「ノーマルタイプなんて弱いだろ。」
若いトレーナーのケンジは鼻で笑った。
ジョウト地方を旅する中で、彼は何度もそう言ってきた。
派手なドラゴンタイプ。
強力なでんきタイプ。
かっこいいほのおタイプ。
それに比べればノーマルタイプは地味で弱い。
そう思い込んでいた。
そして今日。
彼はタンバシティへ向かう途中、コガネジムへ立ち寄った。
目的はただ一つ。
ジムリーダーのアカネを倒し、実力を証明することだった。
「ジム戦希望やな?」
アカネは明るく笑う。
「もちろん。」
ケンジは自信満々だった。
「ノーマルタイプなんて楽勝だし。」
その言葉に周囲のトレーナーたちが顔をしかめる。
しかしアカネは怒らなかった。
ただ少しだけ笑顔を引っ込めた。
「そう。」
静かな声だった。
「ほな、試してみる?」
バトルはすぐに始まった。
最初は順調だった。
ケンジのポケモンがアカネの手持ちを追い詰める。
そして最後。
アカネがボールを掲げた。
「いったれ、ミルタンク!」
ピンクと黒の模様を持つミルタンクが飛び出す。
ケンジは吹き出した。
「そのポケモン?」
アカネは何も言わない。
ただ静かに指示を出した。
「ころがる。」
その瞬間だった。
ミルタンクが高速回転を始める。
想像以上の速度。
想像以上の威力。
一撃。
二撃。
三撃。
ケンジのポケモンたちは次々に倒されていった。
「なっ!?」
焦る。
指示を飛ばす。
しかし止まらない。
最後の一匹も倒れた。
審判が旗を上げる。
「勝者、アカネ!」
ジム内に歓声が響く。
ケンジは呆然と立ち尽くしていた。
ノーマルタイプを見下していた自分が。
ノーマルタイプ使いのアカネに完敗したのだ。
「ありえねぇ……。」
拳を握り締める。
しかし現実は変わらない。
アカネはミルタンクをボールへ戻しながら近づいてきた。
「どうやった?」
「たまたまだろ!」
ケンジは声を荒げた。
「ノーマルタイプなんか弱いに決まってる!」
ジム内が静まり返る。
アカネの笑顔が少しだけ消えた。
「まだそんなこと言うんやな。」
「事実だろ!」
その瞬間だった。
周囲にいたジムトレーナーたちが一斉に動いた。
「なっ!?」
後ろから腕を掴まれる。
反射的に振り払おうとした。
しかし人数が多い。
左右から押さえつけられる。
足も固定される。
「離せ!」
ケンジは暴れた。
だがトレーナーたちは慣れた様子だった。
逃げられない。
「何する気だ!?」
アカネは近くの机から小さなケースを取り出した。
中には一本の注射器。
透明な薬液が入っている。
「ノーマルタイプのこと、もっと知ってもらおう思って。」
「ふざけるな!」
ケンジの顔色が変わる。
「やめろ!」
アカネは注射器を軽く振った。
「安心しい。」
そう言って。
ケンジの腕へ針を突き立てた。
薬液が体内へ流れ込む。
「うっ……!?」
最初は何も起きない。
だが数秒後。
身体の奥が熱くなった。
「な、なんだ……これ……。」
膝が震える。
呼吸が乱れる。
全身が妙に重い。
「おい……何を……。」
ケンジは抵抗しようとする。
だが腕に力が入らない。
骨が軋み始めた。
「ぐあっ!?」
肩幅が変わる。
腕が縮む。
指が短くなる。
ジムトレーナーたちが手を離す。
もはや逃げられないからだった。
ケンジは床へ崩れ落ちる。
身体が急激に変化していた。
「やめろぉっ!」
脚が変形する。
靴が破れる。
足先は二つに割れた蹄へ変わっていく。
腕も同じだった。
指は消え。
丸い蹄だけが残る。
「うわあああっ!」
皮膚の色が変わる。
ピンク毛並み。
黒い模様。
腰の後ろから細い尻尾が伸びる。
耳は大きくなり。
頭頂部には小さな角が生え始めた。
ジム内の誰も言葉を発しない。
変化は止まらない。
胴体は丸みを帯び。
首は短くなり。
身体全体がミルタンクの特徴へ近付いていく。
「た、助け……。」
叫んだつもりだった。
しかし。
口から出たのは。
「モォォッ!」
牛の鳴き声だった。
変化が完了する。
そこにいたのは。
一匹のミルタンク。
ケンジは混乱したまま自分の身体を見下ろいた。
蹄。
尻尾。
ピンクと黒模様の身体。
完全にミルタンクだった。
「モォッ!?」
必死に抗議する。
しかし人間の言葉は出てこない。
アカネはしゃがみ込み、目線を合わせた。
「どうや?」
「モォー!」
「まだ不満そうやな。」
ケンジは必死に首を振った。
しかしアカネは微笑む。
「せっかくやし、少しミルタンクとして暮らしてみ。」
その日からケンジはミルタンクとしてジムで過ごすことになった。
最初は屈辱だった。
人間に戻りたい。
元の身体に戻りたい。
そう思っていた。
しかし。
ミルタンクの身体は思ったより丈夫だった。
ころがるは楽しい。
ミルクも作れる。
何より身体能力が高い。
気付けば毎日ジムで走り回っていた。
そして数か月後。
アカネが尋ねる。
「どうや?」
ケンジは少し考えた。
それから照れくさそうに鳴いた。
「モォ。」
以前のようにノーマルタイプを馬鹿にする気持ちは、もう残っていなかった。
むしろ。
その強さを誰よりも理解していたのだから。