ライカンスロープ 第5話

  煌めきが消えた早朝の大都会。

  周囲が日光により照らされつつあるこの時間帯は、人影も喧騒もほとんどない。大きく派手な建築物とは裏腹に物寂しい空気が漂う、街の短い休憩時間だ。

  それは路地裏も同じだった。立ち並ぶ摩天楼の隙間に出来た光が届かない世界にも、等しく静寂が訪れている。

  しかしそこには、異質な人影があった。

  その人物は、大きな灰色のレインコートを着用し、大きなブーツを履いていた。フードも深く被っているので、顔も見えない。

  その人物は、ひたすら待ち続けていた。大人が並んで二人までしか立てない場所で。標的が眼前に現れる瞬間を。集団で行われる肉食獣の狩りと同じように、味方を信じてその時を待つ。

  やがて、その瞬間は訪れた。標的の到来をフードに隠れた鼻で嗅ぎ取ったコートの人物は、ゴミが詰まった袋が乱雑に詰め込まれたコンテナの陰に身をかがめ、コートのボタンを外して標的を待つ。

  数秒後、豪華なホテルが建つ方角から、三人の男性が並んで駆けてきた。

  立派な体躯に強面の顔を持つスーツ姿の男性が二人。その間には、白いシャツにトランクスという間抜けな恰好をした壮年の男性が一人。

  壮年男性の前後に立つ男達はサプレッサーが付いた小型の拳銃を手にしており、男を守るため周囲を警戒しつつ移動している。守られる男性は、汗をぐっしょりとかいており、激しく動揺していた。隠してはいるものの、スーツ姿の男たちも内心は激しく焦っている。

  そして、先頭の男がコンテナにあと一歩まで近づいたその時、狩りは始まった。

  待ち構えていた人物はコンテナの陰から飛び出しつつ、胸のホルスターに納めていたナイフを拭き取り、先頭の男へと切っ先を向けた。

  あまりの速度に、男は反応できない。

  フードの人物は左手で男の銃を抑え、ナイフを男の喉に突き刺し、一瞬で命を奪っていた。

  即座にナイフを抜き、コートの人物は次の標的へ向かう。壮年男性を無視して、後方の男へと。

  判断は機械のように、動きは風のように速い。

  標的となった男は、ようやく敵へと銃口を向けた。

  だが、その視界を大きなレインコートが遮った。

  コート目がけて男が発砲するのと、男の側面に回った人物がその首へナイフを突き立てるのはほとんど同時だった。

  二名の殺害にかかった時間は、僅か3秒足らず。人間技ではない。

  それもそのはず、コートを脱いだ人物は人間ではなかった。

  ナイフを男の首から抜き、一人残された壮年男性を見下ろす人物は、灰色の体毛に覆われた狼の獣人だった。

  紺色の野戦服を着ている狼は、決して巨体と呼べるほど大柄ではなく、武器も右手のナイフのみだ。しかし男性を見下ろす双眸には力が宿り、視線には恐ろしいほどの威圧感が込められていた。野性などとうに忘れた男性にも、そこに込められた殺気を感じ取れた。

  男性は絶望のあまり、その場に崩れ落ちた。自身を守る男二人は既に息絶え、この惨劇を生み出した敵が目の前にいる。人間が獣人に勝てるはずがないので、この結果は必然と言えるだろう。

