていた下腹部に当てた。毛皮越しに感じる温度に、颯太がはっと顔を向ける。

  目が合うと、弓吾は頼りなくほほ笑み、当てた颯太の手を円形に動かした。

  「感じるだろ?」

  「それは……」

  自分の一部が相手の中にあると自覚して、颯太のそれが体内で強さを増した。彼の征服欲を感じ取り、自らも欲望を膨らませた弓吾は、小さく下半身をゆすって言った。

  「おれ……ソウのやり方が正しいって、みんなに、アイツに証明したいんだ」

  帰ってきたのは無言、ではなく、

  「……っく」

  颯太から齎された細かい擦れが頭に火花を散らし、体の中にある太陽が膨れ上がる。

  細かい揺れはだんだんと大きくなっていき、虎は甘えるようにつないだ颯太の手に力を籠めた。

  「あぁ……っ ソウ……ソウ……っ!」

  応えるように突き上げる彼の動きに合わせて下に向けて腰を落とし、より深く内壁を削る。二人で練り上げた快感の波の感覚が、次第に短くなっていく。

  涙目で相手をみると、颯太は快感に染まった顔で、苦しげに言った。

  「ぼくもだよ……キューちゃん……っ!」

  「あっ! そこだめ……そうっ!? あっあっ!」

  内壁のコリコリしたところを突き上げられるたび、弓吾のつぼみがすぼまり、雄がとろとろと透明な液体を垂らす。荒々しく雄で虎を突き上げていた颯太は続ける。

  「キューちゃんにはたくさん気持ちよくなってほしいし、強くなってほしい! だから――」

  「そうた……ぁっ」

  そこからふたりは、淫靡に濡れた桃色のまなざしを絡ませ合いながら、手をつないで腰を打ち付け合った。

  道場に、今までとは違う、小さいが歓喜に満ちた嬌声が響く。

  「そう……っ! くぅう……っ」

  「きゅーちゃ……かわいい……!」

  そして、快楽の階段を登り続けた二人は、

  「く……出るっ……!」

  「あ……は……ぁっ……」

  二人同時に、狙いすましたかのように絶頂する。

  弓吾は中にある幼馴染の雄が膨張したと思った瞬間、熱いものが体内をほとばしり、体の中にある太陽が爆発した。この衝撃は痙攣するほどの快感となって全身に伝播し、それが終わった後、虎はゆっくりと颯太に顔を向ける。

  「すげ……気持ちよかった……ソウ……っ」

  完全に陶酔した瞳で颯太を見下ろすと、彼は一瞬面くらいながらも、恥ずかしいのを抑えてまっすぐこちらを見かえした。

  「ぼ、ぼくも……だよ。キューちゃん……っ!」

  すべてが終わった後、ふたりは道場に横たわって、ただ流れる時に身を任せていた。

  「オレはお前に助けられて、大切なことを教わったんだ。ソウ」

  道場に横たわった二人は、穏やかな空気を纏っている。術を完成させた弓吾は、自らの全身を包む、強く暖かな、今までとは比べ物にならない力を感じ取りながら口を開く。

  「オレは負けない。お前以外の誰にも」

  それを聞いた颯太は微笑む。

  「僕の実力なんて、とっくの昔に越えてるのに?」

  颯太の丹田を撫でさすりながら、弓吾は首を振った。

  「お前はいつも、オレの先にいるんだ」

  そして、万感の思いを込めて告げた。

  「最初から、オレだけの力じゃない」

  お前が手を引いて、道を作ってくれたからオレは――

  言いかけて、口をつぐんだ。眼の前の少年の瞳が、大きく揺れたからだ。颯太は急いで顔を背けると、濡れた声で言った。

  「やっぱり、かなわないや。キューちゃんには」

  だが、そんな彼の独白を、弓吾は否定する。

  「ふたりなら、どこまでも走っていける。今度はオレが連れていく」

  そう言って、つないだ片手を強く握ると、彼も握り返してきた。応えてくれたことがうれしくて笑うと、振り向いた颯太も笑う。

  向かい合った二人は、ゆっくりと口づけた。

  

