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降りしきる雨の中、俺は傘を差して歩いていた。
空は曇天、鉛色。
はぁ、とひとつため息をついて、重い一歩を踏み出す。
いつもそうだった。付き合い続けた恋人と別れたときは、いつもなんとなく足が重い。
それがたとえ五人目だとしても、慣れることはなかった。
今は梅雨時。雨なんてもう見飽きる時期。
俺は一年の中でいちばんこの時期が嫌いだった。
あれは、高二の梅雨時。
俺はあるひとつの失言で、気の置けない大親友と何よりも愛していた初恋の人を同時に失ってしまった。
それを思い出すから、雨は嫌いだ。
あのときから俺の視界は、色を失っている。
毎日が曇り空だった。
*
あれから目を背けるように作ったはじめての彼氏とは、高校卒業大学入学と同時に別れた。
理由は単純。俺と[[rb:拓海 > あいつ]]は全く別の大学に進学することになっていたからだ。
そもそも[[rb:拓海 > あいつ]]は俺ら以上に敷かれたレールに縛り付けられている存在で、それは何よりも[[rb:拓海 > あいつ]]が自覚していたと思う。
だからいずれそうなることは[[rb:拓海 > あいつ]]がいちばんわかっていたんだろうし、俺も高校生活の後半ずっと[[rb:拓海 > そいつ]]と付き合い続けていたのは半分惰性によるものだ。
今まで付き合っていたから、今も付き合っている。[[rb:拓海 > あいつ]]がどう思っていたかはしらないけど、きっと同じように思ってただろう。
むしろ、そうやって明確な別れ際が訪れたことはよかったのかもしれない。
きっと別の大学に進学することにならなければ、今もなおずるずると付き合い続けていたのだろう。
氷が溶けるように、俺らはどちらからとも言わずその関係を解消していった。
[[rb:拓海 > あいつ]]は賢い。何も言わずに通じ合えるほど、[[rb:拓海 > そいつ]]は敏感で、聡かった。
*
雨はもうたくさんだ。そう思い駆け込んだファストフード店で、俺は適当にコーヒーを注文したあとカウンター席に座りスマホの画面に指を滑らせていた。
俺にはとあるひとつの癖がある。
街中でも、今触っているスマホの画面の中でも。白熊獣人をその視界にとらえたら、たとえそれがどんなに離れていても小さくても、なんとなく見えなくなるまで目で追い続けてしまう。
別にその背中を追いかけるほど熱心なわけでもなく、関係ないとすぐさま目を離せるわけでもなく。ただただその姿をずっと目で追ってしまう。
そんな癖が、あった。
今だってそうだ。
俺とすれ違いざまにこのファストフード店から出て行った白熊獣人をいつの間にかずっと目で追っていたし、雨のなか傘を差して歩く人混みの中に白熊獣人を見つけたら、ファストフード店の窓越しにその人のことをぼーっと眺めていた。
はじめての彼氏と別れ、大学に入学したときには既にもうこの癖はあった。
そうやって周りを行く白熊獣人を目で追っていたらできたのが、二人目の彼氏だった。むろん、白熊獣人だった。
ある日、いつも通り無自覚にその姿を眺めていたら、偶然二人っきりになったときに突然話しかけられたのだ。
「おまえ、前にオレの裸見てただろ」と。
正直、意味が分からなかった。だって俺にとってはただ白熊獣人を見ていただけで、その人の裸を見ていたわけじゃなかったのだから。
そういえばその人は運動部所属であり、日常的にその筋肉質な体を惜しげもなく披露していたと気づいたのは、その人と別れたあとだった。
だが二人目の彼氏は特に俺を責める気はなかった。
「そっちの“気”があるのか?」と問われ、そんなのもうどうでもよくなっていた俺は素直にうんと頷いた。
そしたらホテルに連れ込まれた。そしてなんやかんやあって付き合うことになった。
訳がわからないとは思うが、俺もわからない。ただ癖で白熊獣人を見ていたら、彼氏ができたのだから。
まさかのおなじ指向を持つ人だったとは、微塵も思っていなかった。
その人は俺のことを連れ込んだ側であるが、まあ白熊が猫を被っていたのではなくネコが白熊を被っていた。
何気に俺は未経験だったものの、相手は満足してくれたんだと思う。じゃなければ付き合うことにはならないだろうから。
その人と付き合い始めて、ずっと色を失っていた世界が少し鮮やかになった。
だが、その人とは数ヶ月しか続かなかった。
理由は単純。その人の行動にきっと無意識にけちをつけていたから。
違う、[[rb:涼風 > あいつ]]はそんなこと言わない。違う、[[rb:涼風 > あいつ]]はそんな仕草をしない。違う、[[rb:涼風 > あいつ]]はそんな風に笑わない。違う、[[rb:涼風 > あいつ]]はそんな服を着ない。違う、[[rb:涼風 > あいつ]]は……、[[rb:涼風 > あいつ]]は…………。
その自分の思考に気づいたとき、自分でぞっとした。
目の前にいるのは[[rb:涼風 > あいつ]]じゃないのに、なぜか[[rb:涼風 > あいつ]]のことを考えている。目の前にいる[[rb:涼風 > あいつ]]とは別人の彼氏を[[rb:涼風 > あいつ]]だと思っている。
その人は、いい彼氏だった。
数ヶ月という短い期間の中、何回もデートをしたし、互いにプレゼントとして銀色のブレスレットを贈りあうこともあった。今はもうどこにあるのかわからないけど、それでも付き合っている間は互いに大事にしていた記憶がある。
だからこそ、その些細な違いが俺の中に降り積もっていったんだろう。
結局、俺のほうから別れを切り出した。
……ああ、そうだ。思い出した。
互いに贈りあったプレゼント、俺はそれを二人目の彼氏に返したんだ。
今思えば、かなり失礼なことをしている。失礼というか、恩知らずだ。全部俺が悪いというのに。
そういえば俺が切り出した別れを彼氏に受け入れられたその日の天気は、雨だった。
そして、それから一週間くらい経ったころ。その二人目の彼氏が他の男をホテルに連れ込んでいるのを見た。
その男は、手首に見覚えのあるブレスレットをつけている俺によく似た犬獣人だった。
浮気でもしていたのだろうか。それともただ単に次の相手を見つけるのが早いだけだったのだろうか。
だが俺は、その光景を見た瞬間。心がなにか冥く暖かいものに覆われていく感じがした。
*
それからできた三人目の彼氏も、四人目の彼氏も、先ほど別れてきた五人目の彼氏も。全員が白熊獣人だった。
今は大学三年生。結局どの彼氏ともいちばん続いて半年、短くて一週間で別れた。全部、俺が別れを切り出して。
付き合っている間は楽しかったんだと思う。そのときは世界が色鮮やかだった。
でも、だめだった。
もう[[rb:涼風 > あいつ]]のことは考えないと決めても、ふとしたときに感じてしまうのだ。違う。[[rb:涼風 > あいつ]]ならばこうする、と。
そう考えてしまい、別れて。また付き合い、別れて。
それの繰り返しだった。
高校時代のあの二人。[[rb:涼風と拓海 > あいつら]]の連絡先は、未だこのスマホに受け継がれている。
いつでも連絡を取ろうと思えば取れるのに。俺にその勇気はなかった。
結局、どれだけ時代が便利になろうとも人の心はそう簡単に変わらない。
なにか奇跡が起きて、[[rb:涼風 > あいつ]]が目の前にひょっこり現れてくれないだろうか。
そんな無謀な望みを抱えながら、今も白熊獣人を目で追っていた。
はじまりの物語・外伝 枯れた樹は ~fin~
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