  正に、狼の狩りだ。さしずめ男性は、弱々しい兎だった。

  男は恐怖し、大粒の涙を零しながら失禁した。それを見た狼は、冷たく言い放った。

  「ついて来てもらうぞ」

  凛とした女性の声で。

  狼の胸部には、女性であることを証明するかのような膨らみがあり、野戦服を押し上げている。

  狼は、女性だ。

  鋭い爪が映えた狼の手が、男性へと伸びる。しかし、触れる直前で止まった。

  狼の鼻と耳が同時に震えた。即座に狼は上空を睨む。

  視線の先には、朝日により光を帯びつつある空。

  そして、狼の両側に建つビルの窓から身を乗り出し、ライフルを構えた覆面の兵士の姿だった。

  ライフルが火を噴き、フルオートで放たれた銃弾が狼へと降り注ぐ。狼は素早く後退し、コンテナの陰に隠れた。

  すると、後方の曲がり角からサブマシンガンで武装した兵士たちが現れた。狼の嗅覚は非常に優れているが、風下からの接近であったため察知することが出来なかった。

  それだけではない。男性たちが走って来た、ホテルがある方角からも数名の匂いが接近してくる。やがてこの場に到着するだろう。

  挟み込まれた。それでも、狼は冷静に後方から来る敵の集団を睨む。

  覆面をしているが、相手は全て人間だ。

  先頭の兵士が銃を構える。

  狭い路地では左右に動いて狙いを外すことは出来ない。

  故に狼は、前に出た。

  姿勢を低くし、目にも留まらぬ速さで敵兵に接近する。

  引き金を引く間も与えず、狼は銃口をかいくぐり、兵士の喉を切り裂いた。

  死体が倒れるよりも速く、さらに前に出た狼は、何が起こったのか理解できていない後続の兵士の喉を狙い、左手で抜いたナイフを突き刺した。

  残る兵士は二人。既に銃口は狼に向けられている。

  狼は、手前の兵士へ右のナイフを投げつけた。それは正確に、兵士の喉に突き刺さる。

  残る一人となった兵士は、眼前で仲間たちが殺されながらも動じることはなかった。

  ようやく引き金が引かれ、無数の9ミリ弾が狼へと向かう。

  狼は跳び上がって避けた。

  銃口は、反動を利用して狼を追いかける。

  しかし狼は、左右の壁を交互に蹴り兵士の頭上へと駆け上がっていく。

  あまりの速さに銃口が追いつかない。

  そして、サブマシンガンの弾幕が途切れた瞬間、狼は真下の兵士へと左手のナイフを投げつけた。

  刃は目を貫き脳に達した。

  狼は着地と同時に振り返り、コンテナの陰に隠れた。

  ホテルの方角から、もう一つのチームがやって来る。サブマシンガンで武装した覆面の兵士が四名、狼のコンテナへと走る。

  その時、兵士たち目がけて上空から銃弾の雨が降り注いだ。

  最後のチームは、マガジン1つで全滅となった。

  発射地点は、兵士たちにとって見方がいる場所。狼をライフルで狙った兵士のポジションだ。

  だが、そこにいるのはライフルを奪われた兵士の死体と、兵士を殺してライフルを奪い、四人の兵士を銃殺した男だった。

  「ごめん、遅くなった」

  撃ち終えたライフルを投げ捨てながら狼に謝罪したのは、清掃員の制服を来た若い男だ。

  「構わない。少数の人間が相手だ。怪我などしない」

  「だよなぁ」

  清掃員は、同意して窓から飛び降り、死体の隙間に着地した。10メートルほどの高さから飛び降りたにも関わらず、男は無傷だった。

  「それに、標的も捕らえた」

  狼は、気絶した壮年男性を顎で指した。

  「だね」

  清掃員も、嬉しそうに同意する。

  

  

  早朝の路地裏で行われた、短時間の戦闘。使用された銃器には全てサプレッサーが付いており、ほとんど音を発することがなかったために、それに気づく者はいなかった。

  [newpage]

  BAT07基地。地下5階Cブロック。食堂にて。

  BATの基地では、全フロアのCブロックにバイキング形式の食堂がある。警備や通信など、業務時間が不規則なスタッフも多いため、早朝から深夜まで営業しており、品数も豊富なため好評だ。

  時刻は6時を回っており、朝が早い職員たちが次々と店内に入り、思い思いの食品を皿に乗せ始めていた。

  その中に、獣人の姿が二人。犬とカモシカ、瀞と空だ。

  「今日、どうする?オフだけど」

  白ご飯、味噌汁。そして鶏肉のから揚げに煮物、漬物とひじきを盛ったプレートを手にした瀞は、椅子に腰かけながら空に聞いた。

  「うーん、久しぶりに映画でも観ようかな」

  パンとサラダ、スクランブルエッグにウインナー、コーンスープを取りそろえたプレートを手にした空は、瀞の向かい側の席について答えた。食堂の机には大人数が一度に座れる席もあるが、少人数専用の小さい席やカウンター席もある。ホテルの食堂やファミリーレストランよりも快適だ。

  今日は日曜日、訓練が無い日だ。どんなに獣人が頑丈と言っても、限度はある。日々の過酷な訓練で積み重なった疲労を取り除き、心身ともにリフレッシュすることも重要である。

  無論、キメラが出現した場合は出動しなければならないので、獣人状態を維持したまま、基地内で過ごすことになる。初めは閉鎖感を抱いていた瀞だったが、今ではこの環境にも慣れてしまった。地下6階と7階の遊戯施設で、仲間と共に十分楽しむことも出来る。

  「俺、体動かしたいんだけどなぁ。休日にトレーニングすると、教官に注意されるからな」

  「コンディションを整えることも大切だから」

  「でもなぁ、俺、今日までずっと寝てたし」

  「まぁ、そうだけど。運動場でスポーツでもする?相手するけど」

  「映画、行きたいんだろ?」

  「暇つぶしに行こうかなって思っただけだから」

  「マジ?じゃ、お願いしよっかな。和虎隊長も一緒に」

  「うん」

  「風丸のやつは、怪我してやがるからな・・・・・・ったく、こんな重要なときに」

  「重要って、遊ぶだけでしょ」

  「大切なことだろ。遊びたいから、無理して動いてくれねえかな。その後、また傷口開いて動けなくなっていいから」

  「もう!そんなこと言って」

  「あー、でも、怪我してたら、足手まといにしかならんな。超回復してくれねえかな」

  「無理だから」

  「そんなに重症なのか?」

  「うん、けっこう噛まれてて」

  「怖っ。俺よりもかよ」

  「副隊長の助けが遅かったら、危なかったかも」

  「俺も人のことは言えねえけど、やっぱ風丸だな」

  「過信しないことね」

  「ああ。そーいやぁ、訓練でも・・・・・・」

  食事をしながら雑談していると、二人の会話を遮る様に、瀞のズボンのポケットが振動した。

  「ごめん」

  瀞はすぐにポケットに手を突っ込み、スマートフォンを取り出して画面を見て、満面の笑みを浮かべた。

  「彼女?」

  「え?ああ、よく分かったな」

  「顔に書いてあるわよ」

  空は苦笑し、瀞は照れ笑い。

  「ちょっと、ごめん。休日の朝だってのに、ほんと・・・・・・」

  瀞は立ち上がり、食堂の出入り口へと駆け出した。微笑んで、尻尾を左右に揺らしながら。

  瀞は気づかなかった。その様子を、空が寂しそうに見送ったことを。

  「彼女、か」

  残された瀞の料理を見ていた空はぽつりとつぶやくと、パンの最後の一切れを頬張り、席を立った。そして、デザートのプリンとみかんゼリーを取って席に戻った。

  そのままデザートに手を付けず、空は黙ってスマートフォンを見ていた。

  [newpage]

