ライカンスロープ 1巻 3話

  暗雲で月も星も隠れた深夜。

  空の暗闇とは対照的に、都心の街は人工の光で煌めいている。

  「あー、くっそ」

  そんな街の一角に建つホテルにて。薄暗い部屋の中、若い女性がベッドに腰かけていた。

  「最悪」

  女性は手を伸ばし、ベッドの上で横たわっている壮年男性の手首を掴む。まだ温かいが、脈はない。男性の死を確認した女性は、立ち上がると洗面台へ歩き出した。

  「ほんと、最悪」

  女性は歩きながら衣服を脱いでゆく。口からは負の感情がこぼれた。

  「マジで最悪だ」

  再び言葉を発した時、女性の声は変わっていた。それは男性の声だった。

  「くそったれ」

  衣服を脱ぎ終え洗面台の前に立つ。鏡に映った顔は、人のものではなかった。

  鏡に向かって悪態をついたのは、黒毛に覆われた狐獣人の男性だった。体毛は黒いが、犬より細い顔たちや大きな尻尾は狐の特徴である。

  「はぁぁぁ・・・・・・」

  狐は深いため息を吐くと、口をゆすぎ、うがいをし、顔を洗った。しかめ面から一転、真剣な表情になる。

  「やらなきゃ」

  気持ちを入れ替えた狐は男性の鞄をあさり、手帳を取り出しページをめくる。

  「七里に、明日の夜だな」

  男性の予定を確認した狐は、床に散らばった男性のスーツを着始めた。

  「よし、と」

  スーツを着て鞄を手にする狐。その顔は、既に狐のものではなかった。

  ベッドの上で冷たくなってゆく男性と、同じ顔になっていた。

  ***************

  朱色の空の下。

  戦闘服を身に着けた瀞は、前方に建つ巨大な倉庫をヘルメット越しに見据えた。

  (ハウンドとかスプリガンなら、数十体は収納できそうだ。ブラキオも余裕で入るな)

  瀞は自身に言い聞かせた。銃撃を浴びても逃げるなと。倉庫から何が出てきても戦えと。

  そして、祈った。もし敵が出てくるならば、それはキメラであってくれと。

  ―――――――――――――――

  数時間前、07部隊に二度目の出動命令が下った。

  隊員たちが会議室に集合すると、戦術指導の教官がスクリーンの前に立っていた。自衛隊出身であり、常に眼光は鋭く動きは俊敏で、正に百戦錬磨の古参兵といった感じだ。

  「BATの調査班が、キメラ事件に関わる重要参考人の尻尾を掴んだ」

  教官がリモコンを操作すると、プロジェクタが作動しスクリーンに壮年男性の顔が映る。

  「七里重工の福岡支部の支部長を務める、黒沢という男だ。どうやら、BATが保管しているキメラや獣人の情報を、この男が外部に流しているらしい」

  「でも、なんでこの人が、BATの情報を知ってるんですか?」

  風丸の問いに、教官は怒声を返す。

  「七里重工はBATの関連企業だろうが!」

  化学薬品、研究機材、武器弾薬、日用雑貨など、BATは基地で扱う物資を特定の大手企業から購入しており、七里重工はその一つだ。それら企業の上層部はBATに関する情報を把握したうえで、状況に応じてBATと連携するようにしている。

  「さらに、七里がキメラを保管しているという情報も入った。すぐにでも黒沢を捕らえたいところだが、身柄を拘束するのに十分な物的証拠が用意できていない。そこで、現行犯で逮捕することとなった。今日の夕方、黒沢は七里の地方支店に視察へ行く。敷地内には事務所の他に大型の倉庫があり、そこにキメラが保管されていると思われる。黒沢が倉庫に入った後、突入し確保する。現場に踏み込むのは捜査班と機動隊だ。お前たちは周囲で待機し、黒沢たちがキメラを解き放った時に備えてほしい。ヤケになった人間は何をするか分からんからな」

  スクリーンに映る映像が、航空写真に切り替わった。森の中、円形に開けた場所があり、そこには小さなビルと大きな倉庫が建っている。

  「周囲の森に逃げられると捜索は困難だ。また、東に進むと住宅街もある。武装した機動隊を一帯に配置するが、あくまで自身が最終防衛線だと思って行動しろ。質問はあるか?」

