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【ファンコロ】絡み合う『呪い』と『思い』

  「うぅーん....」

  性犯罪(若い子に媚薬入りチョコを食べさせて事に及ぼうとしていた)未遂で、巡回中の知り合いのお巡りさん(第二騎士団所属-魔導師騎士エラセド)に事情聴取その他諸々を受けそうになっていた、元魔法学の教授(五七歳)は、一般市民による過剰防衛(レイナ嬢によるテーブルでの脳天叩き割り)や、嫌疑不十分(最初は押収されたチョコから媚薬反応が出たのだが、二回目の検査では反応が出なかった)等の出来事により、その場からひとまずは開放され、現在はエドワード・ミトロード....通称エド爺の店「よろず屋-夢庵」にて、店の奥の座敷にて寝かされていた。

  そのまま放置では流石に危ないかもしれないと、偶々其処を通りかかった第四騎士団(救護班)所属の回復魔導師:クレスにより回復魔法を頭部に掛けられて、当初は非常に大きなタンコブが出来ていた頭も、多少打撃箇所が膨らんでいる程度にまで治療されており、ここから容態が急変する事も無いだろう。

  店の営業時間も過ぎ、店を閉めたエド爺は、鼻歌まじりに知り合いから頼まれていた案件に取り掛かる。間近で観察した魔導回路が五重に絡み合った複雑な構造を思い出しながら、魔法陣でその構造を再現していく。魔法陣は魔導回路を、現実世界に翻訳・再現した物である。しかしながら、それを動作させるには当然魔力が必要で....これも魔力を注ぎ込まなければ、唯の幾何学模様でしか無い。ただ、物が物だけに、その周囲に魔力が入り込まない様に厳重に魔法陣で結界を張って、その中に件の魔導回路を魔法陣で再現していった。

  魔法陣を描き終えれば、件の魔法回路が、エド爺の目の前に姿を現す。見れば見るほど、歪で邪悪で悪意に満ちており、正直、見ていて胸クソが悪くなってくる。全く、どういう心境でこんな物を....と自分の事でも無いのに腹が立ってくる。

  「お前さんも随分と趣味が悪い物を作るのう....」

  気がつけば、背後には、性犯罪未遂で検挙されそうになった元魔法学の教授(五七歳)....現在は魔導闘士として活躍中のヴェンチャロフ・マキシハート氏が背後に立って、件の魔法陣を覗き込んでいた。どうやら作業に集中しすぎて、起きて来たのに気が付かなかったらしい。些か不用心だったと苦笑しながら、

  「儂が作ったんじゃない! ただ解析の為に、再現してみただけじゃ!」

  普通、魔法陣の専門職でない人間が、魔法陣を見て、どんな魔法になるのかを言い当てるのは難しい。しかも、これだけ複雑なのを。流石、魔法学の大家と内心舌を巻く。

  「しかしこれでは、お互いが限られた魔力のリソースを奪い合って、どれ一つとして完全に働かんのではないかの? どんな相手にこれを使うつもりか知らんが、元から設計し直した方がええじゃないかえ?」

  「だ・か・ら・解析の為に再現してみたと言うとるじゃろうが! こんな物、使うような相手なぞ今は居らんわい!!」

  マキシハート博士の物言いに、半ばキレながら反論するエドワード。いや、まあ、昔はそういう相手も沢山居たけど、今は大半は鬼籍に入っちゃっているからね......