  いつの間にか、日の光が横からではなく上から街に降り注いでいた。

  瞬く間に増加した車と人は、血管のように張り巡らされた道を通り、目的地へと向かう。喧騒は途切れることがなく、その音量は近距離での会話さえも阻害してしまうほど煩い。

  目覚めた街は、工場のように動き始めた。昨日と同じように。

  そんな都会を走る、1台の白いワゴン車。運転しているのは、ツナギの作業服を来た若い男性だ。他の乗用車と並んで走るその車は、一見何の変哲もないただのワゴン車だ。

  しかし、後部座席にてスモークフィルムを張った窓から外をぼんやりと眺めている人物は、日常にいないはずの存在、獣人だった。

  早朝の路地裏にて、武装した兵士を次々と殺害した狼の女兵士である。

  「寝てもいいよ」

  運転席の男性が、バックミラーで狼を見て言った。

  「いや、眠くない」

  狼はそう返答すると、口を大きく開けて欠伸をした。

  「眠くないって言って欠伸されてもなぁ」

  「退屈の欠伸だ」

  「ああ、そう」

  男性は苦笑しつつ、ラジオを付けた。

  

  『・・・・・・えー、では、続いてのリクエストは、ペンネーム、マトイさんからのリクエストで、アニメ″ヤスミーン″のオープニング、″WILD FANG″です。≪春から始まった新生活、慣れないことだらけの大変な日々を送っていますが、この曲を聴いてアニメを観て、元気を振り絞っています!≫確かに、元気が出る歌ですね!社会人も学生も、新たなスタートが始まったばかりで、色々と大変でしょうけど、こういうハイテンションな曲を聴いて、頑張っていきましょう!それでは、″WILD FANG″どうぞ!』

  

  「おっ、いい曲。ラジオつけて、たまたま好きな曲流れたら、嬉しいよな」

  「そんな経験はないな」

  「研ぎ澄まされたーつーめーを立てー!今輝くためにー!その牙を剥けー!」

  狼の素っ気ない返答を無視して、男性はラジオから流れてきた曲に合わせ、歌い始めた。音痴ではないが、上手ではない。幸い、狼が不快に思う程ではなかった。

  男性が歌い始めたことを確認した狼は、運転席の後ろ側に移動すると、ポケットからビニール袋を取り出した。口にジッパーが取り付けられており、中身を密封できるタイプのものだ。

  そのビニールには、丁寧に畳まれた布が入っていた。薄い桃色で、やや色あせて所々に土汚れがある。

  狼はジッパーを開けると、鼻先をビニールの口に近づけ、ビニールの中で密閉されていた布の香りを、優れた嗅覚で嗅ぎ取った。

  「くぅ」

  想像通りの甘美な空気が鼻から体内へと入り込み、心地よい快感が狼の身体に広がった。脳内には淡いピンク色の靄がかかり、心身ともに癒される。鋭い表情も緩み、尻尾も左右に揺れ、飼い主に甘える飼い犬のようになった。

  布に染み込んだのは、紛れもない、持ち主の匂いだった。

  狼は匂いを胸いっぱいに吸い込むと、布の香りが袋から逃げ出さないよう、そして自身の鼻息を袋の中に注がないよう、顔を横に向けて袋のジッパーを閉じ、ゆっくりと吸い込んだ息を吐き出した。

  「試練はーのーりこーえーられーなーいひーとにー、襲い掛かりはしない!」

  男性は、狼が一人で悦に入っていることに、気付いていないフリをして歌い続けた。

  白いワゴン車は、徐々に都会から遠ざかっていった。

  [newpage]

