1
(うーん、また堕落になってしまった、なかなか上手くいかないなあ)
携帯ゲーム機の画面で欠伸をして寝ている狐のグラフィックが映し出されている。その画像を見て公太は髪の毛を掻き毟っていた。
ここは高校のゲーム部の部室。周りにはノートパソコンが何台も陳列しているが多くの部員がパソコンよりもゲーム機に熱中していた。
(また育成のやり直しかあ)
一旦、ゲームを止めて目薬を差して目を休める。公太はじめ多くの部員がプレーしているゲーム。獣を子供から大人まで育成するというゲームだ。育成が上手くいけば、ちゃんと成長するのだが育成が上手くいかないと今の公太の様になってしまう事も良くある事だ。
「先輩、また育成失敗ですか?」
パソコンの画面に何か文字を入力しているのは後輩の沙也加だ。公太の様に多くの部員がゲームをやる為にゲーム部に入部したのに彼女はプログラマーとして優秀でゲームの改造や解析、自作のプログラムも出来るなど、この部活には勿体ないほどの人材である。
「そうなんだ、何回やっても堕落とか病気とかバッドステータスの状態になって最後まで育成できないんだ。沙也加はやった事ある?」
「そうですねえ、このゲーム。改造対策はしっかりされているんですよ。まあ、育成のコツってのはあるんですけどね。教えましょうか?」
頼むと公太が頼むと彼女の説明が始まる。そして再び公太はゲームは始める。暫くするとゲーム機を机に置いて首を傾げていた。
「ああ、今度は太り気味になってしまった。こうなると後は病気になるか堕落しかないんだよな。おかしいな、ちゃんとやっているのに。」
「そうですねえ。私がやると、ちゃんと最後まで育成できるんですけどねえ?」
不満そうな顔の公太と不思議そうな顔をしている沙也加。背もたれ付きの椅子に腰掛けてギシギシと公太が椅子を揺らしている。
「結局、ゲームだし数値が影響すると言ってもランダムな要素もあるだろ?もっと自分の意思が反映される様なシステム欲しいなあ。」
「自分の意思ですか・・・先輩、ちょっと待ってくださいね、何とかなるかもしれません。」
そう言うと沙也加が物凄い勢いでパソコンに何かを入力していく。そして公太の目の前で何やら怪しげな機械が組み立てられていく。
「えーっと、ちゃんと元の世界に戻れる様に・・・よし、これで大丈夫な・・・筈!先輩、出来ましたよ。ゲームの中に入る機械です!」
公太の目の前に、あからさまに怪しいヘッドギアが置かれてある。流石の公太も沙也加の才能に驚きつつも、ドン引きしていた。
2
「さあ、先輩、どうぞどうぞ!これを頭に嵌めて下さい。」
自分に機械を押し付けてくる沙也加。根は、いい子なんだがマッドサイエンティストの気があるのが彼女の唯一の欠点である。
「いや、だから、この機械何なんだよ。とりあえず落ち着け!」
機械を机の上に置くと彼女が不服そうな顔をしている。仕方ないなあという表情が浮かんでいるが沙也加が説明を始めた。
「先輩、VR、バーチャルって知ってますよね?」
「まあ、詳しくは知らないけど仮想空間って奴だろ?何だ、結局、これもゲームの中に入った様な感覚になるだけなんだろ?」
そう考えると気分が楽になった。面白半分で頭に装着してみると自分の頭のサイズにピッタリだ。機械は怪しく点滅しているが。
「いえ、本当にゲームの中に入れるんですよ、この機械2つありましてね。こっちを私の頭に装着すると考えが互いに分かる訳で。」
何時の間にか沙也加も自分と同じ様な機械を頭に嵌めている。すると沙也加が急にフッフッフッと怪しく笑い始めた。
「いやー、これを先輩の頭に嵌めるのに苦労するなと思ったんですけど私が言わなくても、あっさり嵌めましたね。では行きますか!」
すると沙也加の手がパソコンのエンターキーの上で止まっている。公太も気が付いたが既に遅かった。それを押されると自分は!
