地固め編 第十話 遊魔の飛行実験

  004-010

  翌る日、昨夜大きく乱れた遊魔達は欲求を果たせた為か、理性を取り戻して静かな朝食を嗜んでいた、いつにも増してデザートが豪華なのは新たに加わったツェリの乳量が多かった為で、今日の朝食はそのお披露目の意味もあった。

  ダイン 「ツェリ乳のコクはなかなかのモノですね、若さでは得られない複雑さがこれまでに無い味わいを生んでいる様です」

  多めに分け与えられたプリンを堪能したダインが感想を口にする、テーブル中央に位置する大きな焼きプリンで使った乳は全てツェリから搾られた物で、今までに無かったその味わいの深さは、ダインの若さを優先してきた遊魔選びに一石を投じるかも知れない。

  ツェリ 「お褒め頂き光栄です、ですがツェリの乳の味よりも、アイヤ姉様の腕が生み出した味だと思います」

  愛耶 「謙遜しなくて良いですよ、乳の味は遊魔の個性ですから、自分の出来る事で遊魔を盛り立てるのが遊魔の使命です」

  ツェリ 「ツェリの出来る事ですか、手描きの薬草図鑑は持ち出してますが・・・」

  ダイン 「それはフェカトとニアに任せて、ツェリはポナリアに慣れて下さい、遊魔で有る限りマギガント操縦の基本はマスターしているでしょうが、私が会得していない飛行の感覚などは自分で覚えて貰うしか有りません」

  フェカト 「既にリレッタが使うという名目でポナリアは押さえてます、ただ、ツェリとして使って貰うのは知られたく無いので、黒騎士衣装で訓練して貰いますね」

  ツェリ 「黒騎士衣装ってどういう物なんですか?」

  ダイン 「中身を偽れる便利な衣装ですよ、マギガントの特性上、近くで起動しているマギガントの騎士は解ってしまうのでその為に処置です、私も暫く工房に詰める予定ですので、不具合が有れば言って下さい」

  七実 「いよいよ飛行試験が始まりますからね」

  ダイン 「新技術の開発への大きな一歩です、既に浮遊は成功してますが」

  真夏 「ファンタジー物に浮遊船舶って良く有りますからね」

  ダイン 「交通インフラの整備が不十分な以上、飛行が最も合理的な移動手段ですからね」

  七実 「運河は荷運びには適してますけど、早くは移動出来ないですからね」

  ツェリ 「遊魔の世界は進み過ぎていて、田舎者のツェリにはよく解りません、ナナ姉様が遅いという運河でもツェーリアには有りませんでしたし」

  ダイン 「実際やってみると大した事は無い筈です、フェカトやポーカは天翔る処女の経験が有りますので、解らなければ聞いて下さい」

  フェカト 「人間のフェカトにも出来た事なので遊魔なら大丈夫です、ツェリの魔力も七万は有りますし、その値って元のリエルと同じぐらいなんですよ」

  朝食後に遊魔の本格的な活動が始まる、ダインを中心とした工房組は直ぐに場所を移動して作業を始め、マギガント初心者のツェリは先ずゾッフォから操縦に慣れて行く。

  工房の一画に、台車の上で四つん這いに置かれているゾッフォがあった、この不格好な機体が七実の進める飛行型マギガントの試験機で、ツェリに初めて与えられた仕事は別のゾッフォで台車を引いて、闘技場へと引き出す事で有った。

  マギガントに初めて乗る者には到底不可能と思える作業も、遊魔のツェリにはどうという事は無かった、ゾッフォの操縦は身体が習得しており、台車に繋がれた綱を難なく手に取って肩掛けで闘技場まで引き出してみせる。

