008-016
ディーラル王城城壁内、天人の森の洞窟に集められたザオルの里の襲撃者達は、指揮官でもあるゼゼトの話を静かに聞いていた。
作戦は完全に失敗し、処分される為に此処に連れて来られた思っていたディセルト管轄以外の者達は、ゼゼトの話しを聞いて困惑していた。
元々ザオルの間者達には忠節といった考えはなく、ただ状況と報酬でラールカ側に与していたのだが、ディセルトの提示した条件が余りに破格な為に逆に疑いを抱いた者が殆どで有った。
青組頭 「考えられん内容だ、襲った我等を許して仕官させた上に土地まで与えてくれるというのか?」
イファタ 「失礼を承知で申し上げますが、こと天人様においては有り得る事だと思います、かつて天人様達は仲間の殆どを失いながらもディーラルを助けてくれてますので・・・この行動の裏には予言が有ったとも言われておりますが、今回も予言に従った行動とも申しておりました」
ゼゼト 「確かに予言は示す通りの結果に終わると言われていますからね、今回も通例通りなら、このディーラルは天人様達が認めた者の国となるという事だ、ならば天人様達に付いた方が我等の将来も約束されるのでは無いか?」
赤組頭 「それだと里が別れて争う事になりませんか、あのラールカ殿が裏切りを許すとも思えませんし」
長い髪を後ろで束ねた女性が意見を述べる、立場上イファタの上役に当たるが、イファタとは逆の考えだと思われる。
ゼゼト 「失敗した我等がそもそも許されるかの問題があるのだが・・・イファタが身を張って何人かは逃げ遂せたが、彼等が咎を受けない保証はない、その点、天人様の言葉は信じるに足ると私は思っている」
赤組頭 「何を根拠に・・・」
イファタ 「天人様は負けた私に逃げろと言ってくれました、私が逃げても殺されると言ったので今の条件を提示してくれたんです」
赤組頭はイファタの言葉を信じられないという顔を聞いている、敵に情けをかけるどころかその将来を保証してくれるというのだ、実際、取引は双方に利益がある様だがザオルの里の者達の方が多くの利益を得るのは間違いない。
ゼゼト 「これは私の願望かもしれないが、予言は高い確率で成就されるのでは無いかと私は思う、確かにラールカ殿には多くの者達が従っているが、それは単に勢力が大きく勝てると思っているからだろう」
青組頭 「実際その通りでしょう、ですが彼等はラールカ殿の裏を知らない」
ゼゼト 「その話は今は止めておこう、里に残した家族を気遣う者は離脱しても構わん、天人様ならそれさえ認めてくれるだろう、そして戻っても咎める事も無いと思う」
赤組頭 「随分とお心が広い様ですね、私が言うのも何ですが裏切りを恐れていないのでしょうか?」
ゼゼト 「我等を縛る何らかの魔術でもあるんだろうな、承諾と共に付術されて叛くと罰が降る様な・・・」
青組頭 「あの意識を失う霧を使えるぐらいですから、それぐらいは有ってもおかしくは無いでしょう、もしかすると賢人ダインがもたらした魔術なのかも」
赤組頭 「その可能性も有りますね、天人様の考えを変えてしまう程の実力がある様ですし・・・」
ゼゼト 「取り敢えず天人様に仕えたい者は私のところに集まってくれ、こういう事は自分の意思で決めるべきだろう」
赤組頭 「黒の元に集まれという事は、黒は天人様の元に行くという事ですね」
ゼゼトは黒組頭でも有り、三人の組頭の中で一番位が高い、そのゼゼトが天人方に付くという意味は大きい。
ゼゼト 「私は天人様と直接話しましたから、私は天人様の器の広さに感銘を受けたんですよ、ラールカ殿は許してくれるとは思えませんから」
イファタ 「私はラールカ殿の事はよく知りませんが、天人様は信じられる人だと思います、刃を交えた私を殺したくないと言ってくれて生きる道を示してくれましたから、それに天人様の土地ならば今とは別の生き方も出来るんじゃ無いですか?」
赤組頭 「実際戦ったイファタの意見は重要だと思うが、天人様の肩を持ち過ぎていないか?」
青組頭 「いや、上役が話が分かるという事は重要な事だ、そもそもラールカ殿が我等の意見を汲んで下されば捕らわれる事も無かった」
