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プロローグ
〇
「ぐぅっ……」
暗闇の中に苦しそうな、だがどこか艶めかしい響きのある声。よく聞かなくても、低いその声が男のものであるのは疑いようがない。それでもその声は、聴く者の情欲をそそるには十分すぎた。
「んっ……!」
自分の中にあった熱が。無理やりに入り込んできた他人の熱が、さらに膨張するのを感じる。そしてそれによってさらにあふれる声。感じるどころか、受け入れたことすらないはずなのに。排泄にしか使わなかったはずの器官に。無遠慮に欲望をねじ込まれて、それでもなぜか感じてしまっているのだ。
「抜いて、くれぇっ……」
怖かった。これ以上中で暴れられるのが。これ以上感じてしまうのが。これ以上忘れられなくなるのが。
だが、侵入者はこちらの言葉など聞いてもいないかのようにさらに腰を進めてくる。ずるり、と入り込んでくる肉塊の感触。それとともに湧きあがる快感、背筋を駆け上る悦楽。侵入者はそれを見越したかのように、優しく背中を撫でてくれる。
「んはぁっ」
四つ這いにされ、尻を突き出した姿勢のまま。優し気なその手の感触に思わず息を吐いた。腰骨からそっと優しく毛並みを逆撫でるように上がっていく大きな手。そしてそれに追随するように優し気なキスが落とされるのを感じる。
無遠慮な侵入者だと思っていたのに、愛されるように抱かれて。それもまた、彼の欲情をかきたてた。思わず尻尾を動かし、侵入者の腰に巻き付ける。侵入者の手が腰の下に滑り込み、男の肥大したそれを握りこむ。
「ぶもおっ!」
牛獣人である彼は、思わず啼いていた。直接的な、慣れた快楽を突然与えられて。思わず喜びの声を上げてしまったのだ。
侵入者は体を折り曲げ、四つ這いになった彼の上にのしかかる。そのまま牛の耳を優しくはみながら何事かをつぶやいた。
「んっ……」
だがその意味はもう牛には届かない。先ほどまで耐えるような表情をしていたはずの牛は。すでに快楽にとろけた表情を浮かべ始めている。無理やりに与えられるその幸せを、受け入れてしまっている。
「んああああああっ……」
ゆっくりと、ずるずると引き出されていく肉の棒。熱い雄の生殖器。それが気持ちよくて、牛は思わず声を上げて。
「んひぃっ!」
ずん、と突然奥まで突き入れられて。その勢いと、あまりの快楽に牛は抑えることなく声を上げた。
「へ、へへ……」
完全に、受け入れていた。
先ほどまでは抵抗していたはずなのに。むりやり押さえつけられていたはずなのに。既に自分から床に手をつき、腰を突き上げて侵入者をより深く咥えこもうとしている。顔はだらしなく歪み、締まりなく開いた口からはだらりとよだれが垂れた。
変化に気づいたのだろう、侵入者は体を起こし、牛の身体を少しだけ自由にしてやる。そうすると牛は上体を起こし、首をひねって振り向いた。そのマズルに、その鼻先に侵入者は口づけを落とす。もっと、もっとというように牛は分厚い舌をだらりとはみ出させ。侵入者も口を開けると、その舌を受け止め、絡めとる。
そこからはもう、合意の上での性交渉――いや、獣同士の交尾だった。
「あんっ、はあっ、はんっ!」
腰を一突きしてやるたびに、牛がなまめかしい声を上げる。部屋の外まで聞こえたら誰かに見つかってしまうかもしれない。だがそんなこと、牛の惚けた頭では思いつきもしない。声を上げて、必死に媚びて。ただ自分の中に雄の種が欲しいのだ。
だが侵入者はさすがにまずいと思ったようで。牛のマズルを優しくつかんで口を閉じさせる。不満そうな表情をする牛に口づけをして機嫌を取りながらも、なんとか声を抑えさせようとしていた。
「んん、んんんっ!」
牛は自分から舌を出し、再び侵入者と舌を絡めあう。そしてさらに体をひねると、そっとその体を押した。侵入者は従うように体を放す。
「あっ……」
にゅるん、と自分の中から侵入者が抜け出るのを感じて牛は声を上げる。名残惜しいが、一時のことだと割り切って。牛は自ら床に背中を預けると、自らの脚を抱えて、秘部をさらして見せた。既に大きく立ち上がっている、侵入者にも負けずとも劣らない皮の剥けきった巨根。先端からは先走りがあふれ、しとどにその幹を濡らしている。だが見せたいのはそちらではない。下にぶら下がる片手に収まりそうもない大きな玉袋のさらに奥。さきほどまで侵入されていた、ぱっくりと口を開いた処女だった穴。そこに再び誘い込もうとしているのだ。
「早くきてくれよ……」
牛は自らそこに手を伸ばし、ゆっくりと指を入れて見せる。確かに自分でこうやって指を入れたことはあった。だが雄を受け入れたのは、ついさっきが初めてだ。にもかかわらずもはやそれを受け入れないという選択肢はなかった。こんなにも気持ちの良いことだったとは。今まで自分が抱いてきた雄のことを思い返す。自分が与えてきた快楽はこれだけ強かったのだ。ずるい、と思った。だったら教えてくれれば自分だって抱かれてきたのに、と。
「あああああああっ!」
だがそれも一瞬のことで。再び侵入してきた雄に、牛は歓喜の声を上げる。自ら脚を雄の腰に巻き付け、より深くまでいざなう。先ほどまでの後背位と違い、今は正常位だ。上反りの雄は、先ほどまでとは違う場所に押し付けられている。強く突き上げられているわけでも、激しく出し入れされているわけでもない。ただ一点に先端を押し当てられて、ぐりぐりとこねられているだけだ。ただそれだけの動きなのに。気が狂わんばかりの快感が牛をおそった。
「うひいいいいっ、しぬ、しぬうううう!」
気持ちよすぎて。気が狂うと思った。脚を強くからめ、腕を背中に回してかき抱き。この雄を離すものかと思った。昨日の夜――正しくは今日の朝。牛もまた、雄を抱いていたはずだった。だがもうそれは考えられない。今はただ雄に蹂躙されることしか思いつかない。この自分よりも優秀な雄の種が欲しい。ただこの快楽を手放したくない。
ぐるぐるといろんな思いが回る。だがそれらはいずれも、この快楽に依存するためのもの。どんなに思考をめぐらせようと、どんなに言葉を尽くそうと。その願いは、ただここで犯されつくすことだけだ。
「いいっ、あああああっ! きもちいいいいいい!」
もはやその目の焦点はあわず、その言葉も誰に届けるためのものでもない。ただ自分の快楽を受け入れるためだけにもれだす激情。頭がおかしくなって、ヒューズが飛んでしまうのではないかという恐怖。それをこらえるために、あるいは一瞬でも長くこの快楽を享受するために。牛は必死になって声を上げた。
すでに牛の股間からはだらだらと白濁があふれ出している。暗い部屋の中ではそれが先走りなのか、あるいは精液なのかの判断は難しいはずであったが。あふれ出る精臭が牛の出すミルクであると告げていた。
侵入者もその臭いに気づいたのだろう、そっと牛の股間に手を伸ばし、その先端を優しくこねまわす。
「ぶもっ、ぶもおおおおっ!」
強すぎる快楽に、牛は大きな声をあげる。虚空をとらえていたはずの目はすでに裏返り白目を剥き。
「ぐっ……!」
侵入者も声を漏らしながら、その熱を最奥へと解き放った。あふれ出る体液を感じながら、牛はうっとりとした表情を浮かべて。こつん、と。伸ばしたつま先にワインの瓶が当たっていた。
[newpage]
一章
一面に広がる白銀の世界。まばらに生えた木にも氷が張りつき、この辺りでは長く天候が悪いことを思わせる。遠くに見える山々も真っ白に染まり生き物がいるかすら怪しく思える風景だった。
そして、視界に移るのはそれですべて。まるですべてが雪に閉ざされた世界であった。
そんな山林の中を走る一台の車。お世辞にもキレイとは言えないその車の中に、二人の男の姿があった。
「やっぱり道、違うよな?」
正面を見据えながらも、不安そうな声でハンドルを握る男は言った。
「うーん、どこで間違えたんだろ……?」
助手席に座った大柄な犬顔の男は手元の地図をのぞき込む。だが現在位置もわからないのにその行動に意味があるはずもない。彼はため息をつきながら顔を上げ、運転席の男を見た。
