真実を嘘で塗り潰されて

  4月1日。嘘をついてもいいとされる日――エイプリルフールとして認識されるこの日には、くだらない嘘から非常に凝った嘘まで千差万別の嘘が繰り広げられる。企業が仕掛ける1日限りの大掛かりな嘘。友人に対するささやかな悪戯の嘘。嘘に対する嘘。

  「チッ、嘘つくにしてももうちょいまともなクオリティにしてほしいもんだ」

  そんなエイプリルフールにて、質の低下を嘆く青年がいた。彼はSNSを巡回してエイプリルフールネタを漁っていたのだが、どれもこれもくだらない嘘ばかり。誰もが騙されるような完璧な嘘など1つも無かった。実際、企業にとっては騙すのが主目的というよりも宣伝が主目的といった嘘が多かったし、その他人間も知名度を上げるための行動であることが透けて見えるような物であった。

  「はあ。これとか本当にくだらない嘘だよな。何が『人外になっちゃいました』だよ。現実に人外なんて居るわけないだろ」

  そんな彼はとある投稿に目を付ける。『人外になっちゃいました』という文章と共に画像が投稿されており、画像にはふさふさの毛皮を持った女性が驚いた表情を浮かべた様子が映し出されている。合成かCGか、お世辞にもクオリティが高い物とは言えない出来栄えであった。

  「無性に腹が立ってきたぞ。クソリプ送ってやる」

  青年は怒り任せに『クオリティが低い嘘なんてつくんじゃねえよ』といった暴言を送信する。そして、ハッシュタグを経由して同様の投稿に手当たり次第に暴言を並べ立てていく。

  「はは、こっちの方が楽しいかもな」

  暴言を送ることに楽しさを見出した彼の行動は更に過激になっていく。そうして一通りのアカウントに暴言を送りつけた直後、彼が満足気な表情でSNSを閉じようとした時のことだった。

  「ん、ダイレクトメッセージが来てるな」

  どうやら彼が暴言を送りつけたアカウントの1つが送ってきた物らしい。いっちょ前に反撃か、彼はそう嘲笑いながらメッセージを開いた。

  『あなたこそ嘘をついてはいけませんよ。〇〇大学△△学部なんて、あなたに入学できるはずありませんものね?』

  そのメッセージを見て、彼の顔は真っ青に染まる。匿名アカウントなのにどうして学校がバレたんだ。そう焦る間にも新規メッセージが送られてくる。

  『だってあなたはまだ6歳。小学生に成りたてですもの』

  「は……?」

  彼はメッセージの内容が理解できなかった。彼は正真正銘大学生であり、年齢も21歳になったばかりだった。

  「こいつ頭がおかしいんじゃねえのか」

  アホらしい、そう思った彼はSNSを終了する。そして、疲れた彼は飲み物を取るために冷蔵庫へと向かった。1歩進むごとに気だるさが増していき、視界が歪む。熱でも出たかなと思いながら、彼は冷蔵庫の扉を――開けられなかった。

  「なんで、冷蔵庫、でかくなって」

  冷蔵庫の扉は遥か遠く、背伸びをしても届かないほどの上部に存在していた。彼と同じ背丈だったはずの冷蔵庫。それが、今では倍の大きさに感じられていた。

  「何が起きて――痛っ」

  困惑する彼は何かを踏みつけて転倒してしまう。痛みを堪えながら踏みつけた物を確認してみると、それは彼自身が履いていたズボンであった。何故脱げ落ちているのか、それに、今見えている自分の足は――彼はある結論に至り、玄関に設置されている姿見の下へと走った。

  「嘘だろ」

  そこに映し出されていたのは幼き頃の自分。小学校に入学したての頃の自分。まだまだ甘えたがりのあどけない姿。それが彼の姿だった。

  「もしかしてさっきのメッセージ……!?」

  6歳。小学生の姿。それはメッセージに書かれていた内容と一致する物だ。あのメッセージが原因で子供に戻されたのだと彼は悟った。

  「スマホ、確認しないと」

  メッセージを確認し、送り主に問い詰めなければ。彼はそう思い、先ほど脱げ落ちたズボンのポケットに残されたスマホを取りに戻ろうとする。が、突然湧き上がった不快感が彼の歩みを止めた。

  「腹の中、痛え、ぐ、ぐぅ」

  下半身を中心とした痛みを伴う不快感。中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜられているような苦痛。大した怪我も病気もしてこなかった彼にとって、その痛みは耐え難い物であった。