赤組頭 「私は戻りますよ、咎を受けようとも里には戻らないと・・・」
ゼゼト 「貴女は仕方ないでしょう、子を残して行ける訳が無い、ですが危うくなれば何時でも頼って下さい、我々が行くのは里の者達の逃げ場を用意する意味も有りますから」
赤組頭 「心遣い感謝する、リグエ方に戻る者は私の元に集まってくれ」
そうして、ザオルの里の者達は二つに別れた、ラールカ側に戻ると決めた者は六名で天人側は三十一名、イファタの足留めで逃げ去った者が七名いたので、この襲撃に加担した者の多くが天人方に寝返る結果となった。
一方その頃、王城に辿り付いた七名はラールカ側に監禁されていた。
襲撃を命じたラールカが現在就寝中であり、采配を下せる状態に無いというのがその理由で有ったが、予想通りの冷たい扱いに逃げた者達の表情は暗い。
白組頭 「やはりこうなりましたか、キュカは隙を見つけてリムサと入れ替わって下さい、どうせ我等の事など気に掛けていないでしょうから」
リムサとは王城に忍ばせたザオルの里の者の一人で、直接の雇い主で有るリグエ領の領主でさえその正体に気付いていない、だが白組頭は少しでも里の戦力を残そうと優れたキュカとの入れ替えを考えたのだ、そう、自分達が処罰されると考えての行動だ。
そして、リムサとキュカが入れ替われる理由は実は二人が姉妹で有り、見た目が余り変わらないというところにある、普段は異なる方向性の化粧のお陰で全くの別人に見えるが素顔はとてもよく似ており、入れ替わっても気付ける者はいないだろう。
キュカ 「ですがそれではリムサが可哀想です、失敗などしていないのに・・・」
白組頭 「それをいうなら、我等は失敗などしてません、失敗したのは無謀な襲撃を思い付き実行した者ですよ」
白組頭の表情には僅かながら怒りがこもっている、普段から沈着冷静なこの男でも一連の処遇に怒りを覚えているのだ。
キュカ思考 『リムサには悪いですが、此処は利用させて貰いましょう、どうせリムサは非処女ですからね』
遊魔思考に染まったキュカにとって、ダインの役に立てるかどうかが最も重視する判断材料だ、幾ら姉妹で有ってもダインにとって価値の低い者がどうなろうが関係ない、それよりも自分が自由になった方が、ダインの役に立てるのだ。
そして、監視の隙を突いてやって来たリムサとキュカは衣服を交換して入れ替わり、キュカはある程度の自由を約束される。
キュカ 「後は頼みます、私もなるべく動いてみるつもりです、まとめて処罰される様な沙汰が下されるなら裏切る事もご容赦ください」
遊魔思念で、ディセルトの行いを知るキュカはなるべく早く動いて赤組頭との接触するつもりである、逃亡組の現状を知らせる事で潜伏させる戦力を残そうという考えだ。
そして、密かに王城を出たキュカは王城近くの森で戻って来た赤組頭達と合流する事に成功する、遊魔と成って与えられた魔力を探知する能力を用いれば、森に居る人間を探し出す事など容易い。
赤組頭 「リムサか・・・何故ここに居る」
キュカ 「いえ、私はキュカです、先に逃げ帰った者達は囚われています、私は白組頭の命でリムサと入れ替わり、残りの仲間に状況を伝えるつもりでした」
赤組頭 「やはりラールカ殿は許してくれなかったか・・・」
キュカ 「それ以前の問題です、ラールカ殿は就寝中で我等への沙汰は目覚めてからだと」
赤組頭 「なら今戻るのは危険という事か、別れたばかりだが天人様を頼るべきかも知れん」
赤組頭はキュカにこれまでの成り行きを説明してから暫し考え込んでしまう、そこでキュカは自分なりの案を示して、赤組頭達との接触の手筈を示す。
キュカ 「この木に符合を隠す事にしましょう、私は今の立場を使ってなるべくラールカ殿の動きを探ります、リムサは良い情報源を用意してくれていますから、もし白組頭達が処罰される様な事になるなら助力を願いたく思います」
赤組頭 「リムサの性技でたらし込んだ男だな、しかしキュカに代わりが出来るのか?」
キュカ 「里の為には苦難など恐れません、ですが天人様がその様にお心が広いとは・・・」
赤組頭 「私も驚いておるよ、だが、一度誘いを断った我等を迎え入れてくれるのか・・・」
