突然「オスケモ帝国」の首領にされた俺、周囲の女の子が皆筋肉ゴリゴリのオスケモ怪人にされてしまい…

  自分で言うのもあれだが、俺は今中々の″青春″を過ごしていると思う。

  俺の名前は春山陽太、ごく一般的な高校2年生だ。

  というのも、俺の所属している文芸部は俺以外全員女の子!!!

  これは決して俺が女子を狙って入部したわけではなく、偶々こんな状況になってしまっただけである事は弁解させてもらう。

  そもそも、去年俺が入部した時は3年生の男子の先輩が部長だった。

  だがその人は既に卒業し、文芸部の男子部員は俺一人に。

  今では俺の周りにはかわいい女の子だらけという天国のような空間が広がっている。

  気分はラブコメ漫画の主人公さながらだ。

  どの子も個性豊かでかわいいのだけれど…やっぱり俺が一番気になっているのは俺と同じく2年生の月村雫さんだ。

  「あっ、春山くん…!

  今日はもう部室に来てたんだね」

  「月村さん…!」

  月村さんの腰まで伸びた黒髪は、絹のようにサラサラで美しい。

  姫カットに大人しい性格で飾らない印象だが、それが素朴で清楚なかわいさを醸し出している。

  それでいて、普段は制服で目立たないが実は胸の大きさは文芸部で一番…ゲフンゲフン、失礼、雑念が混じった。

  「春山くんは今度の部誌に載せる原稿書けた…?

  私は何を書くか全然決まらなくて困っちゃったよ~……」

  そう言ってしょぼんとなる表情も、小動物のようでとても愛くるしい。

  「俺もまだ決まってない…。

  小説を書いてみたい気持ちはあるけど、大勢の人に自分の文章を見られるのって恥ずかしいんだよな。

  だから今までの部誌は論評とか出してたんだけど」

  「私も似た感じかなぁ。

  本当はエッセイに挑戦してみたいけど、中々勇気が出なくって…。

  でも私、春山くんが書く小説なら読んでみたい…!」

  片思い相手からの思わぬエールに、俺の胸は高鳴る。

  「ほ…本当!?

  実はさ、俺も…月村さんのエッセイ読んでみたいよ」

  「じゃあ、二人とも勇気を出して…春山くんは小説、私はエッセイで書いてみない?

  一人だけなら恥ずかしいけど、春山くんも同じ想いで書いてるんだなって思えたら勇気が出る気がするの!」

  なんだか、凄く良い雰囲気だ。

  これぞ青春…俺はなんて幸せなんだろう。

  「…わかった。

  じゃあ頑張って書いちゃおうかな…小説!」

  「頑張って、春山くん!

  私も勇気を出してエッセイ書いてみるね…!!!」

  …何だかこんなに言ってもらえると、ひょっとして月村さんって俺の事……!?

  いやいや、流石に自意識過剰だろう。

  思い上がりは良くない。

  そんな風に月村さんと笑い合っていると…。

  「はいはい、そこまでだよお二人さん!

  お熱い雰囲気の所悪いけど、部活始まるぞ~!!!」

  そう言って扉を開けて入ってきたのは、3年生であり現文芸部部長の星野美樹先輩だ。

  顎のラインで切った茶髪ショートボブに高い身長が特徴の、頼りがいがあって快活な性格の女性である。

  担当は主にイラストで、星野先輩が絵をアップしているSNSアカウントは10万フォロワーを超えている程だ。

  「あっ、星野先輩…いらっしゃってたんですか」

  月村さんと盛り上がっていた所を見られて、ちょっと恥ずかしい。

  「イチャイチャするのは良いけど、せめてあたしの見えない所でやってくれたら嬉しいかな~?」

  普段は優しい先輩なのだけれど、何だか今日は少しお怒りモードだ。

  「す、すみません部長!

  私達、ちょっと早く部室に来てたもので……」

  「まぁまぁ、冗談だよ月村!

  二人ともちゃんと部室に集合できてえらい!!!

  それより…『アイツ』はどこ行った??????」

  アイツ…とは俺達の後輩、1年生の空井花蓮だ。

  金髪セミロングに派手なメイクという白ギャルルックな空井は、見た目に違わず典型的なサボり魔で、部活の時間になっても部室に来ない事も少なくない。

  「…まぁ、この様子だと今日もサボりでしょうね」

  「参ったな~、部誌の締め切りも迫ってるから今日は来て貰わないと困るんだけど…。

  また空井が締め切り落として、前回の部誌みたいにあたしのイラストで埋め合わせする事になったらたまんないよー!

  春山、月村…悪いんだけど空井を探して連れてきてくれない???」

  という事で、星野先輩からの頼みで俺と月村さんは彼女を探しに校内探索に赴いた。

  「全く…空井のサボり癖も困ったもんだよなー。

  あの様子じゃ、どうせ文芸部にも『サボりやすいから』って理由で入った口だろうし……」

  「でも花蓮ちゃん、ああ見えて表現力とか凄いんだよ?

  前に花蓮ちゃんが書いた論評を読んでみたけど、凄く的を得た視点から書かれてて感心しちゃった♪」

  確かに、空井はああ見えて文章力はかなり高い。

  悔しいけど、俺が書いた文章よりもサクサク読めるし、それでいて読者をハッとさせる独自の視点を持っている。

  だから空井が文芸部に入ったのは、本当に文芸が好きだからというのは嘘じゃないのだろう。

  空井自身、俺や月村さんへの対応自体は決して辛辣なものではなく、部室に来た時は普通に会話もしている。

  ただ、やる気が持続できないのが一番の課題なのだが。

  「部長もちょっと揶揄い癖があるけど、凄く優しいし…。

  何より、春山くんが同時期に入部してくれたおかげで、文芸の右も左もわからなかった私に同期として色々と教えてくれたんだよね。

  ここまで文芸部としてやって来られたのは春山くんのおかげだよ!

  …私、今の文芸部の雰囲気が凄く好き。

  ずっと皆と一緒に部活できたら良いのに、なんて…♪」

  そう微笑む月村さんの表情は、この文芸部を心底愛している事が見て取れた。

  そして、そんな月村さんの愛する『文芸部』の中に俺が含まれている事に嬉しさを感じずにはいられない。

  「俺も同じだよ、月村さん。

  月村さん、星野先輩、空井…こんなに素敵な面々に囲まれて文芸部として活動できる『今』が凄く楽しい。

  お互い、これからも頑張ろうな」

  「うんっ!!!」

  あぁ…なんて幸せな時間だ。

  これからも文芸部の皆と、そして月村さんと″青春″していたいな。

  中々空井が見つからないので、月村さんの

  「私は校内で花蓮ちゃんを探してみるから、春山くんは外を探して貰っても良いかな?

  1年生の教室に鞄があったから、多分まだ帰ってはいないと思うの!」

  という発案で二手に分かれて探す事になった。

  月村さんと離れてしまった物寂しさを覚えつつ、学校の敷地内を散策していると…。

  「…ん?何だあれ」

  大きな木の下に何かが落ちているのを発見する。

  あれは…ぬいぐるみか?

  何やら二頭身の黒猫のようなかわいらしい外見をしている。

  誰かの落とし物かと思って近付いてみると…。

  「やっと…見つけましたよ。

  首領様!!!!!!」

  突如、猫のぬいぐるみは声のような音を発して俺に飛びついてきた!

  「うわぁっ!?

  ビックリした…」

  まさか音声機能と動く機能まで詰め込まれているとは思わなかった。

  「こりゃ、かなり高価なぬいぐるみだろうな…」

  しかし…。

  「違います!!!

  わたくしめはぬいぐるみではございません!!!!!!」

  何と、ぬいぐるみは俺の言葉に反応して正確に言葉を発したのだ。

  「喋った!?」

  「…お久しぶりです、首領様。

  わたくしです、貴方の側近の『タマ』でございます…!!!」

  はぁ…?側近???

  「…何の話をしてるんだ?

  やっぱりAIか何かが適当に喋ってるのか???」

  「あぁ…覚えていないのも無理はありません。

  わたくしが貴方に仕えていたのはこの時空より遥か彼方…異世界にて、貴方が今のような人間のお姿に生まれ変わる以前の事なのですから」

  …突拍子もなさ過ぎて話にならない。

  いくら何でもフィクションすぎる。

  やっぱり対話型AIか何かを内蔵しているぬいぐるみなのだろう。

  「俺、人探ししてるから行くぞ…?」

  そう言って早々と立ち去ろうとしたが、タマは俺の右脚に抱き着いて進行を妨害してくる。

  「お待ちください!

  貴方の前世は、偉大なる我らが『オスケモ帝国』を率いる首領だったのです。

  異世界にて、その強大な力を振るって世界征服を成し遂げようとなさった貴方の野望は、前世では惜しくもあの憎き『ヒーロー共』に打ち破られてしまいましたが…。

  たとえ人間に生まれ変わっても、わたくしにとって貴方が仕えるべき『首領様』である事には変わりありません!

  貴方の世界征服を、このタマがお手伝いさせていただきます!!!」

  …どうやらコイツ曰く、俺の前世は特撮ヒーロー番組に出て来そうな悪の組織『オスケモ帝国』の首領だったらしく、世界の命運を賭けて正義のヒーロー達とドンパチやっていたらしい。

  オスケモ帝国の壊滅後、唯一生き残った側近のタマは首領の生まれ変わり…つまり俺を探してはるばる異世界からやって来たそうだ。

  「何だよオスケモ帝国って…w。

  昔のヒーロー番組でももっとマシなネーミングセンスだぞ???

  ダサすぎるだろ……」

  「名前がお気に召さないのであれば、好きに改名してくださって構いませんよ!

  全ては首領様の思うがまま…貴方の組織なのですから!!!」

  いや、もう付き合ってられない。

  こんな支離滅裂な発言を繰り返すだけのAIぬいぐるみと喋ってても時間の無駄だ。

  技術力だけは凄いので、多分『科学部』辺りが作ったのだろう。

  「じゃ、俺もう行くから…!

  早くどけよお前っ!!!」

  そう言ってタマを足から振り払おうとすると…。

  「あれ、春山先輩じゃーん。

  こんな所で何やってるんですか~?」

  なんと、探していた張本人である俺の後輩…空井花蓮が通りかかって声をかけてくれたのだ。

  「あっ、空井…!

  探したんだぞ、もう部活が始まるのに部室に来ないから星野先輩がカンカンで……」

  俺がそう指摘すると、

  「いやーすみません。

  ウチぃ、今日は部室に行く気分じゃなかったからこの辺をブラブラしながら部誌の原稿を考えてたんですよぉ」

  と、謝ってはいるもののあまり悪びれた様子はなく、マイペースに笑っている空井。

  いつもこんな風に、ギャルらしく自分の思うままに行動して周囲を困らせるのが空井の悪い癖だ。

  でも、ただばっくれただけではなくきちんと部誌のアイデアを構想していたのは感心した。

  「全く…!

  せめて俺達に連絡はしてくれよな。

  まぁでも、部誌の原稿を進めてたのは少し安心したよ。

  今日の所は俺が星野先輩にその事を進言して、少しでもお説教が短くなるように努めてみるからさ」

  「ほんと!?