「いや、待って!」
「駄目ですー!では、先輩をゲームの世界に御案内~!ポチッとな!」
「うわああ!」
目の前が虹色に輝いたと思ったら体が真っ逆さまに落ちていく感触がある。そして何か柔らかい物にぶつかった様な気がした。
(うううー、気持ち悪い・・・これは後で調整しておかないと実用には向かないわ・・・あーあー、先輩、聞こえますか、私の声が)
目を開けてみると何やら、のどかな光景が広がっている、辺り一面の野原、目の前には小川が流れていて鳥の囀りが聞こえる。
(あれ、この光景、何処かで見覚えが?)
身体を起こそうとすると何やら変だ。何故、自分は四つ足?そう思ったのも束の間、自分の手足が人の物でない事に気づく。
(えーと、レベル1の子狐・・・よし、成功ですね。先輩、分かりますか?)
急に頭を叩かれた様な気がして頭に手を置こうとするが立ち上がってもバランスを崩して倒れてしまう。その手も獣の物だ。そして
自分のお尻からは小さな体には不釣り合いな大きな尻尾。顔も鼻が飛び出ているし耳が頭の天辺に生えている。という事は?
(えー!狐になっている!)
そう叫んだ積りなのに自分の口から出たのは可愛らしい鳴き声。自分は本当に狐に、ゲームの世界にいると公太は思うのだった。
3
(大まかな指示は私が出しますので先輩が思う様に動いて見て下さい。という事はAIに学習させなきゃいけないわね、ふむふむ)
何か頭の中で沙也加がブツブツ言っているが、ここはゲームの世界。そして今の自分はか弱い子狐。自分から動かないといけない。
(えーと、まずは食料集め。水は小川があるからいいとして。寝床も雨風が凌げる所を見つけないと。そして友達を作らないとな)
尻尾を揺らしながらトコトコと歩く。ちょっと歩くと小高い丘の中腹に丁度良い洞穴がある。まず寝る所を確保する事が出来た。
(しかし、四つ足だと口で咥える事しか持ち運び出来ないよな。やっぱり人間の手足って上手く出来ているんだなあ)
野原の枯草を嚙みちぎって何回も往復して地面に敷き詰める。初めは中々上手くいかないが次第に、それも出来る様になった。
(ふう、働いたからお腹が減ったなあ)
小川迄戻って川の水をピチャピチャと舌で舐める。喉の渇きは収まるがお腹がグーグーと鳴っている。川の中には魚が泳いでいた。
「えい、やあ!うーん、上手くいかないなあ?」
魚を取ろうと川の中に入って魚を追いかけまわすが上手くいかない。すると頭の中で沙也加の声が聞こえてきた。
(先輩の育成が上手くいかない原因が分かりました。いきなり高いレベルの事を挑戦しようとして上手くいかずストレスが溜まって
怠惰とかバッドステータスになるんです。まだレベル1なので色々な動物に話しかけて食べ物を貰う所から始めましょう?)
そう言われて今までの育成の事を振り返る、確かに上手くいかない事ばかりやっていた。通りかかる動物に片っ端から話しかけた。
(うわあ、こんなに沢山!)
牛からは牛乳。熊からは川で取った魚。狸からは畑で取れた野菜。そして先輩の狐からは果物を貰う事が出来たのだった。
(よし、沢山食べて大きくならないと!)
寝床の中に持ち込んで直接、口をつける。何も味付けていない筈なのに、とても美味しい。味覚迄変化している様な気がする。
一生懸命食べる公太であった。
4
ピロリロリン、ピロリロリンと何かを知らせる音が聞こえる。公太が気が付くと自分の体が光り輝いて眩しいなと思った瞬間だった。
(先輩、レベルアップしてクラスチェンジしましたね。子狐から普通の狐になりましたよ。一度セーブするので帰る事にしますね。)
目の前の光景がグニャリとねじ曲がったかと思うと気が遠くなるような感覚に襲われる、次に気が付くと公太は部室に戻っていた。
「先輩、おかえりなさい、どうでした、ゲームの世界は?感想とか聞かせて貰えると有難いんですが。まだ改良する点があるので。」
目をキラキラと輝かせながら沙也加がノートを開いている。ヘッドギアを取り外しフーっと溜息をついた公太が色々と語り始めた。
「色々と指示を受けて動きたい人もいれば自分で勝手に動きたい人もいると・・・そうですね。持ち帰って研究してみますね。」
沙也加が自作の機械を鞄に詰めて部室を後にしていく。下校を知らせる校内放送が流れ始めて他の部員も帰り始めていた。
(先輩、ここまでくると育成は最後まで進む様になっています。一度、家にゲーム機を持ち帰って育成の方を終わらせて下さい。)
公太も自分の鞄にゲーム機をしまい込んで高校を後にする。家に帰って宿題を終え夕食を食べ風呂の後はゲームの時間だ。
画面の中で狐はスクスクと成長していく。ある程度、大まかな指示さえ出しておけば勝手に育っていく。それが時間が無い今時の若者に受けて、このゲームは流行しているのだった。大人の狐に育ったかと思ったら年をとった狐へと更にグラフィックが変化する。
(そういえば育成が終わったら、そのキャラが転生する事も出来るって言ってたよな。強くてニューゲームから始める様な物かな?)
