PRPR
  
【94】王都支部 訓練場にて

  石造りの通路に靴音を反響させながら、面布の男とくすんだ金髪の男が並び進む。

  「想定どおりの対応だったな」

  「出来ればアド様の力を衆人に晒したくはなかったのですが・・」

  「構わん。周りには貴族崩れと認識されるだろうが、問題はない」

  受付にて試験の申込を済ませ、青年・・変装の魔道具で瞳と髪の色を変えたアディードと面布・・認識阻害の魔術陣を内側に縫い付けた布で顔を覆ったジャスパーは、試験会場である地下訓練場へと向かっていた。

  「それで、試験内容は?」

  「引退した元2等級の試験官と実戦形式で対戦して実力を測ります。怪我をしても、組合より中級回復薬が用意されています」

  「成程。では中級の範囲内で力を示すとしよう」

  「アド様の実力でしたら問題なく合格するでしょう。恐らく、飛び級での登録になるかと」

  「だと良いがな。油断はすまい」

  「それがよろしいかと」

  薄暗い通路を抜けると、優しい光が2人を照らす。

  辿り着いた訓練場は広く、足元の地面は踏み固められた土だ。

  左右に広がり訓練場をぐるりと囲む壁は通路と同じ石造りで、緩やかな弧を描き天井まで続いている。

  地面から一番遠い中央付近は三階建て相当の高さで、見上げた先に魔道具であろう灯りが煌々と点されていた。

  訓練場には既に何名かの受験者らしき者たちがいて、思い思いの場所で体をほぐしたり模擬剣を振るなどして試験に向かい集中している。

  ちらちらと視線が集まる中、2人が歩き出すと丁度猫の様に尖った耳の男性職員が声を張り上げた。

  「時間です!登録、進級の試験を受ける方はこちらへ集まってください!」

  散らばっていた者たちが集合する動きに合わせ、2人が職員の近くに来たところで集まった者たちに板が配られた。

  それは顔が隠れるほどの大きさで、葉と筆記具として鉄棒が添えられている。

  葉は白い裏側を表として置かれていて、上から順に等間隔で1から10の番号が刻まれていた。

  「今から筆記試験を始めます!問題は10問。解答は今配りました葉に記入してください。問1から問10、それぞれの番号下の空欄にお願いします。間違えてしまった時は二重線で消して書き直すように。制限時間は30分で、終わった方から実技試験に入ります」