  春山先輩まぢ神!好きすぎ!!!

  どっかのガミガミ女と違って心が広~い!!!」

  …マイペースな空井と根は真面目な星野先輩はかなり相性が悪く、犬猿の仲と言っても良い。

  俺と月村さんに懐いているのとは対照的に、空井は星野先輩にだけは『ガミガミ女』とキツい物言いをしている。

  『ちょっと空井…!

  あんたもうちょっと真面目に書きなさいよ!?

  字がヘロヘロすぎて読めないでしょ!?!?!?』

  『うるさ~い…ウチの耳に響くんですけどー。

  まぢ迷惑だわガミガミ女』

  『何ですって!?

  先輩…それも部長のあたしに向かってぇ~!!!』

  …なんて二人のやり取りは日常茶飯事である。

  とはいえ、それもお互い本気で嫌悪しているわけではなく、戯れの一環なのだろう。

  「…星野先輩を困らせるのも程々にな。

  あの人のおかげで俺達は文芸部として活動できてるんだから」

  「は~い☆」

  そう言って、俺達は部室に戻ろうとするが…。

  「首領様!

  このお方はひょっとして、貴方の現世での部下のお一人ですか???」

  ゲッ…足元に縋り付いているタマを忘れていた。

  「え~、春山先輩なんですかこの猫のぬいぐるみ!?

  超かわいいんですけど♡」

  タマを一目見た空井は、目をハートの形にしながらタマの胴体を強引に俺から引き離して抱き締める。

  そう言えば、空井は大のファンシーグッズ好きだった。

  「うーん…首領様の部下にしては貧相な体つきですねぇ。

  しかもメスですし……。

  これでは世界征服のお役には立てないでしょう」

  「まだ言うのかよその設定…」

  そんな風に空井を酷評するタマを他所に、空井本人は満面の笑みでタマを頬ずりしている。

  「あはっ、ウチこの子のビジュめっちゃ好き♪

  春山先輩~、この子どこのゲーセンで取ったんですかぁ?

  それとも注文?

  ウチに教えてくださぁい、自分用に買いたいんで♡」

  『いや、俺のぬいぐるみじゃ…』と言おうとした、その瞬間だった。

  「よし、この人間を新生『オスケモ帝国』の配下に相応しい肉体に作り替えましょう!

  わたくしめにお任せください!」

  タマがそう言って空井の腕に自身の肉球を押し付けた途端、空井の腕から力が抜けてタマを放しその場にうずくまる。

  「うっ…!?」

  「空井…?

  どうしたんだ?」

  明らかに息が上がって過呼吸になっている空井…様子がおかしい。

  次の瞬間、空井の文芸部で一番小柄だったシルエットが膨張を始めた。

  「あっ…、熱い。

  苦しいっ、ウチの体…何かヘンっ!?」

  ギチギチに引き延ばされた空井のブレザー制服はやがて限界を迎え、ついに…。

  パァンッ!!!

  制服は勢い良くはち切れた。

  「おわぁっ!?

  空井、服!服ぅ!!!」

  俺は咄嗟に両手で自分の目を塞ごうとした…だが、それは意味が無かった。

  何故なら、露わになってしまった空井の服の下は既に″素肌″では無かったからだ。

  「何…だ…?

  あれ……」

  俺は目を疑った。

  空井の胴体に、モサモサとした茶色い毛が物凄い勢いで大量に生えて行くのだ。

  それに合わせて、空井のそれなりに膨らんでいた乳房はプシュー…と空気が抜けていくように萎んで行き、代わりにガシッとした胸板が形成される。

  それだけではない、その下の腹部にはバキバキに割れた腹筋が現れ、ほっそりとしていた腕や脚は一回りも二回りも膨張し、硬い硬い筋肉に覆われた。

  「あがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!!!」

  肩幅が広がると同時に150cm程だった身長もバキバキと音を立てながら伸びて行き、お尻からは尻尾のようなものが生える。

  「オゴッ…ウチ、何がどうなっで…グゲッ!?」

  そして、変化はとうとう空井の首から上にも及ぶ。

  細かった首がその巨体に見合う巨木のような太さになると、喉仏が前方にメリッと突き出し、顎が異常に発達する。

  小さかった鼻が上を向いて肥大化し、強靱になった下顎から2本の牙が口の中から飛び出した。

  そして空井の金髪セミロングヘアが根元からゴッソリと抜け落ちると、耳が頭の上に移動し、首から下と同じように顔中が茶色い獣毛に覆われていった。

  「ァ…あああ…。

  ぁだま、いだぃッ…!

  ウチがウチでなぐなっ……ウオアアアアアアァァァァァァァァァッッッ!!!!!!」

  その声は既にしゃがれた野太い声になっており、元の空井の高くて耳によく響く声の面影は一切感じられない。

  太ましく強靱になった空井の下顎に、茶色い獣毛の上から黒くて硬い顎髭が生えてきた…。

  最後の仕上げと言わんばかりに変貌しきった空井の体が光に包まれると、先程粉々になった空井の制服が粒子状になって空井の体に纏わり付き、両手には黒いグローブ、両足には厚底のブーツ、背中に黒いマントとして再生成される。

  そして腰には『爪痕』を象ったエンブレムが刻まれたバックルが装着され、股間部分にピンポイントに黒い布が当たる独特なパンツ…何故かポッコリと膨らんでいる……が形成。

  そこでようやく変化が終了した。

  「さぁご覧下さい首領様!

  我らが新生『オスケモ帝国』最初の幹部怪人に生まれ変わった彼の勇姿を!」

  タマの言葉に続いて口を開いた空井…だった物の言葉に、俺は心底肝を冷やした。

  「ブフゥ…!

  ワシの名はオスケモ帝国幹部が一人、『ボアファング』!

  タマ殿、ワシを脆弱なメスの人間からこのような逞しいオスケモに生まれ変わらせてくれて感謝するぞい♪」

  「…は?」

  ボアファングを名乗る空井の口から出た言葉は、身長2mを超える筋骨隆々の顎髭を生やした、イノシシの化け物になった今の外観としゃがれた声に違わぬ年季の入ったおっさんのような口調だった。

  空井のギャルらしい口調も、かわいらしい声も、面影は一切感じられない。

  唯一、目元だけは元の空井の目と変わりないが、あまりに微々たる面影だ。

  「どうですか、首領様。

  先程までのヒョロヒョロなメス人間では何のお役にも立てなかったでしょうが、このボアファングなら世界征服に向けて存分にお力添えが期待できるでしょう!!!」

  「ブフゥ…その通りじゃ首領様!

  ワシはもはや『空井花蓮』なる弱っちいメスではないぞ!

  この自慢のガタイでどんな邪魔者も蹴散らしてやるわい!!!

  ガハハハハッッッ!!!!!!」

  そう言って、硬い胸板を自身の右拳で誇らしげに叩く空井…いやボアファング。

  あまりにも異常すぎる光景が目の前で広げられてフリーズしていた俺の頭は、体は、ついに限界を迎え…。

  「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

  「あっ、どこへ行かれるのですか首領様!」

  「ま、待たれい!首領様!!!」

  俺は、全速力でその場から逃げ出した。

  [newpage]

  「ハアッ…ハァッ……!!!」

  嘘でもAIでも無かった。

  あれは…『タマ』の言葉は本当だったんだ。

  アイツは本当に『オスケモ帝国』とかいう異世界から来た悪の組織の一員で、人間を化け物に変えられるんだ。

  そしてアイツのせいで空井は…空井はっ…あんなイノシシの化け物…それも女の子としての面影が一切感じられない筋肉バキバキのオスのイノシシにっっっ……!!!

  俺はとにかくアイツらから逃れたい一心で校舎の中に逃げ込み、反射的に文芸部の部室に戻ってきた。

  「…ん?

  どーしたの春山~、そんな息切らして戻ってきて」

  部室で待機して部誌に載せるためのイラストのラフを描いていた星野先輩が、明らかに異常な程焦った顔で部室に飛び込んできた俺を見て駆け寄ってきてくれる。

  「せっ…せせせせせ、先輩!!!

  化け物!

  空井が化け物に変えられてっ……!!!」

  パニック状態だった俺は、『信じて貰えるかどうか』と言った事は一切考慮せず、ただありのまま自分が見た″惨状″を星野先輩に説明した。

  「…ぬいぐるみみたいな猫が空井をオスのイノシシの化け物に変えた?

  ……春山、大丈夫?

  熱でもあるんじゃないの???

  ほら、とにかく水飲んで…一回落ち着きなって」

  星野先輩から手渡されたペットボトルの水を飲みながら…俺はパニックになっていた頭を少し冷やす。

  「…って、これ星野先輩の飲みかけの水じゃないですか!?」

  まさかの間接キスに、俺は思わず声を上げてしまう。

  「ふふっ…春山はあたしと間接キスするの、嫌だった???」

  「い、いや…そんな事は……無い、です」

  「全く、かわいい後輩だなお前は♪」

  そう言って眩しい笑顔を浮かべる星野先輩。

  相変わらず、人を揶揄うのが好きな人だ…。

  けれど、そんな星野先輩の変わらぬ行動に安心したおかげで少し冷静になる事が出来た。

  「…やっぱり俺、夢でも見てたのかもしれません。

  あんな非現実的な事、今になって思うと流石にあり得ないですし……」

  そうだ、きっとそうに違いない。

  俺は空井を探しながらウトウトして一瞬眠りに落ち、その間にあんな悪夢を見てしまったのだと。

  「空井を探しに行ったら外でうっかり昼寝でもしちゃってたのかな?

  全く、春山も空井の事言えない位サボり魔じゃないの…コイツめっ!」

  星野先輩に軽く小突かれる俺。

  でも、全然痛くはないし不思議と心地よい。

  「でも、春山がそんなフィクションめいた事を言うなんてちょっと珍しいね。

  今まで春山が書いた論評とか読んでると、春山って結構現実主義な印象だったし」

  「そ、そんな事ないですよ…。

  アニメとか漫画好きですし。

  単に俺が書いた論評の題材になった本がそういう題材ばかりだっただけです」

  「そっか…。

  でも、その発想力なら今度の部誌で挑戦するらしい春山の『小説』にも期待がかかっちゃうな~???」

  軽くプレッシャーをかけられている気がするが、俺は

  「が、頑張ります…!」

  と返答する。

  本当にいつも通りのやり取りで、俺が普段と何も変わらない日常にいる事が実感できた。

  コンコン…!

  誰かが部室をノックする。

  「ん~、とうとう観念した空井の奴が謝りに来たのかなー?

  やれやれ、本当に手の掛かる後輩だよアイツは……」

  そう言って星野先輩が扉を開くと…。

  「あっ、こんな所にいらっしゃったのですね首領様!」

  聞き覚えのある少年ボイスに、俺の全身から急速に血の気が引いていく。

  恐る恐る扉の方に目を向けると、そこにはあのぬいぐるみ然とした黒猫のタマと、その背後には身長2mを超える筋骨隆々のイノシシ怪人が立っていたのだ…!

