【skeb】Episode.XXX『アンダードッグ・アヴェンジャー』
S.P.D.――スペシャル・ポリス・デカレンジャー。
燃えるハートでクールに戦う六人の刑事たち。
彼らの任務は、地球に侵入した宇宙の犯罪者たちと戦い、人々の平和と安全を守ることである。
<オープニング>
エージェント・アブレラの野望を打ち砕き、見事デカベースを奪還したデカレンジャー。
ファイヤースクワッドへの転任が決まったバンが地球署を発ってからしばらくの間、地球には平穏な一時が訪れていた。数多くの[[rb:宇宙人犯罪者 > アリエナイザー]]を裏で手引きし、強力な兵器を売りつけていたアブレラの死後、地球で発生する凶悪犯罪は減少の一途を辿っていたのだ。
デカスーツを装着して戦うほどの強敵も、デカマシンを駆り出すほどの巨大な相手も現れない、凪のようにいたって平らかな日々。しかし、誰もが安らぎを謳歌する中だからこそ、防犯意識の啓蒙と、宇宙警察の活動アピールを行うべき――そんな宇宙警察上層部の意向によって、あるイベントが大々的に開催されようとしていた。
<タイトルバック>
Episode.[[rb:XXX > トリプルエックス]]
『アンダードッグ・アヴェンジャー』
<本編>
「お集まりの皆さ~ん! 宇宙警察地球署・市民感謝祭へようこそ!」
犬の横顔を思わせる宇宙警察のエンブレムを模した最上部がとりわけ目を引く地球署本部・デカベース。その傍らに設けられた特設会場のステージから、快晴の青空へ向けて大きく弾むような声が響き渡る。
「本日の司会進行を務めさせていただきます、デカレンジャーの自称リーダーこと胡堂 小梅と!」
「アシスタントのてんとう……もとい、礼紋 茉莉花でございます。よろしくブイ」
観客の黄色い歓声を一手に浴びるのは、大きな挙動の度にポニーテールを揺らす可憐な元気娘と、セミロングの髪を靡かせるミステリアスな美女。それぞれデカピンク、デカイエローとして最前線で事件を追う傍ら、『ツインカム・エンジェル』の愛称でアイドル顔負けの人気を誇る二人組だけに、会場の熱狂ぶりも頷ける。老若男女、地球人も異星人も例外なく盛り上がる光景は、アブレラ撲滅以降の地球に漂う平和なムードを如実に表していた。
「それでは、地球署署長ドギー・クルーガーより、開会の宣言をいたしま~す!」
舞台袖に捌けてゆく二人と入れ替わり、地球におけるイヌ科によく似た頭部を持つ異星人――アヌビス星人の偉丈夫が姿を現す。青と白のツートンカラーに飾られた艶やかな毛皮に、銀と赤の縁取りに飾られた黒いコートをまとったその姿は、まさに正義の体現。分厚い衣服越しにも見て取れる剛健な肉体を躍動させ、悠然と舞台中央に歩み出る姿に、思わず誰もが息を呑む。
「只今ご紹介に与りました宇宙警察地球署署長、ドギー・クルーガーです。地球市民の皆さん、本日は市民感謝祭へお越しいただき、誠にありがとうございます」
雌雄を問わず聞き惚れる重低音の美声で挨拶を述べると、ドギーは群衆へ向けて背を正し、頭を下げた。いかなる相手にも礼を失することなく、真摯に向き合う姿が、人々の熱い視線をさらに惹きつけてゆく。
決して長くはない時間の中で、ドギーは簡潔に、かつ適切に、異星人犯罪に対する地球署の備えと日々の活動について語る。時にユーモアも交えて会場を沸かせながら、誰もが聞き入る説話を滔々と綴るその背後には、舞台中央に堂々と飾られた宇宙警察のエンブレムが輝いている。
「――地球の平和、ひいてはこの国、この街の平和は、皆さんの日々の備えにかかっています。どうか、犯罪を未然に防ぎ、皆さんが穏やかに暮らせる毎日を守るために、本日の経験を糧としていただきたい」
切なる願いを唱え終わると、ドギーは舞台袖に控える部下たちに目配せを投げた。中央に立つドギーの左右に、五人の刑事たちが並び立ち、圧巻の光景に感嘆の声が上がる。
冷静沈着にチームをまとめる、ホージーこと戸増 宝児――デカブルー。
内に秘めた正義感と閃きで犯人を追い詰める、センこと江成 仙一――デカグリーン。
凶悪犯罪対策のエリートから地球署に転属した、テツこと姶良 鉄幹――デカブレイク。
そして、華麗なコンビで事件を追うジャスミンこと礼紋 茉莉花と、ウメコこと胡堂 小梅。
数多くのアリエナイザーと戦い、力を合わせて地球を守り抜いてきた、いずれ劣らぬ英雄たちである。
「そして万が一、皆さんがアリエナイザー犯罪に巻き込まれたその際は、宇宙警察が必ず力になります。市民の平和と安全は、我々地球署が守り抜くことをここに誓います」
地球署の『ボス』たるドギーの力強い宣誓に、五人はそれぞれ頷き合った。事ここに及んでやや緊張気味のテツも、横から肩を小突くセンの態度に解されて、ぎこちないながらも笑顔を浮かべる。
「皆さんと地球署との関係が、より良いものとなることを願って、開会の挨拶に代えさせていただきます。 どうぞ存分に、今日という特別な一日を楽しんでいってください」
両手を広げて語り掛けたドギーが、部下たちと共に再度頭を下げると、満員御礼の会場から万雷の拍手が鳴り響く。視線を上げた地球署署長の目に映るのは、安堵と信頼に満ちた人々の和らぐ表情と、前列に集められた子供たちからの希望に満ちた眼差し。この笑顔を、この瞳をこそ守るために、我々宇宙警察は在る――胸に込み上げる実感に、改めて己の職務を全うする決意を固めて、ドギーはコートの懐に手を差し入れた。掌に触れる硬い感触を強く握り締め、取り出した漆黒の警察手帳――マスターライセンス。表面に刻まれたSPDの文字が、眩しい陽光を反射して金色に輝く。
「最後に……みんな、行くぞ! チェンジ・スタンバイ!」
「ロジャー!」
ドギーの号令に合わせ、並び立つ五人も各々のSPライセンスを構える。
「エマージェンシー! デカレンジャー!」
掛け声とともに突き出された六つのライセンスが開き、周囲に一瞬の閃光が迸る。ストロボのような光に眩んだ視界が色彩を取り戻した時、舞台には色とりどりの強化服を纏った六人の戦士が立っていた。
「特捜戦隊! デカレンジャー!!」
壇上に勢揃いしたのは、形状記憶宇宙金属・デカメタルから生成されるデカスーツに身を包み、命を懸けて地球を守ってきた刑事たちの雄姿。式次第には伏せられていた思いがけない一大イベントに、会場の熱狂は最高潮に達した。舞台から飛び降り、駆け寄る子供たちの頭を撫でる六人を、報道陣のカメラのファインダーが追う。明日のネットニュースのトップ記事は決まったも同然であろう。
ともすれば活動資金の無駄遣い、世間向けのパフォーマンスと批判を浴びるかもしれない。だが、上層部からの通達を受けた時点で、ドギーはこの行事の内容に重大な意義を見出していた。地球署の最高戦力たるデカレンジャーさえも、人々との交流に精を出すことができるほどの平和な日々が訪れたこと。加えて、この平和を乱さんとする悪が現れても、必ずデカレンジャーが阻止するという決意表明。その両方を一斉に喧伝し、犯罪を未然に防ぐ抑止力とする――そのためならば、躊躇いなく強化スーツの艶やかな表面に抱き着いてくる子供たちとの少々ハードな触れ合いも、まったく苦にはならなかった。
「お疲れ様、ドゥギー」
舞台袖を出たドギーに、昔馴染みの女性科学者――白鳥スワンのたおやかな手が差し伸べられる。渡された温かいタンブラーから漂うよく熟成されたマンデリンの香りが、肩にのしかかる疲れを程よくほぐす。
「ありがとう、スワン。デカスーツの捜査外使用許可を取ってきてくれた、君のおかげだ」
「デカメタルも、たまには使ってあげないと鈍っちゃうもの。メンテナンスの一環ってことで」
