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  ♯1

  作曲家のドミートリイ・ショスタコーヴィチが自作にて度々用いたのが、DSCH 音型だった。フルネームの頭文字Д. Ш.がドイツ語でD.Sch.だったことによるそれは、ドイツ語音名でD-Es-C-Hの四音からなる動機であり、これはドレミのミのフラットがS (Es=S)と、ソラシドのシ即ちB がドイツ語でH と読めることによる。そうした暗号とも呼べる手法は古くは大バッハも好んでいた他、シューマンも試みており、特に珍しいわけではなかった。

  康隆の父がオーディオルームに篭っていた。彼は昔から、X JAPANを好まなかった。ART OF LIFEで彼らはロックとクラシックの融合を試みたが、康隆の父に云わせればそれは稚拙な出来栄えの作品でしかなかったのであり、それは所謂、失敗作だったという。

  X JAPANに非があるとするなら、中盤で延々とインプロヴィゼーションを演ったことに尽きる。演奏家としての腕は誇示できたかも知れない(康隆の父はそれをも認めなかった)が、音楽理論で目覚ましい成果を上げるには至らなかったのは事実だった。やはり冗長さは、どうしても拭い切れない印象として残った。

  知人に熱心なX JAPANマニアがいて、それに巻き込まれるようにして耳にしたこともかつてはあったが、彼らの音楽など、もう一顧だに値しないとさえ思っていた。付け入る隙もないほどに、嫌いなのだった。頑固なのである。

  クラシックというジャンルであっても、旋律美の有用なことは論を俟たない。ただ、しっかりとした音楽理論による下支えがなければ、その奏でられる音は、空疎に成り果てる。DSCH 音型それ自体は半音の連なる様が調性音楽から離れつつあるようにも聴こえただけに、やはり理論による裏付けは何より大切なのだった。

  ♯2

  康隆の父は開業医だった。精神科医である。教養によって涵養された人格は穏やかにも見えたが、内実はシニカルであり、シビアでもあった。精神科医はこの国では法によって何重にも守られてはいたが、相手をするのは正気の沙汰ではないような人間ばかりなので、神経は擦り減らした。

  ブランデーを開ける。背後ではショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第八番が鳴っている。彼は頭が痛かった。ひとり息子の康隆が出入りの男に夢中なようであるのだ。それは家庭教師で、康隆はそれ故に熱心に勉強をしていたから、無理に遠ざけるのも得策ではなかった。

  この世は儘ならない、父はそう云い捨てて、ブランデーを口に含んだ。デイベッドに身を横たえ、暫し目を瞑って弦の奏でる音色に耳を傾けた。

  〝そういえばあの家庭教師は妻の遠縁だったか、であればもうどうにもしようがないな、私には何もできない〟

  康隆の父が院長を務める精神科は、本を正せば彼にとっては、義理の父となる人が院長だった、そういう病院だ。地元ではそれなりに有名であり、入院用の病床も研究施設も併せ持つ、中規模のホスピタルだった。

  康隆の父は、妻には頭が上がらなかった。恐妻家であり、愚痴は観葉植物に零すのが決まりだった。

  ♯3

  康隆はこの年、十五になろうとしていた。少年から青年へと変わりつつあるまさにその最中の、まだリリカルな情感の発露が見られる年頃のことだった。家庭教師として教えてくれていたのは、二十一になる大学生の雅平である。康隆は彼には、もうここ二年近くは教わっており、学力の向上が著しい。雅平は建築家志望であり、理系科目や英語の教え方の上手なことは、そこそこの評判にはなっていた。

  雅平には、長年に亘って、好いた男がいた。それは歳上で、小ぢんまりとした己とはまるで異なる、立派な体躯の持ち主だった。昔から憧れてはいた。でも所詮は高嶺の花、成り行きで抱かれることさえ叶わなかった。

  雅平は趣味でドラムを叩く。その道での憧れは、X JAPANのYOSHIKIだった。やはり高嶺の花である。ただ、ドラムは彼にとっては救いだった。報われない想いを叩き付けるかのように、熱狂的に演奏するのだ。その時、普段は甘やかで幼い彼の姿には、何かが憑依しているかのようだった。憧れにはまだ遠い、それでも己にも、生きる意味は少しはあると、確かにそう信じられた。だから諦めないでいられた、伸び代のある年頃のこと、まだそういう歳でもあった。

