PRPR
  
カエルの使い魔の刑! 第6話

  空には晴れ晴れとした青空がどこまでも広がり、地面はながらかな傾斜の緑の草原。

  風がなびけば、草葉がこすれ合う音が静かに鳴る……。

  そんな光景の中、ラーナは『立っていた』。

  頬を撫でる風も、緩くはためくローブの裾の感触も、気持ちがいい。

  「あれ? ここは——って!?」

  ラーナは慌てて、ぺちぺちと自分の頬を叩いて、柔らかな肌を味わった後、手を見た。

  肌色で指が五本ある。

  体を見下ろせば、お気に入りの赤いローブに身を纏い、腰の帯紐に愛用の短剣を挟んでいた。

  頭に手を回せば、自慢の金髪がツヤツヤのまま、ロングヘアーでそこにあった。

  鏡が無いのこそ惜しいが、まごうごとなき、本当のラーナの姿がそこにあった。

  「……戻っている?? でも、なんで?」

  姿が元に戻っている。それは喜ばしい事だ。

  さっさとエレナたちに気付かれる前に退散してしまうのが一番の得策に思えた。

  ……だが、だからこそ、理由が分からないというのが気持ち悪い。

  エレナとラーナは、『使い魔契約』という契約が結ばれている。

  契約とは、お互いがお互い、くさりで縛っているような物だ。魔術的な意味での契約ならば、なおさら。

  ラーナには、使い魔としてエレナの元で働く事。使い魔でいる間はラーナの持つ魔力を全て捧げる事。自分の正体を誰かに積極的に伝えたり、エレナの元で働く以外の、元の姿に戻る事への努力を行わない事が縛られている内容だ。

  対してエレナにも、毎日1~3個のガラス玉を報酬としてラーナに与える事。それが666個溜まった時、ラーナを元に戻し、使い魔契約を終わらせるという『義務』が課せられている。

  ……ちなみに、ガラス玉は直接ラーナに与えるのではなく、ラーナ用のビンに入れるだけで良い。また、エレナは一度入れたガラス玉を抜いては行けないとか、細かい点もあるが……。

  つまりは、そんな面倒で細かい取り決めをして、互いに従うのが契約という物だ。

  そして、666個にはまだまだ遠いはず。

  では、契約破棄をして、エレナはラーナにとって用済みとなったのか?

  自らの力を流れを感じ取ってみれば、己の身に魔力が宿り、それが外へ流れ出ていないのが分かる。

  つまり、今自分の魔力はエレナには流れていっていないはずだ。

  だが、契約破棄。それも何も告げずにいきなり破棄した理由は?

  「———ふふふ。混乱しているようね。」

  空から声が降ってきた。

  見上げると、箒に横座りになった、黒髪でドレスの様な黒ローブに身を纏った魔女がひらひらと手を振っていた。

  「クラリス!」

  先日、エレナに魔女集会に連れて来られた時に出会った魔女の一人だった。

  「あなたの仕業だったのね」

  「えぇ、感謝してほしいものね。……あぁそれとも、あの可愛らしいカエル姿の方がお好みだったかしら?」

  「……エレナに何の相談もなく、勝手に私に干渉してタダで済むの?」

  ラーナは挑発じみた言葉に応えず、質問を返した。……お好みなワケが無い。正直全力で喜びたい程だ。原因がこの魔女で無ければ。

  「問題ないわ。だってここは夢だもの」

  「夢?」

  「えぇ、私とあなたの夢の世界を繋げたの。現実のあなたは可愛い可愛いカエルちゃんのままよ?

  安心したかしら?」

  ラーナは眉間に皺を寄せた。

  挑発じみた言葉を余裕で受け流す程、ラーナは大人ではない。

  「……ふーん。ぬか喜びさせる趣味でもあるのかしら」

  「あら、感謝してほしいものね。それともやっぱり可愛いカエル姿の方がいいのかしら?」

  「夢ぐらい、自分で好きな様に見るわ」

  はっ、とラーナは吐き捨てた。

  感謝させる気が微塵もない嫌味な態度で良く言う。こんなのと二人で会話するぐらいなら、いつも通りの普通の夢の方が100倍マシだ。

  「それで、なんか用? アポも取らずに」

  「そうねぇ。敢えて言うなら——リベンジ、かしら?」

  パチンと、クラリスは指を鳴らした。

  ——途端、風景が切り替わった。穏やかな草原から、闘技場へと。

  [newpage]

