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[[rb:三 > さん]][[rb:八 > ぱち]]は、昔から頭のキレる変なヤツだった。
元より教室の隅っこの住人だった僕に対しいつもクラスの中心にいて、友だちもかなりいた覚えがある。まったくやる気はなさそうなものの勉強がそこそこできて、運動神経がすこぶる良くて、人当たりやノリのいい三八はしょっちゅう学校で注目を集めていた。当時は意識したことがなかったけれど、そうとうモテていたんじゃないだろうか。
そんな三八だから幼なじみとはいえ地味な僕との関わりなんて自然消滅すると思っていた。でもヤツはそうさせまいとばかりに[[rb:無 > む]][[rb:茶 > ちゃ]][[rb:苦 > く]][[rb:茶 > ちゃ]]で魅力的な遊びをことあるごとに提案してきて、人見知りだけどその実わんぱくだった僕がそれに乗らないわけがない。結局二人でひとしきりバカ騒ぎをしたあと、大人たちにこっぴどく叱られるというのが常日頃だった。性格からしてまるきり接点のなさそうな僕らがよくつるんでいたことは同級生にしてみればひどく不可解に感じられたみたいで、人気者にちやほやされているのが気に食わなかったのか一部より三八の弱みを握っているだのあらぬ風評を垂れ流されたことを思い出す。そのたびにヤツはいわれもない[[rb:噂 > うわさ]]を得意の舌戦で切り捨てて、変わらぬ態度で接してきた。これこそ真の友情なのだと、小学生の僕はかたく信じていたものだ。
そして僕らは中学生になった。相も変わらず三八はあの頃と同じように、社会的にはあまりいい目で見られない遊びに誘ってくる。今回の[[rb:廃 > はい]][[rb:墟 > きょ]]探検だってそうだ。廃団地の事件となんら変わっちゃいない。では僕はどうか。あのときと同様――冒険に胸をたかぶらせるだろうか。
答えは……ノーだ。悲しいかな、もうそんな子供心はどこかへ失ってしまっていた。率直にいえば三八からそういった誘いを受けることにすっかりうんざりしている自分がいる。三八は幼なじみで親友だ、それは確かだ。けれど限度がある。今や危険を冒さなくとも手に入る娯楽がいくらだって存在するのだからあえて前人未踏の領域に足を伸ばす必要なんてない。友だちと通話しながら家でゲームをするのが最近の中高生ってもんだろう。なにかしら[[rb:流 > りゅう]][[rb:行 > こう]]に乗る乗らないは自由としても、だ。
だから今年の夏休みこそ、僕は本格的に引きこもる計画を立てていた。ただでさえ非活動的なところに黒い毛皮となれば、素直に巣ごもりするのが一番ダメージを負わなくて済む。三八に振り回されて疲弊するのは去年の夏で実証されていた。外をブラつき回るのが一般的な青春のイメージだとしても、合わないものは合わないと割り切る他ない。アニメを[[rb:観 > み]]て本や漫画を読んで音楽を聴いて過ごす夏だって、[[rb:立派 > りっぱ]]に充実しているじゃないかと自身に言い聞かせる。日陰者は日陰者らしく暮らすのがふさわしい。寂しいとかもったいないとかそういう身のほど知らずの欲求に惑わされてはならない。
そうこう一人で考えを巡らせているとだんだんと頭にモヤがかかってきた。お[[rb:腹 > なか]]が満たされ横になっているのだから眠たくなるのは必然だ。落ち合う時間まであと三時間、昼寝するにはもってこいだろう。お腹を出したまま寝るというのが若干気がかりだけれど、あいにく羽織るものは持ち合わせていない。換気もされているし冷えすぎはしないはずだとたかをくくって、自分の細い尻尾を抱き枕代わりにまどろみの中へとそのまま引きずり込まれた。
「――ん、……くん」
遠くより名前を呼ぶ声が聞こえてくる。誰が呼んでいるのだろうか。
「[[rb:一 > いっ]][[rb:朔 > さ]]くん、一朔くん?」
今度は近くで声が聞こえた。自分の名前だとわかり、重たい眠気をしりぞけまぶたを開く。
「ようやく起きたわね」
「あ、先生……。おはようございます」
見上げれば[[rb:三 > み]][[rb:浦 > うら]]先生がいた。困ったような顔でこちらを[[rb:覗 > のぞ]]いている。
「気持ちよさそうに寝ているところ悪いのだけど、そろそろ図書室を閉じるわよ」
寝ぼけまなこをこすりながらあくびをしてまわりを見渡すとあたりは先ほど以上にガランとしていた。図書室にはもはや僕と先生だけしかいないようだ。尻尾を軽く毛づくろいして今は何時なんだろうかと気になる。
「これじゃ特別貸し出しはまた今度ね、今日は早くおうちに帰りなさい」
いまだ脳みそがふわふわと覚醒しきっていないけど、壁にかけられたありきたりな時計から時刻を読み取る。現在、針は三時二十八分を指していた。だいぶ眠ってしまっていたようだ。約束までおよそ三十分――あ。
気がついたときには毛を逆立てガバリと身を起こしていた。これはマズい。まるでギリギリじゃないか。
「先生、自分帰ります!!」
急いで荷物をまとめ図書室を去ろうとする。あからさまに慌てふためいている僕を見かねてなのか先生は落ち着かせるような口調で話しかけてきた。
「あらあら、このあとなにか急ぎの予定でも入っていたかしら? それに重たい荷物は置いていっていいのよ」