  弟子の貴文が、ヴェンチャロフとエドワードの為に、お茶と羊羹を持ってくる。貴文が

  「魔法薬の専門店で『ティグのアメイジングマジックドラッグマート』って店を知ってますか? うちでも魔法薬とか仕入れさせてもらっているんですけど、そこの店主のティグさんからの依頼だそうですよ」

  ほうっと、少しだけ驚いた表情でヴェンチャロフが

  「お前さん、タイエント家の跡取りと知り合いじゃったのか?」

  今度はエドワードが驚いた様子で

  「お前さんこそ、タイエント家の事を知っとるのか?」

  ふーっと溜息をつきながら

  「直接知り合いだった訳じゃないがの。魔導の名家には良くある事とは言え、あの事件はやはり悲惨じゃったからのう。儂が現役で教授やってた頃の事件じゃからな。国主導で調査委員が組織されて、儂は魔法の専門家としてオブザーバー参加させられたんじゃよ」

  「そうじゃったのか....」

  なんと言えぬ表情でお茶をすすりながらエドワードが遠い目をする。『魔導の名家』....エドワードには今でも忌々しい言葉である。体面を保つ為なら身内も容赦なく切り捨てる、当主が絶対の閉ざされた世界、古い因習、醜い身内、等々....十八歳で、早々に家も名前も捨てた身としては、出来る限り関わり合いになどなりたくない種類の人種である。まあ、それだけでも無いのではあるが....

  「しかしあれから十二年か....ティグァールブル殿も二七歳。あんな事なぞ無ければ、家を継ぎ、結婚もして、家庭でも持っている歳だろうにのう。その魔法陣、何処かで見覚えがあると思ったら、ティグァールブル殿に掛けられた『多重の呪い』か....。個々の呪い自体は、それ程でもないんじゃが、その内の一つの『伝染』が厄介でな。結局、何もしてやれんかった....」

  「お前さんでも、無理だったのか?」

  エドワードが意外そうに言う。此処に居るのは近代魔法の礎を築いた魔導の大家である。それが『全く手が出せなかった』というのは、意外と言うしかない。

  ヴェンチャロフが苦笑しながら

  「本当にまるっきり手が出なかったか? と聞かれると、ちと苦しいな。正確に言えば『背負うリスクを考えると、手を出せなかった』と言う所かの。下手をすれば、自分も『魔導』を失う可能性を考えるとのう....」

  確かに真っ当な魔導師にとって『伝染』『沈黙』は厄介極まりないものだろう。

  『ティグのアメイジングマジックドラッグマート』の通称ティグ氏。本名:ティグァールブル=ゴルオン=タイエント。かつての魔導の名門、タイエント家の跡取り。

  本来ならば輝かしい未来が待っていた筈の彼の、いや、彼ら一族の運命は、ただ一人の狂人、当主であったティグァールブルの祖父によって全て灰燼と化した。一族の殆どを殺され、先祖より脈々と受け継いできた魔導の知識も屋敷の燃え盛る炎の中に消えた。最早、死神と化した祖父を辛うじて討ち果たした彼に残されたのは、祖父が死の間際にかけてきた『多重の呪い』

  『沈黙』........呪文が音を成さない為、魔法が使えなくなる

  『子孫断絶』....子供を作れなくなる

  『飢餓』........満月の晩に激しい飢餓感(性欲と食欲)に襲われる

  『盲目』........右目の視力が大きく低下する

  『伝染』........解呪しようとする者に、上記の4つの呪いのいずれかが降りかかる

  自身が何かを失う覚悟....それこそ、ティグ氏によほど大きな恩や借りでもない限りは、確かに普通の魔導師ならば関わる事すら厭う物ばかりである。

  だがまあ、幸か不幸か、エドワードは『真っ当』な魔導師では無い。

  珍しい魔法を『視る』為ならば、手段を選ばない。

  生まれてこの方、呪文を唱えて魔法を行使した事などない。全て空中またはカード等に魔法陣を描いて『魔法』を行使してきた。『沈黙』はエドワードには無意味である。

  今更ながら『子孫断絶』なんぞ、エドワードにとって何が脅威なのか。

  『盲目』とて、エドワードの視界は主に魔法現象を中心に構成されている。そもそも目だけで『視て』いるかさえ怪しい。

  『飢餓』だけが脅威と言える。しかし、エドワードは対魔法(カウンターマジック)の達人である。特に気をつけなければならない呪いが『飢餓』だけならば、近くで観察する程度ならば、さしたる危険もない。