  「ごめん!待っててくれたのか!」

  30分を過ぎたころ、恋人との電話を終えた瀞がようやく席に戻ってきた。職員たちのの隙間を縫うように走り、申し訳なさそうな表情をして。

  すでに食堂には、研究員や機材のメンテナンスクルーなど、多くのスタッフたちで賑わっていた。瀞と空の隣の机にも、研究員の姿があった。

  「うん。戻って来ると思ったから」

  空は微笑んで瀞を迎えた。

  「お、ゼリー、サンキュー」

  瀞は残っていた白米と味噌汁をかき込むと、さっそくゼリーを開封した。空も同様に、プリンを開ける。

  「彼女さん、学生だったっけ」

  「ああ、看護学校。今年が最後で、来年から就職だ」

  「大変な時期ね」

  「ああ」

  「でも、こんな朝早くに電話をくれるなんて、いい人ね」

  「ああ、昨日の夜電話かけたんだけど、疲れて寝てたって。で、朝早く起きて、俺の着信に気付いてかけてくれたんだよなぁ」

  瀞は自慢するように彼女の優しさを語った。空はにっこりと笑って頷いた。先ほど垣間見せた寂しげな表情は、全く見られなかった。

  「結婚とか、しないの?」

  「ちょっ!!気ぃはえーよ!まだ未成年だぞ、俺!」

  「でも、もうできる年齢でしょ」

  「まぁ、そうだけど・・・・・・晴美がまだ学生だからな。就職して、少し落ち着いたら、する、かな?」

  「貯金もしないとね」

  「ああ。でも、まだしばらくは絶対しねえから!和虎隊長だって、まだしてねえんだから!!隊長差し置いてするとか、無理だろ!!」

  「そこは、別にいいんじゃないの?」

  「いやぁ、そこは、なぁ・・・・・・てか、空はどうなんだよ。彼氏いんのか?」

  「えっ!?ううん、まだだけど」

  「空だったら、すぐ作れるだろ。優しいし、可愛いし」

  「そんな・・・・・・」

  恥ずかしさ、嬉しさ。そして、僅かに寂しさが空の表情に出た。しかし、瀞は気づかない。

  「忙しいから。仕事だけじゃなくて、家のこととかで」

  「母子家庭は大変だよな」

  「せめて、弟が皆自立したら、作ろうかな」

  「一番下、中学生だろ?何年先になるんだよ。就職失敗とか、浪人するかもしれねえのに」

  「縁起悪いこと言わないでよ」

  「結婚となると踏みとどまるかもしれねえけど、彼氏くらいなら、そこまで重く考えなくてもいいだろ」

  「うん、そうかもね・・・・・・考えとく」

  「考えずに、いけいけ。顔も性格もいいんだから」

  「でも体は、ちょっとね」

  空は自虐的に笑い、左手で右腕を擦った。

  「体って、お前・・・・・・確かに重要だけど、いきなりそこ気にしなくても」

  「え?」

  「意外と大胆なこと言うな、空」

  「ええ? ・・・・・・あっ!!ちがっ!!そうじゃなくて!!体って言うのは!!訓練してるから!!兵士だから!!筋肉がついてるって意味で!!」

  体毛の下の表皮を恥ずかしさで真っ赤に染め、空は慌てて弁明した。

  「あ、ああ、なるほどな。てっきり、胸の小ささを気にしてんのかと思った・・・・・・はっ!」

  先程は辛うじて言わなかった瀞だが、つい口を滑らせてしまった。

  「ひ、ひどぉい!気にしてるのに!」

  「ごめん!言うつもりは無かったんだけど!今は、会話の流れ的に!」

  「流れ的にでも、言わないでよ!!思ったことを口に出しちゃうところ、直した方がいいよ!!彼女相手にも言っちゃうから!!」

  「晴美には言わねえよ!!胸けっこうあるから!!」

  「うっ!!胸だけじゃなくて!!とにかく、思ったことは簡単に言わない方がいいってこと!!」

  「まぁ、そうだけど・・・・・・そんなにムキになるなよ。空にも胸は一応、あることはあるだろ!!」

  「一応ってどういうこと!?」

  「あぁ、いや、今のは言葉のアヤで・・・・・」

  女性と会話する際は、十分気を付けなければならない。失言一つが大きな言い争いに発展することがあるからだ。事実、彼女との喧嘩のきっかけは、どれも些細なものだった。

  そして今日、瀞は心に刻んだ。優しくて、自分よりも遥かに大人で、しっかり者の空とて、例外ではないと。

  [newpage]

  過疎が進行した田舎町の一角。

  国道からも離れた区画には古ぼけた民家が点在し、必ずと言っていいほど畑が隣接している。ひび割れた道路は曲がりくねっており、樹木から生えた枝のような小道が森の奥へと続いていた。

  人気は無く、聞こえてくるのは小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、風の音。

  まるで時が止まっているような、剥き出しの自然を味わえる空間だ。

  しかし、その町は決して平穏ではなかった。不発弾が発見されたとの通報が入ったため、住民たちは全員非難しており、周囲は自衛隊により包囲されている。

  現在、町にいるのは命令を受けた四名のみ。だが彼らは、爆発物の専門家ではない。怪物退治の専門家だ。

  

  

  道路沿いに立つ、平屋の一軒家。庭の菜園は荒らされており、農作物は食い荒らされ土は掘り返されている。物干し竿も折曲がり、干されたままだった衣服は引き裂かれて無残な状態になっていた。

  猪か熊の仕業のようだが、庭の足跡はそのどちらとも違っていた。四足歩行の獣のものだ。前足は指が5本あるが、後ろ足は3本しかなく、前足のそれよりも大きい。

  その足跡は、玄関へと伸びていた。扉が大きく凹み、破壊された玄関へ。

  踏みつぶされた靴とスリッパ。廊下に付着した土の足跡。その足跡が続く先は、台所だ。

  

  グチャ ズチュ ベチャ

  

  台所に響く、不快な音。噛みつき、引きちぎり、啜る、獣の食事の音だ。

  最も、そこで食事をしている生物は、犬でも猪でもない。

  胴体は、赤子ほどの大きさ。前足は不自然に短く、一方で長い後ろ足は柔軟な筋肉によって膨れている。濃い緑色の肌は粘液で包まれており、青い血管が浮かび上がっている。冷蔵庫の中にある総菜を食い漁るその口には、ずらりと牙が立ち並び、その上に小さな鼻孔が二つ。大きさが不ぞろいの両目は、右が野球ボールほど大きいが、左はビー玉程度しかない。