悪戯っぽく笑う口元に思わず破顔して、二人は出店や防犯体験のブースが並ぶ大通りを眺めた。宇宙警察の職員総出で作り上げた会場に訪れる人々の頬にも、同じように和やかな笑みが浮かんでいる。つい数か月前まではマッスルギアを着込んだアリエナイザーが闊歩し、ビルを崩す怪重機の猛威が頻繁に迫っていたとは思えない街並みの穏やかさ。その中で安堵にひと息をつく二人の背に、小さな影が一つ駆け寄ってくる。
「ドギー・クルーガー署長!」
「ん? 君は……」
鋭く尖った獣耳に飛び込んでくる腕白な声に振り返ると、タンクトップ姿の少年が立っていた。年の頃はおおよそ十歳程度であろうか。己の腰上ほどまでしかない背丈から懸命に視線を上げる少年に合わせて、ドギーはその場にしゃがみ込んだ。指揮を執る際の厳めしい眼差しとはまるで異なる、柔らかみを帯びた優しい瞳が、少年の熱烈な視線を温かく迎え入れる。
「お、オレ、将来ドギー……さん、みたいなカッコいい警察官になりたくて!」
慣れぬ敬語につんのめる口調に頬を緩めながら、ドギーは少年の声に真摯に耳を傾ける。
「その、立派な警察官になる秘密とか、秘訣とか、教えてほしい……です!」
警察官に限らず、夢を追う者なら誰もが知りたがる先達の轍。それをはっきりと口に出して尋ねられる青さに眩しさを覚えながら、地球署署長はいつになく和らげた口調で語り掛ける。
「俺みたいな警察官に――か。実を言うと、特別な秘訣はないんだ」
「えっ?」
「よく食べて、よく寝て、勉強も運動も全力でやる。君くらいの年頃の内は、それさえできれば十分だ」
意外そうに口を開く少年の肩に手を載せて、ドギーは一音一音を丁寧に、諭すように言い聞かせてゆく。何を差し置いてもまず必要なのは、厳しい鍛錬の素養となる基礎体力、必要な知識を学び取るための地盤を作る一般教養。加えて、欠かせないものがもう一つ。
「強いて言うなら、一つだけ――君の胸にある憧れを、何があっても絶対に信じ抜くこと」
分厚い胸をコート越しに拳で指し示すと、少年はドギーの瞳を熱烈な視線で見つめ返した。誰の胸にも必ず宿る、人の心を突き動かすもの。立ちはだかる困難に肩を落とす夜があっても、明日また立ち上がるために大切なもの――それこそが、憧れを貫く強い魂。
「デカに必要な、諦めない心の鍛錬だ。できるかな?」
軽く首を傾げ、微笑みを浮かべたドギーの朗らかな問いかけに、少年は短い髪を揺らして大きく頷いた。
「……うん! オレ、絶対あきらめない。絶対ボスみたいな、かっこよくて最強のデカになる!」
「はは、大きく出たな。デカベースで君に会う日を楽しみにしているぞ」
向日葵のような眩しい笑顔を浮かべる少年の頭を一撫でして、ドギーは徐に立ち上がった。お見事、とでも言いたげなスワンのウインクに小さく頷くと、十人十色の笑顔が並ぶ会場へと歩み出す。
耳を澄ませば、聞こえてくるのは鳩のさえずりと人々の笑い合う声。微かに揺れる木々のざわめきがそこに重なり、長閑で安らいだ昼下がりを優雅な交響曲が包み込む。あまりの心地よさに、思わず午睡を催してしまいそうな一時。市民の平和と安全に従事する警察官にとっては、まさに至福の瞬間だった。
――不意に吹き付ける冷たい風に乗せて、ざらつく悪意に満ちた呪詛の声が聞こえてくるまでは。
「お前の夢は叶わない」
それは、少年の輝かしい明日に汚泥を塗りたくる悪魔の囁き。
「――ッ!?」
何処かから発せられた、地の底から響くような重低音。思わず総毛立つほどの殺気が塗された声に、ドギーは思わず周囲を見渡した。だが、首筋にまで迫っていたようにも思えた気配は、臨戦態勢を構えた瞬間に霧のように立ち消えてしまう。
「どうかした、ドゥギー」
「いや……今、確かに声が……」
「わたしには何も聞こえなかったけど……」
あれだけはっきりと聞き取れた呪いの声が、共に並び歩いていたスワンに聞こえなかったはずはない。気のせいとはとても思えぬ生々しい感触に背筋を震わせながら、ドギーはなおも視線を全方位へと滑らせる。並木の陰、ベンチの隅、ビルの窓、そして頭上に足元――やや滑稽に見えなくもないその様子を見かねてか、傍らで心配げに見つめるスワンから労いの一声がかかる。
「最近事務仕事が嵩んでたでしょ? こんな日ぐらい、肩の力抜いて羽を伸ばした方がいいわ」
「……そう、だな」
釈然としない心地を飲み下して、小さく頷く。疲れが生み出した幻聴なのだと、無理に自分を納得させながら、ドギー・クルーガーは興奮に沸き立つ感謝祭の会場をスワンと二人歩く。屋台のジャンクフードに舌鼓を打ち、射的で大人げなく百発百中を決め、次々押し寄せるサインの懇願に辟易とする――賑やかで忙しない時間の中で、不気味な声に喚起された警戒も次第に薄れ、記憶の片隅に押し込められていった。
こうして、宇宙警察地球署・市民感謝祭は大盛況のうちに幕を閉じた。
――だが、この後に待ち受ける事件が、地球に訪れた一時の平和を粉々に打ち砕くことになる。
※
市民感謝祭のわずか二日後。定時パトロールを終え帰投する最中のウメコが、何者かによって襲撃された。デカスーツを装着して応戦するもまったく歯が立たず、応援要請の間もなく敗北。現場には傷つき横たわるウメコの痛ましい姿だけが残され、犯人の手掛かりに繋がる遺留品は何一つとして残されていなかった。
この重大な事件に際し、ドギーは残された四人に緊急捜査指令を発した。孤立を避け、二人一組で行動することで、敵の襲撃によるリスクを最小限に抑える算段だったが、犯人の罠により刑事たちは次々と分断され、一人、また一人と倒されてゆく。まるでアドベントカレンダーを一つ一つ開くように、一日刻みで起こる犯行の中、セン、ホージー、ジャスミンが続々と戦線を離脱し、地球署に残された実働部隊はテツただ一人。
そして、今。
懐のマスターライセンスに届いた緊急通信に顔をしかめて、ドギーはデカルームへと急行した。
「ドゥギー! とうとうテツもやられたわ」
飛び込んだデカルームには、深刻そうに唇を引き結んだスワン一人だけが座っていた。いつもなら五人の部下たちが集い、有事でなければ他愛ない世間話にでも興じている頃合いである。加えて、普段なら鉄工所に詰めてメカニック仕事に勤しんでいるはずのスワンがここにいること自体が、事態の異常さをありありと物語っている。
「くっ……やはり、俺がついていてやるべきだったか……」
沈痛な表情を浮かべたスワンを前に、ドギーは悔恨に拳を握り締めた。数多地球を救ってきた地球署の刑事たちを赤子の手をひねるように捻じ伏せた犯人の脅威を前に、勇敢にも自ら敵を炙り出す囮となったテツまでも倒されては、地球署は四肢をもがれたも同然。悪化の一途を辿る状況に、思わず獣じみた唸りが零れる。
「皆が無事だったのは、不幸中の幸いだが……」
「そう――無事なのよ。五人とも」
意味深長な一言と共に、内壁に設けられた六角形のモニターに写真が投影される。テツが身に纏う白を基調としたデカスーツの胸元に刻まれた無数の裂け目は、現場に残された数少ない犯行の証拠。デカメタル製の強化服さえ容易く切り裂く切れ味の凄まじさにもかかわらず、その軌道はことごとく人体の急所ーー臓腑への直接的な損傷を与えないよう繊細に描かれている。
「犯人はとんでもない精度で、急所を外して五人を倒している。まるで峰打ち専門の辻斬りね」
「この切り口からして、得物は大振りの刀のはずだ。それを使って急所を外すとなれば、相当の手練れか」
宇宙にその名を轟かす名門・銀河一刀流の継承者でもあるドギーにとっては、切り口を一瞥しただけで犯人が振るう得物の形状を類推する離れ業も容易いもの。スワンがコンソールを小刻みに動かすたび、次々にモニターに現れる証拠品の写真を目で追いながら、少しでも手がかりになる情報を探していると、ある特徴的な一枚が目に留まった。