  .4

  大会当日、弓吾は指定された会場に颯太とともに足を運んでいた。学校指定のジャージに肩からスポーツバッグをかけた二人は、視線の先にそびえる建物を見上げる。地区予選の会場になっている市営の体育館に足を運ぶのは、颯太の師範代認定試験の時以来だ。

  颯太は横に並ぶ弓吾に元気よく声をかける。

  「がんばろうね! キューちゃん」

  それに弓吾は、にんまりと笑って返す。

  「ああ。この日のために準備してきたんだからな」

  大会はABCDの四ブロックごとに行われ、一ブロックにつきシード枠含む五校が争う。弓吾が出場する個人戦も流れは同じだ。

  颯太は懐から取り出した予選表をみて表情を曇らせた。

  「でも、まさか同じブロックになるとはね」

  「そうだな……」

  匠海の所属している学校は弓吾の出るBブロックのシード枠で、順調にいけば三回戦目で当たることになる。不安げにこちらを見上げる颯太に、弓吾はどう猛な笑顔を返す。

  「大丈夫だ。オレは負けない。それに……」

  言ってから下腹部に手を添えると、颯太は頬を赤らめた。

  「あんまり言わないでよ。術のことは」

  「なんでだ? オレにとっては自慢なんだが」

  茶化すと、彼は顔をリンゴみたいに真っ赤にして背けて、せかすように歩き出した。

  「馬鹿なこと言ってないで行くよ! 先生から連絡来てるし!」

  「おい待てよ。悪かったから。おーい」

  後ろを追いかけて会場入りすると、体育館内の武道場に入るためのゲートの前に暮崖がいた。

  彼はこちらに気が付くと、けだるげに腕をあげた。

  「二人とも来たな」

  「先生、遅れてすみません」

  「時間はまだある。選手控室に行くぞ」

  いよいよ始まるのだという実感に、少しだけ心臓の鼓動が早くなる。横を見ると、颯太が胸に手を当てていた。

  「出ないのにソウが緊張してどうするんだ」

  すると彼は、はじかれたような勢いで言った。

  「緊張するよ! だって愛弟子の晴れ舞台だもの!」

  「愛弟子って……まあそうだが」

  面と向かって言われると違和感がある。かわいらしく深呼吸を繰り返す師匠に愛おしさを感じていると、ふと彼が表情を切なげなものに変えて言った。

  「キューちゃんだって言ったじゃない、オレ一人だけの力じゃないって。僕も今はそう思ってるから」

  「ソウ……」

  「一緒に戦ってるつもり……だからさ」

  控えめに見つめてきた颯太と視線を合わせていると、前を歩いていた暮崖がわざとらしく咳払いをした。

  「お熱いのは結構だが、足元を掬われないようにな」

  颯太は顔を赤くし、弓吾は明後日の方向を見ることでそれを受け流す。そのまましばらく歩いていると、選手控室の扉の前にたどり着いた。

  暮崖に促されて扉を開けると、途端に二人に奇異の視線が突き刺さった。居心地の悪さをさっそく感じていると、弓吾の横にいた暮崖がぼそりと呟く。

  「公式戦に出ないお前たちは結構有名なんだぞ。最年少の師範代と、同い年の弟子のカップルコンビってな」

  「そんなことになってたのか……」

  「ど、どうしよう……」

  暮崖に背中を叩かれた二人は室内に入る。肩身が狭そうに歩く颯太とは対照的に、弓吾は肩で空を切って歩く。

  適当なロッカーをえらんで着替え始めた弓吾をみて、颯太が少し不満げに言った。

  「なんでそんなに堂々としてられるの……」

  「事実だからな。そうだろ?」

  シャツを脱ぎ豊満な上半身を惜しげもなくさらした虎が颯太の腰を抱いて引き寄せると、周囲にほの赤いざわめきが巻き起こった。

  毛皮に顔をうずめることになった颯太は、息も絶え絶えに口を開く。

  「きゅ、キューちゃん、こんなとこで――」

  弓吾は颯太の頭をぽんぽんと叩くと、挑発するように言った。

  「こうしとけば、もう心配ない」

  すると、胸の谷間に顔を押し当てられていた少年が、腕を使って勢いよく体を放した。彼はわざとらしく咳をしながら、怒ったような声で言う。

  「い、意味わかんないよっ! 何考えてるんだよもうっ!」