  何名かは直ぐに実技試験だと思っていたらしく、板が配られた段階で顔色を悪くしていた。

  だが、経験者だと思しき他の者たちが文句も言わずに鉄棒を構え、問題が出されるのを待つ様子に戸惑いながらも右へ倣えで鉄棒を握る。

  面布は青年があらぬ疑いを掛けられぬようにと傍を離れ、他の試験の見学者らと同様、壁際に移動していた。

  受験者全員が鉄棒を握り、その視線が集まったのを確認した職員が壁に吊り下げられた大きな布を掴む。

  「それでは、筆記試験・・始め!」

  シャーっ!という音と共に布が横に除けられると、現れたのは黒い土壁に削り刻まれた10個の問題。

  それを確認した受験者は、それぞれの体勢で板に乗せた葉に書き込みを始める。

  リズム良く鉄棒を動かす者も居れば、ピクリとも動かない者もいる中で青年は手を止める事無く文字を刻んでいた。

  一度も止まることなく動かしていた手を、5分を少し過ぎたあたりで止めると鉄棒を葉の上に置き、時を知る事の出来る魔道具を持った職員の元へ歩いて行く。

  「どうしました?書き直し過ぎて記入する場所が無くなりましたか?」

  「いや。終わった」

  「え?」

  「10問全て解答済みだ。確認してくれ」

  「は?・・あ、はい。確認します」

  驚く職員に板を渡した青年は、その場で腕を組んで待ちの姿勢だ。

  最初は訝し気にしていた職員だったが、受け取った葉の確認を進める内に徐々に表情が驚きの物へと変わっていく。

  少しして確認を終えた職員は小さく「全問正解です・・」と驚愕のまま呟いた。

  職員の反応に、この場に居るほぼ全ての者たちから驚きの声が上がる。

  周囲の反応に意を介さず、了解の意味を込めて僅かに頷いた青年は「このまま実技か?」と職員に訊ねた。

  「あ、はい。あちらのゲオルグ指導員が試験官を務めます」

  職員は背後の壁際に立つ縦にも横にも大きな男性に視線を向けながら言った。

  職員の様子からその隣に移動して来た男性は見上げる程に身長が高い、筋骨隆々の大男。

  しかし、大きな体による威圧感はあるものの、鼻の上にある地面と平行に走る傷が特徴的な顔は愛嬌たっぷりに笑みを浮かべている。

  「おう。元2等級のゲオルグだ。お前字ぃ書くの速いな!しかも全問正解かよ!試験受けるの何度目だ?」

  「・・初回だな」

  「ほぉ~!そりゃ大したもんだ。久々の逸材かもしれんな!」

  両手を広げて大げさに驚く試験官に、僅かに戸惑いながら「・・そう難しくなかった」と答える青年。

  自慢する風でもなく淡々とした態度に、試験官は隣に立つ職員に口元を覆いながら小声で尋ねる。

  「今回の問題ちょっと手ぇ抜いた?」

  「・・いえ。寧ろ難しい方かと・・」

  「本当かよスゲぇな・・」

  ぼそぼそと会話する職員らに少し眉根を寄せ、「始めないのか?」と訊ねた青年に、試験官は姿勢を元に戻して「お、悪い悪い」と軽く謝罪した。

  「そんじゃ早速やるか。お前さん名前は?」

  「アドだ」

  「よし、アド。見たところ片手剣を使うようだが、試験の武器は模擬剣を使う。腰の獲物を預けて、置いてあるヤツから手ごろなのを選んでくれや」

  「分かった」

  青年は腰の剣帯から鞘ごと剣を外すと、模擬剣が並べられた壁際まで移動。

  傍に寄って来た面布に剣を預け、幾つか模擬剣を手に取って扱い易そうな物を選び出す。

  「選んだか?少し離れたトコでやるぞ」

  筆記試験中の者たちから離れるべく中央付近を親指で示した試験官に言われるまま、模擬剣を手に付いて行く。

  十分離れたであろう位置に着くと、試験官は持っていた両手剣の模擬剣を肩に担いで問うた。

  「今から実技試験を行うが・・ま、適当に打ち合って、実戦でどの程度使えるか見極めて合否を決める感じだな。何か質問あるか?」

  「実戦ということは、剣以外も使って良いのか?」

  「ん?補助武器でも持ってんのか?それとも魔法か?まぁ、自分の能力を隠したがるヤツも居るが、別に何を使っても構わんぞ?終了の合図を出すまで自分の判断で動いてくれ」

  「分かった」

  「よーし。そんじゃ、どっからでもかかって来な!」

  〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇

  刃を潰した剣と剣がぶつかる度、ガギッ!ガッ!と鈍い金属音が地下訓練場に鳴り響く。

  未だ筆記試験を受けている者達への配慮は一切無く、試験官と青年は激しく剣を打ち合わせていた。

  鍔迫り合いをしていた剣をお互いに押し合い、体が離れた瞬間に青年は上半身を捻って片手剣を下から払い上げる。

  試験官は冷静に剣の腹で攻撃をいなすが、それを予測していた青年はいなされた剣の回転を利用して試験官の懐に入り込み、肘打ちを放った。

  だが、試験官もその攻撃を剣を握ったままの腕で受けて耐える。

  肘が有効打でないと察した瞬間、青年はその場に腰を落として足払いを仕掛けた。

  試験官が後方に飛退き足払いを避けると、腰の高さで剣を構えた青年は低い位置から試験官の顔目掛けて腕を突き出す。

  僅かな剣の移動で剣先を弾いた試験官だったが、またもや回転した青年から放たれた回し蹴りを避ける余裕は無く、とっさに庇おうとして下げた腕ごとまともに蹴りを受けた。

  これも大した痛手ではないと判断した青年はすぐさま後方に飛んで距離を取り、冷静に剣を構え直す。

  『仕切り直し』と、意識して長めに息を吐き出し、僅かに腰を落とした。

PRPR