「スワン。今の証拠品をもう一度出してくれ」
「現場に落ちていたSPDのバッジね。鋭利な刃物を押し付けて、ぐちゃぐちゃに抉った跡が残ってる」
デカスーツの胸に飾られたバッジをわざわざ切り落とし、表面の文字が判別できなくなるまで表面を抉った、異様な残骸。何度も何度も切先を押しつけられた形跡から伝わってくるのは、犯人の度を越した執拗さと、宇宙警察という存在そのものへの激しい憎しみの念。
「犯人は相当、宇宙警察に恨みがあるみたい。ひょっとして命を奪わないのも、生き恥を晒させるためとか」
「宇宙警察に対する挑戦か、あるいは怨恨か――」
唸るドギーの脳内には、類似のケースとして、ドギーの弟弟子であったボクデン星人ビスケスが起こした刑事狩りの事件が過る。だが、階級章を奪い取って晒し上げることで、宇宙中に『地球署恐るるに足らず』を喧伝しようとしたあの事件とは、些かやり口が異なっている。奪うのではなく毀損し、わざわざ現場に捨て置く――強い憎悪を匂わせる造作の裏に、犯人の心理を示す何かがある。そう確信して考えを巡らせていると、突如としてけたたましいアラームと、緊迫感に満ちたアナウンスが鳴り渡った。
<通信部より入電。匿名の緊急通報に、犯行声明と思しきメッセージをキャッチ!>
「スワン、モニターに!」
不明瞭な背景の前に立つ人影は、顔をフードで隠した黒いコートの男。襤褸布の外套に、うっすらと覗く長いマズル。その外見的特徴は、刑事連続襲撃事件の現場周辺での聞き込みから得られた怪人物の目撃情報と一致する。
<地球署署長ドギー・クルーガーに告ぐ。当通信にて指定する座標に、貴様一人で来い>
威圧的に脅迫を告げながら、どこか退廃的な音韻を宿した不気味な声が、記憶の隅に押し込めていたざらつく感情を呼び覚ます。市民感謝祭の日、何処からか残酷な宣告を告げた声と、たった今鼓膜を震わす声がドギーの脳内で重なり、完全に一致した。
間違いない。
奴はあの日から、俺を標的と定めて刃を研いでいたのだ。
<刻限は本日の夕刻。それまでに来なければ――こいつの命はない>
ほつれ裂けた布地の合間から伸びる逞しい腕が、画面外から人質と思しき少年を引き摺り出す。猿轡に封じられた口元から苦しげな呻きを漏らすその顔に、ドギーは確かに見覚えがあった。
「あの子は……!」
自身への無垢な憧れを語ってくれた、あの活発そうな少年が、卑劣な悪の手に落ちた。おそらくは、自分を誘い出すためだけに。あの日、自分と言葉を交わした、たったそれだけの理由で――
<余計な気を起こすな。必ず一人で来い。貴様の行動に、こいつの命が懸かっていることを忘れるな>
「……ッ!」
犯人への怒りと渦巻く自責が衝動となり、ドギーの肩を激しく震わせる。その勢いに任せて駆け出そうとする獣面の刑事を追うように、スワンは座席から腰を浮かせて立ち上がった。
「だめよ、ドゥギー」
たしなめるように呼びかけると、ドギーは野犬のように荒ぶった表情で振り返った。鋭く尖った視線が、不安にしなだれるスワンの揺れる瞳を真っ向から突き刺す。触れた側から斬り捨てられそうな凄まじい殺気を纏った、獣の表情。一瞬すくんだ肩をどうにか持ち上げて、わかりきった事実のはずの警句を告げる。
「どう考えても罠だわ。危険すぎる」
「わかっている。だが、あの子の命を救うにはこれしかない」
「ドゥギー……!」
だが、地獄の番犬と謳われる男の情熱は決して揺らがない。
たとえその胸を揺さぶる相手が、淡い想いを通わせる異性のひとであったとしても。
「心配するな、スワン。どんな罠だろうと、必ず食い破ってみせるさ」
あえて柔らかく設えた声を残して、ドギーは足早にデカルームを去ってゆく。闘志と義憤に燃え上がるその背中を、スワンは憂いを帯びた瞳で見送ることしかできなかった。
もう二度と、彼とは会えないのではないか。
ふと浮かんだ最悪の可能性が、心の奥に硬い痼りを作った。
※
同日、T市郊外採石場跡地。
砂塵舞う決戦の舞台は、沈む夕日に照らされて燃えるような朱色に染まっている。
沈黙した大地を一歩、また一歩と踏み締める度、ドギーの瞳の中で存在感を増す漆黒のシルエット。傍らに突き立てられた鉄棒には、猿轡を噛まされ、苦しげに項垂れる少年が括り付けられている。
無垢なる者の平穏を乱し、あまつさえ供物のように晒し上げる。それは警察官として、この宇宙に生きる心ある者として、断じて許せぬ卑劣なる行為。愛剣を握る手に力が籠り、剥き身の刀身が武者震いに唸る。
かくして、広大なバトルフィールドの中央で、背格好の似た偉丈夫二人が対峙する。込み上げてくる荒い唸りに喉を鳴らす蒼い猛犬と、亡霊のように虚しく、それでいて怒涛のように押し寄せる圧迫感を孕んだ漆黒の怪人物。それぞれに纏ったコートとローブが、吹き荒ぶ風に煽られてかすかに揺らめく。
「何者だ、貴様」
「問われて答えるとでも思うのか」
叩きつけた声をにべもなく躱して、黒の男はマズルの先の鼻をひとつ鳴らす。態度とは裏腹に、発せられた声に侮蔑のニュアンスはほとんど含まれていない。感じられるのは、地を這うような虚無。そして、おぞましいほどの憎悪。
「俺の大事な部下を傷つけたのも、貴様だな」
「ふん……貴様如きの子飼いに相応しい雑魚揃いだった。あれでは地球が滅びるのも時間の問題だ」
「黙れ!」
大切な部下たちへの暴虐さえ児戯に等しいとでも言わんばかりに、翳した右手の指を一つ一つ握り込んでゆく仕草が、神経を逆撫でる。湧き起こる怒りに歯を剥き出し、遮るように叫ぶと、ドギーは逆手に携えていた剣――ディーソード・ベガの切先をローブの男に向けた。
「あいつらの誇りも、その子の夢も、これ以上貴様に愚弄させはしない!」
「ほう……こちらの要求も聞かずに刃を抜くか」
無論、宇宙警察地球署署長ともあろう者が考えなしに剣を構えるはずもない。これまでの行動から、犯人の目的の目星はついている。
「わざわざ俺一人を呼び出しておいて、まさかこの剣に用事がないとでも?」
人質を取ったのは、あくまでも一対一の状況を作り出すため。犯人の要求は身代金でも、地球署への要求でもなく、ドギー・クルーガー個人への挑戦。罠や小細工など一切用いない、真剣勝負による決着を望んでいる――それが、これまでの犯行現場の状況から刑事の勘が導き出した結論であった。
「お見通しか――当然のことではあるが、な」
含みのある言葉を呟きながら、男はコートの懐に手を差し入れる。直後、破れの目立つ古ぼけた布地の隙間から現れた『それ』のあまりに見慣れたシルエットに、ドギーは目を見張る。
「SPライセンス、だと……!?」
「これはヴォイドライセンス。すべてを失った俺の、虚無の証明」
表面に刻まれているはずの『S.P.D.』の文字が削り取られ、血飛沫のような紅のペインティングが施された異形のライセンスを、男は見せびらかすようにひらひらと弄ぶ。
「ドギー・クルーガー……見せてみろ、お前の姿を。戦うための虚飾の鎧を」
「いいだろう。お望みとあらば、見せてやるッ!」
啖呵を切った瞬間、周囲を取り巻く空気が一気に戦いの色合いに染まる。地球署署長の証たるマスターライセンスを構え、闘志を瞳に燃やすドギーと、ヴォイドライセンスを気だるげにぶら下げ、フードの奥から虚無に染まった眼差しを向ける黒の男。佇まいからして相容れぬ二人の狭間に、血のように朱い夕焼けが重なる。
やがて二つの影は、全身に吹き付ける宇宙金属の粒子に包まれ、それぞれの戦う姿へと生まれ変わる。
