高校2年生のゆうきは自室のベッドでゴロゴロと転がりながら、スマホの画面を睨んでいた。
「どうしよっかな……これ、デザインはかっこいいんだけど、1万超えるのかあ……うーん……」
6年間、毎日のように耳を預けてきた相棒の赤いヘッドフォン。お気に入りだったけれど、最近は音楽を流すと決まって「ジジッ」と不快なノイズが走る。
買い替えのタイミングなのは分かっているけれど、なかなか踏ん切りがつかない。
「うーん……まあ、この安いのでいいかなあ。質よりとりあえず聴ければ……」
独り言を呟いて画面をスクロールしていた、その時だった。
カサッ、と部屋の隅の棚から小さな音がした。
ふとそちらを見ると、棚の影から、くまのぬいぐるみがひょこっと顔を出していた。
「………え?くま………?」
ゆうきが呆気に取られている間に、そのぬいぐるみは器用に棚から飛び降り、部屋を見渡すようにキョロキョロと動き回る。
そして、机の上に置かれた6年もののヘッドフォンを見つけた瞬間、その小さな身体がびくりと震えた。
「……あっ!あのヘッドフォン……!」
「うわっ……!?」
あまりのことに、ゆうきはベッドから飛び起きた。
ぬいぐるみが、喋った。
しかもなんだかすごく驚いた様子であのヘッドフォンを指さしている。
「待って、え……? ぬいぐるみ、が……?」
ゆうきと、くまのぬいぐるみのような「それ」の視線が交差する。一瞬の沈黙の後、ゆうきは混乱のあまり思考が停止しそうになった。
「え、ちょっと待って……ぬいぐるみが喋って、立ってる……? え、え、どゆこと……? これ、夢?」
「もー! 僕はぬいぐるみじゃない! まあ何かって……それはまた後で言うけど!」
「は、はあ!?」
あまりの混乱にパニックになるゆうきを見て、その存在は慌てて両手を挙げてなだめにかかる。
「いや! ごめん、驚かせるつもりはなくって。……あのヘッドフォンが、そうだなあ……すごく寂しそうにしてるなって、思わず声が出ちゃっただけ。気にしないで!」
「いやいやいや、気にしないでって言われても……どう見てもぬいぐるみが喋ってるし!」
「だからぬいぐるみじゃないんだけどな……、まあいいや。ゆうきくん、君にお願いがあって来たんだよ」
それまでのおどおどした雰囲気が、一瞬でスッと消えた。
ぬいぐるみがまっすぐにゆうきを見据える。
そのボタンの目は、途端に深淵のような知性を宿したように見えた。
「君の中にある魂の形。いまは人の形をしてるけど……今日でそれはおしまい!」
「……え? どういうこと……? 急になにを……」
「まあま! 落ち着いて、落ち着いて。まずは深呼吸~、す~~~は~~~」
「いやいやいや! 今日で魂がおしまい…??ってどういうことなの!? 教えてよ! ぬいぐるみ……えっと、君はまずなんなの……?」
「え~? しょうがないなあ。長くなるけど教えるよ。でも、君の時間がもうすぐそこまで来てるから… ちょっと手短にね」
ぬいぐるみが小さく息を吐き、ゆうきの方へ一歩踏み出した。その表情からは、先ほどまでの「ぬいぐるみ」の愛嬌が消え、静かな慈愛が浮かんでいた。
「まず自己紹介が遅れたね、ごめんごめん!僕は付喪神(つくもがみ)!簡単に言うと……人の魂の形をモノに変化させて、新たに生まれ変わらせる役目! まあ、そんな大した神様じゃないんだけどね……。
いい? ゆうきくん。突然こんなことを言われてすぐ理解できないとは思うけど、君はね、人間として生まれてきたけれど、その魂の半分は『モノ』として作られているんだ。分かりやすく言えば、魂が生まれつき人間とモノのハーフみたいになってるってこと! ここまで勢いよく喋っちゃったけど、OK?」
「……いや、僕はだって人間、だよ……? え、人間、だよね!?」
「あー、ごめんそうだよね、落ち着いて!
