「あ………」
女は目の前を見つめて、引き攣っていた表情がだんだんと笑顔になっていった。
今目の前にいるのは、紛れもなくヒーロー。
2年前に一世を風靡したあの2人が、最近になって再びコンビを組んだという2人が、今自分の目の前にいる。
(――――――っホント、だった……)
自分が引き起こしたこの状態も、追い詰められている現状も忘れ、彼女はただ喜びを噛みしめていた。
右手に、何かを握りしめながら。
「なあルナティック、お前、その人を殺すつもりか?確かに騒ぎは起こしたが、殺人はしてないぞ」
「……ほう。では殺人犯を処刑するのは構わないということだな」
「そうは言ってねえだろ上げ足とるなよっ!ってそんなことはどうでもいいんだ!あーそこのあんた、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
ルナティックと話すよりも、まずは犯人と話すほうが先決だ。
そう考えた虎徹は、女に意識を向けると問いかける。
すると
「はっ、はい何でしょうか!」
「「………」」
虎徹達が来る直前まで、多少の会話をしていたルナティックとそれらを聴いていた白の堕天使は、女の豹変ぶりに何も言えなった。
しかしそんなことを知らない虎徹は、会話を進めていく。
「まず、能力についてだ。あんたの能力は、炎なんかじゃない。幻覚を見せる、もしくはそれに近いやつか?」
「………よく見破りましたね。さすがです」
あっさりと認めた彼女は、その右手に握りしめているものを胸元まで持っていくと、今度は大事そうに両手で包む。
不思議な動作に全員警戒するが 、それ以上の動きがないため「気にしすぎたか」とすぐに構えを解いたその時だった。
女が大事そうに握りしめていたはずのそれを、破り始めたのである。
どうやら単なる紙切れだったようで、彼女の掌からひらひらと舞いながら落ちていった。
そして彼女は、虎徹とバーナビーの前まで歩みを進める。ルナティックへの恐怖もないのか、平然とした様子で彼の隣を横切った。
どうしてこんなことを、と次の問いをしようとしていた虎徹も予想外の動きに驚く。
そして。
「あの、わたし、」
彼女のその言葉の先を、ヒーロー達が聞くことはなかった。
[newpage]
「―――――♪―――♪」
オリオンのメロディーは、着実にその効果を現していた。
あと少し、そう心の中で呟いた時
「!?」
その空間は急遽、もとの教室へと戻った。
あまりにも突然のことで、思わず「へ?」と間抜けな音でメロディーを止めてしまう。
結果的に脱出は可能となったわけだが、なんだかオリオンは腑に落ちなかった。
しかしそんなことを言ってられる状況ではないことを思い出し、とにかく虎徹達に合流しようとオリオンは教室から脱出した。
―――――およそ、10分後。
PDAに備わった機能から、虎徹とバーナビーの居場所をサーチしながらオリオンは一本の道を作り、その上を走り続けていた。そしてようやく、緑と赤のスーツを見つけ、オリオンは思わず叫ぶ。
「先輩!」
しかし、2人は振り向かない。
聞こえていないのだろうかと最初は思ったが、良く見てみれば彼らの近くにはルナティックと、つい先ほどまで協力してくれていた白の堕天使がいることに気がついて、まさか戦闘中なのかとさらに周囲に視線を意識させた。
「――――――!?」
そうして彼ら以外にも、その場に人がいることに気がついた。
いや、人だったと言うべきだろうか。
固まっていた4人の中で、真っ先に動き出したワイルドタイガーが倒れている人間を抱きかかえる。
彼が必死に声をかけているが、相手は反応を示す様子がない。
思いがけない場面に出くわしオリオンは恐怖に一瞬だけ、その身を動かせなかった。
(……し、しっかりしろ俺!ヒーローだろ!)
そう言い聞かせて、とにかく状況を把握することを最優先にしようと、バクバクと強く脈打つ心臓のまま現場へ降り立つ。その音にようやく彼の存在に気がついたバーナビーが、オリオンに声をかけた。
「スタークラング!良かった、無事だったんだね」
「そ、それが…最初は俺の能力で対抗していたんですけど、10分ぐらい前に急に元に戻って…」
「……もしかしたら、それは…」
そういってバーナビーが視線を向けた先には、虎徹に抱えられている女の姿。
オリオンはバーナビーの言葉とこの現実から、ハッとしてその女を見つめた。そして女の顔を近くで見た瞬間、オリオンの目が大きく見開かれる。
「ま、さか…」
その先の言葉は、思っても口に出せなかった。
[newpage]
ヒーローアカデミーでの事件は、実に呆気なく終息を迎えた。
しかし犯人である者は絶命し、事件の真相も何もわからぬままという最悪の形であったが。
彼女の能力が幻覚であったため、実際のアカデミーはどこにも火災の後は残っていなかった。
よって火傷などの怪我を負った生徒もおらず、現場はそれほど大きなパニックにはならなかったのだが。
「―――――っくそっ!」
1人、その抑えきれない情動を壁にぶつける人物がいた。
目の前で人が撃ち抜かれた。
しかも能力が自分には残っていて、それを利用する間もなく人が倒れた事実。
それが虎徹にとって、最大の後悔として心に強く残ることになった。
「……先輩」
女が搬送される直前、ルナティックと白の堕天使は姿を消した。
今回の出来事はルナティックが引き起こしたわけではないし、それ以上に目の前で殺人が起きたことのほうが明らかに気にすべき事で。
そのため、虎徹もバーナビーも、決して2人の後を追うことはしなかった。
そうして今、スーツの装備だけ外し、アンダーの姿になっている3人。
移動中のトランスポーターの中で、バーナビーもオリオンも、虎徹に声をかけられずにいた。
が、バーナビーが虎徹の傍に近寄る。
虎徹がその気配に気づき、バーナビーと視線があったその瞬間
――――――バキッ
虎徹は殴られた。
「バニー先輩!?」
「まったく、情けないですね。目の前で人が撃たれた、しかも救えなかった。悔しいのは、貴方だけじゃないでしょう」
「……ったー…。おいバニー、お前もうちょっと別のやり方ってもんが…」
「今の虎徹さんには何を言っても無駄なような気がしたので。第一、僕らはともかくオリオン君のほうがもっとキツい思いをしてるんじゃないですか?」
そこまで言われて、最年長者であるはずの虎徹は我に返った。
バーナビーの言葉は、確かにその通りである。直視した自分たちも相当堪えたが…いくら人が撃ち抜かれる瞬間を見ていなくとも、死体を目の当たりにしたのだ。
しかも、友人の。
「はは、そりゃ確かに…そうだな。一番先輩だっつうのに、マジ情けねえ」
「いえ、あの…そりゃ何とも思わないわけじゃないですけど…でも」
「オリオン君」
「は、はいっ」
「無理はしなくていいよ。ヒーローだからって、感情を押しこめる必要はないんだ」
「おいバニー、お前それさっきの俺への態度と矛盾してないか」
「虎徹さんは感情を表に出し過ぎなんです」
オリオンに気を遣っている、わけではないのだろう。
普段通りのやりとりがオリオンの目の前で行われている。それに先ほどのバーナビーの言葉が重なって、オリオンは思わず顔を下に向けた。
「………っ」
ヒーロー業を始めて1年。
彼は初めて、ヒーローとして涙を流した。