  教官の問いかけに対し、和虎が手を挙げた。

  「保管されているキメラの種類は分かっていますか?」

  「現時点では不明だ。前回の任務で戦ったスプリガンやハウンドの出所が、この倉庫である可能性も高いが、確証はない」

  スプリガンは銃を使えるほどの知能を持つキメラで、ハウンドはイヌ科の獣のようなキメラである。さほど脅威ではないが、出現することが比較的多い。

  「あの新型の、ブラキオってやつがいる可能性もありますか?」

  瀞の質問に、教官は頷いた。

  「倉庫の大きさから、大型のキメラがいる可能性も捨てきれない」

  ブラキオとは、瀞を追い詰めた首長のキメラだ。過去に目撃情報が無く、新種のキメラとして認定された。

  「出撃までに、過去に目撃されたキメラの情報を全て確認しておけ。他に質問は?」

  次に、空が手を挙げた。

  「私たちは、一緒に突入しなくてもいいんですか?キメラがいるかもしれないなら、捜査班の人の護衛とかした方がいいのでは?」

  「だめだ。獣人の突入は、黒沢を刺激することになりかねん。また、BATや獣人のことを知らない社員もいる。獣人はあくまで、キメラと戦うことだけ考えろ」

  最後に、賢士が手を挙げた。

  「機動隊が、武装した人間から反撃を受けた場合、我々が加勢する可能性も?」

  「状況に応じては要請するかもしれん」

  「その場合は相手を殺害しても?」

  「黒沢以外なら構わん」

  賢士と教官のやり取りを聞いた瀞は、手を挙げようとして、止めた。

  人を殺してもいいんですか。そんな質問は特殊部隊の隊員がすべきではないと感じて。

  ブリーフィングの後、07部隊の獣人たちは出撃準備を始めた。

  「まだ病み上がりなのになー」

  ロッカールームで戦闘服を身に着け、装備の点検をしていると、風丸が呟いた。

  「もう治ってけっこう経つだろ」

  そう答え、瀞は日本刀を腰に差した。

  反論したが、瀞も風丸に同意見だった。傷が完治して一週間しか経っていない。

  「キメラが相手だといいな」

  「ああ」

  瀞はブリーフィングでの賢士と教官の会話を振り返った。

  (人を殺してもいい、か)

  瀞は刀を抜き、刃をじっと見つめた。

  前回の任務にて、様々な課題が生まれた。『銃撃を受けても冷静さを保つ』、『大切な人たちのために戦うことを意識する』、『怒りで我を忘れたりしない』、と。しかし、人を殺すことになるかもしれないと分かった今、課題どころではない。果たして、武装した敵兵と相対した時、自分は相手を斬ることが出来るのだろうか。

  「瀞」

  作業台でハンドガンのマガジンに弾を込めていた空が、手を止めて瀞に話しかけた。

  獣人は人数が少ないため男女別のロッカールームはなく、隅に仕切り板で隔てられた女性用スペースがあるだけだ。既に着替えを終えた空は男性用スペースに移動し、銃の点検を行っている。

  「大丈夫、と言いたいけどな」

  「ちょっと、悩むよね」

  「だよなー」

  空と風丸も、瀞と同様の迷いを抱えていた。

  すると、空と同じ作業台でライフルを点検していた賢士が言う。

  「悩むのは筋違いだ」

  冷徹な言葉に、瀞は思わず反論した。

  「そりゃ、兵士としては悩まず、やらなきゃいけないと思いますけど。人を殺すとなると、そう簡単に割り切れるもんじゃないでしょ」

  「殺人について悩むことは間違っていない」

  分解したライフルを組み立てながら、賢士は続けた。

  「ただ、任務の直前は遅すぎる。入隊前に考えておくべきだ」

  「でも、俺たちはキメラと戦うために」

  「キメラは人工の生物と説明を受けたはずだ。ならば、キメラを作った人間の組織と戦うことになると、予想できはたずだ」

  賢士は瀞を見た。本物の鷹のように、鋭い眼光だ。

  「出撃までに覚悟を決めろ」

  賢士はライフルをガンケースに納め、それを手にしてロッカールームを後にした。

  「覚悟を決めろっつってもなー。難しいよなー」

  賢士が座っていた椅子に腰かけ、風丸が笑いながら言う。

  「あ、和虎隊長は、こういう任務、したことありますか?」

  風丸は、ロッカールームの隅で柔軟体操をする和虎に話を振った。

  「いいや。初めてだ」

  体操を中断した和虎は、風丸に隣の席に座った。

  「幸いというべきか、人と戦ったことはない。こんな日が来ることは覚悟していたがな」

  「和虎隊長は、やれますか?」

  「そのつもりだ」

  瀞は和虎の隣に座り、聞いた。

  「峰打ちとかなら、殺さずに、いけますかね?」

  「難しいな。獣人の筋力なら峰打ちでも相手を無力化できるだろう。だが加減しないと撲殺しかねない。かといって、加減しすぎると倒せず反撃される」

  「時代劇みたいには、いかないですね」

  瀞は過去の訓練を振り返った。銃を使うキメラとの戦いを想定し、機動隊と模擬戦をしたことはある。だが、銃撃から身を躱すことを目的とした訓練だったため、機動隊員たちに攻撃を仕掛けることはなかった。殺さず無力化する適切な力加減など出来るはずがない。

  「でもやらなくちゃいけないですよね」

  マガジンを銃に挿入し、空が言った。

  「そうだな。賢士の言う通り、覚悟を決めるべきだ。自分と仲間を守るためにな」

  和虎の言葉に、3人は頷いた。

  出来るか出来ないか、ではない。兵士である以上、やらねばならないのだ。

  ―――――――――――――――

  (そうは言ってもなぁ)

  七里の地方支店、敷地内に建つ倉庫の東側に、瀞は一人で待機していた。

  (戦闘が起きなきゃいいんだけど。黒沢って男の行動次第か)

  既に黒沢は、数名の社員や秘書を引き連れ倉庫の中へ入っていった。

  BATの機動隊はまず事務所に突入し、社員たちを確保し敷地の外へ連れ出した。抵抗は無く、制圧には1分もかからなかった。そして間を置かず倉庫に攻め入る。倉庫内に黒沢達の姿はなかったが、地下へ続く隠し階段が発見された。