  「マジかよ…やっぱり夢じゃ無かったってのか!?」

  頼むから夢であって欲しかった出来事がやはり現実に起きていたのだと嫌でも思い知らされ、俺は再び絶滅の淵に落とされる。

  タマはともかく、後ろに立つイカツいイノシシの怪物を見た星野先輩は、顔面蒼白になりながら

  「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

  と腰を抜かして悲鳴を上げている。

  当然の反応だろう…。

  「う、嘘…!

  これってさっき春山が言ってた話の……。

  じゃあまさか、この化け物がっ……」

  恐る恐る口にする星野先輩の言葉に反応し、イノシシの怪物…ボアファングは

  「誰が化け物じゃ、このガミガミ女ァ!!!

  全く…これだからワシは昔からデリカシーの無いこの″おなご″が嫌いだと言うのに!

  ブフゥ……」

  と怒りながら自分の顎髭を触っている。

  「『ガミガミ女』って…その呼び方、やっぱりアンタが空井なの……!?

  嘘でしょ……!?!?!?」

  空井と同じ呼び方で自分を呼んだイノシシ男に、星野先輩は改めて自分のよく知る空井がこんなガチムチな化け物になってしまった事実にショックを受けているようだ…。

  「なるほど…これがボアファングさんの言う、首領様が現在所属している『ブンゲイブ』なる組織なのですね!

  そして、新生『オスケモ帝国』の屋台骨でもあると…」

  「そういう事じゃ、タマ殿。

  『オスケモ帝国』復活のためには、ワシの他にも″幹部″の座に着く怪人を増やす必要がある…!」

  …まずい。

  「星野先輩、逃げてください!!!」

  俺が叫んだ時には、もう遅かった。

  「では、二人目はボアファングさんと同じ『ブンゲイブ』のメンバーである貴女がちょうど良いですね!」

  ポンッ。

  既に星野先輩に接近していたタマが、星野先輩の腕に肉球を押し付けた…!

  「えっ…?

  なに、を……ウッ!?」

  その場にうずくまり始める星野先輩…。

  あぁ…もうダメだ。

  一度目の前で見せつけられた俺にはわかってしまう、これから星野先輩が″どうなって″しまうのか……!

  「んぐっ…、いやあああぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

  次の瞬間、星野先輩の肉体はあの時の空井と同じように肥大化し、勢い良く制服を破裂させた。

  だが、服の下に広がるのは空井のような獣毛ではなく…灰色で硬質化した肌だった。

  平均以上はあった星野先輩の胸が萎むと同時に筋肉が増量し、胸板、腹筋、両腕両脚が逞しくなっていく。

  お尻からは肌と同じく灰色でやや太い尻尾が生え、肩幅が広がって星野先輩の長身でスラッとしたシルエットは大きく崩れていった。

  「ウグッ、げぇっ…!

  やだっ…変わりたくない、あたしまだっ、春山にぃ……ガアアアアアアァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

  一瞬星野先輩の口から俺の名前が出た事に気を取られる暇も無く、いよいよ星野先輩の首から上にも変化が及ぶ。

  星野先輩のハツラツとした高い声は、喉仏が飛び出すと同時に低く落ち着きのある声に。

  鼻と口が前方に突き出すと、鼻頭からメリッと何かが突き出してくる。

  角だ。

  白く鋭い角が、星野先輩の鼻の上から飛び出したのだ。

  そして星野先輩の茶色いショートボブがゴソッと抜け落ちると同時に、両耳が大きくなりながら頭の上へ移動し顔全体が胴体と同じ灰色の肌に硬質化。

  最後に破れた衣服が粒子状になって星野先輩の体を覆い、黒いグローブにブーツ、マント、『爪痕』の意匠が刻まれたバックル、そして股間部分を覆うパンツ…僅かに空井よりも膨らみが大きく見える……が再生成されて、変化は終了してしまった。

  俺は何もできず、星野先輩が怪物に変わり果てていくのをただ眺めていることしかできなかった。

  「さて、二人目の幹部ですね…!

  首領様、ボアファングさん、新しい仲間の産声に耳を傾けてあげてくださいね!!!」

  「ヒヒヒ…。

  オレ様はオスケモ帝国幹部が一人、『ライノホーン』!

  オスケモ帝国…そして首領様のためにこの身を誠心誠意捧げさせて頂きますぜ…!

  今後ともご贔屓に…ヒッヒッヒ」

  『ライノホーン』と名乗る元は星野先輩だった化け物は、筋骨隆々なオスのサイの化け物だった。

  やや下っ端気質でニヤけ面で喋る卑しい口調には、明るくて皆を引っ張って行ってくれた部長らしい星野先輩の面影は全く感じられない。

  やはり目元だけは星野先輩の顔と同じだが…。

  「ガハハハハ!

  これは中々格好の良いオスケモ怪人に生まれ変わったではないか!!!

  人間だった頃はいけ好かない部長だと思っていたが…これからはワシが『先輩』としてこき使ってやるからのう、ライノホーン!!!」

  そう嬉しそうに笑うボアファングだが、当のライノホーン本人は

  「ハァ~?

  先に怪人に生まれ変わっただけで偉そうにしてるジジイな後輩に頭を垂れる程、オレ様のプライドは落ちぶれちゃいいませんぜ???

  実年齢はオレ様の方が二つ上な事を忘れないでくださいよ、ボケ老人w」

  と一笑に付す態度だ。

  「ぐぬぅっ…!?

  オスケモ怪人になってもその腐った性根は変わらぬと言うのか!

  そもそもワシは喋り方こそこんな感じになったが、断じて老人ではないわい!!!!!!

  華の15歳じゃぞ!?!?!?」

  「おやぁ~、その溢れ出る風格を活かして『先輩風』吹かそうとしてたのはどこのジジイでしたかねぇ?

  ヒッヒッヒ……」

  「わわっ!?

  お二人とも、同じオスケモ帝国の仲間なのですから喧嘩しないでください!!!」

  …どうやら化け物になってもこの二人の犬猿の仲は変わらないようだが、そんな事に構っていられない俺は二人が言い合っている隙に震える足を何とか動かして、ひっそりと文芸部の部室から逃走した。

  助けてあげられなくてごめんなさい、星野先輩……。

  [newpage]

  俺は息を切らしながら、ただただ校舎の中を疾走し続けた。

  本当は今すぐにこの学校の敷地内から逃げ出して、世界の果てまで永遠に逃げ続けたい。

  あのタマとか言う厄災から、『オスケモ帝国』なる悪夢のような存在から。

  だが、その前に俺にはやる事がある…そう、月村さんだ。

  空井…だったボアファングがタマに『文芸部が俺の仲間』だと話してしまった事で、奴らは俺達文芸部をオスケモ帝国に作り替える計画を立てたらしい。

  そして星野先輩もオスの化け物に変えられてしまった以上、このままでは残る一人…月村さんまでタマの餌食にかかってしまう可能性は否めない。

  あの可憐でかわいらしい月村さんが…俺が密かに想いを寄せている月村さんまでもが空井や星野先輩のような全身ムキムキのオスの獣人に変えられてしまうなんてあまりにも耐えられない。

  もう空井と星野先輩は助けられないが、せめて月村さんだけはこの厄災から逃れて欲しかった。

  生憎、スマホは文芸部の部室に置いてきてしまった以上連絡手段は無い。

  直接月村さんに会って、逃げるように伝えるしかなかった。

  「…あれ、春山くん?

  どうしたの、そんなに慌てて」

  あいつらに見つからない事を祈りながら校舎内を探すこと十数分、ついに空井を探し回っていた月村さんと巡り会う事ができた。

  「つ、月村さん!!!

  何も言わずに今すぐこの校舎から離れて!!!!!!

  もうこの学校はアイツらの支配域だ、せめて君だけでも無事に……」

  「ちょっ…ちょっと待って春山くん!

  いきなりどうしちゃったの、落ち着いて!?」

  とにかく一刻も早く月村さんを逃がしたい一心で俺からいきなり大量の言葉をぶつけられた月村さんは、困った様子で、しかし俺の身を案じて心配してくれた。

  「とにかく話は後だ、この学校を出よう!」

  「ふえぇっ!?」

  俺は月村さんの手を引っ張って、大急ぎで学校の敷地内から飛び出した。

  学校から2km程離れた場所まで走って奴らの追っ手が来ていない事を確認した俺は、ようやく一瞬だけ安堵の息を吐いた後、月村さんにオスケモ帝国の事…空井と星野先輩が既に毒牙にかかってオスケモになってしまった事…ここまでの経緯を事細かに説明した。

  きっと、傍から聞いたらあまりに荒唐無稽で、支離滅裂で、聞くに値しない戯れ言だと思われるだろう。

  けれど、月村さんは俺の話を真剣な面持ちで聞いてくれた。

  「…私、信じるよ。

  春山くんの話」

  「えっ…!?

  でもこんな話、あまりにも非現実的で馬鹿げてるのに…」

  「ううん…だって春山くんの顔、本当に真剣で…悲しそうなんだもん。

  春山くんがこんなに悲壮な顔で何かを訴えてる所初めて見たから…ただの冗談や嘘なんかじゃないってわかったから。

  …部長と花蓮ちゃんがそんな事になっちゃったのは凄く辛いけどね」

  あぁ…なんて優しいのだろう。

  俺は改めて、俺の頓珍漢な言葉を信じてくれた月村さんの心に感服する。

  「ありがとう、月村さん。

  それで、アイツらから逃げるための対策なんだけど…。

  月村さん、この街から離れてどこか遠くへ逃げて…二度と俺と関わりを持たないで欲しい」

  「えっ…?」

  俺の提案に、月村さんは動揺している。

  「…君に無理難題を押し付けてるのはわかってる!

  いきなり遠くの街へ行け、しかも引っ越せなんてそんなの実現不可能だよね。

  でも、こうでもしないと月村さんの身が危ないんだ!!!

  背に腹はかえられない。

  最悪、俺はアイツらに見つかっても大丈夫…だと思う。

  俺自身実感が湧かないけど、一応俺ってアイツらの『首領』らしいから……」

  「…ちょっと待って、春山くん」

  …こんな事を言われても月村さんが困るだけだと、親御さんの都合もあるから事実上不可能だとわかってはいる。

  それでも、月村さんがオスケモ怪人にされる事だけは何が何でも避けなければならない。

  「いきなりこんな事押し付けてごめんね、俺のせいなのに。

  引っ越しなんて無理だよね。

  こんなの足しになるかわからないけど、本格的な引っ越しは無理でもひとまずの避難資金として俺の全財産を……」

  「そうじゃなくって!!!」

  俺の言葉を遮って、月村さんは珍しく大きな声で叫んだ。

  「…『春山くんと二度と関わりを持たない』ってどういう事?」

  「だって、俺と関わりがあるとタマ達が月村さんも『オスケモ帝国の仲間にしよう』って目を付けてくる可能性があるだろ?

