椿

  波が砕ける。岸壁に白い泡がぶつかっては、消えてゆく。少年は、いっそこのまま飛び込んでしまおうか、そうも思っていた。今生に未練などない。それは子供ならではの我儘だったかも知れないが、そうと解ってもなお、気分は晴れなかった。それでも、もう一度だけチャンスがあるなら、それに賭けてみたい、そういう気持ちもないではなかった。

  荒々しい風が少年の頬を掠める。空は重く低く這い蹲うようで、今にも冷たい雨が降り出しそうな、そんな風情を湛えている。

  遠くに聞こえる自転車の軋む音の群れが、辛うじて少年の意識を現世へと繋ぎ止めるのだった。二月の足音は、すぐ後ろまで差し迫っていた。

  少年の名は、享一。フルネームだと、古谷享一である。この日享一は、兄となった。弟が生まれたのだ。歳の離れた弟は、恭二と名付けられた。学校帰りの享一は、本来ならば急いで産婦人科へと駆け付けてもよさそうなものだったが、気乗りはしなかった。

  “お兄ちゃんになんて、なりたくない”

  誰にも云わなかったこと、ありふれた我儘は、この少年の歳を考えれば、ごく自然なものだった。それでなくとも、享一は強く在らねばならなかった。学校では虐められており、所在がなかったのだ。

  胸中は誰にも理解されない、それは知っていた。両親は己の子供には厳格で、まだひ弱なところのある享一に、強さを求めたからだ。

  少年の父親は、三人兄弟の末っ子で、船乗りだった。客船の航海士をしており、家でその姿を目にすることは、滅多になかった。実は彼はバイセクシュアルであり、長年に亘って男と密通していた。それを知る者は殆どなかったが、妻だけは薄っすら勘付いてはいた。しかし咎め立てはするつもりもないのだ。今の生活には不自由はないし、妻の学歴は中卒だったから、生きるためにもそうしたのだった。

  少年の父は、その名を吾郎と云う。身体は大きいが、臆病者で、よく云えば皆に優しいような、そうした性格の持ち主でもあった。彼には癖(へき)があった。それは誰にも云えない類のもので、彼は所謂マゾヒストだったのだ。年に一度、男の相棒に一晩中責めを受ける。それが吾郎にとっての、生き甲斐だった。そんな吾郎を持て余していた妻は、そのことには触れることをも忌み嫌っていた節もある。

  吾郎と妻はほぼセックスレスだったが、子作りの試みだけは稀には行うのだった。その成果が、享一と恭二である。そのことを誇りにして、妻はささやかな人生を送っていた。この頃、シャネルを覚えた。妻もまた、密通を行うようになる。仮面夫婦に違いはないが、必要だからそうする、そういう理屈もないではなかった。

  庭の椿が咲いた。享一はランドセルを部屋に放ると、渋々といった足取りで、母の待つ産婦人科へと向かうこととする。風が強い。オーバーオールの上からダウンジャケットという装いの少年は、海沿いの鄙びた景色と混じり合って、その趣は路傍の石そのもののようでもあった。

  新生児室で、硝子越しに対面を果たした兄弟、享一の中で違和感が残るも、母のひと言でそれは置き去りにされた。

  “これで貴方もお兄ちゃん。頑張るのよ!”

  享一が人間の赤ん坊と対面するのは、これが初めてだった。違和感とは、嫌に生々しいその外見から来てはいたが、享一はそれを言葉にする術をまだ知らなかったから、俯いて押し黙るより他なかった。

  帰ると、家には享一がひとり。鍵っ子ももう慣れたもので、冷凍食品を適当に見繕って温める折の手際のよさが、それを物語っていた。しんとした食卓、テレビも点けずに、黙々と旨くもない飯を頬張る時、享一は不意に、強烈な孤独に苛まれた。どうしたらいい、それも解らずに、享一は己の両手で持て余した肉体を掻き抱いて、まるで発作を起こした難病患者のように、身悶えしながら呻くのだった。

  翌る朝、享一は街へ出た。精一杯のおめかしをして、行き摺りの男に抱かれに行くのだ。危険はある。でももう、そのままでは、心が保たないのだった。

  相手の男は、その年の頃、二十歳そこそこだった。まだあどけなさを残してはいたが、紛うことなき雄であり、享一からすれば畏怖の対象でもあった。

  男の名は、山田陽平。彼はひとり暮らしをしており、早速自室へと享一を連れ込む算段だった。

  待ち合わせ場所、享一の自宅最寄り駅前のロータリー。陽平の運転する車中で、享一はこれまでの己の生い立ちを、回転するメリーゴーランドでも外から眺めるかのように、俯瞰するのだった。