  機動隊が階段を下りたのが3分前だ。もう黒沢達と接触しているだろう。黒沢が大人しく捕まってくれれば、自分たちの出番は無い。殺人の覚悟を固められない瀞は、そうなることを祈った。

  最も、相手がキメラなら戦う覚悟はできている。激戦を生き抜いた瀞は、ブラキオのような大型キメラにも立ち向かえる自信があった。

  (仲間も近くにいるしな)

  倉庫の東には自分、南には空、西に風丸、そして北には和虎がいる。後方の森の中には、機動隊の隊員たちがいる。

  (凄腕のスナイパーまでいる。一人じゃないって、心強いな)

  倉庫から600メートル南下した地点、国道沿いにある岩山の頂上には、副隊長の賢士がいた。国産の狙撃銃・豊和M1500を構え、銃口と双眼を倉庫に向けている。狙撃の邪魔になるためヘルメットは被っておらず、鷹の頭部をさらけ出している。その姿は、岩山の頂上から獲物を睨む鷹そのものだ。

  (不安要素は、人と戦うことだけだな・・・・・・それにしても、遅いな)

  隊員たちが突入し5分以上が経過したが、まだ連絡はない。周囲が暗くなるにつれて、瀞の不安も増していく。こちらから呼びかけた方がいいのではと、瀞が思ったその時。

  『こちら突入班。黒沢を確保。また、倉庫の地下にキメラを確認』

  耳に取り付けた小型無線機から、突入班からの報告が聞こえてきた。

  『キメラは薬物を投与され、檻の中で眠っている。増援は不要。これより、黒沢とその秘書、七里の職員3名を連れて行く』

  『こちら本部、了解した。突入班が帰投後、ヘリで黒沢らを基地に連行する。他の隊員はその場で待機。突入班と入れ違いで地下へ行き、現場の調査を行う』

  瀞はほっと胸を撫でおろした。どうやら戦闘は起きないようだ。自分がこれからすべきことは、キメラの回収の手伝いくらいか。瀞がそう考えていると。

  『うわっ!!』

  叫び声と銃声が無線から響いた。

  『どうした!?』

  『キメラからの攻撃を受けている!ハウンドじゃない!ビーストの応援を!ぐえっ!』

  応援を求める声は途絶えたが、無線からは銃声と怒号が流れ続けた。

  『ホークは待機、それ以外は突入するぞ!』

  『了解!』

  和虎の命令を受け、瀞は刀を抜き倉庫へ駆け出した。

  「おっ!?」

  倉庫の扉が開き、作業服を着た男性が飛び出してきた。

  「助けて!奴らが来る!」

  男性は瀞の元へ走る。瀞は刀を納めた。

  直後、男性が出てきた扉を破壊し、1頭の獣が倉庫から飛び出してきた。獣は高速で移動し、跳躍して男性の横を通り抜ける。

  「うっ」

  呻いた後、男性の首は胴体から落ち、首を失った体は崩れ落ちた。

  瀞は獣を見た。体躯はゴリラに近いが、赤く濁った瞳と耳まで裂けた口はゴリラよりずっと醜悪だ。男性の首を刎ねるのに用いたのは、発達した爪だ。さながら曲刀のようで、刃渡りは20センチほどもあり、鉈のように肉厚だ。

  (リッパーってやつか?)

  瀞は過去に読んだ資料を思い返し、該当するキメラを思い出した。鋭い爪を持つ、リッパーというキメラを。ただし、資料でのリッパーの姿は、二足歩行するイタチのような小さな獣だった。目の前の獣は、ゴリラや熊のように大きい。

  『フッ』

  リッパーは腕を振って爪の血のりを払うと、瀞を睨みつけた。

  瀞は刀を抜いた。恐怖はあったが、それを上回る戦意があった。

  (許せねえ)

  瀞は首を切り落とされた男性の亡骸を見た。

  彼がどんな人物か知らないが、殺された彼に憐れみを、殺したリッパーに怒りを抱いた。

  刀を下段に構え、リッパーに向かう。

  リッパーも瀞へ走る。巨躯だが速い。

  『オオオッ!』

  リッパーが右腕を斜めに振り下ろす。瀞は加速し、左前方に飛び込みつつ刀を切り上げた。

  『アガァ!!』

  リッパーの右手が切り落とされた。瀞は悶絶するリッパーに近寄り、首に突きを打ち込んでとどめを刺した。

  (訓練どおり、できた・・・・・・速いけど、見切れないほどじゃねえな)

  唐突な開戦だが、瀞は自分でも驚くほど冷静に対応できた。一度激戦を経験したことによる精神的成長が要因であることは、瀞自身気づいていない。

  (獣人ならなんとかなるけど、人間じゃこうはいかねえな。急がないと!)