「エマージェンシィィィッ! デカマスタァァァァッ!!」
「エマージェンシー。デカ……アヴェンジャー」
ドギーの全身に装着されるデカスーツは、部下たちが纏うそれに比べ装甲の部位を増した特別製のものである。スチールブルーの輝きを宿した胸当てに、炎のオーラと共に刻まれた『100』の文字が、実働部隊のナンバリングを超えた規格外の力を誇示するように煌めいている。
一方、ドギー同様の構えでライセンスを展開したコートの男もまた、明らかに宇宙警察由来の技術によって形成された強化スーツを着装する。破損や欠落の目立つ錆びた装甲を各部に備え、変身前同様に漆黒のコートを羽織ったその姿は、さながらデカレンジャーの反存在とでも評すべき異形のデカスーツ。内に秘めた狂気を表すかの如く、頭部のゴーグルが重苦しい深紅の輝きを放つ。
「百鬼夜行をぶった斬る! 地獄の番犬ッ! デカ! マスタァァァァァッ!!」
「神も悪魔も叩っ斬る。奈落の猟犬――デカアヴェンジャー」
不朽の正義を連想させる青灰の光沢と、朽ち果てた信念を表すかのような赤い錆地。対照的な色彩を宿した二つのデカスーツが、それぞれの得物を抜き放つ。
誇り高き[[rb:刑事 > デカ]]の称号に[[rb:復讐者 > アヴェンジャー]]などというおおよそ正義にそぐわぬ名を接続する冒涜的な名乗りが、ドギーの神経を逆撫でする。眼前に立ちはだかる禍々しい剣士は、自身のデカスーツに酷似した強化服を纏い、ディーソード・ベガよろしく長剣を携えている。一見デカマスターの模倣のようでありながら、酷く歪みねじれたその姿は、さながら割れた鏡の向こうでひしゃげた虚像。刑事の誇りの証たるデカスーツの意匠を剽窃し、嘲笑うような敵の姿を見るにつけ、湧き上がる義憤が、ゴーグルの奥に燃える瞳を鋭く尖らせる。
「封印解除! ディーソード・ベガ!」
「戒縛両断。ソード・アルコル」
デカマスターが愛剣の鍔に施された封印を解き放つと、対するデカアヴェンジャーも同様に錠を外し、刀身に禍々しい光を纏わせた。猛る獄犬の雄叫びが、奈落の底から響き渡る邪竜の咆哮に呼応するように響き合い、日没の迫るバトルフィールドに開戦の兆しを高らかに告げる。
両手で柄を握り込み、縦一文字に立てた刃を体側に構えた蒼い刑事と、片手握りの剣をぶら下げるように下に向けた黒紅の剣士。歩数にしておよそ十歩の距離を保ち、ゴーグル越しに睨み合いながら間合いを測る二人の間に迸るのは、達人にしか見えぬ無音にして透明な稲妻の列。無言のうちに交わし合う雄弁な気迫のやり取りの中、戦士たちの感覚は極限まで研ぎ澄まされ、激突の一瞬をただ待ち侘びる。
「……………………ッ」
切っ先を相手に向けることもせず、脱力したような前傾姿勢で体を揺らめかせるデカアヴェンジャーの姿勢は、一見するだけでは隙だらけにも思える。しかし、全身から発せられる肌を粟立たせるほどの闘気と、スーツ越しに浮き上がった厳然たる筋肉に宿っているであろう膂力は、決して侮れるものではない。あえて油断を装い、相手の初太刀を躱して斬り返す戦法か、はたまたあの姿勢から思いもかけぬ方法で距離を詰めて一気に攻めかかってくるのか――どちらにせよ、先手を取るのは危険すぎる。
口腔に湧き出す唾を一つ呑み下して、ドギーは敵の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らす。焦れて斬りかかってくればこちらのもの。そうはいかずとも、こちらが付け入るだけの隙を晒す瞬間を見定めることができれば、勝機はある。
心配げに見つめる少年の視線さえ、今は意識の埒外にある。微かな指先のぶれさえ見逃すまいと、凝らした瞳の向こう側で、黒紅の剣士の左手が右に構えた剣に向けてゆっくりと動き始める。構えを変える一瞬の隙を狙わんと、ドギーが足を踏み出そうとした次の瞬間。
ソード・アルコルの柄頭に瞬時に生成された指先大の光の円盤が、中空へと投げつけられた。
「何ッ!?」
突如眼前に割り込んできたエネルギー弾が炸裂し、爆風が巻き上げた砂埃がドギーの視界を封じる。すかさずサーモグラフィを起動して周囲を探るものの、時すでに遅し。姿を消した復讐者の刃は、土煙の中を疾風のように駆け抜け、背後にまで迫っていた。
「くう……ッ!」
振り下ろされるのは、あまりにも重い斬撃。片腕で振るわれたとはとても思えない剣圧をやっとの思いで受け止め、傾けた刃を滑らせてどうにか受け流す。だが、それで危機が去るはずもない。すかさず斬り返す妖剣の赤い刀身は、虚空に残像を残すほどの連斬の嵐を巻き起こし、夕焼けの荒野に無数の刃鳴を奏でる。今にも喉元に迫らんとするその切っ先を辛うじて弾くデカマスターの両足が、じりじりと後ずさってゆく。
「どうした。地球署の署長ともあろう者が、まさかこの程度で斃れるのではなかろうな」
「なんのぉ……ッ!」
本来のドギー・クルーガーは、このような安い挑発に乗る男ではない。しかし、信頼する部下を次々と叩きのめされ、無垢な少年の夢を脅かされ、挙句の果てに自身さえ追い詰められる極限状態において、増幅された闘争本能は沈着を装う理性に十分対抗し得る。まだ手を出すな、と叫ぶもう一人の自分を置き去りにして、反撃の一刀が宙を切る。だが、斜めに斬り上げた軌跡の先に、紅い復讐者の姿はなかった。
(何故だ? 俺の太刀筋が……見切られている!?)
大きく踏み込んだ一閃も、反撃を斬り返しながらのカウンターも、全てが陽炎を切るように手応えがない。刀身で受けることさえせず、繰り出す斬撃の全てをすり抜けるデカアヴェンジャーの挙動が、遮二無二振るわれる正義の切っ先を翻弄してゆく。まるで、斬り結ぶ相手の思考を読んでいるかのように。
吹き荒ぶ風の中、ますます燃える夕陽に照らされて、二つの影は壮絶な剣戟を繰り広げる。傍目には、さながら一進一退の攻防にも見える剣の応酬。しかし当人たちにとって、どちらが優勢であるかは火を見るよりも明らかであった。無形自在の剣に防戦一方のデカマスターと、反撃のことごとくを構えることもせず回避してゆくデカアヴェンジャー。真綿で首を締めるような苦闘の最中、仕切り直しを図る蒼い刑事の身体が、後方へと大きく跳躍する。
「ならば……これでどうだ!」
それは、横一閃に剣を構え、超高速で斬り抜ける銀河一刀流の必殺剣技。
これまで数多くのアリエナイザーを屠ってきた必勝の奥義が、渾身の叫びと共に放たれる。
「ベガ! スラァァァァッシュ!!」
青白く輝くディーソード・ベガの刃が、跳躍によって開いた間合いなど物ともしない猛スピードで迫る。だが、迎え撃つ紅の剣士は、こともあろうに自ら得物を手放して両腰に手を添える。コートの下から姿を現したのは、二つのホルスター。目にも止まらぬ速さで二つ揃いの銃を抜き放つと、デカアヴェンジャーは眼前に迫る断罪の刃を大きく跳び越えた。そのまま空中で体を捻り、必殺の一撃を放ち終えるデカマスターの背後に向けて弾丸の雨を降らせる。
「ぐぅぅ……ッ!」
連続して銃撃を浴びせかけられれば、さしものデカスーツとて無事ではいられない。デカメタルの表面を焼き焦がし、噴き出す火花に背を仰け反らせた蒼い刑事を、すかさず復讐者の追撃が襲う。着地から一切のタイムラグを生じさせない、瞬間移動を思わせるスピード。叩きつけられるのは、銃を握ったままの拳や、間髪入れずに打ち込まれる肘。そして、腹に押し付けられた銃口から迸る銃弾の乱舞。
衝撃を至近距離で受け、スーツの内部に貫通したダメージにマスクの下の顔を歪めながら、ドギーは必死に体勢を立て直す。同時に、敵が突然繰り出した技について、信じがたい予測が胸を過った。
(今の技は……まさか……!?)