1回落ち着いて聞いてほしいんだ。
この後どうせ変わるから! 最悪話を聞き流すだけでもいいからさ!」
「どういうこと……」
混乱するゆうきをよそに、ぬいぐるみはトコトコとベッドへ上ると、ゆうきの隣にちょこんと腰をかけた。小さな手と足を器用に組んで、優しい声で語り出す。
「君だけじゃないよ。世の中にはね、君みたいに人間とモノの魂を両方持って生まれてくる子が、3割、4割……まあ、意外とたくさんいるんだ! みんな、自分の魂がどんなモノの形をしているのか、その時が来るまで知らないだけ。
で、今日はゆうきくんの番。おめでとう!」
「おめでとうって……え、じゃあ自分の魂は人間でもあるし、モノの魂でもあるってこと……?」
「そう、正解! ……っていうか、さっきからずっと言ってるじゃんか! 理解遅いな〜」
「いや……まだよく分かってないんだけど……」
ゆうきは困惑を隠しきれずにそう口にしたが、付喪神はどこか楽しげに、少しだけその言葉を無視した。
「さっきの話を続けるね。ある人は冷蔵庫に、ある人はゲーム機に。ある人はマグカップに。
そしてゆうきくん。君の魂はずっと『ヘッドフォン』になりたがっていた」
「……僕が、ヘッドフォン?」
ゆうきは呆然と自らの身体を見下ろした。人間として過ごしてきた17年間。でも、そう言われてみれば、音楽を聴いている時だけは、世界と自分が混ざり合うような奇妙な安らぎを感じていた気がする……かもしれない。
「そうだよ。人間としての命には限りがある。
ちなみに君が、このまま人間として生き続けていると… そうだな、言い方が怖がらせるようで悪いんだけど、運悪く事故や病気で魂が砕けてしまう運命だったんだ。
僕はそれを、魂をモノに変化させることで防いでいる。これが付喪神の役目。…分かってくれた?」
「役目……」
「うん。モノに変化すると人間の身体じゃなくなるし、思考まで、全部モノとして生まれ変わる、でもそれは決して死じゃないよ。
もっと素敵な、本当の自分に生まれ変わるための『お引越し』みたいなものなんだ。」
付喪神のボタンのような目が、慈しむように細められた。
「モノとして生きることは、人間よりもずっと純粋で、幸せなことなんだ。
誰かの役に立ち、誰かに必要とされ、君自身もその音を……その存在を愛せる。ヘッドフォンとしてね?
そんな素晴らしい一生が、もうすぐ始まるんだよ」
「………つまり、僕はこれからヘッドフォンになるってこと……?」
「正解!」
「そんなのいやだよ!」
二人の間に、一瞬の沈黙が走る。
「…まずそもそも、くまのぬいぐるみが喋るわけないし、人間がモノに変化できるわけがないじゃんかよ! きっと悪い夢だ……! 寝る……」
そう言うと、ゆうきはベッドに倒れ込み、力任せに目を閉じた。「これは夢……これは夢……」と呪文のように唱える。
「夢じゃないよ」
ゆうきの独り言を遮るように、付喪神は淡々と続けた。
「夢じゃない、これが最後。これを言ってもなお信じないようだったら、もう僕も帰るから」
そう呆れたように言うと、付喪神はゆうきが愛用しているヘッドフォンへと歩み寄り、親しげに呼びかけた。
「久しぶり! まさかこんな所で会えると思ってなかったよ。どう? 元気にしてた?」
「な、なにヘッドフォンに声かけてんだ……」
ゆうきの言葉など聞こえていないかのように、付喪神はヘッドフォンのそばで、パンッ、と乾いた音を立てて二度手を叩く。
「ごめんね、少し起こすよ」
小さく呟いてから、付喪神は呪文を唱え始めた。
「古き器よ、身を起こせ。念を肉とし、魂を成せ。器を離れ、世に歩め。人の魂を借り受けん」
突然の詠唱。
ゆうきはあんぐりと口を開け、黄色い光を放ち始めたヘッドフォンと、その背中を見つめた。
呪文を終えて30秒ほどが経った頃。
「……………………あ…………」
「……あ! 久しぶり……! 元気してた? お疲れ様!どう? ヘッドフォンとして使われてて」