「ひとまず、どこかに車を停めよっか。やみくもに走って遭難したら目も当てられないし」
犬顔の男の言葉を受けて、運転手はうなずいた。
「ごめんね、リョージ……。俺がちゃんとナビできなかったから」
そういって犬顔の男はうなだれる。横目でそれをちらりとみて、リョージと呼ばれた男は微笑んだ。
「いや、俺も何とかなるだろって走っちゃったからさ」
そういいながらも彼は車を走らせる。別に犬顔の男の提案を聞いていなかったわけではない。だが、一時停車するにしても周囲のほとんどが雪に埋まっているのだ。かろうじて轍があるためここが車道であることはわかるが、脇に寄せて止めていいものかどうかの判断もつかない。周りにはまばらに木が生えているし、進行方向に向かって左手側は斜面になっている。下手に道を外れて転落でもしようものなら命も危ないだろう。
「一時停車も危なそうだし、前に車が走った跡が続く限りは走ってみていいか。最悪なにがしかの建物にはたどり着くだろ」
運転手の言葉に、助手席の男ははっきりと頷いた。
仕事で遠出をした帰りの出来事のことである。二人は車で雪国から、自分たちが住む町に帰るつもりであった。だがどこをどう間違えたのか、気づけば雪山に迷い込み、Uターンしようにもどこが道かもわからぬ有様。だが既に日も傾いて、このまま山道を走り続けるわけにもいかない。という進退窮まる状況なのだ。
それでもここに車が走った形跡がある以上、この先に何もないということはないだろう。山を抜けて先の街にたどり着けば一番だが、贅沢は言わない。誰かの家か、なんなら夜が明かせる程度の建物でもあれば。と、すでに祈るしかない状況であった。
「気にするなって、ユウのせいじゃないから」
運転手は慰めるように犬顔の男――ユウの頭を撫でてやる。ハスキーと思しき犬種の彼は、それだけで伏せていた耳が立ち上がり、シートの隙間に流していた尻尾がゆらゆらと揺れ始めた。
「リョージの手、あったかいな」
自分の頭を撫でていた手をとらえてそっと握る。ハスキーの獣性を持つ彼と違い、リョージの手は全くといっていいほど毛におおわれていない。彼はいまの社会において少数派、獣人でないもの。いわゆる「ヒューマン」と呼ばれるタイプである。それゆえ、毛皮を持つユウの方が温かいはずなのであるが……そこは気分的な問題ということなのだろう。
「あんまり調子にのるな」
少しだけいじわるそうな声色で、リョージは手を振りほどいてユウの鼻先を軽くはじいた。
「ふぇっ」
くすぐったそうにしながら、それでもユウはどこか嬉しそうにしている。
「最悪この辺で野宿かもなあ」
改めてハンドルを握り直し、リョージはうんざりとした様子でつぶやいた。仮に野宿になったとしても車の中であれば雪に濡れることはないが、このまま夜になれば気温はさらに下がるだろう。そうなった場合、獣人であるユウはともかく、ヒューマンであるリョージがどうなるかは想像に難くない。
「だいじょうぶ、そん時は俺の毛皮であっためてやるから!」
嬉しそうに言うユウの額に、リョージは視線を逸らさないまま器用にチョップを叩き込んだ。
「ええー、いいじゃん。命の危機だよ」
「だったら毛皮だけよこせ」
その言葉にユウはぷうっと頬を膨らませて見せた。今度はリョージの指がその頬に突き立てられる。ぷう、と音を立てて口から息が漏れた。
「でもなんにせよ、レンに連絡しないと心配してそうだよな」
リョージの言葉にユウはうなずく。レンとは、自宅で留守番しているユウの弟である。まだ小さい彼を遠方の仕事に連れていくことは基本的にない。なればこそ、今日中に帰れればと二人は考えていたのだが。
「携帯は通じないのか?」
リョージの言葉にユウはポケットにしまっていたスマホを取り出してみる。が、先ほど確認した時と同様今も圏外のままだ。思ったよりも山奥まで来てしまっているのだろうか。
「うーん、だめそう……」
その言葉にリョージは小さく息を吐いた。ユウが悪いわけではないので、変にため息をついてユウにプレッシャーを与えたくはない。だが先ほどの報告にがっかりしたのも事実なのである。
「せめて公衆電話でもあれば……」
「あっても雪に埋もれてそうだけどな」
そう言ってリョージは笑う。ユウもその言葉ににっこりと微笑んだ。こういう軽口はユウの気を紛らわせるためだとわかっているからだ。
「じゃあ俺が掘り返すよ! ここほれワンワンって!」
なのでユウもそうやってノリ返す。
「それ、掘るの俺じゃないか?」
確かに、言われてみれば昔話の通りなら犬は場所を教えるだけで掘るのはおじいさんの役目だ。
「あれ?」
リョージに指摘されるまで気づかなかったユウは、盛大に首をひねることとなった。
「まあ、確かにそこまでわかってるなら掘ってやれよって気はするな」
リョージが笑いながらフォローを入れる。そうだよなー、とユウは少し不満そうにつぶやいた。
「俺ならちゃんと探して掘るとこまでやるよ!」
胸を張って謎のアピールをするユウを、「えらいなぁ」とリョージは片手間に褒めてやった。
そんな話のおかげか、車の中の雰囲気は少し和らいで。なんとなく、なんとかなるんじゃないかという気がしてきた。二人が言葉に出さずとも、互いにそういった思いを抱き始めたころ。
「あっ、あれ……」
日が傾きかけた山間に、ユウが何かを見つけて指さした。
「ん?」
リョージは眉根を寄せてじっと遠くを見つめるが、彼の目には何も映らない。
「なにかあるか?」
「いま、明かりがついたような……あっ、ほら!」
ユウが嬉しそうに声を上げて。こんどこそ、リョージの目にもそれは届いた。どうやらそこに何か建造物があるらしい。
「ヒトがいるといいな」
リョージの言葉に、ユウはうん、と頷いた。山の中だから変電施設など客が訪れないことを想定した建物の可能性もある。それでも誰かがそこにいてくれれば、せめて弟に連絡くらいはできるだろうと。ユウはゆったりと尻尾を振りながら考えた。
そこから車を走らせることしばし。雲の合間に覗く赤い夕陽は半分以上山にかくれ、姿を消すのも時間の問題といったころ。ようやく二人の乗る車は、遠くから見えていた明かりのもとにたどり着いていた。
「これは……」
近くまで来てからそっとブレーキを踏み、一時停車をする。ワイパーを動かして、ちらほらと舞い始めた雪をぬぐい取り。
「ペンション?」
ユウが不思議そうにつぶやいた。こんな山深くに、スキー場でもないこの場所で? という疑問が首をもたげるが。看板には確かに『ペンション ワイルド』と書かれているのだから信じるしかない。
「ともかく、明かりがついてるし人は居そうだ。客室が開いてれば泊めてくれるかもしれないな」
リョージの言葉に、ユウの尻尾がピンと跳ね上がる。
「お泊りデート!?」
目を輝かせ、だらしなく舌をはみ出させながらユウが勢いよく振り向いた。
「はいはい、それでもいいよ」
リョージが呆れたように言いながらハンドルを切る。建物の横手に車が数台とまっているところから、駐車スペースにあたりをつけてとりあえず車を停車させた。
「玄関までに遭難するなよ」
リョージは脱いでいたコートを後部座席から引っ張り出した。先ほどまで夕日が見えていたはずなのに、あっという間に空は雲に覆われちらほら舞っていただけの雪はしっかりと車のフロントガラスを覆い始めている。
「大丈夫だよ!」
ユウは来ていた服のフードをひっぱりおこし耳袋に耳を通す。宿泊の予定はなかったから、ふたりとも荷物は少ない。鞄を腹に抱えて濡れないようにしながら、二人は車の扉を開いた。同時に襲い来る突風に、リョージは思わず片手をあげて目をかばう。呼吸をするたびに凍える空気が肺を満たし、刺すような冷たさが鼻の奥をくすぐっていく。本格的に吹雪く前に到着してよかったと、リョージは小走りにペンションの入口へと向かった。