  意図が伝わっていないことに気付いた弓吾は、これを言い表す言葉を頭の中で検索してから、首をかしげて言った。

  「……旅の恥はかき捨て?」

  「一生の傷跡になりそうなんですけど!?」

  いつもみたいに突っ込む彼の姿に安心を覚えていると、ロッカーを隔てた後ろから声をかけられた。

  「その声ってもしかして――」

  聞きなれた声の方向に顔を向けると、裏側のロッカーからひょいと灰噛が顔を覗かせていた。

  「灰噛くん!」

  颯太の呼びかけに、彼はにっこりとした表情で駆け寄ってくる。ご丁寧にしっぽまで振って。

  「お久しぶりです先生! ――と網垂ェ!」

  「失せろ」

  「会話しようぜ!?」

  涙目になった灰噛に向けて苦笑いしながら、颯太が尋ねる。

  「きみも出場してたんだね」

  「うう……ぐすっ……はい! 師匠から許可がいただけて……あ、俺はここに出るんすよ!」

  そして手に持っていたトーナメント表の、ある場所を指さす。それをみた颯太は、表情を強張らせた。

  「え、ここって……」

  「はい! Bブロックの――ってええ!?」

  言っている最中に大切な事実、一回戦で弓吾と当たるということに気付いた灰噛は驚愕の声を上げる。表にある名前は学校名だったため、気付くのが遅れたのだ。

  だが、最初は驚いて瞳に恐怖のきらめきを宿していた灰噛は、それを飲み込んでからきっと前を向いた。

  「今日こそは負けねぇからな! 第一試合! 首を洗って待ってろ!」

  「ぐえーっ!」

  「勝者! 網垂弓吾!」

  開始早々蹴りの一撃でくの字に折れ曲がりながら吹き飛んで行った灰噛に、審判が無慈悲な判定を下す。足を上げたまま痙攣する灰噛をみていた弓吾は、どこかから颯太の「ははは……」という苦笑いを聞いたような気がした。

  担架で運ばれていく対戦相手を尻目に、いそいそと控室に戻ろうとゲートに足を向けると、通路の中ほどに壁に背をもたれさせてこちらをみる大きな人影があった。

  光を受けて闇に染まっていても、誰かは一目瞭然だ。

  「匠海……」

  弓吾は、どこか苦々し気な口調で呟くと、闇を懲り固めたような色の熊獣人が目の前に立ちふさがった。匠海は相変わらず悪辣な笑みを浮かべたまま、縦に割れた瞳孔で弓吾を見下す。

  「相変わらず温い拳で戦ってるんだなァ? キューちゃん?」

  「何の用だ。無駄話なら後にしてくれ。シードのお前と違ってオレは次も勝たなきゃいけないんだ」

  脇を通り抜けて控室に戻ろうとすると、その隙間を伸ばされた太い腕が塞いだ。

  「少しはマシになったようだが、それじゃ俺には勝てんぞ」

  鋭いまなざしが射抜いてくる。だが、虎も退かなかった。彼に負けないくらい強い光を青い目に宿して、まっすぐ相手を見かえす。

  「オレは一人で戦ってるんじゃない。だから『オレたちは負けない』 ――通してくれ」

  面食らった彼の腕が下がったのを確認すると、弓吾は匠海をそこにおいて控室に戻る。その後姿に、苦し気な叫び声が投げつけられた。

  「お前を見つけたのは俺だ! お前は、六処開闢流を習うべきなんだ!」

  それに応えず静かに控室に戻ると、そこではタオルを持った颯太が待っていた。彼は手に持っていたスポーツドリンクをこちらに手渡すと、微笑んで言った。

  「お見事。やっぱり前よりもずっと強くなってるね!」

  キャップを開け、落とすようにしてがぶがぶとドリンクを飲んでいた弓吾は飲むのをやめて唇を拭う。

  「初めて大会の舞台に立ったが、普段の鍛錬とあまり変わらないな」

  すると颯太は、弓吾の頭にタオルを掛けながら言った。

  「駄目だよキューちゃん。足元掬われるようなこと言っちゃ」

  「分かってるさ。確か次の対戦相手は……」

  わしわしと頭のタオルを動かしている最中に、颯太が自身の脳内データベースを検索して情報を引き出してくれる。

  「確か次の対戦相手の流派は……鹿毛山流だったかな。足技を得意とする伝統的な流派だよ。相手の隙を見て差し込むような一撃を放つ……っていうのが立ち回りの特徴かな。絡め手は少ないから、キューちゃんにとっては戦いやすいはずだよ」