セーブをこまめにしながら育成を進めると寝床で狐が静かに眠っている状態が続くようになった。恐らく最後の時が近いのだろう。
固唾をのんで画面を見つめていると急に狐の姿が光り輝き始めた。これから何が起こるのかと公太がワクワクしていると画面に
(エラー!◎〇○●△▽▼▲◇◆□■)という表示が出てフリーズして音楽だけが延々と流れているだけの状態になっていた。
(あれ?おかしいな?)
仕方なく一度、電源を落として再びゲームをセーブした所から始める。幸いデータは消えていないが何回やっても先に進まない。もう自分の手に負える物ではない。明日、沙也加に聞くしかないと公太は思いゲームを止めて布団に潜る。既に日付を跨いでいた。
5
「成程、バグが出て先に進まないと・・・うーん、やはり私の機械のせいですよね。先輩、少し改良したので嵌めて貰えますか?」
翌日の部活。公太の話を一通り聞いた沙也加が、あの機械を再び目の前に差し出してきた。公太が嵌めてゲームを開始する。
(おっ、昨日と違ってゲームの中に入る際に違和感がないな)
ゲームの中に入ると洞穴の寝床の中にいる事に気づいた。昨日、ゲームを始めた時には小さな狐だったのに今では一回りも二回りも大きくなっている。しかし体には力が入らず目も霞んで耳も余り聞こえない。このまま寿命を迎えると転生する筈だが不安だ。
力を振り絞って洞穴の外に出ると暖かな日の光が野原を照らしている。そして小川には見た事のない虹色の橋がかかっていた。
(これを渡れという事かな)
震える体で虹の橋を渡っていく。すると今までの体の不調が嘘の様な爽快な気分になったかと思うと自分の体が光り始めたのだ。
(おっ?おおっ!?)
光の眩しさに目を思わず瞑ってしまう。光が収まり目を恐る恐る開けてみると目線の高さが高くなっていた。しかし何かがおかしい。
(あれっ、人間の姿に戻っている?)
一寸見下ろすと手と足が人間の物になっている。しかし、まだ元の世界に戻った訳ではない。風景もゲームの世界のままである。
手足が細く白くなっている。そして着ている服。白っぽい和服、そう、これは神社などで巫女さんが着ている服装その物だ。
(先輩、聞こえますか?これって獣育成ゲームでしたよね。先輩のステータスなんですけど狐巫女って表示されているんですが?)