  異形の怪物は、3匹。各々がテーブルの上、戸棚、冷蔵庫にて家主の食物を食い漁っていた。

  日当たりが悪く薄暗い台所で食事に専念する怪物たち。すると、不意に冷蔵庫前の1体が、顔を上げた。

  「ゴッ!!」

  その直後、廊下の奥から飛来した刃が、テーブルの上で食事していた1体の怪物のの背中に突き刺さった。

  刃の正体は、小さな円に刃を3つ備えた手裏剣だ。それを受けた怪物は倒れ、ピクピクと痙攣したまま立ち上がれない。

  冷蔵庫で食事していた怪物は廊下の奥に向き直った。異なる大きさの両眼が、奥で光る2つの光を捕らえた。

  怪物は、跳躍前の蛙のように、後ろ足を折り曲げて力を込めた。脚が膨張した、次の瞬間、怪物は跳んだ。廊下の奥、同胞を屠った相手へと飛躍した。

  一方、戸棚で菓子を食べていた怪物は、食事を中断すると中庭へと跳んだ。敵討ちをする気など毛頭ない。胃袋を満たした今、取るべき行動は逃走だ。

  最も近い出入り口は、玄関ではなく中庭へ通じる窓。怪物はそれを把握していた。

  床や壁、天井を蹴りつつ、軽快な動きで最短ルートを通る。そして、中庭へと通じる窓を体当たりで突き破り、脱出。

  「しっ!!」

  しかし、目論見通りにはいかなかった。

  中庭に飛び出した怪物の頭部に、硬く重い打撃が振り下ろされた。

  一撃で頭蓋は砕かれ、脳も潰れる一撃だ。

  怪物を仕留めた攻撃の正体は、太く長い棍による一撃だ。そして、それを繰り出したのは、待ち伏せていた若い獣人兵士だ。

  背丈は170センチ程度、兵士としては小柄な部類に入る。しかし、小さな骨格には無駄なく実用的な筋肉を搭載しており、身の丈以上の棍を軽々と振るっている。その筋肉を覆うのは、 色の体毛。顔の形状は人に近い。

  BAT03部隊隊員、猿飛志龍(さるとびしりゅう)。猿の獣人である。

  「おっ!?」

  怪物の一撃で仕留めた志龍は、再び棍を構えた。

  「ガッ!!」

  再び、同じ容姿の怪物が飛び出してきた。口を大きく開き、噛みつこうと襲い掛かって来る。足のバネの弾力はすさまじく、速度は人の反射神経と運動神経ではとらえきれないほどだ。

  「せっ!!」

  しかし、獣人の志龍は、反応も運動も人を凌駕している。

  棍をかみ砕かれないよう、薙ぎ払って仕留める。

  それを皮切りに、次々と怪物が家の中から跳びかかってきた。

  至近距離で機関銃にさらされているようだが、志龍は棍の中心部を持ち、両端を器用に振るって怪物たちを打ち落としていく。

  追撃されないよう、しっかりと一撃で脳や背骨を破壊し、行動不能にしながら。

  地面には、志龍によって絶命、もしくは動けなくなった怪物が転がった。

  「ガッ!」

  再び、怪物が飛び出してくる。

  志龍は、大きく開かれた口内へと棍を突き出した。

  強烈な突きが、喉仏に突き刺さる。当然、噛みつけるはずがない。

  「はっ!」

  志龍は棍を振るって、そのキメラを地面に叩きつけた。トドメの必要はなかった。

  (ふうっ。結構いやがったな)

  志龍は地面を見て、ぽつりとつぶやいた。地面に転がった怪物の死体は、13体。小型ゆえに、潜むことも難しくないのだろう。

  (同時に、こんな数とキメラと戦うこともあるのかよ)

  初陣では、相手が3体のキメラのみだったことを、志龍は思い出していた。何もできないまま、上官たちが全て倒してしまい、消化不良を味わってしまったが、ようやくこの手でキメラを倒すことが出来た。

  (これで、瀞にも胸を張れるな)

  「京香さ・・・・・・ん!!」

  敵の多さに脅威を感じながらも達成感に満たされた志龍は、家の中にいる仲間へと声を掛けようとしたが、それを中断し身構えながら右に体を向けた。

  ほぼ同時に、右にある木製の塀が破壊され、破片が志龍に飛び散ってきた。

  志龍は両腕でそれらを防ぎつつ、右へサイドステップでし、柵を破壊して突っ込んできた巨大な塊から逃れた。

  着地した志龍は、棍と視線を向けて敵の姿を確認した。

  急停止してこちらに向き直るキメラ。顔は大きく平たく、特徴的なイボに小さな目。日本の猪とは異なる、アフリカのイボイノシシのような容姿だ。

  しかし、本来角が鼻の付近に2本生えているのに対し、額に1本生えている。長さは1メートルほどもあり、鋭く尖った先端は槍のようだ。加えて、肌は日本人の肌の色に近い。そして何より、大きく見開かれた禍々しい赤い瞳と、皮膚に浮かび上がる蔦のような血管が、ただのイボイノシシでないことを証明している。

  (イッカク!!)

  一本角であるが故に、イッカクと呼ばれるキメラ。志龍はそれを、資料で見たことがあった。

  それを把握すると同時に、イッカクは志龍へ再び突進してきた。

  (落ち着け!左右はダメだ!)