  突如切り替わった風景に、ラーナは辺りを見渡した。

  広々とした土の大地が円形に広がり、すり鉢状に観客席があるその光景は、まるで戦いを見世物にする闘技場の様だった。

  観客席は人がごった返しており、一番前の席に、エレナとエレナの他の使い魔、インプのジースが座っているのが見えた。

  とはいえ、エレナを含めたこれだけの大人数の夢を繋げるのは現実的とも思えない。おそらくはクラリスが作り出した風景でしか無いのだろう。

  ラーナとクラリスが立っている闘技場の舞台の土の地面に、何本か影が線の様に走っているのを見つけた。

  見上げてみれば、まるで橋の様に闘技場の空にアーチがかかっており、真ん中に浮かぶ巨大な水晶玉を支えている構造になっていた。

  「ふふ。アレは私とあなたの姿を大きく映すための水晶玉よ。遠い席の観客にもよく見える様にね」

  「アンタが言ってた、リベンジの意味が分かったわ」

  要するに、この闘技場で、観衆に見られながら鮮やかに勝利したい、あるいはラーナを辱めたいといった所だろう。

  ラーナは身を屈め、クラリスを睨んだ。臨戦態勢だ。

  「あら、気の早い」

  「ゴングか、試合開始コールでもあるのかしら?」

  「えぇ、雰囲気は大事でしょう??」

  クラリスは、余裕の態度を崩さずに頷いた。

  下から睨み上げた姿勢のまま、ラーナはクラリスを観察し、頭を高速で回転させる。――彼女の実力や手札、そして現状を整理する。

  彼女の実力は、正直、未知数。

  ラーナがクラリスの住処から魔術書や魔法に関する品を盗み出した時は、クラリスは留守にしていたし、彼女がどんな魔法が使えるかとか、どれだけランクの高い悪魔と契約した魔女なのかという話も知らない。

  だが、今一番大事な事は、ここが「彼女が魔法で作り出した『夢の世界』であり『夢の主』である」という事だ。

  「……ところで、夢の世界という事は、あなたにとって都合の良い事ばかりが起きるって事かしら? いきなり場所が変わったりとか、さっきから」

  「さぁ、どうかしらね?」

  「そんな力で勝って、楽しいのかしら?」

  ラーナは目を細め、笑う。挑発する。

  そもそもの話。夢の世界だから何でもあり、というのなら、術者である彼女にこの世界で勝つ術はそもそも存在しない事になる。何でもありの存在に対して、戦うも逃げるもあったものじゃない。

  「ふふ、ここが夢でなく、現実であなたが元の姿に戻れれば、自分が勝てるとでも思っているのかしら?」

  「試してみたら? どうせここは夢。起きればお互い元のまま、でしょ?

  それとも、それでも試す度胸もないかしら?」

  今までの意趣返しとばかりの挑発。楽しい。ラーナの笑みが深まる。

  クラリスは余裕の表情を崩し、むっと眉間にしわを寄せた。

  「いいわ。夢の主としての力は使わずに遊んであげる」

  「そうこなくちゃね」

  ラーナの笑みはより深まった。

  まずは挑発による第一関門突破だ。

  実力勝負に持ち込めば、未知数の実力者の相手に対しては戦うだけ。

  悪魔と契約して力を得た魔女の実力なんて、千差万別だ。

  小悪魔(インプ)としか契約していない、貰ったしょぼい力を応用も出来ずに振り回す事しか出来ない者から、大悪魔とも何人も契約して強大な力を得た魔女だっている。

  寝ている相手の夢に干渉する魔法なんて、そこまでランクの高いものではない。魔法に対する耐性のある相手にかけるならば難しいけれど、現実世界の、魔女に魔力を吸い取られた『カエル』にかけるならなおさら簡単。あえて言うなら、小悪魔一匹だけとしか契約してないザコ、なんて事はないだろう。程度の評価しかできない。

  『夢の主としての力は使わない』と言ったクラリスは、少しだけ苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

  「——とはいえ、ゴングだけは鳴らすけれどね」

  確かに、それが鳴らなくっちゃいつまでたっても始まらない。

  クラリスの言葉が終わると同時、ゴングが高らかに鳴った。

  [newpage]