  ほかの流派に一切興味を持たない自分みたいな拳道家がなんとかこの場でやっていけてるのは、颯太の存在が大きい。颯太がつきっきりで緊張をほぐしてくれるから、いつものようにきわめて自然な動きができている。

  タオルの隙間から彼を見つめていると、それに気付いた颯太が頭に「?」を浮かべながら首を傾げた。

  「えっと、どうかした?」

  「一生懸命オレに情報を伝えてくれているお前が可愛いと、そう思っていただけだ」

  「ぶつよ?」

  可愛らしい笑顔に暗い影を落とした幼馴染をみて背筋を凍らせていると、こちらまで聞こえていた外の歓声がひときわ大きくなる。ほかの選手の試合が終わったようだ。

  颯太にタオルを手渡すと、弓吾は深呼吸して次の試合に備える。自分の中で高ぶっていた獣性が平常化されるのを感じ取ってから、虎は幼馴染を見おろした。

  「次に勝てば、シード枠の匠海と当たる」

  今年はどういうことか彗星のごとく現れた有力選手のためのシード枠があるので、次の試合に勝てば弓吾はほかより一試合多く戦うことになる。

  旧友との対戦に意識を馳せた幼馴染は目を伏せた。

  「うん。いよいよだね」

  「次も勝つぞ。絶対に」

  オレたちで。そう続けると、颯太は切なげにほほ笑んだ。

  無明颯太は、ほかの選手と同じように試合を観戦するため控室を出た。すると前方の壁に舞原がいるのをみて目を見開く。

  彼はこちらをみると瞳に怒りを滾らせて詰め寄ってきた。誰もいない控室の壁に肩を押し当てられた颯太は、衝撃に呻く。

  「ま、いばら……くん……っ」

  「無明、お前のせいで……っ!」

  全身から湯気を漂わせ、灼熱を孕んだ息を吐く舞原の姿は、明らかに常軌を逸していた。瞳孔が縦に割れた瞳は細かく震えつづけ、全身の筋肉が隆起している。その姿を見た颯太は、はるか昔の記憶を呼び覚ます。

  ――やっぱりこれってあの時の……!

  握りつぶさんばかりの力で掴まれた肩の痛みに呻きながら、必死に颯太は意思疎通を試みた。

  「駄目だよ……舞原くん……っ! そんな風に獣性を使っちゃ……!」

  「何が駄目だ……? 言ってみろ!」

  やがて、掴まれた場所がぎりぎりと音を立て始める。颯太は叫び出したかったが、歯を食いしばって堪える。大切なことを伝えなければならなかったからだ。

  「そんなことしたら……きみが……こわれちゃ……うっ!」

  「お前さえ……お前さえいなければ……ッ!」

  「ッ! ――前のキューちゃんみたいにっ!」

  颯太が弓吾の名前を出した瞬間、一瞬だけ舞原の瞳が正気に戻る。彼は颯太の肩を離すと、体を震えさせて後ずさった。彼は震える自分の手のひらを見つめながら、呆然と呟いた。

  「いぜ、ん……以前? まさか……俺は……!」

  そして、信じられないものを見るような瞳で颯太に視線をやる。そして、少年のやるせなさのにじんだ悲し気な表情を見た瞬間、彼は瞳を震わせながらよろよろと控室のドアに向かう。

  「舞原くん……」

  少年の声に応えたのは、力なく動いた扉がきしむ音だけだった。

  