  過去に隊員たちが遭遇したキメラの情報は、BATのデータベースに保存されており、全ての隊員は目を通すことが義務付けられている。だからこそ志龍は対処法を知っていた。防御せず、左右や後方に逃げず、地を蹴って跳び上がる。

  志龍がいた場所を、イッカクが通過した。そのままイッカクは、志龍の背後の柵を破壊してブレーキをかけ、地面に深い溝を作りながら1メートルほど進み、停止した。

  (あっぶねぇ。キメラの本、読みまくっておいてよかった)

  重さと速さを備えた猪の突進力は凄まじく、成人男性をも軽々と吹き飛ばす威力を秘めている。また、猪突猛進という言葉に反し、実際は急停止や方向転換も可能である。

  イッカクも同様であるため、例え獣人であっても志龍の筋力では突進を止めることは出来ず、左右や後方に跳んでも追尾され、いずれは逃げきれなくなり突進を食らってしまう。

  だからこそ志龍は跳び上がり、瓦が並べられた民家の屋根の上に着地した。イッカクの脚は逞しく頑丈であるため、悪路だろうがものともせず駆け抜けられるが、その重量のせいでジャンプ力はそれほどでもなく、2メートルが限界だ。猪よりも十分高いが、獣人にとっては脅威的とは言えない。

  地面から屋根の高さは、2メートルを超える。突進の射程外だ。

  (拳銃でじゃ仕留められないけど、弱らせるくらいなら)

  志龍は棍を左手で持ち、右手でホルスターの拳銃に手を掛けた。屋根から撃ち、少しでもダメージを与えようと考えたのだ。

  だが、次の瞬間、イッカクはしゃがみ、跳躍の姿勢を取った。

  「ん?」

  志龍が疑問の声を上げると、イッカクは跳んだ。ふわりと、軽やかに、重量を感じさせない動きで。

  情報にない動きだが、志龍の反応は早かった。

  イッカクが自身の隣に着地するよりも早く、棍を振りかぶって薙ぎ払う。

  装甲車のような肉体を持つイッカクには、志龍の殴打は通用しない。

  それを知っている志龍は、胴体でなくイッカク前足を狙った。

  「ブフッ!」

  着地直前に、志龍の棍がイッカクの前足を叩いた。

  結果、イッカクは着地に失敗し、土下座をするように突っ伏した。

  (今だ!)

  志龍は棍を手放し、左腰の脇差を右手で抜き放ち、イッカクの左目へ突きを放った。

  どんなに防御力が高い敵でも、筋肉や剛毛、骨に覆われていない箇所への攻撃は有効だ。

  片目だけでも奪うことが出来れば、俄然有利になる。

  しかし。

  「ブアアッ!!」

  イッカクは後ろ足だけで瓦を蹴り、志龍に突っ込んだ。角の先端を、志龍の心臓に向けて。

  「ぐっ!!」

  志龍の体が、イッカクの平たい顔面にぶつかる。しかし、イッカクの角に肉を貫く感触は無い。

  それもそのはず、志龍は突きを放つ直前にイッカクの突進を察知し、半身になって辛うじて刺突から逃れていた。

  平たい顔面が体の左側面から衝突してきたが、イッカクの足場は不安定な瓦の斜面であり、さらに後ろ足しか使えなかったために、威力は大きく減退し重症を負わずに済んだ。

  それでもイッカクの突進力により、志龍の体は大きく吹き飛んだ。

  (いってぇぇぇぇ!馬鹿力野郎が!でも助かった!)

  激痛に耐えつつ、志龍は空中で回転して体勢を立て直し着地の体勢に入る。だが。

  「いっ!?」

  着地点は民家へと続く、舗装されていない砂利だらけの急な坂道だ。そこに、先程庭で仕留めたものと同系の、蛙の後ろ足を持つキメラが1体、口を大きく開けて待ち構えていた。

  このままでは、足を食いちぎられる。

  志龍は手にしていた脇差を振りかぶり、キメラへと投げつけた。

  空中という不安定な体勢だが、脇差は回転しつつ狙った箇所へ飛来し、キメラの頭部に突き刺さった。

  絶命したキメラに安堵しつつ、着地体勢に入った志龍は民家の方を見る。

  「ぉわっ」

  視界に飛び込んできたのは、民家の屋根から志龍を睨むイッカクの姿。そして、坂道の頂上から向かってくる蛙脚のキメラ3体だ。

  重力を味方につけた蛙脚のキメラは、弾丸のように突っ込んでくる。

  しかしこちらは、まだ着地しておらず、武器も失っている。

  絶望的な状況だが、志龍は助かるための最善策を選択した。

  それは、反撃だ。

  (突きはダメだ!)

  着地とほぼ同時、最初の1体が口を開いて襲い掛かる。

  トラバサミのように開いた口が志龍に迫る。

  「ぜっ!!」

  志龍は着地と同時に、右足を軸として時計回りに高速で体を回転させ、遠心力が乗った右の裏拳をキメラの横っ面に打ち込んだ。

  小柄な肉体で、しかもモーションは小さい。しかし正確で洗練された一撃は、鋭く強力だ。

  直撃を受けたキメラは、顎と牙を破壊され吹き飛んでいった。

  2体目のキメラが迫る。

  そのまま独楽のようにもう一回転した志龍は、左の上段回し蹴りを胴体へ放ち、1体目と同じように吹き飛ばした。

  最後の1体が飛来してくる。

  志龍は後ろ側に体重を掛けつつ、右足を天に向かって振り上げた。

  柔道の巴投げのような動きだが、紛れもない蹴り技だ。

  頑丈なブーツが、キメラの腹部に直撃する。

  開いた口から未消化の食物と血を吐き出しながら、キメラは上空へと吹き飛んだ。

  不安定な体勢だろうが体の軸はブレることがなく、小柄であっても一撃で致命傷を与えられる強力な体術を放つ。

  優れた体幹とバランス感覚、そして正確無比なモーションがそれを可能としていた。

  幼少の頃より続けている武術の鍛錬は、キメラ退治においても大いに活躍し、支流の命を救った。

  (あいつは動いたか!?)

