PR
首都ジークリア郊外の森の手前の空き地にて、一人黙々と真剣を使った素振りの練習を続ける白熊の若い獣人が一人。練習用の少しよれた感じの道着を身に着け、汗びっしょりになりながら、懸命に剣....ワノクニで言う所の『刀』を振り続けている。
一見すると太ましい体型ではあるが、道着から露出している腕や脚をみれば、決して贅肉の類ではない事が判る。太い筋肉を薄く脂肪が覆っている、所謂ガチムチ体型だ。躰の太さから察するに、かなり太い筋肉を内包している事が伺える。
だからであろう。竹刀だって1時間も振り続ければ、くたくたになってしまうであろう所を、それより遥かに重い真剣を振り続けて2時間強。汗びっしょりで多少の疲労の色は見えるが、まだまだ疲れ果てたという感じには程遠い。
一振り、一振り、軌道を確かめる様に厳しい目つきで振り抜いていく。
すると下から声が...
「もう良いんじゃないですかい、坊」
「せやで、藍堂摩(らどま)」
見れば足元の茂みよりひょっこり顔を出す小柄な獣が2匹。狐と狸だ。無論、ただの狐と狸が言葉を喋れる訳がない。恐らくは霊獣....正式な契約により結ばれた使役獣なのか、何かの事情で取り憑かれたのか不明だが、その二匹が藍堂摩(らどま)と呼んだ白熊を見上げている。
藍堂摩がにこりと笑って
「いや。もう少しだけ待ってくれないかな。今度の相手は、あの夢幻一刀流の使い手だからね」
夢幻一刀流....ワノクニが、戦国の世を終えて太平の世を迎えようとした時に現れた、殺戮で流れる血と悲鳴と涙を忘れられぬ闇からの使者-『闇之獄衆』という闇の忍道を極めた無法集団に襲われ再び戦国の世に戻ってしまうのかと、皆が恐れ慄いていたその時、魔導の力を宿し刀を携えて『闇之獄衆』の闇を切り裂いた伝説の流派。
『闇之獄衆』が討伐されたのは、もう百年以上前の事である。しかし、夢幻一刀流は今でも実戦を模した稽古を欠かさずに続けているという。
ワノクニでは、広く知られた話である。それは『闇之獄衆』という恐るべき闇を忘れぬようにという為でもあり、太平の世にこそ『武の心得』を忘れるべからずという戒めでもある。
だからして、夢幻一刀流の実力に関しては多少の誇張している感も拭えない。ワノクニには、世に知られずとも決して夢幻一刀流に劣らない流派が、今でも多く存在している。
藍堂摩が修めた流派とて、その内の一つ。決して夢幻一刀流に対して劣っているなどとは思ってはいない。しかし....ワノクニの子供達さえもが憧れるあの流派に正々堂々と立ち向かって、己の『武』を確かめてみたい。それは武士(もののふ)の志を持つ者ならば、当然の事である。
勿論、最優先なのは自分の出自を、自分が生まれたこのジークランドで確かめる事である。
しかし武人として、この異国の地にて、己が『武』の力を思う存分に奮ってみたい。剣の道に入った今の自分には、それこそが生きがいでもあった。
更に数時間、己の技を確かめるように刀を振るい続けた藍堂摩は、刀を鞘に収めると、息を切らして、空き地に大の字に倒れ込む。荒い息を弾ませて、嬉しそうに青空を見上げながら「たしか....木之本 貴文(きのもと たかふみ)って、受付の人が言っていたなぁ。どんな人なんだろう?」
............
........
....