  現に、空井は俺と喋ってたせいでタマに目を付けられたし…星野先輩も『俺と同じ文芸部だから』ってだけで理不尽に化け物にされて……月村さんも多分そうなりかねない。

  仮にこの場を何とか収められたとしても、俺と関係がある以上いつ同じ様な目に遭うかわからないんだ。

  だったら俺との縁を切って二度と会わないようにすれば、月村さんにとって安全が確保されるはずで……」

  そこまで言った所でふと月村さんの表情を見ると…何と、月村さんの目から一筋の涙が落ちていた。

  「嫌だよ…嫌だよっ、春山くんと二度と会わないなんて……!

  私っ…春山くんがいたから今日まで文芸部として過ごすのが楽しくって……春山くんのおかげで毎日高校に通えたのに……。

  こんな理不尽な運命のせいで春山くんと永遠に別離しなくちゃいけないなんて悲しいよ…春山くんと離れたくない……!!!」

  『俺と二度と会わない』という解決策に月村さんがここまで拒絶反応を起こすとは思っておらず、俺は困惑する。

  そして月村さんはしばらくの沈黙の末、衝撃の発言を放った。

  「…私、春山くんの事が好き」

  「……なっ!?」

  「入部したばかりの頃からずっと気になってて…。

  文芸部として一緒の時間を過ごす中で、どんどん春山くんの事を意識し始めたの。

  でも、ずっと私だけが一方的に想ってるだけだと思って…迷惑かけたくないからこの気持ちを心の奥にしまい込んで隠してた……。

  このまま卒業までずっと明かす事は無いと思ってたけど、こんな形で春山くんとお別れする事になるかもって思ってなかったから…つい気持ちが抑えきれなくなっちゃってぇ……!」

  そう顔を真っ赤にする月村さんは、衝動的に自分の気持ちを口から零してしまった事に慌てているようだった。

  「月村さんが…俺をっ……!?」

  俺はあまりの驚きで頭が真っ白になる。

  ずっと…俺だけが月村さんに片想いしているのだと思っていた。

  でも違った、月村さんも俺を…意識してくれていたんだ……。

  俺達は両片想い状態だったのだ。

  こんな奇跡、信じられるだろうか?

  「…ごめんね、春山くん!

  いきなりこんな事言われてビックリしちゃったよね?

  今の言葉は忘れ……」

  「俺もっっっ!!!

  …俺もずっと、月村さんの事、好きだったよ。

  文芸部として今日まで過ごした時間…月村さんの事を考えなかった日は無かったって位に……」

  月村さんの言葉に被せる勢いで、俺は意を決して自分自身の想いを初めて月村さんに告げた。

  月村さんは

  「へっ…!?

  春山くん、も…私を……」

  と驚きに満ちた表情で、高い声を漏らす。

  その表情がとても初心で…かわいらしかった。

  俺は改めて月村さんの姿を見る。

  大きな瞳、整った目鼻立ち。

  腰まで伸びた綺麗な黒髪ロングヘアは、前髪ぱっつんの姫カットと合わせてまるでお人形さんのような印象だ。

  体型もモデルさんをやっていてもおかしくない位整っていて…。

  とにかく、清楚で可憐…そして他人を思い遣る心優しさ。

  俺にとっての『美少女』という言葉を擬人化したかのような存在、それが月村さんだ。

  ……もしも、そんな素敵すぎる月村さんがタマの毒牙にかかってしまえば、どうなってしまうのか。

  かわいい物が好きで小柄な金髪ギャルだった空井は、陽気なおっさんのような口調・態度で威厳溢れる全身毛むくじゃらの筋骨隆々なイノシシ怪人・ボアファングに変わり果てた。

  誰かを揶揄うのが好きでありつつも根は真面目で、文芸部部長として頼りがいのあるリーダーだった、長身で茶髪ショートボブの星野先輩は、相手に威圧感を与える筋肉ムキムキな外観ながら…どこか三下のような卑しい口調で他人を煽る、硬質化した灰色の肌を持つサイ怪人・ライノホーンになってしまった。

  月村さんが二人のようなオスケモ怪人になったら…この可憐な印象も全部上書きされて別人のようにむさ苦しい筋肉達磨になってしまうのだろうか?

  ちょっとだけ…チョットダケ、ミテミタイカモ…。

  …って、こんな時に何考えてるんだ俺は!

  俺は雑念を振り払い、目の前の月村さんと向き合った。

  「…月村さん」

  「春山くん…」

  お互いに両想いである事を知った俺達は、シチュエーションも忘れて道すがら歩み寄る。

  「俺…俺っ、さっきはああ言ったけど、やっぱり月村さんと離れたくない。

  これからも月村さんと一緒の時間を過ごしていきたい……!!!」

  「私もだよ、春山くん…。

  春山くんと離れるなんて考えられない。

  たとえどんな苦難が待ち構えていようと、私は春山くんとこれからずっと一緒にいたいよ……!!!」

  お互いがお互いの気持ちを改めて確認し合い、二人の気持ちは最高潮に高まる。

  月村さんは頬を真っ赤に染めながら、しかし意を決した様子で…ついに『その言葉』を発した。

  「春山くん…。

  もし春山くんさえ良ければ私と、お付き合いして下さい!!!!!!」

  何という事だろう、ずっと片想いだと思っていた憧れの月村さんと両想いだっただけじゃなく、正式に『告白』される事になるだなんて。

  月村さんの熱を帯びた顔、僅かに潤んだ瞳…全てが魅力的で吸い込まれそうになる。

  俺の答えは、決まり切っていた。

  「……もちろん、喜んで」

  「やった…!

  ありがとう春山くん!

  私っ……ずっと春山くんの彼女になれる日を夢見てたのっ……!!!」

  再び涙を一筋流しながら、満面の笑みを浮かべる月村さんの眩しいこと。

  まるで空から光が降り注いでいるかのように、幸せな気持ちで包まれる俺達。

  どちらが先に求めるでもなく、自然と俺達は身を寄せ合う。

  俺の16年間の人生を振り返っても、ここまでおめでたいムードに包まれた瞬間は史上初だろう……。

  『一体なぜ俺と月村さんがこんな所に二人でいるのか』、という状況さえ考えなければ。

  「『ブンゲイブ』最後の一人を捕まえておいてくださったんですね!

  流石首領様!!!

  では、後はこのわたくしめにお任せくださいね!」

  ポンッ。

  「……は?」

  俺は目を疑った。

  いつの間にか俺に追い付いていたタマが、月村さんの腕に自身の肉球を押し付けていたのだ。

  「何やってんだてめえええぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!」

  「わわっ!?首領様なにをっ…」

  俺は衝動的にタマの頭を鷲掴みにし、全力で遠くにぶん投げた。

  「ひやあああぁぁぁっっっ…!!!」

  情けない声を上げながら飛んでいき、星になるタマ。

  これまで俺が受けた体力テストで行ったハンドボール投げの、どんな記録よりも遠くまで飛んで行ったのではないだろうか。

  だが…。

  「ッ…、はる、やま…くん……」

  時、既に遅し……。

  「月村さんっ!!!」

  月村さんは震える体を両腕で押さえながら、その場にうずくまる。

  もうダメだ。

  こうなってはもう…手遅れなんだ……。

  月村さんは…月村さんはっ……!!!

  「ぐああああああァァァァァァァァァァァァっっっっっっ!!!!!!!!!」

  その雄叫びと共に、月村さんの華奢な体型はバキバキバキッ!ボキッ!と轟音を立てながら瞬く間に膨張していき、ミシ…ミシ…と耐えていた月村さんのブレザー制服が弾け飛んだ。

  「そんな…月村さんまでこんな……。

  ダメだこんなの、止まれっ!

  頼む…止まってくれよぉっ…!!!!!!

  お願いだからぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!」

  やっと両想いになれたのに。

  彼氏彼女の関係になれたのに。

  こんなのって…こんなのってあまりにもあんまりだろ……!?

  月村さんが何をした?

  いや、月村さんだけじゃない。

  空井も、星野先輩も、あんな化け物にされる謂れなんて無かった。

  じゃあ誰が悪い?

  俺か???

  俺が『オスケモ帝国の首領の生まれ変わり』だか何だかで、こんな理不尽で非情な運命がまかり通っているのか???

  何で前世のせいで今世の俺がこんな苦難に見舞われなきゃいけねぇんだよ…クソがっ…クソッタレがあああぁぁぁ!!!!!!

  そうこうしているうちに、月村さんの″変異″は進んでいた…。

  月村さんの日焼け一つ無い真っ白な肌が、空井の時とは質感の異なる黒くて短い獣毛に覆われて見えなくなっていく…。

  月村さんのしなやかな腕が、細長い指が、硬い筋肉に覆われて一回りも二回りも太く変化する……。

  健康的だった太股は、丸太と見間違うような筋肉質な脚になっていった。

  「あがっ…ゲホッゲホッ!

  うぷぇっ……だず、げ…ギイイイィィィィィィィィィィィィっっっ!!!!!!!!!」

  肉体の変化には余程の苦痛が走るのだろう…月村さんは変化の進行に合わせて何度も何度も叫び声を上げた。

  俺はそんな月村さんに何もしてあげられなくて、ただただ自分の無力さを嘆いた…。

  月村さんの大きなおっぱいが…実は文芸部で一番の大きさを誇る巨乳が……勢い良く萎んでいく……。

  そしてやはり前例に漏れず、厚い胸板と立派なシックスパックが形成されて行った。

  だが、それだけではない。

  肩幅、脇腹、背中、腰…月村さんの全身のありとあらゆる部位が、バキバキと音を立てながら異常なまでに発達した筋肉に覆われて巨大化していくのだ。

  その大きさは、かつて充分に強大で立派に見えた空井と星野先輩が変異する時の比ではない。

  明らかに肉体に詰まった筋肉の″密度″が違う…。

  既に月村さんの首から下は、ボディビルダーとも見間違う程の筋肉の鎧に包まれていたのだ。

  そして黒い獣毛が全身に広がって行くにつれ、月村さんの両手両足にはどんな物もえぐり取れそうな鋭い爪が形成。

  お尻からは、立派な体格とは裏腹に小さくちょこんとした丸い尻尾が生える。

  また、胸筋の辺りの獣毛のみ三日月型に真っ白な毛が生え揃っていた。

  「ひょっとして…ツキノワグマ?

  月村さんはクマのオスケモ怪人になっちゃうのか……???」

  先程までの悲壮な感情とは裏腹に、驚くほど冷静な分析を口にしてしまった俺。

  目の前で想い人が人ならざる化け物にされているのに、どうしてこんな…。

  …今にして思えばだが、空井がイノシシの化け物にされている時も、星野先輩がサイの化け物に変えられている瞬間も、俺はどこかその光景を熱い眼差しで見ていたきらいがある。

  女の子があんな筋肉ムキムキなオスのマッチョ怪人に強制的に変身させられている惨たらしい光景だと言うのに、俺は三人が可憐な美少女からガチムチなオスケモ怪人に″変わり果てる″姿を見て…ほんの少しだけ『興奮』していたのだ。

  何考えてんだよ、俺…!!!

  この馬鹿野郎!!!!!!

  「ァ″…わ″、だ、じ。

  ば″る″や″ま″ぐ″ッ″...!

