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翌週、地下の隔離部屋には、これまでとは質の異なる重苦しい緊張感が張り詰めていた。
「おい、先月の最下位3人のことだけどよ……」
「ああ、荷物をまとめる暇もなく、あの黒い獣人に連れて行かれたな」
人間たちはデスクに向かいながらも、声を潜めてそんな噂話を交わしていた。
この部屋には、もうひとつの「制度」が存在する。成績優秀者が「昇進」として上層へ引き上げられるのとは対照的に、毎月の査定でワースト3に沈んだ者は、「部署異動」という名目で即座に部屋から連れ出されるのだ。彼らは自分たちが社長のみが知っている「養殖中の餌」だとは知らない。故に、毎月下位3名を連れて行く黒猫の獣人が会社の社長とは知る由もなかった。
「まぁ、出来の悪い奴らだ。きっともっと過酷な、工場の肉体労働にでも落とされたんだろ」
「全くだ。あいつらの二の舞になりたくないし、今月も頑張らないと…!」
人間たちは、落とされた仲間たちに冷ややかな視線を向け、自分がそうならなかったという安心感を胸に、自らの保身と「昇進」のために再びペンを走らせる。彼らは信じて疑わなかった。無能な奴らは、それ相応の底辺の労働に回されただけなのだと。
しかしその頃、ビルの高層階にある社員食堂の、一般社員は立ち入れない「幹部専用個室」では、まったく別の光景が広がっていた。
「いやぁ、今月も社長からの『差し入れ』が届きましたよ」
「どれどれ……お、今月のはよく肥えているじゃないか」
テーブルを囲んでいたのは、この貿易企業を支えるエリート獣人たちだった。直立すれば4メートルを超える、筋骨隆々とした高級官僚や部長職の獣人たちである。彼らの前には、すでにメインディッシュである巨大な獣肉の骨が転がっていた。
そして、その豪華な円卓の隅、頑丈なケージの中に閉じ込められていたのが、地下の部屋から連れ出されたワースト3の人間たちだった。彼らは衣服をすべて剥ぎ取られ、あまりの恐怖に互いに身を寄せ合ってガタガタと震えている。
「ひっ、助けて……! 私は、私はただ、計算が少し遅かっただけで……!」
一人の人間が涙を流して許しを乞う。しかし、エリート獣人たちにとって、それはただの鳴き声に過ぎなかった。
「さて、メインの肉料理の後は、やっぱりこれに限るな。社長が独自ルートで仕入れていると噂の、糖度の高い高級デザートだ」
一頭の獰猛な狼の獣人が、鋭い爪でケージの天井を引き剥がし、震える人間の一人を無造作につまみ上げた。
「いやだあああッ!」
暴れる人間を、狼の獣人はまるで甘いイチゴでも愛でるように、目の前でじっくりと眺める。
「お前たち人間は、必死に頭を使わせると脳に独特の旨味が詰まるが、能力が足りずに焦り、追い詰められた個体は、その極限のストレスで肉質が驚くほど柔らかくなるんだってな。実際そういう育て方をしているらしい社長の用意する人間は、たまらなく美味しいんだ」
「まさに『デザート』にぴったりというわけだ」
隣に座る大柄な熊の獣人が、下品に笑いながら同意する。
狼の獣人は、たっぷりとした満足感を顔に浮かべると、大きく口を開いた。鋭い牙が並ぶ、生暖かい暗黒の顎。
「あ…嫌──」
レンの時のような優雅な口内遊びではない。ただの「甘味」として、人間は頭から躊躇なくその巨大な口へと放り込まれた。
バチン、と大きな咀嚼音が個室に響く。
「ぎゃあああッ!」という短い悲鳴が、肉と骨が噛み砕かれる鈍い音と、溢れ出る鮮血の音によって瞬時に掻き消された。狼の獣人は、口の端から溢れそうになる血を大きな舌で器用に舐めとりながら、嬉しそうに何度も顎を動かす。
「うん! 程よい苦味と、柔らかい肉の甘みが絶妙だ。さすが社長の用意する人間は、その辺のものとは格が違う!」
ゴクン、と大きな塊が狼の喉を下っていくと、残されたケージの中の2人は、恐怖のあまり完全に失禁し、声も出せずに白目を剥いた。
「次は俺の番だな。その焦れて怯えきったやつを頂こう」
そう言って立ち上がったのは、丸々と太った、凶暴な熊の獣人だった。彼はケージに大きな手を突っ込むと、腰を抜かして動けない2人目の人間の足を掴み、逆さ吊りにして引きずり出した。
「いや、いやあああぁっ! 殺さないで、お願いだから……!」
逆さ吊りのまま激しく暴れる人間を、熊の獣人は楽しげに見つめる。
「お前たち人間は、危険な状況で焦り、追い詰められた個体ほど、その極限のストレスで肉質が驚くほど柔らかくなるんだ。……これは俺のポリシーたが、そんな極上のデザートを、噛み砕いてすぐに失くしてしまうのは勿体ない」
熊の獣人は大きく口を開けると、まずはその温かく巨大な口内へ、抵抗する人間をぽいと放り込んだ。
そして、すぐには飲み込まず、頑丈な顎をゆっくりと動かし始めた。
人間の頭部や胴体、手足が、熊の獣人の硬く巨大な歯列の間にすっぽりと挟まれる。
「ひぃ、あ、が、あぁッ……!」
人間が噛み砕かれるかもしれないという恐怖に身をよじって悲鳴を上げる。しかし、熊の獣人は力を加減し、まるで飴玉の硬さを確かめるように、ギリ……ギリ……と、鋭い牙の先で人間の柔らかな肉をいたぶるように甘噛みした。