同日、コロシアム近くの甘味処「夢庵(臨時休業中)」の裏手にて、齢60を超えている老白犬の槍使いを相手に、刀を振るう若き秋田犬の姿があった。
近日、建国記念祭でのコロシアムのエキシビジョンマッチにて、藍堂摩の相手をする予定の
木之本 貴文(きのもと たかふみ)である。
夢庵の店主であり、貴文の師匠でもあるエドワードことエド爺....偽名「ヨアヒム」にて魔法関連の仕事を主に扱うトラブルシューターでもある。登録しているコロシアムでは『魔道士喰らい』と呼ばれる程の対魔法戦闘のエキスパートではあるが、純粋な『武』の力では、むしろ弟子の貴文の方が上である。では、何故貴文がエド爺に弟子入りしたかと言えば
貴文が持つ刀....魔導刀『斬光丸』は鋼・炎・氷・雷・風の5つの魔法陣が組み込まれた刀であり、それぞれの魔法陣に魔力を込める事で、その力を刀に上乗せする事が出来る。よく使う『鋼』に魔力を込めると、刀身が伸びて相手よりも遠くの間合いから一方的に斬る事が出来る。更に其処に『炎』を上乗せすれば、長い炎の刀が間合いの外から相手を襲う事となる。
エド爺は、貴文のそうした斬撃を前に慌てずに、瞬時に空中に『対魔法陣』....相手の魔法を打ち消し、時にはそれ以上の威力で打ち返す魔法陣で対抗する。エド爺の目....全ての魔法現象を可視化する『魔導の目』は、相手の魔法が現象化する前に、何の魔法を唱えようとしているのかを見抜いて対抗魔法陣を張り巡らせてしまう。魔導刀を使う『夢幻一刀流』にとってなかなかに厄介な相手である。それ故に、貴文は何度も頼み込み、弟子入りしたのである。刀捌きは、それなりに形になってきていたが、魔導の使い方が今ひとつであった貴文には、必要な事と思われた。
エド爺の対魔法陣で、今までの斬撃を完全に封殺されている貴文が、攻撃の仕方を変えてくる。振りぬく途中で、使用する魔法陣を切り替えてくる。炎の刀が、風の刀へと变化して、無数の風の刃(かまいたち)がエド爺を襲う。しかし、エド爺は瞬時に魔法陣の式の構成を切り替え、風の刃を打ち返した。
だが、其処に貴文の姿は既に無かった。低く沈み込んでから、膝のバネを最大限に活かした踏み切りで低く水平にエド爺めがけて飛び込むと、そのまま上に突き出す様に「突き」を繰り出してくる。
が、エド爺は慌てずに槍の柄で受け流すと、切っ先を着地した貴文の顔の前に突き出した。
静かに刀を鞘に収めた貴文が立ち上がり、頭を下げ
「参りました」
エド爺が、ふむ、と唸り、
「魔法の切り替えがだいぶ早くなったのう。炎と氷もかなり使える様になった。魔法陣の複数使用もだいぶ習熟してきておる。この分なら『五行会得者(5つの魔法陣を同時に使用出来る者)』になるのも、そう遠い事ではあるまい」
その言葉に
「いえ、結局、師匠には一撃も当てられませんでしたし....」
息を整えながら答える弟子に、エド爺は
「お前の剣技を全面に押し出した攻めならば、儂に勝ち目はなかろうて。まあ、魔法の修練が目的なのだから、こうなるのも当然ではあるがの」
貴文は、元々は生まれ育ったワノクニにて、夢幻一刀流の師匠である彩雲に才能を見出されて研鑽を積んできた。その為、既に6年前から、剣技だけでも免許皆伝の腕前であるし、魔法に関しても既に3つの魔法陣を使いこなしていたので、夢幻一刀流の免許皆伝の条件は既に満たしていた。しかし貴文はそれ(現状)を良しとせず、更に高みを目指す為に魔法の更なる研鑚を目的にエド爺に弟子入りしたのだった。
ワノクニで師事して一年、ジークランドに来て五年。六年のエド爺の下での修練の結果、貴文の魔法の技量は、夢幻一刀流の中でもかなり上位に位置するまでに磨かれた。このままワノクニに帰れば、師範を申し付けられるのは、ほぼ間違いないだろう。しかし....貴文は当分はワノクニに帰るつもりは無い。まだまだ魔法に関して師匠に学びたいという事もあるが、それ以上にコロシアム....様々な国の様々な流派の者達が集う闘技場に魅力を感じていた。
御前試合となれば、相手の事を事前に色々と調べる事も出来、その対策も立てられようが、実際の戦場(いくさば)となれば、そうはいかない。どんな相手がどんな手で襲いかかってくるのか、必ずと言っていいほどに想定外の事態が起きると、師匠達は言う。なればこそ、このジークランドのコロシアムこそ、そういった相手に即座に対応する為の良い「修練の場」であると貴文は考える。
だから貴文は、よほど特別な『勝たなくてはならない理由』が無い限りは、相手の流派や戦歴を調べる事はしない。試合が始まってから「相手の技量」を測る事も修行の一部。名前と姿見だけは知らないと、相手に失礼を働いてしまう事もあり得るので、流石に覚えるが。
裏口から店に戻りながら呟く。
「藍堂摩(らどま)さんか....どんな使い手なんだろう?」
・
・
・
コロシアムのエキシビジョンマッチ....無論、貴文達だけでは無い。というか、最大の見せ場はあの生ける伝説であるヴィクトル騎士長の剣技の披露である。相手は、こちらもある意味伝説の「死神」アイネ。前回のエキシビジョンマッチでも、ヴィクトル騎士長に圧倒的な力の差を見せつけられながらも、奇跡の様な体捌きと剣技で善戦してみせた事は、今でも皆の記憶に深く刻まれている。果たして今年はどうなのか?