  瀞は突入した機動隊員たちを救うべく、倉庫へ駆け出した。だが。

  「いっ!?」

  倉庫の扉からリッパーが飛び出してきた。

  瀞は足を止め構える。リッパーは踏み込みつつ左腕をなぎ払う。瀞は後方へ跳んで躱し、即座に踏み込んで刀を振るう。切っ先が首を裂き、一刀でリッパーは倒れた。

  「危ねぇ。気を付けねえと」

  刀の血のりを拭いていると、窓ガラスが割れる音がした。倉庫の方を見ると、窓を突き破りリッパーが出てきた。更には扉からも現れる。

  「おいおい」

  1体、2体、3体と、リッパーが次々に出てくる。

  瀞は左手でグレネードを掴んだ。

  (皆は無事かな。って、俺は心配される方だろ)

  10体を超えるリッパーが向かってくる。瀞はグレネードを放り投げた。

  爆風と衝撃波で複数のリッパーが吹き飛ぶ。しかし、途切れることなくリッパーは倉庫から飛び出し、仲間の死体を飛び越えて瀞に向かう。

  瀞は刀の柄を握りしめた。

  同刻、倉庫の地下にて。

  「最悪だ」

  そう呟いたのは、スーツを着た壮年の男性だ。彼が周囲を見渡すと、地獄のような光景が広がっていた。

  「本当に、最悪だよ」

  機材やコンテナが並ぶ薄暗い部屋の中は、死体で溢れかえっている。BATの機動隊と七里の社員のものだ。撒かれた血、零れた臓腑、切り離された頭部や四肢。凄惨な光景だが、男性はそのことを気にしていない。

  (まさか、BATが黒沢のことを嗅ぎつけていたなんて。獣人も出張ってるだろうな。出られないじゃんか。どうすりゃいいんだよ)

  男性は目の前の惨劇には目もくれず、自身が次にとるべき行動を悩んでいた。

  (機動隊の誰かに入れ替わるか?それとも・・・・・・)

  ガタン

  「ん?」

  不意に、出入り口の扉が開いた。

  『ガアアアアア!!』

  咆哮と共にリッパーが部屋に突入してきた。リッパーは男性目掛けて走り、爪を振るう。

  人間には反応できない速度だが、男性は後方に跳んで躱した。リッパーは男性を追いかけ爪を振りかぶる。

  『グッ!?』

  リッパーの顔に、切断された腕が飛んできた。リッパーは爪で切り落としたが、血飛沫が目に入り動きが止まる。

  その隙に、男性は死体から拾ったショットガンを左手で構え、リッパーに発砲した。散弾を浴びて、リッパーは倒れる。

  (危なかった・・・・・・残っていたのかよ)

  リッパーにとどめを刺す男性には、黒毛で覆われた尻尾が生えていた。先端が血で濡れているのは、切断された腕を投げつけるのに使ったからだ。

  「脅かせやがって」

  そう呟く男性の顔は、黒毛の狐獣人となっていた。

  (とにかく、なんとか胡麻化さないとな)

  狐獣人はショットガンの残弾を確認すると、周囲を警戒しつつ部屋を後にした。その姿は、いつの間にか壮年男性に変わっていた。

  地面すれすれの位置から振り上げられた刃が、リッパーの右脚を切り裂く。

  『アアアアアッ!』

  のたうち回るリッパーの頭部に切っ先が落ち、その命を絶つ。瀞はこの日、10体目のリッパーを仕留めた。

  「キッ!」

  別のリッパーが瀞の背後に回り込み、腕を振り下ろす。瀞は前に跳んで躱し、空振りしたキメラへ踏み込んで刀を振り上げた。

  ガチンッ!

  爪と刃が衝突し、火花が散る。疲労により回避から攻撃へ移る動作が遅れ、瀞の斬撃は防がれてしまった。

  『シッ!』

  リッパーが追撃の爪を振る。瀞は後方に大きく跳んだ。

  『ハアッ!』

  もう1体のリッパーが着地した瀞に襲い掛かる。だが、リッパーは不意にその場に倒れ、一瞬遅れて銃声が届いた。岩山から賢士が放ったライフル弾が、脳を射抜いたのだ。

  『ガアアアア!』

  仲間の仇と言わんばかりにリッパーは吠える。

  次こそは仕留めてやると心に決め、瀞は自らリッパーへ駆ける。

  『カッ!』

  リッパーは右腕を振り下ろす。瀞は左に跳んで避け、リッパーの右脇腹へ刀を切り上げる。だが踏み込みが浅く、致命傷には至らない。

  すかさず瀞は刀を打ち下ろそうとするも、一瞬早くリッパーは右腕をなぎ払った。回避が間に合わないと察し、瀞は刀で防御する。

  ギィン!

  再度、刃同士がぶつかり合い火花が散る。刀が吹き飛びそうになるが、瀞は柄を握りしめそれを防いだ。

  『ギアッ!』

  体勢が崩れた瀞の首を狙い、リッパーが左腕を振るう。瀞はしゃがんで躱し、地を蹴り、右へ踏み込みつつ太刀を振り上げた。その一閃は、深々とリッパーの胴体を切り裂いた。

  『カッ・・・・・・』

  脇腹の傷を押さえ、吐血しつつ、リッパーは腕を振りかぶる。遅く、力のない動作で。

  瀞はリッパーの首に突きを打ち込み、とどめを刺した。

  (終わったか)

  瀞は周囲を見渡した。生きているリッパーは、この場にはいない。だが銃声とリッパーの咆哮が遠くから聞こえる。仲間が戦闘中であると知った瀞は、倉庫の南側で戦う空、北側で戦う和虎、どちらの加勢に行くかを考えた。

  (悩む時間がもったいねえ!)