  ....という訳で、店で売らせてもらっている魔法薬の仕入れ値を安くしてもらう事を条件に、『ティグ氏の呪いの解呪もしくは軽減或いはその手がかりを見つける事』を頼まれ、その為に先ず解析の為に呪いの魔導回路構造を仔細に観察して、魔法陣で再現した訳であった。

  「しかし、こうして魔法陣で改めて解析再現されると、つくづくおぞましいのう....」

  ヴェンチャロフが溜息を漏らしながら呟く。基本的に善人であるこの魔導師が、ティグ氏の身に起きた事に対して『何も出来なかった』というのは辛い事だろう。『冷たい』と他の....魔導に深く関わりの無い者には思われるかもしれない。しかし、自分の一生を掛けて探求し続けてきた『魔導』を失う恐怖を、エド爺は....いや、魔導師ならばほぼ全員が判るだろう。

  エド爺とて、原理的に自分の「魔導」が奪われる可能性が皆無だと判っているからこそ、引き受けた案件である。もしも「魔導」を失う可能性が多少なりともあるようならば引き受けたかどうか?

  「確かに、歪でおぞましいのう。こんな物、今際の際に身内に掛ける心がのう....」

  つくづく「名家」という奴は....という言葉を飲み込んだのは、ティグ氏の境遇に同情したエド爺の心遣いである。でなければ「魔導の名家」に関して常日頃から思っている罵詈雑言が延々と垂れ流される所である。

  が、其れはそれ。魔法陣の専門家で、対魔法の達人であるエド爺は、この魔方陣の構造を淡々と解析していく。もっとも、此処に『再現』出来た時点で、半分以上は解析出来た様な物ではあるのだが。

  余談ではあるが、是非とも魔方陣化したかったエラセドの禁則魔法『全自動亀甲縛り』。エラセド当人が「エンチャント化も魔法陣化も、複雑過ぎて無理」というだけあって、一度見ただけではエド爺にも魔法陣での再現は出来なかった。もっとも、その後何度も失敗を重ねながらも徐々に再現に近づいているのは、魔法陣研究の第一人者としての才覚と執念か、或いは『超重度M』という性癖を抱える故の渇望がなせる業か....後一月もすれば、『全自動亀甲縛り』の魔法陣が刻まれた縄が完成しそうな勢いである。

  話が逸れた....

  兎も角も、魔法陣で再現できた時点で、ティグ氏の『多重の呪い』の構造解析はほぼ出来ていると言える。後は、この「知恵の輪」の如き、こんがらがった魔導回路を解きほぐしていく方法を見つけるのみである。じっと眺めながら、個々の呪いを分割して魔法陣に書き出して行くエド爺。不意に後ろから覗き込むマキシハート博士に問いかける。

  「なあ、永続的に続く『呪い』を断ち切るのに、もっとも効果的且つ確実な方法は何かのう?」

  マキシハート博士は、ふん!と少し鼻息を荒くして

  「儂に初歩の魔法の講義か!? 魔導を齧った者なら誰でも判るわい! 『呪い』自体、魔法の一種に過ぎん以上、呪いを掛け続ける魔力を封じてやれば良いだけじゃ!」

  『呪い』にも幾つかの種類がある。しかし大体において、それが術者が居なくなっても続くという事は即ち、呪いの対象者から魔力を吸い取って『呪い』という名の魔法がかけ続けられているに過ぎない。つまり、魔力ソースさえ断ち切れば、大体の呪いは、その効力を失ってしまう。魔導に関わる者ならば誰でも知っている事である。そして....『魔力封印』はエド爺の十八番である....

