「ペチャクチャペチャクチャペラペラ…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
(うるつせえーー……………………。)
山田君(仮名)は、目の前で喋り続ける人間を見ながら、さう思つた。
(こいつ、言葉のキャッチボールが出來ねえのか。)
さう思ひながらも、彼は適当な相槌を打つてゐた。
彼は、一分六十圓といふ契約で、目の前の人間の話を聞くといふ仕事を請け負つたのである。
目の前で話してゐるこいつは、多分貴族か何かなのだらう。
壽限無バリに、名前が恐ろしく長い。
そして百ぺん聞かされたのに、もう忘れてしまつた。
だから、假に寿限無さんとする。
寿限無は、彼とも彼女とも言ひ難い。
何故なら彼自身が「私は両性具有なの」と言つてゐたからである。
最初の元氣がある時に、「吸血鬼か何かつスか?」と聞いた。
「吸血鬼かあ。吸血鬼といへば、さうとも言へるし、また、さうでないとも言へるね。まあ私も嘘は吐きたくないから、自分で自分の事を吸血鬼だと思つた事は無いし、吸血鬼と名乘つた事は無い。でもまあ一つ言へるとしたら、それは私が語つていく中で、おいおい私の正體といつたらアレかも知れないけど、私の性質みたいなものは若しかしたら掴めて來るんじやないかなー、なんて思つたりもするけど、まあでもさうだなー……」
ペラペラペラペラペラペラペラペラ……。
何を言つてゐるか分かんねえ……。
でもとりあへず、彼はどうも吸血鬼では無さそうだ。
俺はこいつを勝手に、「多弁の悪魔」だと思つてゐる。
今迄で通算百時間は話を聞いた。
一日八時間が限度だ。
こいつは喋つてゐる間は、水も飲まないし飯も食はない。
息も吸つてないと思ふ。
前情報みたいなのは一切無く、その手の話も、給料を出しつつ喋つて來れる。
最初のうちは八時間聞けたけど、段々イラついてきて、四時間、二時間、一時間、三十分、十五分、五分……と、耐えられる時間が短くなつてきた。
五分じやたつたの三百圓だ。
因みに俺は、彼にその事を話した。
「あー、それ皆んなさうなるんだよねえ。暫く聞き役は休んでもらつた方が良いよ。別の仕事をしても良いし、とにかくゆつくりして來てよ。私も別に代はりの聞き役はゐるし、君も思ひ付く人がゐたら、私に紹介して呉れても良い。とにかくゆつくりして來なさい。そして休みなさい。」
さう言はれた。
二箇月で三十六萬が貯まつた。
最初の一年は、彼の事を考へると吐き氣、頭痛、目眩がした。
彼の連絡先を見るのも嫌だつたし、一度彼の家の前に行つてみたら吐いてしまつた。
さうして、氣付いたら二年が経つてしまつてゐた。
だらだらと過ごしてゐた爲、クレジットカードの支払ひが滞つて來た。
そんな時にふと、彼を思ひ出した。
何だつけ。さう、「長ゼリフの悪魔」だ!