  第二回戦を終えた弓吾が控室に戻ると、控室に颯太の姿はなく、自分が入って数分後に彼は戻ってきた。

  「ソウ、どうしたんだ?」

  「ちょっと暮崖先生の所に。キューちゃんおめでとう。次が正念場だね」

  次も、かな? と言い直す少年がわきを通った瞬間、ジャージ越しに湿布のにおいがつんと鼻を突き刺した。反射的に弓吾は颯太を呼び止める。

  「おい、その匂い――」

  すると彼は困ったように眉尻を下げ、頭の後ろを掻いた。

  「ごめん。ちょっと転んで変なところ曲げちゃってさ。大丈夫だから」

  湿布の強いにおいに覆われて、彼が嘘をついているかどうかが分からない。だから、彼の言葉を信じる。

  気を取り直した弓吾は、疲労をできるだけ回復するために深い呼吸を繰り返した。すると、無心になっていた彼の頭の中で、ある一つの記憶が顔を覗かせた。

  それは、颯太と出会って弓吾が本当の意味で拳道を身に着け始めたころ……。

  道場で颯太にマウントポジションで殴りかかる匠海と、必死にそれを耐えている颯太。そして、それに向かって叫びながら向かって行く自分。

  ――やめろォおおおッッッ!!!

  熊獣人の胸板に突き立てられた爪、肉を引き裂く感触、燃えて縮む写真のように、光の中に消えていく人影と血まみれの手のひら、そして――

  「キューちゃん? 大丈夫?」

  声を聞いて目を開けると、控室のベンチに座っていた自分の前にしゃがみ込み、心配そうな顔で覗き込んでいる颯太がいた。彼は眉根を寄せてこちらをみつめていたが、弓吾が素早く彼の手を取った瞬間、顔の緊張を解いてえほほ笑んだ。

  「震えてたと思ったらいきなり、どうしたの?」

  「ついに、この時が来たんだと思ったら……俺は……」

  本当にオレは、あいつと全力で戦えるのだろうか? 怒りではなく、理性をもって。途切れた言葉から思いを読み取った颯太は、ゆっくり頷いた。

  「できるよ。キューちゃんなら」

  そしてゆっくり弓吾の手のひらを自分の胸に導くと、鼓動を刻むそこに弓吾の手を押し当てた。少年は瞳を閉じて、音楽を奏でるように言葉を紡ぐ。

  「きっと伝わるよ。キューちゃんの思い。だから――」

  颯太は押し当てた手のひらをそっと離す。

  「思いっきりぶちかましてきなよ!」

  自信に満ちた表情で顔の横に握りこぶしを作った颯太をみて、弓吾は思わず吹き出す。柔らかい雰囲気でそれを見守っていた幼馴染に、虎は目じりに浮かんだ涙を人差し指で拭って言った。

  「ああ。そうだな」

  きっと伝わるはずだ。

  『オレたち』の拳なら。

  決意を固めると、狙いすましたかのように部屋にアナウンスが響く。特別な、優勝候補のシード枠との戦いを告げる鐘の音。

  弓吾は受け取ったドリンクを飲み干すと、勢いよく立ち上がって出口に向かった。その後ろを颯太がついてくる。そして通路で横並びになったふたりは片手の指を絡ませ合い、やがて手を繋いで歩いて行った。

  武道場に続くゲートの前で別れた弓吾は、背中に感じる視線に一人頷き、光の中を進む。

  辿り着いた武道場の中心、本当の意味で二人のために用意された闘技場の中心で、弓吾は相手に対峙した。

  突如として現れ、付近の道場を荒らしまわった流派『六処開闢流』その中で最も強いと言われる男と、今まで全く試合に出てこなかったにもかかわらず圧倒的な力で戦い抜く男のぶつかり合い。多くの学校、選手がこれに注目していた。