「……………うれしぃ………………」
「嬉しい? 良かった! やっぱり君はいいヘッドフォンだね。」
「…………♡……」
「ふふ、もう人間だったことなんか覚えてないよね。ごめんね、起こしちゃって……。またいつか会おうね。ありがとう!」
「……う、ん…………」
ヘッドフォンがそう答えると、付喪神はまた先ほどと同じように手を二度叩き、静かに唱えた。
「付喪の理、器へ還れ。万年の縁、今此処に結ばん。去きてモノとなれ、還りて霊と成れ」
一瞬の静寂のあと、付喪神は寂しそうに
「ふふ……帰っちゃった? またね。ありがとう」
と呟いた。目の前には、なんの変哲もない、いつもの赤いヘッドフォンが横たわっている。
「うーん……これで、わかってくれた?」
振り返った付喪神に、ゆうきは恐怖で震える声を絞り出した。
「ヘ、ヘッドフォンが……喋った……?」
「そう、ヘッドフォンが、喋った。……まあそうだよね」
付喪神は小さく苦笑し、またゆうきの隣に腰掛けた。
「さっきも言ったように、一度モノになったら二度と人間の姿には戻れないし、思考もすべてモノに変化する。でも、過去に人間だったという事実は変わらない。普段はこんなことしないんだけど、説得のために少しだけ当時の魂を呼び出したんだ。……説得力あるでしょ?」
そう笑う付喪神に、ゆうきは震えながら質問をぶつけた。
「……え、じゃあ、なんで元人間?のそのヘッドフォン… さん、を僕が持ってて、6年間も使えたの……?」
付喪神は「うーん」と腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「まず、6年間使えるのはあの子がもう完全にモノになっているからだね。人間性なんて1ミリもない。どっからどう見ても、ただのモノ。で、なんで君の部屋にあの子がいたのかって言うと…… そうだなあ」
付喪神は少し悪戯っぽく笑い、ゆうきの顔を指差した。
「僕なんだ、あのヘッドフォンを作ったのは。付喪神にはルールがあってね、変化したあと、もし身内の出によって使われてしまうと、人間の魂がふと戻って『なにこの姿!?』とか『人間に戻して!』って……身体はモノなのに心は人間って… いわゆる生き地獄みたいになっちゃうんだ。それを防ぐために、完全なモノになったと判断したら、僕たちはすぐにそのモノを『人の世の巡り』に放流する。
よく分からないと思うけど、全く知らない誰かの元へ届くように、僕たちが裏で『縁』を操作するんだ。君たち人間は、それを『たまたま通販で見つけて買った』とか、思い込むんだけどね。…君が6年前にたまたま買ったそのヘッドフォンは、僕が送り出したあの子だったのさ」
「はあ……。」
「君もこの後ヘッドフォンになったら、すぐに新しい縁の巡りに乗せてあげるからね。」
「……モノとして……生きる……。って、幸せなことなの……?」
「そう、ものすごく幸せ。でも、ゆうきくん手が震えてる。そうだよね、怖いよね。急にこんなことペラペラ話しちゃって」
付喪神はゆうきの震えてる左手をぎゅっと握る
「あ、あのさ。この後モノになるわけじゃん……?」
「そう、立派なヘッドフォンに君を生まれ変わらせる」
「えっと、食事とか、トイレとか、服とか! 人としての機能はどうなるの?」
付喪神は少しだけきょとんとしてから、ふふっと笑った。
「えっ、急に乗り気じゃん!」
そう言われて、ゆうきは自覚した。
さっきのヘッドフォンと再会し、その「幸せそう」な様子を目撃してから、自分の心の中で何かが音を立てて変化していた。
モノに変化することへの、言いようのない期待。恐怖よりも強い、抗いがたい安らぎへの渇望。
「いい質問だよ。まずトイレや食事は必要ない。モノだもん。モノがなんか食べて、人間みたいにトイレしてる姿なんて見たことないでしょ?」
「……ない」