沙也加の声が何処からともなく聞こえてきた。狐巫女という事で自分の体を、しっかり見て見ると胸が膨らんでいる事が分かる。
頭に手をやってみれば大きな狐の耳が2つ生えているし大きくなったお尻には、やはり大きくて太い狐の尻尾迄生えているのだ。
「あーっ、やっぱり無い!」
赤い袴の中に手を突っ込んでみても男の証には触れる事も出来ない。今、叫んだ声も可愛らしい高くて澄んだ声になっている。
髪の毛の色も狐の毛並みの様な金髪のサラサラした物だ。小川に自分の顔を映して見ると水面には美しい女性が映っている。
(取り合えず、一旦、元の世界に帰りましょう。調べる事が一杯あるので)
公太も頭の中が?だらけである。自分の姿に魅力を感じるが今は、それ所ではない。慌ててゲームの世界から戻ってくるのだった。
6
「うーん、私のキャラだと動物のままなのに先輩のだけ狐娘のままですね。やっぱり私の作った機械の影響があると思うんです。」
沙也加のノートPCの画面に映し出されている訳の分からない文字の羅列。恐らくゲームのプログラムを見ているのだろうだけれど
公太には何が何だかさっぱり分からない。公太の携帯ゲーム機には可愛らしいグラフィックの狐巫女の姿が映し出されていた。
「でも、動物だとさ。性別とか分からないじゃないか。俺だって、この狐が牝だったなんて、この姿になるまで気が付かなかったぞ。」
それにやはり動物の姿のままだと色々と不便である。あまりリアリティを追求するのも限界がある。公太も一緒に考えて見る。
「いっそのこと、出てくる動物をケモノ娘という事で擬人化してみるか。可愛らしいキャラにすれば色々な年齢層に人気が出るぞ。」
公太と沙也加だけではない、ゲーム部の部員全員で意見を出し合ってみる。自分達はアイデアを出す事が出来るが、それを形に出来るのは沙也加しかいない。やはり動物育成というよりはケモ娘育成の方がいいだろうという事でアイデアが纏まる事になった。
「流石に私一人では、これを直ぐにゲームには出来ませんからね。しかるべき所に持ち込んでプレゼンするしかないと思います。」
「おきつねブリード。すっかり下火になってしまったなあ。というか同じ様なゲームがいっぱい出ているから古いのから消えるのかなあ。」
それから暫く経ったある日、相も変わらず公太と他の部員は部室に集まって、やはり携帯ゲームに熱中する日々を送っていた。
おきつねブリードというのは公太と沙也加がやっていた育成ゲームだ。今では狐だけでなく犬や猫、狸の育成ゲームも増えていた。
沙也加が例のアイデアをゲーム会社に持ち込んでからも時間が経過している。それなのにゲーム会社からは一向に返事が来ない。
「流行するゲームを一つ作るのにも莫大な金と時間が必要ですからね。まあ、会社には私よりも優秀な人は一杯いますからね。」
沙也加は何時もの様にパソコンの画面と睨めっこしながら何かを入力している。彼女よりも優秀な人が本当にいるのだろうか?
「あっ、メールが届きました・・・・先輩!私がプレゼンしたゲーム会社からです!私の・・・私達のアイデアをゲームに使うと知らせが!」
沙也加の喜びの声が涙声に変わって行く。部室中に皆の喜びの声が響き渡るのだった。
7
何時の間にか季節は新しい春。学年が1つ進んで公太は高3,沙也加は高2になり、ゲーム部の部長と副部長になっていた。
「これですね。会社から届いた試作品のゲームというのは?」
部員の目の前には大きな段ボール箱が届いていた。中を開けると人数分のVRの機械とゲームソフト。要は自分達はテスターだ。
(じゃあ、やってみるか)
ゴーグルの様な機械を頭に嵌めてゲームを起動する。すると目の前にはゲームの世界が広がっていた、公太が選んだのは狐の女性。キャラを作成する際に時間をかけて選んだので衣装は巫女服だ。狐巫女という前のゲームの印象が鮮明に残っているからだ。
「あ、先輩ですね。どうですか、私のアバターは?」
一人の、いや一匹のと言った方がいいのだろうか?自分と同じ様に狐の耳と尻尾がついた女子高生姿のキャラが近づいてきた。
オマケに眼鏡迄かけている。制服を着たケモ娘。自分の金髪姿とは対照的に銀色の髪と尻尾を靡かせているのが印象的だ。
