fill_ Episode1 1/3

  リトルクラウン。女性の羊獣人が営むそのバーは、知る人ぞ知る、隠れた名店だ。

  整然と建ち並ぶビル街。レストランの横に伸びる細い通りを進み、階段を下れば、その店は姿を現す。

  木製のドアと冠をした羊の看板。都会に紛れ込んだ、なんとも不釣り合いなその扉を押し込めば、出迎えるのはスローテンポなジャズミュージック。

  バーテンによる細部にまで気を配られたもてなしは、訪れた客達を心地よく酒へと溺れさせる。

  訪れた人は口々にこう述べる。

  そこは現世ではない。“楽園”だと。

  そんな彼女の店だが、一つ、客達の間でしか語られない噂があった。

  カウンター席の一番奥。誰も座らない、誰かのために開けられた空席。

  そこには、なんでも悩みを解決してくれる──天使が、居るのだそうだ。

  Episode.1 fill_develop

  朝八時。多くの飲食店がクローズの看板を下げ、一時の眠りについている頃。

  リトルクラウンも他店に漏れず、穏やかな朝を迎えていた。

  迷惑客を一人、抱えながら。

  その人物はカウンター席の一番奥。店内でも隅の方で、静かにカウンターに伏せていた。

  紺のくたびれたスーツを着た、ブチハイエナの獣人。傍らには、黒い頭頂部がへこんだソフト帽が置かれている。

  正面にはウイスキーのロックにチェイサー、小皿にはナッツ類。

  どうも店が閉まっているにも関わらず、勝手に酒を飲んでいるようだ。だらりと伏せながらちびりちびりと呑んでいるあたり、だいぶ酔いも回っているのだろう。赤く染まったまぶた赤く染まり、蕩けきっていた。

  そんな堕落しきった彼の元へ、スマホのバイブレーションが鳴る。

  男は気だるげにズボンを弄ると、受話器のアイコンを下へとスワイプ。静かになったスマホをテーブルに転がすと、ちびりと酒を口に含んだ。

  「電話拒否ってんじゃねーよ!!」

  直後、店のドアが勢いよく開け放たれる。

  現れたのは、グレーのシャツに赤いスーツベストの、大柄な獅子獣人だ。

  彼はブチハイエナの姿を捉えると、ズカズカと革靴を鳴らし近づいてくる。

  そして至近距離まで詰め寄ると、ブチハイエナがもたれかかるカウンターを力任せに叩いた。

  「ったく、何が『仕事だ。いつもの場所で落ち合おう』だ。それだけで居場所がわかるかっつーの!」

  獅子をよく見れば、頬がほんのり紅潮し、ほんの僅かに肩で息をしているのがうかがえる。どうも、ブチハイエナの彼を随分と探し回っていたようだ。

  獅子はブチハイエナの隣にドカリと座ると、深く溜息をひとつ。

  そしてチェイサーをひったくると、これまた勢いよく喉を鳴らし、豪快に飲み干した。

  「っぷは! あ゛ー生き返る゛」

  グラスごとカウンターを叩きつけ、もう一杯と獅子の男はグラスにチェイサー用の水を注ぐ。

  その様子に、隣にいるブチハイエナがもぞりと蠢いた。まだ微睡みの中にいるというのに、こうも煩くされては敵わない、なんて風に。

  自分から呼びつけたことなど、すでに記憶の彼方。思い出そうにも、脳内が酒気にニート宣言を下している。

  残念だが、獅子には粗暴な反応を引き続き繰り広げてもらうほかない。こればかりは仕方ない、諦めるべきだと状況が訴えているのだから。

  「そもそもなあ、仕事だってのに白昼堂々バーで酒をあおってるとか、想像つくかっての。幼馴染として情けなくて泣けてくるんだが」

  「んー……」

  「なあ聞いてんのかウォッド!」

  獅子がブチハイエナの男──ウォッドの肩を揺さぶる。

  酩酊と睡魔の狭間にいる状態で無理矢理揺さぶられてしまっては、気持ち悪さが一気に込み上げてくるもの。たまらずウォッドは「聴いてる……聴いてる、から」と、獅子の手を払い除ける。