  弓吾は期待と欲望に満ちた空気の中、まっすぐ相手を見据えて言った。

  「来たぞ。匠海」

  それに、かつての親友は昏い、闇に落ちた瞳で応える。まともな反応が返ってこないとわかっていた弓吾は、構わず続ける。

  「これで終わりにしよう。すれ違いも、喧嘩も全部」

  目元を影に落とした匠海とこちらをみた審判役が、腕を振り上げて言った。

  「双方、所属流派を」

  無言で弓吾が構えると、匠海は食いしばった口元を開き、何かの感情に震えた声を上げた。

  「――れよ……」

  「……?」

  頭に疑問符を浮かべたのは、弓吾だけではなかった。審判がそれを敏感に聞きつけ、匠海をたしなめた。

  「舞原選手、所属流派を――」

  だが、それを遮って、彼は叫んだ。

  「黙れッつってんだろ!!!」

  突如として顔面に吹きすさぶ突風。気が付くと試合開始を告げるより先に、眼前に匠海が迫り、弓吾に拳を振りかぶっていた。

  「っ!?」

  とっさに両腕を胸の前でクロスさせると、腕が重なったところに拳が突き刺さり、弓吾は武道場の壁付近まで吹き飛ばされた。ゴロゴロと転がった弓吾が勢いを利用しながら体勢を整え立ち上がると、再び突風が顔を撫でる。すさまじい勢いで接近され繰り出された空間を削るようなアッパーを体を逸らして避け、そのまま後方転回で距離を取った。

  しがみつくように息をしている匠海に向かって、険しい顔で訊ねる。

  「ずいぶんなご挨拶だな」

  「うる……せえ……っ!」

  体から立ち上る闘気は相変わらず嵐のように激しい。だが、細部が違っている。まるで向けるべき矛先を迷うかのようにうねり続けている。

  血走った瞳でこちらを見つめ続ける匠海に、試合開始を邪魔された審判が詰め寄ろうとする。

  「おい、きみっ!」

  「やめろっ!」

  「はあ? 何を言って――」

  相手を引き留めた弓吾に怪訝な瞳を向けたが、相手は振り向いた匠海の顔を見て表情を硬直させる。

  「あ゛……?」

  「ひぃっ!?」

  血走った相手の瞳をみて後ずさった審判は、弓吾のアイコンタクトを受けて大急ぎで武道場を後にする。

  それを安堵の視線で見送った弓吾は、改めて匠海に向かって構えた。

  「来いよ。そうしたいんだろ?」

  すると匠海は獣そのものな唸り声を上げてから、大きく力を込めて地面を蹴った。

  前傾姿勢で近づいてくる相手の姿が、今ならちゃんと確認できる。

  「弓吾ォおおおおおッ!!!」

  唸り声とともに振るわれる腕を、相手の肘関節に自身の腕を当てることで捌いていく。以前には見えない相手の動きに、しっかり対応することができた。

  弓吾は、自らの力がしっかり成長していることに歓喜を覚えるとともに、浮き始めた心を必死に引き締める。こうでもしないと対応すらできない。つまり一瞬の油断が命取りになる。たった一人でここまで強くなった彼に対し、内心舌打ちした。

  (匠海……やっぱりお前は――)

  攻撃を捌くうちに生まれた隙に拳を数発叩き込むと、カウンターを受けると思っていなかった相手が揺らぎ、後ずさった。彼は拳の当たった場所を確かめるようにさすると、憎しみに満ちた瞳を向けてきた。

  「やっぱりだ……」

  「何……?」

  不可解な言動に眉をひそめるが、対照的に相手から闘気の揺らぎが消え、めらめらと燃え上がり始める。危機感を煽られる弓吾とは違い、匠海は声色に憎しみの色を増していった。

  彼は憎々し気に吐き捨てる。

  「気に入らねえ……気に入らねえ! てめえの拳から! アイツのにおいがする!」

  アイツ、と口にした瞬間、匠海の視線が誰かを探すように宙を舞った。殺意交じりのそれを感じ取った瞬間、総毛立つ感覚に襲われる。

  「ソウに何をするつもりだ……!」

  匠海は前傾姿勢になると、自らの裡に力をため始めながら言った。

  「お前を潰した後は! アイツも一生拳が振るえないようにしてやるんだよぉっ!!!」

  その殺意交じりの憎しみに目を焼かれ、一瞬気圧された時だった。豪速のタックルが弓吾の体に突き刺さり、そのまま押し出されて武道場のスポンサー広告でラッピングされた壁に激突する。