  ゴングが鳴ると同時、ラーナは動いた。

  左腕を一振りすれば、それだけで光の弾丸がクラリスへほとばしる。

  ラーナにとっては簡単な攻撃魔法なぞ、詠唱も発動のための動きも無用で放てる。

  「あら?」

  クラリスは余裕の態度で、ゆうゆうとそれをかわした。

  ——戦士や冒険者の様に鮮麗された無駄の無い動きではない。恐らく、こうした決闘という事で、事前に自身の身体能力や反射神経に対する強化の術を身に纏っていたのだろう。

  「ふっ!」

  「まぁ」

  ラーナは再び左腕を振るう。

  ラーナが左腕を振るうたび、光の弾丸がクラリスを襲い、クラリスはそれを避ける。

  「ふふ。その程度??」

  クラリスは単調かつ直線的な攻撃を避けるのも飽きたとばかりに、左手に闇を纏い、光の弾丸を避けると同時に腕を前方に突き出して飛ばして来た!

  ——ラーナはニッと、笑みを深めた。

  「ここ!!」

  ラーナは、自分の体の後ろに隠していた『右腕を横に振った』。――魔力の障壁が、ラーナの前方に展開される。

  ただの障壁では無い。『魔法反射』だ。

  右手に魔力を溜め、印を結んで置きいつでも使える様に保持しておいたのだ。

  持続は一瞬、あまりに強力な攻撃は受けきれないという欠点こそあるが、だからこそ小技で大技を使う隙を潰し、反撃を仕掛けたくなる様に仕向けた。

  「——なっ!?」

  クラリスの顔が驚愕に変わり、しかし身を捻る様にして闇の弾丸をかわした。

  驚きもあるのか、今までと比べて余裕の無い避け方に、ラーナは好機と見た。

  「ンン…ッ!―—はっ!」

  右手に改めて魔力を溜め、突き出すと同時、光の弾丸を5発同時に放つ!

  流石に5発同時ともなれば、ラーナにも溜めが必要だが、体勢を崩した所での5発はかわしようが無い。――と思ったが、クラリスは咄嗟に腕を突き出して、前方に大きな光の壁を展開した。

  威力よりも無詠唱、連発を考慮したラーナの攻撃は、全てその光の壁に阻まれた。

  クラリスはラーナの攻撃をしのいだと思い、ニィと笑った。

  「——やってくれるわね」

  「『万物の根源、万能なるマナ。風の刃となりて——』」

  だがラーナは答えない。無詠唱では撃てない魔法の行使のために口を使う。

  そもそも、この程度で勝てる程度の相手がわざわざケンカを売ってくるなんて思っていないのだ。

  「落ち着きがない子ね!」

  再びクラリスが腕を突き出し、闇の弾丸が飛んでくる。

  ラーナはそれを体を捻ってかわした。詠唱中でも魔法の行使に全ての集中力を使わず、常に敵を見据える。

  敵を見据えれば、動きからどのタイミングで、どこを狙った弾が飛んでくるかぐらいは見える。そのぐらいには戦い慣れていた。

  「『——敵をかこめ、幾重もの刃を持って、我が敵を斬り刻め!』」

  クラリスを中心に、つむじ風が巻き起こる。

  それはすぐに風力を増し、カマイタチを内蔵した竜巻となってクラリスを囲んだ!

  闘技場の土の大地から砂煙が巻き起こり、クラリスの姿が砂煙の中に消える。

  通常の視界から消えても、『魔力感知』により、ラーナは砂煙の中のクラリスがどうなっているかを見ていた。

  防御魔法による結界を展開しているのが分かる。――逆に言えば、転移魔法をほいほい使ってかわす様なデタラメな実力は無いし、これまでの流れから言ってもさして戦い慣れていない。

  ——勝てる相手だ。

  「……魔力だけはあるわねー」

  ラーナは笑って、のんきな口調で言葉を発した。言いながらも、次の魔法を練り上げているのだが。

  風の攻撃魔法の持続が切れ、砂煙が晴れた時、クラリスは円柱状の魔法の結界に覆われた状態で、無傷でそこにいた。

  「——もう怒ったわ。覚悟なさい!」

  笑みが完全に消えたクラリスが片手を掲げれば、クラリスの頭上にいくつもの闇の弾丸が浮かんだ。

  「あら? 中々賢いんだ」

  逆に余裕と言った態度でラーナは返した。

  自分が初手でやった魔法弾によるラッシュに加えて、反射対策として上に浮かべた魔法を打ち下ろす様に撃ちだす、という訳だ。

  クラリスはラーナの態度に唇をゆがめ、苦々しい顔をした。

  「言ってなさい。小細工する暇もなく、押しつぶしてあげるわ」

  幾つもの闇の弾丸が放たれた!