たどり着いた玄関の扉の前にはこうこうと明かりがともり、訪れた客を出迎えているかのようだ。たとえ雪が強くなってもこれなら迷うことなく玄関にたどり着けるだろう。建物は全体で見ても二階建て。窓が等間隔に並んで見えるのは客室だろうか。全体として小ぎれいではあるが、そこまで大きな造りではない。木造風の意匠を施してあるが、外壁はパネルを張り合わせたものらしい。思ったよりも最近の建物なのか。
「ごめんくださーい!」
ユウが身体についた雪を払いながら玄関の扉を開いた。玄関の扉をくぐり、再度扉を開く音。どうやら玄関は二重になっているらしく、ユウの背中が分厚いガラスの向こうでぼやけて見えた。リョージも外観の観察はそこそこに、玄関の扉の隙間へと身を滑り込ませた。風除室の中は温かいというほどでもない。それでも風がないだけで体感は大きく違うし、なにより先ほどまでの冷たい空気でこわばった顔が動きだしたのがわかる。車からこの玄関にたどり着くまで、外で見上げていた時間を考えても数十秒といったところだろう。だがその間に、思ったよりも顔は寒さに凍え、なんなら前髪には少し雪が積もり始めていた。体にまとわりついた雪を軽く手で払い落し
「失礼します」
ユウにならい、声をかけながら内扉をくぐる。今度こそ、暖かな空気がリョージを包み込んだ。思わずほっと大きな息を吐く。自分で考えていたよりも緊張は大きかったらしい。もっとも野宿による命の危機を考えれば、それもやむなしだろう。
目の前には小さな段差があり、その上にはスリッパが並んでいる。ここで靴を脱げということだと考え、リョージは靴を脱いでスリッパを履いた。
「ああ、こんばんは、寒かったでしょう。どうぞストーブにあたってください」
パタパタと足音を立てながら、中から一人の犬の老人が走り寄ってきた。垂れた耳に口元を覆うふさふさとした毛皮。タートルネックにジーンズというラフな格好だが、背筋が伸びているためか上品さも感じられた。その手に抱えられた大きめのタオルは、リョージ達のために出してきたものだろう。
彼が手で促した方向を見れば、玄関のすぐそばにソファがL字型に置かれていた。その中央には立派なテーブル。ソファの奥側には立派なストーブがおかれている。二人はタオルを受け取り体を軽くぬぐうと、ひとまずストーブの近くのソファに腰かけた。
「すぐに温かいお茶をお入れしますので、ひとまずそちらでゆっくりなさってください」
そういいながら、先ほどの老人はカウンターの中へと走っていった。おそらくカウンターの中がキッチンにつながっているのだろう。建物の規模を考えればおそらくスタッフは家族経営程度の人数しかいまい。そうなると食事の準備と受付を兼ねられるようになっていると想像がついた。
「あー……生き返る……」
とろんとした目で背中を丸め、先ほど受け取ったタオルを抱きしめながらユウが脚を投げ出していた。
「ほら、行儀悪いぞ」
伸ばされた長い脚をポンポンとたたき、座りなおすように促した。
そしてリョージは改めて周りを見回す。玄関の隣にある応接スペース。その向かいにあるのは立派な階段とその下をふさぐように置かれているカウンター。玄関から階段の前を通り過ぎた場所にある扉は、どうやら食堂のようだ。まだ扉が閉じているのは夕食の時間ではないからだろう。
目線をカウンターの向こう、玄関とは反対方向に目をやると矢印の下に「大浴場」と書かれたプレートが張られている。どうやら向こうには風呂場があるらしい。その手前に扉が一枚、「お手洗い」と書かれていた。そしてカウンターの横手には「スタッフオンリー」と掲示された扉。あちらがキッチンやスタッフルームといったところか。
改めて階段に目線を向ける。応接スペースは吹き抜けになっていて、天井には大きなシーリングファン。そして階段の上にはいくつか客室があるらしい。
「お待たせしました、紅茶でよろしかったでしょうか」
先ほどの老人が戻ってきて、声をかけてくれた。目の前に白いカップが置かれ、ティーポットから琥珀色のお茶が注がれた。
「すみません、突然押しかけてありがとうございます」
リョージが頭を下げるとユウも隣できちんと頭を下げていた。
「いえいえ、ご予約のお客様……ではありませんよね。道に迷われたんですか?」
心配そうな老人……と思っていたが、どうやら老人と呼ぶのは少々失礼なようだ。年かさではあるものの、近くで見るとまだ現役と言って差し支えなさそうな毛の艶が見て取れる。口元を覆う毛皮が老人に見せていたらしい。
「はい、すっかり道に迷ってしまって……山をおりる道を教えて頂いてもよろしいですか?」
リョージの言葉に、壮年の犬は少し困ったような顔をする。ちらりと一瞬カウンターを見てから改めて口を開いた。
「もちろん構わないのですが……ここから山をおりるとなると山道を走ることになります。慣れているならともかく日が落ちてから車で走るのはおすすめしません」
確かに彼の言う通りである。車を降りる際には既に雪が降り始めていたし、日が暮れれば街灯もない道を走ることになる。運転に自信があるわけでもないし、やめておいた方がいいか、とリョージは思わず肩を落とした。
「幸いお部屋も空いていますので、よろしければ一泊されて行かれませんか?」
そう言って壮年の犬は優しく微笑んだ。その言葉に今度はユウが嬉しそうに体を起こす。
「いいんですか?」
「ええ、ただお代は頂くことになりますが……」
嬉しそうなユウに、壮年の犬はにこやかな笑顔で答える。もちろん泊めてもらう以上宿泊代を支払うことはやぶさかではない。リョージとして心配しているのは。
「二部屋、空いていますか?」
リョージの言葉にユウの表情がさっと曇る。おそらく一緒に寝たい、と考えているのだろう。だがリョージにも体裁というものがある。
「すみません、空きは一部屋しかなく……それと、うちの部屋すべてダブルでして」
事情を察してくれたのか、部屋の説明も添えてくれる。その言葉にユウの顔が再びパッと輝いた。男性はそれを察してユウににっこりと微笑みかけている。
「まあ、空きがないならしょうがないか……」
ユウは嬉しそうにうんうんと頷き、先ほど一瞬うなだれた尻尾もちぎれ飛ぶのではないかというほど強く振りまわされていた。
「それでは、名簿をお持ちしますのでそちらにサインをお願いします。――申し遅れました、私このペンションのオーナーをしております枯野(かれの)と申します」
そう言って壮年の犬――枯野オーナーは深々と頭を下げた。
「鈴(すず)城(しろ)良(りょう)治(じ)、と申します。こっちは――」
「箱(はこ)辺(べ)柳(ゆう)って言います!」
リョージに続いて、ユウが元気に挨拶をした。あとでほめてやろう、とリョージはこっそり微笑む。
「鈴城様に箱辺様ですね、よろしくお願いいたします。本日は寒い中道に迷って災難だったと思いますが、お会いできたこと嬉しく思います」
枯野オーナーは改めて頭を下げた。そして踵を返すと、素早くカウンターに駆け寄り、一冊のノートを持ってくる。
「――こちらにご署名お願いいたします。お支払いは翌朝チェックアウト時に。今からでしたら夕食も間に合いますがお食べになられますか?」
テーブルの横にひざまずき、枯野オーナーは一冊のノートをテーブルの上に広げた。中には「枯野朽葉(くちは)」という名前を筆頭に、数人の名前が記されている。おそらくこの枯野はオーナーの名前で、このように書いてくれという例示なのだろう。リョージは差し出されたペンを受け取り、さらさらとサインをしながら宿泊費や食事のシステムについて頭に入れていく。金額は、まあ痛手ではあるが問題はない。夕食も滑り込みで間に合うのであればできれば世話になるつもりであった。
「よかった、俺ハラペコで」
ユウがリョージからペンを受け取りながらリョージの隣に自分のサインを書く。実際二人は昼食も食べ損ねており、道中コンビニで買ったパンをかじったくらいだったのだ。
「でしたら……夕食までまだ一時間以上ありますし、おにぎりでも作ってきましょうか?」
その言葉にユウの顔がゆがむ。食べたいという気持ちはあれど、ここまできたら夕食を楽しみにしたい、という気持ちもある。