  ポーカ 「遊魔の力は本当に出鱈目ですよ、普通あれが出来るまで半年は掛かる筈ですから」

  ダインの傍らで、ツェリの仕事を見守っているポーカが感想を漏らす、学院生を日々導いているポーカにとってツェリのやっている事は普通では有り得ない。

  ダイン 「ポーカやフェカトの経験を取り込んでいますからね、つまりツェリにアレが出来るのもポーカ達の努力のお陰です」

  ポーカ 「ポーカの経験が遊魔の役に立つのは喜ばしい事ですね、つまり数さえ揃えば直ぐにでもマギガントの軍勢を用意出来るわけですか」

  ダイン 「軍勢を用意出来ても、移動出来なければ意味有りませんけどね」

  七実 「そこでナナの仕事なんですね、翼に付けた魔導エンジンはマナの仕事ですけど、マナに限って失敗は無いと思います」

  ダイン 「マナは秀才型ですからね、私達のいい加減な発想をちゃんと形にしてくれます」

  ポーカ 「ポーカにすれば浮くだけでも凄い事です、確かに重魔鋼は反発しますけど」

  ダイン 「馬鹿げた思い付きでしたが上手く行って良かったですよ、アレの発見で飛行戦力の開発が軌道に乗りましたから」

  七実 「ダイン様の発想が凄いですよ、普通対って一対一じゃ無いですか、一対多数で反発を行う事で浮遊させるなんて何処から思い付いたんですか?」

  ダイン 「遊魔の関係性ですよ、雄の私が一人でも、満足させれてますよね、つまり異質な力なら対等で有る必要が無いという事です」

  七実 「ダイン流過ぎますね、普通なら思い付かない事でしょうけど、魔導の扱いとして正しいとは」

  七実は今の言葉で理解した様だが、ポーカは理解出来ずに首を捻っている。

  ダイン 「扱えるのならば原理なんて理解する必要なんて有りません、ただ浮く事が重要なんですよ」

  ポーカ 「そうですよね、ポーカも天翔る処女の事なんて解らなかったですから、でも再び翼を与えられる事には興奮してます」

  ダイン 「いざとなれば機体など捨てて下さい、マギガントよりもポーカが大事ですから」

  ポーカ 「普通は逆ですけど、それも飛行型なんて人の命じゃ釣り合わないぐらいの価値ですよ」

  ダイン 「綺麗事を言わないのは美徳ですが、たかがマギガントよりも遊魔の方が貴重です、ポーカは仲間の悲しみがゾッフォより軽いと思っているんですか」

  ポーカ 「確かにその通りです、ゾッフォはまた作れますけど、ポーカはポーカだけですから」

  七実 「まぁ、ナナとマナの仕事ですから大丈夫ですよ、本当ならナナが乗りたいんですけど、飛んだ事無いですから」

  ダイン達が話に興じている間にもツェリは役目を続けて、遂には闘技場へと実験機ゾッフォを運び込んだ様だ、ダインはそれを知ると別のゾッフォに乗り込んで闘技場へと向かい、実験の準備を整える。

  実験機のゾッフォに乗り込んだポーカは流石に緊張がある様で表情が強張っている、場数を踏んで戦い慣れた騎士で有っても、未知も機関による飛行に不安は隠せない。

  対照的に七実は自信ありげな顔をしている、ツェリとゾッフォの操縦を代わり、ダイン、ポーカの通信に加わった七実は、ゾッフォを操って実験機の最終チェックを行いつつも自信に溢れた表情を崩さない。

  だが、ダインは七実の自信有げな表情の裏までも看破していた、当の七実が不安の色を見せてしまってはポーカが感じる重圧はより重くなってしまう、その意味で七実は自信ありげに振る舞っているのだ。

  ダイン 「私の理論は完璧ですから安心して空の旅を楽しんで下さい」

  ダインも七実の思いに準じて軽口を叩いてポーカの不安を和らげる、ポーカも二人の様子に緊張を解き、いよいよ実験が開始される。

  一つの重魔鋼に対して、四つが反発すると重いゾッフォの機体が徐々に浮き上がって行く、だが、ここ迄は何度も試して成功させた事で、問題はこの後の魔導エンジンにある。

  ダインの構想した魔導エンジンとは魔鋼を魔力によって加熱させる事によって、燃料とする油を燃焼させ、その排気を推力とする単純な物であったが、内燃機関を生み出していないアーグル人には全く未知の技術だ。

  だが、魔導蒸気機関は存在しており、蒸気によって力を産み出すという原理自体はポーカも理解はしており、何となく水が油に変わったという認識は持っている。

  そしてポーカは加熱のイメージを魔導エンジンに伝えると、燃焼され体積を増した燃焼ガスが勢いよく噴き出されて行く。

  機体に対して斜め下を向いた魔導エンジンは燃焼ガスで推力を得て、ゾッフォの機体を押し上げて行く。

  天翔る処女の浮遊感とは違い、推力による急激な上昇にポーカも面食らってしまうが、機体に急激な加速よりもそれによってマギガントの通信範囲を超え通信盤の映像が消えてしまった事に不安を感じた。

  だが、飛行を経験していたポーカにはある意味で懐かしい感覚でもあり、再びしがらみを感じない大空の自由を思い起こさせていた。

  ポーカ思考 『久しぶりですねこの感覚、空では何時も一人だったじゃ無いですか、それに左右の調整だけで自由に方向を変えてくれます』

  天性の才能の賜物かポーカは直ぐに、魔導エンジンによる飛行の真髄を理解しつつあった、大回りにはなってしまったが上手く闘技場の周りを旋回してダイン達に実験の成功をアピールすると、魔導エンジンが放つ轟音で街中の人間の視線を空へと誘導させて行く。

  ダイン 「さすがポーカです、もう操縦の感覚を掴んでいる様ですね」

  七実 「イメージは飛行機なんですけど、ダイン様は操縦した事有りませんよね」

  ダイン 「もちろんです、ですが二輪で空気抵抗というモノを体感してますから飛行もその応用ですよ」

  七実 「もっともらしい事言ってますけど、ポーカはそんな事知りませんよね」

  ダイン 「まぁ今のところ上手く行ってますが、最大の難関は着陸なんですよ、まぁアレは推力無くても浮遊しますが」

  七実 「その辺は抜かり有りません、何度も浮遊テストは行ってますからね」

  ダインも七実も実験機の飛行に満足している様だ、そもそも浮遊に成功している時点で、飛行へのハードルは大きく低下しており、期待通りの結果と言ってもよい。

  ダイン 「ですが、構造上魔導エンジンにも爆発はあり得ますからね」

  七実 「もう、辺なフラグは立てないで下さいよ、折角上手くいってるのに爆発落ちなんて勘弁して欲しいです」

  だが、ダインの危惧もモノとせずにポーカは実験を全うさせる、途中違和感を感じたポーカは魔導エンジンへの魔力供給を停止して難を逃れたが、その違和感すら唯の燃料切れだったのだ。