  瀞は空の助太刀に向かうことにした。和虎は賢士の援護を受けられない位置にいるが、彼に加勢は不要と判断した。

  タンッ!

  走り出した瀞は、倉庫の中から銃声が聞こえたため、すぐ足を止めた。

  (機動隊の人か!?助けないと!)

  瀞は倉庫へ突入した。隊員やリッパーの姿はない。見渡してみたが、大きなコンテナや機材が立ち並んでおり見通しが悪い。

  瀞はヘルメットを脱いで嗅覚に意識を集中させた。血とリッパーの臭いの中に、微かに人間の臭いが紛れている。瀞はそれを辿り、歩き始めた。

  (生きていてくれよ)

  瀞はコンテナの角を曲がり、倉庫の中央へ向かおうとした。

  タンッ!

  「いっ!!」

  角を曲がった後、銃声が響き左脚に激痛が走った。

  振り返ると、少し離れた場所にある機材の近くにリッパーがいた。爪が生えてない左手で拳銃を持ち、こちらに銃口を向けている。

  リッパーは立て続けに発砲した。瀞は刀を振るい、銃弾を弾き落とす。

  弾が切れると、リッパーは銃を捨て瀞へ接近し、爪がある右手をなぎ払った。

  瀞は防御態勢を取る。

  ギィンッ!!

  刃と爪が衝突する。踏ん張りがきかない瀞は吹き飛び、コンテナに激突した。

  リッパーは崩れ落ちる瀞に接近し、アッパーのように爪を振り上げた。

  ガギッ!!

  間一髪、瀞は左へ転がり躱した。爪がコンテナに食い込みリッパーの動きが止まる。

  瀞は右脚で地を蹴り、リッパーの脇腹を狙い切りかかる。リッパーはコンテナから爪を引き抜き、右腕を振り上げた。再度、互いの刃がぶつかり合う。

  キィン!!

  甲高い音と共に、瀞の刀が折れた。リッパーは爪がない左腕で拳を作る。

  瀞は刀を左手に持ち替え、リッパーの懐へ飛び込み、折れた刀身を首にぶつけた。リッパーの顔が苦痛で歪むも、傷は浅い。

  リッパーの左拳が瀞の脇腹へ飛ぶ。瀞は右腕で防いだが、2メートルほど飛ばされた。

  着地した瀞は跪く。勝機と見たリッパーは、瀞に向かって爪を振り下ろす。

  瀞は立ち上がりつつ踏み込み、折れた刀をリッパーの手に向かって突き上げた。

  刀身は、リッパーの手のひらに突き刺さった。

  『ギャアアアアアア!!』

  リッパーは右手を引き後退する。瀞はリッパーに切りかかろうとしたが、左足と腹部が痛み、足が止まった。

  リッパーは瀞を睨み、口を開けた。狒々のように唇がめくれ、狼のような牙が露出した。

  瀞は刀をリッパーに向けた。折れた刀身には血のりがついており、刃こぼれも目立つ。

  『アアアアアアアアアア!!!』

  咆哮を上げ、リッパーは瀞に跳びかかった。

  身構える瀞の眉間には皴が入り、口から牙が覗いていた。

  SG552からマガジンを引き抜き、新たなマガジンを挿入し、チャージングハンドルを引き、即座に狙いを定め引き金を引く。何度も練習したため、その操作は的確で速い。

  『グウウッ!』

  ライフル弾はリッパーの胴に当たる。頑強なリッパーは死なないが、動きは止まる。

  その隙に、射手であるカモシカ獣人はリッパーに接近し、バックキックを打ち込む。胸部に強烈な一撃を受けたリッパーは、仰向けに倒れる。カモシカはリッパーに駆け寄り、近距離で頭部と喉に発砲した。頭蓋と頸椎を破壊され、リッパーは絶命した。