中距離戦で威力を発揮するはずの拳銃を両手に構え、あえて接近戦を挑む特殊格闘術――ジュウクンドー。今は地球を離れたかつての部下、バンこと赤座伴番が体得していたその技をいとも容易く使いこなす敵の底知れない能力に、ドギーの背筋を戦慄が走る。まして、今まさにこちらを照準に捉えるデカアヴェンジャーの両手に握られているのは――バンも愛用する宇宙警察の制式武装、ディーマグナムではないか。
「――ストライクアウト」
「な……ッ」
変形合体した長銃――ハイブリッドマグナムから放たれた火球が、デカマスターの胸部を直撃する。一般のアリエナイザーならば、一撃でデリートすることも容易いほどの火力。灼熱のエネルギー弾を鳩尾に真っ向から受けて、蒼い刑事の身体が大きく後ずさる。
「ぐうぅぅぅぅぅぅッ! く、うぅッ……」
体中に迸る激しい痛みを堪えながら、ドギーは地面に擦り付けた轍を強く踏みしめた。胸の『100』のナンバーをはじめ、デカスーツのあらゆる箇所には痛々しいヒビが刻まれ、ゴーグルの内側に耐久限界を示すアラームがひっきりなしに鳴り響く。しかし、歴戦の勇士は決して屈しない。
「ぐ、ぅ……ッ、まだまだぁ……ッ!」
一向に衰えない敵の戦意に舌打ちを溢しつつ、紅の剣士は漆黒の外套を翻した。コートの内側から顔を出す長銃身のライフルもまた、宇宙警察の制式武装――ディースナイパー。急所を的確に狙い澄ました銃口が、目にも止まらぬ速さで火を噴く。
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ダメージが蓄積された部位のみを寸分違わず射抜く、恐ろしいほどに精密な射撃。デカスーツの表面に火花が散り、砕けたアーマーの欠片が虚しく宙を舞う中、傷だらけの刑事はあえなくその場に倒れ込んだ。指先に絡んだ砂利を握り締め、どうにか俯せの姿勢を脱しようとするが、全身を埋め尽くす痛みがそれを許さない。腕を支えにすることもできず、脚をもがれた虫のように藻掻くデカマスターの背に、ゴーグル越しに投げかけられた復讐者の鋭い視線が突き刺さる。
「ぐ、ぁ……う、くぅ……ッ、うぅ……」
思えば、緒戦で投げつけられた円盤状のエネルギー弾の形状は、デカピンク――ウメコが好んで用いる小型爆弾・ゼニボムを彷彿とさせるものだった。ディーマグナムやディースナイパーといった宇宙警察の武装を難なく使いこなすばかりか、バンのジュウクンドーやホージーの射撃の腕前まで精緻に再現してみせる――その技術が、単なる模倣や盗用によるものであるとはどうしても思えない。胸に渦巻く疑問が、口をついて出る。
「お、俺の……部下たちの技を……どうして……ッ」
「教えてやる義理はない。もっとも、貴様もじきに理解することになるだろうがな」
蔑みを孕んだ低い声が、ドギーの耳朶に絡みつく。体中に轟く軋みに呻きながらも、どうにか再起を図るその眼前で、デカアヴェンジャーは両腕を左右に掲げて身を捻った。
「シグナス……イリュージョン」
血腥い戦場にそぐわぬ優雅な高速回転から繰り出される、羽根状のエネルギーの嵐。それはデカスワン――白鳥スワンが放つ幻惑の乱舞、スワンイリュージョンそのものであった。
「うぅッ――ぐ、ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
スワンのそれとは異なる、禍々しい漆黒の羽根を全身に浴び、デカマスターは再び後方に大きく跳ね飛ばされる。ボールのように激しく弾んだ身体が地面に擦り付けられ、末期の叫びのように火花が爆ぜ飛ぶ。
半壊した頭部モニターにはノイズが走り、スーツのところどころに走る裂傷からは鮮血に濡れた毛皮が痛々しい姿を晒す。横向きに倒れ込み蹲る身体に、最早力は入らない。ひっきりなしに早鐘を打つ心臓が生命の危機を否応なく煽り、長耳の奥では勢いを増す血流が轟々と音を立てている。
まさに満身創痍、手も足も出ない敗北の瀬戸際。
脳裏に過る敗北の予感に、ほんの一瞬諦観が浮かび上がった、まさにその時。
「……負けるな、デカマスター! がんばれぇーっ!!」
沈みかけた太陽を引き上げるかのような逞しい声が、倒れ伏したドギーの頭上に降り注ぐ。すかさず顔を上げれば、首を振り乱して猿轡を脱した少年が、割れんばかりの声援を叫ぶ姿が視界に飛び込んできた。自らの命さえ危ぶまれる中、恐怖を払って振り絞った勇気。その全てが注ぎ込まれた、輝かしい希望の声。押し寄せる苦境を物ともしない高らかな響きを耳にするだけで、頽れかけた身体に力が漲る。
「まだ、だ……こん、な……ことで……」
度重なる爆発に焼け焦げた大地に片膝を突き、全身の筋肉を千切れんばかりに隆起させる。体中に隈なく押し寄せる痛みと、胸をざわめかせる勝利への疑念。振り絞った最後の力でその全てを黙らせると、蒼い刑事はすっくと仁王立ちの姿勢を取った。
気を抜けばすぐにでも崩れてゆきそうな、傷だらけの身体。それでも、自分を信じて励ます声が聞こえたのなら、奮い立つほかに道はない。諦めない心こそが、刑事の証明なのだから。
(これ以上はもう、スーツも俺も保たない――ならば、この一撃に懸ける!)
再び体側に構えたディーソード・ベガに、残されたありったけの精神力を注ぎ込むと、鍔に施された地獄の番犬のレリーフから青白い光の奔流が迸る。光の刃で遠隔の敵を両断するもう一つの奥義、ベガインパルス。だが、その威力だけでは立ち塞がる脅威を断ち切るにはとても足りない。全てを懸けた最後にして最大の奥義が、夕暮れ迫る戦場に裂帛の気合と共に解き放たれる。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「来るがいい、ドギー・クルーガー。貴様の最大の一撃を――真正面から、粉砕してやる」
不敵に待ち構えるデカアヴェンジャーの手に握られた魔剣ソード・アルコルも、ディーソード・ベガ同様に光を放つ。しかし、その輝きは血のように赤黒く、刀身からは幾重にも重なる棘状の光刃がまるで鋸のように広がっている。
そして、日没が迫り、夕焼け色に染まった決戦の舞台に、二つの身体が猛烈な勢いで交錯する。
「インパルスゥゥッ! ベガ、スラァァァァァッシュッ!!」
「インフィニティ・インパルス――ヴォイドスラッシュ……ッ!!」
傷だらけの番犬の剣から繰り出されるのは、ベガインパルスの煌々たる輝きに、ベガスラッシュの剣圧を組み合わせた究極の秘奥義。対するは、一振りで幾重にも風を切り、全てを斬り裂き虚無へと還す暗黒の剣技。
すれ違いざまに乾坤一擲の一閃を振り抜いて、二人の剣士は背中合わせに対峙した。悠に音速を超えた斬撃の残響が鳴り渡るまでの一瞬、鏡映しのように同じ姿勢で静止した後――片方の影だけが、大きくよろめく。
「が、はぁ………………ッ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ディーソード・ベガの刀身が粉々に砕け散ると同時に、デカマスターの全身を無限に等しい斬撃の嵐が隈なく蹂躙する。遅れて響いたおぞましい斬撃音と共に、ただでさえ傷だらけの身体を更に斬り刻まれ、とうとうデカスーツは耐久限界を超えた。あらゆる部位から溢れ出す血漿のような火花がスーツの表面に連鎖して広がり、激しい火柱を噴き上げる。
いつの間にか周囲を包んでいた宵闇の中、絶句する少年の顔を照らし出すのは、哀れな敗北者を爆心地として膨れ上がる禍々しい爆炎。打ち付ける小石に切り裂かれた肌の痛みを上回る衝撃と驚愕が、幼い心を握り潰さんと襲い掛かり、縛り上げられた両腕をわななかせる。
かくして、薄らいだ硝煙の向こう側。
崩壊し光に還るデカメタルの残滓に包まれながら、ドギー・クルーガーは力なく倒れた。
「ドギー・クルーガー。弱き者に、刑事の名は相応しくない――ジャッジメント」
復讐者の鎧を脱ぎ捨て、元のローブ姿に戻った漆黒の男が、背を天に向け地を舐めるドギーに己のライセンスを突きつける。遥か銀河の彼方、宇宙最高裁判所に届くはずもなく、ただ男の独断のみにより定められる一方的な断罪の通牒。ヴォイドライセンスの本体と開いたカバーの裏にそれぞれ備え付けられた上下モニターに映し出される採決の証は、いずれも赤黒い塗料で×印に塗り潰されている。
即ち、どちらが選ばれようが結果は同じということ。
「……冒涜、許可」
本来ならば、[[rb:消去 > デリート]]すべき宇宙の巨悪にのみ聞こえるはずの重苦しいジングル音が、一敗地に塗れた地球署署長の鼓膜に容赦なく叩きつけられる。スペシャルポリスの証たるデカスーツも、数多の死地を共にくぐった愛刀も余さず毀損され、完膚なきまでに叩きのめされた英雄の無様な姿を無感動に凝視しながら、外套の男は悠然と歩みを進める。その手には、何処からか取り出した鎖付きの首輪が握られていた。
「これより貴様に、罰を与える」
「な、何を……」