コロシアムの入場口近辺にて、二人の勝負の予想と掛率が示される。無論、ヴィクトルが圧倒的有利という事で、掛け率もその様に提示されている。そうして各試合の掛け金が提示されている中に貴文と藍堂摩の試合の掛け率が提示されていた。
「1対2」
貴文の方の勝率が高いと予想されていた。まあ、順当というべきか。貴文はコロシアムでの戦歴も長く、魔法技術の研鑚が実を結んで、ここ1年、勝率をぐっと上げてきた。一方、藍堂摩は今回が初お披露目。実力の程は不明である。しかし新人としては勝率は高く見られている方ではないだろうか?
貴文がふと笑みを漏らす。こんな事前予想など全く当てにならない事は貴文自身が良く知っている。コロシアムでの戦歴が長いという事は、手の内を晒している事に他ならない。当然、対策をしてくるであろう。対して藍堂摩の戦い方は今回が初披露。出来る限り実戦形式での対戦を心がけている貴文は、藍堂摩の技に関して一切情報を入れていない。試合が始まってから、相手の技量を測るつもりである。貴文は控室へと歩を進めた。
............
........
....
同刻、藍堂摩は反対側の控室で、鏡の前で長刀を中断に構えて確認する。黒の道着に紫の袴の戦装束。左右の胸から、白と紅の布が背中に垂れ下がっている。対面の鏡に自分の構えを映して、変な力みが無いか、確認する。そして....そっと呟く。
「うめ、さくら....準備は良いかな?」
白と紅の布が微かに揺れると、聞き覚えのある密やかな声が返ってくる。
「ああ、問題ないぞ」
「こっちもバッチリだ、坊」
にっこりと微笑むと長刀を鞘に収め、
「じゃあ行こうか」
コロシアムの舞台へと続く廊下に歩を進めた。まだ出番は先だが、先に雰囲気だけでも知っておきたい。舞台への入口手前で、他の試合を観戦する事にした。
............
........
....
貴文は控室にて座禅を組み、瞑想に入っていた。夢幻一刀流は魔導を主体に据えた剣術。心の乱れは魔法の乱れ....攻撃の遅れにつながる。静かに精神統一をしていると、係の者から声がかかる。どうやら出番らしい。係の者に付いて、舞台への廊下にて歩を進める。闘技場特有の神経がチリチリとする気配が漂ってくる。我知らず表情を引き締めて、舞台へと向かった。
............
........
....