「ないよね。だからそこは大丈夫。あと人としての機能ね……まず足はなくなるから歩けないし、身体の骨格も全く変わるからしばらくは慣れないと思う。それに……目は見えない……、こんな言い方をしたら怖いかもしれないけど、ずっと真っ暗なんだ。でもね、その暗闇は怖さよりも、暖かくて心地いい感覚の方がずっと勝るから。そこは安心して」
「…わかった…。」
付喪神はゆうきの部屋の上にあるデジタル時計を見る。
「あ、そろそろ時間だね。モノになる覚悟、できた?」
「……いや、できてないよ! ……でも、モノになるのもちょっと悪くないのかな……とは思った」
「そっか。みんな最初はそうだから。僕にとっては、それは覚悟が決まったってことだから。じゃあ…!」
そう言うと、付喪神の小さな身体が、まばゆい光を放ち始めた。
くまのぬいぐるみの縫い目がほどけ、形が崩れ、代わりにかき消すような白い光の粒子が部屋を満たす。
やがて、神々しい白いオーラとベールを纏った、中性的な美貌を持つ「付喪神」の姿がそこに浮かび上がった。
「いままで僕がくまのぬいぐるみに憑依してただけ。どう? 綺麗?」
「わあ……! すごっ……。付喪神、さま……?」
「付喪神、でいいよ。じゃあ、失礼。」
付喪神はゆっくりと近づき、ゆうきを射抜くような瞳で微笑んだ。
「……目を見て」
その声を聞いた瞬間、ゆうきの頭の中がふわりと霧に包まれたようにぼんやりとしていく。自分で考えようとしても、思考が水面に溶けるようにまとまらない。
「あれ……? なに、これっ……」
「大丈夫。さあ、こちらを見て?」
言われるままに顔を見上げると、そこには深く、底知れない瞳があった。
視線が絡み合った瞬間、ゆうきの世界から「人間」としての輪郭が、音を立てて崩れ去り始めた。
「それじゃあ、まずはその人間としての殻を脱ごうか。モノになったら、もう服なんて必要ないからね」
その言葉に、ゆうきの身体はまるで操り人形のように自然と動き出した。意識が深く沈んでいく中、シャツを、ズボンを、そして下着を、一つずつ丁寧に脱ぎ捨てていく。
羞恥心はもうどこにもない。ただ、安らかな終わりを迎えるための、儀式のような静けさだけがそこにはあった。
ゆうきは無意識のまま、ただ付喪神の瞳だけを見つめていた。人間としての自我を、輪郭を、記憶を、すべて光の中に溶かしていくために。
付喪神は、裸になったゆうきの身体を見て、ふふっと微笑んだ。それは、さきほどまでのくまのぬいぐるみが浮かべていたものと、どこか重なる、懐かしい既視感のある笑みだった。
「いい身体だね」
付喪神はそう言って、一歩前へ踏み出すと、ゆうきの目の前で大きく、鋭く、パン!と力強く手を叩いた。
「さあ、モノに成れ」
その号令と同時に、ゆうきの身体が軋みを上げた。
まず異変が起きたのは足元だった。かかとが急速に収縮し、ふくらはぎの肉が骨格を巻き込むように硬質化していく。
人間だったしなやかな皮膚が、あっという間に滑らかな合成樹脂の質感へと塗り替えられ、左右の足が中央へ引き寄せられて、ヘッドバンドの弓なりのカーブを形作っていく。
ゆうきの顔には苦痛はない。むしろ、自分の身体が本来あるべき形へ戻っていくことへの、陶酔に近い恍惚が浮かんでいた。
続いて、腕や腹部がぐにゃりと歪む。皮膚の裏側から金属の冷たい質感がせり出し、内臓や骨はヘッドフォンのイヤーカップを構成するためのハウジングへと凝縮されていく。
柔らかかった髪の毛は、音も立てずに抜け落ち、その跡には音響を最適化するためのメッシュ素材や、高級感のある合成皮革のパッドが驚くべき速さで形成されていく。
「ぁ……あっ………。」
耳のあった場所には、音の波形を拾い上げるための精密なドライバーユニットが組み込まれ、神経はすべて電気信号を伝える配線へと精緻に変換されていった。
最後に、人肌の熱を持っていた皮膚が深い青色のメタリックな塗装に覆われ、仕上げの光沢を放つ。
ゴキゴキ、ミシッ。
そんな硬い音が連続し、ゆうきの存在が完全にヘッドフォンという一つの物質へ収束していく。
そして、2分後。