苦しげに呻く後頭部を乱雑に掴んで掲げさせると、男は手にした首輪をドギーの太い首筋に近づけた。すると、まるで意思を持つかのように掌をすり抜けた鋼鉄の首輪がひとりでに首に巻きつき、表面に設置された複数の発光部に赤々とした光が点り始める。
「うッ!? ふ、ぐぅッ、あ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
直後、喉元を締め上げる首輪の内側から電流が放出される。脊髄を韋駄天の如く駆け上がり、直接脳に送り込まれる激しい痺れが垣間見せるのは、在るはずのない記憶。
それは、敗北と暴力に塗り込められた、最悪の[[rb:IF > もしも]]。
■
エージェント・アブレラの企てに破れ、あえなくデカベースを奪われたデカレンジャー。
六人の刑事たちと白鳥スワンを含む地球署の職員はその大半が殉職し、地球に派遣された宇宙警察主力部隊も姦計に嵌まり全滅。守る者のいなくなった地球には、かつてない破壊と混沌の日々が訪れていた。数多くの[[rb:宇宙人犯罪者 > アリエナイザー]]を裏で手引きし、強力な兵器を売りつけていたアブレラはますます勢力を増し、地球は彼が裏から支配する犯罪惑星と化したのだ。
重傷を負いながらも辛うじて生き延びた元地球署署長ドギー・クルーガーは、アブレラの息がかかった宇宙マフィアに囚われ、奴隷として文字通り『犬のように』飼われる立場に身を落とした。胸に焼印を押され、裸で引き回され、あらゆる暴行と陵辱を受けながら命だけを長らえさせられる、絶望に満ちた日々。しかし、全てを失った絶望と悲愴の中、育まれた類稀なる憤怒と憎悪が、宇宙に伝わるある伝説を呼び覚ました。
――ソード・アルコル。凄絶にして激烈なる憎しみを求め、星々を渡り歩く邪心宿せし魔剣。
魔剣がもたらした邪悪なる力によって、ドギーは奴隷の身分を脱し、立ちはだかる全てを血祭りに上げた。その刃はついには憎きアブレラの首にまで届いたが、破れかぶれに彼が発動した最期の罠は、崩壊した地球を時空のねじれ――ワームホールへと変え、ドギーは全てを押し流す時空乱流の彼方へと姿を消した。
そして辿り着いたのは、何事もなかったかのように平穏な地球。
壮絶な死を遂げたはずの部下たちが、守れなかったはずのスワンが、そして何より――復讐に身を堕とし、悪鬼羅刹と化したはずの自分自身が、何食わぬ顔で平和を謳歌する、『あり得た可能性』の世界。
断じて許すことはできない。
怨嗟に身を食われることなく、惚けた面で平穏に暮らす自分の存在を。
守りたかったものの全て、守れなかったものの全てを、さも当然のように享受するもう一人の自分を。
全てを奪う。奪い取って、自分と同じ――いや、それ以上の屈辱を負わせること。
それが、今の自分――『ドギー・クルーガー』の存在意義なのだ。
■
「ば……馬鹿な……ッ」
溢れ出す幻像から逃れんとするように、ドギーは首を激しく左右に振り乱す。だが、どれほど目を逸らそうとも、首輪から流し込まれた記憶に示された『もう一つの現実』からは、決して逃れられない。
「貴様が、俺の……別の可能性、だと……!?」
無数の選択によって形作られる『もしも』の世界――並行宇宙論については、ドギーも知るところではあった。しかし、星間国家時代が到来した現代においても、その実在は未だ立証されてはいない。よしんばそうした『もしも』の世界の存在が肯定されたとして、そこに生きるもう一人の自分――別の可能性を辿った自分が、目の前に現れるなど、常識で考えればあり得るはずがない。
だが、そのあり得ない存在を、今自分は現実のものとして目の当たりにしている。
「そう、貴様は俺だ。いや……貴様は、俺にならなければならなかった」
顔面に刻まれたおぞましい傷口を曝け出しながら、もう一人のドギーは地の底を這うような声で言い放つ。
「俺は全てを失い、地獄を見た。弱かったからだ」
記憶の中に繰り広げられた光景は、確かに地獄と呼ぶに相応しいものだった。胸に押し当てられた焼き鏝の熱さに呻く声も、次々と挿し入れられる醜いものに身を穢された屈辱も、戯れに潰された左眼に疼く痛みも、全て自分が経験したものであるかのように胸中で叫びを上げる。
「だが貴様は悪夢から逃れ、今ものうのうと生きている……何も失わず、弱さという罪を負ったまま……」
変身を解き、頭部を覆っていたフードを外すと、『もう一人のドギー』がその姿を曝け出す。左眼を抉り出され、右耳を切り落とされた醜い疵面。しかし、纏う憎悪のオーラの向こうから覗く薄汚れた青の毛皮と、瞳に宿る強い信念の輝きは、紛れもなく自分――ドギー・クルーガーのものであると、理屈ではなく感覚で理解できる。
「貴様の罪は俺が裁く。弱さという罪に――この俺が、冒涜という正当な罰を下す……!」
「ふざけるな……! 貴様の勝手な逆恨みで、あいつらや、あの子まで巻き込んで……んぅッ!?」
地に拳を突いて立ち上がり、抗議の声を上げたドギーの身体が、突如俎上の魚のように悶える。直前にほんの僅か知覚できたのは、銀に輝くリングに戒められた首筋を掠める針の一刺し。たったそれだけで、全身を巡る血流が大河の如く荒れ狂い、コートの奥で鳴動する心臓が胸を突き破らんばかりに鼓動を加速させる。
「ん、ぁ……むぅッ、ん、お、おぉ…………ッ、貴様……何を……ッ」
「とりわけアヌビス星人によく効く、催淫剤だそうだ。俺も奴らの奴隷だった頃によく打たれたよ」
そう嘯く声が低く響いても、今のドギーにはほとんど聞き取れない。耳の奥でざわめく血脈の轟音が耳朶を埋め尽くし、外部から取り入れる音の一切を妨害している。心地よい涼風が吹き渡る夜の荒野に佇んでいるにもかかわらず、薄手のインナーと銀のズボンにはすでに滴るほどの汗が染み込んでいた。毛皮と布地の間で蒸れた獣の臭いが、コートの隙間から周囲にじわじわと立ち込める。
全身を埋め尽くす、著しい熱。
その滾りに呼び覚まされ、鎌首をもたげる雄の本能が、正義の体現たる警察署長を内面から追い詰める。
「く、ぅッ……から、だが、動ッ、かな……ぁ、ッ、あぁぁ……ッ」
「抵抗は無意味だ。貴様の身体は完全に制御されている」
そう告げる疵面のドギーが、開いたヴォイドライセンスを操作すると、直立不動のまま制止させられていたドギーの両腕ががくがくと震えながら動き出す。首輪から垂れ流される生体電流に感覚を偽られ、自分の意志とは一切関係なく動き回る腕の感覚が、ドギーを更なる焦燥へと駆り立てる。
「はぁ、はぁ……ッあ、くう……ぅ、んんぅ……ッ! ぐ、グ、グルル、ゥゥ……ッ」
歯を食い縛り、目を見開いて全身に力を入れてみたところで、もう一人の自分が操る繰糸に絡め取られた両腕は止まらない。操り人形と化した両手が、ドギーの身体の前方に重なったコートの裾をたくし上げ、左右に割り開く。ますます強まる饐えた雄臭と共に、銀色の光沢に彩られたズボンの股座が晒されると、羞恥に咽ぶ喉奥から長い唸り声が絞り出された。羞恥に炙られた頬に、劫火の如き熱が殺到する。
「さて……」
疵面のドギーが見下ろす先で、銀の布地に浮き出るドギーの陰茎は先端から随喜の涙を垂れ流し、幼子の粗相のように股下までをぐっしょりと濡らしていた。歴戦を経てますます盛んな無窮の肉体に相応しい、太さも長さも一級品の雄竿。警棒と見紛う硬さと、天を衝く上反りの雄姿が、布地の奥で今にも暴発せんばかりに膨張している。
許せぬ悪に生殺与奪の一切を握られ、痴態を晒す屈辱の姿。加えて、その恥ずべき光景を隠してくれるはずの宵闇さえも、どこからか姿を現した巨大な投光器から溢れる光によってことごとく暴き出される。光に伸びる影に映し出された長大な逸物の形が視界に映り込み、むずむずと滲み出す羞恥を加速させる。
一切の退路を奪われた絶望の晒し台で幕を開けた、最低最悪の公開処刑。
そのメインイベントは、まだ始まったばかり。
「お、ぅあ、あぁ…………ッ、くぅッ、んんぅ……ッ!」
痛みさえ伴うほどの勃起と、それを支えるかのように絶え間なく送り込まれる悦楽の波。ドギーの快楽中枢を直接刺激する首輪からの電流は、抗えば抗うほどにその出力を上げ、縮み上がった陰嚢が痺れを切らすように震え始める。まさに爆発寸前といった風情の滑稽な肉のオブジェに手を差し入れると、疵面のドギーはほつれ一つない黒いコートの下から、黒光りする正義の証――マスターライセンスを取り出した。追い打ちをかけるように胸を引っ掴み、目映い投光器の灯に輝く金色の階級章を奪い取ると、ドギー・クルーガーの誇りの象徴たる両者をまとめて握り締める。
「小僧、よく見ていろ。貴様の憧れが、見る影なく穢れてゆくその一部始終を」
「や、やだ……そんなの、見たくないよぉ……」
怯える顔を懸命に俯かせ、縛られたままの少年は必死に目を逸らした。小さな体を突き動かすのは、憧れた英雄の痴態を見たくない、見てはいけないという本能じみた警告。しかしその気丈な態度が、疵面の恐ろしい形相にいっそうの険しさを加えてしまう。
