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【34】尊いはオタクの回復薬!

  一日中あちらこちらと歩き回り、疲れた頼子はHPを回復させるべく、本当に久々に外食した。

  と言っても、お高い店ではなく、ファミリーレストランだ。

  幼い頃、両親と行った事のあるチェーン店。

  お子様ランチと、ご褒美のアイスが大好きだった。

  不意に懐かしくなって、何となく足を運んだ。

  今は大人向けの「お子様ランチ」ならぬ「大人ランチ」があったのには吃驚だ。

  食事にはそれと、オセロみたいな二色アイスを注文。

  あとドリンクバー。

  久々の外食ご飯は美味しかった。

  満腹で店を出た頼子は、続いてMP回復の為、帰宅がてら同人ショップへ足を向ける。

  ネットでの販売が進み、直に品物を見て買える店舗が減っている昨今、近場(と言っても二駅は離れている)で行ける唯一のショップだ。

  「さて、良さげなの入荷してないかな~っと」

  小声で呟き、他の客と同じように壁に張り付いたGよろしく好みのジャンルを物色していく。

  ふむふむ。

  お、久しぶりだから色々入ってますなぁ・・

  ぐふふ。これも買い。これも良さげ。おぅ・・これは絶対買い!

  片腕に掛けた商品カゴにひょいひょいと薄い本を入れていく頼子。

  カゴが重くなっていくにつれて、ダレた体に活力が漲って来る。

  40分ほどかけて女性向け、男性向け両方の棚を回った頼子はホクホク顔で店を後にした。

  背中には戦利品の詰まったリュック。

  ズシっと重いそれはオタクの命の源である。

  『いやはや、備えあればなんとやら。用意してて良かったねっと』

  ペラかろうが背負えるリュックは何かと重宝する。

  いつ何時、素敵な出会いがあっても良いように、肩掛けカバンの底に仕込んでおいたのだ!