  ラーナは無詠唱で練り上げておいた魔法を起動。――準備していたのは、身体能力、速度の強化だ。

  ふっと体が軽くなる感触がして、一気に動きが早くなったラーナは闇の弾丸をかわす。

  ——ドォン、ドォンと、闇の弾丸が地面に当たるたび、小規模な爆発が起きるが、それも加味して大きく動いてかわして行く。

  「泥棒らしいネズミみたいな動きね! いつまで持つのかしら!」

  更に空中に闇の弾丸を浮かべ、攻撃を途切れさすつもりは無いとばかりにクラリスは声を上げた。

  ——だが、ラーナには見えていた。クラリスを守っている防御結界が消えている事を。

  多少のダメージを軽減する程度ならばともかく、先の風魔法をノーダメージでやり過ごす程の防御結界を維持するのは大変だ。

  先手を取らせないために、自分が攻撃を開始するまでは維持していた様だが、もう必要ないという判断だろう。攻撃に割く魔力が減ってしまうわけだし。

  再び放たれた弾丸の乱れ打ちを、ラーナは魔法で強化した速度を持って再度かわし続ける。

  相手からしてみれば、少なくともこのまま攻め続けても魔力切れを起こす前にラーナを仕留める自信はある様だ。

  実際、身体能力を強化した所で、ラーナの体力だって無限にあるわけじゃないし、いつかは避けきれなくなるか、避けそこねる事になる。

  「——やっぱり、魔力だけはあるのねー」

  それでもラーナは笑った。

  戦い慣れた魔術師にとって、戦闘中は常に『魔力感知』しておくのは当然であるが、悪魔からの借り物の力を振り回しているだけのクラリスは気付いているのだろうか。――ラーナが右手に次の術を練り上げている事を。

  ラーナは迫りくるたくさんの闇の弾丸を、大きくジャンプしてまとめてかわした。

  クラリスは笑みを浮かべた。空中なら素早い動きをする事なんて出来ないはずと。

  「ネズミをおいつめたわぁ!」

  「——『イカズチよ!』」

  クラリスの闇の弾丸が空中のラーナへ向けて飛ぶ前に、ラーナの右手から稲妻が一直線に放たれた。

  「ギャッ!」と似合わない悲鳴が上がり、クラリスの体が硬直する。宙に浮かんだ闇の弾丸が消失した。

  稲妻の魔法ならば、発射タイミングさえ悟られさえしなければ、よける事も防ぐ事も不可能な程速い。

  地面に着地したラーナは、腰の短剣を逆手に抜き、そのまま着地の反動を活かしてクラリスの懐へ飛び込んだ。

  もちろんラーナは魔術師であり、戦士や盗賊と比較すれば短剣での戦いなんて大した技術は持ち合わせていない。

  だが、魔法を使う者同士となれば話は別だ。相手は明らかに自分より戦い慣れていないのだから。

  (とった!)

  どうせ夢の世界で、しかも相手は悪魔と契約する様な魔女。――ちゅうちょせず、ラーナは首を斬るべく短剣を振るった。

  [newpage]