  「ふうっ!」

  止めていた息を吐き、空は周囲を見渡す。2体のリッパーが前後から接近してくる。

  『シッ!』

  前方から襲ってきたリッパーが爪を振るう。

  空は右に跳んで避け、後方を向き、爪を振り上げていたリッパーへ発砲した。脚に被弾したリッパーは転倒する。

  『ガアアッ!』

  空は体を反転させ、爪を振り回すリッパーから距離を取りつつ発砲する。リッパーはサイドステップで銃撃を避けて空との距離を詰める。

  『ハアッ!!』

  リッパーが踏み込みつつ左腕を振り上げる。空はリッパーの左へ飛び込み爪から逃れた。前転して起き上がりながらリッパーへ発砲する。銃弾はリッパーの背中に命中した。

  『ギッ!!』

  空は体勢を崩したリッパーに接近し、膝の裏にローキックを打つ。リッパーは仰向けに倒れ、空の銃撃を顔に受けて絶命した。

  空は、足に被弾して転倒したリッパーの方を見た。脚を引きずりながらこちらに向かって来る。空は頭部に狙いを定め発砲する。1発でキメラは倒れた。

  安堵する間もなく、倉庫から新たなリッパーが出てくる。空は深呼吸して銃を構えた。

  体術と銃撃の連携で、空は多数のキメラを仕留めていた。草食動物特有の持久力と視野の広さは多数の敵との戦いで真価を発揮し、賢士の援護をほとんど受けずに戦えた。

  『ガッ!』

  蹴り倒したリッパーにとどめを刺し、空は最後に残った標的に銃を向けた。残った弾は2発。予備のマガジンはないが、1体のリッパーが相手なら十分だ。

  リッパーがこちらに向かって来る。空は狙いを定めた。だが。

  「うっ!」

  背後から冷水をかけられたような感覚に襲われる。振り返ると、頭部が血まみれのリッパーが爪を振りかぶっていた。仕留め切れていなかったリッパーがいたのだ。

  空は右へ跳ぶ。爪は空を切った。

  着地と同時に空は1発撃った。手負いのリッパーは腹部に銃撃を受け、倒れる。

  無傷のリッパーが空に切りかかる。空は後退して躱し、リッパーの胸へ最後の弾を撃ち込んだ。それでもリッパーは痛みに耐え、爪を振りかぶる。空はリッパーへ接近し下段蹴りを打ち込んで跪かせると、後方に回って頭部に上段蹴りを打ち込む。頸椎を強打され、リッパーは気を失い倒れた。

  空はライフルを捨てハンドガンを抜きコッキングし、倒れたリッパーにとどめの銃撃を撃ち込んだ。そして、残っている手負いのリッパーに銃を向ける。

  『ギィィ・・・・・・』

  手負いのリッパーは腹部を押さえ起き上がり、空に向かって歩いてきた。頭部のダメージのせいでふらついている。脚にも被弾しているらしく、片足を引きずっている。それでもなお、空への殺意を失っていない。

  空はリッパーの頭部に狙いを定め、躊躇わず発砲した。そして、仰向けに倒れたリッパーに近寄り、頭部に追撃の銃弾を浴びせてとどめを刺した。

  「はぁぁ・・・・・・」

  乱れた呼吸を整え、シグザウエルP229のマガジンを交換し、周囲を見渡す。リッパーの死体だらけだ。だが不思議と、後味の悪さは初陣の時ほど感じなかった。

  (瀞は無事かな?風丸は?)

  まだ動ける空は、すぐに次の行動について思考を巡らせた。東口の瀞、西の風丸、どちらの援護に行くべきか。

  無線で賢士の指示を仰ごうとしたが。

  『アアアアアアアアァ!!』

  倉庫の中からリッパーの咆哮が聞こえた。

  『ガゼル、倉庫の中に行け。ドッグがいる』

  次に、無線から賢士の指示が届く。

  「了解!」

  空はハンドガンの薬室に弾があることを確認し、倉庫へ突入した。

  コンテナや機材で見通しが悪く、瀞の姿は見えない。空はヘルメットを脱ぎ、耳をそばだてる。すると、取っ組み合いをしているような物音が聞こえた。

  空は不意打ちに注意しつつ、物音の方へ急ぐ。

  「あっ!」

  数回コンテナの角を曲がると、折り重なって倒れた瀞とリッパーを見つけた。

  (撃てない!)

  両者は密着している。少しでも狙いがずれると、弾は瀞に当たる。空は射撃を諦め、銃を下ろし駆け出した。

  「うっ」

  空は思わず声を上げ、足を止めた。

  瀞は、仰向けに倒れたリッパーの首筋に噛みついていた。リッパーは苦悶の表情でもがいているが、両腕は瀞に押さえつけられており為す術がない。

  『グゥゥ・・・・・・』

  リッパーの抵抗は徐々に力を失っていく。やがて、完全に動かなくなった。

  瀞は口を開いて立ち上がると、唾液もろとも口内に溜まった血を地面に吐き出した。

  空は瀞の顔を見た。血だらけの顔は、無表情だった。半開きの口からは舌が出ており、唾液と血が混ざった液体が垂れている。

  獣人ではなく、本物の犬のように見えた。

  (まじぃ)

  口内の血を吐き捨て、瀞は後悔していた。ブラキオと戦った時と同様に、また敵に噛みついてしまった。

  (まぁ、でも、仕方がねえな。こうするしかなかったんだ)

  しかし初陣の時ほど、自分に嫌悪感を抱くことはなかった。刀を失った自分にとって最良の攻撃こそ、噛みつきだからだ。それを理解していたから、意識して敵に噛みついた。噛みつきによる攻撃は一度しかやったことがないが、驚くほどスムーズにできた。そうすることで、勝つことができた。後悔だけでなく、達成感も得ていた。

  「瀞」

  名を呼ばれ、瀞は顔を上げた。そこには、拳銃を手にした空がいた。

  「そ、空・・・・・・」

  空と目が合った瞬間、瀞の心中の達成感は羞恥心に変わった。

  (見られた・・・・・・)