噛み潰される寸前の鈍い圧迫感と、唾液にまみれた強烈な獣の呼気。熊の獣人は、口を半分閉じたまま「ん、んんー……」と満足げに喉を鳴らし、巨大な舌で人間を転がしては、牙の裏で優しく押し潰すように、その恐怖の振動を口内全体で味わい尽くす。
生殺しの生温かい暗黒の中で、人間が完全に絶望し、全身をガタガタと痙攣させるほどに怯えきったその瞬間、熊の獣人は「こんなものだろう」と嬉しそうに目を細め、味のしなくなったデザートを飲み込むべく、その頭をゆっくりと上に持ち上げる。
「んぐ、ん…」
熊の太い首が、ゴクリと大きく波打つ。人間の五体が、彼の喉を内側から不自然に押し広げながら、ゆっくりと下の胃袋へと押し流されていく。
彼の厚い腹の底から微かな振動が伝わり、「ふぅ、たまらん。胃袋の中で暴れる感覚こそ、丸呑みデザートの醍醐味だな」と、満足げに腹を叩いた。
個室に残された最後の一人は、あまりの恐怖に白目を剥き、失禁して床にへたり込んでいた。
そこへ、狡猾な笑みを浮かべた大蛇の獣人が滑り寄る。
「さて……最後の一匹は、私のデザートだ」
大蛇の獣人はその長い舌で最後の人間を絡め取り、一気に口内へと引きずり込んだ。
そこは、外界とは遮断された、毒々しいほどに温かな闇の空間だった。
「ん……いい子だ。少し暴れるのをやめて、楽になりなさい」
大蛇の獣人は人間を飲み込まず、舌の上で転がし始めた。その舌の表面には、微量ながらも強力な神経毒と、精神を弛緩させる特殊な成分が含まれていた。人間が必死に抵抗し、口内で暴れれば暴れるほど、粘膜に擦り付けられた舌からその成分が体内に浸透していく。
「あ……が……?」
人間が身をよじって抗おうとするたびに、大蛇の獣人は優しく、しかし逃げ場のないように舌で彼を包み込む。
その成分が脳髄に直接働きかける。恐怖で硬直していた人間の思考が、霧が晴れるように溶かされ、代わりに「この獣人にすべてを委ねればいい」という甘美な安らぎが侵食していく。
「そう……その調子だ。お前はもう、何も考えなくていい」
人間の手足から力が抜け、抵抗が止む。もはや彼は、脱力しきった人形のように、獣人の口内でなされるがままになっていた。瞳からは光が消え、ただ陶酔したような虚ろな表情で、獣人の舌に撫でられるたびに身を震わせる。
大蛇の獣人は、完全に意志を奪われ、口内を汚すこともなく無抵抗に身を預けるその姿に、嗜虐的な悦びを感じた。
「ああ、実に最高だ。私の毒に侵された肉は、本来の味と毒の成分が混ざり合って、驚くほど美味しくなる」
口内の人間を一通り味わった後、大蛇の獣人は噛むことなく、ゆっくりと、しかし確実にその人間を喉の奥へと送り込んでいく。
蛇特有の伸縮自在な食道が、人形のように大人しくなった人間の輪郭をそのまま象りながら、ゴクン、ゴクンと、不気味な嚥下音を立てて波打つ。最後は、必死に抵抗することなく、胃の腑のあたりで静かな膨らみとなって収まった。
狼の獣人が血のついた口元を拭いながら、満足感に満ちた深い息を吐き出した。
熊の獣人はずっしりと重くなった下腹部を嬉しそうに叩き、大蛇の獣人は胃の中でなされるがままに収まっている「おやつ」の温もりを感じながら、ねっとりと細い舌を這わせる。
人間3人を完全に血肉(デザート)として収めた幹部たちのいる部屋に、獣たちのギラギラとした覇気が満ちていく。
「さて、極上の栄養補給も済んだことだ。今期後半戦に向けて、さらに気合を入れねばな」
社長の右腕である狼の獣人が、卓を鋭い爪で軽く叩き、周囲を睥睨した。彼の目は歓喜に満ちた捕食者のものから、冷徹なビジネスマンのそれへと切り替わっている。
「当然だ。我ら幹部が最高のパフォーマンスを示し続けてこそ、この企業は獣人社会の頂点に君臨し続けられる。社長が用意してくださるこの極上の『報酬』に見合うだけの成果を、我々全員で叩き出すぞ!」
「おうとも! 私の統括する部門は、来期の取引獲得に向けてすでに次の手を打ってある。これだけのエネルギーを貰ったんだ、へまなどするはずがない」
熊の獣人が胸を張り、その咆哮のような力強い声に、同席していた他のエリート獣人たちも拳を握りしめ、獰猛な牙を剥いて呼応する。
「いいね。私も、さらに冷酷に予算と数字を管理しよう。他社との交渉の場でライバルどもを出し抜いて、我が社の価値ををさらに高めてみせるよ」
大蛇の獣人が冷たく笑い、彼らの士気はこれ以上ないほどに高まっていった。彼らは自らの牙と胃袋を満たした「成果」を糧に、さらなる支配と躍進に向けて、それぞれのオフィスへと誇らしげに散っていった。
そして社長室の裏側、誰にも知られていない人間たちの部屋では。
「よし、これで今月は最下位を脱出したぞ!」
「あいつらが落ちてくれたおかげで助かった。さあ、次はトップを狙って昇進だ!」
人間たちは、消えた仲間たちが文字通り「優秀な獣人たちの血肉」となり、会社を回すエネルギーにされたことも知らず、今日もカタカタと、自らの命を削るペンを走らせ続けるのだった。
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