  「あ゛ー……クる。だいぶキてる」緩慢な動作で身を起こし、眉間にしわを寄せるウォッド。吐き気と戦っているのだろう、うぷと声をもらすのが聞こえる。

  ──これから仕事だっていうのに、何を呑気なことを。

  先のことに憂いを覚えつつも、獅子獣人ことハーヴェイは話を続ける。

  「しっかりしろって。何のために呼び出したか、まさか忘れてねえよな」

  「たりめだろが、ハーヴェイ」

  ウォッドが胸元から一枚の紙を取り出すと、ハーヴェイへと差し出した。

  「ほれ、依頼だ」

  

  :::

  人工島エリセア。かつて海上に浮かぶ油田施設だったこの土地は、大手企業であるBIS(ビーストインダストリアルソリューションズ)が買収・開拓し、リゾートランドとして生まれ変わった。

  廃棄すら検討されたこの地を買い取ったCEOは先見の明があったのだろう。瞬く間に発展したこの島は、今では世界中の誰もが憧れの地と謡うほど。ここで生まれ育ったという者も、そう少なくない。

  ただ。そんな彼にも見通せなかった事態もあった。

  ──外部勢力の介入だ。

  開発時期、どこから嗅ぎつけてきたのか知れないが、様々な組織団体がこのエリセアへと流れついてきたのだ。

  結果、起こったのは土地の争奪戦。各々が権利を主張しあい、独自のリゾートを作りあげていった。

  つまるところ、『真のリゾート地決定戦』。

  どの派閥が真のリゾート地として相応しいのか。どの派閥が、魅力的なサービスを提供できるのか。

  そんな、金と欲と夢のせめぎ合う島となった。

  そんな混迷を極めた島だからこそ、現れる者もいる。

  夢に敗れたもの。

  欲に溺れたもの。

  財産を奪われ、住む所を奪われ、そして──行き場を無くしたもの。

  そんな者たちに手を差し伸べる男達。

  それが、ウォッドが率いるギャングチーム。その名も『ストレイシープ』だ。

  「──いや、あのさ。あー、」

  渡された紙とウォッドを交互に見比べ、ハーヴェイは困惑したかのように唸りをあげる。

  彼らは幼馴染。とはいえ、ハーヴェイはチームとして見れば新参者だ。もっと言うならば、これが彼のこなす初の依頼となる。

  「確認なんだが、これが、依頼か?」

  「そうだが?」

  「いや、これは……なんというか、その……

  借金取りの仕事なんだが?」

  「そ う だ が ?」

  紙に書かれている内容は人物名と住所、そして金額。

  どこからどうみようが、取り立て帳簿のコピーだった。

  「俺達、困っている人に手を差し伸べる。そういうチームって聞いたんだか」

  「そうだぞ」とウォッドが頷く。

  「これって金に困っている人達だよな」

  「そうだぞ」と、またしてもウォッドが頷く。

  「なんで犯罪みたいなことしなあかんのよ」

  「借金は犯罪みたいなものなのよ、おじいちゃん」

  直後。リトルクラウンの店内にスパンと、平手打ちの音が響く。

  ウォッドの後頭部目掛けて放たれたそれは、彼の額をしたたかに打ち付け、カウンターを高らかに鳴らした。

  ❋

  「いっつつ……酔いが、覚める」

  「いいじゃねえか。これから仕事なんだろ? 俺に感謝しとけー?」

  街を歩くなか、ウォッドが頭をさすりながら愚痴をこぼす。

  半面ハーヴェイはしたり顔だ。心ばかりか、尾も機嫌よく揺らしている。

  二人が歩いているのはエリセア中央エリア。

  旧油田施設、その中心部をリノベートして作られた、最先端科学のリゾート都市だ。

  空まで高くそびえ立つビル街。すき間から覗くのは油田施設のとして名残り、赤い鉄塔のデリック。

  そこから目線を落とせば、見えるのは屋上プールと立体道路。ビルの内部は企業向けの物の他に、アミューズメント施設やフィットネスクラブなど、用途に合わせたものが立ち並んでいる。地上は完全な歩行者専用道路になっており、信号待ちや衝突事故とは無縁の空間だ。