  弁明しようとした瀞は、言葉を失った。空がこちらに銃を向けた。

  「ちょっ!待っ!」

  「伏せて!」

  瀞がしゃがむと同時に、空は引き金を引いた。

  『ギッ!』

  瀞の背後にいたリッパーの頭部に、空が放った銃弾が当たる。

  空は発砲しつつ前進し、弾が切れると同時に踏み込んで前蹴りを放つ。

  内臓を押しつぶされたリッパーは吹き飛び、後方のコンテナにぶつかって尻もちをつく。

  空はリロードして、リッパーの頭部に集中砲火してとどめを刺した。

  「そ、空、ありがと」

  「瀞、怪我はない!?」

  安心して感謝を述べる瀞に対し、空は周囲を見渡しながら聞いた。

  「ああ、脇腹がちょっと痛むくらいだ。あと、左腕がちょっと切られてる」

  瀞は、自身の左腕に浅い切り傷があることに気付いた。リッパーと取っ組み合いをしている時に引っかかれたのだろう。

  「私が警戒しているから、薬を」

  「ああ、ありがとう」

  瀞は腰のポーチから獣人専用の治療用軟膏が入ったチューブを取り出した。

  「空は、怪我してないか?」

  「私は平気」

  「すげぇな、空」

  「運が良かったから」

  瀞は軟膏を傷口に塗りつつ、空の背中を見た。空はこちらを見ず、周囲を警戒している。瀞が敵に噛みついたことについて何も言わずに。有難いと、瀞は思った。

  「ってぇ・・・・・・」

  「傷、深い?」

  「いや、浅いよ。沁みただけだ」

  瀞は痛みに耐えながら、空に噛みつきを見られた時に芽生えた感情を振り返った。

  (見られてもいいだろ。前と違って、怒りに我を忘れて噛みついたわけじゃない。自分で考えて、噛みつきを選んだんだ。あの時は、ああするしかなかったんだ)

  そう言い聞かせるも、羞恥心は拭い去ることができない。

  (まぁ、刀を折られるっていう、大きなミスをしたところを見られたからな。和虎隊長だったら、全部のリッパーを刀で倒していただろうし)

  感情の原因をそう結論付けた瀞は、チューブをポーチに戻して立ち上がった。今は、これから取るべき行動について考えねばならない。

  「終わったよ。これからどうするか、無線で隊長に・・・・・・」

  『こちらタイガー。ドッグ、ガゼル、無事か?』

  瀞が提案しようとすると、無線から和虎の声が聞こえてきた。

  「無事です。現在、倉庫の中の、東口付近でドッグと一緒にいます。ともに軽傷です。リッパーはいませんが、潜んでいる可能性があります」

  空が現状を返した。

  『了解した。俺はチーターと倉庫北口にいる。ホーク、周囲にリッパーは?』

  『いません』

  全員が無事と知り、瀞も空もほっと胸を撫でおろした。

  『ドッグ、ガゼル、戦闘は継続できるか?』

  「ライフルの弾が切れました」

  「俺は、刀が折れました」

  『分かった。本部、こちらタイガー。装備を補給したい。倉庫東口前に、日本刀一振りと、SG・・・・・・ガゼルのライフルの弾を持ってきてくれ』

  「SG552です。あと、シグザウエルP229の弾もお願いします。スタングレネードも」

  『こちら本部、了解した。装備補給後は、ビースト全員で倉庫の地下を探索しろ。タイガーとチーターは北口で待機。ドッグとガゼルは倉庫の東口から外へ出ろ。ホークは飛んで倉庫へ来い』

  無線によって、次の行動が決まった。刀を受け取り、皆と地下へ向かう。

  「一旦、出ましょう」

  「ああ」

  二人は倉庫の東側出入口に向かおうとした。

  「あっ!」

  空が急に足を止め。後方に銃を向けた。瀞も止まり、空の視線の先を追う。

  「ん?」

  積まれたコンテナの奥、10メートルほど離れた場所、そこの床に正方形の大きな穴が開いている。そこから、深緑色の何かが出ている。

  (あれは・・・・・・キメラか!?)

  瀞は、それがキメラで、こちらを見ているのだと気づいた。次の瞬間、キメラは瀞と空に向かってナイフを投げつけ、穴から飛び出した。

  2人は紙一重でナイフを躱す。キメラは間合いを詰めつつ、腰から新たなナイフを抜いて投げた。

  瀞は半身になって躱し、空はサイドステップで避けつつ発砲した。キメラはコンテナの陰に隠れる。

  「瀞、一旦逃げよう」

  「ああ」

  瀞が応じた直後、後方のコンテナの脇からキメラが飛び出し、瀞の左側面に回り込んだ。

  空は銃を向けるが、瀞の身体が射線に入り撃てない。

  キメラは瀞の脇腹にナイフを突き出す。

  「ぃいい゛っ!!」

  瀞は咄嗟に左腕でナイフを受けた。刃は骨に達するが、胴体には届かない。

  痛みに耐えつつ、瀞はキメラを見た。

  緑色の乱れた長髪、枯れ枝のような皮膚、逆三角形の頭部には細い双眸と縦長の口、発達した筋肉を有する両腕。骨格は人と同じでも、容姿は正に化け物だ。

  空が回り込んで、発砲する。キメラは後退して避け、空にナイフを投げた。空がサイドステップで躱すと、キメラは空の着地点に回り込んだ。

  空は銃をキメラに向けようとした。キメラは左手で空の銃を押さえ、右手で腰のナイフを抜き、空の首を狙って振るう。

  空は上半身を反らして避け、銃を手放して後退する。

  「おい!」

  瀞は折れた刀を拾い、キメラに叫んだ。キメラは空の銃を放り投げ、瀞を睨む。

  (折れてるから刀身が短い!間合いに気を付けろ!)