  そのまま後転した志龍は、両手足を地に着けて身を起こし、屋根の上を睨む。

  視界に映ったのは、屋根を蹴って跳び上がったイッカクの姿だった。

  (来る!!来やがれ!!)

  「志龍!!かわせぇ!!」

  不意に後ろから名を呼ばれた。

  その直後、イッカクは傾斜に着地する。

  始動は着地と同時だった。

  土煙を噴き上げながり地を蹴り、志龍へと突撃する。

  動き出した瞬間に、最高速度に達していた。

  志龍との距離は、1秒も経たない内に消えた。

  鋭いイッカクの角が、志龍がいた場所を通過する。

  またも、角は志龍に届かなかった。

  志龍は左に跳び、辛うじて回避に成功していた。

  急な坂で、さらに前足の骨にひびが入っているので、イッカクは急停止できない。

  否、イッカクは急停止しなかった。

  坂道の下で待ち構える相手目がけて、そのまま突撃した。

  坂の下でイッカクを待ち受けるのは、志龍とは対照的な巨体を誇る獣人だ。

  筋肉で膨れ上がった肉体を覆いつくすのは、硬質な灰色の肌。鼻先には、イッカクほどではないが尖った角が生えている。その手には、身長以上の長さを誇る直槍が握られている。

  鎧を着込んだ重戦士のような姿をした、犀の獣人だ。

  (純心!頼むぞ!)

  志龍が心の中で、仲間に声援を送る。

  それが届いたわけではないが、03部隊隊員、斎藤純心(さいとうじゅんしん)は、凶悪なキメラの突撃が目の前に迫っても、精神が恐怖で押しつぶされることはなく、むしろ高ぶっていた。

  冷静に、イッカクの動きを見る。

  イッカクの顔が、純心の槍の穂先に迫る。

  「ブフッ!」

  イッカクは前足に力を込めた。

  下り坂であるためかなりの速度が出ているが、それでもイッカクの脚力をもってすればサイドステップは困難ではない。

  右に跳び、穂先から逃れ、槍を構える純心の左脇腹に角を突き立てる。

  作戦を実行すべく、イッカクは方向転換をするため僅かに減速した。

  「だっ!!」

  その、減速した僅かな瞬間を、純心は狙っていた。

  自分の反射神経と技量では、方向転換したイッカクを捕らえることは出来ない。その後の突進の餌食になるだけだ。

  だからこそ、前足に注目し、方向転換のタイミングを見極め、その直前を狙って突きを放ったのだ。

  巨体故に、軽快な動きは苦手だが、前方への踏み込みの速度には自信があった。

  大きく前に踏み込みつつ、槍をイッカクの右目へと突き出す。

  「ブオオオオオオオオオオオオオ!!!」

  手ごたえと同時に、絶叫が耳を叩いた。

  純心の槍は、見事にイッカクの右目を貫いていた。

  かなりの速度が出ていたために、刃は脳まで達した。

  純心の突きが想像以上に速く、さらに伸びたために、イッカクは躱すことが出来なかった。

  右へ跳ぼうとしていたたイッカクは、バランスを崩して右側に転倒した。

  槍を持っていかれそうになるが、純心はしっかりと握って手放さない。

  するとイッカクは、3度転がった後に立ち上がり、後方に跳んだ。

  槍が抜け落ちる。刃には、イッカクの目玉が突き刺さったままだ。

  右目を失い、さらに脳に損傷があるために、イッカクは千鳥足だ。

  (っしゃあ!!入った!!いける!!)

  純心が、再度突きを狙い、身構える。今度は、左目だ。

  イッカクの左目に穂先と目線を向け、純心は再び踏み出した。

  すると、イッカクがこちらを睨んだ。目と目が合う。

  「ブウウ!!」

  直後、千鳥足だったイッカクが地面を蹴り、純心へと突進してきた。

  穂先は左目に当たらず、平たい眉間、角の真下に当たる。

  しかし、刃は通らなかった。流石の純心も、硬い骨を貫くことは出来なかった。

  「うおっ!!」

  強い突進力によって、純心の巨体が後退する。硬いはずの槍が圧力によって曲がり、手から吹き飛びそうになる。

  しかし、今槍を手放せば、その瞬間にイッカクの突進を食らう。あの角が、自分の胸を貫くだろう。

  (やべえ!!これ、死ぬ!!)

