とある山奥に一匹の狼がいた。
その狼は飢えていた。
食にでは無く、獲物にでは無く、なにかに飢えていた。
その狼は孤高であった。
群れを持たぬ狼であった。
飢えは群れを持ってしても満たされなかった。
どれだけ強者を倒し従えても、どれだけ雌を囲おうとも、
どれだけ雌と交わり子を残そうとも、満たされなかった。
「俺の飢えは永遠に満たされることはないのか」
狼は苦しんだ。
己の飢えが満たされぬことに、
「俺の飢えを満たしてくれる者はどこにいる…」
狼は息を深く吸い込み、そして遠吠えた。
「この遠吠えを聞きし者よ、俺の飢えを満たしてくれ、
礼は何でもしよう、俺の飢えは肉でも群れでも戦いでも雌でも子を残しても満たされなかった。俺の飢えを満たしてくれる者よ、どこにいる」
狼の遠吠えは森中に響いた。
鳥は飛び立ち、小動物は逃げ惑う中。
たった1匹、その遠吠えを全て聞き届けた者が居た。
『…その願い叶えてやろう、返事をするか…』
「やはり俺の飢えを満たす者は居らぬのか…」
狼は悲しそうな顔をした。
やはり俺の飢えは満たされることないまま俺は死を迎えるのか…狼は巣穴へ入ろうとした。
その時『ウォーン!』と遠吠えが聞こえた。
「……え?」
その遠吠えの内容は狼を驚かすものだった。
『お前の飢えを満たす方法を知っている』
『俺がお前を楽にしてやる、今すぐそっちへ行く』
『待ってろ』と届いたのだ。
狼は歓喜した。
己の飢えを満たす方法を知っている奴がいたことに、
そして今すぐこちらに来てくれる優しさに。
狼はピクリと耳を動かした。
自分の領域に何者かが侵入してきた事に怒りが湧き、
テーブルクロスが起こる。
テーブルクロスというのは怒りに鼻先が反応し
口元の皺が鼻先に集まり牙が露出される。
そしていつも以上に低い唸り声を発することが可能になる。
この侵入者が先程の遠吠えの主でない事を願おう。
こんな醜い獣の姿の己を見せる訳には行かぬのだから…。
ハァー…ハァー…
やっと遠吠えの主のいる山奥に着いた。
しかしやけに静かな山奥だな…
鳥の鳴き声も、小動物の気配もしない…
もしかしたら遠吠えの主は山の主なのでは…思考を止めた。
岩の上に灼眼の同族がいた…声を発そうとしたが、
「グルル…」
奴の灼眼の瞳から目が離せない
「何をしにこの山へ入ってきた…」
なんて綺麗な声なのだろう
「この山は俺の領域だ…この山を奪いに来たのか…?
ならば命を覚悟せよ…俺は今とても機嫌がいいんだ…
一瞬で苦痛なく殺してやろう」
灼眼の奴が身を低く構えた。
来る…!
「最後にひとつ聞こう…汝は満たされたことはあるか…」
こいつだ…!遠吠えの主は…!
『俺は、あんたを満たたせる為に来たんだ』と俺が言うと
灼眼は驚いた顔をして
「なに…?という事はお前か…俺を満たしてくれる者は…」
と言うと灼眼はニコリと笑った。
その笑顔に胸が高鳴った。
この感情を俺は知らない。
侵入者を視界に捉えつつ俺は語る。
「何をしにこの山に入ってきた…」と問いかけるが
蒼眼の侵入者は何も言わない。
俺はさらに言葉を連ねる。
「この山は俺の領域だ…この山を奪いに来たのか…?ならば命を覚悟せよ…俺は今とても機嫌がいいんだ…一瞬で苦痛なく殺してやろう」
俺は身を低く構えた。
「最後にひとつ聞こう…汝は満たされたことはあるか…」と聞くと蒼眼の侵入者は顔を喜ばせ尻尾を左右へ振った。
喜ぶ内容がどこかにあったか…?と思っていると1つ心当たりがある。
この蒼眼の侵入者が飢えの満たし方を知っている者ならば
もしかしてだがと俺が声を発する前に
『俺は、あんたの満たたせる為に来たんだ』
やはりか…
「なに…?という事はお前か…俺を満たしてくれる者は…」
あぁ、やっと満たされるんだ…そう思うと笑みがこぼれる。
すると俺が殺気を解いたからだろうか、殺されないことに安堵したのか、さっきより激しく尻尾を左右に振る蒼眼に胸が高鳴ったのはなぜだろう
俺と蒼眼は岩の上に座り語り出した。
「蒼眼よ、なぜ俺は満たされないんだ…」
と蒼眼へ問うと
『灼眼、それはきっと友を欲しているからだ』と返された。
俺は友を欲していたのか…
蒼眼に言われた瞬間、ストンと胸の奥の何かがカチリと音を立てハマったのが耳に響いた。
俺はこんなすぐ見つかる答えを求め生きていたのか…乾いた笑みがこぼれる。
蒼眼よ、ありがとう…
その答えが聞けただけで満たされた気がした。
喋り出さぬ俺を心配したのだろうか、蒼眼が俺の顔を覗き込んで来た。
…綺麗だ
間近で蒼眼の瞳を見つめ頭に浮かんだのは星空…
「美しいな…」と呟くと蒼眼は『空か…?』と問うてくる…
違う…
俺が見たのは星空だ…今宵の空に星はない…
俺の見た空はお前の瞳だよ…蒼眼…
なんて言えたら解放されるのだろうか…
この苦しみからの解放を…言うてみるか…?