  オっ…グジュルルル……オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″ぉ″っ″っ″っ″ッ″ッ″ッ″ッ″ッ″ッ″!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

  月村さんの透き通るようなソプラノボイスが、瞬く間に周囲を震わす低くて重々しいバリトンボイスに転じていく。

  細い首が太くなると共に大きな喉仏が形成され、黒い獣毛が首から上にも侵食し始めた合図だ。

  鼻と口が前方に伸びると、口の隙間から垣間見える歯が牙に転じていく。

  小顔だった月村さんの見目麗しい顔にも筋肉がパンパンに張り詰めて膨らんでいき、顎が四角くなると、マズルだけが白い毛に覆われて鼻は黒く染まる。

  残る部分には胴体と同じ黒い獣毛が侵食して行き、月村さんのよく手入れされたサラサラの黒髪ロングヘアが根元からゴッソリと抜け落ち……いや、よく見ると頭の真ん中ラインの前後に渡って、いくつかの毛が抜けずに残っている。

  黒い獣毛が頭頂部まで生え揃って行くのに合わせて、月村さんの両耳が丸く大きくなりながら頭の上に移動すると、先程僅かに抜けずに残っていた真ん中のラインの髪が真紅に染まり、まるでトゲのようにチクチクといくつかの房に分かれてピンと垂直に立ち上がる。

  ニワトリのトサカを思わせるような、赤くてパンクなハードモヒカンの完成だ。

  そして、散り散りになった月村さんの制服が光の粒子になって全身を包み、両手には黒いグローブ、両足には黒いブーツが形成される。

  獣毛と同じ黒色ではあるが、それらの装備の質感はゴム製で艶めいているためか毛の色と混ざって見える事は無かった。

  背中からは大きな黒マントが装備され、その巨体に更なる威厳と威圧感を与えてくれる。

  腰の部分にはやはり他二人と同じく、『爪痕』のエンブレムが刻まれた大きなバックルが装着。

  …これが『オスケモ帝国』の紋章である事は、何度も見ているが故に流石に察せされた。

  最後に、股間の部分のみを覆う艶めかしい黒パンツ…後で知ったがこういう下着を『マンキニ』と呼ぶらしい…が、空井よりも星野先輩よりも、誰よりも大きくなってしまった月村さんのいやらしい股間の膨らみを覆って、変化は全て終了した……。

  ゴクリ…。

  俺は息を呑んだ。

  あれが…あれが本当に月村さんの成れの果てだと言うのか。

  全身のどこを見てもゴツゴツの筋肉に覆い尽くされ、その全長は3mにも及ぶ程巨大…!

  空井が転じたボアファングや星野先輩が転じたライノホーンは2.5m程だったので、月村さんが最も巨大な姿になった。

  そのシルエットは正に逆三角形を示し、モデルさんのように華奢だった月村さんの面影はまるで感じられない。

  特に目を引くのが両腕で、筋肉で明らかに肥大化した両手はどんな硬い金属もいとも簡単に曲げられそうだ。

  その顔つきも、目だけは月村さんと変わりないものの筋肉で膨張したゴツゴツの輪郭や口から垣間見える鋭い牙は、正に『凶暴』という言葉を擬人化したかのような恐ろしさを醸し出す。

  筋肉達磨、という言葉は今の月村さんを言い表すために存在しているだろう。

  こんなモヒカン頭で全身ガチムチのクマ男が、あの可憐で清楚な月村さんだなんて信じたくない。

  変化を終えてしばらくは

  「ハァ…ハァーッ……」

  と過呼吸で息を整えていた″月村さんだったもの″は、やがてついにその大きな口を開き、野太く威厳溢れる男の声で言葉を発した。

  「グジュルルル…!

  俺はッ、オスケモ帝国幹部が一人…『ベアナックル』!!!

  古い殻を脱ぎ捨てて生まれ変わったようなぁ…清々しい気分だぜ。

  オスケモ帝国のためなら、俺のこの鍛え抜かれた巨腕でどんな奴でも捻じ伏せてやらぁ!!!

  ガーッハッハッハァ!!!!!!」

  ……自分の事を『ベアナックル』と自称した、元は月村さんだった存在。

  その粗暴な喋り方に、元の月村さんの控えめでかわいらしい口調の面影は微塵も感じられない…。

  もう、ダメだ。

  俺のよく知る月村さんは…両想いになれた月村さんは、もう…いないんだ……。

  ここにいるのは、タマの力で身も心もクマのオスケモ怪人に作り替えられてしまったオスケモ帝国の幹部『ベアナックル』だけ。

  俺の目から大量の水滴がボトボトと落ちていく。

  二度と戻らない掛け替えのない″彼女″を想い、俺は泣き続けた。

  こんな時でさえ、俺の心の片隅には″熱″のような物が湧き立っているのが恨めしい。

  「月村さん…月村さっ……うううぅぅぅぅぅぅ……!!!」

  俺という存在がいたから、俺が油断したから、月村さんはこんな化け物にされてしまった。

  俺はもう、死んでしまいたい。

  自分の全てが嫌だ…。

  そんな風に嗚咽していると……。

  「…オウ、首領。

  待たせちまったかぁ?」

  月村さ…いや、ベアナックルが俺に声をかけてくる。

  一体何をするつもりなのだろう。

  どうせならひと思いに殺して欲しいとさえ思うが、俺がオスケモ帝国の首領である以上そうはならないのだろう。

  もう、どうにでもなれっ…。

  俺は投げやりにそう思った……。

  ……だが。

  むぎゅっ。

  ベアナックルの巨体に包み込まれた俺は、熱を帯びた筋肉を地肌で感じさせられる。

  「…え?」

  「首領…いや、二人きりの時は陽太と呼ばせてくれ。

  本当なら不遜極まりないんだろうが、構わねぇよな?

  だって俺達…もう″恋人″同士になったんだもんなっ……♡」

  驚いた俺が顔を上げると、そこには頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳で俺を見つめるベアナックルの姿があった。

  「月村さん…なの?」

  俺が恐る恐るそう声をかけると、

  「何言ってんだよ、オスケモ怪人になろうが俺が俺である事に変わりはねーだろうが♪」

  と恐ろしげな顔で笑みを浮かべた。

  そして…。

  「へへっ…俺、人間だった頃からずっと陽太にこうしたかったんだぁ♪

  マジで昂ぶっちまうぜ♡」

  ベアナックルはそう言うと、何と俺に前方に突き出た唇を重ねてきた!

  チュッ…!

  「もがっ…!?」

  予想外の行動に、ただ為されるがまま唇を奪われる俺。

  鼻腔には獣臭い″野生の匂い″が広がって、その手の匂いに慣れてない俺は思わず吐き気を催しそうになる。

  しかし、そのキツい匂いの奥底に僅かに…本当に微小ながらだが、『月村さん』の香水の匂いがした。

  「「ぷはあっ…」」

  永遠にも似た一瞬の後、ベアナックルは唇を離してくれる。

  その表情は、非常に満足げで…長年の願いが叶ったかのような様子だ。

  「どうだ?

  俺達が恋人同士になって、初めてのキスだ♪

  …実はこれ、俺の16年間におけるマジモンの″ファーストキス″だかんな!?

  ヘヘヘッ……」

  そう照れくさそうに笑う姿に、俺は…全く以て信じられない事なのだが、『月村さん』の姿を幻視した。

  普段は控えめだが、いざとなると大胆な行動に出る…そんないじらしい月村さんと、粗暴な口調で全身筋肉達磨のクマのオスケモ怪人・ベアナックルが重なって見えるだなんて…そんな事ありえるわけが……!?

  「月村、さん……」

  俺の口から零した言葉に、″彼″は

  「グジュルルル…!

  ダメだぜ、陽太。

  もう今の俺に『月村雫』なんて女々しい名前は似合わねぇ。

  俺はオスケモ帝国幹部、『ベアナックル』だ。

  ほら、陽太の口から俺の新しい名前を呼んでくれよ」

  と優しく手ほどきしてくれる。

  俺は釣られて、

  「べ…、ベアナックル……?」

  と口にする。

  すると彼は心底満足そうな顔で

  「えへへっ…♡

  良い響きだなァ、『ベアナックル』。

  自分以外の他人から呼んでもらうと、より実感が湧いてくるぜ♪」

  と惚れ惚れしている。

  何だかその様子が、赤いモヒカン頭でイカツい外観とギャップがあってとてもかわいらしい。

  「ほらよっ、呼んでくれたご褒美だぜ」

  そう言って、巨体を下ろしてその場にしゃがみこんだベアナックルは、俺の腕を引っ張って無理矢理自身の膝上に乗せてくれた。

  黒いマンキニに浮かび上がる巨大なポッコリの上にお尻が当たり、思わず

  「おわぁっ!?」

  と声を上げてしまう。

  しかし…段々と生地越しにお尻に感じるベアナックルの″熱″が、とても心地よくなってきた。

  「あったかい…」

  「気に入ってくれたか?

  …お前よぉ、俺が人間のメスだった時…俺のでけぇ『おっぱい』、時々ジロジロ見てただろ???」

  「えっ!?!?!?」

  何と、ベアナックル本人に『月村さん』の隠れ巨乳を時々チラ見していた事がバレてしまっていた!!!

  「そっ…その節は誠に申し訳ございませんっ!!!」

  俺は咄嗟に頭を下げ、ベアナックルに誠心誠意の謝罪をする。

  しかし当のベアナックルは

  「ガハハハハッ!!!

  良いって事よ、俺とお前の仲だしな♪

  それに、俺自身メスだった頃から陽太が好きだったから…陽太に『私』の体を魅力的に思って貰えてるように思えて、ちょっと嬉しかったんだぜ?」

  と笑い飛ばす。

  そして

  「…で、今や俺はこうして立派なオスケモ怪人になったわけだが。

  この体になって、残念ながら陽太の好きだったデカパイが無くなっちまっただろ?

  まぁ『雄っぱい』ならあるんだが…これは硬くてちょっとベクトルが違うもんな。

  だからよ!

  これからはメスのデカパイの代わりに…俺のでけぇ股間を触りたい放題、揉み放題ってのはどうだ!?」

  と言い、俺が上に乗っている股間を右手の人差し指で指してきた。

  こ…股間かぁ……。

  流石に抵抗感があるが、善意で言われると断りづらい。

  そもそもベアナックルがこの体になったのは俺のせいだし…。

  なので、意を決して俺は自分の尻の下にあるベアナックルのあり得ない位デカい股間の膨らみを右手でそっと一揉み…。

  もにゅっ。

  「わっ…!?」

  何だか…思っていたより″良い″。

  俺は女の子のおっぱいを触った事は無いが、ベアナックルの股間の膨らみもきっとそれに負けずとも劣らない極上の柔らかさだ。

  「ベアナックル。

  …すごく、気持ちいいよ」

  「だろォ!?

  お前は俺の彼氏だからな、これからはいつでも彼氏である俺の股間揉み放題だぜぇ?