  ♯4

  家庭内で軋轢が表面化したのは、その夏の終わりのことだった。将来の独立も視野に入れて、大学卒業と同時に、海外の大学院の研究室への留学を目指すということもあり、夏いっぱいで雅平が家庭教師を辞めるという話が、俄に持ち上がったのだ。康隆は当初、反発した。だが己の意思では何も変わらないことを悟ると、途端に無気力になるのだった。康隆の通っていた中学は、私立の一貫校であり、授業の進みは早かった。今挫折させてはならないと、周りの人間は揃ってヤキモキしていた。

  「ねぇ雅さん、俺にもひとりで勉強だなんて、そんなことできるのかなぁ」

  「康くん、それは大丈夫。新しい家庭教師の人も来るから、今まで通りに頑張ればいいと思うよ」

  夏休み最後の日、最後の授業で、初めてふたりは、会話だけで二時間を潰した。

  「雅さんの時計のバンド、虹色でカッコいいね! ゲイプライドに纏わるやつなの?」

  「知ってたかー。そうだよ、僕ゲイなんだ、話してなかったよね」

  「うん。実は俺もそうなの。レインボーフラッグって、憧れるよね!」

  その瞬間に、ハグをされた。それだけの、ほんの挨拶のようなこと。それでも康隆は、嬉しかった。それで解った。たぶん雅平も、家ではやはり辛いのだということを。

  ♯5

  九月、新たな家庭教師が着任した。それは愛想はいいが女性だったので、康隆は度々悪態をついた。

  「康くん、この方程式解けるかしら?」

  「お姉さんがイケメンじゃないから、解けない」

  日々この調子だった。次第に成績も下降しつつあって、康隆の家の者は一同、考えあぐねていた。父は云った。〝成績が上がらなければ、中学卒業と同時に義絶すればいいのではないか〟と。これに母が噛み付いた。〝それなら私、あなたのことを追い出した方が早いと思うの。婿風情で偉そうな口を利くのは、お止めになった方が宜しくてよ〟とまぁ、こんな風だったのだ。

  一同、沈黙した。そののちに、同居していた祖父が閃くのである。

  〝雅平には弟がおったろ! あれも確か今年から大学生だな! 家庭教師はあれにすげ替えれば、すべて丸く収まるんではないかな!〟

  それで決まった。雅平の弟は、嗣平と云った。その容姿は雅平に似て、大人しい。だが人となりはまるで異なった。それにより、事態は風雲急を告げることとなる。嗣平には、ある野望があったーー。

  ♯6

  ある晴れた十月の日曜日。康隆の父はやはり、オーディオルームに篭っていた。この日の楽曲は、ジュピター。モーツァルトなのである。第四楽章冒頭のCDFE から成る音型は特に多くの聴衆の耳に馴染んでおり、グレゴリオ聖歌をルーツに持つと云われる。コーダの五重フガートはとみに有名であり、ポリフォニー(多声音楽)とホモフォニー(和声音楽)との前人未到の結合という楽章としての帰結も相俟って、特に第四楽章は、まさに全知全能の神の名に相応しい、そのようにも云われる。父はクラシック音楽すべてによく通じており、この時はジュピターに入れ上げていた。第四楽章の主題のストレッタが耳に何とも心地よく、それはまるで天上の調べだった。

  地階で奏でられている調べのことなど何処吹く風の地上では、嗣平による康隆への個人授業が始まろうとしていた。

  嗣平は、康隆を堕とそうとしていた。ハナからそのつもりで近付こうとしていただけに、兄の一件によって手間が省けたのは、運がよかった。嗣平は医学部の学生であり、精神科医を志していた。その時点で明確に、次の院長の椅子を狙っていたのだ。