他にも部員の作ったアバターだろうか。犬、猫娘を初めとする色々なケモ娘が旅立ちの町で会話をしたりしている姿を目にする。
テスターという事もあり、まだ、このゲームは試作段階だ。色々とゲームを楽しむ中で様々な問題点を見つける役割もある。
「じゃあ、2人1組で色々と、この世界を見て来て欲しい。俺は沙也加と一緒に行く、じゃあ1時間後に集合で、では解散!」
「先輩、こうやって一緒に歩いているとデートみたいですね。まあ、ゲームのキャラは皆、女性ばかりだから分かりにくいですけどね。」
「そ、そうだなあ。さて積極的にNPCに話しかけて見るか。」
旅立ちの街だからチュートリアルの役割を担っているキャラクターが殆どだ。その会話をチェックして変な所が無いかを確認する。
「うーん、まずはゲームの世界観を確認するって感じですかね。育成の要素は、今回の試作品には、まだ入ってないようですねえ。」
2人で街の中を色々巡っている内に集合場所に戻って来ていた。すると続々とケモ娘達が戻って来て色々と報告をしてくれた。
「成程、基本は、おきつねブリードとかと同じ様な世界って訳か、よし、今日の所は、これで十分だろう。じゃあ皆で戻るとするか。」
試作品を堪能して皆で問題点を纏めて沙也加が会社に持って行って報告する。暫くすると次の試作品が部室に届くのだった。
8
「あ、今回の試作品は子供の姿からスタートなんですね。育成の要素も加わったと聞いてますから、今回は、それがメインですね。」
「しかし、完全に子供だよなあ。」
公太や沙也加のアバターも子供を通り越して幼児と言って差し支えないぐらいの幼い狐娘になっている。そしてプレイが始まった。
小さい頃は出来る事が限られている。野山を探索して食べられる木の実や果物を集めたり川に入って貝を拾ったりする。そして今回のプレイの、もう一つの特徴。2人一組で育成を続けていると互いの親密度が上がって色々なイベントが起こるという事らしい。
「何々、一緒に暮らさないか?だってさ、沙也加どうする?」
「へー、こんなのもあるんですね。そりゃあ、勿論一緒に暮らしますよ。でも、これって仮想世界で同棲とかするって事なんですね。」
沙也加が感心したように呟いている。こんな小さい姿のアバターだから可愛いで済むが大人の姿だと少し刺激的かもしれない。
今回はケモ娘という事もあり動物の時の様に洞穴で暮らすのではなく自宅が設定されている。そこでイベントが起こるのだろう。
「一緒に食事して風呂に入って寝る・・・これって完全に家族ですよね。」
「そうだな・・」
2人共口数が少なくなってしまう。これはゲームの中の話だとは分かっている。しかし、何故か沙也加の事を意識してしまっている。
これを繰り返していると急にレベルアップの知らせの表示が画面内に現れた。そして2人のアバターが光に包まれたと思うと
「あっ、成長してますねえ。幼児から子供になったという感じでしょうか?」
背丈も、かなり伸びて表情も少し大人びている。グラフィックもゲームとは思えないくらいの繊細さで本当の子供にしか見えない。
「うーん、試作品だから子供以上には成長しないみたいだなあ。レベルも10で止まっているし。ここから先は製品版でって事か。」
「みたいですねえ。でも、だいぶ出来上がっていると思います。」
ゲームを終えての反省会。部員の皆も出来には満足している。沙也加が会社に報告書を提出して暫く経ったある夏の日の事だ。
「先輩、遂に発売日が決まりました!CMも解禁されて今日から放送予定だそうです!」
部員の皆がPCの画面に釘付けになっている。
タイトルは(VRゆるかわケモ娘育成)。部員の皆が喜びを爆発させている。公太と沙也加も歓喜の渦の中に入るのであった。
9
「と言う訳で、これがゲームの完成品になります!」
(おおっ!)
沙也加がドヤ顔で段ボールを開封すると、そこには可愛らしいイラストが描かれたゲームソフトが部員の人数分だけ詰まっていた。
「そして、もう一つ、これは私的な報告になるのですが私のゲーム会社への就職が内定しました!高校を卒業したら入社します!」
(おおっ!?)
