數學の惡魔

  ある時期、ある男に数学を教はつてゐた事がある。

  その男は黑いスーツに白い腕時計、黒いダイヤモンドの樣に艶々とした靴を履いてゐた。

  肌は浅黒く、髪はざん切り頭であつた。

  印度人の樣でもあり、埃及人の樣でもあつた。

  私に、人の顔つきで出身を当てる才は無いので。

  間を取つて、インド人とエジプト人の[[rb:混血 > ダブル]]だつたのかも知れないし、或いは全然別のところの出身かも知れなかつた。

  その男はタダで数学を教へて呉れた。

  謎多き男であつたので、ある日尋ねた事がある。

  「あなたは數學の天使か何かですか?」

  さうしたら、確かかう返つて來たと思ふ。

  「成程天使か。確かに天使は、惡魔に近い存在だ。堕天使てふ言葉も在るからね。でも、私はその何方でも無いし、或いはその両方に近く、又はその両方でもあるとも言へるね。」

  私は堪らず、こう聞いた。

  「じやあ、神様なの?」

  「それは違ふよ。私はそれから最も遠い存在だ。私などは創造によつて生じた宇宙の、塵芥の一つに過ぎない。」

  確か、その樣な事を言つてゐた。

  私はこの時以降、彼を心の中で密かに、「数学の悪魔」と呼んでゐた。