  享一は左利きであり、これを父方の祖父が好まなかったことから、父である吾郎の実家とは不仲だった。かつて母方の実家には入り浸っており、そこではよく可愛がられた。ただ母方の祖父母は早逝だったので、彼等が居なくなってからは、享一はひとりぼっちになってしまった。

  享一はずっと片想いをしていた。相手はひとつ上の男子。胸の大きな女子の尻を追い掛け回すような、そういうませたところのある、ガタイの大きな子。名は、日向篤と云う。面識もなかったが、享一は物陰からそっと、彼のことを見つめ続けていた。

  状況が変わったのは、去年になってからだ。享一が同級生から本格的な虐めを受けるようになって、一か八かで助けを求めたのが篤だったのだ。篤は柔道にのめり込んでいて、校内では一頭地を抜いていた。半年に亘って辛抱していた虐めも、篤のお陰で雲散霧消した。それ以来、仲はよかったが、学年が違うこともあり、連むことは稀だった。

  閑話休題。

  賃貸タワーマンションの37階、場所は西新宿。ロフト付きの1LDKの部屋にはベランダもなく、生活感は凡そ感じられない。陽平はこの場所で、親の仕送りだけで暮らしていた。家賃だけでも、数十万円を下らない。彼は医者の卵だった。開業医の息子なのだ。

  カーテンもない部屋で、ふたりはベッドをともにする。陽平は慣れた手付きで、優しく享一の衣服を脱がす。露わになる肢体は、まだ小学生だったこともあり、瑞々しい。陽平が、全身を愛撫する。透き通った嬌声が、部屋の静けさに吸い込まれてゆく。享一は、精通もまだだったが、やがて絶頂を迎えた。のちになっても思い出されるほどの愉悦、目眩く快楽の坩堝、精通前射精を彼はしたのだ。

  事後、ホットココアを飲みながら会話を繰り広げる、ふたり。陽平は気さくな人柄の、好青年だった。外見は何処か篤にも似ていて、それもあって、享一はいっぺんに彼に惹かれた。

  それから、享一と陽平は、週に一度は逢瀬を愉しんだ。享一にとっては、既に生き甲斐とも云えた、あの快楽を齎してくれる相手だ。本当なら、片時も離れたくはなかった。

  享一のよき兄として友人として、そして恋人として。陽平は頑張った。甘やかな色香の漂う、そんな時間は、享一を少しだけ、大人にした。

  その頃、享一の母は、恭二の世話に手を焼いていた。彼女は孤独だった。ただ、どんな時にでも服飾品には手を抜かない、そういう信条は確固たるものとしつつあった。享一は手の掛からない子供だったが、恭二はまるで違う。それでも、彼女は女であることは、決して忘れようとはしなかった。

  彼女は恭二の世話を時折シッターに任せて、渋谷に住む男と密通をするのだった。片時も離さず身に付けているのは、シャネル。若い頃からの憧れ、ようやっと似合えた、そう思えた彼女には、或いは、敵などなかったのかも知れない。

  イヴニングバッグを片手に、彼の運転するメルセデスの助手席に収まると、車は一路、紀尾井町へ。ニューオータニのトゥールダルジャンで、ふたりは舌鼓を打つ。まさに至福だった。

  そこに忍び寄る影、吾郎は船上で、疑心暗鬼に駆られていた。予感なら、あった。ただそれには根拠がなかったから、確たる裏付けが必要だった。彼の雇った興信所の男が、ふたりを追い詰める。まさにその時、シッターから彼女に、電話があった。恭二がぐずついて困っているのだという。間一髪、これで彼女は、難を逃れた。慌てて帰宅すると、それまで悲鳴を上げ続けていた恭二は、きょとんとした顔で、大人しくなるのだった。不倫などもうやめよう、そう思った瞬間だ。

  それからは彼女は、シャネルを愛しつつも、良妻賢母であろうとした。その機微は吾郎にも伝わり、夫婦の危機はこうして、回避された。

  三月、庭の椿が咲き乱れる折のこと、享一は小学六年を目前に控えて、遊ぶのも忘れて、日々勉強に励んでいた。これには理由がある。篤の進学する中学に、通いたいのだ。千葉県に本拠を置くその学園は、中高一貫校で偏差値が非常に高く、人気も抜群にあった。生半可なことでは、入学は覚束ないのだ。