  アンカーを上手く利用して、飛び立った闘技場に上手く着陸させたポーカにダインからの労いの言葉が掛けられる、そして待ち望んだダインとの同衾を約束されポーカは意気揚々とゾッフォ実験機から降りてダインの元へと駆け寄って行く。

  ダイン 「本当にご苦労様でした、ポーカの無事は何より嬉しいですね」

  ポーカ 「不安は有りましたがやり遂げた充足感は大きいです、これがダイン様の大いなる一歩になるんですね」

  ダイン 「はい、途中の違和感については調査が必要ですが、思った以上に速度も出てました、これから魔導エンジンの調整など行い飛行型ゾッフォを軌道に乗せるつもりです」

  ポーカ 「確かに飛ぶだけではマギガントとしては不完全ですよね、それにこの姿勢もなんか変です」

  ダイン 「そうですかね、私的には合理的だと思うんですが、敵の近くまで飛行出来れば立ち上がって戦えると思うんですが、確かに飛行しての攻撃は有利だとは思いますが、飛行して移動出来る事に意義があるんですよ、そしてこの実験の成功で新しい兵器の開発の目処が立ちました」

  ポーカ 「新しい兵器ですか、ダイン様の考える事はここの常識から外れているので楽しみです」

  ダイン 「まぁ初めは輸送用ですけどね、テガスで改修するゾッフォや購入した魔鋼、後普及させた魔導オーブンも売らないと行けません」

  ポーカ 「オーブンって調理器具ですよね、なんでそんな物を売るんですか?」

  ダイン 「油の為ですよ、現在アーグルでは油田の類の情報が有りませんので油を何かから調達する必要が有ります、そこで考えたのが蒸気オーブンで今日の実験に使った燃料もテガスの蒸気オーブンから集めて精製した油なんですよ」

  ポーカ 「え、アイヤが回収していたのは知ってましたが、アレが魔導エンジンの燃料だったんですか」

  ダイン 「はい、実に地味な作業です、ですから今後の計画として、発酵調味料の製作所をテガスに新設してより多くの油を集めようと考えてます、目下油分の多い豆を捜索してるんですよ」

  ポーカ 「ダイン様って、魔導エンジンから燃料、そして調味料まで結び付けちゃうんですね」

  ダイン 「無駄はなるべくしたくありませんから、それに他が真似をしようとしても油の確保は難しいでしょう」

  ポーカ 「まさか調味料が飛行マギガントの鍵だとは思いませんからね」

  ダイン 「まだ計画段階ですけどね、ですが発酵調味料の試作はアイヤが行っていますし、テガス周辺には土地も有りますから豆畑を作るのも可能ですね」

  ポーカ 「それで最近植物に凝ってたんですか」

  ダイン 「食欲と野望を満たす為には必要でしたから、ですがいい感じで上手く行きそうです、豆の生産と加工はツェーリアの産業としても有望だと思いますし」

  ポーカはダインの計画の全容を完全には理解出来なかったが、その壮大さに感銘を受けていた、テガスに来てそれ程長い時間を経ていないダインがテガスを中心とした都市構造を練り上げて人類圏での繁栄を考えているのだ。

  ポーカは自身の求める主君としての力量をダインの中に見出して、自分の状況に十分満足していた、そう、ポーカは自身よりも優れた人物に使える事を夢としており、ようやくその夢が叶ったと感じていたのだ。

  おまけ

  遊魔の工業技術 アーグル世界は俗にいうファンタジー世界なのだが工業水準は高い、人類圏は金儲けよりもマギガントの技術開発に労力を費やしてきており、その結果高い工業水準を得る事に成功しているのだ。

  だが、アーグル技術は魔導技術を下地にした技術体系である為に、万人にも使用出来る物では無く、人口の八割程度は低級の魔導具すら稼働させる事が出来ない。

  遊魔は魔力が高い種族である為にアーグル技術の恩恵を受けており、遊魔技術はより高い魔力で有効的に機能する魔導具の開発が主である。

  具体的には魔鋼の高練度化などで有り、遊魔が搭乗するだけで従来マギガントの魔鋼練度が上がったりもしている。

  そして、ダインは地球技術を応用する事も模索しており、テガスに作られた新工房で作業が行われている。

  飛行型のウィディ・ゾッフォもその一例で重魔鋼の反発力を応用した浮遊と、新開発した魔導ジェットエンジンで高速飛行能力の獲得に成功している。