  ——目の前のクラリスの姿が掻き消え、ラーナの短剣は空を切った。

  仮に避けられてもそのまま近接戦闘で倒せると踏んだが、完全に消え去るのは予想外で、ラーナの目は驚きに見開かれた。

  トン、と棒状の物が、軽くラーナの背中に当たった。

  「遊びは終わりよ」

  ポン、という軽い音と煙に視界をさえぎられたかと思えば、突如ラーナの足元から地面が消えた。

  「!?」

  突然、地面が無くなって落ちていく感覚に慌てつつも、眼下に見える土の大地に、ラーナは両足で着地——しようとした。

  着地した足を折り曲げて衝撃を吸収しようとしたら、体が前に傾き、自然と両手をペタンと地面につける様な姿勢となった。

  ……そして、見えてしまった。自分の手、否、『前足』がぬめぬめとした緑色で、人間の物ではない……カエルの前足であるという事が。

  「ゲコッ……!」『こ、これって…!』

  トドメに、自分が呟こうとしても喉から出る音はカエルの鳴き声そのもの。

  ドスン、と自分のすぐ後ろに何か重たい物が落ちる地響きが響いた。

  「ふふ、いい夢は見られたかしら??」

  『ひ、卑怯よ! 夢の主としての力は使わない、って言ったじゃない!!』

  ゲコゲコゲコッ! と、ラーナはカエルの鳴き声でまくし立てた。

  相手が宣言を破って、この夢の中の主としての力を使ったとしか思えない。

  短剣を避ける時に姿が消えたのだって、戦闘中ノーアクションで転移出来るのならば、最後以外にもいくらでも、攻撃でも防御でも使いどころはあったはずだ。

  「えぇ、『夢の主の力は使わずに遊んであげる』って言ったわね。けど、『遊びは終わり』って聞こえなかったかしら?」

  降り注ぐ声に、ふふっと勝ち誇った様な笑みが混じっているのが分かる。

  「勝負はあなたの勝ちよ。全く大したものね。ただのちんけな泥棒かと思えば、……あれほど動き回って、有効な手をうち続けるとは思わなかったわ」

  賞賛の声には嫌味も皮肉も感じられない。素直にラーナの実力が予想外だったと認めている。

  「……けれど、勝負する事が目的じゃあないの」

  だが、だからこそ、続く言葉は冷たい。

  後ろの気配が、しゃがみ込んでカエルのラーナを捕まえようとしているのが分かった。

  『ひ、卑怯者ーーっ!』

  ラーナは前方にぴょんぴょんと跳ねて、少しでもクラリスから離れようとする。

  ここが夢の世界だというのなら、起きるまで時間を稼げばいい。夢の中に相手の意識を閉じ込める様な魔法の可能性は、ラーナがエレナという他の魔女の使い魔である以上は可能性は低いだろう。――他の魔女の使い魔にそんな事をすれば問題になるはずだ。

  「——ふふっ、流石、カエルちゃんになって長いのかしら? 跳ねまわるのがお上手ねぇ」

  後ろからあおる声と共に、休ませる気は無いのか歩いて近づいてくる足音が聞こえる。それは小さなカエルに過ぎないラーナにとって、地響きをも響かせる大きな物として感じ取れた。

  逃げるべく更に跳ねたラーナのタイミングに合わせて、パチンと指を鳴らす音が響いた。

  『がっ!?』

  急につんのめる様な感覚がして、ラーナはげこっと声をもらした。

  見えない何かに空中でキャッチされた様な感覚に近い。ジャンプしたラーナはまるで縫い留められたかの様に、空中でピタリと停止した。

  そのままラーナの意思に反して、不可視の力ですーっとラーナの体がそのまま上に持ち上げられていく。

  ジタバタと四肢を振り回しても、カエルらしい平泳ぎの様に動かしても、何の抵抗にもなりはしなかった。

  「あっはははははは!!! ら、ラーナちゃんてば、カエル泳ぎも達者なのね。流石カエル歴が長いだけの事はあるわ」

  思わず空中で前に進もうと、カエル泳ぎを披露してしまった事がツボにはまったのか、クラリスはお腹を抱えて盛大に笑いだした。

  確かに、魔法の力で持ち上げれられているのなら、物理的にジタバタした所でどうにもならない。ラーナは自分の頬が熱くなるのを感じた。

  「うふふ、……ふふ…っ! ラーナちゃんてば、『水晶玉』の事忘れちゃったのかしら」

  『えっ…?』

  横向きだったラーナの体がクラリスの魔法によるものか、ぐるんと90度周り、視界が天を向いた。

  そこには戦いの前に確認した、巨大な水晶玉が空にかかったアーチによって持ち上げられているのが見えた。……そしてその水晶玉には、空中に浮かぶラーナの姿が映っている。カエルの白いお腹が中心にくる構図だった。