「……ちなみに、夕食はビーフシチュー……?」
「ええ、タンシチューですね」
ユウが苦しそうに聞くのに、枯野オーナーは穏やかに答える。リョージには気づかなかったが、どうやらシチューのニオイがユウには届いていたらしい。
「我慢して待ちまっす!」
断腸の思い、という表情を浮かべながらユウが叫んだ。もともと声が大きいのに、さらに力を込めたその言葉。隣にいたリョージは思わず顔をしかめる。とはいえ、リョージとしてもその気持ちはよくわかる。実際腹は減っているのだろうが、今食べると夕食をしっかりと楽しめない、と判断したのだ。
「わかりました、では少し早くできるよう急ぎますね。ひとまずこのままお待ちください、お部屋の準備をしてまいりますので」
そう言って枯野オーナーが立ち上がる。二人が紅茶を飲み切っているのに気づき、「失礼しました」と言いながらポットからおかわりのお茶を注いだ。ふわりとお茶の香りが漂い、二人の鼻に届く。
軽く頭を下げてから、枯野オーナーはその場で踵を返し階段へと足を向けた。その時、階段の上に人影がすっと現れる。遠目に見ても体格のいい、牛の顔をした青年。屋内であるからだろう、ゆったりとしたパンツに半袖のTシャツ、それにエプロンを身に着けていた。
「あれ、オーナー。まだご予約ありましたか?」
慌てたように、パタパタと足音を立てながら彼が階段の中ほどまでおりてくる。ちらりとリョージとユウを見て、一瞬だけ困ったような顔を見せた。イレギュラーな客が来るのは負担なのだろうと、リョージはあえて目をつぶる。
「ああ、道に迷われてしまったそうで……シオンくん、空き室の用意してもらってもいいかな?」
「あ、はいわかりました。すぐに」
それだけ言うと彼は再び二階へと駆け上がっていく。その様子を見て、枯野オーナーは小さく微笑むと階段をおりてくる。
「すみません、少々お待ちください」
「今の方は?」
枯野オーナーが改めて頭を下げたので、リョージは階段の上を見ながら訪ねた。もうその場所に牛の姿は見えないが。
「ああ、うちでバイトしてくれている藤堂(とうどう)紫苑(しおん)くんです。あとで機会がありましたら改めてご挨拶するよう伝えておきますね。
うちのスタッフは私と彼の二人でして……行き届かないところもあるかと思いますがご容赦ください」
もちろんそんなところに文句をつけるつもりもない。リョージがうなずくと、枯野オーナーは再び笑顔を浮かべた。
「それでは、私は夕食の支度をしてまいります。細かいことは後程先ほどのスタッフ――シオンから説明させますのでこのままこちらでお待ちください。何かありましたらカウンターの呼び鈴を鳴らしていただければ私も戻ってまいりますので」
枯野オーナーは穏やかな笑顔でさらりと説明し、もう一度頭を下げるとカウンターの奥へと姿を消した。
「よかった~、なんとかなったね」
ユウが嬉しそうに微笑んでこちらを見ていた。リョージも軽く口角を上げて、なんとなくその頭を撫でてやる。
「そうだな、道に迷ったときはどうなることかと思ったが……」
最悪、車中泊も覚悟していただけに、暖かい夕食と柔らかなベッドにありつけるのは望外の幸運だったといえるだろう。
「まあせっかくだしゆっくりしようか。幸い大浴場もあるようだし……」
リョージの言葉に、ユウの目が小さく見開かれた。
「そうだ、レンに連絡しなきゃ」
慌ててユウはポケットから携帯を取り出すが、画面を見てすぐに顔をしかめた。どうやらこの建物内もまだ電波は通じていないらしい。
「無線とか、使わせてもらえたらいいけど……」
言いながらユウは辺りを見回す。幸い、カウンターの上に公衆電話が置いてあるのが見えた。リョージがそれを示してやるとユウはよいしょ、と声をかけながら立ち上がる。
「じゃあちょっと電話してくるから」
ユウの言葉にリョージはうなずいた。ユウがカウンターに向かう背中を見ながらカップを手に取り、ぬるくなってきた紅茶を口に含む。
「あれ、こんにちは~。お客さん?」
一息つこうと思っていたところに、聞き覚えのない声が聞こえた。声がしたのは階段の上から。視線をやれば、大柄なオオカミの姿。タンクトップにぴったりとしたスパッツだけを着ている。さすがに寒くないのだろうかと思うが、リョージには獣人の温度感覚はいまいちつかめない。
念のため、周囲を見回して自分以外に誰もいないことを確認する。あの位置からはカウンターにいるユウも見えないだろうし、リョージに声をかけたことで間違いなさそうだ。
「そうそう、そこの『ヒト』のアンタ」
彼が言う「ヒト」はいわゆるスラングだ。二足歩行する生き物をまとめて「人間」と呼ぶようになって久しいこの世の中。かつての「人間」であった者たちは今では「ヒューマン」と呼ばれる。だが長ったらしいとして「ヒト」と呼ぶものも少なくない。獣人を「人外」と呼ぶことは差別的であるとされることがある一方、「ヒト」という呼称は意外と浸透しているのでリョージもそう呼ばれることに特に違和感は覚えなかった。
にこやかな笑顔を浮かべながら、リズムよくとんとんと階段をおりてくるオオカミの青年。軽やかな身のこなしから、彼がまだ若いのだろうというのが見て取れた。タンクトップから見えている腕は太く、健康でハツラツとした印象を受ける。やがて彼の全身がリョージの前に現れた。
「で……」
思わず漏れそうになる言葉を必死で飲み込んだ。階段の上にいた時はスパッツをはいているな、ということくらいしか思わなかったが。いざ目の前に立つと、股間の隆起がすごかった。嫌でも視線を引き付ける存在感であるが、リョージは必死にそこから視線を逸らす。なんとか顔を見上げると、オオカミはひとなつっこい笑顔の中に、わずかないやらしさを感じさせる表情を浮かべていた。股間に目をやっていることがバレただろうかと、リョージは気まずそうに視線を逸らした。
「俺はトマ! おにいさんのお名前聞いても?」
トマと名乗った彼は、こちらが何かを言う前にすっとリョージの隣に腰を下ろした。ずいぶんとなれなれしいと思ったが、どうにも憎めない魅力もある。
さきほどスタッフは二人だと枯野オーナーは言っていたから、彼もここの宿泊客だろう。そういえば宿泊名簿の中で、オーナーの隣に「路鉢(ろばち)斗真(とま)」という名前があったことを思い出す。それがきっと彼の名前だろう。
「お兄さん、なんていわれるほど若くはないけれど……鈴城良治です。よろしく」
ひとまず握手でもするべきかと、リョージはカップを置いて手を差し出した。トマは迷わずその手を握り返す。
「リョージさんね! よろしく! 今日は何目的?」
そう言って笑う彼の表情はまぶしいほどの笑顔だった。その笑顔に気を取られ、一瞬言葉の意味が理解できなかった。何しにここへ来たのか、と問われているのだろうと思いリョージは頭を巡らせる。
「えっと、目的というか……仕事帰りに道に迷ってしまいまして。今から山をおりるのも危ないということで、オーナーが宿泊を勧めてくださったんです」
今までの流れを簡潔にあらわすならそういうことである。だが意外そうに、トマは目を見開いた。
「えっ、じゃあ、このペンションのこと何も知らずに来たの?」
「え? ええ……そうですが」
トマはまだ握手したままだった手を放し、困ったように頭を掻いた。
「あーっ!」
突然聞こえた大声に、リョージは思わず振り向く。その瞬間、リョージの目の前が真っ暗になった。
「うわっ!?」
とっさに手を振り回すが、腕は空を切るばかり。だが落ち着いて考えれば、自分の目を覆っているのがなんであるかはすぐに分かった。頭の上から声が聞こえたからだ。
「誰だよ、お前!」
ユウの不満そうな声が。
「ああ、リョージさんのツレ? 俺はトマ。よろしく」
ユウの険悪そうな口調もまったく意に介さず、トマは穏やかな声であいさつしていた。
リョージは手を伸ばし、自分の顔にしがみついているユウの背中をポンポンと叩いてやる。それで安心したのか、すっと自分の頭を抱えている腕の力が抜けた。ようやく解放されリョージは大きくため息をつく。