  なんならオタクの嗜みとまで思っている節がある頼子であった。

  日が落ちた夜の街を歩き、時折立ち止まってスマホで風景を切り取りながら帰路に着く。

  歩道橋の上から流れる車を撮り。

  街の明かりで白んだ空と、それでもぎりぎり見えた星を。

  雑誌コーナーに疲れたサラリーマンが立ち並ぶコンビニを。

  ネオン輝く看板を。

  街灯とビルの光が反射する川面を。

  いや~沢山撮りましたなぁ・・・てか、撮り過ぎたかも。

  200・・いや、倍の400枚は撮ってるかも知れない。

  『調子こき過ぎた、かな?』

  画像をシャシャっと流しながら確認していた頼子は「う~む」と考える素振りを見せ、傾げていた首を元に戻すと一つ頷いた。

  ・・まぁ良いか。

  タブレットで見て貰って、気になったヤツだけプリントアウトすれば。

  だらだらと歩いて来たので、自宅のあるマンションに到着した時には21時を大きく過ぎていた。

  『遅くなっちゃったな。鏡の検分とやらは終わってますかのぅ?』等と考えながら、エントランスに入り、エレベーターのボタンを押す。

  箱は一階で待機していたらしく、直ぐに扉が開いた。

  乗り込み、自分の部屋の階のボタンを押した所で、入り口からパタパタと走って来る女性が一人。

  背格好は普通。

  スーツとスカート、ストッキングにパンプス。長い髪を背中で一本結びにしていて、如何にも仕事帰りの務め人といった感じの人だ。

  「開」のボタンを押して待ち、女性が乗り込んだのを見計らって「何階ですか?」と訊ねると女性はショルダーバックを抱え直しながら「5階で」と簡潔な答え。

  『同じ階か』と内心で頷いて「閉」のボタンを押した。

  扉が閉まり、ぐんっと一瞬重力が増して、箱が上へと動き出す。

  無言の中、目的の階にエレベーターが止まり、すうっと扉が開いた。

  女性に軽く会釈して先に降りる。

  外を眺めつつ、明るく照らされた通路を進み自分の部屋へと辿り着く。

  カバンから鍵を取り出し、差し込んで「かちゃん」と回し開けた所で、後ろを歩いていた女性に話し掛けられた。

  「あの」

  「はい?」

  鍵を抜き、ドアノブに手を掛けたまま女性の方を向く。

  「・・・「あーこ」さん、ですか?」

  それは確かに同人誌で名乗っているペンネームで・・

  頼子は特に何も考えず「あぁ、はい。そうですけど・・」と答えた。

  瞬間。

  勢いよく踏み込んで来た女性の肩が胸に当たる。

  「?!っ!ぐっ!?」

  ほぼ同時に、脇腹に冷たい感触。

  「あ、あんたの所為で。推しカプが衰退したじゃない。推しだったのに、大好きだったのに、愛して、たのに、あんたが、あんたがべ、別ジャンルなんかに行くから。凄い本が減った。へ、減っちゃった。支えだったのに、い、生きてく理由だったのに。新刊読めない。大好きだったのにあんたの所為であんたの所為であんたの所為であんたの所為であんたの所為で、あ、あんたの所為だからね。じご、自業自得なんだから。ざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろ」

  冷たいと思った脇腹は、既に灼熱に変わっていた。

  そこを押さえようと手を伸ばし、しかし怖くて触れられずに、ドアに背中を預ける頼子。

  女は一言「死んじゃえ」と言い捨て、直後にぱたぱたと走り出した。

  その後ろ姿が通路の角を曲がり消え去るまで、頼子はただ茫然と視線で追う事しか出来ない。

  「え。あ。あー。今の、ストーカー・・」

  思い出した。

  そうだあの女だ。

  雰囲気が変わっていて、全く気付けなかった。

  2年前。

  たまたま活動ジャンルを移した直後に、元居たジャンルが一気に下火になった事があった。

  それを切っ掛けに、そのジャンルの熱狂的なファンの一人に逆恨みされて、付きまといや嫌がらせを受けたのだ。

  『くっそ。油断、した・・』

  ここ一年半くらい音沙汰無かったのに、いきなり刺される、とは。

  ちらと脇腹を見ると、ナイフであろう柄がオフホワイトのブラウスから生えているのが見えた。

  自分の状況を正しく認識した途端、一気に血の気が引いて更に脇腹が痛み、脚がガクガクと震え出す。

  部屋に、入って・・電話。救急車、は、110?じゃなくて、911?119?

  痛みを堪え、両手でドアノブを掴み引く。

  扉が閉まった玄関で、背中のリュックをドサッと落とし靴のまま部屋に上がる。

  肩から斜めに掛けたカバンの中身を片手で漁りながら、傷を庇い壁に肩を預けずりずりと擦りつつ廊下を進んだ。

  壁に飾ってあったパネルが、通り過ぎる背後でがちゃんばんがちゃんと落ちる。

  部屋に一歩入った所で、力が急に抜けて来て膝を付いた。

  四つん這いの姿勢で、カバンを引きずり部屋の中を進む。

  痛い。スマホ、痛い、痛い。痛い。スマホ、電話。

  えっと、病院行かなくちゃ、だから。電話。

  痛い。血が。痛い。痛いよ。痛い。

  頼子はとうとう部屋の中ほどで、傷を上にしてべしゃりと倒れ込む。

  何かに縋るように背を向けた鏡に手を伸ばすが、距離は遠い。

  身体が震える。

  寒いのか、暑いのかよくワカラナイ。

  だだ痛くて辛い。

  勝手に頬が濡れる。

  絶望と後悔と懺悔と。普段虚勢を張って覆い隠していた弱い部分が涙となって溢れて来る。

  死にたくない。

  まだ恋もしていないのに。

  そこで何故かふと、金髪碧眼の青年の顔が脳裏に浮かんだ。

  あど、くん・・

  「たすけて」

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