オタクには歴史がないらしい

  歴史を感じる漫画がある。

  それに触れたと感じられる漫画だ。

  作り手は、歴史を気にせずにはいられないだらう。

  然しオリジナルを主張できるのは「アダムだけ」らしい。

  マンガとアニメの感想を書いてゐる。

  断片的で、140字には纏められないし、長文を書く事もできない。

  誰も好んで口にしない、私の文章。

  だけど下手な横好きで書いてゐる。

  いつか、うまいのができたら、その時は呼ぶから食べに来て欲しい。

  たぶん、師について修行をしないと、不味い家庭料理のままだと思ふ。

  インスタントラーメン(Twitter)よりまずいのに、時間も金もかかつてゐる。

  それと食中毒を起こすかも知れない。

  難儀だ。

  でもいつの間にか、Pixiv やネット大衆の見世物と化してゐた。

  一目見てお帰りになるのね、皆の衆。

  誰も中身なんか読んじやいない。

  有難い。

  ネットの人は優しい。今のところは。

  いつか牙を剥く、石を投げる。

  私は元来ネガティブなのだ。

  想像してしまつたからには、さうなるしか無いのであらう。

  でも、全ては神様の御手の内かも知れない。

  1秒後も、夜の明けた「明日」つてやつも、想像もつかないカオスなのだらう。

  それらは実在しない。過去も未来も記憶に過ぎない。

  それでも、Pixiv に初めて投稿したときは嬉しかつた。

  アニメの感想を書くなんて、無理だと思つてた。

  わあ、とか。すげー、とか。

  そんな事しか呟けなかつた。

  でも全部纏めたら、140文字を超える。

  それらは感想ではないかも知れない。

  逆に140文字ごときにまとめるな、てふ人もゐる。

  私も気持ちは分かる。

  だから、連続ツイートをしてゐる人もゐるのだと、思つてゐるし。

  私も最初は、「1話、すげー」「かっけー」「2話やべー」「きれー」「3話…」つてやつてたのを、Pixivにまとめる事にした。

  いいねが最初のツイートに1件つくだけだつた。

  フォロワーは何とか100人かき集めたけど、4桁フォロー/フォロワーの人たちは、私がツイートしても目に入らない。

  「何でえ、自分は無断転載に『おはやう』なんて挨拶一言で、20いいねも稼ぎやがつて。てやんでえ畜生バーローめ。」

  さう思つた事は数知れない。

  私が『チェンソーマン』一本の活動をし始めてから、変はつた。

  他作品の感想等、チェンソーマンに関係のない内容を、ツイ消ししやうと思つたのである。

  勿体無いからPixiv に纏めた。

  それが「感想」の始まりだらう。

  いつの間にか、批評家みたいになつた!

  間違つても、私は「アニメーター」や「漫画家」では無い。アニメも漫画も一本も作れやしない。さうした人たちは、自分から見たら神様だ。

  でも、評論はもしかしたら、下手なりに「文芸」や「文学」の一ジャンルかも知れない。

  日記や自称エッセイのゴミの山から、何かが形になり始めてきた。楽しい。

  さう、それは書く楽しさであらう。

  無意味で無価値なこの世界と、私てふ人間と、その人生だつた。今までは。

  楽しいてふ事は、生きる喜びに直結する。今のところは。

  『表紙』を作つた時と、『歴史』を書き始める時は、自分のホームページを持つた気分になつた。

  インターネット万歳! インターネット最高!

  これで私もハッカーだ。

  Linux なんて持つてないし、HTML でも無いけれど。