「すみません、えっと……路鉢さん、こいつは――」
リョージの言葉を、手で遮って。
「俺の名前知ってたんだ? でもトマでいいよ。名字呼びも、敬語もくすぐったいし」
そう言って彼は笑う。雑ともいえるが、彼の人懐っこさを考えるとこういうところで距離を詰めるのが彼のやり方なのだろう。
「ああ、じゃあトマ。紹介するよ、仕事の助手のユウだ」
リョージはいまだしがみつこうとするユウをぐいと押しやってみせた。これでおおよその関係は伝わるだろう、と判断してのことだ。
「仕事の助手かあ……恋人じゃないんだ?」
だがそれを知ってか知らずか、トマははっきりとした言葉で尋ねてくる。そうやって正面から聞かれてはリョージとしても答えざるを得ない。
「ああ、違うよ。というか……俺はそっちのケがないというか……」
「あ、ノンケさんかあ」
困っていたリョージに対してトマが助け舟をだす。「そうそう」とリョージがうなずいたのを見て、トマは満足そうに微笑んだ。
「いいじゃんか、恋人ってことでも」
ユウがすねたようにそっぽを向いたままつぶやいた。二人の間でこの問題は何度も話されてきたことだが、リョージとしてはユウの保護者くらいのつもりでいるので恋愛関係に発展させるつもりはない。少なくとも今のところは、ではあるが。
「すまんな、すぐ拗ねるんだ」
そういってリョージはユウの後頭部を軽くなでてやる。それだけでユウの機嫌は少し治ったようだった。
「しかしそうか、ノンケさんかあ」
トマが腕組みをして何かを考え込む様子を見せた。
「何かまずいことでも?」
ユウや、おそらくトマも同性愛者であることは話の流れから間違いないだろう。この場においてはノンケのリョージの方が少数派だが、それでも世間ではまだまだ同性愛の方がマイノリティで、リョージの方がマジョリティのはずだ。それがどう「まずいこと」につながるのか。
「いや、この宿いわゆるゲイに人気の宿ってやつで……」
『は?』
リョージとユウの声がきれいにハモった。言葉の意味は分かるのだが、突然の情報に思わず脳が受け入れそこなった、というべきだろう。
「いや、といってもこっちの界隈でちょっと話題になってる……程度なんだけどさ。ここのオーナーがそういう事情を全部飲み込んだうえで歓迎してくれるとか、温泉が混浴という名の実質男性専用になってるとか、部屋が基本的にダブルなので誘うだけで自然と親密になれるとか、そういう諸々があって……」
トマが少しバツの悪い顔をしながら説明してくれる。いずれも「ゲイだから人気が出る」という理由ではなさそうだが、それでもオーナーが受け入れてくれるという部分にマイノリティとしては安心感があるのだろうと予想がついた。
「でもそれで何がまずいんだよ?」
ユウが不審げな顔で聞いてくる。さりげなくリョージの腰に手をまわしているが、リョージもさすがに今回は見過ごすこととしたようだ。
「それだけならいいんだけどさー、今日の客は全員『こっち』みたいだから……狙われるかもなあって」
トマがごまかすように笑いながらさらりと爆弾発言をする。それはアウティングではないのか、とリョージがぼんやりと考える。その隣でユウは状況を理解してさっとリョージを抱き寄せた。
「まあせいぜいあって『味見』くらいだから」
そういってトマは手を伸ばし、リョージの膝に手を乗せる。
「触るなっ」
ユウはマズルにしわを寄せてその手の主に威嚇を示した。
「おい、バカ犬」
そのまま攻撃でもしかけるのではないかとリョージが心配しだしたそのタイミングで、不意に声が響いた。
「いてててて」
トマの声に彼の顔を見上げれば、大きなオオカミの耳が誰かにぐいと引っ張られている。
「他人様に迷惑をかけるんじゃあない」
いつの間に歩み寄っていたのだろう。オオカミの座るすぐ横にもう一人、トラの顔をした男の姿があった。小さな眼鏡に後ろに一条だけ垂らした頭髪。トマのように大きな体ではないが、しっかりとした肩幅に大きな手。屋内ではあるがしっかりとネクタイを締め、上品な色合いのジャケットを着こなしている。
「く、クロード。いつからいたんだ?」
トマがごまかすような笑みを浮かべる。それを見透かしたような、冷たい瞳でクロードと呼ばれたトラがトマを見下ろした。
「お前がそちらの紳士の膝に手を置いたあたりからだな」
つかんだままの耳をさらに力をいれてぐいと引く。「いてててて!」とトマの口からさらに悲鳴が漏れた。それでもリョージの膝から手を放さないのはもはや意地なのだろう。
「しっしっ」
ここぞとばかりにユウがトマの手を、リョージの膝から払いのけた。さすがにそこまでされては抵抗する気もないようで、トマの手が膝から滑り落ちる。リョージとしても内心困っていたので、二人がかりで抑え込んでくれて思わず安堵のため息を漏らす。
「すみません、うちのバカ犬が失礼しました。私は阿(あ)森(もり)蔵人(くろうど)と申します」
そういってトラは恭しくお辞儀をした後、すっと握手を求めて手を出してきた。
「ご丁寧にどうも、鈴城良治です。こっちは仕事の助手の」
「箱辺ユウです!」
リョージの促しにユウがスムーズに続いた。先ほどよりご機嫌なのは、リョージに手を出そうとするトマを止めてくれた、という安心感からくるものだろう。
「ご旅行でこちらに?」
トマの隣にクロードが腰を下ろす。
「いえ、仕事帰りに道に迷ってしまって。日も暮れて天候も悪くなってきたので飛び込みですが一泊お願いしたところです」
簡単に今の状況を説明する。トマに同じ話をしているので、さすがにユウも今回は素直にうなずいた。
「阿森さんは……」
「クロードでかまいません。皆そう呼びますよ」
ユウが口を開くのを遮って、クロードが微笑んだ。トマのように人懐っこいものではなく、どこか計算高い印象がある笑顔だ。人付き合いはトマに比べて苦手なのかもしれない。
「じゃあクロードさん。お二人は恋人なんですか?」
「えっ!?」
今度はユウが無遠慮に踏み込んだ。ユウとトマは意外と気が合うのではないだろうか、と思うがリョージはその言葉をきつく飲み込んだ。今は悪感情を持っているようだし変に意識させても余計に喧嘩になるだけだろうと踏んだのだ。
「あ、いや、恋人というか、その、俺たちは三人で、その」
先ほどまでの余裕はどこへやら、しどろもどろになりながら何かを伝えようとするクロード。リョージも見ていて、そういうところはかわいいんだなと思ってしまった。
「トマ、クロードぉ」
のんびりとした声とバタバタと階段を駆けおりる音。どうやら先ほどクロードが漏らした「三人目」の登場らしい。
「おいてくなんてひどいよ~」
言葉の内容は二人を責めるものだが、声色はのんびりとしており気にしているどころか今日の夕食のメニューでも訪ねていそうなテンポだった。
「悪い悪い、お前らの身支度時間かかりそうだったからさ」
「トマが心配だから、先にいくといっただろう」
苦笑するトマとあきれたように言うクロード。そんなふたりを見て、笑うのは目を細めたクマ。クマの獣人としてはやや小柄だろうか。だがその種族から想像できる通り恰幅がよく、力仕事なら二人にも負けないだろうという安心感を与える体格である。だぼっとしたTシャツ越しでも彼の身体ががっしりしていることが想像できた。
「携帯の充電器がみつかんなくてさ~」
そういいながら彼はクロードの隣に腰を下ろす。これで二つあるソファの片方が完全に埋まってしまった。
「……あれ? はじめましてさん?」
そこまできて、彼はようやくリョージとユウに気づいたらしい。
「へえ、またカップルさんなんだねえ」
リョージは困ったように首を振るが、ユウは嬉しそうにうなずく。そんな二人を見て彼は少し不思議そうに首を傾げた。それでも目が開いて見えないのは、もともと糸目なのだろう。
「ああ、そうか」
少し考えて彼は一人何かに納得し。
「早くうまくいくといいね」
そういってクマはユウに向かって微笑みかけた。ユウは嬉しそうに笑顔を浮かべると尻尾を盛大に振り始める。