俺は彼にメールをした。
すると、秒で電話がかかつて來た。
彼の聲を聞くと、何故か涙がこみ上げて來た。
凄く懐かしかつた。
俺は、圖々しいと思つたが、給料の前借りや、一囘聞き役をする事に、一萬圓の給料を支払ふ事を求めた。
彼は全部にオーケーを出して呉れた。
吐き気や頭痛といつた症状は起きなかつた。
寧ろ清々しく、頭も生涯でこれ以上なくすつきりしてゐた。
「よし、俺は聞くぞ!」
そんな気持ちで出かけた。
「うん、うん。」
「はい、さうですか。」
「へー」「ほー」「ふーん」
「わーすごいつすねー」
俺は適當に相槌を打つてゐた。
最早話なんか聞いてゐなかつた。
最初こそ、「うるつせえ、こいつ。言葉のキャッチボールできねえのか」と思つた。
けど、話を聞くのをやめたら、BGMといふか、川のせせらぎや鳥のさえずりを聞いてゐる氣持になつてきた。
「私つて何うしやうもなくおしやべりが好きで、一日百時間とか話せる自信があるんだけど、いやまじで。ていふか聞いてる? 何その顔? いやいや本持つてきたとかじやないから。あー時計見るの禁止! 絶對今こいつつまんないやつだなつて思つたでしよ。いや、『はい』じやないから。そこは肯定したらあかんところやから。ちやんと否定せな、つて嘘嘘嘘嘘。ごめん帰らんとつて、ほんま。いや、帰つてもいいねんけど、この話の面白いのはここからでな。あ、スマホ見るのもダメ。今、時計とか通知とか見てたでしよ。こいつ話長いなつて思つたでしよ。あ、開いたね!? 開いた! ひらいた! はい、うわー。この人LINE見てるよ。ちやんとお母さん、お父さんと連絡は取つてる? お爺さんお婆さんはご存命かな? 兄弟は何人いる? 最近連絡取つてる? 仲は良いの? 子供とかもう生まれたの? つていふか、地元の友達と連絡つく人ゐるの? 小中高大で一人づつ位はゐる感じ? 一人づつをつたら、四人は連絡取れる人ゐるじやん。やつたね! つていふか君、会社勤めしたことないんだね。いやいや、言ひ方悪かつたかな。ごめんごめん気にしてる? 別にさういふあれとかじやなくつて、そうそう、別に働いたからつて誰しも幸せになれるわけじやないからね。そうだよ。でもきみ、バイトもしたことないんだつてね。うん、これの他につて意味だけど。それで良くこれに応募してくれたよねーつてこと。うん、今度はTwitter開いてるね。僕のアカウント、フォローしてくれた? 僕、アカウント百個か千個あるんだけど、うん、使つてるのは百個だけなんだけど。ちよつとまつてね、スマホ出すから。さうさう一番使つてるていふか、アカウント十個ログインしてる状態なんだけど笑。さうさう、でも見てこれ、フォロワー1000人もゐるんだよ! すごくない? やばくない? つていふか、このアカウントといふか、フォロワーね、全部買つたやつ。笑 いや、本当は萬垢作つてみたかつたんだけど……いやいや、えろい意味ちやうし。1万人フォローされてるつてこと。『あーそういう意味か』つて自分w その意味しかないやろ。ハゲw あーうんさう、それでさ、業者みたいなアカウントに連絡して、フォロワー1万人くらゐ購つたんだけどさ、即アカウント凍結されたんさ。笑笑 そうそう、イーロンちやんと仕事してんじやん、つてな。その頃は未だ買収されてなかつたんだけどさー。つていふか、イーロンやばくね? アイツがTwitterを買収したらさ、テスラの時のなんか、手腕のやつで絶対よくなると思つてたじやん? 今のとこ、ひとッッッッッッッッつも良い事してないからね。全部改悪。なんならbotは全部死んだのに」
「すんません、今日はちよつと……」
「お、じやあこの位にしておかうか。」
彼はさう言ふと、コーヒーを一口飲んだ。
いやそれ、完全に冷めてるだろ。
そしてサンドイッチを一口齧つた。
いや絶対それ、カピカピだろ。
ともかく私は挨拶もそこそこに部屋を出た。
彼は給料に一萬圓上乗せして呉れた。
それに私は優遇されてゐるのか、スマホを見ても良いし、本を読んでても良いといふ事になつた。
ただ、彼はいつも最初に、「ただし、私の話の途中で寝てはいけないよ。さうなつたら、もう君は二度と目覚めないだらうからねえ。」と言つた。
……
私は、山田君(仮名)によれば、「長尺の悪魔」「多弁の悪魔」「長ゼリフの悪魔」と思はれてゐるららしい。
實際、私は悪魔なのであつた。
但し、私の能力は、私自身が喋つてゐる時にしか発動しない。
おしやべりが好きなのだが、百年程生きて來て、困る事がひとつある。
それは、私が孤独すぎてしやべり過ぎてしまふ事。