中に入ると、そこは石畳の四角い舞台....ではなかった。
木々が点在し、茂みもあり、起伏に富んだ、自然の情緒豊かな広大な「庭」が広がっていた。
恐らくは二人の戦い方に合わせて「野試合」を設定したのだろう。コロシアムの闘技場の地形変更など、その分野の専門の魔道士に頼めば造作もない事である。こちらと向こう側に小高い丘が出来ており、その間を浅そうな川が流れていた。距離にして80mぐらいだろうか?貴文は、今日の対戦相手である藍堂摩の姿を視認する。緑の丘の上に立つ藍堂摩の戦装束が眩く輝いて見えた。
実況兼審判であるガッツが、貴文から見て斜め左側に設置された高い木の櫓の上で早速実況を開始していた。
「さあ、今度の試合は互いにワノクニ出身の剣士同士の戦いだ! 東ゲートから出てきたのは、ワノクニの魔導剣術の流派『夢幻一刀流』の使い手の木之本 貴文(きのもと たかふみ)!!この1年、勝率を上げてきている実力者だ」
貴文が客席に向けて一礼する。
「西ゲートより相対するのは、流派不明の期待の新人、藍堂摩(まどら)だ!! まだコロシアムでの戦歴は無いが、ワノクニからジークランドに来るまでに、幾度かの実戦を経験しているという話だ。大番狂わせが期待できるかもしれねえぞ」
藍堂摩も貴文に倣って、客席に向けて一礼する。
そして、互いに向き合うとお互いに頭を下げて一礼する。その真っ直ぐに伸びた背筋に貴文は好感を持った。ガッツが
「試合は戦闘継続が困難と判断された時点での互いの状態を見てジャッジする。基本、どんな攻撃もありだが、故意に相手の殺害を狙った時点で失格とする。いいな?」
双方が頷いたのを確認すると、一際大音声で
「それでは! 始め!!!」
藍堂摩が駆け始めて丘を降りようとする所に、貴文が魔導刀『斬光丸』から放った風の刃(かまいたち)が襲いかかる。すると紅の布が变化して狐になると、前に飛び出した。その前に炎の壁が出来上がる。かまいたちは炎の壁による気流の乱れに形状を維持できずに、霧散した。その後も、貴文が鋼の刃を飛ばせば、今度は白い布が狸に变化して前を走り、地面から木が何本も急速に成長すると柱となって、鋼の刃は木に突き刺さり、藍堂摩本人には届かない。炎の矢は狐の炎の壁で打ち消された。そうこうしている内に藍堂摩達が双方の丘の間を流れている川岸へと辿り着いたのが貴文から見えた。
........
....
藍堂摩の前を疾走る狐....「さくら」が毒気づく。
「畜生! 近づく前にうちら二人共、引っ張り出されちまった!!」
横を並走している狸....「うめ」がのんびりした口調で
「しょうがないだろう! 夢幻一刀流には遠距離から近距離まで全ての攻撃手段がある事は判っていたしな。それに事前に打ち合わせていたお蔭で、遠距離攻撃をこれまで防げている。あともう少し近づければ、うちらの攻撃も届くようになる。其処からが本当の勝負だ。だろう、坊?」
藍堂摩は額に汗しながらも、にっこりと頷き
「うん。ここからが本当の勝負だよ!」
藍堂摩達の作戦は、兎に角、中距離(10m)より近づいて、二匹+一人での三対一の勝負に持ち込んで、数の優位で押し切る事。その為には、その距離に近づくまでに大きなダメージを受けない事が肝要である。予想される遠距離攻撃をどの様に防ぐか、三人は話し合い、訓練を重ねた。その甲斐もあって、なんとか貴文が放つ『魔導の刃』を、大した魔力消費もせずに防いでこれた。もっとも....二匹とも出ざるおえない状況となった為、一匹だけで藍堂摩を守って近づき、いざ攻撃という段階でもう一匹が飛び出しての奇襲攻撃作戦は使えなくなってしまったが....しかし眼の前の川さえ渡れば、貴文まではあと少し。丘の高低差も攻撃を躱すのに使う事が出来る。
........
....
丘の上で貴文が呟く。
「使役獣を二匹....しかし、攻撃してこないのは、二匹が本人からあまり離れられないからなのか、防御主体の為なのか....」
使役獣の数も二匹だけとは限らない。他にどんな隠し玉を持っているか、判らない以上は、減らせる戦力は、出来るだけ減らしておくべきであろう。貴文は密かに魔力を蓄積させていた雷の魔法陣を開放する。川に向けて
「雷撃一閃!」
大きな閃光と音と共に雷撃が、刀から川に向かって疾走っていった。
........
....
異変にいち早く気がついたのは狸....「うめ」だ。藍堂摩達と川の間の僅かな空間に飛翔すると「伸びろー!!!」と叫ぶ。川を伝った雷撃が、地面から急激に伸びた大木に集中する。それは雷撃を浴びて表面を焼き焦がしながらも、川辺を渡す木の橋となって数メートル先の対岸に届いた。その上を狐と白熊が駆け抜ける。しかし....