「初めまして、下根(しもね)瑠夏(るか)っていいます。ルカって呼んでください」
先ほどまでののんびりとした雰囲気をいったん押し込めて、ルカはリョージに向かって丁寧にあいさつした。
「これは丁寧にどうも。ルカ君、でいいのかな」
リョージの言葉にルカは微笑む。改めて名乗る二人をニコニコと眺めてくれるのはいいが、どうにも表情が読みにくかった。
「すみません、うちの二人がご迷惑かけませんでしたか」
「ルカに言われたら終わりだな~」
トマが苦笑しながら大きくソファにもたれかかった。クロードは何か言いたげにそれを見るが、何も言わずにリョージ達に向き直る。
「こいつはこいつでのん気な男でしてね」
クロードも少し困ったように微笑んでいるが。リョージの見立てでは、この三人の関係性をコントロールしているのはおそらくルカだろう。自由にふるまうトマと、それをいさめるクロード。時には険悪になりそうな二人をおそらくルカがうまくガス抜きしながら関係を保っているのだ。二人の口ぶりからおそらく天然気質ではあるだろうけれど。
「へぇ~、いいなあ。仲のいい三人で旅行かあ」
ユウがアイドルでも夢見るような顔でつぶやいた。おそらく彼の脳裏には、この場にいない弟のことがあるのだろう。リョージとユウと、そして弟のレンと。三人で出かけるなんてことは確かにしたことがない。
「……そのうち行くか、レンもつれて」
リョージの言葉にびっくりした顔でユウが振り向く。
「え、いいの? ていうか、なんで考えてることわかったの?」
レンの名前はともかく、ユウが三人で旅行したがっていることは目の前の三人でも読み取れただろう。それでもリョージはそれを説明せずあいまいに笑ってごまかした。
「さすがリョージは名探偵だな~」
ユウがニコニコとしながら漏らした言葉に、三人が一瞬こわばった顔をしてみせた。本当に一瞬で、ユウはそれに気づいていない。だがリョージはその表情の変化に気づいていた。
確かにリョージの仕事は私立探偵である。以前のコネを生かし警察とも連携をとることもしばしばあるが、基本的には民間での依頼をうけて動く探偵だ。だから三人のこういった反応は初めてではないのだが……。
「あんまり口外するなよ」
ユウにそっと耳打ちすると、ユウは「しまった」という顔で口を抑えた。とはいえ言ってしまったものはしょうがあるまい。
「たいてい暇しているので、ご入用ならご連絡ください」
そういってリョージは自分の名刺をテーブルに置き、三人の方に差し出した。「鈴城探偵事務所」という事務所名と連絡先が記載されている簡単なものである。
「探偵っていったらあれだろ、『じっちゃんのナニかけて!』みたいなやつ」
「変なところがカタカナになってないか?」
トマの言葉にクロードがいぶかし気な視線を向ける。
「えっとじゃあ『おまえたちのヤってることは全部まるっとお見通しだ!』みたいなやつ」
「んんん……」
口頭でしゃべる分には何も間違ってはいないのだが。なんとなく釈然のしないものを感じてクロードは言葉に詰まる。そこにルカが重ねて口を開き。
「『ちんちんはいつも一つ』は?」
「ぜんぜんかすってないッ!」
あまりのセリフにクロードは頭を抱えて叫んだ。
「せめて『チン実』にするとか、もうちょっと寄せる工夫ってもんがな!」
かぶりを振りながら必死に叫ぶクロード。ここだけ見ればおかしなのはクロードの方であろう。
「そっかあ、ひとつとは限らないもんねえ」
「限れーッ!」
クロードの叫びは終わらない。
「だってクロード、僕とトマの両方好きでしょ?」
「うわはははははは!」
ルカの口をふさぎながらクロードは引きつった笑いを浮かべた。目が泳ぐ、どころかバタフライでも始めているのではというほどに視線が定まっていない。これは聞かなかったことにしてあげるのが優しさだろう、とリョージはユウの頭をそっと撫でた。
「お待たせしました~」
ドスドスと階段を踏み抜きそうな勢いで駆けおりてくる牛の青年。先ほど見かけたバイトの青年。リョージは名前を呼ぼうとして、とっさに思い出せず口ごもる。
「あ、お客さん、お待たせしました。お部屋案内しますよ」
急いで片付けてくれたのだろう、牛の頬は上気してうっすら赤く染まっている。となりでユウがすん、と鼻を鳴らした。
「ありがとうございます。えっとバイトの……」
「ああ、おれシオン、藤堂シオンっていいます。オーナーにもそう呼ばれてるのでシオンで呼んでください」
そういって彼は穏やかに笑う。
「あ、お部屋案内でもよかったですか?」
トマたちをちらりとみてシオンが尋ねる。談笑していたのであればもう少し待とうか、という意味だろう。だが今はちょうどルカが失言してクロードが慌てていたタイミングだった。いったんここで退席したほうがお互いに仕切りなおせるだろう。
「いえ、大丈夫ですよ。案内お願いします」
そういってリョージは立ち上がる。彼にしがみついていたユウも慌てて立ち上がった。ついでにそのタイミングで自己紹介も済ませておく。
「リョージさんとユウさん、ですね。お荷物、お預かりしましょうか?」
リョージの手元とソファの周囲を見渡すシオン。だがもともと宿泊予定のなかった二人の荷物は小さなクラッチバックくらいのものである。
「いえ、大丈夫です。これしかないので」
そういってリョージは手にしていた小さなカバンを振って見せた。なるほど、とシオンはうなずいて。
「では二階ご案内しますね。こちらです」
そういいながら彼は階段に向かって歩き出した。
「オーナーから建物の構造は聞いていますか?」
階段に足をかけながら彼は振り返った。そういえば最初に中を見回してなんとなくは把握しているが、きちんと説明は聞いていなかった。リョージが首を横に振るとシオンは足を止めて後ろの扉に手を向けた。
「そちら、食堂です。本日は十八時半から夕食予定ですので二十分ごろにお集まりください。それから階段の下がカウンターで……むこうの壁に案内が出ていますが、奥が大浴場になります。お部屋にシャワーはありますが、大きな湯船に入りたいときはご利用ください。清掃の時間はありますが、基本的には二十四時間入れますよ」
へぇ、とリョージは漏らした。てっきり時間制かと思っていたのだ。
「こちら、実は天然温泉でして。温度の調整くらいはしていますが、お湯を沸かす必要がないのでいつでも入れるんですよ」
先ほどトマが言っていた「ゲイに人気の宿」という話を思い出す。なるほど、人目のつかない時間帯に入れる風呂は出会いの場として優秀なのかもしれない。
「それからトイレはその手前にある扉になります。一階はあちらのみになりますのでご了承ください」
そういいながらシオンは階段を上がり始めた。リョージとユウもそのあとに続く。
「お部屋にはユニットバスがあります、アメニティも洗面台に設置してありますのでご自由にお使いください。ただドライヤーは小さなものしか備え付けがありませんので……」
シオンが振り返りちらりとユウを見る。
「そちらのユウさんは大浴場を使っていただいたほうがいいかもしれませんね。そちらであれば全身用のドライヤーがありますので」
シオンが言うように、毛足の長い獣人には全身用のドライヤーが好まれる。ハスキーの獣性を持つユウはどちらかというと毛が短い方ではあるが、それでも牛のシオンよりは長いのでそういわれたのだろう。
「でもリョージ、大浴場いく?」
「うーん……」
正直温泉であれば入っていきたいという気持ちもある。だが「今日の客は全員ゲイだ」という話を聞かされた上で入るとなると、ユウがまた気にしそうだな、という気持ちもあった。
「まあ、食事してから考えよう」
そういってリョージはユウの背中を軽く叩いてやった。それを合図にユウが再び階段を上り始める。リョージは二人を階段の上に追いやりながら、そっと談話室の方を覗き込んだ。トイレにいったのだろうか、トマの姿はそこにはなく。クロードがルカに対して何かをしゃべっている姿だけがあった。
「リョージ?」