  流石、常に人々のニーズに答え続けた大企業といえる。土地の権利を奪われようと、リゾート運営には一切影響がない。

  土地が足りなければそれ相応の対策を講じればいい。発想と機転を利かせるという点では、他の運営者に負けない。どころか、不動の立ち位置を獲得していた。

  「たいょぅまぶしぃ」

  店を出て表通りに出た二人を出迎えるのは、燦然と輝く太陽の洗礼。

  ずっと暗がりにいたウォッドにとって、陽の光は強烈そのもの。たまらずハーヴェイの背中へさっと移動すると、日除け代わりと言わんばかりに背を押し出す。

  「お、おい」

  「前歩け前。ボス命令」

  「何ガキみてーなこと。住所渡されても具体的にどこか分かんねーんだが?」

  「スマホに打ち込みゃわかっだろ。駄目よおじいちゃん、現代機器駆使できないんじゃ」

  「おう誰がおじいちゃんじゃ」

  「そこのエステサロン、アンチエイジング体験初回無料って出てるぞ」

  「お前がぶち込まれろ。歳、一緒だからな? 俺達」

  そんな下らないやり取りを交わしつつ、二人は賑やかな通りを歩いていく。

  すれ違う人々はスーツだったりラフな私服だったり、様相が様々。だが、みな一様に穏やかな雰囲気を醸し出している。

  心の余裕を感じさせる、といった方がわかりやすいだろうか。ここではビジネス目的でいるものですら、時間に追われることがないのだろう。

  彼らを尻目に追いやりつつ、二人は目的の住宅区域へ。

  都市リゾートと聞けば高級ホテルが思い浮かぶだろうが、そう言う場所は殆どセレブ御用達。一般人なんかはもう少しグレードの下がった賃貸に住むのが普通だ。

  とはいえ、サービスの充実性は十分にある。

  一階の娯楽設備は無料、ネット回線も使いたい放題。専用のアプリケーションを入れていれば、好きな店からモーニングサービスを受け取り可能。宅配ロボットが運んでくれる手はずとなっている。

  そして、そんな低所得者向けのアパートに住む住人が、一人目の借金だった。

  「えーっと、部屋番号がいちぜろさんいち、いちぜろさんに……いちぜろさんさん。ここだ」

  一階のエントランスを抜け、部屋番号を頼りに目的の部屋を探す二人。

  うろうろと指を目先をさまよわせながら、ようやく部屋を見付けると、意気揚々といった心持ちでハーヴェイがインターホンを鳴らす。

  ジリリとなる呼び鈴。数分経とうとも、現れない家主。

  「……留守か」

  いないものは仕方がない。そう呟くと、ハーヴェイはさっと踵を返す。

  「いやアホ」そして、そのまま去ろうとするハーヴェイを、すかさずウォッドが止めた。

  「あ? なんだよ」

  「アッホ、なに諦めてんだ」

  「いや留守だろこんなの。これ以上なにするってんだ」

  「お前俺等がなんなのか判ってるか?」

  「そんなの借金の徴収……」

  徴収をしに来た、そう言い終えるくらいのタイミングで、ウォッドが思い切りドアを蹴りつける。

  そして間髪いれず、「出て来いやテメェ!!」と怒鳴りだした。

  「おいおいおいおい、バカバカバカバカ!」

  急な蛮行をかましだしたウォッドを羽交い絞めにし、ハーヴェイはウォッドをドアから引き剥がす。

  周囲を見渡すが、自分たち以外に人はいない。どうやら目撃はされなかったようだ。

  その事実に胸をなでおろすと、湧いてきた怒りをすかさずウォッドにぶつける。

  「なにやってんだバッカ!」

  「なにって、恐喝だが」

  「分かってやってるならなおワリーわ! 普通に犯罪ものだぞ、ソレは!!」

  もし誰かに見られていたら──そう思うと、ぞわりとくるものがある。

  通報、連行、投獄。思い浮かぶ単語の数々。これがもし、現実のものとなってしまったら。そう思うと、気が気でない。

  けど。それを見越していたかのように、ウォッドが指をさして「そのツラ」と、非難する。

  「お前、俺等がギャングなの忘れてないか」

  「っ!」

  むしろこれこそが日常茶飯事。窃盗、恐喝、表社会では犯罪になりうるすべてが、仕事としての当たり前。

  それがギャングという生き物だ。犯罪に抵触するのを避けていては、その筋では生きてはいけない。

  「対象が今日出掛けないのは事前に調べがついてる。素直に出てこないのは想定済みだ」

  「だからって、こんな」

  「犯罪紛いの方法で、か? そりゃそうだろ。だって──」

  言葉を遮るように、ドアが重く開かれる。

  それにウォッドが気が付くと、拘束を振りほどき、ドアの向こうの人物へと交渉を始めた。

  ウォッドが借金を徴収している間、ハーヴェイはぼんやりと彼の背を眺める。

  かつての知り合い。昔、故郷で一緒に遊んだ、幼馴染。

  そんな彼が、悪の道を何の気もなしに歩んでいる。思いとがめることもなく、ただ当然のように。

  その事実が、ハーヴェイには酷く心苦しかった。

  :::