  ガーッハッハッハ!!!!!!」

  嬉しそうに高笑いするベアナックルの豪快な姿…。

  これが、あの清楚で俺の理想の女性像だった月村さんの成れの果てだなんて。

  それなのに、時折見せる笑顔や俺への心優しい気遣いは俺のよく知る月村さんと同じで…やっぱり同一人物なんだと思い知らされる。

  そして、どうやらオスケモ怪人・ベアナックルになった今も俺と彼の交際関係は続いているらしい。

  なんて倒錯的で…背徳的なシチュエーションなのだろう。

  俺は、俺の好きだった『月村雫』という可憐な少女がこのムキムキマッチョなモヒカン雄熊になってしまった事実にあり得ないレベルの興奮を覚えている。

  我ながらイカれているし、何より月村さんを初めとした文芸部3人に申し訳ないと思う気持ちはある。

  だが、それを超えるテンションの高まりを覚えている今の俺は、やはり『オスケモ帝国の首領』の生まれ変わりである事実を否定できないのかもしれない…。

  「ヒッヒッヒ…。

  何を一人で抜け駆けしているんですか?

  首領様は貴方だけの専有物では無いのですがねぇ???」

  すると、そこへ星野先輩…ライノホーンが現れ、その言葉と共に俺の体をベアナックルの上から持ち上げてきた。

  「うわあっ!?」

  「なっ…テメェ俺の首領に何しやがる!?!?!?

  尻の穴から手ぇ突っ込んで腸引きずり出してやろうか、ア″ァ″ン″!?!?!?」

  俺を盗られた怒りからか、ベアナックルはとんでもなく汚らしい暴言をライノホーンに浴びせる。

  月村さんの面影が残る優しい態度は『恋人である』俺に対してだけの″特別″であり、どうやらベアナックルとしての素はこっちの口の悪い粗暴な性格のようだ。

  さらに、俺の体はライノホーンの腕の中から第三者の手によって襟を掴まれて引っ張られる。

  「待て待て待てぇ!

  だからと言って首領様を貴様が先に預かる権利は持っておらんじゃろう!?

  ブフゥ……」

  そう、空井…ボアファングだ。

  ここに、オスケモ帝国の三幹部が初めて勢揃いしてしまった。

  さらに先程俺が遙か彼方へぶっ飛ばした諸悪の根源・タマもしれっと戻ってきており、

  「あれ~…帰ってきたらまた皆さんが喧嘩してらっしゃいますね。

  せっかく『ブンゲイブ』の全員を幹部怪人に変えたのに、どうして仲良くできないのでしょう???」

  と首を傾げている。

  何なんだよ…このカオスな空間は……。

  こうして、俺の『日常』は完膚なきまでにぶち壊された。

  [newpage]

  人は、俺の人間関係を知ると皆羨ましがる。

  『お前以外部員全員女の子!?』

  『すごい、ラブコメ漫画みたいだ!』と。

  あぁ…俺もちょっと前まではそう思っていたよ。

  でも今は…もう″ラブコメ漫画の主人公″なんて調子に乗った自認は出来ない。

  「春山くんっ♪」

  ホームルームを終えて鞄に荷物をしまっている俺の下へ、隣のクラスから一人の″少女″が俺を呼びに来る。

  月村雫…腰まで伸びた黒髪ロングヘアにモデルのような体型の、清楚な女の子だ。

  「何してるの?

  早く、一緒に『部活』行こっ???」

  そう笑みを浮かべる彼女の顔は…僅かながら、以前の彼女とは雰囲気が違う。

  その素朴な笑顔の裏に、隠しきれない″強気さ″が滲み出ているのだ。

  その事に気が付くのは、多分事情を知っている俺だけだろうが…。

  「う…うん。

  行こう、月村さん」

  俺は少し緊張した面持ちで、月村さんと一緒に″部室″へ歩く。

  すると…。

  「あーっ、春山先輩!月村先輩!

  ちーっす、ウチも一緒に″部室″行って良いですかぁ?」

  そこへ現れたのは、1年生の空井花蓮…金髪セミロングが特徴の所謂『白ギャル』だ。

  以前は典型的なサボり魔だったわけだが、最近は部活をサボる事は無く毎回参加している。

  …あと、以前よりもメイクが薄くなってがに股になりがちだ。

  「お…おう!

  一緒に行こうぜ!」

  俺はそう答えるが、月村さんは

  「…一緒に行くのは良いけどさ。

  今度この間みたいに『陽太』にちょっかいかけたら…タダじゃ置かないからね♪」

  と、笑顔ながら静かに殺意を向ける。

  「ヒィッ!?

  も、勿論っすよ月村先輩!」

  「よろしい♪

  私、春山くんに手を出す事以外は花蓮ちゃんの事気に入ってるから…これからも仲良くしようね???」

  …この二人の関係は、以前と随分変わってしまったなぁ。

  そして…。

  「お~お~、二人とも相変わらずバチバチやってんねぇ!

  あたしも仲間に入れてよw」

  残る一人…文芸部部長、星野美樹先輩も俺達と合流した。

  茶髪ショートボブにスラッとした長身が似合う、快活な性格なのだが…最近は何だか以前にも増して他人を煽りがちになった。

  「部長…いくら部長と言えども舐めた事してっとぶちのめしますからね?」

  「ははっ、言うようになったじゃないの月村!

  良いんだ良いんだ、後輩なんてのはこれ位生意気な方が指導のしがいがあるしさっ♪」

  …月村さんは今や、星野先輩ともバチバチにやり合うようになっている。

  これがこの間まで『ずっと皆と一緒に部活できたら良いのに』なんて素朴で素敵な願いを持っていた月村さんと、同一人物だと思えるだろうか。

  「まぁでも、こんなに生意気になった月村を以てしても…不出来で言うこと聞かないどっかの誰かに比べれば理想的な後輩なんだけどねぇ???」

  「ハァ~???

  散々ウチと月村先輩を争わせて、その隙に漁夫の利狙ってるような薄汚い『ネチネチ女』に言われたくないんですけど笑」

  …星野先輩と空井の関係は割と変わりないか?

  ただ、空井の星野先輩の呼び方が『ガミガミ女』ではなく『ネチネチ女』に変わっているのは唯一の違いだろう。

  さて、そんなこんなで俺達は『文芸部の部室』へ到着し、扉を開けて中に入った。

  「首領様!三幹部の皆様!

  お疲れ様です!!!」

  部室の中では、″あの″憎き側近…黒猫のタマが俺達を待ち構えていた。

  コイツが部室にいるのはいつもの光景なので今更何とも思わないが、俺としてはやはりコイツは気に食わない。

  部室のホワイトボードには、あの3人のバックルに刻まれていたのと同じ『爪痕』の紋章が描かれている。

  「さて…もう扉も閉めてしまったので、『擬態』をお解きになっても構いませんよ!!!」

  タマのその言葉に反応して、俺以外の三人のシルエットが瞬間的に一回り大きくなる。

  バキバキッ!ボキッ!!!

  「ブフゥ~…!

  やはり″おなご″として擬態するのは息苦しいのう♪

  本来のワシの筋肉が一番落ち着くわい!!!」

  空井は小柄な白ギャルから、全身茶色い毛むくじゃらで立派な顎髭も携えた、おっさんのように訛った口調のボアファングに。

  「ヒッヒッヒ…。

  貴方にはお似合いですよ、ボアファングさん。

  一番年下なのにその一際老けたお姿…w」

  星野先輩は背の高い女性から、灰色の硬い肌に大きな角を生やした、一見すると常に謙った姿勢を見せながらも他人を小馬鹿にする事ばかり口にするライノホーンに。

  「グジュルルル…!

  テメェら本当仲良いな?

  その調子で一生二人だけでイチャついとけよ、俺はその隙に陽太…首領とラブラブ幸せな時間を過ごしてやっからさw」

  そして背中に靡かす黒髪ロングヘアが素敵な…清楚な月村さんは、この3人の中でも最も筋肉が発達した全身バキバキの体型にツンツンの赤いモヒカンヘアが特徴のベアナックルの姿に。

  人間の女性としての擬態を解除した3人は、オスケモ怪人としての本来の姿に『戻った』。

  3人に共通して黒いグローブとブーツ、マント、バックル、そして艶めかしいマンキニが装備されており、『オスケモ帝国三幹部』である事を示している。

  「あの…3人ともあんまり喧嘩しないで……なっ?」

  俺が控えめにそう進言すると、

  「「「ははぁ!首領様の仰せのままに!!!」」」

  と、3人は息を揃えてその巨体をかがませて片膝を地面に着ける。

  どうやらこれが『首領への忠誠を誓う姿勢』らしい…俺は慣れなくてむず痒い。

  「さて…お三方と首領様が揃った所で、今日も始めましょうか。

  ブンゲイブ改め、新生『オスケモ帝国』としての我々の活動を!!!」

  さて…そろそろ俺達の運命が全て狂ってしまった『あの日』以降の顛末を説明しよう。

  3人からの拘束を逃れた俺は、タマの胸ぐらを掴んで『月村さん達を元に戻せ』と叫んだ。

  しかし当のタマは

  『申し訳ないのですが…わたくしの能力は″人間をオスケモ怪人に作り替える″ものであって、その逆は出来ないんですよねぇ。

  一度温めた卵がもう生卵には戻らないのと同じです!』

  とあっけらかんとした態度であり、さらに

  『そもそも、こんなに逞しいオスケモ怪人になったお三方を今更元のひ弱な人間のメスに戻すメリットがおありでしょうか…?』

  といけしゃあしゃあと首を傾げる。

  そこで俺は

  『なら″首領″としてお前に命令してやる。

  お前がオスケモ怪人に変えた人間を元に戻す技術を開発しろ、わかったな???』

  と立場を利用して命令すると、

  『はぁ…首領様がどうしてもと仰るなら研究はしてみますが。

  あまり期待はしないでくださいね?』

  とタマは渋々了承。

  3人のガチムチオスケモ怪人に弄ばれながら待つ事数時間…、タマが何かを完成させて報告してきた。

  『首領様!

  元の人間のメスの肉体に″完全に戻す″事はやはり不可能ですが…外観だけなら再現できる技術が完成しました!

  三幹部の皆様、腰に巻いているバックルを触ってみてください!!!』

  その言葉の通りに3人がバックルを触ると、3人の巨体が瞬く間に眩しい光に包まれ…次の瞬間、そこには数時間前までと何ら変わりない″人間の少女″としての姿に戻った空井、星野先輩、月村さんが立っていた!

  俺は一瞬歓喜したが…。

  『何じゃ…?

  メスだった頃のワシって、こんなに頼りない体だったかのう』

  イケイケな白ギャルの姿とは落差の大きい、訛った口調で話す空井。

  『ヒヒヒ…。

  以前のオレ様の容貌は、今見ると中々悪くねぇ見目をしていますね。

  これなら顔出し配信とかで馬鹿な人間のオス達を釣って金を稼ぐのも手でしょうか…???』

  頼り甲斐のあった以前のイメージとは異なり、ひたすらゲスい顔でニヤニヤしている星野先輩。

  『グジュルルル…。

  今見ると俺ってこんなマッチ棒みてぇなヒョロヒョロ体型だったんだな。

  これじゃ陽太に何かあった時に守ってやれねぇじゃねーか…クソッ…!!!』

  清楚な外観とは裏腹に、顔を歪ませて悪態をつく月村さん…。

  3人とも、見た目は元の少女の物だが中身がオスケモ怪人のものと何も変わっていなかった。

  『どうですか、皆様!