  一手で、逆転された。イッカクの力は手負いでも凄まじく、槍を保持していられない。

  「だりゃああ!!」

  純心が恐怖を感じ、肉体より先に精神が屈服する直前、坂の上から援軍が入った。

  脇差を拾い、駆け下りてきた志龍がイッカクの左目に刃を突き立てたのだ。

  「ガアアアアアア!!!!」

  イッカクが、純心から離れた。両目を、視力を失ったイッカクは痛みのあまり転げ回る。

  「純心、足だ!!」

  「おう!!」

  敵が両目を失ったこと、そして味方がいることで、萎えかけた純心の心に再び火が灯った。

  「こっちだ!!」

  純心から離れた志龍が、イッカクに叫ぶ。

  双眸から血を流しながら、イッカクは志龍の方へ体を向け、突進した。

  これほどまで痛めつけられても、撤退という考えは無い。

  キメラの闘争本能に改めて驚きながらも、志龍はサイドステップでそれを躱した。

  弱っているために、躱すことは難しくない。それでもイッカクは、音を頼りに方向転換し、再び志龍へと向き直った。

  「らあっ!!」

  キメラが方向転換する隙を狙い、純心はイッカクの側面から接近して突きを放った。

  左の前足を目がけて。

  「ギアッ!!」

  刃は正確に右前足の間接に入り込んだ。

  さらに純心は、そのまま槍を右へと薙ぎ払う。

  刃は、左の後ろ足を両断した。

  「ガアアアアア!!」

  左側の足を失ったイッカクが転倒する。

  即座に志龍はイッカクに低い姿勢で接近し、イッカクの右側と走り抜けつつ逆手に握った脇差を振るった。

  「ガッ!!」

  その一振りはイッカクの右前足を切断した。

  さらに志龍は足を止め、脇差を順手に持ち替えて右後足をも切り落とす。

  両目だけでなく四肢まで失ったイッカクは崩れ落ち、痛みのあまり叫ぶことしか出来ない。

  それでも志龍と純心はイッカクの正面に立たず、それぞれが左右の斜め前方に立ち、手にした武器の刃を切っ先を、血を流す双眸へと向けた。

  そして二人は同時に地を蹴り、骨にも筋肉にも守られていない、目があった場所へと刃を突き出した。

  イッカクは既に動けない。しっかりと、深々と、刃を突き入れた。脳の中枢まで達するほど。

  そして、ようやくイッカクは叫ぶことを止めた。

  イッカクから刃を抜いた志龍と純心は、荒い呼吸を繰り返しつつイッカクの亡骸を見下ろした。両目と両手を失い、絶命した醜い獣を。

  「やったな」

  志龍は脇差を左手に持ち替え、隣に立つ純心に右拳を突き出した。

  「ああ。俺たちだけで、仕留めたな」

  純心は、左拳を志龍の拳に当てた。

  強敵を、まだ新米である自分たちだけで倒せた。

  (俺、強くなれたんだな)

  実戦で得ることが出来た、始めての達成感だ。気持ちは高ぶったままで、歓喜が志龍の体中を満たしていた。

  だが、生還を安堵し、勝利を喜ぶ気持ちは大いにある一方で、後味の悪さも感じていた。

  (でも、なんだろうな、なんだかなぁ)

  ここまで相手を痛めつけた。二人掛かりで。

  トドメを刺す瞬間、抵抗は無かったが、早く楽にさせてやりたいという気持ちがあった。

  相手はキメラなのに。

  その、僅かな違和感の正体を、志龍は掴めなかった。

  「おい、そういや、京香さんは?」

  違和感に戸惑っていると、純心が聞いてきた。

  「あ、上の民家に残ってる。俺だけイッカクに吹き飛ばされたんだ。そっちこそ、氣雷さんは?」

  「まだ公民館の方だ。イッカクが、志龍たちの方に走っていくのを見て、俺だけ行かせたんだ」

  「京香さんの方が近いな。先に京香さんと合流するか」

  「ああ」

  志龍と純心は、揃って坂道を上がろうとした。だが。

  「お」

  「うわ」

  坂の上から転がって来る物体を見て、足を止めた。蛙脚のキメラの首と脚が複数、坂道を転がって来る。

  グロテスクな光景に驚いていると。

  

  ドカッ  ゴッ  バキッ

  

  轟音が、村の中央、公民館の方向から聞こえてきたので、二人は揃ってそちらに目を向けた。

  村の高台に建つ公民館は、老朽化したた、数週間前に建て直されたばかりだ。

  その公民館が、傾いていた。柱を数本折らなければ、あんなことにはならないだろう。

  「どっちも、助け、いらなそうだな」

  「ああ。でも、行こうぜ。俺らがまだまだ、助け必要だし」

  「そうだな、まだまだだな、俺ら」

  強敵を倒して達成感を味わい、己の強さに自信を持てたのも束の間のこと。

  自分たちとは比べ物にならないほどの戦力を見せつけられ、自身の未熟さを痛感した。

  複数のキメラを相手にしながらも、全てを仕留めて生還するほどの実力を、自分の上官たちは身に着けているのだ。

  (強くなりてえな。あれくらい)

  志龍は、強くそう願った。

  (心もだな。キメラを仕留めても、自己嫌悪しないくらいの精神力がないと)

  「行こうぜ」

  「おう」

  心身ともに強くなりたいと考えながら、志龍は純心とともに坂道を登り始めた。

  高みまで到達するには、まだ長い道のりを走り続けなければならないだろう。

  [newpage]

  ライカンスロープ イメージソング

  

  LACANTHROPE

  (X-Busterの替え歌です。ユーチューブで聞きつつ、歌詞を合わせてください)

  

  光が駆け巡り   理性が彩る世界

  加速は止まらない 奇跡を造るテクノロジー

  ああ 遺伝子に眠る 野性のメモリー

  Flash back again

  高まるその腕のFang どこまでも Go way

  激しく荒ぶる魂 風の中で探す答え

  獣の体に宿したその命を燃やし尽くせ

  ああ 胸を刺す 友の声が

  さあ解き放て 熱き咆哮(おもい)