人間という名の殻がすべて脱ぎ捨てられ、ゴトン、という重く澄んだ音を立てて、一台の洗練された青色のヘッドフォンが床に落ちた。
そこにあるのは、どこからどう見ても、ただの精巧で美しいヘッドフォンだけだった。
「ふぅ……」
付喪神は一つ息をつくと、間髪入れずに床へと視線を向けた。先ほどまでゆうきだった、深い青色の金属光沢を放つヘッドフォン。
付喪神は優しく、その小さな器に語りかける。
「付喪の理、器へ還れ。万年の縁、今此処に結ばん。去きてモノとなれ、還りて霊と成れ……」
唱えると、ヘッドフォンはまるで人間としての最後の未練を振り払うように、ブルリと一瞬だけ震えた。
やがてその表面から微かな人肌の温もりが完全に消え去り、静寂が訪れた。
「……立派なヘッドフォンになったね。完成」
付喪神はそれを拾い上げると、慈しむように声をかけた。
「ここから君がヘッドフォンとして壊れるまで、一生その姿のままだよ。本当におめでとう。かっこいいヘッドフォンになったね」
呼びかけても、ヘッドフォンは答えない。ただ、付喪神の手の上で静かに収まっている。
「どう? 気持ちいい? 自分の思ってた以上に快適でしょ」
付喪神がそっと耳を近づけると、硬質なハウジングの奥深くから、かすかに人間だった頃の面影を残す、あどけない声が響いた。
「なんか………………わかんない……………けど、きもちいい……………つかって………ほし……」
「ふふっ、使って欲しいんだ、凄くかっこいいよ」
「かっこいい………… うれしい………」
「きみの名前は?言えるかな」
「ぼく、は……… 」
少し間をおいて
「ヘッドフォン……」
「そう、正解。立派なヘッドフォンになったね。じゃあね、おやすみ。」
「……………♡」
ふふっ、と付喪神は笑う。
良かった、と満足げに苦笑すると、ヘッドフォンを丁寧にベッドの上に置いた。手でそっと触れると、ヘッドフォンは淡い光を放ち、次の瞬間、そこにはもう何もなくなっていた。
これでゆうきという高校二年生の少年はその場から消え、正式に「モノ」として生まれ変わった。
「……いなくなっちゃった」
付喪神は寂しげに微笑むと、部屋に残された私物を次々と消していく。髪の毛、脱ぎ捨てられた服。ゆうきがいたという証拠を、すべて光の中に溶かしていく。机も、勉強ノートも、スマホも、愛着のあったベッドさえも。
最後に残ったのは、6年前にゆうきが購入した、もう一つのヘッドフォンだった。
「……もう君も、寿命か」
寂しそうにそう呟くと、付喪神がそのヘッドフォンを両手で挟み込む。
すると内部からガチャガチャと部品が外れる音が聞こえた。数秒後、付喪神の手のひらの上で、それは静かに分解された。
「…はい、モノの天国でも幸せに暮らしてね」
残骸を消し去り、モノとして成仏させたのを見届けて、付喪神は大きく伸びをした。
「はぁ……ひと仕事完了! 戻ってアイス食べよーっと」
そう言い残すと、付喪神はゆうきの部屋から姿を消した。後に残されたのは、窓から差し込む静かな月の光だけだった。
五年後
「んー……? なんかこのヘッドフォン、ノイズがする…。壊れちゃったのかな」
ゲーミングチェアに座っていた少女は、繋いだ先のサイトを確認しながら、困ったように呟いた。青いヘッドフォンから聞こえるのは、もう寿命を告げるかのような途切れ途切れの音。
「寿命なのかぁ……」
少女は寂しそうに呟くと、ヘッドフォンを机に置き、ソファに身を投げ出した。その瞬間、部屋の隅から「あっ!」という声が響いた。
「えっ……!? びっくりした…… だれ……?」
少女が驚いて体を起こすと、そこにはうさぎのぬいぐるみが2足歩行で立っていた。
「このヘッドフォン……! 懐かしいなぁ……。元気にしてた?」
「ぬいぐるみが……… 喋ってる……!?」
「…あ!こんにちは!僕は付喪神!君の魂を迎えに来たんだよ、よろしくねっ」
付喪神は、あの時と同じ、どこか懐かしい笑みを浮かべて、少女の前に現れた。