  陽平は、享一の家庭教師役を買って出た。勉強は、手取り足取り、頑張って教えた。合間のホットココアは、息抜きには欠かせない。

  「陽平さんは、嫉妬とかしないの?」

  享一は、予てより気になっていた疑問をぶつけてみる。答えは、単純だった。少なくとも享一には、そのように聴こえた。

  「好きな子の役に立てれば、それで十分だから」

  諦観を孕む眼差しで射抜かれて、享一は暫し、動けなかった。

  陽平は、所謂仕組まれた子供として育てられてきた。もう許嫁も居るのだ。家の血統のために、犠牲にせねばならないものが、ままあった。大学の医学部を卒業するまでは自由にさせて欲しいと願い出て、今の暮らしがあるに過ぎない。それは所詮は、仮初のこと。どうせ自分は享一とは別れねばならない、それは判っていたのだ。

  ーーその日は、突如訪れた。春なのに六花の舞う冷たい新宿で、運命の幕が上がる。フラフラと蛇行しながら、トラックが近付いてきた。すぐ隣を陣取っていた享一を目掛けて、トラックが突っ込んでくる。辺り一帯は、騒然とした。

  やがてストレッチャーに乗せられて、助からないであろう成れの果てが、ICUに運ばれていった。

  結局、陽平が、犠牲となった。享一を庇って、それは無残である。トラックは、居眠り運転だった。過酷な勤務シフトに原因があった。

  あまりのことに、享一は言葉を失った。それから一年間、享一は黙って、勉強を頑張った。男なら結果で示すしかないと、そう誓って、場所も知らない墓前へと、祈りを捧げた。

  その事件ののち、受験生としての夏、九ヶ月ぶりに吾郎が帰ってくる。ずっと休みなく船上で身を粉にしてきた身、これより三ヶ月の間、休暇が続くのだ。

  享一は、この港町が好きだった。父親の吾郎の人となりは、正直なところよく知らなかっただけに、伝え聞く限りの範囲で、想像を膨らませるより他なかった。

  或る夜、居間でふたりが、珍しくも会話を重ねる。

  「ねぇ父さん、船乗りは楽しい?」

  「あぁ、楽しいよ」

  「寂しい時、どうしてる?」

  「お前や、ママのことを考えているよ」

  次に享一が、僕のことは好きか、そう問うと、吾郎は享一を肩車した。滅多にないことで、心臓が飛び出るほどに驚き、享一は喜色満面ではしゃいだ。

  吾郎は密通を続けていた。その点は我を通した。ただそれは最早身体だけが目当てだったので、愛は家族とともに在った。

  残念ながら一年のちの海難事故で、吾郎は犠牲となってしまう。短い親子関係ではあったが、その記憶の最上のエッセンスなら、あの日確かに、収穫為された。父よありがとう、その気持ちを胸に、享一もまた、世界を股に掛けて働ける職種に就こうとしていた。享一は商社マンを目指して、日々奮闘することとなる。

  校外で、篤とは交流を重ねていた。まだ気も漫ろな年頃だが、徐々に距離は縮まりつつもあって、こちらも春は近かった。

  気付けば一月、あれから一年近くが経っていた。篤と享一は、恋人であるとはまだ言い難くとも、少なくともよき親友同士ではあった。中学の受験会場では、陽平の分まで頑張ると、享一は意気込んだ。

  受験には、合格した。それにしても、篤とはウマが合った。ともに喜び合い、これより先も励まし合うばかりなのだった。

  それから暫くののち、享一の母は、渋谷の男との交際を再開した。結婚を前提に、交際を温めている。彼女はやはり、母である前に、女だった。もちろん経済的な理由もあったが、それだけでもなかったのだ。

  篤はバイセクシュアルだったが、享一の学園への入学後程なくして、腹を括った。享一と交際を始めたのだ。

  時代の節目も過ぎ、周りは誰も反対しなかった。急ぐことはない、少しずつ、温め合ってゆけばいい。

  恭二もまた、スクスクと成長している。こちらは我儘三昧だった。手を焼くことばかりだったが、母の味方は、シャネルだけではなかった。もう大丈夫、きっと上手くいく。

  幾つかの季節が過ぎゆき、享一と篤は、将来の仲を誓い合った。まだまだ胸の谷間には未練もある篤だったが、何ということもない、胸くらいなら享一にだって、ないでもないのだ。何しろ、豊満なことで篤を落とした享一だもの、それくらいは朝飯前なのだーー。

  今日も日が暮れる。また、あの椿の咲き乱れる季節が、やってきた。明日からの一日が、これまで通りに幸せであるように、ふたりは祈る。祈りは大切だ。掛け替えのない時間とともに、ふたりの青春の幕が上がるーー。

  了