「貴様の意見は求めていない」
「ひ……っ」
首筋にソード・アルコルの切っ先を突きつけられ、少年の頬が恐怖に青ざめる。柔らかな肌に血の一線を加えんと、静かに迫り来る魔剣の刃。首輪に身体のあらゆる機能を支配され、何もできないとわかっていても、それでもドギーは叫ばずにはいられなかった。
「よ、せ……やめろ……ッ! その子、に、手を、だ、あ……ッ! あぁぁぁぁぁッ!」
しかし、嗄れた喉から絞り出した声は、追いかけるように溢れ出す喘ぎに阻まれて立ち消えた。
「んぁッ! ぬぅうぁぁッ! あぅっ、あっ、あぁ……」
あと一押し、ほんの一押しで、会陰の奥に煮え滾る白いマグマが噴き上がる。不要な確信に首を振り乱し、抑えられぬ嬌声に狂うドギーの前に、疵面の自分が右手をひらひらと掲げて歩み出てくる。一塊に握り込んだライセンスとバッジをドギーの股座目掛けて差し出すと、ズボン越しに雁首を浮き出させる逸物へと近付けて――たった一度、抉り込むように擦り付けた。
「……ぐ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
硬質な触感が先端にほんの僅か触れた、その微かな刺激だけでも、蒼い獣人の埒を上げるには十分だった。堰を切ったように溢れ出す種汁の奔流が、布地を突き破らんばかりの勢いで鉄砲水のように放たれ、刑事の誇りを宿した二つの道具を背徳の白に染め上げる。地球署の長たる者にだけ許された漆黒のライセンスも、その表面で金色に輝く『S.P.D.』の文字も、そして輝かしい功績を物語る三つの宝石が埋め込まれた階級章も、すべてがはしたない白濁の凝りに塗れ、どろどろに穢されてゆく。
「――どうだ? 己の誇りを自分で穢した感想は」
「きさ、まぁ……ッ」
片側の頬を吊り上げ、歪にほくそ笑む疵面の自分に、ドギーは激しい怒りを込めた視線を投げかける。もしこの身体が自由なら、今すぐにでも殴り倒せる至近距離。それにもかかわらず、一切の抵抗を許されぬ我が身が、あまりにも苦しくもどかしい。
「ゆ、……許さ、ん……絶対、に……いぃぃぃぃぃぃッ!?」
吐き捨てた憤怒の声が、突如として艶めいた叫びに変わる。ただでさえ蛇口を捻ったかのような著しい射精に溺れ切った身体に、殴りつけるような激しい快楽が迸ると、萎えることを知らない肉棒に更なる熱が湧き上がった。勃起を晒したまま微動だにできぬ立像と化した身体が、どうしようもなく疼く。
「上手に汚せたご褒美だ。もっとはしたない躰にしてやろう」
居丈高に言い放つと、疵面のドギーは手にしたヴォイドライセンスを悠然と操作する。本体モニターに映し出されたボリュームスイッチ状のコンソールに指を添え、かすかにスライドさせてやると、固まったままのドギーの身体がびくびくと震え始める。
「……二倍」
「ふぐ……ッ、む、ぐうっ……んッ、ぐぅッ、んんぅ……!」
都度に呟くのは、首輪の機能によって増幅される快感、その倍数。常人ならばこの時点ですでに狂い死にかけるほどの快楽地獄の中を、ドギーは歯を食い縛って懸命に耐え抜く。
「…………四倍」
「ん、お、おぉぉぉッ! ん、ほ、おぉ……おぉぉッ、んんんッッ」
しかし、繰り返される倍加の度に、鋭い牙をすり抜ける喘ぎが、その色合いを大きく変えてゆく。身じろぎ一つ取れぬ肉体の奥で、更に勢いを増して燃え盛る喜悦の炎が、ドギーを内部から焼き焦がしてゆく。
「………………八倍」
「んぎ、ぃいぃぃッ! んほぉッ、ほおぉぉぉぉッ!! あ、ひいッ、ひぎぃぃぃぃぃぃッ!!!」
こらえきれず開いた口から大音量の絶叫を垂れ流しながら、ドギーはズボンの股座を激しく隆起させる。またもや陰嚢からせり上がる放精の予感が、不随意に括約筋を収縮させ、四角い尻を期待に震えさせる。
唯一自由を許された尻尾を左右に激しく振り乱し、今や遅しと放出の時を待ちかねる肉体。
しかし、湧きたつ欲望のバロメータが頂点へと上り詰めても、解放の瞬間は一向に訪れない。
「ひっ、いっ、あ、あぁッ……あ、あ…‥?」
「随分不思議そうな顔だな。誰が許可なく射精していいと言った?」
「な、に……ッ、んッ、んんんんんぅぅぅッ! 出っ、出な……ぁ、ッ、あぁぁぁぁぁあああッ!!」
首輪の効果によって射精を封じられた肉体に、ひっきりなしに襲い掛かる絶頂の波。射精という一つの区切りを失い、膨れ上がったまま萎む機会を失った淫欲の風船は、ドギーの内奥を際限なく拡張してゆく。
「お前の弱さを認め、全てを捨てろ。そうすればお前の欲望を解放してやる」
「んほぉぉぉッ! んぐぉ、おッ、ほぉぉぉおぉおッ!! おごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
制御不能の汚声を吐き散らし、文字通り盛りのついた犬と化したドギーには、もう一人の自分が告げる降伏勧告を聞き取ることさえままならない。胸に宿る正義も、誇りも、尽きぬ闘志も、全てが快楽の津波に攫われ、ここではないどこかへと流れ去ってゆく。
「人質ももう用済みだ。お前の返事一つで解放してやろう」
混濁した意識の中、ドギーは必死に考えを巡らせる。
自分一人さえ折れてしまえば、目の前の小さな命は助かる。しかし、一心に憧れた相手の無様な敗北によって救われた彼の心に、この先光が宿ることはあるのだろうか。
「お、……俺、は」
一惑星を守る崇高な使命に従事するものとは思えぬ無様を晒し、舌を突き出して喘ぎ悶える堕ちた番犬――客観視してしまえば、あまりにも情けない哀れな姿。
それでも、決して譲れないものがある。どれほど惨めになっても、投げ出せない信念がある。
「……貴様になど、絶対に……屈しないッ! 己の弱さと向き合えない、貴様などには……ッ!!」
自分を信じ、憧れを託してくれた輝かしい瞳の少年。
癒えぬ傷に苦しみながら、自分の帰還を信じて待っている、かけがえのない部下たち。
どちらも、断じて捨て去るわけにはいかない。
敗北の味に溺れ、憎しみを頼りに自ら虚無に堕ちた、自分の風上にも置けぬ男に、何を言われたとしても。
どれほど身体の自由を奪われても、どれほどの痴態を曝け出されても、それだけは絶対に――
「――ならば、あの小僧諸共……出口のない絶望に、堕ちてもらう」
だが、蘇りかけた希望を粉砕するかのように、冷たい処刑宣告が疵面から覗く牙をすり抜けた。
「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!! ひぎ、ぃあ、が、がぁああああッ!! ひぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
無機質な電子音と共に一気に押し上げられた快感の倍数、実に六十四倍。首輪から流し込まれる薬剤や神経操作によって強制的に研ぎ澄まされた全身の性感帯が、最大出力の電流に弄ばれ、至高の快楽となってドギーの脳髄に押し寄せてくる。響き渡る断末魔の叫びが、地獄とも極楽とも取れぬ性欲の極致に達した獣の肉体をがくがくと震わせる。
「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! おふ、んぉ、おほッ、ほぉッ、んおぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」
突如として解き放たれた精の迸りが、ズボンの下から噴水のように湧き上がる。濁った叫びと共に、数限りなく打ち上げられる白濁の滴り。膨らみの先端から飛び出すばかりでなく、ズボンを伝って足元に流れ落ちる雄汁の濁流に、周囲は瞬く間に精液の水溜まりと化した。惨憺たる光景を目の当たりにし、振り撒かれる雄臭を鼻腔に吸い込んでしまった少年の瞳から、少しずつ輝きが消えてゆく。
「は、ぁひ、ひぃ……ぃ、ぎ……ぁ………………が…………ッ」
それでもドギー・クルーガーは、己の意識が白濁の彼方に溶け消える最後の瞬間まで、自らの敗北を認めることはなかった。意識を失い、身体ごとびくびくと痙攣する『ドギー・クルーガーだったもの』の背後に、かすかな落胆を滲ませた復讐者の影が音もなく忍び寄る。
「――どこまでも愚かしい奴だ」
忌々しげに舌を打ち鳴らすと、疵面のドギーはコートの背に靴底を押し当て、びしょ濡れの地面へ向けて蹴り倒した。分厚い肉体を押し潰すように体重をかけ、踏み躙ってやれば、水溜まりのように広がる精液に擦り付けられた身体が汚らしい水音を立てる。
白濁交じりの泥に塗れた身体にぶら下がるのは、無様極まりない駄犬の形相。涙に塗れた白目を剥き出しにし、唾液に塗れた口端から舌をだらりと突き出したその顔を、震える少年の鼻先へ突き付けるように、襤褸布から伸びる傷だらけの腕が後頭部を掴み上げる。
矢継ぎ早に送り込まれる快楽の怒涛に屈服し、堕ちた英雄の肖像。