  「疲れた……」

  ベンチに寄りかかり、ハーヴェイが情けなくぼやく。

  あれから三件。滞納者の住まいに押しかけては脅迫する、という流れを繰り返した。

  出てくる者たちはみな申し訳なさそうに、やれ「数日待ってくれ」だの「まけてくれないか」だの、理由をつけては支払いを渋る。

  そのたびに『じゃあしょうがないか』と絆されそうになっては、ウォッドに何やってんだと睨まれる。

  相手は狡賢く言い丸めてくる。そんなこと、分かっているつもりでいた。けど、実際にああも弱々しく接してこられれば、否応にも良心が反応してしまう。本当に今困っているのかもしれない、今は都合がつかないだけなんだと。

  結果、気持ちよく借金徴収なんてできるはずもなく。こうして心労削られ、ベンチに身を預ける始末だ。

  「あー……なっさけな」降り注ぐ日の光を手で遮り、そんなことをだらしもなくボヤく。

  ギャングの仕事というものを舐めていた。

  幼馴染がやっている──そんな楽観的な目で、少なくとも自分は見てしまっていた。

  困っている人に救いの手を。たとえどんな高尚な目的があったとしても、そこは犯罪組織。たとえどんな悪事に手を染めようと、なんて文言が後に続くのだ。

  その重さを、指し測れなかった。

  「おーおー、だいぶバテてやんの」

  しばらく目を閉じていると、頬にひんやりと冷たいものが押し当てられる。

  手を少しずらすと、そこにはハイエナの憎たらしい笑みが。

  「この程度で参ってるようじゃ、先が思いやられますなぁ?」

  「うるせえ」

  どうやら近くの自販機でコーヒーを買ってきてくれたらしい。

  普段の自分なら、そのムカつく顔に拳を決めていたことだろう。が、あいにくと今はそれに割く気にもなれない。

  命拾いしたな。なんて思いつつ、ハーヴェイは素直にコーヒーを受け取る。

  プルタブを持ち上げ、一口。そして、すぐさま顔をしかめる。

  甘ったるい。どろっどろに生クリームの甘さが口内を支配してくる。

  せめてそこは微糖にしとけよ。そう、背後で背を向けベンチに寄りかかるハイエナに抗議しようと口を開く。けれど、一応気を遣ってくれたことも無下にできず、しぶしぶ取り下げる。