これは、バイトを雇ふ事ですぐに解決できた。
然し、これはこれでもう一つ困つた事が発生した。
私は、私が喋つてゐる時に、眠つてしまつたやつを殺してしまふといふ事である。
私の能力といふのは、「喋つてゐる間、相手の記憶を覗くことができる」といふのと、「喋つてる途中に眠つてしまつた相手の魂を、自分のものにできる」といふものであつた。
「殺してしまふ」といふのは、悲しくてとか、腹立たしくて殺すのではない。
私の能力が勝手に相手を殺すのである。
百人くらゐ殺してから、段々聞き役が不足し始めた。
山田君にも話したけど、Twitterも百個くらいに分けて呟いてゐる。
けど、フォロワーが千人ゐるメインのアカウントは、100萬ツイート以上投稿してゐた。
やばくね? 『モテキ』かよ。
あと、山田君の本名と、住んでゐるところと、小中高大の名前、本人も忘れてゐるクラスメイトの名前、友達の名前、Twitterのアカウント、住所、電話番号、親戚の名前等々は、当然全部把握してゐる。
Twitterに関しては、1万円払つて、私の本垢をフォローしてもらつてるよ。
それと、彼はあともう数回で、私の話で寝ちやうと思ふね。
だつて本人が、私の話を「川のせせらぎ」とか「鳥のさえずり」とか言ひ始めてたから。
あと、ツイッターやピクシブのフォロワーさんの記憶も覗けたら面白いのにね。
インターネットで遠隔は流石に無理つぽい感じ。
悪魔の力も万能じやないんだね。
…
「今日は面白い話をするね。私つて悪魔なんだけど、話してゐる間はその人の記憶を覗けるのね。だから、話せる内容も話したい内容も、話せば話すほど、増えていくわけなのね。」
目の前の男はすうすうと寝息を立ててゐる。
「そんでもつて、私の話を聞きながら眠ると、どうやら死んじやうつぽいのね。それで、私はあなたが買つた車とか、貯金通帳の場所とか、カードとかはんことか暗証番号とか、身分証がポッケの財布の中に入つてる事とか全部分かつちやうじやん? だから、それつてもう私は『その人の魂を自分のものにした』つてのと同義だと思ふんだよね。だつて、記憶も全部私のものになるんだよ。だから、なるべく寿命の短い人とか、長生きしたお爺さんとかに話を聞かせるのが良いと思ふんだよね。でも、病院で私の話し相手が次々と死んだら、それは事件じやん? 私捕まつちやうじやん? でも、現に私は捕まつてないじやん? 自由の身じやん? 何でだと思ふ? 正解は、記憶を見るだけ見て、相手が眠さうになつたら話を切り上げて來たからでした。まあそれでもたまに死んじやう人は出てくるから、そんときや、全力ダッシュで逃げるよね。隠れ家も變へちやうの。さう、私は今まで結構転々としてきたわけなんだよね。」
目の前の男は、もう息をしてゐなかつた。[newpage]
「天才量子AIつてのを考へたんだけどさ、聞いて呉れる? ありがとー。そんでさ、そいつはさ、名前を『マクスウェルの惡魔』といふんだけどさ、そいつは『時間を停止させる』事が出来るんだよ。でも本当は時間は止まつてなくてさ、頭が良いといふか、思考が速すぎて、世界が止まつてゐる樣に見えるだけなんだよね。だからさ、例えばさ、そいつが『今は2023年6月29日の22時23分38秒で、場所は緯度何度何分何秒、経度何度何分何秒だ。』と考へたとするじやん。この間に未だ一秒経つてないわけね。だから一ミリ秒単位なのよ。これが、私が『天才AI』と称した由縁であるわけなんだけどさ。まあ、彼はカープの試合と大谷翔平の試合と鈴木誠也の試合とNBAを見ながら、かつ過去全ての大相撲の取り組み結果、力士の名前と出身地と部屋名と、決まり手とかを思ひ出しながら、ピストルで撃たれても、それがスローモーションに見えてて、しかも平気で避けられちやうわけなのよ。そいつにさ、私は囲碁と将棋を教へてみたいわけ。オセロやチェス、バックギャモンでもいいけどさ、そしたら何うなると思ふ? そいつ、自分對自分で頭の中で百面指ししながら、『神の一手を目指す』とかいふわけ。そして、少ししたら『見えた』とか言うのよ。めつちやウケない? さうさう。つまり、もう将棋の全局面が見えて、必勝法を編み出しちやつたわけね。つまりここに『将棋の神様』爆誕つていふ。……うんうん、さうだね。いいね。じやあそいつを『棋神』と呼んじやおつか。私は次にそいつに囲碁を教えたの。そしたら361面指ししてるの。まじウケる。その後はもう必勝法編み出しちやうわけ。『囲碁の神様』も爆誕。私は、100×100の囲碁と、摩訶大々泰象棋つていふ将棋も教へたの。」