「うめー!?」
「おい、何してやがる!?」
藍堂摩達が対岸で叫ぶ中、「うめ」と呼ばれた狸はうずくまってしまう。なんとか顔を上げて
「すまねぇ...ちと食らっちまった。後から追いつくから、今は...」
「何を言っているんだい!」
慌てて対岸へと戻ろうとする若き白熊・藍堂摩を、狐が
「馬鹿野郎! これで戻ったら、また狙い撃ちされるぞ!! 今はあの野郎を攻める事に集中しろ!」
「でも!!」
尚も戻ろうとする白熊に、対岸の狸「うめ」は
「頼むから、先に行ってくれ、坊....必ず追いつくからよ....」
その言葉に、藍堂摩はキッと歯を食いしばると
「行くよ、さくら!!」
「そうだ! 俺達が充分に近づければ、向こうは「うめ」に構っている暇なんかなくなる。急ぐぞ!」
一匹と一人は、丘を駆け上り始めた。
....
川辺での藍堂摩達のやり取り。この空白の時間を、貴文は無駄にするつもりは無かった。高低差を利用して、死角に隠れて横から回り込む。そして会話が聞き取れないまでも、三人のやり取りを観察する。雷撃を使役獣の狸が防いだ事。しかし狸が軽くないダメージを受けた事。取り敢えず残った一匹を連れて藍堂摩が攻めに集中する事に決め、丘を駆け上っていた事。それらを確かめると、そっと茂みから抜け出る。そして静かに鋼の針を10本程、刀の上に形成すると、対岸の狸めがけて振り抜いた。針は命を奪う程ではないだろうが、狸のこの戦いでの戦線復帰は絶望的になるだろう。
針が川辺を通り過ぎようとした瞬間、何かが空を横切ったかと思うと、一気に凄まじい炎の壁が形成されて、鋼の針を蒸発させた。炎が治まると、怒りの形相で狐が
「狡(こす)いマネしやがって!!」
斜面の途中で事態に気がついた藍堂摩が怪力に任せて「さくら」と呼ぶ狐を投げ込んで来たのだ。息を切らせて白熊....藍堂摩が駆け下りてくる。そして狐の脇に立つと長刀を鞘から抜き放ち、中段に構える。貴文との間の距離、8m程。藍堂摩達の距離である。一匹と一人が襲いかかった。
貴文は....刃の上に再び鋼の針を形成すると、振り抜いた。対岸の狸へ向けて。
狐が慌てて進路上に割り込むと、炎の壁を形成する。怒りの形相で
「てめえ....」
と唸る。貴文は位置関係を確認しながら、回り込む様にして藍堂摩から距離を取る。必ず狸が視界に入るように同心円状に。そして今度は風の刃(かまいたち)を狸に向けて放った。藍堂摩が駆け寄ってくるのを横目に、更に一度、素早く振るった。
「うめに手出しさせねえぞ、この野郎!!」
狐が熱くなりながら炎で竜巻を起こして風の刃を散らす。しかし....狐の腹に長い鋼の針が突き刺さっていた。風の刃を散らす事は出来たが、その直後に繰り出された鋼の針に気がつくのが遅れた為である。もっとも、狸を庇わなければ躱す事など容易かったろうが....
「ぐう!」
よろける狐に藍堂摩が
「さくら!!」
「馬鹿! 野郎から目を離すな!!」
振り向けば、貴文の長刀は刃渡り4mの魔導刀となって、斜め上から斬りかかって来る。それを咄嗟に自身の刀で受け流すが.....
