[chapter:月夜に舞う]
夜闇を照らす、満月の夜。空に浮かぶ真円が煌々と輝く様を、凛とした顔で見つめる、普通の個体とは異なる、青い尻尾を携えた一匹のタマミツネ。川のせせらぎが聞こえる中、彼女の周りを飛び回る泡が月明かりで煌めき、優美な夜を演出していた。そんな美しい姫君に静かに近づく者の気配に、タマミツネは振り返り、絵画のような微笑みを浮かべる。
「こんばんは、ジン様」
「あぁ、こんばんは、タマ」
タマミツネからジン様と呼ばれたジンオウガは、心地よく身体に響くようなバリトンボイスでそう答える。パチパチ、と光る雷光虫によって空に浮かぶ泡は翡翠色に彩られ、更に幻想的な光景へと様変わりする。寄り添うように、ジンオウガがタマミツネの側によると、ふとタマミツネの尻尾に視線を向ける。
「おや、大層身体が汚れているじゃないか、どうしたんだ?」
「あ、コレは、そのぉ……」
ジンオウガはタマミツネの尻尾を前足で指してそう言う。その尻尾の毛に少量だけ泥が付着していたのだ。よく見ないと気づかない上に、それを「大層汚れている」と表現するには違和感があるが、しかし一度気づけばそう感じてしまう。逆説的に、たった一点の汚れで損なわれてしまうほど、タマミツネの美貌を表していると言っても良いだろう。その彼の指摘に、タマミツネは少し恥ずかしそうにしつつも、細々とした声でこう言った。
「さっきここに、ナルガクルガが来られたので……少し、戦うことになってしまったんですの」
その言葉に、ジンオウガは目をパチクリとさせる。ナルガクルガと言えば、種族的にも好戦的かつ厄介なモンスターで、特にこの地帯にはどんなモンスターだろうとも臆せずに戦いたがる暴れん坊のナルガクルガがいると、彼は伝え聞いていたが、彼女には全く外傷が見当たらない。そのことに、ジンオウガはこらえきれずに笑い出してしまう。
「なるほど、はははっ! やはりタマは強いな!」
「わ、笑わないで下さい!」
そう言って揶揄(からか)うように笑うジンオウガ。それに、尻尾をビタンビタンと鳴らして、タマミツネは不満を表明する。
「もう、ジン様はすぐにそう揶揄います!どうせわたしは可愛げなぞありませんよ!」
顔をプイと横にそらし、謝ってほしい、と言いたげな態度で、タマミツネはそうジンオウガに告げる。彼女に不相応な言い方、いや、普段が年不相応な大人な振舞いと言うべきかもしれぬが、そのような言い方にジンオウガは少し笑ってしまう。
「そうだな、その強さと強がりがとても美しくもあり可愛いとも思うぞ」
そして、ジンオウガは少しイタズラをするかのようにそう言う。心からなのか、それとも意図してなのかは定かではないが、彼はそう称賛した。その言葉に、タマミツネはハッとして、顔を溶岩のように赤く染める。
「う、うぅ〜! ジン様〜!」
「おっと、痛いだろ、タマ。」
パシパシ、と前脚で軽くジンオウガを叩くタマミツネ。何故叩かれているのか、とジンオウガは分からない様子であった。そんな二匹の前でふと、跳ねた泡が通り抜けて空に舞い、それに釣られてそのまま空へと目線は運ばれた。
「そうだ、ジン様。今日は綺麗な月が見られる日なのでお誘いしたのですが……」
「そうか、今日は満月の日か。しかし……」
ジンオウガは、この光景を見て言い淀むが、それも無理はない。彼らが見上げた時に、丁度邪魔するかのように雲が月に被さっていたのだ。ぼんやりと、雲の向こう側にその輪郭が見えるような、その程度でしか見えなかった。
「すみません、折りが合わず……」
「いいさ。それに、この分だと少し待てば見られるだろう。」
彼にこの景色を見せようと息巻いていたタマミツネは少し消沈した様子だが、それを励ますようにジンオウガは優しく笑みを浮かべてそう言った。
「ジン様、その……今日は、お話があったのです。」
改めて彼女はジンオウガに向き直り、一際真剣な顔を浮かべる。その様子に、ジンオウガもまた、真面目な表情で彼女の方に顔を向ける。
「わたしは、貴方とこの景色が好きです。ずっとここで、一緒に暮らしてくださいませんか?」
ジッとジンオウガを見つめて、タマミツネはそう言った。彼女の声色に、少し緊張を感じさせられるが、真剣で、嘘偽りのないと確信させるハッキリと言ったその言葉に、ジンオウガも思わず口角が上がってしまう。