そのすべてを、息がかかるほどの至近距離で目の当たりにしたその時。
少年の中で、何かが壊れた。
「あ……ぁ、う、……あ…………ああぁ………………」
「どこへなりとも去ね、小僧。叶わぬ夢など……捨ててしまえ」
言葉を失い、ただ呻くばかりの少年を戒める縄目を刃の一閃で断ち切ると、疵面のドギーは倒れ伏したもう一人の自分を引きずり、闇の帳へと姿を消した。電磁バリアに覆われ侵入不能となっていた採石場跡に、地球署の一般隊員たちが踏み込んだのは、そこから夜が明けた後のことだった。
地球署署長ドギー・クルーガー、生死不明。
ドギー・クルーガーを略取した犯人の詳細、一切不明。
こうして、地球署・刑事連続襲撃事件は一旦幕を閉じた。考え得る限り、史上最悪の形で。
※
数日後、都内某所。
一般警察の手も借りた広範囲の捜査にもかかわらず、ドギー・クルーガーを捕縛したまま逃走した謎の剣士の行方は杳として知れない。絶対安静の身を押して現場復帰したホージー、セン、ウメコも捜査網に加わったものの、ほんの僅かな足跡さえ掴めず、行き詰まるばかり。唯一の希望と思われた人質の少年も、ショックで言葉を失い、未だ証言は困難――先の見えない膠着状態に、誰もが微かな諦観を覚え始めていた。
「どうだった、センちゃん」
道端に駐車したマシンブルの助手席から首を出すウメコに、センは首を大きく横に振った。直後、顔を曇らせたウメコが漏らした落胆の溜息が、車内に暗澹たる空気を漂わせる。
「ここまで探して見つからないんじゃ、地球外への逃亡の線も考えた方がいいかも」
「そんな! 世界中の天文台に依頼して、捜査網を張り巡らせてるのに……」
「『そんなのありえない』は禁句だよ、ウメコ」
唇を尖らせるウメコに立てた人差し指を突きつけて、センは眉間に皺を寄せる。ここまでの大規模捜査を前に遺留品一つ掴ませない異常なまでの隠蔽力を前に、通り一遍の常識など妨げにしかならない。まして、相手は未知のテクノロジーや固有能力を縦横無尽に活用する異星人犯罪者・アリエナイザー。その脅威に立ち向かうスペシャルポリスには、あらゆる可能性を考慮する柔軟性が求められる。
「そもそも、俺たちは犯人がどの惑星から来た誰なのかさえ知らないんだ。未知の渡航手段を持ち合わせてる可能性だってゼロじゃない」
「じゃあ、どうやって探せばいいの?」
「考えてみるか……よっこらせ、っと」
目に付いた手近な電柱へ向けて足を振り上げると、センは道端にしばし逆立ちの姿勢を取る。脳へと迸る血流の滾りに身を任せ、窮地に閃きを見出すお得意のシンキングポーズ。だが、現状得られる情報をいくら組み合わせたところで、犯人の足取りを追う明確な方法を掴めるはずもない。やがて、フル回転する緑色の頭脳が導き出したのは、ウメコの問いに対する返答ではなく、ある素朴な疑問だった。
「――敵の目的がボスなら、どうして俺たちを殺さなかったんだろう」
シンキングポーズから復帰したセンの意表を突く一言に、傍らのウメコが首を傾げる。
「どうせボスの怒りを煽るなら、俺たちを一人一人嬲り殺しにして、晒し首にでもした方が早いと思う」
「センちゃん、それってどういう……」
困惑の声に耳を貸すこともなく、推論は滔々と続く。犯人の行動の裏側にある心理を導き出し、思考の方向性を暴いて今後の犯行を予測する――行動科学に根差した、プロファイリングの手法である。
「わざわざ急所を外してまで、俺たちを殺さなかった。いや……殺せなかった……?」
奇しくもドギーが訝しんでいた一点に行きついたところで、懐のSPライセンスに着信が入る。すぐさま通信モードを起動すると、デカベースで宇宙警察・一般警察両面の指揮管制にあたるホージーの姿が浮かび上がった。未だ癒えぬ傷を絆創膏で隠し、青痣をこさえた痛々しい顔貌。それは、通信を受けるセンとウメコにも同じく浮かび上がる無念の証であった。
<センちゃん、ウメコ。ファイヤースクワッドから連絡があった。バンがこちらへ向かっている>
「助かる! ジャスミンもテツもまだ動けないし、仲間は一人でも多い方がいいもんね」
如何なる窮地にも挫けることなく、地球署を勝利へと導いてきた『火の玉』ことバンの帰還に、ウメコは髪を揺らして喜ぶ。一方、彼女がようやく取り戻した微笑みに一抹の安堵を覚えながらも、センは神妙な面持ちを崩さない。たとえバンが加わり、犯人が見つかったとしても、頼もしい先達であるドギーを欠いたまま挑んだところで、傷だらけのデカレンジャーが勝てるかどうかは未知数なのだから。
「じゃあ、捜査はバンとウメコに任せて、俺は犯人のプロファイルに回りたいんだけど……いいかな」
<わかった。今は少しでも手がかりが欲しい。心理面からのアプローチは任せるぞ>
「ロジャー。すぐ署に戻るよ」
通信を切ってすぐ、センはマシンブルのイグニッションキーを回した。座席に伝わるエンジンの鼓動が、胸に煙る不安の靄を吹き飛ばし、その奥でなおも挫けぬ刑事の魂を呼び覚ます。
(あいつの所在は、俺たちが必ず突き止めます。だから、無事でいてください――ボス)
どんよりとした曇天の下、光明は未だ見えない。それでも、刑事たちは明日へと走り出す。いかなる窮地にも希望を捨てず、最後まで命懸けで戦い抜くことこそが、彼方に待つ勝利へと繋がる唯一の道と信じて。
センが心中に浮かべた誓願は、果たして成就されるのか。
心身を徹底的に嬲られ、屈辱に沈んだ地獄の番犬の運命は、残された刑事たちの奮闘にかかっている。
立ち上がれ、六人のスペシャルポリス! 捜査せよ、特捜戦隊デカレンジャー!
<エンディング・ミニコーナー>
「暗黒の魔剣、ソード・アルコル。絶望の果てに、俺が得た復讐の力」
「必殺剣技インフィニティ・インパルスヴォイドスラッシュ。無数の刃が敵を決して逃さない」
「剣が俺に囁く。お前の闇をよこせと。生きとし生ける者の闇を捧げよと……」
<次回予告>
Episode.[[rb:XXX-Ⅱ > トリプルエックス・セカンド]]!
「こいつら、俺たちの能力をコピーしてるのか!?」
「ドゥギーなら自分の命より、あなたたちの命を優先するはずよ」
「俺たちのボスを……返せぇぇぇぇッ!!」
「地球は――この俺が滅ぼす」
『フォールダウン・ドッペルゲンガー』
君のハートにターゲットロック!
<キャラクター紹介>
・疵面の(スカーフェイス)ドギー/デカアヴェンジャー
魔剣ソードアルコルに魅入られし平行世界のドギー・クルーガー。
エージェント・アブレラの野望を阻止できず、宇宙警察が壊滅した世界で一人生き延び、アブレラへの復讐だけを胸に生き永らえてきた。
孤独の旅路の中でソードアルコルを入手、その力に魅入られて次々とアリエナイザーを斬り殺し、アブレラをも手にかける。
しかしアブレラの悪あがきによって発生した大爆発の影響で別次元へ飛ばされ、そこでもう一人の自分(本編のドギー)と遭遇する。
弱いまま地球署の署長を続けている自分を許せず、その弱さを突きつけて心を砕いてやるためにつけ狙う。
一方、別次元の人物とはいえかつて失った部下たちへの思いを捨てきれず、彼らにとどめを刺せないという心の弱さも併せ持っている。
また、もう一人の自分を殺害せず、「弱さを認めさせる」という目的を掲げていることそのものがすでに彼の心の脆さを物語っている。
マスターライセンスがソードアルコルの力で変化したヴォイドライセンスを使用することでデカアヴェンジャーに変身する。
ソードアルコルの力で虚空を斬り裂く「ヴォイドスラッシュ」「ヴォイドインパルス」を得意技としており、
最大の必殺技は両者を組み合わせた「インパルスヴォイドスラッシュ」を超高速で放つ連続斬撃「インフィニティ・インパルスヴォイドスラッシュ」。
「エマージェンシー。デカ……アヴェンジャー」
「神も悪魔も叩っ斬る。奈落の猟犬――デカアヴェンジャー」
武装
・ソードアルコル
ディーソードベガやソードアルタイルによく似た魔剣。鍔のモチーフは邪竜。
強烈な負の感情に惹かれて現れ、手にした者に全盛期の肉体と邪悪な魔力を与える。
使用者や斬った相手の負の感情を糧とする生きた剣であり、使用者の精神を蝕み、負の感情をより大量に取り込めるよう誘導している。
アルコルは北斗七星の傍でかすかに瞬くおおぐま座の四等星で、いわゆる「死兆星」のこと。
・セブングラッジ
ソードアルコルに宿る怨念の力で、死んでいった部下や恋人の能力を再現する。
バン:両腰に差したディーマグナムを抜き、ジュウクンドーで戦う
ホージー:ディースナイパーを用いた精密射撃を行う
セン:一時的な超怪力、防御力強化(作中未使用)
ジャスミン:切り結んだ相手の心を読む
ウメコ:ソードアルコルの柄頭からゼニボム型のエネルギー弾を発生させて投げつける
テツ:光速拳・ライトニングフィストに似た連続パンチを放つ(作中未使用)
スワン:スワンイリュージョンによく似た黒羽の乱舞・シグナスイリュージョンを放つ