  「あ、あが、が」

  その苦痛がようやく収まったかと思えば、今度は股間に激痛が走る。小さく収まっていた子供の性器が更に縮こまり、金玉が何かを絞り出すように稼働を始めたのだ。

  「やめ、やめてくれぇ――ああっ」

  彼の未熟な性器から、この年齢では出るはずの無い精液が体外へと排出された。薄く、量も少ないが、不要物を排出した性器は更に縮小を続け――跡形もなく消えてしまった。彼は慌てて股間を触るものの、残されていたのは1本の未熟な筋だけだった。

  「俺、女になって――いや、驚いてる場合じゃない。早く、早く止めないと」

  長年付き添ってきた息子との別れに心が締め付けられながらも、彼はスマホを取り出しメッセージを開いた。

  『あなたは小学生にしては背が低めですよね』

  『男を自称しているようですが本当は女の子ですよね?』

  そのようなメッセージが追加で送られて来ているのを見て、このメッセージの送り主が元凶であることを確信した彼はこの行為を止めるようにメッセージを送り返す。だが、その返事は無情な物だった。

  『あなたは人の助けが無いと何もできない可愛い可愛いケモノさんなのですから、スマホなんて使えないはずですよね』

  彼の手からスマホが滑り落ちる。自由落下するスマホを空中でキャッチすべく差し出した手には、指など無かった。手のひらには肉球が生じ、指は無くなり、それはまさに――犬猫の手のような形だった。

  「あ、ああ、ゆるして、ゆるしてくれ」

  可愛らしい鈴の音のような声で許しを請う彼の姿は、人間とも動物とも違う形をしていた。二足で立ち、言葉を操り、表情を持つ姿は人間であった。だが、頭頂部にピンと立つ耳、全身に生えたふわふわの毛、感情のままに動く尻尾。それらは動物の物に酷似していた。

  どちらの特性も併せ持つ、現実に存在しない生き物――彼は、創作上の存在へと変わり果ててしまったのだ。

  シュポ、と新規メッセージを知らせる音がスマホから鳴る。その音と共に、彼はフラフラと歩き始める。そしてクローゼットへと向かうと、独りでに開いたクローゼットの中へと足を踏み入れ――彼の姿は吸い込まれるようにして消えてしまった。

  『あなたは私のペット。あなたのお家は私の部屋。クローゼットが秘密の入り口』

  残されたスマホはその表示を最後に、この世から消滅した。

  ◇

  「ごめんなさい、ゆるしてください」

  可愛らしいぬいぐるみが並ぶファンシーな部屋の中央で、ひたすらに謝り泣き続ける生物がいた。犬とも猫とも人間とも違う、されどどこかそれらの要素を複合したかのような小さな子供。その生き物はただひたすらに、何かに向かって謝り続けていた。

  「ごめんなさい、ゆるして、あ、あぁ♡」

  そして、時折大きく身体を震わせては未熟な性器から愛液を噴出させ、その小さな身体には不釣り合いの巨大な双丘を惨めに揺らす。先端の乳首からは絶え間なく乳が垂れ流され、床に置かれた瓶へと溜まっていく。そんな彼女を側にあるベッドの上から満面の笑みで見つめる者が1人。

  「ふふ、こんなにも活きの良い使い魔が手に入るなんて運が良かったわあ。ねえ、マ、コ、ト、ちゃん♡」

  ベッドに腰掛ける女性からマコトと呼ばれた生物は、その女性に怯えながら、快楽に打ち震えながら言葉を繰り返す。女性はその様子を見て、より一層気味の悪い笑顔を浮かべる。

  「許す許さないなんてもう過去の話じゃない。私とマコトちゃんの仲でしょう? それに――」

  女性はマコトへと近づき、その頭を撫でる。

  「あなたの名前通り、その姿が本当のあなた。過去のつまらない暴言男は嘘。それがこの世界の真実なの。だから、あなたはいつまでもその姿だし、いつまでもその快楽を得られるし、いつまでも私に愛されるの。素敵でしょう?」

  頭を撫でる傍らで、女性は双丘や性器へと指を這わせる。

  「ああ、嫌ぁ♡ そこ、触らない、でぇ♡」

  「こんなにエッチな声を出してるのに、まだ元の身体に未練があるのかしら。それじゃあ――」

  ――今夜も愛してあげるわね。そう『魔女』は囁く。哀れなペットと化した青年はその魔力から逃れることなど出来ない。全ては、他人の幻想を打ち破る無粋な真似をしたばかりに。手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けたばかりに。『魔女』に目を付けられたばかりに。

  後悔先に立たず。真実を嘘で塗り潰された男は、未来永劫ペットとして愛され続けることとなった。