「タマ。私も、君が……」
しかし、そこまで言ったものの、彼は言い淀んでしまった。一度動きを止めた口からは、その言葉の続きを発することができず、ただ静寂を紡ぐ他しかなかった。
「……すまない、答えは少し待ってくれないか?」
「え、えぇ、かまいませんが……?」
漸く発した言葉は、ただ答えを遅らせるための、取り繕うような言葉だった。ワンテンポ遅れてなんでもないように振る舞うジンオウガの不自然さに困惑しながらも、タマミツネは異論を唱える理由もなく、ただ了承する。
「少し、離れる。すぐに戻るから」
その場から逃げ出すように飛び出すジンオウガ。狩人である彼らしくなく、ハッキリと足跡を残して去って行った。
「ジン様……」
彼女はそのジンオウガの背から目を離せずに、ただ呆然と彼を見送る。答えを待ってくれと言われても、急に立ち去られるとそれに対して不都合だと感じていると邪推してしまう。だが、タマミツネにとってはそのような真実の是非に対する不安を上書きするように、彼の表情が目に焼きついて離れていなかった。
「何故、そのように苦しそうな顔を浮かべられたのですか……?」
タマミツネから逃げるように去ったジンオウガは切り立った崖から降り立ち、ドサリ、と勢いよく音を立てて着地する。息を荒くして、少し俯いていた。もう、決めたはずだった。私はあの子の恋心を受け止めると。だが、いざその時となると、恐怖で押し潰されそうになってしまっていた。
「……夜遅くに来てすまない、妻よ。そちらでは元気にしているか?」
独り言ではなく、何かに話しかけるようにジンオウガはそう言う。彼が辿り着いたところは、綺麗な花々が咲き誇る川のほとりであった。遠い過去、彼の番だった者が横死した場が、この地である。その地で彼女を弔うように咲く、その花々に向けて、ジンオウガは語りかけていたのだ。
「……思えば、タマと出会ったのもここだったか」
ふと、彼はボソリと呟く。あれも今から幾年前だったか。彼は目をつぶり、その時の記憶を思い起こした。
その時は、三日月の夜だった。月明かりが照らす中、彼はここにドス、ドスと重い足取りで穂を進めながら、一輪の花の前にドサリと横たわる。
『妻よ。漸く、漸く其方に手をかけたハンターどもを狩ることができた』
細々とした声で彼はその花に語りかける。彼の身体には爪や牙にべっとりと血が付着しており、また自身の傷から出た血も相まって、全身が血で覆われているような、痛々しい姿をしていた。目線も、どこか定まってなく、ただ空しさを携えている様に見える。
『……どうしてだろうな。復讐を果たすことが本懐だと思っていた。これが終われば、そなたの無念が晴れると思って、そして、私も満たされる気がしていたんだよ』
ぽと、ぽとと雄々しい顔には相応しくない、大粒の涙と弱音を零す。だが、顔についた赤をその涙では拭えない。かつて高潔な獣竜種として、畏れられていた存在は、出会った者を見境なく殺す、万物を恐れさせる存在へと変わり果ててしまった。そして、彼自身もそうなってしまった自分に辟易していたのだ。
『なぁ、私のもとに帰ってきてくれないか。私の隣に、もう一度其方がいてくれれば……』
そこまで口にしたが、彼は紡ごうとした言葉をしまう。こんなのは、滑稽であると。今更、自分が守れなかった相手に縋るなんて。何より、そうやって妻を困らせる自分が嫌で仕方なかった。
『……いや、なんでもない。其方のことだから、天国でなに不自由なく暮らせていることだろう。そして、私もそうしてくれている方が、幸せだ』
ジンオウガは、自嘲気味に笑いながらそう言った。もう、彼女には会えないのだとわかっている。それに、仮に天国が存在しても自分が行くのは……間違いなく地獄だ。そう、ジンオウガは諦めていた。
『そうだ。其方はこの果実が好物であったな?供物として持ってきたのだ、一緒に……』
咥えていた果実を一輪の花の横に置こうとしたその時。ガサリ、と草音が背後から聞こえる。瞬間、体勢を低くして戦闘準備を整えてそちらを見やる。そこから、どこからか逃げてきた様子のタマミツネがいた。
『……そこのタマミツネ。そのように息を切らして、一体何をしている?』