「いきなりすみません、[[rb:三八 > ザッパ]]と四時に[[rb:稲 > いな]][[rb:根 > ね]][[rb:川 > がわ]]で遊ぶことをすっかり失念してたもので」
寝ぼけが抜けきってないのか必要もないのに謝ってしまう。そうだった、荷物の取り置きを許可してくださったんだっけ。エコバッグと紙袋をふんづかんで場所を尋ねる。
「荷物ってどこ置けばいいですか」
「ちょっと一朔くんテンパりすぎよ、こっちに来なさいな」
そういい先生は図書準備室に僕を誘導する。邪魔にならないよう空いたスペースにドカッと[[rb:諸 > もろ]][[rb:々 > もろ]]を[[rb:放 > ほう]]った。指定カバンを乱暴に背負い、ここを今度こそあとにしようとする。
「それでは、閉室直前なのにお騒がせしました。失礼します」
「はいはい。くれぐれも事故には気をつけるのよ~」
戸締まりの準備を進める先生を残し、図書室から僕は飛び出していった。まずは高校棟階段を勢いよく降りて、中学棟との連絡通路をひた走る。壁の貼り紙には『廊下は走るな』という使い古された文句が書かれているもののそんなこと今は気にしてられない。とにかく目指すは中学棟の駐輪場だ。幸いこの時間帯、部活以外で学校に用のある生徒はまったくいないみたいで、教員ともすれ違うことはなかった。クーラーがすでに切られ蒸した空気の充満する中学棟に行き着き、[[rb:下 > げ]][[rb:駄 > た]]箱ですぐさま上履きからローファーに履き替えて自転車置き場に行く。鍵を差し込み解錠し自転車にまたがり、一息つくことなく次は最寄りの[[rb:東 > ひがし]][[rb:米 > よね]][[rb:才 > ざえ]]駅ではなく都上りする路線の起点である[[rb:米 > よね]][[rb:才 > ざえ]]駅を目指す。駅へは道路を左折してほとんど一直線なのだけれど、地味に距離があって目当てのダイヤに間に合うか、微妙に感じてしまう。雑念を振り払おうと自然とペダルを踏む足に力が入る。駅まわりの駐輪所は有料だった。悪い行いであるとは知りながらスーパーに無断駐輪して、あとは走って改札をくぐるだけだ。駅構内のエスカレーターを駆け上がり、これで最後とばかりに五百円がチャージされたICカードを[[rb:叩 > たた]]きつけた。
やっと焦りから解放されたとこわばっていた気持ちがゆるみ、とたんに全身から滝のように汗が流れ出る。夕方前とはいえ真夏日の外気の中を全速力で[[rb:漕 > こ]]いできたのだから無理はない。ゼーゼーと荒い呼吸をどうにか整え売店で緑茶と[[rb:塩 > しお]][[rb:飴 > あめ]]を買う。電光掲示板にはおよそ三分後に急行列車の発着が示されていて、あらためて間に合ったのだと実感した。とはいえもっとも、この急行は小ターミナル駅の[[rb:畔 > あぜ]][[rb:渡 > わたり]]までは各駅停車なので鈍行と変わらないのだけども。お茶をらっぱ飲みしながら階段を降りて上りを待つ。反対側ホームにはちょうど下りが着いた様子で、下校中と[[rb:思 > おぼ]]しき中高生がまばらながらぞろこぞろこしていた。この駅は起点というわりに利用客が少なく、朝方の慌ただしい通勤ラッシュの時間でも席に座るのが容易であると聞く。接近放送が鳴り始めじきに電車がやってきた。乗り込むと弱冷房車とはいえ中は涼しく、酷使して[[rb:火 > ほ]][[rb:照 > て]]った[[rb:身体 > からだ]]に冷気が染み入る。その快さを享受しながら席に座るとドアが閉まり電車はゆっくりと動き始めた。米才から稲根川の区間は住宅街を住宅街と結ぶ三駅しかない。これといって変化のない車窓をボーッと眺めながら、立ち漕ぎの余韻に浸り物思いにふけっていた。
初めて稲根川で降りたのって、いつだったっけ?
蒸し暑い外気にふたたび[[rb:曝 > さら]]されるのは嫌だったものの、約束は約束だからと駅の外に出た。
稲根川は大きな公園と市営プールがあるという印象しかない。実際、近くのコンビニに行くことさえ少々歩くことを要する。てっきり駅前で待ち構えているとばかり思っていたのだけどあたりを見回しても三八の姿は見当たらなかった。手前の道路に出て、どこにいるのか探す。アホだから暑いなかでも暇を持て余し周辺を散策しているんだろうか。
ガー
ふと、右方向の坂から何かが滑走している音がした。なんなんだろう、坂上から降りてくる音の発生源は[[rb:陽炎 > かげろう]]にぼやけてやや不鮮明だ。音源は明らかに自転車とも車とも思えなかった。しいて述べるならローラースケートで滑っているような……。自分の耳が小刻みに揺れ正体を探ろうとする。
音の主が揺らぎから抜け、その実体を表した。三八だ。スケボーに乗っている。やっこさんスケボーなんて持っていたんだ。こちらに気がついているだろうけど、とりあえず手を振る。近くに来れば当然止まってくれるだろう。こちらに向かってきているのは確かなのだけれど、いかんせん勢いが強いような。あれ、……むしろ加速していやしないか。いったいどうやって止まるつもりなんだ。そんなこんなを考えているうちにヤツは目前に迫ってきて、猛スピードの[[rb:凄 > すさ]]まじい体当たりをド直球に僕は食らい、そのまま空中へぶっ飛ばされたのだった。
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