叶わぬ思いを持ち続けるのは苦痛だ…
息を飲み込み俺は…
「蒼眼…美しいと告げたのは汝の瞳に星空を見たからだ」
さぁ…なんと返する…?
俺と灼眼は岩の上に座り語り合っていた。
灼眼は俺に問うた。
「蒼眼よ…なぜ俺は満たされないんだ…」
あぁ…灼眼よ…やはり俺たちは瞳のように対の存在なんだな…
俺はその問いの答えを知っている…
『灼眼、それはきっと友を欲しているからだ』と灼眼の問いの答えを教えてやる。
すると灼眼も今まで1度も友を作ったことはないようだ…
俺と同じ反応をしている…
最初は驚愕していたようだが探していた欠片と心の奥の何かが一致したようだ。
「ははっ…」と灼眼が乾いた笑みをこぼした。
この反応は…危険状態ではないようだが心配だ…
俺は灼眼の顔を覗き込んだ。
すると灼眼はボソリと「美しいな…」と呟いた。
俺は一瞬ドキリとした…自分の蒼眼の瞳を言われたと思ったがそんなことは無いと思い『空か…?』と問うと
灼眼は一瞬、息を止めた。
そして俺の顔を見た。
酷く言葉にしずらい事はお前の灼眼の瞳を見ればわかる。 さぁ…何を言っ…「蒼眼…美しいと告げたのは汝の瞳に星空を見たからだ」……は…?
告げた瞬間から蒼眼の動きが止まった。
…息まで止まってないだろうな…?
『灼眼…洒落にしては意地が悪いぞ…』
と俺の毛並みに顔を埋めながらそう言った。
可愛い…
「洒落なんぞではなく本心なんだがな…」
と言うとさらに埋まってきた。
面白いな…と思うのは蒼眼に悪いだろうか…?
こうして蒼眼の温もりを感じていると心地がいい…。
今までも他の獣と寄り添う機会なんていくらでもあったというのに…
なんでお前とはこんなに心地がいいんだ…
「蒼眼…」
と声をかけると俺の毛並みに顔を埋めたまま返事をする蒼眼……
埋まりすぎて声が聞こえないぞ…蒼眼…
少し体制を変えて声が聞こえるようにする、すると人懐っこそうな蒼眼の顔と星空のように綺麗な蒼眼の瞳が俺を見つめてくる…
そんなこと、本当に些細なことでさえ俺の心を満たしてくれる。
あぁ…俺が欲していたのは友ではなく…
この蒼眼の瞳を持つこいつなんだろうなと思った。
『灼眼?』 「蒼眼…俺の傍に居てくれ…」
何分固まっていたんだろう…?
この天然狼が!と言いたかったがどうせ俺もお前も根から自然の狼だろうが?と言われるに違いない、せめてもの抵抗で
『灼眼…洒落にしては意地が悪いぞ…』と
灼眼の毛並みに埋もれつつ言葉を発すると
「洒落なんぞではなく本心なんだがな…」と返ってきて
さらに埋もれる事になった。
…面白がってきてないか?こいつ…
でも何故か嫌な気分ではないむしろ心地がいい…
今まで他の獣と触れ合う機会なんていくらでもあったというのに…なんでお前とはこんなに心地がいいんだろう…
こいつはきっと今でもモテるのだろうな…とか考えて他の獣に擦り寄られる姿を想像し顔をさらに埋めていると少し体制を変えられ灼眼と目が合う。
あ、優しい顔してる…
そんなこと、本当に些細なことで俺の心を満たしてくれる…
あぁ…こいつの欲しているものが友ではなく俺自身ならばどれだけいいだろうか…
そんな夢のような事を思っているとそういえばさっき呼ばれたような…
『灼眼?』と聞くとどこか決心したような灼眼と目が合った
もう一度名を呼ぼうとした時…
「灼眼…俺の傍にいてくれ…」そう言われた
固まっている蒼眼を目に捉えつつ話を続ける。
「お前が居てくれたら他に何もいらない…蒼眼、お前が欲しい」と伝え蒼眼の毛並みに擦り寄ると一瞬、ビクリと身体を震わせたが直ぐに蒼眼からも擦り寄ってきた…。
これは承諾を得たと思っていいだろうか…?
と思い1度離れ、「蒼眼…?」と呼んでみた。
「なぜ泣いてるんだ…?」
蒼眼は泣いていた。
嫌だったのだろうか…それはそうかもしれない…
いい歳をした雄の狼が雄の狼に求婚まがいの事をしているのだから…涙をそっと舌で拭ってやる…
すると泣いていることに気づいたのだろう
『灼眼、俺泣いてたんだな…心配かけてごめんな…』と蒼眼に言われ
「気にしなくていい これからずっと一緒なんだ 何があっても支える…」と伝えながら毛並みを舐めてやる。
『うん…!』と言って擦り寄ってきてくれた。
孤高と呼ばれた狼は永遠の伴侶を手に入れた。
その相手は星空のように綺麗な瞳を持つ雄の狼。
この二匹は永遠に幸せに暮らしましたとさ…
めでたしめでたし……。