『重い!!』
刀身の刃の部分をそのまま延長したような形状の魔導刀は、振るう分にはそう重くはならないが、遠心力と振り下ろす重力が加わった分、受け止める側が使わされる力は相当な物になる。もっとも、振り回す側もそれなりの力を要求されるが。
「ふん!!」
切り返して今度は水平に振り抜く。並の剣士なら手がしびれそうな衝撃が藍堂摩の手首を襲うが、歯を食いしばって耐えてみせた。
瞬転。4mの刃を消滅させると、そのまま水平にくるりと一回転、長刀を回す間に、再び刃の上に鋼の針を数本形成すると、狸に向かって打ち込んだ。
再び炎の壁が形成され、針が蒸発させられる。狐が苦しそうにしながらも、こちらを睨む。
....ここで疑問に思うかもしれない。何故、最早、戦力となるとは考えにくい狸を、貴文は執拗に狙うのか?無論、一つには、狐の動きを封じる事で、この間合での攻撃手段を奪い、二対一になるのを防ぐ狙いもある。しかし、何故、もっと藍堂摩への攻撃を厚くしないのか?この間合では、まだ藍堂摩の刃は届かない。傷ついた使役獣をいたぶるよりも、早いのではないかと。
その答えは、藍堂摩を観察し続ける貴文の視線にあった。貴文が口を開く。
「やはり....あの二匹、魔力の供給源は貴方ですね?」
「だとしたら?」
そう答える藍堂摩は、自身には貴文からの攻撃もあたっておらず、確かに貴文に近づく為に走り回っているが、それにしても....汗びっしょりで、道着が汗で滴り、息を弾ませていた。貴文の読み通り、自身の霊力を二匹の使役獣の回復に回しているからだろう。
使役獣と言っても、色々な種類がいる。無論、普段は自身で食事をして魔力を維持しているが、こうした戦闘となれば、魔力の消費量は半端なく跳ね上がる。特殊な霊獣となれば、自身の豊富な貯蔵魔力で、戦闘中の魔力を賄ってしまうが、そんな霊獣は一般には『神獣』と呼ばれる非常に貴重な物である。或いは数回の攻撃で魔力を使い切ってしまう代わりに、主人が魔力の補充を行わないタイプも居る。
しかし....この二匹がそうでは無い事は明らかだ。狸の怪我はゆっくりではあるが、回復の兆しを見せており、狐にしてもあれだけ大技を繰り出したのにも関わらず、腹に傷を負っているのに、それほど弱っている様には見えない。魔力の供給元が主人である藍堂摩自身だからだろう。しかし、その代償として藍堂摩自身の体力消費が半端なく跳ね上がる。使役獣を攻撃している様に見えて、その実、狙っていたのは藍堂摩自身の体力を削る事であった。
............
........
....
「野試合」の醍醐味は、なんと言っても地形等を利用した互いの駆け引き、騙し合いである。しかし、実況しなければ観客には、試合の様子が伝わらない。しかし、実況が闘士達に聞こえてしまったら、地形を利用した騙し合いも駆け引きもあったものではない。
ガッツの実況は、観客席の観衆のみに聞こえる様に結界で音声を、闘技場と観客席の間を分断していた。互いの様子は、魔導透視能力者による中継で空中に球状に映し出されていた。
ガッツの実況に熱が入る。
「さあ、藍堂摩の方は打つ手が無くなってきたぞ。一方の貴文の方は、ほぼ無傷のまま試合を進めている! このまま貴文が勝ってしまうのか、それとも藍堂摩に逆転の秘策ありか?」
観客席でそんな実況を聞きながら、渋い顔をして闘技場を見つめている者が一人。貴文の師匠であるエドワードことエド爺である。全ての魔法現象を視覚化する『魔導の目』の持ち主であるエド爺には、どんな障害物も無意味である。より詳細に二人の様子を、透けて見える二人と二匹の魔導オーラを介して見つめていた。口髭を弄りながらエド爺が呟く。
「油断するんでないぞ、貴文。お主の相手の体力(魔力)は、生半可な量ではないぞ....」
............
........
....
この間、更に数度、狸に向けて攻撃を放ち、狐の大技で防がれる。しかし....汗びっしょりになりながらも、藍堂摩の動きに鈍りが見えてこない。しかも、狸の怪我も、狐の怪我も、ゆっくりと回復し続けている。時折、牽制の意味も込めて、藍堂摩自身への攻撃を行うも、しっかりと弾き返してしまう。
貴文も焦りを感じ始めていた。貴文とて攻撃には体力(魔力)を消費する。刀を振り回すのだから尚更である。自身も気がつけば、道着に汗が滴っていた。これだけ魔力を消費させられた相手は久しぶりである。相手は皆、上位ランクの闘士達であった。貴文は考える。
『この藍堂摩という闘士、攻め手は些か弱い所があるが、守りという点では上位の者に匹敵するのでは無いか?』と....