  康隆に、嗣平が声を掛けた。

  〝こんにちは、今日からよろしくね〟

  だが、康隆の嗅覚が、その意思を排した。

  〝お兄さん、俺のこと狙ってんなら、何したって無駄だよ。あんたじゃ、無理だから〟

  これで話は終わってしまった。だが授業自体は粛々と進行した。やはり康隆にとってはイケメンには違いなく、その点では勉強は捗ったのだ。

  嗣平は康隆を好いてはいた。打算だけのことではなかったのだ。ただ、一歩間違えば犯罪であるだけに、慎重を期するつもりでいた。それだけに、康隆からのカウンターパンチは、強烈だったのだ。代用品は、所詮本物に取って代わることはできない、それだけのことでしかなかった。

  ♯7

  「ね、何で僕では駄目なん?」

  嗣平にそのように恨みがましい目で縋られて、康隆は思わず苦笑した。やっぱり追われるのは向いていない、絆もないわけであるし、そう思って康隆は気持ちを切り替えようとしていた。

  幼い頃から康隆は、線の細過ぎる男は、苦手だった。選り好みするのも、子供だから仕方ないとも云えた。

  小学校一年の頃、ひ弱そうな同級の男子に付き纏われて、癇癪を起こしたことがある。これには周囲が、黙っていなかった。ひ弱そうな男子は、名前を君彦と云ったが、程なくして不登校となった。一方の康隆にも、痛みは傷となって残った。

  つい先日のこと、康隆は君彦と、久方振りに再会を果たす。君彦は相変わらずスレンダーだったが、覇気があり、昔の軟弱そうな頃の面影は微塵も残っていなかった。

  声を掛けてきたのは、君彦の方だった。彼は云う。

  「ね、ね、康くん久し振りだね!時間ある?お茶でもしない?」

  お茶くらいならと、康隆は申し出を受け入れる。ドトールでアイスココアを飲むふたりは、仲良しに見えないこともなかった。時事ネタでひと通り談笑したのち、会話が詰まる。ここで君彦、切り出した。

  「ね、康くん、どんな子がタイプ?男でも女の子でも、誰でも。教えてくれたら、いいことあるかもよ」

  康隆は思いの丈を、正直に打ち明けた。何か心当たりでもありそうな雰囲気で、その上そんな意味深な顔もして、君彦はひと足先に店を出るのだった、ふたり分の会計を済ませてーー。

  晩秋の折、クラスメイトの柚木彦が、席替えで康隆の隣になった。よく見るとなかなか貫禄のある背丈と腹回りで、雰囲気はあの家庭教師のやや小ぶりにも見えることとは大分異なってはいたが、気分は悪くなかった。

  あまり話したことはなかったが、物は試しにと、声を掛けてみた康隆。

  「柚木くん、こんちゃっす!」

  「おう、よろしくな!」

  やはり声の渋みも、なかなかの貫禄だった。相手は珍しいくらいの丸顔で、ここまでになると、見かけることはそうそうない。ここはひとつ攻めてみようと、草食系男子ならではのあどけない笑顔というやつで、釣ってみようとする康隆。これに柚木彦が掛かった。

  「可愛いやっちゃな!」

  康隆の頭をくしゃくしゃと掻き乱す柚木彦、そこには満面の笑みがまさにあった。康隆、ここでは賭けに勝ったのだ。

  君彦は、柚木彦の親友だった。だから彼は柚木彦に、康隆の好みのタイプはそれとなく伝えておいたのだ。ふたりは、互いの家を、ちょくちょく行き来していた。あの日の心当たりとは、柚木彦のことだったわけである。直感で閃いてそうしたというそれだけのこと、ふたりは学校も違っただけに、君彦にしてみれば、他に何ができるわけでもない。でも、それで十分だった。

  翌る土曜日、家庭教師は休みだったので、昼下がり、康隆と柚木彦は連れ立って新宿の街を歩いていた。この街は不思議だ。ハイブランドもユニクロも、ゲイタウンもセレブのための一角も、終いには歌舞伎町までもが渾然一体となっている。東口丸井一階のストア店頭でApple Watchを眺めるふたり。いつかお揃いで付けたいね、そんな話で盛り上がった。