  これがわたくしの開発した″擬態″技術です!!!

  わたくしとしては無用の長物のようにも思えてしまいますが…まぁ人間達の社会に身を潜めるのには役立つかもしれませんね!』

  中身が戻ってないんじゃ何の意味もねぇじゃねーか馬鹿野郎!!!と最初は思ったが、外見だけの擬態でも日常生活を送る上では少なくとも役には立つか…。

  俺は首領として、3人に

  『…皆。

  オスケモ怪人になった今の感覚では非常に息苦しいとは思うけど…普段はその擬態機能を使って、″人間の女の子だった頃の自分″を完璧にトレースして日常生活を送ってくれ!

  頼むっ!!!!!!』

  と頼み込んだ。

  …こうして、俺達は表面上は以前と何ら変わりないように見せながら、表向きは『文芸部』として、裏では『新生オスケモ帝国』として活動するようになった。

  最初の頃はタマが

  『では、まずはこの町を制圧して新生オスケモ帝国の世界征服に向けての第一歩を踏み出しましょう!』

  等と提案し、

  『ホホウ!それは胸が高鳴るわい!!!』

  『オレ様の完璧な戦術で、首領様を完璧な勝利に導いてみせますよ…ヒッヒッヒ』

  『激アツじゃねぇか!

  逆らう奴ら、逃げ惑う奴ら全員俺がなぶり殺して血祭りにあげてやるぜぇ!!!

  ガーッハッハッハァ!!!!!!!!!』

  と三幹部がノリノリになり始めたので、俺が慌てて

  『ダメダメダメ!!!

  世界征服とか考えてないから!!!!!!

  あと人殺しも禁止!

  一般人に危害加えちゃダメだからな!?!?!?』

  と4人を止めるのが大変だった。

  そして、俺達″新生オスケモ帝国″がやるべきは、これまで通り″文芸部″として活動を続けていく事だと掲げた。

  前世で世界征服を望んでいたタマや血に餓えている三幹部の皆には申し訳ないが、俺は力で蹂躙して逆らう者を皆殺しにするような本物の『悪の組織の首領』になるなんてご免だ。

  ただ、俺のせいでオスケモ怪人になってしまった空井…星野先輩…そして月村さん。

  この3人の『人間の女の子として歩むはずだった未来』を奪ってしまった責任だけは、何が何でも果たさなくてはならない。

  だから…まだこれから先の未来がどうなるのかは未知数だが、この高校を卒業した後もオスケモ怪人になった3人を″首領″として面倒を見る覚悟は決めている。

  これが俺の、せめてもの償いだ。

  こんな事になってしまったが、一応表向きの文芸部としての活動を続けるためにも以前から話が挙がっていた『部誌』は無事に発行された。

  俺は部誌の表紙を開いて中身を確認する…。

  ボアファングになった空井は、論評を寄稿していた。

  一見すると以前の空井と変わりない、目の付け所が良い文章なのだが…所々に『じゃ』だの『だわい』だの訛りの名残と思わしき文体が目立つ。

  ライノホーンになった星野先輩はイラストの寄稿だが、そのイラストの様子がかなりおかしい。

  以前の星野先輩が描くイラストは美麗かつ繊細なタッチだったが、今回寄稿された絵は荒々しいタッチの筋骨隆々なマッチョな男性のイラストだ。

  …どうやら星野先輩はライノホーンになってから、以前使っていたのとは別の新しいSNSアカウントを作成し、このようなマッチョな男性の絵ばかり投稿するようになったらしい。

  さらに、以前使っていた方のアカウントでは『顔出し配信』を始め、その美貌を活かして視聴者から数多の投げ銭を獲得しているとか…ただしこちらのアカウントでは配信ばかり行って、以前のような美麗なイラストは滅多に投稿しなくなったようだ。

  そして、ベアナックルになった月村さんの寄稿したエッセイだが…。

  そこには『筋トレの楽しさ』『自分の筋肉が育っていく喜び』『大好きな″あの人″への抑えきれない想い』等がむさ苦しく記されており、月村さんの清楚で可憐なイメージからはあまりに程遠い。

  …うちの部誌を読む人が校内にほとんどいないのが不幸中の幸いだ。

  まぁ仮に読まれても『エッセイ』じゃなくて『小説』だと勘違いされそうだが……。

  最後に、俺が寄稿した小説について…。

  …正直、ここ最近俺の身に起こった出来事が小説よりも奇怪で混沌としていたため、それ以上のアイデアを捻出できる脳のリソースが無かった。

  だがら、登場人物の名前や性格は変えつつも…俺が実際に体験した『オスケモ帝国』を巡る前世と今世の入り交じる奇妙な物語を、小説として昇華してみた。

  タマはそれを読んで

  『何と素晴らしい…!

  首領様はやはり、わたくし達の輝かしい未来を常に考えていらっしゃるのですね!?!?!?』

  なんて涙を流していたが、どうやらコイツは俺の書いた小説を『運命に翻弄される悲劇の物語』ではなく『オスケモ帝国を礼賛するための物語』だと解釈しているらしい。

  純粋で悪意がないのがタチが悪い。

  マジでムカつくなコイツ…。

  「″陽太″っ♪

  何読んでんだよ」

  大きな右手で俺の持つ部誌を背後からひょいっと持ち上げるベアナックル。

  俺は今、文芸部の部室の中でベアナックルの大きなガタイにもたれかかり、彼の股間の柔らかくも大きな膨らみの上に腰掛けながら部誌を読んでいたのだ。

  「って、これ俺が書いたエッセイじゃねーか!?

  ちょっ、やめれ!

  今思うとマジで恥ずいんだよそれ…しかも陽太に読まれるとかぁ……//」

  偶然にもベアナックルのエッセイが開かれていたため、自分の書いた文章を恥ずかしがって顔を赤らめるベアナックル。

  どうやら、寄稿したエッセイのクオリティに満足が行っていないらしい。

  こういう反応には、月村さんの面影がよく出ている。

  とてもかわいらしい。

  「…そんな事ないよ、ベアナックル。

  筋トレへの情熱がよく書けてたし、何より…そのっ……。

  ベアナックルが俺の事を想って書いてくれたのがすごく伝わってきた!

  本当に嬉しいよ。

  ありがとう…!!!」

  俺がそう気持ちを伝えると、ベアナックルはたちまち笑顔になって

  「ほ…ほんとか!?

  陽太にそう言って貰えるんなら…書いた甲斐があったってもんだぜぇ?」

  と頬を掻く。

  …あぁ、やっぱり俺、この人が好きだ。

  以前のイメージと180度正反対なガチムチオスケモ怪人になっても、その想いは少しも変わらない。

  俺はつい気持ちが抑えきれなくなって、お尻の下に広がるベアナックルの股間を右手で一揉みする。

  するとベアナックルは

  「オ″ア″ッ″…!?

  ったくぅ、いきなり俺の股間揉むなよ♪

  …ほんと、陽太はそれ好きなんだな♡」

  とウットリ。

  ベアナックルも揉まれるのが好きなようだ。

  「そうそう、陽太の小説も滅茶苦茶良かったぜ!

  特にヒロインの清楚な女が筋肉ムキムキなマッチョ怪人に改造されるシーンなんか、主人公が抱える悲しみと密かに感じてしまう興奮の相反する二つの感情が滅茶苦茶繊細に書かれててよぉ…。

  ……もしかしなくても、あのシーン。

  『私』がモデルだよな???」

  「あははっ…やっぱりバレちゃったか。

  そうだよ、月村さんが…ベアナックルがモデル」

  俺が正直に白状すると、ベアナックルは

  「ヘヘッ…!

  そう、だよな!?

  じゃあ、あの文章に記されてた『主人公がヒロインに抱いてた恋心』も、『オスケモ怪人になったヒロインが好きで好きでたまらない』って感情描写も…全部陽太が俺に想ってくれてた事なんだよな!?!?!?

  ~ッ…陽太ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

  と感極まってその逞しいガタイで俺を抱き締める。

  「陽太っ、好きだッ!

  大好きだっ…♡♡♡

  俺にはお前しか考えられない!!!!!!

  これからもずっと…俺と一緒にいてくれ!!!!!!!!!」

  「勿論だよ、ベアナックル♡

  俺も君が大好きだ……!!!!!!!!!」

  ぶちゅっ…。

  俺の口とベアナックルの大きな口が重なり合う。

  既に月村さんが着けていた香水の匂いはしなくなったが、鼻腔に広がる獣臭い匂いにはもう抵抗感は無い。

  タマの奴に『オスケモ帝国の首領の生まれ変わり』だと言われてこんな事態に巻き込まれた事は今でも納得できないが…。

  俺の憧れの女性だった清楚な月村さんがこんなに雄臭くてムキムキな熊の怪人に変わり果てて、それでいてこんなにもかわいらしい俺の恋人になった現実は、俺にとって最高に嬉しい現実のように感じられた。

  …そして、月村さん/ベアナックルだけではない。

  「ブフゥ~!

  あれを見ぃ『ネチネチ男』、ワシらが下らぬ喧嘩をしている間にまたベアナックルが首領様を独り占めしとるぞ!!!」

  あんなに流行の最先端を追っていた白ギャルだったのに、古めかしい訛った口調に全身毛むくじゃらのイノシシ怪人になった空井/ボアファング。

  「百歩譲って、貴方が首領様の『本夫』である事は認めましょう…。

  しかし、オスケモ帝国という組織においてはオレ様達もベアナックルも等しく『三幹部』という立場である事を忘れねぇで下さいね???

  二人きりの時ならいざ知らず、組織として活動する時は適度な距離感を保つべきです…ヒッヒッヒ……」

  明るくも頼もしい部長だったのに、三下のように謙りつつも常に誰かを煽る事を生業とするねちっこいサイ怪人になった星野先輩/ライノホーン。

  月村さんと同じく、二人も心身ともに元の性質とはまるで正反対な姿に転じてしまったわけだが、その事実に俺は背徳的な興奮を感じずにはいられない。

  「テメェらガタガタ喧しいぞ!!!

  結局は俺の″陽太″を横取りしてぇって魂胆が見え見えなんだよ!

  良いかぁ!?

  陽太はオスケモ帝国の首領にして…お・れ・の!

  恋人なんだからなァ!?!?!?

  文句があるんなら拳でかかってこいや!