  めきめきという音を響かせ壁にめり込んだ弓吾は衝撃に一瞬思考を白く染める。虎はすぐにそこから抜け出そうとするが、相手は隙を潰すように繰り出した拳打でこちらをその場に縫い留めてくる。

  「ぬぅんっ!!!」

  「ぐっ!?」

  腕を上げて繰り出される拳を防ぐだけで手いっぱいだった。相手の拳が何度も腹に突き刺さるたび、全身から空気が抜けていく。

  そして、ガードのために頭の高さにまで上げていた腕を弓吾がだらんと下げた時だった。勝ち誇った笑みの匠海が、こぶしを振り上げた状態でこちらを見下ろす。

  彼は、満ち足りた表情で拳を握りながら呟く。

  「ほらな、雑魚はどこまで行っても雑魚だ」

  そして、腕を振り下ろす。だが、

  「なっ……!」

  ノーガードになった頭を揺らし、意識を刈り取るはずだった拳は頭に当たる直前に、弓吾の手によって受け止められた。

  予想していない出来事に息を詰まらせた匠海に、どこか乾いた声色で弓吾は言った。

  「オレたちは負けない。――だろ? 匠海」

  次の瞬間、つかんだ腕を跳ね上げた弓吾はがら空きになった匠海のみぞおちに肘打ちを叩き込む。息を詰まらせ後ずさった匠海は、いきなり空気の変わった相手に驚愕の瞳を向けた。

  彼は知っている。相手の技から感じる気配を。誰よりも感じていたからわかる。そう、これは――

  めり込んでいた壁から抜け出した弓吾は、体についた壁の欠片を払いながら、匠海の前に立つ。そんな彼に向かって、匠海は叫んでいた。

  「なんでお前――俺の拳を……っ!」

  それを聞いた弓吾は、自分の力を確かめるように両手を握った。

  「言っただろ。オレは一人じゃないって」

  拳から相手のことを読み取れるならわかるはずだ。

  弓吾の体に宿る『匠海から教えられた六処開闢流』と『颯太から教えられた無明平仁流』、その二つを。

  .5

  弓吾と匠海は幼馴染だった。出会った時期で言うなら颯太より早い。同じ小学校に通っていた彼らは、拳道家になることを夢としていたことから自然と仲良くなり、その過程で匠海は、弓吾に秘密を教えた。

  それが獣性の解放、六処開闢流の極意だった。ふたりは学校が終わった後や、休みの日にお互いの親に隠れて鍛錬を積んだ。それがふたりの拳道家としてのルーツだった。

  目の前で起こっているありえない出来事に、匠海は首を横に振る。

  「嘘だ……テメェはあの術を……」

  その先に続く言葉を予想した弓吾は、ふっと軽く笑う。

  「捨ててない。アイツのおかげでな」

  握った右手のこぶしをみながら呟く。そうだ。すべてはあそこから始まった。肉体的にも精神的にも未熟だった弓吾が自らの獣性を暴走させ、元に戻らなくて暴れていた所を颯太に助けられてから。

  小学校の同級生が帰り道にいじめられているのをみて、弓吾は初めて匠海以外の前で力を使った。それで人を殴ると、思った以上に力が出ていて、その場にいた全員が散り散りに逃げていった。

  あふれ出る暴力性と力に自らが制御できなくて、近くを通りすがった同い年くらいの生徒に殴りかかってしまったが、逆に制圧された。それが颯太だった。

  彼は傷付いた弓吾を助け道場まで連れて行くと、体についた傷を手当してくれた上、悩みまで聞いて寄り添ってくれた。

  「アイツは言ってた。獣性は便利でもあるけれど、とても危険な一面が、俺のようになってしまう危険性があると」

  弓吾が話していなかった八年前の真実を聞くと、匠海の体がわなわなと震え始めた。

  「う、嘘だ……あいつはお前を誑かして……」

  それに、確固たる意志をもって弓吾は首を振る。

  「違う、オレが弱かったからだ。だからオレは、お前に追いつきたくてこっそりあいつから獣性の制御を学んだ」

  今ならわかる。匠海の流派は獣性の解放に重点を置いた剛の拳、対して颯太の流派は獣性の制御に重点を置いた柔の拳。二つを学ぶことで、ようやく弓吾は己にバランスを見出すことができた。