  「うふふ、カエルになったラーナちゃんをみーんなが見ているわよぉ、しっかりと」

  『ちょ、きゃーーっ!? 見ないで、見ないでってば!!』

  状況を知ったラーナは、思わず空中で四肢をジタバタしたが、何の意味もなく宙に浮かんだままだ。

  「ほぉら、皆見てるわよぉラーナちゃん。一糸纏わぬ姿で、あられもない恰好でジタバタしてる、可愛らしいラーナちゃんのコ・ト」

  夢の世界とはいえ、ここは観客が満員の闘技場。しかも遠くからでも大きく見せる装置付き。

  今のラーナはただのカエルとはいえ、先ほどまで人間の姿でカッコよく戦っていたのだ。ここにいる全員がそれを知っている。当然、ラーナが女の子だって事も含めて。

  いくらジタバタしても宙に浮かんだまま前後左右上下、どこにも行けないラーナは、少し考えた後に四肢を畳んだ。いかにもカエルらしい姿勢だ。ただし前足も後ろ足はキツく内側へしめる。

  こうすれば、胸も股間も、カエルの四肢によって多少は隠れてくれる、はずだ。

  「ふふ、宙に浮かんでひっくり返ったままの姿勢でカエルらしい恰好だなんて、面白いじゃない」

  ラーナの意図が分かっているのか分かってないのか、クラリスはそんなコメントを投げかける。

  「そんなラーナちゃんには……こうしてあげるわ」

  『きゃっ!?』

  クラリスは後ろ足をつまんで、ラーナを持ち上げた。

  後ろ足を上に引っ張られて、視界が逆さまになる。宙に固定する魔法も同時に解除したのか、重力に引っ張られて残りの3つの足もぷらぷらと揺れた。

  あぁ、何でどいつもこいつも、片足を摘まむ様にして、逆さに宙吊りになる様に持ち上げてくるのか。

  ラーナだって、カエルを持てと言われたら、確かに、汚れるのが最小限の指先で済むこの持ち方をするかもしれないが、持たれる方として逆さまの宙吊りなどたまったものではない。

  片足しか摘ままれてないせいで、股関節に負荷がかかって痛いし……!

  「うふふ。そーんな恰好していていいのかしら? サービスしてあげる」

  ラーナの正面に、光の線が四角形を描く様に走った。

  光の四角形の中には、『今のラーナが映った水晶玉』が映っていた。

  指で後ろ足をかたっぽだけ摘ままれて、自由なもう一つの足は横に伸び、下にバンザイしたかの様なポーズで吊るされているカエルの姿が……。

  『ぎゃっ!?!?』

  ラーナは慌てて、前足を上に上げて、必死に股間を隠そうとした。

  精一杯重力に逆らって、背中を丸めて前足を上げれば、もう少しで隠せる……!

  といった所で、ガクンとラーナの体が横に揺れた。

  『わっ!?』

  ぷらぷらとラーナの体がゆれ、再び逆さまにバンザイをした姿勢に戻ってしまう。

  クラリスが軽くラーナをつまんでいる手を振っただけに過ぎないが、つままれているラーナにとっては全身を揺さぶられるに等しかった。

  『なにするのよっ!?』

  「ふふ、隠すだなんてもったいない。せっかく大きく映されてるんだから、皆にちゃんと見てもらわなきゃ。こことかネ」

  つん。とクラリスはラーナの秘部を指でつついて、なぞる様に指を滑らせた。

  片足をつまんで持ち上げられている都合上、もう片足は横に伸びており、大股で広げたそれは大層触りやすかっただろう。

  『ひゃんっ?!』

  敏感な部分を触られて、ラーナは声を上げて、四肢をビクりと揺らした。

  クラリスの指は、執拗にラーナの秘部を撫で、攻め続ける。

  『や、やめ……っ! やめなさいっ!?』

  敏感な部分を触られて、全身がざわつく様な感覚に襲われながらも、ラーナは必死で摘ままれてない方の足をばたつかせ、全身をくねらせて抵抗した。

  何とかしてこの吊るされ状態から脱出しなければ、されるがままだ。

  自由な足でクラリスの手を蹴れないかと思うが、残念ながら目で追えない場所で、足が空を切るばかりだった。

  だが、必死で身をくねらせていたのが幸いしたのか、つままれた足がつるりと指から抜け、ラーナの体は落下した。

  迫りくる地面に、両手をついて着地し――すっかり高い所からの着地も慣れた物になってしまった——着地の勢いそのまま更に跳ねて、クラリスから距離を取ろう、と思っていたが。

  『うっ……!』

  すぐ目の前に、水晶玉と、水晶玉に映る一匹の大きなカエルがこちらを見据えており、衝突しそうに思えて思わずラーナの体が止まってしまう。

  冷静になれば、これはクラリスが先に使用していた鏡の様な魔法で、ラーナの移動に合わせて正面に展開されているのだから、構わず跳ねれば良かったのだが、思わずぶつかると思って体を止めてしまった。