汗を滴らせながらも、決して動きが鈍らない剣士。ゆっくりではあるが、傷を回復させていく霊獣達。ここに至って、貴文は相手を見誤っていた事を素直に認めた。
『強者(つわもの)』
であると。
『強者』を相手にして、リスクを取らずに勝ちに行くなど、愚行の極みである。今、成すべきは、藍堂摩自身を直接倒しに行く事。そう思い極めると、愛刀『斬光丸』に魔力を注ぎ込む。これで、今までとは比べ物にならない強力な術を使用できる代わりに、攻撃できる回数は、後数回となった。しかし、貴文は笑みを浮かべる。『後が無い』という思いは、自身の魔力も技の切れも最大限に引き出してくれる。藍堂摩を正面に見据えて上段の構えを取る貴文。
藍堂摩達も貴文の雰囲気が変わった事を感じていた。先程までとは比べ物にならない威圧感。だが、藍堂摩も貴文を正面に見据えて、八相の構えで相対する。二人の間の距離は4m程。深い踏み込みをすれば、普通の長刀が届かない距離ではない。
時間がじりじりと過ぎていく。二人共少しづつ横に摺り足で動きながら、互いの間合いを測る。やがて....貴文が
「たあー!!!」
振り下ろしざまに、一気に刀身がそのまま伸びて、全長4mの刀が藍堂摩を襲う。刃だけでなく刀身そのものが長く大きくなっている為、その重さも加わった斬撃の重さは、今までの比ではなかった。その刀身を、常人からはかけ離れた胆力で受けて堪え、無理やり横に受け流すと、一気に前に踏み込んで、同時に刀を振り込んでくる。全身を使った藍堂摩の渾身の一撃。それを今度は貴文が受け止める。鈍い金属音と共に二人の距離が一気に詰まる。互いの汗がかかる程近くに顔を寄せ合う。
狐も狸も、藍堂摩と貴文が近すぎて手出しが出来ない。そんな中....貴文は雷の魔法陣の魔力を開放した。強力な電撃が刀を通じて藍堂摩に流れる。実際の刀身同士の打ち合いだから使える奥の手である。魔法で形成した刃だと、今の貴文の雷魔法のレベルでは、魔法同士が干渉して、雷撃が上手く刀身に流れてくれないのだ。
藍堂摩の躰が固まる。刀を落とし、がっくりと膝から倒れ....
この時点で、貴文は勝利を確信していた。もう終わったと....
だが次の瞬間、藍堂摩はそのまま貴文の襟を掴むと、恐るべき腕力で一気に下に組み敷いた。
『甲冑組み手!!!』
刀を失った武士が、相手の刀を奪う為に磨かれた技である。貴文も、その心得はある。しかし....これほどの豪腕を相手にする事など考えもしていなかった。貴文は敗北を覚悟した。このまま気絶するまで殴られるのだと。しかし....
そのまま、何も起こらなかった。暫く藍堂摩を下から見上げていた貴文が、ゆっくりと躰を起こすと、藍堂摩はゆっくりと横に倒れ込んでいった。
慌てて手を出して躰を支えてやる。藍堂摩は気を失っていた。
突如、上空から実況役のガッツの声が聞こえてくる。
「なんと、藍堂摩(らどま)の気絶で試合が終了だあー!!! 勝者は木之本 貴文(きのもと たかふみ)-!!!!」
呆然としながら、藍堂摩を抱えている貴文の元に救護班の第4騎士団のクレスが駆け寄ってくる。
「後は任せて下さい」
気を失ったままの藍堂摩を担架に乗せて、クレス達救護班が立ち去っていく。
貴文は、ほうっと、大きな溜息をつきながら、控室へと戻っていった。
・
・
・
数日後、コロシアム近くの甘味処「夢庵」にて、名物の和菓子に舌鼓を打つ若い白熊....藍堂摩の姿があった。対面に座るのは若き秋田犬....貴文である。
藍堂摩が驚いた口調で
「では、貴文殿は、あの和菓子の名店「ちどりや」のご子息でござるか?」
「いやあ、次男だから家を継ぐ訳では無いよ。なんというか、色々と好きにやらせてもらっているというか....」
頭を掻きながら恥ずかしそうに話す。今だけは、エド爺が接客も行っていた。
同じワノクニ育ち。話が弾む。
「じゃあ、藍堂摩くんは、出生を調べに此処まで?」
「はい。二人が付いてきてくれましたし」
足元では狐と狸が、名物の羊羹を齧っていた。
PR