  スターバックスで揃ってラテを頼むふたり、背伸びして、大人への階段をまた一歩昇る。カッコ付けたっていい、そういうこともまだ許されたい。そんな気分が、ふたりの恋路を力強く後押しした。

  ♯8

  実は柚木彦は、成績は極めて優秀だった。教師に阿るようなことは一切しないので煙たがられてはいたが、実力テストでは常に、学年の上位をキープしていた。

  柚木彦は康隆に、勉強を教え始めた。それは手取り足取り、実に懇切丁寧な教え方だった。康隆はこの出逢いで、家庭教師からも卒業することとなった。嗣平は、用済みとなったのだ。

  それから、何方からともなく、正式に交際がスタートした。告白らしい告白も、SEX でさえもまだだったが、キスなら度々するようになった。柚木彦は子供なのに気を遣う繊細なところがあり、康隆は柚木彦が放屁しているところなどには、出会したこともなかった。

  柚木彦は早く免許を取りたがっていた。康隆を乗せて海までドライブに行くのが夢だった。

  柚木彦は、君彦の様子が気掛かりだった。あれから連絡がない。君彦の想いを知らなかったわけでもないだけに、遠慮しているのかとも思ったが、事態はより深刻だった。

  クリスマスイヴは、康隆は柚木彦の家にお邪魔した。外資系企業の役員を務める父と、ファッションデザイナーを務める母との間のひとり息子、柚木彦。彼は一匹狼だったこともあって、ひとりで過ごすことも多く、内心では寂しがっていた。それには誰も気付いてやれていなかったが、康隆と、それに君彦だけは違った。康隆と柚木彦の家はそれぞれ千駄ヶ谷にあったのだが、イヴは柚木彦の家には誰もいないということなので、康隆がお邪魔することにしたのだ。

  ♯9

  柚木彦には秘密があった。ゲイであることなどは、周囲にはカムアウトも済ませており、関係がない。そうではなく、白血病と闘っていたのだ。人知れず、苦しんでいた。

  「でもさ康隆、俺、病気は治ると思っとんの。というより、もう完治したのよ。それより、味方がいないのは、寂しい」

  そう云われて、グッときて、俺がいるよ、それだけを云った。胸に届くように、康隆なりには頑張った。

  柚木彦は、笑った。泣きながら、笑っていたのだ。その姿を見て、康隆は堪らずにハグをした。ふたりは、嬉しかった。

  柚木彦の言葉通り、この病は完治していた。最近ではそうした事例も稀ではないという。諦めてはいけないのだ。ただそのせいで実は、柚木彦は同級の康隆よりもひとつ歳が上なのだった。

  〝治らんかったら心配掛けるだけだかんね、友達も恋人も、作らんようにしてた。でももう治ったから、お前と連めたらいいなって、それはちょっと前から思ってた〟

  思わぬ告白に、康隆の顔が紅く染まった。それを見た柚木彦、一瞬の沈黙ののち、破顔一笑、今度は泣かずに、ちゃんと嬉しそうな様子だった。その方が柚木彦らしい、そう思った康隆は、〝柚木くん、お前には笑顔しか似合わんよ!〟、そう云って抱き付いた。

  ふたりが結ばれたと云う報せを受けて、君彦は今生との別れを告げようとしていた。彼は継母から執拗に虐待を受けていたばかりか、無理心中を迫られてもいた。

  昔、君彦は柚木彦に、携帯の番号を教えて、こう云った。

  「もしも辛いことがあったら、いつでもこの携帯を鳴らしていいんだよ!これは僕等のホットラインだからね!」

  柚木彦は、すべてを思い出す。電話帳には、その番号は消されずに残っていた。鳴らしてみる。思えば親友だと云うのに、その筈なのに、こうして電話を掛けるのは、何年か振りだった。電話は繋がったが、物音ばかりで、話し声が聞こえない。

  柚木彦は走った。彼の家までの道程は、考えずとも脚が覚えていた。駆ける、駆ける、上がる息も気にせずに、駆けるーー。

  築四十年にはなる一戸建て。インターホンを鳴らすと、ベリベリと音を立てて、隙間なく目張りをされたドアがギシギシと開いた。中は、ガスの匂いが充満していた。あと一歩遅ければ、君彦は助からなかった。その母は先に天に召されたが、それはともかく、柚木彦は君彦を、力いっぱい抱き締めた。そうする他なかった。ふたりは、やはり親友だったーー。