  エド爺が溜息をつきながら

  「まあ、誰でも行き着く回答じゃな。だから、儂はティグにこう提案したんじゃ。『魔導』さえ諦めれば....魔力を永遠に『封印』するならば、全ての呪いから完全に確実に開放してやる事が出来る。とな....」

  マキシハート博士が再現された『呪い』の魔法陣を見て、うーむ....と唸る。魔力ソースを断つ事で呪いの効力は失われる。しかし....厄介な事にこの『呪い』、魔導回路はティグ自身の魔力だけでなく、ティグの祖父が込めた「強すぎる妄念」によっても維持されている。少しくらい魔力を封印したくらいでは魔導回路が消滅する事にはならないだろう。再び魔力を開放すれば、どの様な「揺り戻し」が起きるのか予測が出来ない。魔力を封印するならば恐らく一生だろう。エド爺の提案は妥当だと言えた。しかし....

  「それで....ティグァールブルはなんと?」

  予め答えが判っていながらマキシハート博士が問えば、

  エド爺が溜息をつきながら

  「「ありがたい申し出ですが、お断りします」と言われたわ。こんな状態でも「自分から魔導師である事」を止める訳にはいかないとな....」

  二人して顔を見合わせて苦笑いする。そう、魔導師とはそういう生き物なのだ。どうあっても自分から魔導を諦める事など出来ない、そんなどうしようもない生き物なのだと....

  この二人だからこそ、嫌というほど、骨身に染みて判っていた。形は違えど、魔導の道を貫き通す事を選んだ二人だからこそ....

  「では、どうするんじゃ? 如何にお前さんでも、そう簡単にコレを解呪できるとは思えんがの?」

  「まあ、時間が何よりも必要じゃが、取り敢えずは、こんなのを考えていてのう....」

  エド爺が差し出した魔法陣を見て、マキシハート博士が、ふーむ....と顎に手を当てて考え込む。暫くの沈黙の後、ようやく

  「まあ、妥当かのう.....」

  「ま、今はの....」

  「しかし、此処はこうした方が...」

  「ほう? 確かにこの方が、確実性が上がるか? 『伝染』を抑える意味でも....」

  ............

  ........

  ....

  数日後、薬を仕入れに『ティグのアメイジングマジックドラッグマート』を訪れている、貴文とエド爺の姿があった。店長のティグァールブル....ティグ氏が、エド爺から渡された同じ魔法陣が描かれた紙の束を持って

  「これは?」

  「お主の体調や精神状態にも依るが、5~15分程、『沈黙』を抑え込める使い捨ての魔法陣じゃ。副作用としては、使用後の一週間は『伝染』以外の4つの『呪い』のどれか一つが非常に強くなる事かのう....今の所、儂に出来る精一杯じゃ。すまんのう....」

  その言葉に、ディグはうやうやしく頭を下げて

  「いえ、ありがとう御座います。なにせ、今迄、相談に乗ってくれた魔導師が一人も居ない状況でしたから.....」

  「マキシハート博士も手伝ってくれたぞい。決して魔導師が誰も味方してくれないなどとは思わんでくれ。ただ、やはり怖いのじゃよ。自分も「魔導」を失うかも知れないと考えるとな...」

  その言葉に

  「ええ、判っております。決して魔導師の方達を恨んではおりませんよ」

  にこやかに返すティグに、

  「暫くは、解呪の研究は続けるつもりじゃ。この『多重の呪い』、中々興味深い所があるしの」

  「吉報を待って良いでしょうか?」

  「さて....人の期待に応えるという事は苦手なんじゃが、頑張ってみよう。お前さんの魔法薬は、色々と重宝するしのう」

  ティグが改めて頭を下げた。

  「今度とも『ティグのアメイジングマジックドラッグマート』をよろしくお願い致します」

  「ああ、儂らの「よろず屋-夢庵」にも遊びに来てくれ。お茶と羊羹でおもてなししよう」

  貴文が笑顔で言葉を添える。

  「どうかお気軽にお立ち寄りくださいませ」

  ジークランドの空は青く澄み渡っていた....

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