キュカ 「それは大丈夫だと思います、認められるなら初めから許して貰えないでしょうから、それに王城はラールカ派だけでは有りませんし」
赤組頭 「お前まさか、ヒーソフ王に助力を願う気か、確かにヒーソフ王は天人様達を崇めておるが・・・」
キュカ 「まだ王城内ではヒーソフ王の力の方が優勢ですから、敵の敵は味方とも言いますので・・・」
赤組頭 「確かに悪くない策ではあるが、ラールカ殿の背後は強大だ、今の天人様達に勝ち目が有るとは思えん」
キュカ 「どうでしょう、予言では天人様が勝つと記述されています、それに我等は魔術で無力化されたじゃ無いですか」
赤組頭 「確かに何方も未知数ではあるな、人で選ぶなら断然天人様だが」
キュカ 「なら決まりですね、既に不評を買った我等がラールカ殿の元で利を得られるとも思えません」
赤組頭 「なるほど、道理ではあるな、なら我等は頭を下げて天人様の庇護を受けるとしよう、皆も異論は無かろう、このまま戻っても里には帰れぬだろうから」
予想以上の事態の悪化を受けて、赤組頭の想いも変わった様だ、確かに里に残した家族の事も心配だが、裏切りが発覚しても直ぐに里が攻められる訳でも無い。
キュカ 「では、私は王城に戻ります、ヒーソフ派への接触はあくまで最終手段なので」
赤組頭 「解った、出来れば白ともよく話し合ってくれ」
キュカはそのまま急いで王城に戻る、時刻はそろそろ夜が明ける頃で、下働きの者達の仕事はもう始まっているのだ、少々咎を受けるかも知れないが女を売って立場を作ったリムサは少々遅れても問題無いとも言っていた気がする。
一方で洞窟に残ったイファタ達は、そのまま洞窟に留まる様に命を受けていた、信じ難い事に洞窟の入口には監視など着かずに三天人達は屋敷に引き上げてしまっている。
その他にも洞窟に蓄えた食糧の類いを使う許可も得られて、既に数名が外に出て朝食の準備を初めている。
ゼゼト 「天人様の寛容さには驚くばかりだ、我等に食事すら与えてくれるとは・・・」
イファタ 「天人様達も疲れているんですね、それに屋敷には近付くなとの命も出てます、多分私達を試しているんでしょう」
青組頭 「命は必ず守るよう厳しく言っている、天人様達の機嫌を損ねると今度こそ行き場を失ってしまうからな」
ゼゼト 「どうやって城外に出るかが問題だ、他に天人様の屋敷の警備も必要だろうに」
青組頭 「昨夜襲った我等が、屋敷の警備の心配などしているとはおかしな話だ」
ゼゼト 「だが、こうなった以上は何が何でも護らねばなるまい、もはや我等は運命を共にしている様なモノだからな」
青組頭 「なら、ラールカの裏の力を報告する義務があろう」
ゼゼト 「そうであろうが、既に知っているかもしれん、しかし切り札と我等を一緒になさるとは」
洞窟内部に横たわるクフィカールを見てゼゼトが口を開く、ディーラルを守護したクフィカールは伝説的な物で、まさか洞窟で埃を被っているとは思ってもいなかったのだ。
こうして、状況は何とか落ち着いて、ディセルト達も今は身体を休めている、今回の襲撃に対する対応は落ち着いただけで解決はしていないのだ。
そして遊魔達にはまだまだ解決すべき難題が山積みとなっているのだ。
おまけ
ゼゼト ザオルの三天人襲撃部隊のリーダーで黒組頭、ザオルの間者の中でも三本の指に入る強者。
そしてゼゼトは強いだけでなく切れ者でもあり、現場での状況判断の的確さから、ザオルの命運をも握る、王都での作戦の指揮を任されている。
リムサ キュカの二つ上の姉、普段比べるとよく似ているぐらいの二人だが、リムサの行っている化粧をキュカが行うと全くの瓜二つとなる。
ザオルの里の人間は代々優れた血筋を加える事によって人為的に能力を向上させている、この時重要とされるのは女性で強い男の子種を授かる為に色々なところに潜入任務を行っている。
この潜入任務は情報収集も兼ねており、強さによって高い地位に着いた男は色々と重要な情報を持っていたりもするのだ。
リムサは王都の強者の子種を授かる為に潜入しており、その存在はザオルの里と密接な関係を持つリグエ領主すら全く知らない。