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ヤドンのいど

  ジョウト地方のヒワダタウン、そこには“ヤドンのいど”と呼ばれる井戸がある。

  “ヤドンのいど”には名前の通り、多くのヤドンが生息している。

  それはとある夏の暑い日の事。

  ヨルノズクの鳴き声が静寂に波紋を立てる、深い夜の時間。

  一人の男が“ヤドンのいど”に忍び込んだ。

  その男はポケモンハンターであった。

  ポケモンを密猟し、ポケモンの素材や、時に生け取りしたポケモンを売って生活をしていた。

  しかし、最近は失敗続きで収入の無い男は焦っていた。

  このままでは生活に支障が出る。

  早急に金が必要だった男は、過去の事件が書かれた新聞を見て思考する。

  過去にロケット団が、ヤドンのシッポの乱獲の為、ヤドンのいどで暴れていた事件。

  もうアレから幾月の時が経ち、ほとぼりが冷めている今が好機なのでは、と。

  あらかじめ持ち込んでいたヘッドライトを付けて、男は井戸の底に降り立った。

  外と比べ、地下の空間はひんやりとした空気に満ちていた。

  薄着で来た男は軽く腕を[[rb:擦 > こす]]り、肌寒さを誤魔化しながら歩き始める。

  10歩も歩かないうちに、すぐにヤドンを見つけることができた。

  男はニヤリと口角を上げ、大きなハサミを取り出した。

  ヤドンはライトで照らされ、男が近づいても、そちらに気が向く事はなく焦点が合っているのかも分からない目で虚空を見つめていた。

  ヤドンの”どんかん”さと、もとよりヤドンのシッポが切れやすいことが功を奏した。

  ハサミの刃は軽い力でシッポを[[rb:断 > た]]った。

  ヤドンは自身の身に起こった事に未だ気づかない。

  あまりの容易さに、男の口から殺し切れなかった笑い声が漏れた。

  辺りを見渡す。

  いや、そこまでする必要は無い。

  軽く視線を左にずらした先に次の獲物がいる。

  男は再びシッポを断つ。

  そして次のヤドンを見つける。

  また断つ。

  見つける。断つ。見つける。断つ。見つける。断つ。見つける。断つ。

  見つける。断つ。見つける。断つ。見つける。断つ。見つける。断つ。

  見つける。断つ。見つける。断つ。見つける。断つ。見つける。断つ。

  井戸の中は洞窟と言っても過言では無いほど広かった。

  ヤドンを順々に辿る男は、そんな井戸の先の行き止まりに到達する目前まで来ていた。

  唐突に金属の音が洞窟内に響いた。

  夢中になっていた男はそこでハッと気を取り戻す。

  音の出所は男の足元からだった。

  視線を下げると先ほどまで使っていたハサミが地面に落ちている。

  寒さで手の感覚が鈍ったのかと思いながら、ハサミを拾おうと手を伸ばしたところで男は気づいた。

  手が桃色に変色していた。

  男の手は元々日に焼けた小麦色だった。

  変化は手に収まらず、腕の色も桃色に変色している。

  なぜ変化に気づけなかったのか。

  あまりにも“どんかん”が過ぎる。

  このままここに居るのは不味い。

  男は井戸の出口を目指し、走り出した。

  男は走る。

  地面を蹴る音が洞窟内を反響する。

  男の指がゆっくりと短くなっていく。

  ヤドンのシッポを入れていた袋も落としてしまったが、男は気づかない。

  男は走る。

  助けを求めてを叫ぶが、井戸の外まで届かない。

  男の求めたシッポが、今や自身の腰に生えている。

  男は走る。

  変化は足にも現れ、細くなった足先でバランスを崩して転けてしまった。

  なんとか壁に手をつきながら立ち上がり、再び進み始める。

  二足歩行で精一杯。

  男は歩く。

  いつの間にかズボンが脱げ落ちていたが、気づかない。

  顔も横に広くなり、[[rb:嘴 > くちばし]]のような大きな口で荒い呼吸を繰り返す。

  男は歩く。

  ようやくシッポを切られたヤドンが気づいたのか、井戸の中で鳴き声がこだまする。

  指を無くした手と足では、もう壁伝いでの二足歩行もままならなくなり、[[rb:這 > は]]って進む事にした。

  男は這う。

  ヘッドライトもいつの間にかなくなっていた。

  変化した大きな丸い目と小さな瞳は、男の[[rb:焦燥感 > しょうそうかん]]を表現するには役不足となっていた。

  男はようやく辿り着いた。

  井戸の穴を底から見上げる。

  しかし、ここに来た目的を忘れた男は何もしない。

  そもそも人間の男はもういない。

  “ヤドンのいど”には多くのヤドンが生息している。

  [newpage]

  「これでこの話はおしまい。」

  「ふーん。」

  「“ふーん”ってお前。聞きたいって言ったのお前だろ。

  もっといいリアクションをよこせ。」

  6畳ほどの部屋にいる二人の人間が会話をしている。

  「だって、ただのしょーもないおっちゃんのしょーもない自業自得じゃん。」

  「2回もしょーもないって言ったな!お前!」

  訂正。

  部屋に居るのは一人と“一匹”である。

  「最初に捕まえたポケモンが実は、元犯罪者のおっちゃんだった私の気持ちを知れっての。

  あ〜あ、ヤドランに進化させれば良かった。」

  「バカヤロウ!ヤドランになってたら、俺が人間だった事思い出せなかっただろ!」

  「遠回しに思い出さなきゃ良かったって言ってんの。」

  トレーナーである16歳ほどの少女と“ヤドキング”が、ちゃぶ台を挟んで口論をしている。

  本来、ヤドキングは頭をシェルダーに噛まれる事で知能を得るが、ここにいるヤドキングは元々の記憶を取り戻したようだ。

  「そうだ!話したんだから約束通りよこせ!」

  「はぁ、なんかわざわざ怪談風に話してたのもムカつくけど。ほら。」

  トレーナーの少女は冷蔵庫に入れてたサイコソーダを渡す。

  「へへ、本当は酒が良かったがコレで我慢してやるか。くぅ〜、ウメ〜!」

  「うるさ、井戸に帰そうかしら。」

  「待て!落ち着け!話せば分かる!」

  

  少女はともかく、ヤドキングは今の生活を気に入ってるようだ。

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