  上からクラリスの声が響く。

  「ふふ、それじゃあ次は―—」

  言葉が終わるのとほぼ同時、ラーナの四肢に糸の様な物が巻き付いた。糸の光り方からいって、魔力の糸だ。

  『うわっ!?』

  がくん、と今度は前足の二本が、上に持ち上げられる。

  今度は体が浮き上がったりせず、丁度後ろ足を多少伸ばせば地面に付くぐらいの高さでとまった。

  目の前に映るのも、カエルが同じ様に両手を持ち上げられて、白いぷくっとしたお腹をこちらに向けている光景だ。

  「ラーナちゃんは人間なんだから、ちゃんと二本の足で立たなくっちゃあ」

  上から降り注ぐ声の方を向く。二足歩行のお陰で、いつもより首を高い角度で持ち上げられて、遥か遠くにクラリスのにんまりとした意地の悪い笑みの顔が見える。

  その傍には、バツの字に重ねられた木の板と、そこから自分に伸びる糸が見えた。

  「二本足で立っちして良かったわねぇ。ラーナちゃん」

  『……余計なお世話よ!』

  確かに、四つん這いでガニマタで、舌を伸ばして虫を捕まえる様なカエルの生活は、ラーナにとって屈辱でしかない。

  だけど、無理矢理操り人形の如く立ち上がらせられても、嬉しくもなんともない。

  それに、カエルの足の構造上仕方ないとはいえ、女の子らしさの欠片も無いガニマタで不格好に立つのも不満だし、そもそもカエルが二本足で立ったからといってなんだというのか。

  クラリスは、にんまりと笑みを深めた。

  「……それじゃ、ラーナちゃん。ここは舞台なんだから、喜びの舞を踊りなさいな。」

  浮かんでいる木の板が動き出し、ラーナの四肢に巻き付いた魔力の糸が、ラーナを動かす。

  『わ。きゃっ!?』

  前足は軽くバンザイした様な姿勢で、まるで後ろの片足を使ってぴょんと横に跳ね、それからリズムを取って、また反対の足で横にぴょんと跳ぶ。まるで楽しそうに横に揺れる様な単純な踊りをとらされた。

  ラーナの目の前にも、同じ様に二本足で立って、同じ様に左右に跳ねる様に踊るカエルの姿が映し出される。

  逆さに吊るされている時よりも、それを見るのは余裕がある。というか、魔法の操り糸だからかなのか、ラーナの顔は前を見る様に固定されていた。

  こうやって、まじまじと自分の姿を見るのはカエルになって初めてだった。

  鏡や水面に映る自分はできるだけ見たくはない。自分と同じぐらいのサイズのカエルというのは、キモいし怖い。その上、それが実は自分だなんて嫌すぎる。

  だというのに、その『自分』が、ぬめぬめでつるんとした体を惜し気もなくさらし、胸も股間も隠さないガニマタで立って、左右に跳ねるマヌケな踊りをしている光景を、まざまざと見せつけられていた。

  しかも夢の中とはいえ、大多数の観客が大きく映された水晶ごしに見ているなんて……。

  「はい、ぴょんぴょんぴょーんっ! ぴょんぴょんぴょーんっ!」

  クラリスの声に合わせて、またラーナの体が動かされる。

  カエルらしい四つん這いのポーズになって、一度跳ね、もう一度跳ねて今度は二本足。更に一度跳ねて、両手も上げたバンザイポーズでフィニッシュ。それを繰り返す。

  客観的にカエルらしいカエルとしてのラーナを見せつけられた後、今度は両手両足を広げて立って、今の姿を大きく、隠す事もなく見せる様なポーズだ。

  『こ、こんなポーズ、やめてよ!』

  ラーナはたまらず抗議の声を上げた。カエルだから頬は赤くなってこそなかったが、頬が熱くなる。

  「あっはははははは!!! それじゃあ次は——」

  上から降り注いだ勝ち誇った笑い声の後、ラーナの体がまた違う動きをする。

  抗議も意に返さず、ラーナの意に反してマヌケなダンスが続いて行った——。

  [newpage]