ユウの言葉に、リョージはああ、とだけ答えて階段を上がり切った。
階段を上がってすぐ正面に客室が一つ。廊下は左右に伸びているが談話室が吹き抜けになっているため右手の廊下は短く、部屋も片側に一室しかない。左手側は廊下の両側に部屋がありどうやらそちらは四部屋あるらしい。廊下の奥側右手が広そうなので、おそらくそこに先ほどの三人が泊っているのだろうと予想がついた。
「鈴城さんたちのお部屋はこちらになります。」
階段を上がってすぐ、目の前の扉を開いてシオンが促してくれた。ユウに続いてリョージもその中に入る。入ってすぐ左手にクローゼットがあり、その向こうには扉。おそらくここがユニットバスなのだろう。濃い色の絨毯を踏みながら中に入ると、中はオレンジとブラウンでまとめられた温かみのある部屋だった。部屋の中には大きなクイーンサイズのベッドと壁掛け時計のみ。どうやらテレビもないらしい。
「なんか、酒みたいなニオイがする……」
だがユウはそれよりもニオイが気になるようで。少し上を向きながら鼻をすんすんと鳴らしていた。
「あ、すみません。実は先ほど蔵から出すときにワインをこぼしてしまって、服にかかってしまったんです。それで着替えずにそのまま作業していたので、その匂いだと思います」
あ、とユウは小さく漏らす。少し慌てた顔をしているのは、別にクレームをつけるつもりではなかったからだろう。
「いや、むしろ、ワインのいい匂いっていうか……」
しどろもどろにフォローするユウとシオンの間にリョージはすっと割って入り。
「お気になさらず。では鍵を預かっても?」
リョージの言葉にシオンは「はい」というと大きなキーホルダーのついたカギを差し出した。木製のキーホルダーには大きく「二〇二」と書かれている。おそらく手作りだろう。
「はい、では確かに。夕食は十八時半でしたよね」
「はい、もちろん多少なら遅れても大丈夫ですが、出来立ての方がおいしいですからね。できればお時間通りにお越しください」
改めて簡単な説明をしてから、シオンは「それでは失礼します」と退室した。
ようやく二人きりになり、ユウは大きくため息をつく。
「あー、疲れたなあ」
そういいながら彼はベッドに腰を下ろした。先ほどまでソファに座っていただけのはずだが、何度も自己紹介や状況説明をさせられ、たぶん気疲れしているのだろう。リョージもその点には同意だった。
「充電~」
言いながらユウがリョージにしがみついてくる。しょうがないな、といいながらリョージはユウの隣に腰を下ろした。
「へへへへ」
ユウが笑いながらリョージの肩に頬を寄せる。
ユウの思いはリョージもわかっている。いや、わかっているつもりである。はっきりと言われてはいないが、今されているようにしがみつかれ、先ほどのトマに対するような態度を見せられていてはよっぽど鈍感でなければわかるだろう。リョージとしてはその思いにこたえるつもりは今のところないが、別に嫌っている相手でもない。ならばこうして触れてくるくらいは許してやろうと思っているのだ。
リョージが疲れた体をそのままベッドの上に投げ出すと、ユウはそのまま胸の上にのしかかってくる。本当に犬みたいだな、と思いながらリョージはその頭を撫でた。リョージの手が気持ちよくてユウはすっと目を細める。もし彼が猫の獣性をもっているのであれば、きっと今ごろ喉を鳴らしていることだろう。
「リョージぃ……」
すう、と寝息が聞こえた。ユウがそっと顎を持ち上げてリョージの顔を覗き込む。どうやら寝てしまっているらしい。確かに今日は昼前からずっと運転をしているし、昨晩も顧客に渡す資料作りなどであまり寝ていないようだった。ならば夕食くらいまでは寝かしてあげたっていいだろう。
「リョージ……好き……」
彼が寝ているのを確認してから、ユウがそっとつぶやいた。まだ直接伝える勇気はないけれど。せめてこうやって呟くくらいはと、ユウはリョージの胸にもう一度顎を乗せた。
[newpage]
〇
「はぁっ、はぁっ……」
荒い息が抑えきれずに漏れる。まだ何もしていないのに。ただ自分の首に巻き付いていたネクタイをほどかれて、目元を隠されているだけなのに。すでに次の展開を期待して興奮しているあさましい自分。そんな自分がまた興奮材料になっていることを、そのトラは自覚していた。
「ひっ」
不意に股間に誰かの手が這わされる。ベッドの上で膝立ちになった彼の股下をくぐる腕と、そのまま股間に這わされる手。太い尻尾を思わずその腕に巻き付ける。
「トマ……ルカ……?」
その手だけではまだどちらかわからない。だがどちらからでもいい。はやく刺激が欲しい。腕に巻き付けた尻尾をゆったりと動かしながら、いまだ動かない手に自分から股間を押し付ける。硬くなり、内側からスラックスを押し上げるトラの一物。その熱を感じてか、ようやく手が、指が動き始めた。形をなぞるように、ゆっくりと。
「はやく、はやく……」
目が隠れていても、クロードの表情がとろけているのは誰の目にも明らかだった。ましてやクロードのことをよく知る二人である。こんな時彼がどんな顔を見せるのか。そしてどうすれば喜ぶのか。すべてわかったうえで焦らすように指を動かすのだ。
やがてクロードが我慢できずにもう一度おねだりをしようとしたころ。形をなぞるだけだった指が、意思をもって一点を目指す。それはスラックスの合わせになっている部分。ファスナーの引手の部分を探り当て、やさしくそれをつかむ。チリ、と小さい音がクロードの耳に届いた。
「ああ……」
期待と興奮の混ざった声が口からもれる。先ほどまでゆったりと動かされていた腰は、動きを止め。ファスナーが下ろされるのを今か今かと待っていた。
「んんぅっ!」
同時に、クロードの乳首が服の上からはじかれた。股間の動きに集中していた彼は、唐突な刺激に大きな声を漏らす。まだ脱がされるどころか、ボタンすら外されていないシャツの上から。存在を主張するそこを強く弾かれたのだ。
「どっちがいい?」
耳元でいじわるな声が聞こえる。声は、トマのものだった。
「どっちも……胸も股間も、両方……」
「すけべだね」
今度はルカの声が聞こえた。いつもならそんなこと言われれば頭の一つも小突いてやるところだが。今クロードを見ているのはこの二人だけ。クロードが心を許すこの二人。なんならもっと言ってほしい、もっとバカにしてほしい。
「あ、ああ……すまない……変態で……」
クロードの言葉と同時に、再び乳首が弾かれる。
「ああんっ!」
声を殺すこともせず、クロードは大きくのけぞった。それと同時に、股間にいた手がジッと音を立ててファスナーを一気に引き下ろす。そのまま手は窓から内部に侵入を果たし、すでにビショビショになっているクロードの下着をもてあそぶ。
「あっ、あっ!」
目隠しをしたまま、クロードは天を仰ぎ声を漏らす。うれしい。こんなにも虐めてもらえることがたまらなく嬉しい。
「かわいいね」
ルカの声がそういいながら、シャツのボタンをいくつか外す。そのまま前を開けられ、下着もまくりあげられて。見事な腹筋と胸板が、正面にいる人物にさらされた。それに気づいたのか、あるいは下着の上からが我慢できなくなったのか。股間をもてあそんでいた手も、そのまま下着を横にずらすと、硬くなったクロードの一物をなんとか引っ張り出した。ほとんど服を脱がされないまま、性感帯だけをさらされて。クロードの先端からはさらに露があふれ出す。
「さて、クロード。どっちがいい?」
今度はトマの声だ。今、二人の責めの手は止まっている。選べと言われているのだ。どっちを責めてほしいかを。
「ど、どっちも……」
クロードの弱々しい声に、トマが「ん?」と返す。それでは駄目だと暗に言っているのだ。
「ち……乳首も、ちんぽも……どっちも責めてほしい……」
今までにも何度もさせられたやり取り。だからこそ、クロードもこういわなければ何もしてもらえないことを知っている。恥ずかしさで顔が熱くなり、興奮で顔が熱くなる。息が荒く、そして竿が硬くなるのが自分でもわかった。