  そして、あの日が来た。

  「オレがお前の胸に消えない傷跡をつけたあの日から、オレはこの拳を封印した」

  不審に思った匠海が道場まで後をつけてきて、自分がいないわずかな隙を狙って颯太に戦いを申し込んだ。弓吾が気付いた時には既に勝負は決していて、それでもなお颯太を叩きのめそうとした彼を――。

  それをきいた匠海は、頭を抱えて呻いた。

  「嘘だ嘘だ嘘だ……っ! なら俺は今まで何のために……! うぐっ!?」

  弓吾はかみしめるように目を閉じてから、確固たる意志をもって前方を見据える。獣性に振り回され始めた親友の姿を。

  「ぐうぅっ――!!!」

  「アイツにはわかってた。お前が危険な状態にあるって。だから――」

  弓吾も修行を通して、自ら封印していた拳を完全にものにすることを決意した。

  「うぐぁ……ぁあああッ!!!」

  今まで自分を保つために存在していた芯にヒビが入り、自らの獣性に飲み込まれた友人が頭を掻きむしりながら前傾姿勢を取る。

  弓吾は、颯太との鍛錬を思い出し、半身の構えを取り、何度もしてやられた相手の動きに備える。

  今ならできる。颯太の力を取り込んだ今なら、昔のように振り回されることなく、完全に違う流派を使い分けることができると。

  弓吾は、颯太と匠海、三人一緒に相手に立ち向かう。

  そして、武道場の床を蹴り砕く音が聞こえた次の瞬間、鈍い打撃音が響いた。

  あの大会から一週間後、弓吾と颯太は次々と現れる挑戦者に頭を抱えていた。

  列を為して対戦を待ちわびる拳道家たちの名前を紙のリストに記入しながら、颯太はせわしなく動く自分の後ろで汗を拭いている弓吾に焦った眼を向ける。

  「キューちゃん今日は後何人くらい行ける!?」

  「三~四人位……だと思う」

  「わかった! と、いうわけなので皆さん! 先頭の四人の方以外は後日ということで!」

  不満げな空気が道場内を満たすが、しょうがないことだ。観戦のために壁際に移動していく彼らを見ながら、颯太に案内された対戦相手が道場の真ん中あたりに案内する。

  颯太は弓吾に近づくと、彼が持っていたスポーツドリンクとタオルを受け取った。

  「まさかこんなことになるなんて……」

  「失格になったオレたちに絡んでくるなんて、物好きな奴らだ」

  匠海との試合は無効となり、匠海は反則負け、同時に体力的に疲弊した弓吾は棄権し、大会は幕を降ろした。だがそれ以来、道場に挑戦しようとする拳道家が後を絶たない。どうやら異なる拳道の使い分けが相当珍しかったようだ。

  おかげで鍛錬する間もなく、てんてこ舞いな日々を送っている。颯太は周りに聞こえないよう、そっと弓吾の耳元に口を寄せた。

  「対戦が終わったら、今日は舞原くんの所にお見舞いに行こう?」

  「ああ」

  匠海はあの戦いで弓吾に手刀で鎖骨をへし折られ入院している。お礼参りを考えて関係者以外立ち入り禁止らしいのだが、二人はアーシャを通して許可を貰っていた。このところ二日に一回は見舞いに行っているから、あきれられるかもしれないが。

  「ちょっと、話してくれるようになったしね」

  そう言って屈託なく笑う颯太につられて、弓吾も微笑んだ。すると、組手の催促が飛んでくる。

  「あ、はいはーい!」

  これが望んでいた関係性なのかはわからないが、間違いなくいい方向に進んでいるのは確かだろう。

  颯太が対戦相手と自分の間に立ち、腕を振り上げる。

  「双方、所属を」

  「六処開闢流兼無明平仁流、網垂弓吾」

  そして、相手の名乗りを聞いた颯太が、言葉とともに腕を振り下ろす。

  「いざ尋常に――始め!」

  道場内に、活力あふれる音がこだました。

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