沙也加の報告にどよめきが部室内に走る。そして皆が口々に祝福の声を挙げて拍手で沙也加の偉業を称えるのであった。
「部員の皆さん、嬉しそうでしたね。」
「急いでゲームソフトを持って帰って行ったな。しかしネットでも品切れ続出なんだろ?手に入ったのも全部、沙也加のお陰さ。」
部室の中に2人きり。公太と沙也加も早速ゲームを開始する。2回もテストプレイをこなしているので順調に育成が進んでいく。
「あっ、子供から大人に変わりましたね。」
「うーん、このグラフィックで全年齢かあ。攻めてるなあ。」
試作品とはグラフィックの出来が全然違う。大人の色気が漂っている狐巫女の公太のアバター、そしてゲームの中でもノートPCを片手にした眼鏡をかけた狐娘の沙也加のアバター。服装も体のラインがしっかり出て魅力的な大人の女性の体型が丸わかりだ。
「先輩、皆には黙っていましたよね。先輩もゲーム会社への内定貰っていたのに、それを断ったって事を。理由聞いていいですか?」
一通り、ゲームを進めてプレイを終えた2人。校内には下校を知らせる音楽が流れている。沙也加が何気なく聞いてきた。
「このゲーム、先輩だって十二分に貢献してますよ。大体、アイデアは先輩が殆ど出したのに。私はプログラムが出来るだけです。」
「俺は、これで食っていける程、才能に恵まれている訳じゃない。今回のは偶然さ。でも沙也加は、そうじゃない。天性の才能だ。」
部室を片付けて2人で校舎を後にする。2人が出会ってから何時も一緒に会話しながらの帰り道、でも今日は少し特別だ。
「俺は、お前を応援していきたい。こんな俺でもお前は俺の事を慕ってくれている。それだけで俺は思いっきり恵まれているんだ。」
突然、公太が立ち止まって沙也加の顔を見つめる、その表情は真剣その物だ。彼の顔を見て沙也加も何かを察する頭はある。
「沙也加、俺と付き合ってくれ。VRじゃない、現実にだ。」
「はい・・・」
沙也加も色恋事には疎い。自分は少しコンピューターと機械に強いだけだ。それでも自分を好きでいてくれる。それで十分だった。
10
「先輩、こっち、こっちですよー!」
公太に気が付いたのだろう。小奇麗な格好をした沙也加が手を振っている。トレードマークの大きな眼鏡で、とても分かりやすい。
季節は進み、また新しい春がやってきた。公太は高校を卒業し地元の大学に入学。高3になった沙也加は部長になっていた。
「ゲーム部、入部した部員が、相当多かったんだってな。まさか、新聞にもテレビにも取り上げられるとは思いもしなかったよな。」
「今年は女子の入部した子の方が多かったですね。私を慕って、この学校に入学した子もいたんですよ。プログラムやりたいって。」
街を歩きながら2人は目的の場所へと向かう。やってきたのは家電量販店、ゲームやパソコンなども取り扱う大きな店だ。
「あ、ケモ娘育成2の宣伝だ。先輩の分も確保しておきますからね。流石に、もう部員の人数分を確保するのは難しいですけど。」
「有難うな、沙也加も時々、会社に行っているんだろ?大変だよな、高校生やりながら色々とゲームの開発もしていたんだろ?」
ゲームを取り扱うコーナーには新作の宣伝が大体的に行われている。お知らせには初回入荷分の予約は終了と書かれてあった。
「でも、先輩のアイデアもちゃんと入ってますよ。ケモ娘同士での結婚、子育てそして次世代への引継ぎプレイが今度の目玉です。」
「いいのかなあ、俺なんかのアイデアがホイホイ採用されるってのは。そんなにシナリオを作る人材って会社にいないのかな?」
そんな事を公太は、ふと思う。大学に行かずに内定を貰って会社に入った方が良かった様な気もするが後悔はしていない。
量販店で色々、パソコンを見ながら目を輝かせている沙也加。その様子を微笑ましく見ている公太。その後は普通のデートの様に昼食を一緒に食べて、お洒落なカフェでお茶をする。自分達2人だけのスタイルを守りながらも、やはり普通の男女の恋愛もしてみたい、まだ手探りの段階だが少しずつ進んでいく。そして一緒にいる時間を増やしていく。そのうちに、そう言う事になるのだろう。
「なあ、沙也加、俺達も次のステップに進んだ方がいいと思うんだけど。」
「な、何でしょうか?」
沙也加がドギマギしながら紅茶を机に置く。その顔が見る見るうちに赤くなるのが何とも言えず可愛い。公太が畳みかけていく。
「先輩って呼ぶのは、もう無し。ちゃんと、これからは名前で呼んで欲しいんだ。俺ばっかり呼び捨てという訳にもいかないからさ。」
「こ、公太・・・・公太さん。うう、今日はこれで勘弁して下さい。次に会う時迄には名前を呼び捨てに出来るよう努力しますから。」
慌てて紅茶を飲み干して咽て咳き込む沙也加。公太もコーヒーを飲みながら彼女の事を大切にしていきたいと心に誓うのだった。