  「……こんなこと、これまでやってきたのか」

  代わりに聞くのはそんなこと。自分の知らない、幼馴染の今まで。

  辛くなかったのか、自分と同じように参ることはなかったのか。

  「あー? そりゃまあ、そうだろ。借金徴収がいつもってわけじゃないが、犯罪には毎回片足突っ込んでる」

  「そう、か」

  「なんだ、辞めたくなったのかー?」

  「そういうんじゃねえよ」

  ただの強がりだ。

  毎回こんな思いをするなら、辞めてしまいたい。

  「いいんだぜ、辞めても」

  だから、そうウォッドに優しく諭されてしまうと、ハーヴェイには返す言葉もない。

  「お前には向いてない。ギャングなんていう、社会の汚点の寄せ集めみたいな仕事。

  いいじゃねえか、それだけ真っ当だってこった。こんな日陰者の集まりにいるより、表社会で正しく生きた方が得だぜ?」

  解っている。

  真っ当に正しく、誠実に生きる。それは何よりも素晴らしい生き方なのだろう。

  けれど。

  「辞めない」

  ハーヴェイはきっぱりと、そう言い返す。

  「これは俺が頭を下げてまで決めたことだ。他の誰でもない、お前に」

  全部自分が甘かったから招いたことだ。

  小さい頃と何も変わっていない。なにも、変えられていない。

  だからこそ。

  「向いてなくて上等。それでもいい。

  ──それでもお前に、手を汚させない」

  そう言い放ち、ハーヴェイは再び立ち上がる。

  「次いこうぜ。もたもたしてたら日が暮れちまう」

  休憩もそこそこに、ハーヴェイは次の訪問先を確認すべく懐から紙を取り出す。

  あともうひと踏ん張り。これだって立派……ではないかもだが、仕事だ。途中でくじけて投げ出しました、なんて、依頼主に対して失礼極まりない。

  そう思いつつ文字を追っていると、一瞬違和感が。

  いやいやそんなまさか。なんかの見間違いだろう。

  なんて、頭を振って、もう一度紙に書かれた内容を確認する。

  ……いる。紙の一番下。ウォッド・ハーゲン、その人が。

  「なあ」

  「おうどした」

  「ここにさ、お前の名前書いてあんだけど」

  「そうか」

  「これ、お前に渡されたコピーなんだけど」

  「そうだな」

  なにかおかしい。

  ウォッドが紙を渡してきたとき、なんて言ってきただろう。

  ハーヴェイはてっきり、これが金貸しの徴収だと勘違いしていた。と、いうより。ギャングなのだからてっきりそういう仕事なのだと、誤解していた。

  だからこれが何の帳簿なのか、具体的に明言されていない。

  「なあ」重々しく、口を開く。

  なんとなく予想がついてしまった。この仕事が、この紙に書かれている人物たちが、何の借金を背負っているのか。

  「これさ、バーのツケ代だろ」

  「……流石だな名探偵。その通りだ」

  「なにがその通りだ、どアホ」

  中折れ帽が宙へと舞う。

  本日二回目。ウォッドが頭を叩かれた瞬間だった。

  :::

  カツカツ、カツカツ。

  ハーヴェイが肩を張り上げ、革靴を打ち鳴らしながら、ホテルのエントランスを突っ切っていく。

  ふざけるな、ふざけるな、ふざけんな。

  なんで俺が質の悪い酒飲みの後始末をしなければいけないんだ。しかも、よりにもよって溜めてたツケをチャラにするためときた。それをギャングの初仕事に持ってくるとか、倫理観終わってるにもほどがある。

  「ざっけんなよホント……!」

  大体、なにがギャングだ。フォーマル系のスーツを着てくるように指示されて、『だいぶ真面目な恰好するんだな』とか言ったら、『依頼人になめた服装でいたら恥かくだけ』とか返されて、そういうもんかと納得したのに。むしろ感心すらしたのに。ただ恰好つけていたいだけじゃないか、アホらしい。

  「見栄はるくらいならもっとマシな職種についとけよ……!」

  それを押し付けた当の本人はといえば、そんなハーヴェイの背後から離れた所で微笑ましく見守っている。

  大方やる気があって大変よろしい、なんて思っているのだろう。その態度がますます気に入らなくて、ハーヴェイは一層響くように足を踏み鳴らす。

  ああ、本当に腹が立つ。

  事情を知った後も何件か回ったが、仕事だと割り切ろうにも限界だ。目につくものすべてがカンに障る。そもそもなんでツケを作る奴がちょっといいホテルに住んでいるのか、そんなことにすら怒りをおぼえるほどに。

  問題の部屋にたどり着いたころには、ハーヴェイの怒りは最高潮。ドアの目の前までやってくると、その場で一旦動きを止める。

  「さて、ここが最後の」

  「オラァ!! 出て来いや酒カス!!」

  そして、大声で怒鳴ると、目の前のドアを盛大に蹴り破った。

  後ろから「あちゃー」と聞こえた気がするが、全く持って構わない。

  相手はこんな高級そうなホテル住みなのに金も払わない呑んだくれ。ドアが使い物にならなくなったのでどうでもいいだろう。むしろ風通しをよくしてやったとも言える。感謝してほしいものだ。

  「おっま、お前、いやマジで」

  慌ててスマホを操作するウォッドを無視しつつ、ハーヴェイはがら空きになった玄関口から中へと侵入する。

  こうなったらトコトン付き合ってやろう。

  地獄だろうと何処だろうと、人様に迷惑をかける者は何処までも追い詰めて、必ず払う物を払わせてやる──

  けれど、ハーヴェイのその思いも、次に目にしたものの前ではあっけなく霧散することとなる。

  「お、おい……え、マジかよ……」

  いかにも品のいい装飾を施された内部を進み、リビングにたどり着くと、ハーヴェイは思わず足を止める。

  荒らされた室内。むせかえるほどの、鉄錆の匂い。

  怒りで煮え滾っていた頭から、すっと血の気が引いていく。後を追ってきたウォッドも内部の状況を確認するや否や、無言で帽子を被り直した。

  そこにあったのは、無残にも殺され息絶えた、男の撲殺死体だった。