  Conclusion

  命など儚いものであることを、康隆と柚木彦のふたりはよく理解していた。特に柚木彦の内面はその点では、既に大人に近かった。

  ふたりはよく学び、時に遊びもした。柚木彦の人となりは実に真っ直ぐであり、康隆にとっても悪友などとは凡そ云えない実情から、当初は身内からの厳しい眼差しにやられて鼻白むこともままあったふたりも、直ぐにちゃんと理解されることができた。

  「な、俺らいつまで持つかな?」

  少しアンニュイさの残るトーンで、柚木彦が問い掛ける。

  「ずっと一緒にいられるといいんだけどなー」

  「やっぱりお前もそう思うか?」

  康隆が黙って頷いて、返事とする。ふたりは、幸せだった。

  後にふたりの通う学園に、新入生がやってくる。それは一同が高校に進学したばかりのこと、君彦だ。君彦は遮二無二頑張って、ふたりと同じ学園に入ることができたのだった。

  高校からこの学園に入学する生徒は多くなく、狭き門だっただけに、これには柚木彦も舌を巻いた。

  これから三人で、彼らにとっての地元千駄ヶ谷を舞台に、青春真っ只中の日々を送ることとなる。まだ君彦は、康隆を好いてはいた。でも、もういいのだ。負けを知ったからこその強さはのちにきっと生きる、そうには違いないから、今は笑っていられる、もう傷つくこともなかった。だから、君彦は無二の親友がひとり増えて、幸せだった。

  高校のHRの最中。

  「な、お前将来医学部受けんなら、もっともっと勉強しないと駄目だぞ」

  心配そうに顔を覗き込む柚木彦に、康隆はケラケラと笑い出した。

  「すまんね、笑っちゃった! でもそんなに立派なお子さまではないんでね、医学部なんて犬にでも食わせればいいや! きっと旨そうに食うから!」

  それを目の当たりにして、柚木彦の表情は心なしか明るくなったようにも見えた。それはたぶん、気のせいではなかった。一方で、この時の康隆には、たぶん嗣平のことは犬に見えていたのに違いなかった。知性がある、そうした点は敬意を表するには値すること、顔も雅平とよく似ていた、それは康隆にも理解はできた。でもやはり、過去の経緯から云っても、そのようなことはあるのだ。

  ふたりへのクリスマスプレゼントは、レインボーのブレイデッドソロループとともに、Apple Watchだった。辛抱強く両親に強請った甲斐があった。特に康隆の場合は、成績が優秀なことのご褒美としての側面もあった。

  自立した暁には、ふたりでゲイパレードに参加して練り歩く、それがひとつ夢としてはある。

  雅平は新しい彼氏を見つけて、康隆たちよりもひと足早く、ゲイパレードに参加していた。それは感無量、報われない恋からも卒業できて、雅平はやっと幸せになれた、そんな気がした。

  まだまだ幼い康隆と柚木彦のふたり、それでも周りの人間たちは悪人ではなかった。傍には、君彦もいる。因みに君彦は、柚木彦とは異母兄弟だった。昔で云えば妾の子、君彦はちょうどそんな立ち位置だった。さて、康隆の父はふたりのことはまだ半信半疑だったが、それもいずれは変わるだろう。皆が幸せになるように、というのは少し虫のいい話かも知れない。それでも、ふたりはそのための方法を、どうにかして知ろうとしていた。若さ故のこと、答えなど出なくても、そこはきっと大丈夫。

  ふたりの歩いてきた道程が、そのまま未来へと繋がるように、足元を確かめながら、ふたりは一歩ずつ、祈るように前へと進んでゆくのだった。

  〝俺らだって人間の端くれ、そう邪険にされるもんでもないよな〟

  ふたりはレインボーフラッグを胸に掲げる当事者として、背筋をピンと張り、常に一本気で在ろうとするのだった。

  了