  全員ボロ雑巾みてぇに半殺しにしてやらぁ~ッ!!!!!!」

  俺との口付けを終えた瞬間に激しく二人に威嚇するベアナックル。

  本当に…在りし日の『文芸部』とは別物になってしまった。

  「ま~た三幹部の皆様が喧嘩を…。

  前世の首領様の部下はこんなに聞き分けの無い方々じゃなかったんですがねぇ。

  首領様も何か言ってやってくださいよ!」

  「元はと言えばこんな状況になったのはお前のせいだろうがよーっ!!!」

  俺は怒気を強めてタマにそう叫ぶが…。

  だが、心の奥では思っている。

  こんな『元女の子のオスケモだらけのハーレム空間も、案外悪くない』と。

  あんなに魅力的だった女の子達が、今や筋肉達磨のようなオスケモ怪人になっているという事実に激しく興奮していると。

  ……自分のせいで3人の未来をねじ曲げておいてこんな無情な想いを抱けている時点で、俺の前世はやはり『極悪非道な悪の組織・オスケモ帝国の首領』だったのだろう。

  (完)

  [newpage]

  【本編で語れなかったキャラクター設定】

  ・春山陽太

  ごく普通の高校2年生だったが、タマとの出会いにより平穏な日常は全て崩れ去った。

  前世はこの世界とは異なる異世界で世界征服を目論んだ悪の組織『オスケモ帝国』の首領であり、素体が男だろうが女だろうが関係なく人間がオスケモ怪人に改造される瞬間を見るのが三度の飯より好きだった。

  今世の陽太に前世の記憶は受け継がれていないため、陽太自身に世界征服願望や悪しき心は宿っていないのだが、唯一『人間…特に女の子が無惨にもオスケモ怪人に改造される瞬間』に快楽を覚える性癖だけは引き継いでしまった。

  一応善良な心は持っているので、自分のせいでオスケモ怪人になってしまった3人の人生の責任を取りつつ、新生『オスケモ帝国』が世界征服に乗り出そうとしているのを首領として必死で止めている。

  同時期に文芸部に入部した月村雫に片想いしていたため本人は気が付いていなかったが、実は以前より空井花蓮・星野美樹からも好意を寄せられており、本当に『ラブコメ漫画の主人公』のようなシチュエーションだった。

  仮にタマの介入により引き起こされた『オスケモ怪人化』の惨劇が無ければ、雫・花蓮・美樹で陽太を巡って熾烈なヒロインレースが引き起こされていたであろう…。

  ようやく両想いになれた雫が筋肉ムキムキゴリマッチョな雄熊怪人・ベアナックルに変異させられた当初は絶望していたが、今ではベアナックルとしての彼を深く愛しており、相思相愛である。

  ・月村雫

  よく手入れされた黒髪ロングヘアに素朴ながらも整った顔立ちがよく似合う、『清楚』という言葉を擬人化したかのような心優しい少女。

  虫一匹殺す事ができない位勇気が出せず奥手な性格だが、いざ『やろう』と決意すると意外と大胆な行動に出る一面も。

  モデルのように整った体型は自慢だが、同年代の少女達と比較してもかなり豊満な乳房は、肩が凝りやすいため悩み草。

  陽太に対しては初対面の時から惹かれる物があったが、それから文芸部として一緒に日々を過ごしていく中で徐々に恋心に転じて行った。

  日に日に陽太への想いは積み重なって行くが、中々一歩を踏み出す事が出来ず片想いで悶々とする毎日。

  現部長である美樹からは入部当初から後輩としてかわいがられており、純粋に慕っている。

  また、入部から1年が経過して新たに入ってきた花蓮に対しては『美樹が自分に優しくしてくれたように、今度は自分が後輩に優しくしなくちゃ』という心持ちで接していた。

  ・ベアナックル

  月村雫がタマの手によって『オスケモ帝国幹部』に変異させられた姿。

  全長3mにも及ぶ黒い獣毛の生えた巨体と全身の至る所に覆われたムキムキの筋肉、ピンと突き立つ赤いモヒカンヘアが特徴の粗暴なクマのオスケモ怪人となったその姿に、清楚美少女だった雫の面影を見出す事は不可能である。

  マンキニで覆われた股間の膨らみが他2人と比べてやたらとデカいのは、雫が文芸部内で一番の巨乳だった事も関係しているらしい。

  虫一匹殺せなかった雫とは反対に、自らの剛力を行使して他者を蹂躙する事、その準備段階として筋トレで自身の肉体を鍛える事を趣味としている。

  雫だった頃から抱いていた陽太への恋心が成就した瞬間にオスケモ怪人化したため、陽太を心の底から愛しており、『オスケモ帝国の首領だから』ではなく『自分の運命の人だから』という理由で彼を溺愛している。

  普段はかなり乱暴で口が悪いが、両想いになった陽太に対してだけは雫だった頃の面影が残る素直で心優しい言動が表出する。

  ライノホーンへの尊敬とボアファングへの友愛の心は決して無くなったわけではないのだが、オスケモ怪人になった二人が陽太を恋愛的な意味で狙っているため現在は敵対心の方が大きくなっているようだ。

  最近は陽太に自分の大きな股間を揉んでもらうのが好きらしい。

  ・星野美樹

  現・文芸部部長の高校3年生の少女。

  スラッとした長身に茶髪のショートボブ、誰とでも明るく接する性格から男女問わず人気があり、彼女に告白して玉砕した男子は後を絶たない。

  誰かを揶揄うのが好きで、よく冗談を言ってくるので面倒くさい。

  絵を描くのが上手く、将来はイラストレーターを志している。

  自分にとって初めて直接面倒を見た後輩だった事もあり、陽太に恋心を抱いている。

  先輩として、そして部長としての立場を利用して度々陽太にアプローチしていたが、陽太は美樹の想いに全く気付いていなかった模様。

  雫の事は後輩としてかわいがっているが、今年から入部した花蓮の反抗的で部活を舐め腐った態度には本気で怒っており、彼女とバチバチに喧嘩するのが常。

  ただ、その態度の裏には花蓮を更生させたいという想いもあるようだ。

  ・ライノホーン

  星野美樹がタマの手によって『オスケモ帝国幹部』に変異させられた姿。

  全身が硬質化した灰色の肌で覆われており、鼻頭から伸びる白くて立派な角が特徴のサイのオスケモ怪人。

  やはりオスケモ怪人の例に漏れず筋骨隆々ではあるが、三幹部の中では比較的スリムなシルエットである。

  美樹の頼り甲斐のあった先輩らしい性格はなりを潜め、常に薄ら笑いを浮かべながら陰湿な作戦を考案する頭脳派。

  その口調は一見すると誰にでも敬語を使う腰の低いものだが、実は首領である陽太を除く全員に対して平等に舐め腐っており、度々他の怪人を煽る言葉を吐く。

  美樹だった時に抱いていた陽太への恋心は健在で、いつか『本夫』の座からベアナックルを引きずり下ろして自分がそこに立とうとアレコレ計画を練っている。

  ボアファングとは相変わらず犬猿の仲だが、部内のパワーバランスが『ベアナックル>>>>>>ライノホーン&ボアファング』という様相に転じて来ているためか、逆に彼と良いコンビになって来ているきらいがある。

  なお、ライノホーンになってから急速に描くイラストが『美麗な画風』から『リアルで肉々しい画風』に変異しており、筋肉の絵を投稿するための新しいSNSアカウントを作った。

  以前のアカウントは美樹の姿に″擬態″して顔出し配信でお金を稼いでいるが、もう以前のような美麗な絵を描く気はサラサラ無いので配信にしか使っていない。

  ・空井花蓮

  今年から文芸部に入部した1年生。

  綺麗な金色に染めた髪をセミロングで揃えており、派手なメイクやネイルで自身を彩る典型的な白ギャル。

  文芸への興味があって入部したが、一つの物事へのやる気が持続できないという明確な弱点があり、部活サボりの常習犯。

  そのため、部長の美樹とは犬猿の仲であり、常に自分を叱ってくる美樹を『ガミガミ女』と揶揄している。

  一方でそんな適当な態度の自分にも優しく接してくれる陽太と雫には本心から懐いており、特に陽太へは無意識の内に『ただの先輩への想い』を超えた感情を抱き始めていた。

  意外にも文章力の才があり、彼女の書いた論評は斬新な切り口だと評判。

  ただし、前述の通り本人のモチベーション次第で完成までこぎ着けるかが大きく左右されるのが難点。

  オシャレと同じ位『かわいい物』が好きで、自室には大量のファンシーグッズが買い置かれている。

  ・ボアファング

  空井花蓮がタマの手によって『オスケモ帝国幹部』に変異させられた姿。

  全身の筋肉が茶色い獣毛で覆われており、豚鼻に下顎から生えた大きな牙が特徴のイノシシのオスケモ怪人。

  下顎は強靱で、黒く硬い顎髭が生えている。

  花蓮だった頃のイマドキギャルっぽさから一転、まるで田舎のおっさんのような訛った口調で喋り、一人称も『ワシ』になった。

  その喋り方と顎髭のせいでおっさんだと誤解されがちだが、肉体年齢は変わらず15歳のままである。

  性格は豪快でガサツ、常にがに股で自分の股間を掻いているようなだらしない生活を送っており、ギャルらしく流行に敏感だった花蓮の面影は残っていない。

  唯一『かわいい物』への愛好心は残っており、ファンシーグッズは今も集めているようだ。

  オスケモ怪人になって、それまで無自覚だった『陽太への恋心』に気が付いたが、ベアナックルが陽太を独占しているため中々アプローチできない。

  一度、ベアナックルが不在の時に陽太に想いを告げようとした事もあったが、後でバレてベアナックルに半殺しにされた。

  それ以来、ベアナックルは彼にとって『恐怖』の象徴となっているが、陽太の事は諦めてはいない。

  ライノホーンとは人間時代と変わらないバチバチやり合う関係だが、美樹がライノホーンになって陰湿な性格に変化したためか彼を『ネチネチ男』(人間に擬態している時は『ネチネチ女』)と呼ぶようになった。

  ・タマ

  黒猫のような見た目の、異世界からやってきた少年のオスケモ怪人。

  オスケモ怪人では唯一筋肉ムキムキの外見ではなく、小柄で二頭身のマスコットキャラクターのようなかわいらしい外観をしている。

  ただし、かわいい外見とは裏腹にその性格は悪い意味で『純粋』その物であり、オスケモ帝国のため、そして首領のために尽くす事が正義だと信じ込んでいる。

  首領である陽太の話をあまり聞かず、自分の独断で色々と行っているのもタチが悪い。

  この性格は以前から変わっておらず、陽太の前世…『オスケモ帝国首領』に仕えていた頃からこのように独断専行を頻繁に行っていたが、前『オスケモ帝国首領』はタマを溺愛していたため全て無罪放免だった。

  生まれ変わりである陽太からは本気で煙たがられているが、タマ本人はその事に一切気が付いていない。

  身体能力は大した事は無いが、恐るべきは『肉球で触れた相手を(素体の性別を問わず)オスケモ怪人に改造できる』能力であり、旧オスケモ帝国が世界征服を図った異世界での戦いでも、この能力が猛威を振るってオスケモ帝国の戦力を無限大に増強できたと言う。

  なお、人間をオスケモ怪人に改造する際には素体となった人間の精神も『オスケモ帝国に相応しい心』に作り替えるが、その素体が他者に対して抱いている想いを直接的に改変する力は存在しない。

  つまり、本編において運悪くもオスケモ怪人にされてしまった文芸部の3人の少女が改造後も陽太を恋愛的に愛しているのは、タマのオスケモ怪人化能力とは一切関係が無いのである。