  瀞は下段の構えを取り、迎撃の準備を整えた。

  キメラは瀞に向かう。が、足を止めた。

  ならばこちらからと、瀞は前に出ようとしたが、太刀を持った巨体から追い越された。

  和虎だ。

  「フッ!」

  和虎はキメラに向かい、切上を打ち込む。瀞の一撃より速く強い。

  キメラは後退し躱す。和虎は追撃の一刀を振り下ろすも、キメラは半身になり避け、踏み込んで右手のナイフを振り上げた。

  「あっ!」

  和虎が切られる。瀞も空もそう思ったが、和虎は後退し躱した。キメラは左手でもナイフを抜き、和虎を追い両手のナイフを振り回した。和虎は反撃できず、回避を続けた。

  (刃渡りが長い太刀じゃ、不利だ!)

  キメラは常に前進し、ナイフが有利となる距離を維持した。この距離で絶えず攻撃を打ち込めば、太刀を持つ和虎は反撃できないと判断して。

  『カカカッ!』

  仕留めるのは時間の問題。そう言わんばかりに、キメラの口から笑い声が発せられた。

  だが、キメラのナイフは当たらない。和虎は上半身を反らし、半身になり、後方や左右に跳び、紙一重で刃を避けていく。ネコ科特有の柔軟な筋肉により、巨体とは思えない軽やかな動きが出来るのだ。

  そして、和虎は反撃に出た。ナイフを避けると同時に右足で踏み込み、柄頭をキメラの腹部に打ち込む。

  内臓を抉られたキメラは、たまらず後退する。

  和虎はキメラを追い、下段の構えを取る。

  キメラは、右脇腹に来る斬撃に備え、そこにナイフを置く。

  即座に和虎は構えを上段に切り替え、袈裟切を打ち込んだ。

  『ギッ!!』

  和虎のフェイントに気付いたキメラはバックステップをしたが、間に合わず切っ先が右肩から左脇腹を通過した。傷口から、赤黒い血が噴き出た。

  追撃を狙い和虎が踏み込むと、キメラの腰から筒状の物体が落ちた。床とぶつかった物体は、爆音と閃光を放つ。

  (スタングレネードまで使えるのかよ!でも、あの距離だとあいつも被害を受けるだろ!)

  数秒後、視力が回復した瀞が目を開ける。周囲を見渡すが、空と和虎しかいない。

  「キメラは?」

  「分からない」

  「風丸!行ったぞ!」

  和虎は叫んだ。キメラが倉庫の北口に行った可能性を考慮して。

  キメラが倉庫の東、西、南口から出た場合、賢士の狙撃によって倒されていただろう。だがキメラは倉庫の北口から出た。

  そこには、風丸がいた。和虎の叫びは届いており、両手にはナイフが握られている。刃がまだ血で汚れていないナイフが。

  キメラは風丸へ走り、ナイフを振る。風丸は右に跳んで避けた。

  風丸が開けた道を通るように、キメラは止まらず走り抜ける。

  「待てよ!」

  風丸はキメラの背後から切りかかる。

  キメラは体の向きを変えず首だけ捩じり、風丸を睨む。

  両者の目が合う。風丸は一瞬、足が止まった。

  すぐに風丸は、再び切りかかったが。

  「ぐっ!」

  キメラの後ろ蹴りを腹部に受け、跪いた。

  その隙に、キメラは森へ逃げ込んだ。

  「風丸!」

  倉庫から、和虎たちが出てきた。

  「た、たいちょ、キメラが」

  風丸の言葉を遮るように、森から銃声が聞こえてきた。周辺を包囲していた機動隊とキメラがぶつかったのだ。

  1分後、キメラは機動隊の包囲網を突破し、森に消えた。

  ***************

  18時32分。新型キメラ、機動隊の包囲網を突破。森林地帯に逃げ込む。

  18時41分。07部隊、装備の補給後に森林地帯にてキメラの捜索を開始。犬神隊員の嗅覚を活かし臭いを追跡。

  18時45分。機動隊A班、七里ビル倉庫の地下室に突入。黒沢と七里の社員、機動隊突入班全員の死亡を確認。新たなキメラは発見されず、安全を確認。調査を開始。

  19時07分。キメラの臭いが川で途絶える。捜索、難航。

  19時30分。機動隊B、C、D、E班、近辺の市街地にて市民の避難を開始。理由は不発弾発見とした。全市民の避難を確認後、市街地周辺にてキメラの捜索を開始。

  19時44分。07基地より機動隊F班出動。キメラの探索に加わる。同時刻、七里ビルの安全が確保されたため機動隊A班も捜査に加わる。

  以降、新型キメラの名称はバルバトスとする。

  4時6分。市街地周辺を捜索中の機動隊B班がバルバトスと遭遇。C班が応援に駆け付けるも、既にB班は全滅。血痕から、バルバトスは市街地に逃げ込んだと思われる。

  4時19分、森林地帯を探索していた07部隊をヘリで回収。市街地へ出発。到着後は、市街地に潜むバルバトスを見つけ、撃破すること。