  「——はっ!?」

  ラーナはパチリと目を覚ました。

  透明な四方の壁と、上には細かく穴の開いた天井が見える。

  背中には、柔らかい土の感触がした。

  エレナがラーナを持ち運ぶ時に使う、透明なカゴの中。つまり昨日ラーナが寝た場所だ。

  どうやら、時間が立って眠りから覚めた——つまりあの悪夢の時間切れになったのだろう。

  「あ、ラーナちゃん、起きた」

  カゴの外から、歩く音と見知った声が聞こえてくる。首だけそちらを向ければ、エレナがこちらに歩いて来ていた。

  エレナは、あはっと楽し気に笑ってラーナを見下ろして告げた。

  「すっごい寝相。面白い夢でも見てたのぉ?」

  はっとラーナはここで改めて、自分の寝姿勢に気付いた。

  前足は片方は上に上げて、もう片方はお腹の上。

  後ろ足は片方は伸ばして、もう片方は折り曲げて、足で「4」の字を描く様な寝姿だった。

  『ちょ、違うわよ。――変な夢を見せられたのよ……』

  ラーナは前足後ろ足を整えながら、ぷくーっと頬袋を膨らませた。不機嫌な時は、つい頬が膨らんでしまうのは、カエルの姿だからなのか。

  整える、といっても、仰向けに寝転んでいるカエルは一体どうするのが正しい姿勢なのか、そもそも仰向けになったらどう起き上がればいいのかもラーナは知らない。それなりにカエルとして経験を積んだとは思うが、元々カエルに対する知識なんてそうない女の子。野生のカエルがこうやって寝てる姿を見かける事もないのもあって、いまだに全然分からなかった。

  「変な夢? 『見せられた』?」

  エレナは首を傾げる。

  『魔女集会であったクラリスってヤツが、私の夢に干渉してきて好き勝手やってきたのよ…!』

  「あー、クラリスがかぁ……」

  エレナは苦笑いを浮かべる。

  元々の原因は、ラーナが魔女へ盗みを働いた事が原因なのだ。クラリスがこんな復讐をしてきたのも、今、エレナの元で使い魔として働いているのも。

  けれど、毎晩こんな夢を見せられては、ラーナとしてはたまった物ではない!

  『ちょっとエレナ! あなたの使い魔が攻撃を受けてるんだから、何とかしなさいよ!』

  「えー……っ」

  『えー、じゃないっ!』

  反応の悪いエレナに対して、ラーナは四肢をばたつかせた。

  未だに仰向けで寝ている様な姿勢で、どう起き上がれば良いのか分からないのだ。まるで子供のだだっ子の様に、転がって四肢をばたつかせるしかなかった。

  『私がこれで疲弊して、何かに食べられちゃったりしたら損するのはあなたでしょー!?』

  そうこうしている内に、コロンとラーナの体が横に転がって、カエルらしい正常な体勢に戻る事ができた。ビシ、と前足をエレナへと向ける。

  「……しょーがないなぁ。確かにボクも、自分の使い魔に断りなくちょっかい出されたら面白くないしねー」

  『やったっ!』

  「その代わりー」

  思わず両手でバンザイするラーナに、にっこりとエレナは顔を向けた。

  「夢の中の出来事、ちゃあんと教えてよー。面白そうだし。何があったか知りたいなー?」

  『私は全然面白くなかったんだけど!?』

  地に前足をつけて、顔を突き出して文句を言った。

  けれどエレナは楽しそうに笑うだけだ。

  「それはそれで気になるな~。それに、土産話で楽しませるのも使い魔の立派な仕事だよ」

  『………。』

  ラーナはエレナを睨んで、ぷくーっと頬袋を膨らませた。

  「ちゃあんと楽しい話だったら、ご褒美あげるし、ね。朝食取りながら聞かせてよ」

  『……し、仕方ないわねぇ』

  『ご褒美』と言われたら、ラーナとしては逃がす手はない。

  沢山のご褒美を貰えれば、使い魔としてのカエル生活がそれだけ早く終わるのだから。

  朝食の支度に台所へ向かったエレナをしり目に、ラーナはどう話した物かを考え始めた。

  手短にあった事を話しただけでは、エレナとしても面白くない可能性が高い。

  かといって、あの夢をきちんと、感情を乗せて話すのも……屈辱的なシーンが多すぎる。

  ……けれども、ご褒美のためだ。仕方が無い。とラーナは息を吐いて、きちんと話す決意を固めるのだった……。

PRPR