その逃げてきた様から、警戒体勢を取りやめ、刺激をせぬようそう問いかける。この場で戦うことをできるだけ避けたいジンオウガは、出来る限りそのタマミツネを刺激しないよう、努めて穏やかな口調で語りかけるが、元々低く威圧感を与える声質な上に凄惨な見た目も相まってか、その子はすぐさまビクッと身体をびくつかせ、数歩引き下がる。
『わ、わたしに、近寄らないでっ!』
その叫び声は裏声かと思うほど高い声と、普通のタマミツネと異なる芳香で、漸くこの子が雌なのだと気づく。タマミツネという種族は、華やかな姿をした者は雄であることが多いらしいが、彼女は特段深みのある色の鱗と蒼い体毛と、ヌシ個体に近しい体躯を持ち合わせていた。ジンオウガには殊更美しいように見えた。だが、それを深く気に留めず、まずは落ち着いてもらわねばと静かに声をかける。
『落ち着きたまえ、私は其方を害するつもりはない』
それでも変わらず怯えた様子のタマミツネ。やはり、自分は誰が見ても恐ろしい存在となってしまったか、と少し鬱屈とした気分になるが、タマミツネは目を合わせられていないことに気づく。恐怖に脅かされた生き物というのは、簡単には対象から目を離せぬようにできている。なぜなら、それは即ち死を招くため。しかし、彼女は目を全く合わせることができず、こちらの危険性には目を向けていなかった。そうではなく、兎角誰とも関わりたくない、そう言った印象を覚えた。それならば、と彼はゆっくりと歩を進めると、彼女は更におびえた様子で悲鳴をあげた。
『い、いやっ……わたしに近づいちゃ、ダメッ!!!』
『……うむ、其方にはそうだな。その程度で死ぬほど柔ではない、と言った方が良いか。』
その叫び声とともに、彼女の周りをたゆたう泡が、意思を持ったかのようにジンオウガに襲い掛かる。だが、ジンオウガはその飛んできた泡を雷撃で一つ残らず撃ち落とす。そして尻尾を軽く地面に叩きつけ、雷弾を彼女に向けて放った。
『えっ……あっ……』
轟音を立て、雷弾が顔の真横を掠めて地面を抉り、その破片が彼女の体に跳ねる。その攻撃は威嚇のためではあるものの、その精度と威力を理解させられるその攻撃に、タマミツネも怯んでしまっていた。目をそらしてしまった一瞬、彼はタマミツネの首筋に嚙みついた。
『……ほら。私は、其方に見劣りしないだろう?』
その噛みつきは、牙を立てない甘噛み。自身の力に怯える彼女に、より強い力を見せる粗治療。彼が口を首から離すと、ヘタリと強張った身体を脱力させるタマミツネ。彼女の目は、ようやくジンオウガに合わせられた。
[newpage]
[chapter:濡れ場 サンプル]
「はぁっ、ふぅっ……! いっ、あぁっ」
声が、乱れる。上ずっていく、快楽で身体がはねて。生き物というものは単純なもので、外部からの刺激を神経が受け取り、それをもとに脳に快楽物質を走らせてしまうと、どうしても快感を覚えてしまう。いくら特殊な個体として産まれてしまったこのタマミツネとて、生き物の理からは抜け出せないのだ。
「そこっ、はっ……!」
いよいよその舌が下腹部から股へと移行し、いまにもタマミツネは犯されようとしている。ジンオウガが操られており、よく分からぬ者によって自身が凌辱されようとしている、と頭では忌避感を覚え、なんとかそれを止めようとする。だが、身体はオスと認めた相手からの奉仕からは逃げてくれない。タマミツネは、どうしようもないほど、メスの生き物であった。
「あっ、ああっ!」
そして舌が、秘部へと侵入する。ざらりとした舌が中から入口へとゆっくり擦られる。ずり、ずりとひだが擦られ、初めての刺激に大きな喘ぎ声。痛みやかゆみなどではない、じんと身体に染みわたる刺激。それを、タマミツネの身体は快感だと定義していた。
「あぁんっ! じん、さまっ!!」
また、名を呼ぶ。恐怖、それを少しは感じている。だけども、タマミツネの顔にはそれが表れない。目はジンオウガからそらせず、自身の身体をむしろ舌へと寄せるように身じろぎしてしまう。
「いぅっ……! はっ、はああぁっ!!」
ぷしゃ、と漏らし、ジンオウガの舌だけでなく顔に液が振りかかる。それにはジンオウガは少し目を開く。彼の口元に入ってきた液は、迷った様子であったものの、息が苦しく、ゆっくりと飲み下す他なかった。ひく、ひくと足先まで震えさせ、中から液が漏れ出していく。それを、ジンオウガは悔恨の色を表しながら、彼女の姿を見る他なかった。