「わがままだねえ、クロードは」
ルカが嬉しそうな声で囁く。わかっている続く言葉が。与えられる責め苦が。
「でもそういうとこ、かわいくてさ。好きだよ」
ちゅ、と音を立てて口づけられた。クロードはそれが嬉しくて、自分からねだるように顔を近づける。果たしてそこにあったルカの唇は、分かっていたようにクロードを受け入れた。
「かわいいね、いっぱい愛してあげるからね」
ルカはクロードの唇に、頬に、首筋に、雨のように雪のように口づけを降らせる。と、不意に
「んんんっ!」
口づけをされているタイミングで、突然竿を後ろから強く握られた。直接的な刺激に、舌を絡めながらもクロードがあえぐ。
「二人で盛り上がってるなよ。俺だって、さ」
トマの言葉は歯切れが悪い。まだきっと恥ずかしいのだ。だがクロードはそれでもねだる。
「トマ、好きだ、トマ」
体をひねり、後ろにいるはずのトマに声をかける。いまだほどかれずに目を覆うネクタイのせいで、どこにトマがいるかもわからない。だから、クロードが声をかけるのは「そこにいてほしい場所」だ。ここに今トマがいてほしいとクロードが思える場所。果たして、トマはそこにいた。顔を必死でひねるクロードの顎をつかみ、自らの舌をクロードの口腔内へとねじ込んでいく。開いた片手は胸板にそっと添えられ、以前よりずいぶん大きくなった突起を軽くひねる。
「僕だってトマのこと好きだよ?」
耳元で聞こえるルカの声。二人で交わしていた口づけに、もう一本舌が滑り込んでくる。目隠しをしているクロードには、それがどんな姿勢で行われているかわからない。
「そうだな、俺もルカのこと好きだぜ」
口を離し、トマが優しくささやいた。クロードはそれにほんの少し、嫉妬する。自分に対してははっきりと言わないのに、ルカに対してはきちんと言葉にする。その態度の違いに、胸の奥が重くなる。
「駄目だよ、クロードにも言ってあげなきゃ。ほら、泣いてる」
そういってルカの手が、クロードの竿にそっと添えられた。先端に指先が添えられ、先ほどから垂れ落ちている先走りを掬い取られる。
「ごめんなクロード。好きだぜ」
そういってトマは再びクロードの口内を占拠していく。ルカはあきらめたように身を引いて。
「あぐっ!」
ぬるり、とクロードの肉棒が熱い肉に含まれた。おそらくルカが屈みこんでそれを咥えたのだろう。指先が下からクロードの玉を持ち上げて、やわやわとマッサージする。乳首も竿もいじられ続けていたクロードに、その快楽にあらがう術はない。
「んんっ、んはっ、あああっ!」
予告もなく、クロードはルカの口内に欲望をぶちまけた。びくり、びくりと。体をけいれんさせ、自分の全身を使って快楽を表現する。
「んっ……んんん……」
唐突に口内で射精され、一瞬ルカは驚いた声を上げるが。すぐにごくり、と音を立てて飲み込んだ。
「まったくクロードはこらえ性がないな」
その様子を見下ろしながら、トマが耳元でクロードを責める。
「はぁっ……はあっ……す、すまない……」
トマと、飲んでくれたルカに対して謝罪をする。そこでようやく。目元を覆っていたネクタイが外された。
「さて、それじゃあ本番と行くか」
トマが言いながらクロードの上半身を抱え、そのまま前方へ押し倒す。ルカもそのまま身を引いてそれをよけると、膝立ちの二人の間でクロードは四つ這いの姿勢になった。この姿勢になったということは、今から二人分の欲望を突き付けられるのだ。クロードはそれが嬉しくて、自らズボンのベルトを緩めた。トマがそれを手伝い、ズボンと下着を一気に膝まで引き下ろす。
「もう準備すんでるんだろ?」
トマがクロードの尻に手をかける。トラ特有の縞模様があるその尻を割り、肉色のすぼまった穴を覗き込んだ。その奥には大きく垂れさがる、縞模様の入った玉袋。
「ああ……はやく、トマ」
クロードは目の前にいるルカの腰にしがみつき、腰ひもをほどきながら尻を振る。もうこうなっては完全に欲望の奴隷。二人の奴隷である。だがそれはクロードが望んでいることで。ルカとトマが仕込んでいることでもあった。予定調和と言ってもいいその動きに、三人は同じ思いを抱えたまま欲望をたぎらせていく。
やがてクロードの目の前にはルカの肉棒が姿を現した。亀頭の大きい、えらの張った太いイチモツ。それはクロードの大好物だ。長さよりも太さの目立つそれは、喉奥をえぐることなく口の中をいっぱいにしてくれる。クロードは先端のニオイをかぐと、迷うことなくそれを口の中へ取り込んだ。
「ああぁぁぁ……」
ルカの口から快感の声が漏れる。最初は口に入れることも嫌がっていたというのに、すっかりとうまくなったものだ。ルカはクロードの頭をなでながらゆっくりと腰を振る。それに気づいたクロードは自らの動きを止め、ルカの腰に合わせて舌だけを動かす。
「ふふ、クロードの好きなちんぽだよ。たっぷり楽しんでね」
ルカはそう言いながら自分の股間に顔をうずめるクロードの頭をなでてやる。上目遣いでルカを見上げながら、クロードは幸せそうな表情でルカの太い肉竿に舌を絡めた。
「おいおい、こっちも忘れてもらっちゃあ困るぜ」
言いながら、トマはゆっくりとクロードの雄穴にゆっくりと指を侵入させていく。既に洗浄と慣らしが済んだそこは、明確な快感をクロードに伝えてきた。
「ああああ……」
それでもルカを口から出すことはないままに、クロードはうっとりとした声を上げる。ようやく本当に求めていたものが与えられるのだ。そう思うと今にも脳が芯からとけてしまいそうだった。そう考えている間にも、トマの指は的確にクロードの内側を擦りあげていく。
「うううう」
ルカの腰にしがみつき、それを根本まで咥えこみながらクロードは全身に力をこめてあふれる快感に必死で耐える。ピリ、と小さな音がしてまだ脱いでいないシャツに負担がかかっていることを感じさせる。だがそんなことはどうだっていい。シャツが破れようがネクタイが汚れようがズボンに穴が開こうが。クロードの頭の中は、目の前の肉棒を咥えこみ、尻穴を埋めてもらうことだけがすべてだった。
「トマ、もういいから、はやく……」
トマの肉棒は、三人の中で一番大きい。それでもクロードには、もうその凶器でないと欲しいところまで届かないのだ。
「しょうがねえな、じゃあさくっといくぜ」
言いながらトマは体を起こし、自分の肉槍をクロードの尻穴にあてがうと。そのままゆっくりと貫いていく。
「おおおおおおおぉぉぉ……」
「あああああ……」
いくら犯しても柔らかく、それでいてしっかりと締め付けてくる肉穴に、トマは今日も感嘆の声を漏らす。出会ったころには完全に処女穴だったはずのそこは、いまやすっかり熟れた雌穴である。当初はクロードも何かと抵抗していたものの、今ではすっかり自らおねだりをする淫売と化している。
対するクロードも、トマの巨大さとその熱量に、声を漏らすしかできない。先ほどまではなんとかルカへの愛撫も忘れていなかったものの、ねじ込まれた瞬間にもはやそんな余裕はなくなっていた。
「ふふ、感じてるクロードはほんとにかわいい」
ルカが刺激を求めてか、クロードの頭を固定してゆっくりと振っていた腰の動きを速めていく。
「んご、ふぐっ!」
いくら短めとはいえ、押し込まれれば喉にも届く。クロードはこみ上げる嗚咽すら快感に変えながらそれを必死で受け入れていく。
「ああ、クロード、やべえ、すぐイっちまうかも!」
そんなクロードに覆いかぶさりながら、トマは膝立ちから中腰に姿勢を変えると、クロードの尻に体重をかけるようにして掘り進んできた。
「んんっ、んぐ、ぐうっ!」
それが絶妙にいいトコロにあたり、クロードの視界に火花が散る。
「やっべ、出る、出るぞ!」
「それじゃ、僕も。しっかり飲んでね」
トマの声にルカも嬉しそうに声をあげペースを上げていき。
『~~~~~ッ!!』
声にならない叫びをあげながら、三人はほとんど同時に快楽の絶頂へと昇りつめていた。
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